うぉっち・ざ・ぼっち!   作:鯖ジャム

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なんかぁ、また書くの遅くなってなーい?
なってるなってる!


#65 夢の欠片は星に散りゆく

 

 ライブハウス『下北沢STARRY』は女性の多い職場である。

 御年30歳の店長を筆頭に、PA、照明といったライブハウスの運営に欠かせないスタッフから掃除等々の雑用をこなすアルバイトスタッフまで、そのほとんどが女性で構成されている。

 

 しかし、アルバイトの一人で、数少ない男性スタッフである俺こと此崎衣久は、特段肩身の狭さを感じたりはしていない。

 俺は子どもの頃、というか赤ん坊の頃からほとんど幼馴染の女の子の家で育てられたため、血の繋がらない女性との距離感は……とこれは再三言ってるので割愛するが、とにかく「こんなもんだろ」と思って程よく付き合っていくのがコツであり、それを職場でも活かしているわけだ。

 

 たとえば、無理にコスメやファッションの話に混ざる必要はないのだ。

 まぁ喜多さんに話振られまくるしSNSの運用監視してるうちにだいぶ詳しくなってきてるけど。全然混ざれるけど。

 

 たとえば、無理にあの俳優やあのアイドルがかっこいいだとかいう話に同調する必要もないのだ。

 まぁなんかスターリーの人間がそういう話してるのほとんど聞かないけど。たまに喜多さんが話振ってるとこを耳にするもののテレビ見ないとか興味ないとかで誰一人としてろくに知らなくって俺に話が飛んでくるけど。

 

 ……いやまぁ俺がなんの無理もせずに伸び伸びと仕事してるような話の流れになっちゃったけど、そうじゃない、そうじゃないんだ。

 

 俺は……そう、まぁあれだ、男の子という生き物は、なんだかんだ言ってもやっぱり異性の前だといろいろとカッコつけてしまうもの。

 すなわち、スターリーにて決して狭くはない肩肘を、見栄と一緒にちょっぴり貼ってしまうわけで、俺も普段、やはりどこかでみんなの目を気にしながら働いている……の、だと思う。

 

 結局のところ何が言いたいかと言いますと、女性スタッフ一同絶対不可侵の男子トイレがやけに安心するって話。

 

「……ふぅ」

 

 まぁね、もちろん俺がシフトにいない時は俺以外の誰かが掃除に入ってるとは思うんだけどね。

 

 でも、俺がいる限り、ここは俺だけの領域なのだ。

 

 トイレをする時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで――。

 

「――から目に付くところ全部貼っておきた……あれ?」

「……あっえっちょっ」

「――うっ、ううううわああああああああああ!!? 衣久くんごめえええええええええええええん!!!!」

 

 

 

 ……はい。

 

 なんかよくわからんけど虹夏先輩が急に男子トイレに入ってきて死ぬほど焦ったしビビりましたとさ。

 

「……で、虹夏。衣久くんの衣久くんは見えちゃったの?」

「山田ァ!! 今日という今日は許さんッ!! 覚悟ッ!!!」

「グエーッ!?」

「うわえぐ」

 

 虹夏先輩がドラムスティックでリョウ先輩の喉仏に刺突を放ち、リョウ先輩は蛙が潰れたみたいな鳴き声を上げてスターリーに散った。

 

 ……ちなみに、我が息子を見られてはいない……はず。別にそんな遠距離射撃をしていたわけじゃないし……いやもう本当にやめとこう。真実を追求しても誰も幸せにならない。虹夏先輩も「見てない見てない! 全然見てないから!」と顔を真っ赤にしながらもげそうなほど首を横に振ってることだし。

 

「……そんで、結局何してたんですか? 掃除……ではなさそうですけど」

「ネット審査の宣伝のビラを貼って回ってたそうですよ? そこのやつです」

 

 と、近くの掲示板を指差したのはPAさんだ。いや、いつも通り長く余らせている袖で隠れて見えないんだけど、たぶん指をさしている。

 

「あー、これかぁ」

 

 つい先日、未確認ライオットの一次審査を無事突破した結束バンドは、現在二次審査に挑んでいる真っ最中である。まぁ挑んでるって言ってもネット投票だから勝手に進行してるけどね。

 

 一次審査を通過したのは全国で計100組。

 そして二次審査のネット投票では、一人につき一日一票で、得票数の上位から30組が通過することになる。

 こういうものの倍率ってあんまり考えてもしょうがない気がするが、一次審査に比べればだいぶマシだ。……いや倍率がどうこうの話って一次審査の時にもした記憶があるな。

 

 ともあれしかし、このネット審査という奴は、デモ音源を審査員に聞いてもらっての選考だった一次審査とはだいぶ毛色の違うものだ。

 専用ページにバンドの紹介文や代表曲のMV、あとはSNSなんかのリンクとかが一通り掲載されていて、そこから直接投票ができるようになっている……が、正直なところ、ここでどのバンドに投票しようか悩む人はあんまりいないんじゃないだろうかと思っている。

 だいたいは元々知っているバンド、応援しているバンドがあって、そこに投票するつもりでページを開く人が多いだろう。もちろん中には一通りのバンドに目を通して……という人もいるだろうが、絶対数は少ないはずだ。

 

 要は、知名度。

 もしくは、宣伝力。

 

 これらが大事になってくるだろうと睨んでいるわけで、できることはなんでもやった方がいいのは間違いない。

 

 と、それにしても……。

 

「貼って回るんだったら言ってくれれば俺がやったのに」

「いやちがっ、そもそも男子トイレだってわからないで入っちゃったの! トイレの中にまで貼るつもりなんてなかったから! 入ったのもわざとじゃないからね!?」

「もうその話は終わりにしましたしわざとじゃないのはもちろんわかってるんですよ。そうじゃなくって、全部俺に任せてくれればってことですよ」

 

 ポスターのデザインはともかく、印刷やら貼り出すやら配るやら、そんなのマネージャーに任せてくれればってことが言いたかったのだ。

 

「いや、それはあたしがやりたかっただけだから別にいいよ。というかあたしの楽しみ取らないで!」

「あぁはいすいません……」

 

 虹夏先輩は手に抱えていたポスターの束を俺から隠すようにぷいっと身体を背けた。

 いやね、ポスターのデザインを楽しそうに作ってたからそれで満足なんじゃないかって思ったんだけどね……。

 

「……あ、ちなみになんですけど今どんだけ刷りましたか?」

 

 俺がそう尋ねると、虹夏先輩は「とりあえず500!」と片手の指を五本全部出して元気よく返答。

 すると、PAさんがちょっと驚いたように「え、随分たくさんですね?」と呟いた。

 

「できるだけいろんなところに配りたいので! あ、秀華高でも配ってね! まぁ配らなくても喜多ちゃんのSNS力と衣久くんの行動力でなんとかなるかもだけど」

「それはそうっすね。……ただ実は、どうせ配るならこんなものもございまして」

「んん? 何それチラシ? 衣久くんも作ったの?」

「いえ、後藤のお父さんが徹夜で作ったらしくて」

「えっすご! でも確かにぼっちちゃんのおうちはみんないろいろ張り切ってやってくれそう……」

 

 うん、実際やってる。

 

 後藤パパは先述の通りで、徹夜した分職場で寝てるとか言ってたけどさすがに冗談だと思いたい。窓際族だとか言ってたのも嘘だと信じてる。

 

 後藤ママは主に犬友を相手に宣伝してくれてるらしい。毎日のように10人、20人と宣伝しているそうなのだがどんだけ犬友いるのか不思議で仕方ない。あとなんか最近言葉遣いがちょっと頭悪い女子高生みたいになってるんだけどそれは関係あるのだろうか。犬友って女子高生なのだろうか。謎である。謎のままの方がいい気がした。

 

 そして、ふたりちゃんまで幼稚園のお友だちに宣伝してくれているとのことだ。投票してくれないと“ふたりちゃんのおうちにいる幽霊”こと後藤ひとりに呪われるぞ、と言って投票してもらってるのだとか。脅迫の材料にされてるのはさすがだと思いました。

 

「――というわけなので、学校の方にはこっち配ろうかなと。せっかく作ってもらいましたし」

「うん、ぼっちちゃんが不憫で仕方ないけどそういうことなら」

「はい。あ、あとうちのクラスでTシャツ作ったので、それ着てるだけで宣伝になりますからね」

「え、Tシャツ? どゆこと?」

「見ます?」

 

 と、俺は言った側から素早く制服のシャツの前を開ける。

 

 虹夏先輩が一瞬ビクッとしたが、すぐにそのナイスすぎるデザインを見てげんなりした表情になった。

 

「えぇ……何それ……」

「よくないっすか?」

「……う、うん……」

 

 フッ、言葉にならないようですね……。

 ちなみにド真ん中にでかでかと”1日1票”、他にも”絆 ~KIZUNA~”とか”喜多ちゃん後藤さんファイト!”とか”此崎クソボケ”とか色々書いてあってとっても楽しいデザインになっている。着てるだけでワクワクしちゃうぜ。

 

「クラスで一致団結してるんで。俺が金出してもよかったんですけどみんなカンパしてくれたんですよ。明日からは学校でこれ着て生活するつもりです」

「先生に怒られないの? それ」

「今日先生に相談したら怒られましたけど最終的には権利を勝ち取りました」

「す、すごいですね……」

 

 喜多さんと一緒に行ったらなんとかなった。喜多さんは空き教室の放課後ギター練習使用許可を取り付けるという前科……もとい前例を作った張本人だからな。頼りになったぜ。キタ-ン! で一発だもんな。キタ-ン! でな。

 

「……キターンで思い出しましたけどそろそろ二人も来るかもですね。来たーんって」

「あー、また二人で学校で練習してるんだっけ? 確かにそろそろ来るかもねー」

「衣久が郁代の名前いじってたってチクっちゃお」

「うわ蘇った。でも散々嫌がられてるのに頑なに名前呼びしてるリョウ先輩が睨まれて終わりな気がしますけど」

 

 いつの間にか背後で立ち上がっていたリョウ先輩がなんか言ってたが適当にあしらう……と、ちょうどそのタイミングで、噂の喜多さんと後藤がスターリーに入ってきた。

 

「おはよーございまーす!」

「あっ喜多ちゃんぼっちちゃんおはよ~」

「おっすお疲れー」

「あっえっ、こっ此崎くんそのTシャツ……!」

 

 なんだよ文句あんのかいな。

 ……いや、もしかすると後藤さんこのTシャツのことご存知ない?

 

 最近の後藤さんインフォメーションであるが、喜多さんの展開する陽キャ領域を恐れて授業以外の時間はそそくさと教室から逃げ出して暗くて湿った人気のない場所に潜むようになっている。

 となると、後藤はここ数日のクラスの盛り上がりっぷりをまるで知らない可能性がある。ロインも刺激が強すぎるからろくに読んでないだろうし。

 

 ……が しかし流石にそれはなかったようだ。なんでも今日はギター練習そこそこに放課後の教室で何やらクラスのみんなと会議をしたらしい。何それ楽しそう。

 

「会議って……結束バンドに関係すること? もしかして何か宣伝のアイデア出してくれたとか!?」

「あっいえ、スローガン考えてきました!」

「スローガン!?」

「さぁひとりちゃん! さん、はい!」

「あっはい! 『天まで轟け魂の音! いざ掴み取れ勝利の栄冠! 伝説作れ結束バンド!』」

「――です!!」

「めちゃくちゃ暑苦しいイベントにされてる!! クラスTシャツと言いなんなの!? 体育祭か何かだと思われてる!?」

「……衣久、おもしろそうなことに混ぜてもらえなかったからって泣かないの」

「うっ、うっうっ、俺も一緒にスローガン考えたかった……!」

 

 ちくしょぉ……バイトがよぉ……バイトのシフトが入ってなければよぉ……!

 

 ちょちょ切れる涙を腕でぐしぐしと拭く俺をよそに、虹夏先輩が「……はぁ~」と大きなため息を吐いた。

 

「ま、まぁまぁ伊地知先輩! 私、ちゃんとSNSでの宣伝もしてますから! あと行きつけのショップの人ととかにも投票お願いしましたよ!」

「うん……いや喜多ちゃんならその辺は抜かりないってわかってるけどね。ありがと。あとは……そうだリョウは? リョウもちゃんと何かやってる?」

「えっ。……えー……」

 

 ……リョウ先輩が謎のフリーズを起こした。

 全員で首を傾げて返答を待っていると、やがて先輩は苦虫を噛み潰したような表情で言葉を絞り出した。

 

「……お、親の病院の待合室で、曲流してもらうことになった……」

「えっ結束バンドの? ゴリゴリのロックを!?」

「うん……」

「前衛的ですね……」

 

 それはこう、患者さんたちの健康的に大丈夫なのだろうか。ご年配の血圧上がってしまったりしないのかしら。

 

 ……そういやリョウ先輩のご両親ってめっちゃ過干渉だって虹夏先輩から聞いたことがある。もしかしてその延長線上でそんなことになってしまったのではないだろうか。

 余談だが、リョウ先輩がベースを弾き始めたのもその反発で、クラシックを嗜んでらっしゃるご両親とは真逆のロックをやれば干渉が減るかもという算段があったようだ。今は普通に好きなんだろうけどな。

 

 

 

 ……と、まぁそんな具合で。

 

 メンバー、そして関係者各人が、少しでも多くの、いろんな人に投票をしてもらおうとあの手この手で宣伝してくれている。

 

 他にも店長さんはなんやかんや言いつつスターリーでライブするバンドにこっそり……なんなら出演料の割引まで出汁にして投票を呼びかけてくれてるんだってさ。ツンデレだね。これはPAさんからのタレコミである。

 

 で、そのPAさんも、何やらプライベートの知り合いに広めてくれているそうだ。

 私生活が謎に包まれているPAさんの知り合いってどんな人なのか全然わからない。が、なんか知らんけどグローバルらしい。……ネット、とかか? うーん、わからん。でもなんか俺たちとは違う人脈を持ってそうで、頼りになることこの上ない。

 

 あと、これまで結束バンドが応援してきてくれたファンの人たちも忘れてはいけない。

 1号さんや2号さんはもはや言うまでもない……なんかちょっと2号さんの様子がいろいろと怪しいが、とにかくその他いろいろな場所、いろいろな時に結束バンドを知ってくれた人たちが、SNSなどで毎日投票したことを報告してくれているし、いろんな人に布教してくれているようだ。

 

 さらにその他で懇意にしている人と言えばきくりちゃんを始めとした新宿組だが、彼女たちは残念ながら表立って協力してくれているわけではない。

 というのも、俺たちに触発されて未確認ライオットに挑戦するシデロスも当然一次審査を通過したため、そっちに票を入れる感じになってるようだ。まぁ当たり前だな。きくりちゃんが泣きながら俺と後藤に教えてくれた。

 

 ……何はともあれ、要するに順調だ。

 逐一投票数が見れるわけではないのでどう足掻いても不安は残るが、それでもたくさん人が動いてくれていて、たくさん人が応援してくれている。

 

 実は健気だし実は心配性でお馴染みの俺でも思う。

 これなら案外さらっと30位圏内にも入れちゃう、というか余裕で20位以内くらいには入れちゃうんじゃないか、と――。

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

 ――そんなふうに思っていた時期が俺にもありました。

 

「妖怪11足りない!!!!」

 

 妖怪11足りない。

 妖怪11足りないが出た。

 妖怪1足りないの11倍強力な、妖怪11足りないが出てしまった。

 

「……いやマジか。41位……41位って……」

「……あんなに宣伝して、あんなに反応もあったのに……それでこれ……」

「できることはやり尽くした気がするんですけど……」

「うちの病院でも患者さんにゴリ押ししてるっぽいのに」

「……社会に放り出されて死ぬんだ……優勝しないと……社会に……」

 

 41位。

 遠い、遠すぎる。

 

 俺たちはこの一週間、文字通り、これ以上ないほど精力的に宣伝活動をしてきた。

 しかも、それに対して十分な手応えも感じていたのだ。

 

 なのに、41位だ。

 

 意外と心配性でお馴染みの俺やネガティブ思考で右に出る者のいない後藤はともかくとして。

 心臓毛だらけなリョウ先輩やあらゆることをノリと勢いで誤魔化しがちな虹夏先輩、そしてドツボにハマりさえしなければ基本ポジティプな喜多さんですら唸ってしまっているのだから、その深刻さは推して知るべしである。

 

 マジでめちゃくちゃ手応えあったのに、41位。

 41位だ。

 何回言うんだ。

 

「……やべぇな」

 

 ポツリと呟いたが、返ってきたのは誰かのため息だけ。

 

 絶望するほどの順位ではないかもしれないが、もはや何をどうしたらいいのかわからない。

 

 今までなら、とにかく練習練習練習、そしてライブという本番での一発逆転だってイメージができた。

 

 でも、これは……。

 

「――おいお前ら! ネット投票通過の前祝いでケーキを……って、あ? な、なんだ? お、お前らどうした……?」

 

 ……と、そんなシビアな雰囲気のところに、やけに陽気なテンションの店長さんとホールケーキを両手に持ったPAさんが現れた。

 

 大変失礼だし申し訳ないが、5人揃って「急に何? なんか用? 空気読んでくださる?」みたいな冷めた目を向けてしまったものだから、それを察知した店長さんたちはめちゃくちゃ動揺していた。

 

「……ま、まさか、中間の結果が……?」

「あぁ、まぁ……はい……」

「――店長すみませんッッッ!!!」

「ぶっ!」

「ウワーッ!!! PAさんなぜ突然お姉ちゃんの顔面にケーキを!?!?!!?」

「キャッキャッ!」

「やだ! 此崎くんが唐突なおもしろシーンに出くわして興奮してるわ!! さっきまでのシリアスを忘れて無邪気にはしゃいじゃってるわ!!!」

 

 キャッキャッ!

 

 

 

 ……一通りはしゃいだので、俺はシリアスモードに戻った。

 

「此崎くん、せっかく真面目なマネージャーっぽかったのに台無しよ?」

「しょうがないだろ夢の欠片が目の前で現実になったんだから」

「夢って何?」

「後藤の顔面にパイ投げ」

「あっはい! ……え?」

「ぼっちちゃん、名前呼ばれたらとりあえず返事するのやめた方がいいと思うよ? いつか取り返しの付かないことになるかも」

 

 返事をしたってことはさぁ、同意したってことだもんなぁ……?

 

「……おい、そろそろ聞いていいか?」

「あーはいすいません、というか店長さんの方が大丈夫ですか?」

「顔は洗ったしな。ただ髪は諦めた」

 

 顔面生クリームだらけになっていた店長さんだったが、顔を洗うために一度家に戻っていた。諦めた、というのは髪の方までは洗ってられなかったってことだろう。

 口に出すつもりはないしじろじろ見るものでもないだろうが、一度落としたのであろうメイクがいつもより薄めで、しかし普通に美人だったことは添えておく。

 

「……で? 中間結果、41位だったんだって? 確かに思ったより低く出たが……上位陣はともかくとして、中間から下の方は団子になってるのかもしれないな」

「お団子、ですか?」

「票数に大差ないかもってことだよ。だからまぁ、あんまり落ち込まずにやれることはやり続けて……あとは運任せになるかもな」

「うー……お姉ちゃんまでそういうこと言う……」

「……まぁ私の見立ても甘かったよ」

「……マジで甘かったですね。見立てっていうか身内に。このピザとか寿司とかどうするんすか……」

「…………」

 

 いつ触れようかと悩んでいたが、店長さんが顔を洗いに行ってる間に続々と出前が届いていた。

 PAさんがあわあわしながら誤魔化そうとしていたが、まぁケーキといいこれといいよっぽど盛大に前祝いをしてくれるつもりだったのだろう。

 

 気持ちは嬉しいが……まぁね、さぁ食べようとはあんまりならないよね。山田以外ね。いや俺たちだって食わないわけじゃないけどね。

 

 

 

 さらにその後、大量の出前や店長さんの顔面にぶちまけられたケーキの残骸も食べられるだけはもそもそと食べて、それならとりあえずスタジオで練習することにした結束バンド一行。

 

 しかし当然というべきか、こうも気分が沈んだ状態ではいまいち……というか全然身が入っていない。

 俺だって、目の前の練習のことよりも、ネット投票の期日まで残り一週間の間に何をしたらいいのか、何ができるのかなんてことばかり考えてしまう。

 

 そうして全員気のないままで過ごしていれば、練習の時間はあっという間にリミットを迎えてしまう。今日は19時から別のバンドのスタジオ予約が入っていたのだ。

 

「――まだどこでバズるかわからないですし、諦めずに頑張りましょうね!」

「うん、もちろんだよ! とりあえず今日のところはお疲れ様! また明日ね!」

「お疲れ」

「お疲れ様っしたー」

「あっお疲れ様でした……」

 

 スターリーの前で先輩たちと別れて、下級生3人組で駅まで向かう。

 最後にはああ言ったが、それでもやはり口を開けば明るい話の流れにはならない。

 

 いつもの帰り道をついぞネガティブな雰囲気のまま行き過ぎ、下北沢駅で喜多さんともお別れ。

 

 俺と後藤は折良くやってきた電車に乗り込んで、それから扉の側に立ったままぽつりぽつりと小声で話をした。

 

「……ギターヒーローのアカウントで宣伝する、っていうのは……違う、よね」

「……そりゃそうだな。結束バンドの力を証明するためにやってるわけだから……」

「うん……」

 

 後藤も後藤なりにいろいろ考えていたみたいだが、こっそり起死回生のアイデアを思い付いていた、なんてこともなかったようだ。

 

 ……まぁ、なりふり構わないのなら、ギターヒーローのアカウントを使うのは間違いなく効果的だろう。やり方を工夫すれば後藤の身バレも避けつつ結束バンドを30位以内に押し上げることができると思う。

 

 しかし、それは()()()()()()。後藤だって――否、後藤だからこそ、そんなことはわかっているに決まってる。

 

「……それに、どうせ手段を選ばないなら、な」

「……な、何かあるの……?」

「いや……俺のアイデアもほとんど変わらん。()()()()()()

 

 まぁ一応、ギターヒーローのアカウントで宣伝するよりはいろいろとリスクが低い……と、思う。ないとは言わない。

 ただし、そもそも本当にできるかどうかもわからないし、ギターヒーローほどの宣伝効果があるかは微妙なところだ。色々な意味で気乗りしない。

 

「……うーん……」

「…………」

 

 二人して唸ったり黙ったり、とにかくひたすらに考え込んでしまう。

 そして、お互い何か思いつけばとりあえず口に出してみるが、建設的な案は出てこない。

 

 やがて乗り換えの駅に着いて、俺たちは示し合わせることもなくほぼ無意識に電車を降りた。伊達に丸一年も下北と横浜を行き来してない。考え事をしているくらいで乗り過ごしたりなんてしないのだ。

 

「……あっあれ? こ、此崎くん……」

「何? またなんか思い付いた?」

「ちっ違くて、ここどこ……?」

「……渋谷」

「し、渋谷駅で降りたんだから、それはそうだけど……」

 

 前言撤回。ぼくたちは迷子です。

 

 人の流れに沿ってなんとなく歩いていたら全然見覚えのないところに来ていた。ここはどこ、私たちは誰……?

 

「ど、どどどどうしよう……!?」

「別に調べりゃわかるだろ」

「あっはい」

「ま、電車一本逃すことになるかもしれんけど。案内板……は見てもわからんな。何か目印あるかな……」

 

 道の端に寄って立ち止まり、駅の構内を見渡す。

 天井にくっ付いてる案内板には全然使ったことのない路線の名前しか載ってなくて何の参考にもならないので、スマホで案内図を検索しつつ現在地を探ることにした。

 

「……って、お?」

「どっどうしたの?」

「いや、あれ」

「……ヒィッ!」

 

 目印を見つけた……わけではない。

 往来の中に、見覚えのある人影があったのだ。

 

 あれは……。

 

「――お~い! ヨ~ヨヨちゃ~ん!」

「えっ、あっ此崎!? あと後藤ひとりも!? なんでこんなところにいるのよ!!」

「すすすすすいませんすいません! いっ命だけは許してくださいっ!」

「こんな往来で土下座しないでくれる!? あとあんたの中での私はいったいなんなのよ!!!」

「おー、ぼっちさんいきなり飛ばしますねー」

 

 ヨヨヨちゃん、長谷川さん、本城さんに内田さん。

 

 俺と後藤は、偶然にもシデロス御一行様と遭遇したのであった。

 




ヨヨッ!
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