うぉっち・ざ・ぼっち!   作:鯖ジャム

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執筆速度のジェットコースターや~!(10000文字超え


#66 目指すものと、その先と

 

 みなさんこんばんは、後藤ひとりです。

 

 突然ですが、死にそうです。

 

「おー、大部屋広いっすねー」

「本当に格安だったしね~。いっそのこともう一人メンバー増やしちゃう? いつもこんなきれいなスタジオ使えたら嬉しいな~」

「……!」

「なぁ内田さん、ヨヨヨちゃんあれ何してるんだ?」

「あ~、きっと使いたかったアンプがあって喜んでるんだと思います〜……ところでいっくんさん、そちらの背の低い黒髪の女の子はどちら様ですか〜? なんだかいっくんさんに似てるような~……?」

 

 渋谷駅で出会ったシデロスのみなさんのスタジオ練習になぜか同伴することになってしまいました。

 

 いつも黒いマスクをしているドラムの長谷川さんに「ウチら今からスタジオはいるんすけどぼっちさんもよかったらどうすか?」と聞かれたので、それに対して「あっはい!」と返事をしただけなのに。

 ゆるふわでオシャレな雰囲気のギターの本城さんに「わ〜たのしそ〜! 来て来て~!」と言われたので、それに対して「あっはい! へ、へへっ……」と答えただけなのに。

 

 まぁでも此崎くんも一緒に付いてきてくれたからまだマシ……なんてそんな考えはまるで甘くって、この男はヨ……お、大槻さんのみならず、いつの間にやらシデロスのメンバー全員と、あの掴みどころのない内田さんとすらばっちり打ち解けているのだ。

 

 つまり、敵だ。

 

「…………」

「……おい後藤、お前さっきからなんで俺のこと睨んでんだよ」

「……がるる……!」

「あ?」

「あっなんでもないです……」

 

 己よりも遥かに強大な相手に挑まんとするとき、肉体はそれをおのずと拒否する……これが”真の護身”……にしてはもう手遅れか……敵地だもん……。

 

「ちょっと後藤ひとり、時間もったいないから早く準備してよね」

「あっはい! あっえっと、あっえっと……!」

「落ち着けおばか。とりあえずギター出せって」

「あっはい!」

 

 なんかさっきから「あっはい」しか言ってない気がする……とかなんとか思いながら此崎くんの指示通りにとりあえずギターを出した。

 

「あっあの、ギター出しました!」

「おう。じゃ、アンプ繋げな。シールドも出してな」

「あっはい! 後藤ひとり、ギターをアンプに繋ぎます! シールドを出して繋ぎます!」

「ねぇそのいちいち指示出すシステムなんなの!? 一個一個の動作に指示出さないと動かないの!? 最近のAIでももうちょっと汲み取って動けるでしょ!?」

「何言ってんですかヨヨヨちゃん! 後藤がAIに勝てることなんてギターくらいですからね!? 後藤のこと舐めないでくださいよ!」

「なんで私がキレられてるのよ!!」

 

 へ、へへっ、此崎くん、次は何を……私は何をしたら……。

 

「――後藤ひとり! 適当に音出してていいから!」

 

 と、私が指示待ちの状態でおろおろしていると、此崎くんではなくヨヨ……でもなくて大槻さんからの指示を受け付けた。了解!

 

 ……いや、やっぱり了解じゃない。そうは言われてもシデロスの人たちを差し置いて一人で音出しを始める気にはなれない……「え、なんかホントに遠慮なく練習し始めたんですけど? やばくなーい?」とか思われたら……死……。

 

 というわけで、とりあえずしばらくチューニングしたりアンプをいじったりしながら様子を窺うことにした。さすが、さすがの慎重派私である。

 

 石橋を叩きもしないで引き返す(五・七・五)

                   後藤ひとり

 

 ……なんだやっぱり”真の護身”は完成してるじゃないか!

 

「……あのー、ぼっちさん?」

「あっはいすいません!」

「なんで謝ったんすか? や、表情暗いんでもしかしたら本当は来るの嫌だったんじゃないかと思ったんすけど、大丈夫っすか?」

「あっえっと、えっと……!」

 

 ま、まずい、気を遣わせている……!

 

 長谷川さんだって良かれと思って誘ってくれたはずなのに、そりゃあこんなスタジオの端っこで延々とアンプのつまみをぐるぐるぐるぐる回してる姿見たら不安にもなるよね……どうしよう、どうしたらいいですかマイヘルプセンター此崎くん……!

 

「――内田さんのベース、あらためてよく見たらめっちゃかっこいいな、弦……6本あるよな? 6弦ベースってやつ?」

「はい~、まぁ滅多にハイCの弦は使わないんですけど~、6っていう数字に惹かれて~」

「6……っていうと、悪魔の数字か?」

「! そう! そうなんです~! ちなみにこのベースの形、実は心臓がモチーフになってまして~」

「……おぉ、よく見ると確かに……!」

 

 ま、まいへるぷせんたー……お取込みなう……。

 

 ……い、いや! 私は、私は結束バンドで一年間、ライブハウスで一年間過ごしてきたんだ!

 私はもう、陰キャではない……なんちゃって陰キャくらいには進化したんだ!

 

 思い出せ、思い出すのよ後藤ひとり!

 貴女の身近には最高のお手本がいるじゃない!

 

 そう――”パーソナルスペースブレイカー”喜多ちゃんが!

 彼女の秘伝の会話術、今こそ実践の時!

 

「――あっぐふっ、はっ肌、白……ぐふふっ、おっお姉さんかっカワイイネ……ろっろろろロインやってる……カナ!? こっ交換……交換を……」

「距離の詰め方えぐ……やば……」

 

 ……ふぅ、どうやら無事に長谷川さんからの好感度と印象をブレイクできたようだ。六道輪廻をぐるっと一周した先でもう一回頑張ろう。

 

「ふーちゃん自分の後ろに隠れてください、やっぱりいっくんさんの幼馴染だけあってヤバい人っす」

「こらはーちゃん、そんなこと言ったら失礼だよ! いっくんさんは確かにちょっとアレだけど一緒にするのはよくないよ!」

「おーい本城さん聞こえてんぞー」

 

 本城さんの声が聞こえてるなら私のバッド・コミュニケーションの一部始終も聞こえてたのでは? というか私がすみっこぐらししていたのも視界の端に映っていたのでは?

 

 ま、全部わかってた上で無視されてたって言うなら納得できるけどね!

 

 ……此崎くんの、ばか!

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

「あの~、そろそろいつものやらないっすか?」

「ん、そうね」

「あ、ぼっちさんもどうぞ」

「あっえっはい……?」

 

 いつものって何? と困惑してしまったのは、別に私が私だったからではないはずだ。私の練習に付き合ってくれていた此崎くんも「いつもの?」とスタジオの端っこで首を傾げていたから。

 

 一体何が始まるんだろうと私はドキドキおろおろしていたが、長谷川さんの合図ですぐにわかった。

 

「――そんじゃハチロクでいくんでカウント6でテキトーに!」

 

 シデロス4人が、一斉にリズムに乗って音楽を奏で始める。

 

 セッションが、始まったのだ。

 

「…………」

 

 圧倒される。大きいけれど、小さな部屋の中だ。全身に浴びせられる音は、きっと即興のはずなのにそうではないかもしれないという疑念を抱かせるほどにまとまっていて、()()だった。

 

 ……いや、でも、圧倒されているだけじゃダメだ。

 

 私も、私たちは、シデロスに並んで、超えていかなきゃいけないんだ。

 

 今は私1人だけど、怖気付いてちゃいけない。せめて、音楽では。

 

「――っ!」

 

 シデロスはメタル系のロックバンド。セッションでも自然となのか意識的になのかメタルっぽい雰囲気を感じる。

 

 どんな音楽のジャンルもとりあえず齧ってきたのが私だ。

 好みの差で齧ってきた量の違いは当然あるけど、現にロックバンドをやっていてメタルをまったく通ってきてないわけがない。

 

 耳にしてきた、あるいは実際に練習してきたメタルのリフを思い出しながら、私はシデロスの音楽に飛び込んで……いや、切り込んでいったのだった。

 

 

 

 ……そうして、数十分。

 ギリギリ一時間は経ってないと思うけど、数曲分をほとんどぶっ続けのセッションは一旦休憩を挟むことになった。

 

 ものすごく神経を使って疲れてしまった。そう言えばすっかり忘れかけてたけど私今日普通に結束バンドでも練習してるんだよね……そんなの疲れるに決まってる……陰キャの体力を無礼(なめ)るなよ。

 

「――皆さんお疲れ様でーす。表の自販機でスポドリ買ってきたんで、よかったらどうぞー」

 

 と、そんな具合に私がスタジオの端っこでぐったりしていると、先ほどセッションが終わってすぐにスタジオから出て行っていた此崎くんが、ビニール袋にペットボトルをたくさん入れて戻ってきた。

 

「え、いっくんさんマジっすか? ただでさえスタジオ代割り勘してもらってるのに」

「いやいや、それはさっきも言ったけど全然気にしなくていいって。シデロスの演奏聞かせてもらうお代みたいなもんでしょ。で、これもまぁその延長ってことで。ささ、遠慮せず。気持ちよく貰ってくれた方が俺も嬉しい」

「……そっすか? じゃ、お言葉に甘えて、あざっす」

「此崎くんありがとう〜!」

「ありがとうございます〜」

 

 ……と、此崎くんは長谷川さんたちを相手にすんなりとスポーツドリンクを配っていた。き、気遣いの鬼……。

 

 それから今度はヨヨヨ……いや大槻さんの近くに向かい、「はい、ヨヨヨちゃんの分です。お疲れ様でした」と言って同じようにペットボトルを手渡す。

 大槻さんは「あ、ありがと……」と小さな声でお礼を言って、なぜかそのペットボトルをじーっと見つめていたけど……なんでかな脳の軋む音が聞こえるヨ……?

 

「おい後藤」

「あっはい!」

「お疲れ。これお前の分な」

「あっはい、あっうん……あ、ありがとう……」

 

 冷たいペットボトルを他の人よりも幾分雑な感じで渡してきたかと思うと、此崎くんは近くの椅子を引いてきて私の隣に座り、ふぅ、と息を吐いた。

 

「……だ、大丈夫?」

「ん? 何が?」

「えと、つ、疲れたかなって。聞いてるだけなのも、大変だったかと……」

「いっつも結束バンドの練習に付き合ってる……どころかお前のギター練習もだいたいずっと聞いてるだけだったんだぞ? それと変わんないか、むしろシデロスのだったから新鮮で楽しかったよ。つーか後藤も結構混ざれてたな」

「あっうん、うん……」

 

 うん、確かに結構……結構良い感じにやれた、と思う。もしかしてもしかするとシデロスの人たち的には邪魔だったかもしれないけど……。

 

「……そういやいっくんさんって楽器やらないんすか? ぼっちさんが幼馴染でギターやってて、今は結束バンドさんのマネージャーで、傍でずっと見てたらなんかやりたくなったりしないんすかね?」

 

 私たちの話を聞いていたらしい長谷川さんが近づいてきて、此崎くんに話しかける。

 此崎くんは一瞬きょとんとした顔をして、それから苦笑いしながら答えた。

 

「いや、俺結構飽き性でさ。昔後藤にギター軽く教えてもらったことあるけど三日も持たなかったんだわ」

「へー、そうなんすか。あ、じゃあベースとかドラムはどうっすか? せっかくですし叩いてみます?」

「え、あー……」

「いっくんさん、幽々のベース弾きますかぁ~? ルシファーとベルフェゴールちゃんも是非にと言ってますしぃ~」

「あ、あぁ、えーっと……じゃあ、せっかくだから……?」

 

 ……な、なんか本当に仲いいな……本城さんも一緒になって……ああ……。

 

 此崎くんがベースやドラムを触ってる姿を見るのは、別に初めてのことではない。結束バンドでの練習で今みたいな休憩のタイミングに、ときたま虹夏ちゃんやリョウさんに誘われて遊んでることがあるのだ。

 特にリョウさんからベースを貸してもらってることが多い……かな? 此崎くんがやりたがってるというより、いつもリョウさんがやらせたがってるようなやり取りをしている。

 

「……言い訳ね」

「あっはい。……あっえっ、な、何がですか?」

 

 ヨヨヨヨ……じゃない大槻さんが、此崎くんたちの姿を見ながらぼそりと呟いた。というかいつの間にか隣に座ってる……。

 

「あいつ、飽き性だとかなんとか言って……あんなの適当な言い訳でしょ? そんなに根性のない奴じゃないじゃない」

「え、と……そ、そう、でしょうか……」

「……あ、あれ? 違うの? い、いやでも……」

「……あっそっそれよりヨヨヨヨヨ……じゃなくて大槻さん」

「ヨヨヨヨヨって何!? ヨが多すぎるわよ!!」

「ままま間違えましたすいません!」

 

 うぅ……怒ってるときのジミヘンみたいで怖い……やっぱり大槻さんのことちょっと苦手だ……ちょっとだけ……。

 

「で? 何よ」

「あっはい、えっと……お、大槻さんたちは、どうしてその、未確認ライオットに参加しようと思ったんでしょうか……き、気になって……」

「そんなの一番になりたいからだけど」

「い、一番……未確認ライオットで、ですかね……でも、あの、たとえばもし、一番になれなかったとしたら……どっどうしますか?」

「優勝するけど?」

「もっもしも、か、仮に、です……」

 

 ちらちらと視線を送りながら小声で言うと、大槻さんは腕を組んで「ふんっ」と鼻を鳴らした。

 

「気にしないわ。そりゃあ死ぬほど悔しいだろうけど、たった一度の挫折でめげるつもりなんてないから。私たちがもっと大きなバンドになるための通過点でしかないし」

「…………」

 

 そうか、と思った。

 

 一世一代の登竜門だと思っていた、未確認ライオット。

 でもそれは、あくまで私たち結束バンドにとっての話で、大槻さんたちシデロスはもっと先、もっともっと先を見据えているんだ。

 

 ……だったらやっぱり、”ギターヒーロー”の力を借りるのは、なしだ。

 

 今、目の前に立ちはだかったネット投票という壁を乗り越えるだけの足がかりになる……どころか、私たちのその先にもきっと影響が出てしまう。

 

 目的を見失っちゃいけない。

 未確認ライオットは、目的じゃない。

 私たちは、私たち(結束バンド)の力を証明するのが目的で、その手段として未確認ライオットに挑んでいるんだ。

 

「……あっあの!」

「何!?」

 

 私が勢いよく立ち上がると、大槻さんは驚いてひっくり返りそうになっていた。ごっごめんなさい……でも……!

 

「わ、私あの、よっ用事を思い出したので帰りますっ! きゅっ急にすいません、あの、今日はありがとうございました!」

「はぁ!? もう帰るの!? ちょっと私もいろいろ聞きたいことが……」

「こっここここ此崎くんっ!」

 

 声をかけると、内田さんのベースを提げてぽかんとしている此崎くんと目が合った。

 長谷川さんたちもきょとんとした顔でこちらを見ていて恥ずかしくなったが、とにかく私は此崎くんをじっと見つめた。

 

「……あー、わかったわかった。すいません皆さん、俺もこれで」

 

 すると、此崎くんはため息を吐いた後にベースを内田さんに返して、そう言った。

 内田さんと本城さんは「え~」と残念そうに声を上げたが、長谷川さんが「あー、残念っすけど……」と呟く。

 

「急に誘っちゃったのはこっちっすからねー。夜も遅いですし。また今度、機会があったらぜひ」

「あぁ、こちらこそ。結束バンドとシデロスで合同練習的なことやったらおもしろいかもな。先輩たちに相談しとくわ。内田さんベース触らせてくれてありがとな。本城さんも、ヨヨヨちゃんも今日はありがとうございました」

「うん、こちらこそ~。またね~」

「あっちょっと……!」

 

 と、此崎くんはつつがなく挨拶をして、最後に二人でもう一度シデロスのみんなに頭を下げてからスタジオを後にしたのだった。

 

 ……後にしてから、大槻さんが何かを必死に訴えかけていたことにふと気が付いた。

 まぁ此崎くんが「別に大丈夫だろ」と言っていたので、たぶん大丈夫……だといいなぁ。

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

 家に帰り着いたのは日付が変わる少し前だった。

 

 後藤を後藤家まで送り届け、それから自分の家に帰ってきた。泊まっていけば? と後藤ママに言われたが、適当な理由を付けてそれを断った。

 

「……うぅむ」

 

 後藤から、話を聞かされた。

 

 後藤の中でまだ考えがまとまり切っていないようだったが、ざっくり要約すると「未確認ライオットで優勝するのは目的じゃない。だからやっぱりギターヒーローの力は使わずに結束バンドとしてできるだけのことをして、それでダメならしょうがない」というようなことを言ってきたのだ。

 

 ダメならしょうがない……というのは、決して後藤のネガティブが発動したがための言葉ではないようだった。

 

 要するに、どうやらヨヨヨちゃんが未確認ライオットをあくまで通過点として考えているそうで、後藤はそれを聞いて感化されたらしい。

 結束バンドも目の前のことだけじゃなく、先を見据える必要があるのだと考えを新たにしたようなのだ。

 

 まぁ、もっともな意見だと思う。

 未確認ライオットは重要だが、じゃあそこで優勝できなかったら結束バンドは終わりなのか……そんなの、考えるまでもなく答えはノーだ。

 

 できることを、やる。

 

 それは結局いつも通りの解決策で、はっきり言うとある種の現実逃避なのだが、まぁそれ以外にないのだろう……だからって先走って結束バンドのロイングループに『今から集まって練習しませんか?』とかいうメッセージ飛ばしてたのはどうかと思うけど。終電なくなるっての。

 

 ……しかしまぁ、それで虹夏先輩たちにも後藤の強い気持ちが伝わったかもしれないから、結果オーライではあるのかもしれない。

 

「……うぅむ……」

 

 結束バンドの四人がやるべきことは、決まった。

 あとは、俺がどうするか。

 

 ……俺が考えていた、策。

 後藤の考えを前提とすると、ギターヒーローに頼ることと比べれば、決して”なし”な選択肢ではないように思える。

 

 誰にも、特に結束バンドの四人には相談できない。

 強いて言うなら店長さんには相談できそうだが……最終的には、俺一人で決断することになるだろう。それに、やると決めたらとにかく早く動いた方がいい。ネット投票の期限までもう一週間を切っているのだから。

 

 テーブルの上に、名刺が一枚置いてある。

 俺はそれをじっと睨んで、ひたすらに考え込んでいた。

 

「……なんだろうなぁ……つまんないプライドなのかね、これって。かっこつけた手前……でもそんなことなら……」

 

 ぶつぶつと独り言を唱えて、うんうん唸る。

 

 考えて、唸って、唸って、考えて。

 

「――決めた」

 

 やがて、決心した。

 

 俺は、結束バンドのマネージャーだ。結束バンドの努力を実らせるために。結束バンドの未来のために。

 

 やれることは、やるべきだ。

 

「…………」

 

 名刺の横に並べて置いてあったスマホを手に取り、俺は電話番号を打つ。

 こんな時間に電話するなんて本当に非常識だし出てもらえるかも怪しいところだが……まぁ、相手が相手なので、正直そんなに罪悪感もない。規則正しい生活とかもあんまりしてなさそうだしな。

 

 何回かコール音が鳴る。

 気が付いてないのか、こんな時間の電話を訝しんで無視しているのか……せめて前者であってほしいと願いながら根気よく待っていると、プツッと小さな音がして、それから声が聞こえてきた。

 

『もしもし、ぽいずん♡やみですが……?』

「う……あ、ええっと、や、夜分遅くすいません、俺です、此崎です。結束バンドのマネージャーの……」

『……アノサキ?』

 

 ぽいずん♡やみこと、ぽやみさん。

 ……一瞬、こっちからこんな時間に電話しておいてホントに申し訳ないんだけど、一瞬だけマジで電話口でも『ぽいずん♡やみ』って名乗るんだなこの人と思っちゃった。「うわぁ」って言いそうになったが、ギリギリ耐えた。

 

『こんな時間にどうしたのよ。というかなんであたしの電話番号知ってるわけ?』

「初めて会った時に名刺貰ったじゃないですか。あれに書いてありました」

『あぁ、そう言えば渡したわね……』

 

 ちなみにネット掲示板に晒されていたので名刺を貰ってなくてもコンタクトは取れたと思うが、まぁ今は話がこんがらがりそうだから言わないでおくとしよう。

 

『……で? 用件は何? まさかイタズラ電話じゃないだろうし』

「はい、えっと、実は折り入ってお願いごとがございまして……」

『……何よ改まって、怖いんですけど?』

 

 ……まぁ、言われても仕方ないわな。

 ただ、ネット記事のライターであるぽやみさんに頼みたいことなんて、一つしかない。

 

「実はその、今未確認ライオットの二次審査、ネット投票の期間の真っ最中なんですが、中間結果が芳しくなくてですね……これまでやれることはやってきたんです。SNSでの宣伝はもちろん、ビラ配り、路上ライブ……知り合いにもたくさん協力してもらって、それでもまだ届かない」

『…………』

「だから、あの……ぽやみさんに、何か記事を書いてもらえないかな、と。別に、結束バンドのことを無理に持ち上げて欲しいわけではなくて、この前のライブとかを見た上で、ぽやみさんが率直に感じたことを記事に……して欲しくて……それだけでいいんです。何か、少しでも手を打ちたくて……」

 

 ……あぁ、ダサい。なんてダサいんだ。本当に情けない……喋ってて声が詰まりそうになっていた。いや、実際ちょっと詰まってたかもしれない。

 

 ぽやみさんは、敵ではない。

 ただ、ついこの間、俺は彼女に啖呵を切った。夏のフェスで、ぎゃふんと言ってもらうぞ、と。

 

 それなのにこれだ。

 そもそも舌の根を乾かすつもりはなかったが、フェスまで自力でたどり着く前に、こんな頼み事をしている。情けないったらない。

 

 失望させただろうか。きっと、そうだろう。

 なりふり構わないと言っても、それでも張るべき見栄はある。

 俺は……捨ててはいけなかったその見栄すらも捨ててしまったのかもしれないと、途端にどうしようもない羞恥心に苛まれた。

 

『……アノサキ』

 

 ぽやみさんが、沈んだトーンで呟く。

 俺はその声を聞いて、思わず顔を俯けた。

 

「……すいません、やっぱ都合良すぎました。こんな……あんだけカッコつけたこと言っといて、こんな情けない……全部、聞かなかったことに、とは言わないです。ただ、これは俺が独断で決めたことで、結束バンドの4人は何も」

『――アノサキ、ちょっと待ちなさいって。別にあたしは怒ってないし、情けないとも言わないわよ』

 

 ぽやみさんが、俺の言葉を遮って、落ち着いた強い声でそう言った。

 

『やれること、なんでもやろうとしてるだけでしょ。あたしはそれを笑わない。()()()()()()()()()()()()()

 

 ……それは、いつか聞いた言葉だった。

 

 俺たちの転換点。そこで容赦なくぶつけられた言葉で、俺たちを傷つけるための石だと思っていたもの。

 今はそれが、張り詰めていた俺の心を解きほぐしてくれたような気がした。

 

「……ぽやみさん、俺……」

『――あ、それはそれとして今のお願い事は聞かなかったことにするから』

「いやなんでだよっ!!」

 

 おい今完全に快く引き受けてくれる流れだっただろ!!! 佐藤ォ!!!

 

「い、いやあの、お礼ならなんでも、俺にできることならなんでもしますから! 貯金もそこそこありますから! マジで! なんでも!」

『あんたねぇ、そう軽々となんでもするとか言わない方がいいわよ? あと、そういうことじゃないから』

「……そ、そういうことじゃない、とは?」

 

 そういうことじゃないならどういうことなんだってばよ。オイラに意地悪したいだけじゃないのん……?

 

『あんたにカッコつけたままでいさせてあげるってことよ。明日……っていうか日付的にはもう今日だけど、お昼の12時に”ばんらぼ”ってサイト見ればわかるわ』

「……それって、もしかして」

『言っとくけど、あたしが感じたこと、思ったことを書いただけだからね。プラスの面もマイナスの面もあたしなりに正当に評価しただけ。……別に未確認ライオットの運営を批判するわけじゃないけど、ネット投票なんて音楽の良し悪し以外の要素が大きすぎるわ。あたしは評価されるべきバンドが順当に勝ち上がるべきだと思ってるから』

「……ぽやみさん……」

『……な、何よ』

「好きだぁ……」

『いっ、はぁ!? いきなり何!?』

「ぽやみさんうるさいです」

『あんた本当になんなのよ!!!』

 

 耳元でうるせぇホント……いや、でも。

 

「ぽやみさん、本当にありがとうございます。本当に」

『……だから、感謝される筋合いはないわよ。あたしは何も聞いてないんだからね』

 

 それじゃ切るわよ、とぽやみさんは言って、それから返事をする間もなく一方的に切られてしまった。

 

「……ふぅ」

 

 もっと感謝の念を伝えたかったが、まぁ聞かなかったことにしてくれたのだから、あんまりしつこく言うのも逆に失礼か。いずれ、すべてが丸く収まったときにでも改めてお礼をしたい。する。

 

 これで一安心……というわけではない。

 残り一週間の投票期間、今までやっていたことは当然継続して全部やってやるし、少しでもプラスになるアイデアがあれば試す。

 後藤が引いた線、ギターヒーローの力は借りないという一線は守って、それ以外のことはなんだってやる。

 

 それが、結束バンドのために、そして期待してくれているぽやみさんや、他の多くの人たちのために俺がすべきことだ。

 

 

 

 ――それにしても、と、俺はふと思った。

 布団の中でぼんやりと天井を見つめながら、自分が何かをするまでもなく、結束バンドの音楽は人を動かしていたんだな、と、そんな考えが頭をよぎった。

 

 その事実が誇らしくて、でも同時に、少しだけ寂しい気がして。

 

 俺は、これから先のことに想いを馳せて、それから静かに目を瞑った。

 




ちょっと忙しくなりそうでなぁ!
次回は遅くなるかもなぁ!

……とか言ってなぁ? 私には何もわかりません。
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