うぉっち・ざ・ぼっち!   作:鯖ジャム

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ライブ審査後編ォ!


#71 光の中の君たちへ

 

 腹が減っては戦はできぬ、ということでリハーサルの前に腹拵えをすることに。

 

 昨晩、結束バンドのロイングループで虹夏先輩が「なんかお姉ちゃんがみんなの分お弁当作ってくれるらしいから明日お昼持ってこなくていいよー」と言っており、本当に5人分の弁当箱を持ってきてくれたので、これをみんなでありがたくいただく。

 

「……おー、カツ丼……で、合ってますよね?」

「……た、たぶん」

 

 なんか、黒い……焦げ……い、いやあれだな、黒カツ丼ってやつだな。黒カツ丼ってなんですかね?

 

「……んー、んん〜……」

 

 そして実食。

 

 ……するとまぁ、なんだろう、漫画やアニメみたいな過剰な感じでなく、常識の範囲内でちょっとアレっていうね。

 お弁当だから卵によく火を通してくれたのかなぁ……あとやっぱりとんかつさんが色黒なのはちょっと揚げすぎちゃったのかなぁって……歯と顎がよく鍛えられるなぁって……。

 

「……美味いッ! シェフを呼べッ!」

 

 微妙な顔をする俺たちの中で、唯一リョウ先輩だけは幸せ者である。

 普段から雑草ばかり食べているから動物性タンパク質を摂取できるだけで幸福を感じることができるのだ。

 

 幸せという概念の本質を見た気がした。

 

 

 

 さて、そんなこんなの後に始まったリハーサルは、結束バンドのものを含めて恙なく進行していった。

 

 ちなみに出演順、結束バンドが五番目になったのはご存じの通りで、ケモノリアとシデロスはそれぞれトップバッターと二番手となった。

 これでトリにどちらかがいってたら本当に厳しい戦いになったと思うが、彼女たちより後ろに付けられたのはよかった……かもしれない。まぁ会場の空気持ってかれて取り戻せない可能性もあるからな。

 

 ともあれリハの様子だが、まずもって結束バンドは可もなく不可もなくといった具合だ。

 ぼちぼちの緊張で、そこそこのパフォーマンス。不安は感じないが、あまり安心もしていられない。

 特に後藤は、まぁいつも通りと言えばいつも通りなのだが、手が震えすぎて殺人的な高速ピッキングを披露していた。あとで掌に人の字写経させて死ぬまで食わせてやろうと思う。それが俺にできる最大限だ……覚悟しとけよ後藤ォ……!

 

 ……で、その他に俺が注目したのは、まぁ再三になるがやはりシデロスとケモノリアの二大巨頭だ。

 逆リハなので結束バンドよりも後にやったわけだが、まぁ案の定他のバンドとは一線を画すクオリティだったと評価せざるを得ない。

 

 しかし、そんな二つのバンドに対して他のバンドが、結束バンドが付け入る隙がないわけではない、と思う。

 

 シデロスとケモノリアは、音楽の方向性がかなり違っている。

 シデロスの方はお馴染みメタルバンド、一方のケモノリアはいわゆるエレクトロニック・ロックと呼ばれるようなジャンルの音楽をやるのだ。

 

 歪んだ音で力強く音を刻んでいく重厚なメタルロックと、特にシンセサイザーの電子的で魅惑的な音が奏でる軽快なエレクトロニック・ロック。

 

 フロアという水面に投じられたそれらの対照的なロックは大きな波を作るだろうが、生じた波同士はぶつかり合って、少なからぬ混沌が生まれるに違いない。

 

 その混沌が、きっとチャンスになる。

 一つの大波には飲み込まれてしまうだけかもしれないが、そこが乱れた水面であれば結束バンドのロックは文字通りの()()を起こせるはずだ。

 

「――おーい衣久くーん?」

「あっはい。あ、なんすか?」

「なんかずーっと難しい顔してるけど平気? あたしたちより緊張しないでよね!」

「いや……ほら、自分より緊張してる人がいると落ち着くみたいなこと言うじゃないですか? そのためにわざと緊張して見せてるんですよ」

「此崎くん、残念だけどそれはひとりちゃんを超えてからでないと意味がないわ」

 

 喜多さんがそっと差し出してきた後藤は、もはや人の形を保つことができていなかった。

 これもまぁまぁいつも通りなわけだが、喜多さんはつまりいつも人の形を保てていないやつを超えろって言ってるわけだ。それはノーチャンスである。

 

「……あ、そう言えば虹夏先輩、アレって持ってきましたか? アレ」

「アレ? ……あーアレね! 忘れてた! 衣久くんナイス!」

 

 と、後藤のことはひとまずその辺に置いといて(物理)、俺は虹夏先輩に話を振る。

 

 すると、虹夏先輩はカバンをガサゴソと漁って、すっかり忘れ去られていたアレを取り出した。

 

「――じゃじゃーん! けつばんちゃんのステッカー! この前言ってたの作ってみたんだ!」

「わぁー! かわいいですー!」

「何その変なキャラクター」

「また忘れとるわこの人……」

 

 なんと哀れなけつばんちゃん。虹喜先輩がかわいくブラッシュアップしてくれたのに、生みの親には一度だけでなく二度までも認知してもらえないとは。同情の涙を禁じ得ない。

 

「他にも結束バンドのロゴのステッカーとかもいっぱい作ってきたよ〜!」

「おぉ〜! 此崎くんが言ってから伊地知先輩おもいだしたみたいだけど、此崎くんも知ってたのかしら?」

「ん? あぁ、まぁ虹夏先輩に相談されてたからな」

 

 まさか本気でやるつもりだとは思ってなかったが、どうせ作るなら物販のグッズとしても良い感じだし本腰入れて考えたのだ。

 そして実際の出来栄えもなかなか。けつばんちゃんのキャラデザ、なんだかんだ味があって悪くないんだよなぁ……。

 

「……そうだ、せっかくだからそれぞれ楽器にでも貼ったらいいんじゃ? そんなに粘着強くないから剥がそうと思えば剥がせると思うし」

「いいわね! 結束感マシマシ!」

「よーし、そうと決まれば……ほーらぼっちちゃーん、ステッカーぺたぺたしましょうねー」

「あうあー」

 

 いつの間にか生まれ直していたらしい後藤が虹夏先輩にステッカーを渡されて、自分のギターと向き合い始めていた。ナイス知育。良い子に育てよ。

 

「ほい、これリョウ先輩の分ですね」

「そんなよくわからないキャラクターのシール貼りたくない」

「……アナタの子供でしょうっ!? どうしてそうやって知らないふりするのよっ!」

「知らないものは知らない。私に子などいない」

「えっ? でも私リョウ先輩の娘なんですけど……」

「俺の小ボケに()()被せてくるのやめてほしいな喜多さん」

 

 すごい真顔で言うから本当に怖い。直視するのが躊躇われる。

 

 けつばんちゃんの認知を拒否してステッカーを貼るのも嫌がっていたリョウ先輩だったが、喜多さんの狂気に触れたことで怯えて大人しくなり、それに乗じて促すと素直にステッカーをベースのボディにぺたりと張り付けたのであった。

 

「うん、これでみんな貼ったね! じゃあ写真撮ろう! 楽器こうやって並べて~……」

「俺、撮りましょうか? そしたら四人も映れますし」

「それなら楽器に被せてピースとかどうかしら? 此崎くんも一緒にやったら星作れるわよ星!」

「いや俺はいいって。誰よこの男のハンドはってなっちゃうだろ」

「喜多ちゃんのイソスタに散々映り込んでるし今更じゃない……?」

 

 それはそう。

 しかしライブの本番直前にまではしゃしゃり出ないさ。いや喜多さんのイソスタにだって映りたかないんですけどねマジで。命が危ないから。

 

 そんなこんなで俺はスマホのレンズを構えて、床に並べられた楽器と四人のピースサインを画面に捉える。

 

 いよいよ、本当にいよいよライブ審査が始まる。

 夏のフェスへの通過点で、登竜門だ。

 

 会場に来てくれる人も、そうでない人も、どうか結束バンドに力を。

 俺はそんな願いを込めながら、シャッターを切った。

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

『――全国の10代バンドからまだ見ぬ才能を発掘する未確認ライオット! 今年も3000を超えるバンドが応募してくれたぜ! 今日はその中からネット投票で上位30組がライブ審査に進んできたが、この東京会場からファイナルステージに勝ち進むのはわずか2組! ライブのパフォーマンスはもちろん、オーディエンスの盛り上がりも審査員による評価の対象だ! 推しのバンドがステージに立ってるときは是非とも全力で盛り上げてくれ! ……それでは未確認ライオットライブステージ、スタートだ!』

 

 わぁっ、とフロアが大きく沸く。

 

 それから続けざまにMCがオープニングアクトのゲスト――SICK HACKの三人をステージ上に呼んだ。

 

『――うぉぇっ、あっどうもぉ〜シクハックですぅ……二日酔いやばいのでエチケット袋持って歌いますぅ……吐いたらごめんねぇ……うぷっ』

 

 うわぁっ、とフロアが大きくどよめく。

 

 シクハックのファンとしては別に珍しくもない光景、というかむしろキャッキャッしちゃうポイントだが、何も知らない一般人たちには刺激が強すぎるのでくれぐれも吐かないようにしてほしい。

 

 ……と、まぁ心配した割には結局大きなアクシデントもなくシクハックはオープニングアクトをこなしてくれた。セトリもまぁ初心者向けというか、独特の世界観を匂わせつつも比較的大衆受けしそうな選曲だったと思う。

 

「廣井さん、なんだかんだしっかり歌い切っててさすがね……」

「まぁきくりちゃんだからな」

「MCで毎回えづいてたけどね……」

「まぁきくりちゃんですからね」

 

 と、俺たちはそんなオープニングアクトを客席の後ろの方で見ていた。

 結束バンドの出番は5番、5番なので(大事なことなので2回言いました)、2番手のシデロスくらいまでは客席で他のバンドの様子を見ておこうということになったのだ。

 

「そういえば、ぼっちちゃん一家は無事に会場入れたかな?」

「あっはい、さっきロイン来てました……」

「そうなんだ、よかった〜。でも、今から探すのは難しそうかなぁ……」

 

 虹夏先輩がちょっと背伸びして、きょろきょろと周りを見渡す。

 俺も釣られて探してみるが、見慣れた姿はまったくもって見当たらない。

 

 まぁキャパがおよそ500人の新宿フォルトで、今日はほとんど満員だ。そんな中で知り合いを見つけようとしても、よっぽど近くにいるか目立っていなければわからないだろう。

 

 会場に来ていると言えば、ファン1号さんと2号さんもだ。虹夏先輩宛にロインが来ていたのだが、残念ながらあの二人とも顔を合わせられていない。いったいどこにいるやら。

 

 あとは……。

 

「さっつーたちもどこにいるのかしらね? 前の方かしら……」

「めちゃくちゃ張り切ってたし、そうかもなぁ……」

 

 喜多さんの言う通り、今日はさっつーこと佐々木さんを始めとした俺たちのクラスメイト達もこの会場のどこかにいるはずだ。

 

 クラスTシャツの製作やスローガンの制定など精力的に結束バンドをサポートしてきてくれた我が級友たちであるが、その中でも特に惜しみない協力をしてくれている中心人物たちは、”結束バンド応援実行委員”なるものを発足していた。

 佐々木さんはその代表であり、今日は『応援賞目指して頑張って応援するわ〜』とのことで会場に駆けつけてくれているはずなのだ。まぁ、応援賞なんてないんですけどね、佐々木さん。

 

「衣久、郁代、もうケモノリアの出番始まる」

「リョウ先輩! 此崎くんと私のこと一緒に名前で呼ぶのやめてくださいっ! なんかバカみたいじゃないですか!」

「喜多さんそれ俺にもすげー失礼じゃない?」

「ほらほら静かに〜」

「――あっ」

 

 と、後藤が小さく声を漏らしたのと同時。

 空っぽになっていたステージの上に、四人の人影が現れる――。

 

 

 

「――すっっっっっっっごい盛り上がってましたね……」

「場の空気完全に持ってかれた」

「…………」

「こら衣久くん! 頭抱えないの! こうなる可能性は十分あるってわかってたでしょ?」

「いや……そりゃそうですけど……」

 

 ケモノリアとシデロス、二つのバンドのパフォーマンスは、俺の頭の中にあった筋書きをいとも簡単に覆していった。

 俺の希望的観測が希望的すぎるのはわかっていたが、しかしこうも脆く崩れ去るものかと地団駄を踏みたくなる。

 

 ケモノリアは、下馬評とリハーサルでの様子そのままに力を発揮して、有利ではあるが難しくもあるトップバッターを見事にこなしてみせた。

 藝大生であるらしいボーカルの人を筆頭にメンバー各人の実力が高いのはもちろん大きいが、何よりも彼女たちがやるエレクトロニック・ロックというジャンルがポップでキャッチーで、若者の多い観客たちの心に刺さっているように思う。俺だって、敵情視察のつもりでいてもついついノってしまうくらいだった。

 

 そして、シデロス。シデロスのパフォーマンスで、正直、このライブ審査の大勢は決したとさえ言えると思う。

 

 シデロスは、ヨヨヨちゃんは、ケモノリアの手によって生み出された軽快で緩やかな空気が支配する会場を、あっという間に一変させた。

 荒々しいディストーションを掻き鳴らし、ラウドな歌声で観客たちを圧倒したのだ。

 

 ヨヨヨちゃんがバンドをやっている理由を、以前に聞いたことがある。

 一番になりたいから、というのはよく言っているが、その根っこの部分。

 全部をはっきり教えてくれたわけじゃないが、ヨヨヨちゃんもいろんなコンプレックスを抱えていて、それに対する悔しさとかもどかしさとか、そういう感情を発散させるためにバンドをやっている……と、そんなようなニュアンスを感じ取った。

 

 事実、ヨヨヨちゃん……いや、大槻ヨヨコという人は、苦境や逆境でこそ真の力を、あるいはそれ以上の力を発揮するのだろう。

 

 繊細な彼女が、他のバンドのことを気にしないはずがない。

 シデロスに先立って場を盛り上げたケモノリア、後に控える結束バンド、他のバンドのことだって。

 

 しかし、ステージに立っていた彼女からは、強いメッセージが伝わってきた。

 

 いいから、私たちを見ろ。

 他の奴らなんて関係ない。

 

 私たちが一番だ。

 私が、一番だ。

 

 そんな、強烈なメッセージが。

 

「……まぁでも、シデロスより後にやれるのは逆によかったかも。あれを後からやられたらどうしようもなかった」

「そうだね~、5番手っていうのも案外悪くなかったかも?」

「そうですね! 結果オーライかもしれません!」

 

 ……ただ、リョウ先輩に虹夏先輩、喜多さんまでもが、この状況をあんまり気にしていないご様子。

 

 俺は、思わず胡乱げな目で三人を見つめてしまう。

 

「……なんか、俺ばっかりナーバスになってるのアホみたいだな……」

「うん。衣久はアホ」

「ノータイムで肯定されるとそれはそれで腹立つんですけど」

 

 あとアホって言う方がアホだと思うんですけど。

 

 ……そんなこと言って本当に大丈夫なんですか、と言いながら俺がリョウ先輩をじとっと睨むと、しかし先輩からはニヒルな笑顔を返されてしまう。

 

「見ての通り」

「……さようで――って痛っ! えっなに、なんすか虹夏先輩?」

「んー? まーたウチのマネージャーが不安そうにしてたから、闘魂注入?」

 

 リョウ先輩に気を取られていたタイミングで、虹夏先輩が隙ありと言わんばかりにいきなり俺の背中をぶっ叩いてきた。反射的に痛いとは言ったけど、驚いただけでそんなに痛くはなかった。

 なんにせよ俺に闘魂注入するのはおかしい。俺に注入するんじゃなくてご自分で燃やしていただきたいんですけども……。

 

 ……と、さらに俺と虹夏先輩のやり取りを見ていた喜多さんが、これ見よがしに腰に手を当ててため息を吐いた。

 

「まったくもう、此崎くんったら……私たちは大丈夫よ! 私たちは最初からチャレンジャーでしょう? 今更誰も物怖じしたりしないわ!」

「喜多さん……」

 

 喜多さんは、自信に満ち溢れた表情で拳を握り、そう言った。

 

 頼もしい。本当に頼もしい。

 喜多さんも、先輩たちも本当に頼もしい。

 

 ……が。

 

「…………」

「……も、もう、食べられない……」

 

 ……いや、まぁなんだ……逆に安心するよ。顔面を土気色にしながら手のひらの上で無限に「人」の字生み出して貪り食って満腹になってる後藤を見ると。概念を摂取して腹を満たすな。

 

「あっあの……トイレ行ってきまふ……」

「却下」

「えっ」

「ちょっと此崎くん! ひとりちゃんにだって自由にトイレに行く権利くらいあるでしょう!?」

「でもこいつ籠城するぞ? 最悪リードギターなしのスリーピースバンドとしてステージに立つことになりかねないけどいいのか?」

「……ひとりちゃんトイレ行くの禁止よ! どうしてもって言うならここでし――」

「ごめん喜多さん俺が悪かったそこまでは言ってない後藤にだって守られるべき尊厳があると思うわ」

「じゃ、間を取って一緒に付いて行こっか。でもぼっちちゃん、10分以内に出てこなかったら衣久くんを突入させてでも引っ張り出すからね」

「あっはい……」

 

 間を取った結果俺の尊厳というか社会的な立場が脅かされそうになっているが、まぁ結束バンドの大一番のためだからしょうがないか。

 

 後藤が逃亡しないように虹夏先輩と喜多さんが両腕をがっちりホールドし、ずるずると引き摺りながら全員でトイレに向かう。

 俺は楽屋の方で待っていると言ったのだが、万が一の時にはすぐさま行動に移せるよう一緒に付いてきてほしいと言われてしまった。覚悟は決めたがそれでも後藤にはくれぐれも万が一を起こさないでほしい。

 

「――あっ、結束バンドちゃーん! ちょうどいいところにいたわー!」

「お、銀ちゃんさん……と?」

 

 背後から声をかけられて振り返ると、そこには銀ちゃんさん……と、もう一人、見知った人物の姿があった。

 

「……ぽやぁ!」

「いきなりどうした!?」

「本当になんなのよあんた! 完全にバカにしてるわよねぇ!?」

 

 虹夏先輩と、ぽやぽやの実の全身ぽやぽや人間ことぽやみさんから鋭いツッコミが入った。ぽ、ぽやぽや語で挨拶しないといけないと思ってぇ……。

 

「えっと、ぽいずん♡やみさん……今日は、どうして……?」

 

 喜多さんが俺の前に少し歩み出ながら、訝しげに尋ねた。

 それに対して答えたのはぽやみさんではなく、ぽやみさんを連れてきた銀ちゃんさんだった。

 

「あら、顔見知りだったのかしら? この方、今日の取材で入ってる記者さんなんだけど、実は結束バンドちゃんのことを――」

「――あ、ちょっと待ってください銀ちゃんさん」

「何、どうかした?」

「えーっと……」

 

 銀ちゃんさんの言葉を遮るだけ遮って言い淀み、ぽやみさんに目を向ける。

 すると、案の定ぽやみさんは口をぎゅっと引き結んで、ぶんぶんと首を横に振った。

 

 ……やっぱり、ぽやみさんの方から会いに来たわけじゃないな。偶然銀ちゃんさんと話していて、それでうっかり遭遇しちゃっただけだこれ。

 

「……あー、まぁあれです」

「あれって?」

「……今だ逃げろぽやみさん!」

「いきなりどうし――本当に逃げたっ!!!」

 

 俺が叫んだ次の瞬間、虹夏先輩がツッコミを終えるよりも早くぽやみさんは踵を返し、脱兎の如くこの場から逃げ去った。

 

 ふぅ、どうやら俺の機転がぽやみさんを救ったようだな……と、一仕事を終えて額に滲んだ汗を拭っていたら、両肩にぽんと手を置かれた。

 

「衣久くん? なんで一仕事終わったみたいに良い顔してるのかな?」

「此崎くん、もしかして私たちの知らないうちにぽいずんさんと会ったり話したりしてたのかしら?」

 

 ふぅ、どうやら俺の機転が俺を追い込むことになったようだな……と、さらに滲んできた脂汗をごしごしと拭く。死にとうない。

 

「……お、お待ちくださいお二人とも、これには深い、深い訳がございまして……」

「へぇー、話してみてよ?」

「…………」

 

 ……うーん……せっかく気を利かせて誤魔化したけどこれじゃ結局話すしかなくないか? 流石にぽやみさんのメンツのために命は張れない……なんでこんなことに命張らないといけないの……?

 

「此崎くん、あの子のこと話しちゃまずいのかしら? 別に結束バンドにとって悪いことではないと思うんだけど……」

 

 段々と虹喜多殺法コンビの手が俺の首に迫ってきているところに、銀ちゃんさんが首を傾げて聞いてくる。

 

 銀ちゃんさんが話を知ってるなら……もう、遅かれ早かれか。

 まぁ、ぽやみさんには目の前でバラされなかっただけマシ、ということで多めに見てもらおう。

 

「……そうですね銀ちゃんさん、なんかややこしくしちゃってすいません。で、まぁあれです、ぽやみさん……ほら、ばんらぼってサイトの記事で、結束バンドのこと取り上げてもらったことあったじゃないですか」

「え、うん。ネット投票の時の、だよね……それって、まさか?」

「そのまさかです。あの記事、ぽやみさんが書いてくれたんですよ」

 

 俺がぶっちゃけると、虹夏先輩も喜多さんも、リョウ先輩や後藤までもがぽかんとした表情を浮かべていた。

 うん、そりゃそうなるわな。だって……なぁ?

 

「……いやいろいろ気になるけどなんで衣久くんがそれ知ってるわけ?」

「言われると思いましたよ。なんていうか……まぁ、成り行き的な?」

「誤魔化し方が雑」

「いやぁ……そうは言われても、あんまりぺらぺら喋ることでもないというか……」

 

 ぽやみさんとの一連のあれこれは、正直結束バンドの四人には知られたくない。

 ぽやみさんのツンデレムーブをこれ以上詳らかにするのがかわいそうだというのもあるし、俺もこっそりとめちゃくちゃ気を回してるのを白日の下に晒されてるのは変に恥ずかしい。

 未確認ライオットが終わるまでは……欲を言えば、終わってしばらくは秘密のままにしておきたかった。

 

「……でも、とりあえず俺から一つ、言っておきたいです」

 

 一つだけ? と言わんばかりに胡乱な視線を向けられるが、俺は気がつかないふりをして至って真剣な声音で言う。

 

「ぽやみさんは、ぽやみさんの意思であの記事を書きました。俺がこっそり頼んで書いてもらったわけじゃない。ぽやみさんは……結束バンドのことをずっと見ていて、それであの記事を書いたんです」

「……それは」

 

 虹夏先輩が小さく呟いて、それから黙り込んでしまう。

 

 ……みなまで言う必要はないだろう。

 俺の伝えたいことは、きっと伝わったと思う。

 

「……あっあの、ま、まだ出番まで時間ありますし、す、スタジオ借りて練習しませんか」

 

 だから、なのかどうかはわからないが、後藤がそんなことを言い出す。

 先ほどまでの緊張し切った表情ではなく、控えめかもしれないが確かな覚悟を決めた表情だった。

 

「……いいね、そうしよう!」

「私も賛成です!」

「いいよ、やろう」

 

 そして、他の三人も後藤の提案に積極的に乗っかる。

 

 四人が、同じ方向を向いている感じがした。

 これならきっと大丈夫だと、そう感じた。

 

 後藤が、ちらりと俺の方を見てから、さらに口を開く。

 

「あ、あとあの、きょっ今日のMCなんですけど――」

 

 

   ♪ ♪ ♪

 

 

 結束バンドが、ステージに上がる。

 

 スポットライトを全身に浴びて、観客たちに向き合う。

 

『えー、こんにちは! 下北沢から来ました、エゴサがまったく機能しない“結束バンド”です! よろしくお願いします!』

 

 喜多さんの挨拶で会場に小さな笑いが起きて、それからさっそく一曲目に入る……その前に、喜多さんが後藤に振って、後藤が自分の前にあるマイクに顔を寄せた。

 

 それは、ウケ狙いの無茶振りではなく、一言言わせてほしいと後藤が自ら申し出たがゆえのバトンパスだった。

 

『あっえっと、わっ私たちがこのフェスに出ようと思ったのは、私たち四人でバンドをやる意味を聞かれたから……そっそして、私たちは()()()なんだよって、伝えて、証明するためでした……』

 

 声ちっさ、なんの話? と、観客は戸惑いを口にしていた。

 

『あっあれからたくさん練習して、ライブして、本当にバンドとして力を付けて、成長してきました……だから』

 

 後藤は一瞬、言葉を切って、ギターを抱えた両手に力を入れた。

 

 そして――。

 

 

『けっ結束バンドの結束力、観てください』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞台の上、光の中にいる彼女たちを、遠く暗いところから一人で見つめる。

 

 変わるべきものが変わっていくのを目の当たりにしてきた。

 変わらないと思っていたものさえ、変わっていった。

 

 彼女たちはきっと、これからも変わっていく。

 

 変わり続ける彼女たちに、変わることを良しとしない俺は、いつまで、どこまで付いていくことができるだろう。

 

 置いていかない、なんて言ってくれたが。

 それに甘えて、いつまでも待たせてはおけない。

 

 この夏に、きっと選ぶことになる。

 そうなってほしいと、俺は心から願っている。

 




次回も早く更新したいマン
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