「来たぞーっ! 未確認ライオットファイナルステージーっ!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
「衣久ホントにうるさい……暑苦しいから静かにして……」
すいません。
芝生の上に敷いたレジャーシートに寝転ぶリョウ先輩からガチ抗議を受けたので、もう一回だけ小さい声で「うおー」と言っておくだけにとどめておいた。
10代バンドの頂点を決める未確認ライオット、その最後の舞台であるフェス形式のライブは夏休みの真っ只中に行われる。
今日も日差しは容赦なく俺たちの頭上から降り注ぎ、息苦しさを感じるような暑さになっていた。インドア人間の中でも最弱に近いリョウ先輩と後藤はしばらくほっといたら本当に死にそうだ。まぁだからって連れ回しても死にそうだけど。
「ぼっち、ちょっと扇いで……」
「あっはい……」
「リョウ先輩、こういう気温が高い日は熱風浴びることになるから仰いだり携帯扇風機使ったりするのは逆効果どころか危ないらしいですよ」
「…………」
すっごいしょっぱい感じの顔してる。しわしわや。
……まぁでも、今日は別に気張る必要はないしな、と、口には出さないが心の中で思う。
――結束バンドは、未確認ライオットのファイナルステージに勝ち上がることができなかった。
新宿フォルトで行われたライブ審査、その先に勝ち上がれる7組中の2組に、結束バンドは入れなかったのだ。
勝ち上がったのはシデロスとケモノリア。
第三者に言わせれば下馬評通りで、順当な結果なのだろう。
では、当事者である結束バンドや、彼女たちを見守っていた俺はどうだったか。
もちろん悔しくて、けれどみんなどこかで納得の行く気持ちもあって、なんだか現実感のないままで。
やがて、虹夏先輩がぼそりと呟いた「終わっちゃったね」という一言が耳に入ったとき、少なくとも俺は静かに事実を受け止めたのだった。
あれから、だいたい一ヶ月。
忙しない日々が唐突に終わってしまって、言ってみれば燃え尽き症候群みたいになっていたのと、あとは夏休み前の学期末試験が襲い掛かってきたのもあって、ともすれば未確認ライオットのことはすっかり忘れてしまったかのような日々を過ごしていた。
それでも今日のフェスに来たのは、誰かが言い出したから、という感じではない。
待ち合わせ場所や時間を決めていなかっただけで、ここに来るのは当然だと全員が思っていたようだった。
目指していた場所、届かなかった場所。
結束バンドにとっての未確認ライオットは、終わったけれど、終わっていなかった。
結束バンドが次に進むためには、きっとすべての結末を見届ける必要があるのだ。
……でも、それはそれとして、ただ単にみんなでフェスを楽しみに来たっていうのもございまして。
なのでこう、ステージだけを見ていこうってだけじゃなく、当然屋台を回ったりだのなんだの、しっかり楽しんでいこう……という話は散々していたのだが。
「あっつい……暑くて干からびそう……動いてないのに暑い……」
「ちょっとリョウ! 屋台絶対混んでるんだから早く行かないと!」
「こんな炎天下に動き回ったら死ぬ……無理……無理だよねぼっち……」
「あっはぃ……」
リョウ先輩は干からびそうで、後藤はすでにちょっと溶けてる。やはり動かなくてもじきに死ぬと思う。
体力無限チート適用済みの喜多さんはともかくとして、実はインドア派な虹夏先輩もまぁまぁ死にそうな気がするが、今日はそれよりもフェスを楽しみたいという気持ちが勝ってるようだ。
「もうっ! じゃああたしたちだけで行っちゃうからね!」
「時間になったら呼びに来て……あとかき氷よろしく……」
「何味!?」
「買ってあげるんすね」
「私もリョウ先輩にかき氷献上したいです!!!」
「すればいいんじゃないすかね」
リョウ先輩がお腹壊しても知りませんけどね。
……とりあえずイチゴとブルーハワイがご所望らしいので、虹夏先輩と喜多さんと俺でまずはかき氷の屋台を探すことにした。
そもそもあるのかどうかもわかんないよねーとか言いつつ、きょろきょろしながらのんびり歩き出したのだが……。
「……ふぅ、仕方ない、衣久が寂しそうにしてるから付いて行ってあげよう……ね、ぼっち」
「あっはい!」
「なんか聞いたことあるセリフだなおい。ねぇ虹夏先輩これ俺舐められてません?」
「体の良い言い訳にされてるだけだと思うけど舐められてるとも思うかな」
「私もリョウ先輩に舐められたいわ……」
リョウ先輩は、どうやら周囲の騒がしさに辟易して俺たちに付いてくることにしたらしい。後藤には自由意志がないのでもちろん言いなりである。
あと喜多さんは変な意味でも変な意味じゃなくても怖いからやめような。君も実は暑さで結構やられてないかい? やられてない? ならもっと怖いよ。怖郁代だよ。
「――あっ! ケバブ! ケバブありますよ!」
ともあれ結局五人でしばらく歩いていると、その怖郁代さんがケバブの屋台を指差して声を上げた。
「フェスと言ったらお肉じゃないですか!? 私食べたいです!! しっかり食べておかないと最後まで持ちませんよ!!」
「えー……暑いのに肉とか……」
「俺も怖さんの提案も一理あると思うな。暑いからこそがっつり食わないと。かき氷はデザートって感じでいいんじゃないですか?」
コワサンって何? と静かに虹夏先輩にツッコミを入れられたが、一旦ケバブで腹拵え作戦はその虹夏先輩にも支持され、実行に移されたのであった。
そして、そんなに長くない列に並んで待つこと数分、俺たちの順番がやってきた。
「いらっしゃいませ〜……」
「お、きくりちゃんだぁ。こんちは〜」
「……いや『お、きくりちゃんだぁ』じゃないでしょ!? 『こんちは〜』じゃないでしょ!? どうして廣井さんがこんなとこでケバブ焼いてるんですか!?」
「……借金のカタに、労働を……」
「あっ……じゃ、じゃあケバブ5つ……」
納得が早い。
エプロン姿で、何より酔っ払っていないきくりちゃんが借金返済のために未確認ライオットのフェスでケバブ屋のバイトをしていた。要するにそういうことだ。
きくりちゃんは長いナイフで大きな肉の塊の表面を薄く削ぎ切りながら、「お酒飲めるって聞いたから来たのになんでこんなバイト……いやでも私の日頃の行いか……はぁ……でもなんで若者たちの夢の舞台の片隅で肉を削いで……暑いなぁ……これも地球温暖化の影響だよね……未来ある若者のたちのために守らなきゃなぁ、地球の環境……」と、そんなようなことをぶつぶつ呟いていた。
「……この人、このイベントにゲストとして呼ばれた人だよね……」
「虹夏先輩、それは言わないお約束ですよ」
きくりちゃんお手製のケバブはお祭り気分も相まってそこそこおいしかったけれど、少しだけ、ほんの少しだけしょっぱいような気がした。
♪ ♪ ♪
その場でケバブを食べ終えた俺たちは、それからすぐにかき氷の屋台も見つけた。
また店先に知り合いが……なんてこともさすがになく、普通に知らないおっちゃんが手動でかき氷を作っていた。すげぇ人数さばいてるんだけど全部手動だった。ムキムキだった。
リョウ先輩ご所望のいちごやブルーハワイといった定番から、マンゴーやらコーラやら見かけないこともないけどちょっと珍しい味のシロップまでいろいろあって、ムキムキの知らないおっちゃんはどれでもたっぷりかけてくれた。ムキムキだった。
ちなみに俺は某乳酸菌飲料味にした。ムキムキではない。
そして、野外かき氷タイム。
のんびり食べているとみるみるうちに溶けてしまうが、焦って食べると頭がキーンとなってしまう――この野外かき氷という競技が極めて危険なエクストリームスポーツの一種であることはよく知られているが、今回も例に漏れず俺たちは非常にスリリングなひと時を過ごすことになった。
……何せ途中でステージ始まるよってアナウンスされちゃったからね。あきらめてゆっくり食べることなんて許されなくなったからね。
欲張り山田ちゃんは本当にかき氷を二つ買ってもらっていたのだが、虹夏先輩に急かされて掻き込んだものだから見たことないくらい苦痛に塗れた表情を浮かべていた。げに恐ろしきスポーツである。
「うわ~、もう結構人いるね~」
「でもまだ前の方行けそうですよ! ほら! ひとりちゃん行きましょう!」
「あっはい! ……あっえっ!?」
「こんな人だかりの中に入っていったら死ぬ……」
「人だかりの中じゃなくても死ぬから大丈夫ですって。ほら行きますよ」
虹夏先輩と後藤を引っ張る喜多さんが上手に人ごみを抜けて行って、俺はリョウ先輩の腕をつかんで引っ張りながらそれに付いていく。
そうして、さすがに最前列とまではいかなかったもののそこそこ前まで行けた……のはよかったのだが、ちょっと想定外の問題が。
「――ユカ、あぶねぇからオレの傍離れンなよ……」
「うん、タカシ……離れないよ、ずっと……」
「……おえっ!」
「後藤おまっ……あー体調悪くなったんだよなーしょうがないよなー熱いもんなーほら水飲めー熱中症こわいぞー」
こう、ね。
周りにカップルがやたらと多いもんだから後藤がアレルギーを起こしてえずいたり痙攣したりしちゃってね?
まぁ確かにちょっといろいろ戻しそうになるくらいねっとりしたセリフで背筋がスーッと涼しくなったのは否定できないんだけど、いくらなんでも「おえっ!」は失礼すぎるので黙らせた俺マジグッジョブ。
ちなみにリョウ先輩が俺と後藤の脳内に直接語り掛けてきてくれたのだが、このカップルたちは『自ら最前列に来ておいて人混みから彼女守るマン』たちらしい。フェスの名物らしい。
そしてさらに……。
「――ウェーイ! モッシュ! モッシュ! みんな輪になってェ〜……そーれモッシュ! モッシュ!」
「――なっ、あっあれはッ!」
「知っているのか山電!」
「山電って何?」
わかんないです。
……ヤ◯ダ電機のローカルな略称?
「……じゃなくて衣久ッ! あれを見るんだッ!」
「あれは……なんですかあの……ファンキーな格好の男性は……?」
「あれはモッシュ先導男ッ……ライブをよそにサークルモッシュを先導してサビで飛んだり跳ねたりするクソ迷惑なフェス名物その2ッ……!!」
バカな……そんなの迷惑すぎるッ……!
俺が人垣の向こうで声を上げるモッシュ先導男に戦慄していると、リョウ先輩が「……あああっ!」とすげー情けない声を発した。
すわ何事かと見てみれば、リョウ先輩はガクガクと震えながら何やら高い台のようなものの上に立っている人間を指差していた。
「――諸君、私はモッシュが好きだ。諸君、私はモッシュが好きだ。諸君、私はモッシュが大好きだ……(中略)……この地上に存在するありとあらゆるモッシュが好きだ……(中略)……さらなるモッシュを望むか? 情け容赦のないクソのようなモッシュを望むか? 鉄風雷火の限りを尽くし、三千世界の鴉を殺す嵐の様な闘争を望むか?」
「「「「「「「モッシュ! モッシュ! モッシュ!」」」」」」
「よろしい、ならばモッシュだ」
以下略。
しかし俺は愕然としながら、リョウ先輩に必死で尋ねた。
「……あれは……リョウ先輩あれはなんですかッ……!?」
「あれは……モッシュ
「なんですか!? いったい何が起こるんですか!?」
「警備員に捕まって出禁だと思う」
「ですよね」
よかった。大人しく連行されていった。
……ただし、それで一度勢いづいたモッシュが完全に止むわけではなく、俺たちは次第に人の波に飲み込まれていく。
「おのれ! バンドの雰囲気も曲の方向性も関係なくただただ騒ぎたいだけの輩どもがなんでもかんでもサークル作ろうとす――へぶぅーっ!?」
「山田ァァァァァァァ!」
リョウ先輩がすげー情けない悲鳴を上げながらモッシュの中でもみくちゃにされていった――などと言っている側から俺もモッシュに巻き込まれる。
「きゃあ〜〜〜〜! サークルって意味わからないけど楽しいわね〜〜〜〜!!!」
「あっはい! あっはいあっはい! あっはい? あっ、あっはいあっあっあっ!」
「後藤ォーッ!」
喜多さんに手を掴まれたままモッシュに突っ込み、あえなく吹き飛ばされて宙を舞う後藤を見た。
いっそ気持ちの良い光景だったが、それはそれとしてモッシュはあまりにも危険すぎる。こんなもん先導も扇動もするなと言いたい。切に言いたい。
「――はー疲れたわ~! あれ? ひとりちゃんとリョウ先輩どこ行きました?」
「弱者は淘汰される……これがフェスだよ衣久くん……!」
「ええ、かろうじて俺たちは生き延びましたが……」
モッシュが落ち着いた頃には、もはや後藤とリョウ先輩の姿はどこにもなかった。……逝ったか、彼岸へ。
『――衣久、衣久……聞こえていますか……私は今、あなたの心に直接語り掛けています……』
「……ハッ! リョウ先輩が俺の心に直接語り掛けてきた……!?」
「衣久くんがこわれた……」
壊れてません! 本当にリョウ先輩が語り掛けてきてるんです! まぁ虹夏先輩が感じ取れてないのはDMだからですかね。テレパシーのDMって何?
ともかく俺は耳を、もとい心を澄ましてリョウ先輩の言葉を聴く。
『衣久……私とぼっちは一緒にいます……ただ持ち物がぼっちが拾ったセミの抜け殻しかありません……財布も携帯もありませんでした……しかし通りすがりのモッシュ先導男が買ったばかりのペットボトルの水を無償で分け与えてくれました……命を救われました……』
「モッシュ先導男さん……!」
ありがとう、リョウ先輩と後藤を救ってくれてありがとうモッシュ先導男さん……!
『あと通りすがりのモッシュ扇動男さんがセミの抜け殻を500円で買い取ってくれたのでもう一本ずつ水を買えました……救われました……』
「モッシュ扇動男……!」
出禁じゃないのかお前なんでまだ会場うろちょろしとんねん。
とりあえずリョウ先輩と後藤は無事だったようで、それからすぐに合流できた。
そして、二人ともモッシュ先導男さんにしっかりすっかり感化されたらしく、ヘアバンドと星形のグラサンをかけてウェイウェイと鳴き声を上げるようになっていた。
ビジュアルも鳴き声もうるせぇなってなりました。
♪ ♪ ♪
『――あー、
まるで愛想のない、ぶっきらぼうなMC。
不遜に見えるその姿は余裕の現れではなくて、ほぼ間違いなくめちゃくちゃに緊張しているだけ。
ヨヨヨちゃんが、ステージの上にマイクを持って立っていた。
俺たちはそれを、ステージの下から見上げていた。
『曲始める前に、ちょっと言わせてもらいます……今立ってるこのステージを目指したバンドを、今回たくさん見てきました。いいバンドばかりだった。
――こんな大勢の人間がいる中で、しかも、前の方にいるわけでもないというのに、ヨヨヨちゃんは俺たちのことをまっすぐに見つめているような気がした。
そして不敵に、大胆に、彼女は笑う。
『……だから、その分背負ってるものがハンパないの! 初っ端から死ぬ気で飛ばすから! あんたたちも死ぬ気で付いてきなさいっ!!』
……シデロスは、ヨヨヨちゃんはやっぱりすごいんだな、というのが今日のフェスの個人的な総括だ。
夕方、空が赤く染まる頃にフェスは終わりを迎え、最後の結果発表で優勝者として名前を呼ばれたバンドは、案の定……本当に、ライブのクオリティと観客の盛り上がり方から言って案の定、シデロスなのであった。
「大槻さんのドヤ顔すごかったねー」
「100万円……羨ましい……」
「あ、そういえば優勝賞金ありましたね。すっかり忘れてたわ……何に使うのかしらね?」
「うーん、まぁシデロスの四人は浮かれてパーっと使っちゃうタイプでもないだろうし、堅実に活動資金にするんじゃないかね」
多少豪勢な打ち上げくらいはするだろうけど……というかアレだな、明日か、なんなら今日にでもヨヨヨちゃんから通話かかってきそうだな。今夜は寝かせてもらえないぜ……。
「いやー、でもフェス楽しかったねー!」
「はい! あっという間に終わっちゃいましたね……」
虹夏先輩がぐっと伸びをしながら言うと、喜多さんが言葉尻に一抹の寂しさを滲ませながら返事をする。
「……暗くならないうちに、帰りましょうか。明日もスタジオ練習ですから」
全員でしばらくステージを見つめていたが、俺が言い出さなければいつまででもそうしていたかもしれない。
虹夏先輩が「うん」と頷いて、喜多さんが「そうね」と呟いて、リョウ先輩は言葉なく踵を返して。
……しかし、後藤だけがその場から動こうとしなかった。
「……後藤」
「…………」
俺は名前を呼んで、それでも反応しない後藤の肩に後ろから手を置いて――ようやく振り返り、俺を見つめたその瞳からは、一筋の涙が頬へと伝っていた。
「……えっ、ぼっちちゃんどうしたの!?」
「ひとりちゃん!? また此崎くんにいじめられたの!? いつの間に!?」
「こっちが聞きたいわ!」
とりあえず俺のこと疑ってみるのやめろぃ喜多ァ! 名前呼んで肩ポンしただけでしょうがぁ!
「ち、ちがっ、あのっ、此崎くんは何も、悪くなくて……」
「ぼっち、あれは衣久と郁代のいつものじゃれ合いだから気にしなくていい。どうしたの?」
……まさかのリョウ先輩が話を真面目な方向に引き戻してくれたので、俺も喜多さんも大人しくすることに。
すると後藤は俯いめ、小さな声でぼそぼそと話し始めた。
「……や、やっぱり、今日のフェス見てたら、悔しくて、羨ましくって……みっ、みんなで今日っ、大きいステージに立ちたかったって思ってっ……誰かに実力を認めてもらうとかじゃなくって、ただもっと、もっとたくさんの人に、結束バンドの曲を聴いて欲しかったっ……!」
そして、ぽろぽろと、大粒の涙が地面に落ちていく。
後藤は、ジャージの裾をぎゅっと握って、そう言ったのだった。
「……やめてよ、ぼっちちゃん。あたしだって……今日、みんなとライブしたかったよ……!」
「……伊地知先輩ぃ~……!」
我慢してたのに、と、虹夏先輩も泣き出してしまう。
喜多さんも釣られて涙ぐんだかと思えば、目の端から零す。
リョウ先輩ですら、少し目が潤んでいるように見えた。
そんな四人の姿を見た俺は――
「――ちょっと! あんたたち!」
だが、それ以上感傷に浸る間もなく、彼女は俺たちの前に現れた。
「……えっ? あっ、ぽいずんさん!? どうしてここに!?」
「絶対にいると思ったわ……ずっと探してた。やっと見つけた……!」
「私たちを、探してたんですか……?」
よっぽど駆けずり回って俺たちを探していたのか、彼女――ぽやみさんは肩で息をしていた。
ぽやみさんと会うのはライブ審査、その直前に顔を合わせた時以来だ。
あれから俺に対してコンタクトを取ってくるわけでもなく、俺は俺で忙しかったし、いろいろと格好もつかないしで何を話したらいいかもわからず、意識的に連絡を取ることを避けていたのだ。
ともかく、しばらくして息が整ったらしいぽやみさんはパッと顔を上げた。
それから順番に結束バンドの、そして俺の目を見た後に、満を持して口を開く。
「――
「すいませんぽやみさん今俺たち結構シリアスな感じだったんで急にそういうおふざけはちょっと……」
「あんたが『ぎゃふんと言ってもらう』とか言ったから言ってあげたんでしょ!? なんなのよ!!!」
でも今そういうタイミングじゃなかったし……。
「……衣久くん、どういうこと?」
あっやべ乙女の味方がアップを始めた……と一瞬思ってしまったが、虹夏先輩は目元を赤くしたまま純粋に疑問を投げかけているだけのようだった。
……そういえば、それこそこの前のライブ審査の時以降、俺とぽやみさんとのことについてみんなに話す機会はなかった。
詰問されれば俺も口を割らざるを得なかっただろうけど……忘れられてたか、やっぱりみんな無意識に未確認ライオットに関する話題を避けていたのかもしれない。
ここまで来たら……まぁ、全部秘密にしておく必要もないだろう。
「……ぽやみさんとは、実は池袋のブッキングライブの時にたまたま顔を合わせてたんですよ。その時に少し話をして……なんて言ったらいいんですかね?」
「……そこであたしに振るの? だから、あんたがあたしに『ぎゃふんと言わせる』って豪語してあたしの謝罪拒否したんでしょ」
普通に全部言うじゃん。
……でもさぁ……。
「……あの、それ……結果見せつけてやる、みたいなニュアンスだったんで、その……ね?」
優勝どころかフェスにも出れなかったし……と、口に出すのは憚られたので濁したが、しかしそういうことである。
ぽやみさんも「まぁ、それは確かにそうね」と言いつつ、でも、と続けた。
「あたしにとって、あのライブ審査でステージに立っていた結束バンドが一番だったわ。だからいいのよ、心の底からぎゃふんと言わされた。あんたを慰めるために、お情けで言ったわけじゃないわよ」
真剣な表情で俺を見つめながらそう言ったぽやみさんは、すっと視線を動かして、今度は虹夏先輩や後藤に顔を向けた。
「もう一回、あえて言うけど……あたしにとって、このフェスでの一番はあなたたち結束バンドだった。それを踏まえて……ごめんなさい、あなたたちがお遊びのバンドだなんて言ったこと、撤回します」
「……ぽいずんさん」
ぽやみさんが深々と頭を下げると、虹夏先輩が面食らったようにぼそりとぽやみさんを呼ぶ。
ぽやみさんはゆっくりと顔を上げ、ちらりと俺を一度見た後、さらに口を開いた。
「それと、本人には拒否されたけど……あなたたちのマネージャーを侮辱するようなことを言ったことも、謝ります。本当にごめんなさい。彼はこの半年以上、立派にマネージャーとしての務めを果たしていたと思うわ。傍からでもわかるくらい……」
「……此崎くん」
「衣久は、それでいいの?」
喜多さんとリョウ先輩が、俺を見て尋ねてくる。
ぽやみさんはあくまで俺の「謝らなくていい」という発言を尊重してくれて、それでも結束バンドの四人を相手に謝罪をしたわけだが、結束バンドの方も自分たちがというよりも、俺がどう思っているかを問題にしているのだろう。
なんだか、気まずいやら気恥ずかしいやら。
俺は頭を掻きながら、仕方なく答える。
「まぁ、あれです。ちらほら言ってるけど、あの時の、あの時点でのぽやみさんの言い分は普通に一理あったと思うんですよ。そんで、ぽやみさんの言葉があったから、俺は……とにかく俺には、ぽやみさんへのわだかまりはとっくにありません。ぎゃふんって言ってもらえたし」
俺が冗談めかしてそう言うと、喜多さんとリョウ先輩は顔を見合わせてから呆れたように笑い、虹夏先輩も後藤もほっとしたように微笑んでいた。
ぽやみさんはぽやみさんでほっとしたように胸を撫で下ろしたかと思えば、「……あっ、そうそれでなんだけど」と何かを思い出したように後ろを振り返り、手招きのような仕草をした。
「あなたたちに、紹介したい人がいて……」
「紹介したい人……?」
やってきたのは、かちっとしたスーツに身を包み、きりっとした印象の女性だった。
「お取込み中のところすみません。私、『ストレイビート』というレーベルでマネジメントをしております、
えっ、と思わず声を漏らしたのは、いったい誰だったか。
しかし、司馬と名乗った彼女の言葉を、レーベルというその単語の意味を正しく理解した次の瞬間、虹夏先輩と喜多さんが揃って大きな声を上げた。
「「れ、レーベル~~~~~~~!!!??」」
「うるさいわよあんたたち! まだ話のとちゅ」
「えっメジャーデビュー!? あたしたちもうメジャーデビューしちゃうの!?」
「きゃ~~~~フェスには出れなかったけどもうプロになれちゃうなんて~~~~!!!!」
「あっあっ、これで、これで社会に出なくて済むんだ......! あっもしかして夏休み明け学校行かなくていいかな? もう中退して音楽活動に専念した方が……」
「……フォデラ……ケンスミス……いやビンテージもありか……」
「……あの、まだ話が……」
四人ともすっかり舞い上がって、ぽやみさんの声も司馬さんの声もまるで耳に入っていない。
そのまま彼女たちは「今度こそ必ずフェスの舞台に! いやロッキンジャポン出場!! Nステ出演して冠番組持っちゃうぞー!」とかなんとか騒ぎに騒いで、ついにはコンビニで花火買ってきて遊ぼうなんて言い出す始末。
「……全然話聞いてくれないじゃない……司馬さんすいません、せっかく来てもらったのに」
「いえ、お気になさらず。……仲の良いバンドですね」
「それは、はい。きっと、それが彼女たちの強さですから」
ぽやみさんと司馬さんが、本当にコンビニへ向かうらしい結束バンドの四人の背中を見送りながらそんな会話をしていた。
……そして俺は、それら一連の流れをぼんやりと見ていたのだが、いつの間にか近くに来ていたぽやみさんに小突かれてふと我に返る。
「ちょっとアノサキ、あんた何ぼーっとしてるのよ。付いていかなくていいの?」
「……あー……まぁ別に、すぐ戻ってくるんじゃないですかね。花火買うだけなら荷物持ちも必要ないでしょ。うん」
「……いや、あれどう見てもあんたのこと呼んでるでしょ。早く行きなさいって」
ぽやみさんの言う通り、虹夏先輩と喜多さんが手を振って大きな声で俺を呼んでいた。
「……悩むまでもない、か」
「意外と早かったなぁ」
そして独り言ち、自分を嘲るように薄く笑って、夕日と彼女たちに目を伏せながら歩き出した。
くぅ~疲れましたw これにて未確認ライオット編完結です!
……『うぉっち・ざ・ぼっち!』は未確認ライオット編で終わるといったな?
あれは嘘ではないがもうちょっとだけ続くんじゃ。
そして次回はいきなり番外編です。えぇ?