うぉっち・ざ・ぼっち!   作:鯖ジャム

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お久しぶりラストスパートです。初回は短め~。


#73 此崎、マネージャーやめるってよ

 

「うわやば」

「えっ」

「あ、すまん。おはよう」

「あっ、おは、此崎くんおはよう……えっ?」

 

 朝、私の家の玄関で此崎くんと顔を合わせたら、挨拶よりも先に何か言われた。なんだかよくわからなかったけど。

 

「後藤お前、その恰好……何?」

「……? 何って通販で買って昨日届いたブランドものの服だけど……?」

 

 此崎くんは、何を不思議そうにしているのだろう?

 今日は未確認ライオットのファイナルステージに行ったときにぽいずんさんから紹介されたレーベルの人に話を聞きに行ってそのまま契約して結束バンドがメジャーデビューしてファーストシングルからオリコン1位獲得して有名人のラジオ出演してテレビの音楽番組出てその裏で並行してオーチューブに投稿していたMVが1億万回再生されて億万長者になって海外の超ビッグなロックフェスのトリを飾って伝説になる日なんだからそれに相応しい恰好しなくちゃでしょ……。

 

「……あっそうそう此崎くんの分のタキシードも買おうと思ったんだけどさすがにギターヒーロー貯金も底をついちゃって……でもよくわからないけどきっとレーベル所属したらお給料とかもらえるだろうし初任給で買ってあげるからね……今まで苦労かけてきたからね……」

「…………」

 

 ……? 此崎くんがなんとも形容しがたい表情に……そうか、此崎くんったら立派になった私を見て感極まっちゃったんだな。

 

 私は、フッ、とニヒルに笑って、此崎くんの肩にポンと手を置く。

 

「此崎くん、今までありがとうね……これから此崎くんのこと、たくさん楽させてあげるから……欲しいものあったらなんでも言ってね……」

 

 そして、私の殺し文句を聞いた此崎くんは顔に手を当てて天を仰ぎ――。

 

「……とりあえず、ノーコメント」

 

 ――と、言ったのだった。

 

 ……感動のあまり、コメントも浮かんでこなくなっちゃったんだね……!

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

 マイセカンドホームタウン下北に降り立つ。

 

 いつもだったら悪いバンドマンに「へいへいおじょーちゃんギター持ってんだねかわうぃーねバンドやってんのどこ住みてかロインやってる?」などと声をかけられて道端で死なないように身を小さくして日陰を選んで歩いているけど今日の私は一味違う。

 

「さっさぁ行きましょう喜多ちゃん! 早く虹夏ちゃんたちと合流しないとレーベルの人のお迎え待たせてるかもしれないですよ!!」

「ちょっと此崎くん!? これどうしたの!? どうしてひとりちゃんこんなことになっちゃってるの!?」

「いや、何もしてないのに壊れてた……」

「いつものやつだわ!!! いいえいつもより壊れてるわ!!! その服とアクセサリー何!? それどう見てもハイブラン……えっ!? ちょっと待ってちょうだいホントにこれ……えっ!?」

 

 ……んん〜、喜多ちゃんの度肝も抜いちゃったかぁ……それにしても喜多ちゃんったら普通の格好すぎないかな? いつも通りおしゃれではあるけど、もっとフォーマルな格好でさ……。

 

「な、なんでそんなに良いブランドで買うのがジャージなの……!?」

「喜多さん、ジャージでもほぼ釣り合ってないのに普通の服着たら後藤消滅するぞ。光に飲まれて消えるわ」

「それは……そうかもだけど!」

「あっきっ喜多さん?」

 

 きっ消えないですよ? わっ私は下北から世界に羽ばたく女……いつもと違って日の光の下を堂々と歩くんだから……!

 

「いっいいいいいから行きましょう!!!」

「いやなんでわざわざ日向の方行くんだよ。あちぃだろ」

「そうよひとりちゃん、スターリー着くまでに余計に汗かいちゃうわ」

「あっはいすいません……」

 

 確かに私もせっかく買ったハイブランドのジャージ汗まみれにはしたくないな……まっまぁ日陰にいた方が私の輝きがより目立つということでここはひとつ……あっでもあんまり目立ちすぎて別のレーベルの人とかアイドルのプロデューサーとかにスカウトされたら困るな……。

 

 ……と、そんな心配もあったけれど、私たちは無事に誰からも声をかけられずにスターリーまでたどり着くことができた。

 途中で何度も前を歩く此崎くんと喜多ちゃんが振り返っては「うわぁ」みたいな顔していたのは気のせいに違いない。

 

「あっおはようございます虹夏ちゃんリョウさん店長さん今日もいい天気ですね!!!!」

「うわ声でかっ!! ぼっちちゃん !? 未だかつてないほど元気な挨拶だけどどしたの!?」

 

 スターリーの中に入ると、いつものように虹夏ちゃんたちの姿があった。見当たらないのはPAさんだけ……というのは、まだ午前中だから当たり前だった。PAさんは朝が苦手らしいので。

 

 虹夏ちゃんも此崎くんや喜多ちゃんと同じくいつも通りの格好をしていて、私のワンランク上のコーデに驚いているようだったが……リョウさんは、さすがだった。

 

「伊地知先輩おはようございます〜。ひとりちゃんはまたいつものアレで、何もしてないのに壊れちゃったらしいんですけど……あの、それよりリョウ先輩はどうしてそんなにいっぱいベース持ってるんですか……?」

 

 喜多ちゃんが口にした通り、リョウさんはギグバッグを三つも装備していた。たぶん中身はベースだと思うんだけど、さながらフルアーマーである。フルアーマーリョウさんである。

 

 私には、わかる。

 リョウさんも、未来を見据えているのだ。

 

「うん、来る前にちょっくら買ってきた」

「……えっ!? べ、ベース3本もですか!? あっえっと……あっ、け、決算セールで超安売りされてた、とか……?」

「ううん、中古だけどいい個体だったから金に糸目は付けなかった。反省も後悔もしていない」

 

 むふーん、とドヤ顔でケースから取り出されたのは、ギタリストの私でも名前は知ってるハイエンドブランドのベースたち……えっ総額いくら……?

 

「そ、そんな……! リョウ先輩いったいどこからそんなお金を……!?」

「フルローン。未来の私が返済を頑張ってくれる予定」

「あっ、あぁ……」

 

 喜多ちゃんがついに絶句してしまった。喜多ちゃんの言葉を失わせるなんて本当にさすがだリョウさん……!

 

 さらにふと見ると、虹夏ちゃんは顔に手を当てて天を仰いでいた。どこかで見たことある反応だな……と思ったら私の後ろで此崎くんもしっかり同じポーズをしていた。な、仲良しだね……?

 

「……もー知らん。とりあえず連絡してレーベルの事務所行こう……」

「そうですね……」

 

 おっと、もうさっそくレーベルに行くらしい。

 虹夏ちゃんはスマホを取り出すと電話をし始めて、全員揃ったから今から事務所に向かいますと簡潔に話していた。

 

「あっそう言えばここのビルってヘリコプター着陸できるんですかね……」

「ぼっち、流石に出迎えにヘリはない……いいとこハイヤーだと思う。たぶんロールスロイス」

「あっ私ローススライス好きです……生姜焼きとか……」

「ここから徒歩3分だよ」

 

 ……? 虹夏ちゃんが変なこと言ってる。スターリーから徒歩3分圏内にレーベルのオフィスが入ってるような超高層ビルなんてない……よね……?

 

 首を傾げる私とリョウさんをよそに、虹夏ちゃんと喜多ちゃんはさっさと出口へと向かっていってしまう。

 

「ほらー、早く行くよ二人ともー……衣久くんもだよ! 司馬さんもう待ってるって!」

「あっはい……」

「へーい」

「…………」

 

 私とリョウさんはひとまず返事をして虹夏ちゃんたちの後に続く……が、なぜか、此崎くんだけが返事もせず、その場に突っ立ったままだった。

 

「衣久、どうしたの?」

 

 私が声をかけるよりも先に、リョウさんがそう尋ねた。

 

「……あー……すいません、今行きます」

 

 すると、此崎くんはしばらく難しい顔をした後、そう言ってようやく歩き出したのだった……ど、どうしたんだろ?

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

「――あっ、このビルだ! ここの2階だよ!」

「……ゑ?」

 

 虹夏ちゃんがまた変な……いや怖いことを言い出した。

 

 本当に徒歩3分くらいで到着したのは、レンガで作ったみたいなボロくて寂れたビルだった。3階建てだった。

 

「……あ、あはは、虹夏ちゃんったら冗談が上手いですね……こっこんなボロっちいビルに私たちのレーベルがあるわけ……」

「虹夏ったらナイスジョーク。こんなカビ臭そうな建物にレーベルの事務所が入ってるわけ――」

「――おや、皆さんお揃いですね。お待ちしておりました」

「……よく見たらレトロで風情のある建物。歴史を感じさせられる。ね、ぼっち」

「あっはい! 見てくださいリョウさんこんなおっきなハムスターがいっぱい……!」

「キャーッ!? ひとりちゃんそれネズミ!! ドブネズミよ!!! ばっちいから触っちゃダメ!!!」

 

 えっあっでもドブネズミみたいに美しくなりたいって言うしこれは加点要素だよね……!

 

 ……と、リョウさんと一緒にくるりと返した手のひらの上で美の象徴たるドブネズミを愛でる私はともかく、ビルの階段からひょこっと顔を出したのはこの前出会ったレーベルの人――司馬(しば)(みやこ)さんだった。

 

「後藤さんはネズミがお好きですか。うちのビルではよく出るので、苦手意識がなくて何よりです」

「……ハハッ!」

 

 思わず乾いた笑い……じゃなくて夢の国に紛れ込んでしまったかのような愉快な笑い声が漏れてしまった。現実なんて見たってしょうがないもんね。危ないね。いろんな意味で。

 

「司馬さん、今日はよろしくお願いします!」

「はい、こちらこそよろしくお願いします伊地知さん。とりあえず中に入りましょうか。あ、階段お気を付けて。微妙に傾いてますので」

「…………」

「…………」

「ほ、ほらひとりちゃん! リョウ先輩! 此崎くんも行くわよ!」

 

 ……か、階段の昇り降りという何気ない日常の動作にも緊張感を持たせて一流のアーティストとしての自覚を促すための配慮……か。うん、そうに違いない。もしくは夢の国のアトラクションだ。

 

 私は危うくただ単にビルがボロいだけなどという勘違いをするところだったが、なんとかその真意に気がつくことができた。本当に危なかった。

 

 そうしてスリリングでエキサイティングでワンダフルで微妙どころか割としっかり傾いてる階段(しかもやけに段差が高い)を昇り、事務所の中へと入る。

 

 ――夏場に屋外から屋内に入ることほどの喜びはそうそうない。

 節約や環境のための節電が叫ばれる昨今だけれど、今時八月にエアコンを一切付けていないところなんてほとんどないだろう。

 

 そう、外観はレトロで趣のあるビルでも、私たちを出迎えるひんやりとした空気は心の冷や汗だって拭い去って……ぬ……ぬぐ……ぬくい……?

 

「すいません、うちの事務所は冷房が効きづらいもので」

「な、なるほど、サウナも兼ねてるなんてレトロな見た目に反して先進的な建物だなぁ……」

「あっしっ仕事中も整いたいですもんね。リョウさんその草は叩く用のやつなので食べちゃダメですよアハハ」

「叩く用でも食べる用でもなくて観葉植物でしょ」

 

 小さく呟いた虹夏ちゃん相手に「とてもポジティブな方たちですね」と司馬さんがさらに言ったけど、虹夏ちゃんは静かに、悲しげに首を横に振るばかりだった。

 

「手狭ですが、どうぞおかけください」

「あっはい……」

 

 それから奥の応接室に通されて、私たちは司馬さんに椅子を勧められた。

 

 テーブルの幅的に横並びでは三人でいっぱいいっぱいで、部屋に入った流れと順番のまま虹夏ちゃん喜多ちゃんリョウさんが前の席、私と此崎くんがその後ろに用意されていた席に座る形になった。

 

 ……此崎くん、マネージャーなんだし前に座った方がいいような気がしたけど……と、私がちらちらと視線を送っていたのに此崎くんはまるで気がつく様子もなく、そのまま司馬さんの方から切り出してきた。

 

「さて、では改めまして。私、ストレイビートでマネジメントをしております、司馬都と申します。本日は暑い中ご足労いただきありがとうございます」

「あっいえ、どうも……」

 

 虹夏ちゃんが、少し緊張しているようには見えるものの率先して返事をしてぺこりと頭を下げたので、私たちも続けて会釈をする。

 

「伊地知さんには事前にお伝えしてありますが、端的に言うと本日は、結束バンドの皆さんを弊レーベルにスカウトするにあたってのご説明、プレゼンテーションをさせていただきたいのです」

「プレゼン……ですか?」

「あー、うん。ほら、あたしたちレーベルって聞いただけで舞い上がっちゃったけどさ、ちゃんといろいろ聞いてから決めないとって衣久くんとかお姉ちゃんとかと相談して……って、すいません! 別に司馬さんやストレイビートを疑ってるとかじゃなくてですね……!」

 

 疑問を挟んだ喜多ちゃんに虹夏ちゃんがさらっと答えたが、若干失礼な言い方だったことにあとから気付いたらしく慌てて訂正する。

 しかし、司馬さんはクールに「いえ、お気になさらず」と返し、さらに続けた。

 

「判断を慎重に、というのは当然のことです。皆さんがレーベルに所属するメリットや現時点で私の考えているプランなどをお話しした上で、それらが魅力的だと感じていただければ是非、とはもちろん思っていますが……なんなら、今日は一度持ち帰ってから日を改めてお返事をいただいても構いません」

「え、いいんですか……?」

「はい。焦らず、じっくりと認識を擦り合わせていきましょう。後になって齟齬があるとお互いに不幸ですからね」

 

 ……な、なんかすごく大人な会話……というか司馬さんがすごく大人だ……しかもたぶん良い大人だ……。

 

 ここから先詳しい話になったら私は付いていけなくなると思うけど、司馬さんが良い人だってことさえわかっていれば、あとは虹夏ちゃんや此崎くんに任せられるから安心だ。

 

 ふぅ、と私がこっそり息を吐いて難しい話を振られないように気配を消すと、ちょうどそのタイミングで応接室の扉がノックされる。

 

「し、失礼します〜……お飲み物持ってきました〜……」

「……え、えっ!? ぽいずんさん!? どうしてここに!?」

 

 ……そして現れたのが、コップをたくさん乗せたトレーを持った、まさかのぽいずん♡やみさんなのだった。

 

「えっと……そ、そっくりさん? 生き別れの双子の姉妹とか……?」

「間違いない郁代。アレはお茶汲みなんてするキャラじゃない……ハッ、レーベルの人紹介してくれたのも……?」

「あんたたち言いたい放題すぎない!?」

 

 喜多ちゃんとリョウさんが別人説を唱え始めて私ももしやと思ったが、すぐに司馬さんが「ちょうど人手が足りていなかったのでバイトとして入ってもらっているんです」と説明をしてくれたので、どうやら正真正銘本物のぽいずん♡やみさんらしい。らしい。

 

 ……また、ちらっと此崎くんの様子を伺うが、これといったリアクションはなし。

 まぁ私たちの知らない間に当人同士で仲直り……和解? は、無事にしてるみたいだから、むしろ私が気にしすぎなんだろうけど……。

 

「……ね、ねぇ、此崎くん?」

「……ん? なんだよ」

「……だ、大丈夫?」

 

 ……それとは別に、やっぱり今日の此崎くんは何かおかしい。

 なんかこう、いつもみたいな辛辣なツッコミが全然ないし、特にスターリーを出てからはずっと上の空というか、会話にも全然混ざってこないし。

 

 今だって、ぽいずんさんが虹夏ちゃんに前とキャラがだいぶ違うことを指摘されて大慌てしていて、いつもの此崎くんなら嬉々として追い討ちをかけに行くだろうに……妙に思い詰めたような顔をして、私の問いかけにすら答えないままだった。

 

「……ひとりちゃん? どうかしたの?」

「ん? なになにどうかした?」

「ちょっとっ! ……何、アノサキなんかテンション低くない?」

 

 喜多ちゃんが後ろでコソコソやり取りをしていた私たちに気がついて振り向くと、虹夏ちゃんにぽいずんさんまでこちらを覗き込んできた。リョウさんも無言ながら振り返ってきて、司馬さんも身体を少し傾けている。

 

「あっ、あっあっえっと、あの……」

 

 内緒話のつもりだったところ急に注目された私はあわあわと慌ててしまう。

 すると、虹夏ちゃんが「まったくもう」とため息を吐いた。

 

「ぼっちちゃんも衣久くんも、大事な話なんだからちゃんと聞いててよね! 特に衣久くん! マネージャーなんだからきちんとしてくれないと……」

「……おや?」

 

 と、何やらこぼしたのは司馬さんだった。

 なぜか、なんでか首を傾げている。

 

「ど、どうかしましたか?」

 

 尋ねたのは喜多ちゃんだったけど、たぶん、その場にいる全員が不思議そうな司馬さんを不思議がっていた。

 

 ……でも、後から思えば、一人だけは違ったんだろう。

 

「此崎さん、もしかしてまだお話しされてないのですか?」

「いや、まぁ……すいません、今日まで言うタイミング見つからなくて」

 

 司馬さんが問いかけた相手は、ここまで黙りこくっていた此崎くんで。

 その此崎くんは頬を搔きながら、ため息をひとつ吐いてから、口を開いた。

 

「えーっと、俺、結束バンドのマネージャー辞めます」

 

 そして、唐突にそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「……は?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなの声が低くて怖いなって思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………えっ?」

 

 えっあと今此崎くんなんて言いました?

 





次回は12/5に投稿しまぁす! 結構忙しいけど頑張りまぁす!
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