うぉっち・ざ・ぼっち!   作:鯖ジャム

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長くなっちゃったぁ……長くなっちゃったぁ……!


#74 結束バンド緊急会議 〜打倒! 此崎衣久編〜

「結束バンド緊急会議ィィィィ~~~~~~~~!!!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお衣久あんにゃろうこんにゃろうウチの組随分と舐めてくれちょるけぇのぉ虹夏の姉御ぉ!!! 筋も通さんとカタギば戻れっと考えちょるようじゃがちゃんちゃら甘すぎるわいのぉ!? せやろ郁代ォ!!!」

「はい! 郁代って呼ばないでください! でもリョウ先輩の言う通りですよ!! 此崎くんのこと一刻も早く理解(わか)らせないと!!! ねぇひとりちゃん!!!」

「…………」

「……おーいぼっちちゃーん?」

「……ぼっちー?」

「ひとりちゃーん?」

「……呼吸確認!」

「……ナシ!」

「脈確認!」

「……ナシです!」

「ぼっちちゃん死亡確認!」

「ヨシ!」

「ヨシ! ……じゃないですよ!! ひとりちゃん起きて!! 緊急会議よっ!!!!」

「…………」

「……ダメだこりゃ」

「……まぁ、でも……ダメ、にもなりますよね……」

「……はぁ。ぼっち、あの世からのリモートでもいいからとりあえず話に参加して。大事な話だから」

 

 あっはい。リョウさんにまで真面目な顔で言われたら……しょうがない。

 

 ……レーベルに話を聞きに行った、その後。

 

 虹夏ちゃんの家の虹夏ちゃんの部屋で、虹夏ちゃんと、喜多ちゃんと、リョウさんと、私の遺体が一堂に会していた。私の魂は黄泉の国からリモートで参加だ(蘇生失敗)。

 

 虹夏ちゃんによるやけくそタイトルコールの通り、『結束バンド緊急会議』と銘打たれたこの集まりは、今日のお昼に巻き起こった一大事件に端を発している。

 

 

 此崎衣久、マネージャー辞任。

 

 

 私の幼馴染にして私たち結束バンドのマネージャーである此崎衣久さん16歳男性が、レーベルの人との話の場で突然マネージャーを辞めたいなどと言い出したのだ。

 

 理由はその場で、本人の口から懇切丁寧に聞かされた――。

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

『――ここで、このタイミングで話すことになったのは、すいません……ただ、ずっと前から……いや、()()()()、そういうつもりではありました』

 

 此崎くんは最初、少し言葉に詰まりながら語り始めた。

 でも、それからはまるで準備してきたみたいに……ううん、きっと本当に準備をしてきて、それを、なるたけそのまま喋ろうとしているような感じだった。

 

()()()が来たら潔く身を引く、っていうのは考えてたし、間違いなく言いました。少なくとも、店長さんには。口約束のような気持ちで。だから、今が……つまり、レーベルと契約しようっていう今が、その時だと思ったんです

 司馬さんには、無理を言って事前にいろいろと話を聞かせてもらってました。俺の、結束バンドのマネージャーを辞めようっていう意思とか、意図とかを理解してもらった上で、レーベル契約についてほぼ全部……それで、おこがましいけど信用できる、信頼できるって思ったから、本当の意味で決心したのはそのタイミングです』

 

『まぁ、そんなこと言っといて今日まで言えなかったのは……そりゃ俺だって、正直なところ言いづらいなとは思ってたんで。四人からしてみたら急なことで、勝手だと思われるのもわかってるつもりだけど……言いづらかった。引き止められるだろうなってわかってたんで。

 でも俺、引き止められても辞めます。

 俺は、ストレイビートも司馬さんも信用できるし、契約の内容も結束バンドにとって良いものだと思ったけど、最終的に決めるのはもちろん四人だ。が、俺を引き止めるためにレーベルと契約しない、なんてのはやめてほしい。自分でここまで言うのは、自意識過剰みたいで恥ずかしいけど……みんなならやりかねないと思うから、恥を忍んで言う。そんなのは、やめてほしい。迷うことさえしないでほしいから、契約がどうなろうと俺が辞めることは変わりません。変えるつもりはない』

 

『……あ、とは言え、もう関わるのやめるとか、そういう極端な話ではないですからね。スターリーでのバイトは続けるつもりですし、ほら、これからはファンの一人として応援していくってだけの話なんで』

 

『……他になんかあるかな? ないような気がする。うん、まぁ……じゃ、そんな感じですんで俺のことは気にせず話の続きどうぞ』

 

 

 

 

 ――できるかぁ!!! と、直後に大声でツッコミが入ったのは想像に難くないだろう。ぽいずんさんまで一緒に声を上げてたのはちょっとびっくりしたけど……。

 

 ともあれ、まぁ、そんな感じらしい。

 

 ……もちろん、ツッコミの通りその後司馬さんとの話に移れたわけがないし、誰一人として納得なんてできなかった。

 

 此崎くんの一方的なスピーチが終わった。

 次は何か。

 質疑応答の時間である。

 

『衣久くん』

『はい虹夏先輩』

 

 一番槍になってくれたのは、やっぱり虹夏ちゃんだった。

 虹夏ちゃんはただ一言、尋ねた。

 

『本気?』

『はい』

 

 そして、此崎くんもただ一言、返した。即答だった。

 

『……お姉ちゃんが言ったことなら、気にしなくていい……って、言ってもダメ?』

『まぁ、ダメですね』

『うん、だよね。知ってた。……衣久くんの、バカ』

『すいません』

 

 虹夏ちゃんは大きなため息を吐いて、此崎くんに背を向けてしまった。

 

『……此崎くんっ!!!』

『はい喜多さん。何?』

 

 次は、喜多ちゃんの番だった。

 虹夏ちゃんとのやりとりをそわそわしながら見ていて、そのフラストレーションを爆発させたみたいに大きな声で此崎くんの名前を呼んだのだった。

 

『何、じゃないでしょう!? マネージャー、辞めるなんて……レーベルと契約するからって、此崎くんが必要なくなるわけじゃないわ!!』

『そうだな。今すぐ俺のやることがなくなるわけじゃないとは思う。でも、物事には節目がある。タイミングだ。今が、良いタイミングだと思うんだ』

『良いタイミングだなんてっ! ……置いていかないって、約束したじゃない。なのに、どうして』

『ごめん。まぁ、置いていってくれ、ってことにはなるな。でも俺は、ここまででいい。十分なんだ』

『……此崎くん……』

 

 ……喜多ちゃんは、悲しそうな目をして、それから唇を噛んで俯いてしまった。

 

『衣久』

『はい。リョウ先輩の番ですね。なんでも聞いてください』

 

 そこですかさず、今度はリョウさんが口を開いた。

 喜多ちゃんの肩にポンと手を置きながら、いつもみたいに平然とした顔で此崎くんに問いかけた。

 

『衣久のその決断は、私たちのため? それとも自分のため?』

 

 これが唯一、此崎くんが答えに詰まった質問。

 リョウ先輩が「衣久」ともう一度名前を呼ぶと、黙り込んでいた衣久くんは小さな声で答えた。

 

『……どっちも、です。すいません』

『そっか。ならいい……でも、納得する気はないから』

 

 納得する気がないなら、何がいいのだろうか……リョウさんの考えてることが私には全然わからなかった。

 あと、それはそれとして此崎くんの答えは私にとっては意外で、それそのものの意味はもっとわからなかった。

 

 ――何もかも、最初からまるで意味がわかっていない私は。

 

『……後藤は? なんか質問あるか?』

『……わ、わかんない……』

 

 もちろん、此崎くんから促されたところで、何も聞くことができなかった。

 何を聞いたらいいかなんて、わかるわけがなかった。

 

 ……そして、それから。

 

『――契約についてのお話は、日を改めましょうか。今のまま話を進めるのは、得策ではないように思えます。いかがですか?』

『え、あっいやちょっと待ってください。別に、時間を置いても俺が辞めることは変わりませんから、今日ここで……』

『此崎さんはそのつもりでも、伊地知さんたちはどうでしょうか。……安心してください、日を変えたからと言って、結束バンドさんに不利なようにはしません。皆さんできちんと話し合っていただいて、どのような結論を出すにしろ、後顧の憂いなく一緒にお仕事がしたい。私としてはそれだけです』

 

 司馬さんのその気遣いに、私たちはまるっきり甘える形になった。

 

 此崎くんも含めて全員で司馬さんに頭を下げて謝って、ありがとうございますと言って、その後は全員でスターリーに戻ることになる。

 帰り道は、誰も、一言も話さなかった。

 

 それから、それから……。

 

『――衣久くん、今日は帰って』

『……あー、いいんですか?』

『よくないけど』

『どっちですか』

 

 虹夏ちゃんが、スターリーに着くなり無茶苦茶なことを言って此崎くんを困惑させた。

 

 けれどそれは、冗談ではないみたいだった。

 場を和ますためでも、なぁなぁにするためでもない、有耶無耶にするためでも……虹夏ちゃんの、いかにも整理のついていない複雑な表情を横から見ればそれは一目瞭然だった。面と向かっている此崎くんは、なおさらだっただろう。

 

『……わかりました。すいません。今日のところは帰ります』

『うん』

『……説得される気なくて、すいません』

『わかってるじゃん。……あぁもう。これ以上下手なこと言うの怖いから……もう行ってよ』

『はい。……じゃあ、三人も』

『……ええ』

『うむ』

『……あっえっ、えっと』

 

 此崎くんが、行ってしまう。

 

 虹夏ちゃんが此崎くんを帰そうとする理由は、なんとなく察しが付いたけど……それでも私は、こんな、何もわからないままで帰ってほしくなかった。

 

『こ、此崎く――』

『後藤』

『あっなっ何……?』

 

 

『今日は一人で帰れ。俺はお前んち行かないし、お前も俺んち来るな。じゃあな』

 

 

 ――ぱくぱくと、自分の口が何の音も発さないで開いたり閉じたりしているのに気が付いたのは、私の肩を揺さぶる喜多ちゃんの声が耳に届くようになってからだった。

 

 此崎くんは、もう、私の前からとっくにいなくなっていた。

 

 で、私が死んだってわけ。

 

 

     ♪ ♪ ♪

 

 

「……ぬわぁぁぁぁぁああああ〜〜〜〜〜衣久くんのバカバカバカぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!」

「そうです此崎くんはバカですバカ! わからず屋!! あんぽんたん!!! 責任取るって言ったのに!!!」

「……えっ責任!? 喜多ちゃん何それなんの話!?」

「責任取ってくれるって、頷いてくれたと思ったのに!!!」

「喜多ちゃん!?!?」

 

 えっ責任!?

 

 ……じゃなくて、戻って現在。

 

「……ま、まぁどうせ変な意味じゃない……よね? うん、そういうことにしないとまた別の緊急会議開かないといけなくなっちゃうからここは喜多ちゃんと衣久くんのことを信じて……とにかく、衣久くんだよ。ひとしきり愚痴は言ったし罵ったし、そろそろ真面目に話そっか」

「虹夏、真面目に話すって言ったのもう三回目だけど。本当にもう気は済んだの?」

「……まだちょっと、ムカついてるけど……今度こそ我慢する。喜多ちゃんもいいよね?」

「……はい。我慢します」

 

 いや責任……責任……の、話は非常に気になるけど、置いておくとして。一旦、一旦置いておくとして。

 

 要するに虹夏ちゃんは、此崎くんに対してものすごく怒っていたのだ。

 

 最初は悪ノリしていたリョウさんが途中から付いていけなくなるくらいの勢いで(代わりに喜多ちゃんが一緒になって怒り始めたけど)、そんな調子だから結束バンド緊急会議はまったくもって進んでいなかった。

 ……でも、虹夏ちゃんが此崎くんを帰らせたのはたぶんその感情の爆発を本人にぶつけないためだったわけで、この会議も怒りを発散させるのが目的の一つ……で、いいのだろうか。

 

 なんにしても、もしも闇雲に怒りをぶつけたりして、此崎くんが考えを変えてくれないことが虹夏ちゃんにはわかっていたのだと思う。

 

 此崎くんが、マネージャーを辞める。

 さすがにその意味はわかったけど、しかし私はいまだにそれを信じることができていなかった。

 私の物分かりが悪すぎるというのはあるかもしれないけど……ううん、こんなの物分かりの問題じゃない。

 

 だって、此崎くんはあんなに本気だったのに。

 長年、ずっと傍で此崎くんを見てきた私も、あんなに熱心な此崎くんはほとんど見たことがなかった。あんなに本気なのは私の醜態を記録に残そうとする時くらいで……あっどうしよう私もちょっと怒りたくなってきたかも……。

 

 ……違う違う。そうじゃなくて、此崎くんは本当に、本気で、本気の覚悟で私たちのマネージャーをやってくれていた。

 私の贔屓目ではないはずだ。虹夏ちゃんたちだってそう思ってるはずだし、何より……半年と少し前、此崎くんのことをあれだけこてんぱんに言っていたぽいずんさんが認めてくれたんだ。これ以上の証拠はないと、私は思う。

 

 だからこそ、信じられない。

 幼馴染の私でさえ、想像もしていなかったことだ。

 

 此崎くんが、こんな急に……いや、急だとかゆっくりだとかそんな問題じゃなく、マネージャーを辞めるなんて言い出すなんて……。

 

「……正直」

 

 と、不意にリョウさんが零す。

 

 すると、虹夏ちゃんも喜多ちゃんも、怒りを我慢しているという以上に悲しげな表情でリョウさんに視線を向ける。

 

 私もあの世からのリモートで、三人の心の内を想って唇を嚙んだ――。

 

 

 

「――衣久が、いつかこういうこと言い出すんじゃないかとは思ってた」

 

 

 

 ……あっえっ?

 

 

 

「――そうですね。まさか本当に言い出すとは思いませんでしたけど、此崎くんの中での理由とか、私なりにですけどなんとなく想像が付くっていうか……」

 

 

 

 えっあっえっ?

 

 

 

「――リョウと喜多ちゃんと一緒かどうかはわかんないけど、あたしも。心では全然納得いってないけど、頭では理解できてるような気がする。衣久くんが、どうしてマネージャー辞めるなんて言い出したのか……」

 

 

 

 えっあっ……えっ!?

 

 

 

「――ちょっちょちょちょちょちょちょっと待ってください!!!!!!」

「お、ぼっち復活」

「おかえりなさいひとりちゃん!」

「ぼっちちゃんおかえり~」

「あったたたただいまじゃなくてそうじゃなくて!! えっ!? みっみなさんなんでっ、えっ!? こっ此崎くんマネージャー辞めるって、えっ!? わっわかわかわかわかかかか!?」

 

 ただでさえまともにしゃべれないことに定評のある私、蘇生直後かつ大困惑のダブルデバフで即席ラップを披露することしかできなかった。

 

 ……いや私のゴミカスラップその2はどうでもいい、どうでもいいのだ!

 

「あっえっと、えっと! えっ、み、みなさんは……こ、此崎くんが、マネージャー辞めるって……お、驚かなかったん、ですか……?」

 

 今度はラッパーにならないよう慎重に、ゆっくり、おずおずと私が尋ねれば、三人はきょとんとした表情で顔を見合わせた。

 

「……逆に、ぼっちは何も心当たりなかったの?」

「ちょ、ちょっとリョウ先輩! あ、えっと、ひとりちゃん! ……ち、近すぎると見えないものって、あるわよね! ほらあの……新聞の文字とか!」

「老眼かっ! ……じゃなくて、そっそうだよぼっちちゃん! あたしたちもほら、たぶんそれぞれちょっとした偶然で気が付いたってだけだと思うし! き、気にすることないよ!」

「……ハハ……ハハハ……」

 

 ワ、ワタシハ……コノサキクンノ、オサナナジミ……ジューロクネンカンズットイッショ……ズット……ズットイッショニイタノニ……ハハ……ハ……。

 

 ……幼馴染の、最も身近な人の異変にまるで気が付かない後藤ひとり。

 こんな愚か者は、心と身体の砕け散るまま粉々になって風にでも乗って、海の果てまで流されてしまえばいい――そんな気分で私が気を失いかけていると、リョウさんが「ぼっち」と呼びかけてきた。

 

「ぼっちが気が付かなかったのは、たぶん無理もないと思う。私の考えてることが正しければ」

「考えてること……? というかリョウはどのタイミングで、どうやって気が付いたの? 此崎くんが……もしかしたら、マネージャー辞めちゃうかもって」

 

 虹夏ちゃんが少しの躊躇を見せながらリョウさんに尋ねる。

 私は、ギリギリ意識を保ちながら、なんとかリョウさんの返事に耳を傾けた。

 

「さすがにマネージャー辞めそうとまでは思ったことなかった。ただ、()()が繋がったからそれ以上の驚きがなかっただけ。……最初の()に気が付いたのは、作曲行き詰まって衣久の家に泊まったとき」

「えっ、そんなに前からですか?」

「あれって今年の初めじゃん。1月の終わり頃とかだっけ?」

 

 は、半年以上前……リョウさんすごい……すごいな……。

 

「うん、そう。確か一週間くらい同棲してたけど、何日も一緒に生活した衣久と、私が今まで勝手に持ってた衣久のイメージとのあいだに微妙な違和感があった。って言っても、別に最初はそんなに気にしてなかったけど。……衣久のお母さんと話をして、それでちょっと見方が変わった」

「そういえば、衣久くんのお母さんと話したって言ってたね。どんな話したの?」

「もちろん衣久の話。小さい頃のこととか、衣久のお母さんから見た衣久の話を聞かせてもらった」

「あれ、でも……此崎くんのお母さん、というかご両親って、確かあまりお家に帰らない人たちだって話じゃ……?」

 

 喜多ちゃんが私の方にちらりと視線を送ってきたので、頷く。

 私の目から見ても、此崎くんのお父さんとお母さんはずっと外で仕事している人だ……けど。

 

「それでも、衣久のことちゃんと理解してるんだなって感じたけどね、私は。ぼっち的にはどう?」

「……はい。私も、そう思ってます。一緒に過ごしてる時間は確かに短いんですけど、特に此崎くんのお母さんは、此崎くんのことかなりよくわかってるというか……」

 

 此崎くんのお母さんに人を見る目があるのか、それとも息子だから特別なのか……たぶん、どっちもあるんじゃないかな。あと、似た者同士なところもあるから、それでなおさらなんだと思う。

 

「……まぁ、とにかくそれで。私が感じた違和感と、衣久のお母さんに聞いた話とで、私の中でつじつまが合った。衣久、人との距離詰めるの上手いし、年上相手でも生意気なところあるけど……そのもう一歩先には踏み込もうとしないでしょ。私や虹夏、郁代相手にも、()()()()()。一緒に暮らしてそれを強く感じた。それが違和感の正体」

 

 ……遠慮。此崎くんが、遠慮……。

 ……言われてみると……確か……確かに……かに……? 本当に?

 

「ぼっちがわかんないのは、しょうがないと思う。ぼっちに対しては幼馴染補正でたぶん全然遠慮してないから」

「あっはい……あ、わっ私が気が付かなかったのが無理もないって、そういう……」

 

 うん、とリョウさんは答えて、さらに続ける。

 

「でも逆に、虹夏と郁代はわかるんじゃない? たぶんここ一年、私たちほど衣久と距離が近くて、だからこそ遠慮されてた人間はいないと思うから。とにかく私は、衣久の()()を無意識に感じ取ってて、そこで衣久のお母さんの話を聞いて気が付けた」

「此崎くんが、私たちにすら遠慮してる理由、ですか」

「そう。衣久のお母さんの話だと、衣久は『子どもの頃から執着が強い子』だったって。好きなおもちゃとか、気に入ったものはずっと手放さないような子どもだったんだって」

 

 ……えーっと、まぁ、確かにそう……だったかな? うん、幼稚園とか、小学生の頃は……そんな感じだったかも?

 

 ……いや、でも……。

 

「ねぇリョウ、それっておかしくない? だって此崎くんって飽き性じゃん」

「うん、それは私もそう思った。でも最近、言うほどなんでもかんでも飽きたとか言わないでしょ。特に私たちのことに関しては。……別に、嘘吐いてたってわけじゃないと思う。本当に飽き性なところはあるんだと思うんだけど、ただそれ以上に、自分で自分を誤魔化すための言い訳でもあったんじゃないかなって」

「誤魔化すって……何を、ですか?」

「いろんなものに執着しそうになる、自分を。自分は飽き性だからって自分に言い聞かせたのかもしれない」

 

 リョウさんは、ふぅ、と疲れの滲んだような息を吐いた。

 

「……結局のところ、全部憶測だけど。それでも私は衣久のこと……心配になった。だからまずは、こっちから遠慮をやめることにした。名前で呼んでみたり、いろいろ。遠慮しなくていいって態度で示してきた……つもり、だったんだけどね」

「リョウ……」

 

 虹夏ちゃんはリョウさんを気遣うように名前を呼んだ後、「……でも、なるほどね」と小さく呟いた。

 

「リョウの話、あたしの感じてたことと繋がる気がする。あたしは、衣久くんがずっと不安がってるように感じてた。池袋のブッキングライブのとき、あたしが勝手に突っ走って、勝手に失敗したと思って、自己嫌悪で凹んじゃったあのときなんだけど……衣久くんが、あたし自身よりも不安そうな顔しててさ」

 

 顔を上げて、どこか遠くを見つめるような素振りをする虹夏ちゃん。

 虹夏ちゃんも……もう、春頃には今日の出来事に繋がる片鱗を感じ取ってたんだ。

 

「リョウが言ってる衣久くんの()()。あたしの目には、それが不安とか迷いとか、そういうものに映ったのかも。あたしもあたしなりに、此崎くんの不安が吹き飛ぶようにって……あー、えっと、行動に移してみたり……?」

「……いやなんで疑問形? 行動って何したの」

「えーっと……び、ビンタとか……」

「えぇ……」

「待って違うの! これはあれだよ、闘魂注入的な! 愛の鞭だから愛の!」

「DVだわ……ドメスティックバイオレンスだわ伊地知先輩……!」

「ドメスティックじゃないでしょ!?」

「バンドは家族ですから!」

「今ここで登場させる理屈じゃなくない!?」

 

 喜多ちゃん、一貫してるなぁ……にっ虹夏ちゃんもまぁ、リョウさんとかに容赦なくゲンコツ入れてたりするし、愛があるのは間違いない……はず……。

 

「び、ビンタは冗談だから! ほら、リョウとおんなじでアレだけどあたしも衣久くんのこと名前で呼ぶようにしてみたり、ライブも胸張ってやるようにしたり……リョウと似てるけど、とにかく衣久くんに心配かけないようにって思ってたんだ。でも……結局こうなっちゃったってことは、それじゃ足りなかったってことだよね」

 

 ……もう、怒っているというわけでもなく、しかし悲しんでいるというわけでもない。

 

 虹夏ちゃんはただ、悔しそうにしていた。不甲斐なさそうにしていた。

 

 それはたぶん……気が付いていて、わかっていたのに止められなかったということへの悔しさなのだろうと思う。

 そもそも何一つとして気が付いていなかった私からすれば、なんというか……ぜいたくな悩みにも思えるけど。いやもちろんそんなのあんぽんたんな私が悪いのだからお門違いもいいところなのはわかってますすいません。

 

 ……私のことはどうでもいいとして、虹夏ちゃんのそんな様子に、今度は喜多ちゃんが口を開いた。

 

「……伊地知先輩、此崎くんはもしかしたら……こんな言い方したくないですけど、何を言ってもダメだったかもしれません。私、この中だと一番最近此崎くんといろいろと話して……えっと、ライブ審査の前に下北で遊んだときなんですけど」

「カフェでいちゃいちゃしてたとき?」

「そ……うです!」

「お、正直者」

「普通に恥ずかしいですよ! でも心当たりがあったので! ……もう、とにかくっ! あのとき私、此崎くんと結構踏み込んだ話をしたんです。リョウ先輩の遠慮っていう言葉も、伊地知先輩の不安とか迷いって表現もしっくりくるんですけど、私には此崎くんが怖がってるように見えて」

「怖がってる?」

「はい。此崎くんは、変わってしまうことを怖がってて、嫌がってて。私たちが変わること、私たちとの関係が変わること……そういう少し広い意味での変化に対して、此崎くんは怯えてるんじゃないかって。……本人の口からも、最終的にはそう聞きました」

 

 ……喜多ちゃん、すごい。此崎くんがそこまであからさまな弱音を吐いたところ、私でも指折り数えるくらいしか聞いたことがない。

 直近だと、私もぽいずんさんとの一件で弱っていた此崎くんを見たけれど……それを含めても私は、そんなに踏み込んだ話を此崎くんとしたことはない。

 

 しかし……喜多ちゃんは「でも」と零して、俯いてしまう。

 

「……私、思い返したら恥ずかしくなるくらい、強い言葉で此崎くんのこと止めたんですよ。私たちは、此崎くんのこと置いて行ったりしないって。此崎くんをここまで連れてきた責任を取るから、此崎くんも私をここまで連れてきた責任を取って、って……それでも、届いてなかったんです」

「……衣久くんに何を言ってもダメだったかもしれない、なんて言ったのは、つまりそういうこと?」

「はい……わかってくれたって、思ったのに。あんなに言葉を尽くしてもダメだったなら、私、どうすればよかったのかしら……」

 

 ……喜多ちゃんのそんな自問を最後に、私たちは沈黙に支配されてしまった。

 

 遠慮、不安、それから怯え……三人がそれぞれ感じていた、此崎くんの心の奥にあったもの。

 リョウさんの気遣いはありがたいけど、私からは見えづらいものだったから、なんて言い訳はしたくない。

 それでも私は、正直未だにピンと来てはいない。何か少し、私と此崎くんとのこれまでの中で引っ掛かるような気はするけれど……すぐに言葉にできるほど、はっきりとはわからなかった。

 

「……執着って言うと、ちょっと聞こえが良くないけどさ」

 

 そしてふと、虹夏ちゃんが口を開いた。

 私は、それにリョウさんも喜多ちゃんも、落としていた視線を上げて虹夏ちゃんを見つめた。

 

「結局、衣久くんは……あたしたちが思ってるよりも、あたしたちのことが大事だったのかもね」

 

 ……虹夏ちゃんのその言葉は、私の胸にすとんと降りてきた。

 

 私たちが思っているよりも、此崎くんは私たちを想ってくれている。

 だとしたら、此崎くんの方からマネージャーを辞める、なんて言い出したのは――。

 

「――嫌だ」

 

 口を突いて出てきたのは、そんなシンプルな言葉、気持ちだった

 

「……ぼっちちゃん?」

「私、嫌です……此崎くんがいなくなるなんて、嫌なんです。此崎くんは、いつも一緒にいて、いるのが当たり前で、いなくなるなんて想像できないんです。此崎くんがどんな気持ちで、どんな考えで私たちから離れるのかなんて関係なくって! わっ私がっ! ここっ、此崎くんがいなくなるなんてこと、絶対、絶対に嫌なんですっ!」

 

 此崎くんが、どういうつもりで私たちの元から離れようとしているのか、少しだけ見えてきた。

 

 けれど、それを踏まえた上で、私はこの身勝手な気持ちを我慢できない。

 

 これからもずっと、此崎くんがいてくれなきゃ嫌だ。嫌なのだ。

 

「……そう、そうだねぼっちちゃん 。いろいろ話し合ったところでさ、あたしたちの出す結論は変わんないよね」

「……それもそうですね! 此崎くんが、私たちのこと嫌いになったならまだしも……私たちのこと大好きですもんね?」

「うん、間違いない。それに、衣久が強情気取ってたけど、隙はあるよ」

「すっ隙ですか?」

 

 強情気取ってたっていう言い方もすごいけど……隙って、何?

 いくらリョウさんでも今このタイミングで冗談を言っているわけではないだろうし……と思っていたところ、リョウさんが至って真面目な顔で口を開いたので逆に身構えてしまった。

 

「衣久がマネージャー辞めるの、私たちのためで、自分のためだって言ってたでしょ。あれ、たぶん結構本心で、悩んでた割に嘘吐かなかった。私たちに対して誠実に向き合おうとしてる……これって付け入る隙だと思わない?」

「りょ、リョウさん……!」

 

 さ、策士……! もしかしてリョウさんが「それならいい」って言ってたのも、ここまでのビジョンがあっての……!? 一瞬でもリョウさんのこと疑った私がバカだったみたいだ……。

 

「すごい! さすがですリョウ先輩! やっぱり打倒此崎くん、ですね!」

「打倒、ではないんじゃないかな……? いや、でも……実際、衣久くんのことどう説得したらいいんだろ? 一番の問題はそれじゃない?」

「……確かに」

 

 虹夏ちゃんの指摘に、喜多ちゃんから褒められてドヤ顔していたリョウさんがむむっと顔をしかめる。

 

「リョウが散々ダル絡みしてもダメで……」

「伊地知先輩がビンタしてもダメだったんですよね?」

「で、郁代が恥ずかしくてめちゃ重いこと言ってもダメだった、と」

 

 そして三人は各々のことを割と容赦なく評して、しかし各々なんの反論もせずに口を引き結んでしまった。

 

 リョウさんが、態度で見せてもダメだった。

 

 虹夏ちゃんが、行動で示してもダメだった。

 

 喜多ちゃんが、言葉で伝えてもダメだった。

 

 

 

 ……じゃあ、私は?

 

 

 

「……あっあの!」

 

 私が声を上げると、三人から視線が集まる。

 

 私に、何ができるのか。

 

 リョウさん以上に遠慮のない態度を見せるのも、虹夏ちゃん以上に安心させてあげられるような行動を取ることも、喜多ちゃん以上に恐れを拭えるような言葉をかけることも、私には到底できないだろう。

 

 

 

 私にできることは、ただ一つ。たった一つだけ。

 それだけで十分だと、まさしく彼が言ってくれていたこと。

 

 

 

「わ、私は――」

 

 




次回は一週間以内に投稿しまぁす! もう書き溜めがあんまりありましぇん!
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