#AD1 vs後藤
「後藤よ、ああ後藤よ」
「……えっ? あっえっ、なっ何……?」
ある日の昼下がりのことである。
俺こと此崎衣久くん16歳は、幼馴染である後藤ひとりさん16歳に呼びかけた。
自分の家の自分の部屋でありながらちょっと端の方で正座をしてヘッドホンを付けてギター弾いている後藤に呼びかけた。
「後藤よ……」
「な、なに、いっくん。もう聞こえてるって……」
「ベース教えてくんね?」
「えっいや私ベース弾いたことない……」
「そりゃ知ってんだけどさ、なんかギターの応用で教われることないかなと」
「え……でも……りょ、リョウさんに教わってるんじゃ……?」
「教わってるんだけどな」
ふぅ、と俺は息を吐きながら、背負っていたギグバッグを畳の上に置きつつ腰を下ろす。ベース重いんじゃ。
「別に、リョウ先輩の教え方が悪いとか、そんなことはないんだよ」
「うん、そうだよね……?」
「でもほら、やるとしても、結束バンドの練習の合間とかで、なかなかまとまった時間が取れないってのがひとつ」
「うん」
「とはいえ、さすがにベース教えてもらうためだけに下北行くのはしんどいってのがひとつ」
「うんうん」
「で、リョウ先輩まぁまぁ乗り気だけど、行ったときに必ずしもやる気出してくれるとは限らんし……なお事前に取り付け約束は信用できないものとします」
「うんうんうん」
「あと、最後にひとつ」
「うん」
「あんまり頼りすぎると、受講料を取られそうな気がする」
「あぁ……」
後藤、
いや何、俺はリョウ先輩のベース講座に対価を支払う価値がないなどと言いたいわけではないし、絶対に支払う気がないというわけでもない……ただ、あの人の厚意に甘えるのは、危険なのだ。
此崎金融が開業し、山田リョウへの貸付を始めて早一年以上が経過するが、毎月の貸付限度額の引き上げに応じたことは一度もない。
臨時の融資についても、たとえばバンド活動に支障をきたすほどの事情や他の人間に迷惑がかかるような事情を認めた場合など、片手で数えられる程度の実績があるばかりだ。
しかし、この審査の厳しさを承知しているはずであるのに、あの債務者はまったく懲りずに毎月、毎回、躊躇なく土下座をしてくる。
最近はその執念に恐怖すら感じて、断固拒否しているこちらが悪いのではないかという錯覚すら覚えさせられるのだ。
ここに「でも、最近俺ベース教えてもらってるしなぁ……」というスパイスがひとつまみされたら、どうなるか。
「……毟り取られる……!」
「そ、それはいっくんの気の持ちようでは……?」
それはそうだが、後藤にだけは言われたくない。押しの弱さへの自覚あるか?
「まぁとにかくだ。そんなわけで第一候補お前。頼む」
「あっうっ、でっでも……」
「後藤ォ! ギターヒーローなんだろォ!? できるできる絶対できるどうしてそこで諦めるんだそこで!」
「う、いや、ギターヒーローだけど……ギターヒーローだから、ベースはやっぱり専門外……」
「そこをなんとか後藤先生! あの喜多さんを育て上げた腕を見込んで! 先生! 先生ォ!」
「せ、先生なんて……でゅへ」
うわ笑い方キショ。やっぱりやめとこうかな?
……いや、しかし!
「せっかくベース買ったしさ、早く上達したいんだよ」
「あっうん、それはそう、だよね……弾けるようになったら、楽しいよ」
「ああ。そして――後藤と一緒に、セッションしたいんだ!」
「えっ」
「今まで歌うくらいだったけど、まぁなんかいろいろ吹っ切れたわけだし、そしたら今までがもったいなかったって思い始めたんだわ。楽しそうだなぁとは思ってたんだよたぶん、深層心理的なアレで」
自覚して、欲しかったものがもう目の前にぶら下がっている。
あとはもう、俺が手を伸ばすだけなのだ。
「頼む、後藤! いや後藤先生!」
「せ、せんせい……!?」
かつて俺が後藤に教えを請うたことがあっただろうか? いやない。
もしかしたらあっただろうか? いや全然ない。
でもひょっとすると? いやマジでない。
やっぱりワンチャン? いや絶対にない。
怒涛の反語四連打しちゃうくらい絶無の状況に、後藤の目が輝く。
「後藤先生……後藤先生ォ! 俺には、あなたしかいないんですよォ! お願いグレートティーチャー幼馴染ォ! GTOォ!」
「……し」
「し?」
「――しししし仕方ないなぁ!」
「そうだ、それでこそ後藤ひとり! 我が幼馴染! おだてれば世界樹のてっぺんまで登る女! よっ、サル以上! はじめちょろちょろずっとちょろい!」
「でへへでへでへへへへへへへへへ」
と、そんな感じで俺は後藤にもベースを教えてもらうようになったって話。
終わり。
またいずれ気が向いたらこういう短編を投稿したりしなかったりするかもしれなかったりします。