母は魔女だ。
そこいらのただ不気味で卑しいだけの魔女ではなく、気高くも優しさを失わない。
当時10歳であった私の自慢の母だった。
母は強しというが、物心ついた時から今まで母が弱気を見せたことなど一度として……ない。
そんな母の背中を見て育った私は、その大きすぎる存在に依存していた。
子供は、好奇心が強く……視野が狭い。
例に漏れず私も、世界に対する視野が極端に狭かった。
母が自分の中の世界のすべて……とは言わないまでも、自分の思考を母を基準にして考える。
そのくらいに依存し、母に頼りっきりだったのだ。
そして……母は、私の目の前で、あまりにもあっさりと、殺された。
打ち捨てられた古い館でサバトという集会が、不定期に開かれる。
愚かにも魔女になろうという者が悪魔に己の魂を安売りして、欲を叶えてもらおうという
この世界にあっては人間に対する裏切りに値する行為。母がいなくなり祖母に引き取られてから初めて耳にしたことだ。
そこでは、あまり想像したくない光景だが、悪魔と若い女性達による性交が行われているらしい。
この行為自体は契約に関係はなく、要は悪魔のご機嫌取りだ。
悪魔と契約をしてもすぐに魂を取られるわけではなく、欲した願いが果たされた時に魂を奪われる。
きちんと欲求を叶えてくれるという点では悪魔の契約というのは中々魅力的な話ではある。
それ故、悪魔と契約しようという女が後を絶たず爆発的に増えた魔女の存在が明るみに出てしまい後の魔女狩りに繋がるわけだが……。
祖母の話では母もサバトに訪れた女性の1人であったが、悪魔との行為に及ぶ女性たちのその異常な様に恐怖と嫌悪感を抱き、それでも叶えたい望みを諦められず、恥ずかしいからと悪魔を個室に誘い出し望みと引き換えに魂を捧げる契約を果たした後に、どのようにしてか悪魔を殺した。
無事に自宅に戻った母は1年後に私を産んだという。
そこまで話し終えて祖母はシワだらけの顔を弛緩させて私を見て言った。
「お前は娘の願いから生まれたんだよ」
母の唐突な死によって塞ぎ込んでいた私にとって祖母の話は非常に興味を惹かれることで、私は祖母と暮らす上で様々な話を聞き徐々にだが立ち直っていった。
その後私と祖母の生活はすぐに祖母の往生により終わりを迎え、私はこの世界を1人で生きていかなければならなくなった。
自身しかいない家で考えることはいつも母が殺された時のことだった。
あの日・・・・・・幸福な母との日々を引き裂いたのは、やはり悪魔で。
机を挟んで談笑していた母の隣に音もなく出現し、瞬きする間で首を手刀で刈り取った。母は笑顔のままだった。
すべて一瞬の出来事。私が状況を把握するのにかかった時間よりも速やかに行われた。
相対した悪魔にまず、恐怖した。頭が真っ白になり何も考えられずただ椅子に座ったまま私は硬直していた。
そのまま消えてくれれば良かったのに悪魔は私をじっと見ていた。見られるだけで体が跳ねて恐怖心だけが頭の中を支配する。
「忘れるな。常にお前を見ているぞ」
それだけ言い残して悪魔は消えた。
あとに残されたのは母の死体と固まったまま動けない私だけだった。
祖母との別離からそれ程経たずに魔女狩りが始まった。噂では魔女を見つけ次第一族根絶やしにしているらしい。
どこから嗅ぎつけてきたのか、ついに私の家にまで押しかけてきて婚姻していない女が悪魔の子を産んだのだと難癖をつけられ否定しても、連行するの一点張りであった為観念したようにみせて隙を作って逃げ出した。
私の特技なんてロウソク程度の火を出せるだけのクソみたいな魔法と運動が得意なだけだが、この時はとっさの機転で何とか逃げ果せた。
家は王都周辺にあるため王都の反対方向にとにかく遠くへ遠くへと自分を奮い立たせて追っ手から必死に逃げた。
ただの少女が大人の男達から捕まらずに逃げることなど出来はしないだろう。が、私は逃げ切ることに成功していた。
忌々しいことに、悪魔が願いを叶えた結果の存在が私だ。生まれに悪魔が関わっているのだ。
この身体が少し人間離れしていたとしても不思議ではない。
そしてそれは生きている限り悪魔が私について回るということなのではないか。
あの日のことが頭にフラッシュバックする。
「常にお前を見ているぞ」
深い森の中で絶望した。私は、いつまで逃げ続ければいいのか……当然、死ぬまでだ。
近くの木に背を預けて目を閉じた。今は考えるのは止そう。疲れた……眠りたい。