周辺を森に囲まれた農村。ここには村人全員が認識する1つの決まりごとがあった。
「村を北に抜けた先の家屋には近づかないこと」
今までに掟を破ったものはいない。
「ねえ、変な決まりだと思わない?」
村に住む少女は幼馴染の男の子に内緒話をするように話しかけた。
「そうかな……あんまり考えたことないよ」
「きっとびっくりするような秘密があるのよ。お宝を隠してるのかも」
「え?まさか、行く気なの?やめようよ。決まりを破るときっとすごく怒られるよ」
「なにビビってるのよ!それに今はお昼だから外の森にも魔物は滅多にでないわ」
言うが早いか、少女は気弱な少年の手を取って走り出した。
たどり着いた家屋は老朽化が進んでおり、子供の価値観で言えばボロっちいの一言に尽きた。
「さ、中に入るわよ」
「やめようよ……」
怯える少年の手を引き、少女は扉を開け放った。
「あぁーーーーー!」
少女が声を上げて指をさした先には家屋の奥、布団で人が眠っていた。
こんな真昼間に?と少年は疑問に思ったが、幼馴染の少女に手を引っ張られてつんのめってしまい思考が中断される。
少年も布団の前に立つと、この騒がしさで起こしてしまったようでその人物が目を覚ましていた。
驚いたことに身を起こしたのは、自分たちとそう変わらない子供でくすんだ金髪に目元の隈が不健康さを表しているようだった。
「あんたね、ここは入っちゃダメなのよ?」
自分のことを棚に上げて、少女がたしなめるように言った。
それを聞き、金髪の少女は軽くため息をつきながら立ち上がって扉の方向を指差した。
「帰れ」
強い口調でこちらに告げられる。有無を言わさないとはこのことか。
「あんたもね」
あっけらかんと言い放ち、少女は不健康そうな少女の手を取り外に連れ出した。
外に出るとまずお互いの自己紹介が始まった。
「私はエール。で、こっちの弱っちそうなのがテッカね。あなたは?」
「マディ」
短い返答だった。
日の下に出るとよく分かるが少女、マディは肌が白く村の手伝いをする僕たちと比べると違いが顕著だった。
「まず、言っておくが」
腕を組んで目を細め、前置きの言葉が告げられ、僕たち二人の視線がマディに向けられる。
「お前らと仲良くするつもりはない。二度とあそこには近づくな。中の物にも触れるな」
紡がれたのは拒絶の言葉だった。更には警告のおまけ付きだ。
「1人占めってわけ?でもいいわ。大したものなさそうだったし。マディは寝起きで機嫌悪そうだし、今日は帰るわね」
エールは特に気にした風もなく僕の手を取って村の方に歩き出した。
僕はマディがどうしてあんなことを言ったのか気になって後ろを何度も振り返りながら手を引かれていった。
☆
夜も更けてきた頃、村長の家にエール、テッカの両親がやってきていた。
彼らは決まりで近づくことが禁止された家屋にマディと呼ばれる少女がいたことを自身の子から聞き村長にその話をしにきたのだ。
事情を聞いた村長は長いヒゲをなでつけ、昔を懐かしむように語りだした。
「あの家屋、昔は倉庫として使っておってな」
村長がまだ青年であった頃、少女が村に1人で訪れてきて村の外にある倉庫を使わせて欲しいと頼んできた。
倉庫のある辺りは昔から夜になると魔物が出る為危険だと言い断ったが、少女はある条件をこちらに突きつけてきた。
「夜に田畑を荒らす魔物を見張り、討伐する代わりにこちらに食料とナイフを調達し、必要以上に接触してこないこと」
できるわけがないと思いつつもその条件を村は承諾し、そしてこれまで魔物が村に攻め込んできたことはなかった。
昔は村長が、今は事情を知る村長の息子が家屋の扉の前に食料を定期的に置いてきている。
話を聞いた彼らは戦き、声を震わせて言った。
「村長、彼処には混ざり者が住んでいるというのですか!」
「混ざり者を匿っていると国に知られたら……」
狼狽する彼らに村長は慌てず告げた。
「だが、わしらが守られているのも事実だ」
村長の一言で慌てていた者が落ち着きを取り戻す。
混ざり者――――数十年程前に終結した魔族と人間の戦いの後生まれてきた、人間と魔族の間で産まれた子のことだ。
王国は戦後すぐに混ざり者の捜索を行い、それは今でも続いている。捕まった混ざり者の待遇にろくな噂はない。
混ざり者と呼ばれる者達には共通点があり、成長が遅いことがそれにあたる。
件の少女にも当てはまることから彼らは疑っているのだ。
結局その話し合いはそこで終わり、解散となった。
☆
エールとテッカは今日も村を抜け出し、ボロ家へとやってきていた。
「入るわよー」
エールが扉を開き、入っていく。今日もマディは眠っている様子だ。
昨日警告された手前、起こすのは躊躇われた為テッカは静かに家の中を見回していた。
掃除などは行っておらずズボラなようで、紙や読みかけの本などが辺りに散らばっている。
すると部屋の隅っこに隠すように置かれた壺を発見したテッカはマディの寝顔を観察していたエールを小声で呼び寄せた。
「なんだろう、これ」
「こんな貧相な家に大したもんありゃしないわよ」
大方調味料や漬物の類だと思うが、どうしても気になったテッカは蓋を開けることにした。
「ぐぐ……」
中々頑丈に締められていた為苦労したが、何とか開けることに成功したテッカはエールと中身を覗き込んだ。
「なんだ、やっぱり大した物じゃないわ。ただの粉じゃない」
「そうだね、うん。やっぱりただの粉だ」
中にあったのは白い粉末。子供の見識故に麻薬という考えは頭になかった。
指で掬い舐めてみるが味はないので2人とも興味を失い念のため蓋を締めて元の状態に戻しておいた。
その後エールがマディを起こして村に連れて行こうとしつこかったが、グダるエールを引きずってテッカは村へと戻った。
マディの冷めた目がテッカは苦手だった。
☆
明けて翌日。早朝に事は起こった。
慌ててマディの元に駆けつけてきた村長の息子曰く、以前ここにやってきた子供達が亡くなったらしい。
村への同行を求められたが少し時間をもらい、いくつか尋ねる。
昨日までは元気だった。家族もいつも通りに過ごし眠ったと言っている。
朝になり起こしに行くと息がなかった。ただ眠っているだけかと錯覚するほどで、誰かが何かをした気配はなかった。
一通り話を聞いて納得した。これは私の不注意が招いた事態だ。
村へと同行し村長の家に到着するとそこには村長と4人の男女が悲痛な面持ちで迎えてくれた。
これはお前の仕業か、説明しろ。混ざり者なんぞと関わるから……。等等、到着直後に気が滅入ることこの上ない。
「お前らは、あいつらの親で相違ないか」
問えばそうだ。と返ってきた。ならばもう言うことは決まっている。
「お前たちの子供の死に私が関わっていることは間違いないが、あいつら……エールとテッカだったか、は奴ら自身のせいで死んだ」
言い終えると同時に今にも呪い殺されそうな目で罵倒が次々に飛んでくるが、まるで聞こえていないような顔で続ける。
「そもそも、こういう事態が起こらない為の決まりごとだろう。それを子供に守らせられなかったお前らも原因の一端だ」
自分でも白々しいとは思うが、さらに罵倒の濃度が増すのを肌で感じながら懐からブツを取り出し、目の前に掲げた。
「これは劇薬って奴でなぁ。一舐めすれば自身の潜在能力を引き出す優れものだが」
壺に保管してある粉を詰めてきた袋を軽く振ってみせる。
「摂り過ぎたり、慣れてない奴が手を出せば夜のうちに悪魔によって魂を取られる。お前らの子供は禁断の薬に手を出してしまったんだ」
警告はしたつもりだったが子供というのは無知だ。
私に子供の扱いは手に余ることを教訓として思い知らされた。
「言うまでもないことだが私はこの地を去る。お前らも切り替えることだな、外の奴らみたいに」
外では村人達が歓声をあげている。田畑の作物が一晩にして一斉に実っていた。
「悪魔はただ魂を取るだけでなく、願いを1つ叶えてくれる」
エール、テッカの親が俯いていた顔をあげる。
「お前らの子供が願ったことなんて知る由もないがな」
「聞いたことがある……昔、悪魔に魂を売った存在……魔女」
不意に村長が口を開き、驚愕し目を見開いた。
「アンタには世話になったな。恩を仇で返すような形になったが、覚えとけ。魔女ってのは悪いやつなんだ」
やはり人と関わるとロクなことにならないな……と内心思いつつ、私は荷物をまとめて村を出た。