ガンウーマン 作:10の悪魔
アメリカはニューヨーク州。その中心部に位置する豪奢なマンションのとある一室の前に、スラブ系の美少女が、訝しげな表情を浮かべながら立ち尽くしている。
中学生、もしくは高校生の年齢にしては艶かしい出で立ちの彼女の首元には、手榴弾のピンが突き刺さっている。
彼女の名前は“レゼ”。三年前、紆余曲折を経て極東の凍える大地から自由の国に鞍替えをした者である。
そして、彼女が目の前にしている扉の先は、その恩人の家であった。
しかし、彼女がここで足踏みをしているのは、手持ち無沙汰で訪れてしまった己の失態を呪っているからではない。微かな恐怖と、疑念からである。
『私は“マリア”と言います。いきなりですがあなたに一つ提案を。今すぐに死にたくないならついて来てください。今よりも圧倒的に良い生活ができますよ?……その代わり、然るべき時には仕事をしてもらいますが』
祖国の兵士の死骸の山に腰掛け、製造が禁止されている筈の“ハンドガン”を片手にそうのたまったブロンド調の髪をした女に従ったお陰で、確かに彼女は血の香りのしない生活を送ってきた。お金は湯水のように湧いてくるし、“学校に通う”などに代表されるあたりまえを享受できているのだから。
ただ、そこまで自分にしてくれて、一体何をさせてくるのかが不明瞭な点が、彼女に疑心を与え、インターホンに指を伸ばすという単純な行動を制限するのである。
「はぁー……」
翠色の瞳を伏せがちにして、可愛らしく息をついた彼女は、遠慮がちに指をインターホンのボタンにつけ、重々しく押し込む。すると、彼女を嘲るかのように、ピンポーンと軽い呼び鈴が鼓膜を揺らしてくる。
そして、間もなく扉越しにとてとてと足音が近づいてくる。しかし、その事実がレゼを激しく困惑させる。
(子供……??)
困惑のうちに、軋み音と共に扉が開かれた。
現れたのは、レゼの予想通りであった。
ブロンド調の髪は、否応なしにかの女を想起させるもので、しかし、その瞳は鉛玉のように鈍い輝きを放っていたのである。そして、表情は無味乾燥とした真顔であった。
自然と見下す形となっていたことに気がついたレゼは、努めて柔らかな笑みを浮かべようとする。
「……あっ!あのっ」
「入って」
子供のATフィールドの厚さに、レゼはいっそ感心した。
無愛想に踵を返した少年(少女?)の後に続き、恐る恐る扉を閉じたレゼは、改めてその後ろ姿を注視する。
自身より頭ひとつ小さい身長から推測して、歳は10〜13歳で、体格はその辺りの年齢の割には痩せ型に見える。顔立ちは儚げで、やはりあの女の影がチラつくものである。
(あの
そんなことを考えているうちに、短い廊下の突き当たりの扉の前で、先導していた子供が静止し、ぐるりと鈍色の瞳を向けてくる。
「そういえば、自己紹介がまだだった」
そう言い、子供は一歩前に踏み出して、レゼの瞳を釘付けにし、
「私は“ジョシュア”。そして、“銃の悪魔”でもある。よろしく」
「……」
差し出された幼い手をどう扱えばいいのか、レゼは激しく悩んだ。
「久しぶりですね。さぁ、椅子にかけてください」
三年前と変わらない容姿で、その女は待っていた。薄寒い笑みの下のテーブルには、茶菓子がもられた皿に、ティーポットとカップが置いてある。このまま楽しくお茶会と洒落込みたいところだが、先ほどのカミングアウトを聞かされたレゼの頭には、そんな現実逃避の思考すら許されていなかったのである。
彼女の視線は、ひとえにジョシュアと名乗った少年に向けられていた。
(肉体が分割されて“生かされている”筈の銃の悪魔が、この子?)
自問しつつ、彼女はジョシュアの言が嘘ではないことを、ほとんど疑ってはいなかった。何故ならば、その言葉を聞いた時から、心臓が不自然に脈打っているからである。
むしろ、困惑の対象は机に肘ついている青い瞳の女。
レゼは凍りついた笑みのまま、なるべく自然な動きで着席し、それに続いてジョシュアも席に着く。
そして、ここに(レゼにとって)地獄のような雰囲気のお茶会が、厳かに始まりを告げた。
「……」
かちゃり、と目の前に紅茶が注がれたカップが置かれる。当然、レゼに食欲などあるはずもない。対象的に、鈍色の瞳を爛々と輝かせるジョシュアは、黙々とクッキーを喰み続けている。
さくさく、と音がやけに響き渡るなか、不気味な笑みを困り顔に変えた女__マリアは、
「そんなに固くならなくてもいいんですよ?もっと気さくにお話ししましょう」
「お母さんは話が長い。さっさと仕事を伝えてあげて」
「あらあら、いつもはいっぱいお話しするのに」
「……」
(睨まれてる睨まれてる)
「嫉妬しているあなたも可愛いですよ」
「……」
不気味な暖かい雰囲気の中銃口を向けられているようなチグハグな感覚で、レゼは早々にトイレを借りようかと画策していた。
「すみま__」
「まぁ、そうですね。では本題に入りましょう」
しかし、トイレまでの道には巨大な崖ができていた。
カップに口をつけ、一息ついたマリアは、改めてレゼの方に向き直る。
「レゼちゃんは、私と日本に向かってもらいます」