ソードアート・オンライン フェイタルバレット 聖騎士の懐刀 作:立冬
見知らぬ街角にてふと見知った後ろ姿達を目にする。
もしやと思い近づいてユーザー名を確認する。うん、間違いない。
「やあキリトくーん」
黒装束の後ろ姿を両腕でガッチリと捕らえる。
「ちょ、うわ」
「俺だよ。ディリオスだよ」
あたふたとする少年の隣では、明るい茶髪の少女が姿勢を低くして腰元に手をやっている。
すぐにそこに何もないことに気が付いたが、相変わらず絵になるお人だ。
「アスナちゃんも元気そうだな」
「ええ、ディリオスさんもお元気そうでなによりです。コンバートなさってたんですね」
「あのー、そろそろ離していただきたいのですが」
「ああ、失礼失礼」
拘束を緩めると、彼は上手いこと身体を捻って抜け出した。相変わらず器用な奴だ。
「いやしかし、コンバート早々イベントでブイブイ言わせてるらしいじゃないか君達」
さすがと言うべきかこの夫婦はつい先ほどまで行われていたイベントにて優勝を飾っていた。
「それがなぁ、あと少しのところでアファシスを掻っ攫われちまって、あ、アファシスってのはだな」
「AI搭載のアンドロイドとかだっけ。なんかどっかで借りられるとかなんとか」
アファシス、正式名称はなんとかシステムとか言うやつで、この間のアプデの目玉のひとつだ。
「そうそう、それの自己所有できるタイプ。惜しいところだったんだけどタッチの差でマスター登録されちまって」
「君らを出し抜くとは中々なやり手らしいな」
「そうなんだよ。ニュービーらしいんだけど運だけじゃなくてさ、ものすごい筋がいいんだよ、それになんか面白い奴で親近感を感じる」
「もう、キリトくんったらさっきからそればっかり。でもそうだね、確かにちょっとキリトくんに似てるかも」
「それはつまり危なっかしい奴ということか?」
キリト君ばかりか他ならぬアスナちゃんすら認めているという事はつまりそういうことなのだろう。
「そんな俺が危なっかしい奴みたいな言い方……」
「危なっかしいよ。今まで何回無茶をしたと思ってるの」
さすがアスナちゃん。誰より伴侶の無茶に胃や時々心を痛めてきた人の言葉は重みが違う。だがしかし。
「それに毎度付き合うアスナちゃんが言えたことか?」
なんだかんだ言いつつキリトくんの無茶に付き合っては惚気話の種にしているあたりこの夫にしてこの妻ありと言ったところか。幾度となくその手の惚気話をご馳走になっている身からするとツッコまずにはいられない。
「それは置いといてだ、この後俺のホームでそのニュービー達も交えて祝勝会をやる予定なんだ。よかったらあんたも来ないか?」
「おお、それはそれは。喜んで参加させて貰おうじゃありませんか」
この二人がそんなに買っているプレイヤーとなれば会ってみない訳にはいかない。
「おせーじゃねーかキリト! そんで、その後ろにいるのは……誰かと思えばディリオスのオッサンか! コンバートしてたのかあんた」
「よおクライン、色々と充実したと聞いたんでな」
「これで俺の肩身も少しは広くなるぜ」
「違いねえ」
やってきたキリトくんのホームで、数少ない男から声をかけられる。
フェロモンでも出てるのか知らないが、キリトくんの周囲は基本的に女の子ばっかりだ。元々偏っていた男女比が時間を経るごとの更に偏っていっている。
独り身男のクラインからすると、周りが女の子やキリトくん、エギルのような妻子持ちの中、独身男性仲間の俺の存在は頼もしいものらしい。
「あーらディリオスさんもいらっしゃい。ブロッケンでもリズベット武具店をよろしくー」
「おっと俺を忘れるなよ。鑑定なら任せとけ」
「おう覚えとくわ」
店持ち二人のセールスを躱し、部屋の隅っこに陣取る。他の面々にも軽く挨拶をすませ後はゲストを待つのみ。
「お待たせしましたキリトさん」
「今日はよろしくお願いします」
「よろしくなのです」
程なくしてなんか賑やかな三人組が現れる。スタイリッシュな恰好の女の子と、初期装備でぼやっとした雰囲気の男の子と、近未来的なピッチリしたスーツを着た女の子、男女比1:2か……常識の範囲内だな。
あの男の子が例のニュービーらしいが、キリトくんほど女の子を引き寄せるという訳ではないようだ。まあ正妻の器が相当大きくないと人間関係が破綻するだろうから似なくていいんだけど。
「キリト、アスナ、イベント大会優勝──」
「おめでとう!」
ゲストも現れたところでリズベットちゃんのコールに全員でレスポンス。
「パパ、ママおめでとうございます」
「ありがとう。だけど、今日のお祝いは俺とアスナのじゃないんだ。超レアなアファシスを手に入れた幸運なニュービーのお祝いさ」
「たくさん人がいるね」
「みんな俺の仲間だ。詳しくは今度紹介するよ」
今回集まったのはキリト君一家三人に、クライン、エギル、リズベットちゃん、シリカちゃん、リーファちゃん、シノンちゃん、ユウキちゃんだ。
彼ら以外にもストレアちゃんやらフィリアちゃんやらまだまだ仲間が(女の子ばっかり)いるのだから凄まじい。
「うわー。美人さんなんですね、アファシスって。こんなに近くで見たの初めてです」
早速みんなでゲストに群がっていく。
「あはは。アタシはクレハ。で、コイツがシュージ、アファシスはこっち」
間違ってプレイヤーの方に声をかけるシリカちゃん。まあ傍目に見る分にはほぼ違いはないと言って良い。
「わたしがアファシスです。皆さんと同じに見えるかもしれませんが、純然たるアンドロイドです」
言動も無機質さとはかけ離れたアホっぽさすら感じるもの。さあハードは良いとしてソフト面はどうか。
「初めまして、みなさん。わたしはAfFA System Type-X A290-00。型番では呼びにくいでしょうしわたしも舌を噛みそうです。どうぞ、好きな名前で呼んでください。できるだけ短いのが好みです」
「ハルは?」
「マスターがくれた名前は特別なのです! だから、マスター以外の方に使われるのはお断りします」
なんか面倒くさいこと言い始めたぞこのアンドロイド。しかしAIにハルとはいいセンスだ。
「うおー!! うらやましい! うらやましすぎるぜ、アンタ! 俺も欲しい! 俺だけのかわい子ちゃんが!!」
「はは。《GGO》に来ても変わらんな、クラインは。そこでがっつくから嫁が来ないんだぞ」
「うーん、そうだね……ナンバーが00だから……レイちゃんはどう?」
「わかりやすくていいんじゃない。レイちゃん、よろしくね」
「レイちゃんか、いいんじゃないか」
個人的にはオタコンちゃんと呼びたいところだが、歳をとる毎にイケメンになっていったメカオタクなんて最近の若い子は知らないだろう。
「レイちゃん……承知しました。わたしにピッタリだと思います! 皆さん、よろしくお願いします! サポートアンドロイドとして、皆さんをお手伝いさせていただきます。パーティーにお誘いいただけたら、皆さんを全力でサポートしますです! マスターがお留守のときでも、どんどん誘ってください!」
「へぇ、マスターじゃなくても、パーティー加入でサポートが受けられるのか。ありがたい話だな」
「せっかくだし今度ご一緒して貰おうかな」
うまい具合にテストができそうだ。これは面白くなるぞ
「あー、あのディリオスっておっさんには注意した方がいいぞ。たぶん今凄くろくでもない事を考えてる」
「よしてくれよキリトくん。俺が何したってんだ」
「いや前科があるだろ前科が」
AI見たらオタクはああいうことやりたくなるもんじゃないか。君もITオタクなのに!
「俺は俺専用のかわい子ちゃんを手に入れたら、ひとりじめするぜ!」
「だから、お前はそこでがっつくから縁がねぇんだって!」
そして学習しない男クライン。その下心さえ隠してくれれば合コンのセッティングをしてやっても良いんだが。
「それじゃあ改めて乾杯しましょ! シュージくん、アファシスゲットおめでとう!」
「おめでとう!」
今度はアスナちゃんのコールで改めて乾杯。
「早速噂になってるぜ。ニュービーがアファシスを手に入れたってよ《GGO》最強のリアルラック持ちプレイヤー登場って話だ」
「情報屋のアルゴさんもニュービーのネタは買うって言ってたよ。みんな欲しがってるから、今なら高い値段がつくって」
あー、アルゴちゃんか。事実でさえあれば大体なんでも売るからなあの子。頼りにはなるが油断ができない。
「へえ、それはいいことを聞いた」
「キリトくん、友達の情報を売ったらダメだからね」
ここでこういう食いつき方をするあたりに、キリトくんのネトゲーマーらしさを感じる。地味に強かと言うか抜け目がないというか。
「ねえ、アスナの銃撃をかわしたって本当? 初心者にできる芸当じゃないと思うんだけど……」
「へえ、キミってかなりのスゴ腕なんじゃない。得意な武器はなんなの? 光剣は使える?」
「えーと、得意って言うと……」
懐から何やら取り出すシュージくん。出てきたのはだいぶ不思議な形状をした銃だった。
「ん? その武器って……見た事ないんだけど、どこで手に入れたの?」
「いや、ハルから、アファシスから貰ったもので……未実装らしい」
「未実装の武器! アファシスってそんなプレゼント機能があるの!?」
これにはシノンちゃんも面食らう。
「はい、Type-Xだけが有する一回だけの特別な機能です。他にもいろんな機能があります……多分」
「多分? AIにしてはずいぶんアバウトな表現ですね」
「確かに……これは俺も見た事がない。でもそんなことがありえるのか? デザインからすると……光学武器? 威力は? 射程は?」
確かにゲーム内でもリアルでも見た事がない意匠。キリトくんの言うとおり基本実銃モチーフの実弾銃ではなさそうだが、それにしてもデザインが独特だ。
サイズ感としては大柄な拳銃くらいだが、銃口の更に先に三叉に分かれた突起がついている。
「えっとこれがあんまり敵に向けて撃つものじゃなくて……撃った先に移動できるんだけど」
「移動サポート機能! こりゃ《GGO》の戦術が変わる武器だぞ。あんた、俺にこの武器を売らないか」
「エギル……初心者相手にぼったくったら許さないわよ。そもそも値段がつけられないくらいレアな武器をいくらで買う気よ」
「リアルマネーをつぎ込まざるを得なくなったら退くんだぞ」
「それはまあ、友達価格ってヤツで……ははははは。いや、すまん。商人の血が騒いじまってな」
「まったく……でも、本当にあなたはリアルラックが高いんだね。こればかりはどうにもならないしなあ」
「うん。ちょっぴりうらやましいです。よくきくおまじないとかあるんですか?」
私もかなりリアルラックには自信があるが、さすがにシュージ君と張り合える自信はない。
「ねえねえ、クレハはスコードロン入ってるの?」
「ううん、あたしは基本ソロ。狩りの為に加入することはあるけど。あんまり長居はしないかな」
「あ、あの。もしよかったらお友達になりませんか? 《GGO》では女性プレイヤーが少ないから……」
この部屋の男女比は女子が圧倒的多数だけどな!
「賛成! わたしたち、グロッケンにホームを借りていて、そこでよく集まってるんだ」
「みんなでお茶したり、おしゃべりしたりしてるから。いつでもおいでよ」
「歓迎するわ」
「ありがとう。凄くうれしい! 最近は結構増えたけど、女の子のプレイヤーは少なくって」
「男の人ばかりのスコードロンも多いみたいですね」
一昔前までゲーム、こと銃をぶっ放す類いのゲームでの男女比の偏りは相当なものだった。ゲームにおいてだいぶ男女比が均等になってきた昨今だが、この手のゲームに乗り込んでくる女性は未だ物好きのみだ。
「そうなの。マスコット扱いされるのもイヤだから、特定のスコードロンには所属しないようにしていたの」
「クレハの気持ち、私もわかる気がする。能力以外の部分で評価されるのって、あまり好きではないわ」
どのゲームでもそういうのは変わらないらしい。ゲーム内でのストーカー問題の処理を誤ったことがある身からすると耳の痛い話だ。
「うん、あたしも同じ。何より……ちゃんと自分自身の力でトップを目指したいから」
「しっかり目標を持っているんだね。応援するよ」
「うん、あたしも」
「お手伝いできることがあったら、なんでも言ってくださいね」
「みんなありがとう。あのね、ずっと前から女の子プレイヤーの友達が欲しかったんだ。だから、こうやってみんなと知り合えただけでも十分幸せというか……うわーもうなんて言ったらいいんだろう」
「よかったね」
「ふふ。あたしまであんたのラッキーを貰っちゃったみたい。ありがとうね、シュージ」
うーん、この二人やっぱりキテるのでは?
キリト君とアスナちゃんの恋路を長らく見守っていたせいか、思考回路がカプ厨のそれになりつつあるのを感じる。それはそうと面白くなりそうだ。
そんな事を考えながら杯をあおった。
「シノンちゃん、ちょっといいか」
宴もたけなわで、そろそろお開きかというムード。
「どうかしたの?」
わざわざ部屋の隅に呼んだ意図を察して声を潜めるシノンちゃん。
「いや、例のリヒター君なんだがな、結局うちで面倒見る事になった」
「あれ、でもたしかサバイバー専門だったんじゃ……」
「本人だけじゃなくて家族の相談対応やセラピーもやってるんだ」
「それじゃあ……」
「ああ、サバイバーだったんだ。彼の兄が。紹介したとこでそれがわかって、うちに回された」
「お兄さん……そう言えば何度か話を聞いた事があるわ」
「本当か、なんて言ってた?」
「凄く強い人で、彼の憧れらしいの。お兄さんの方も何かと面倒を見てくれているようだし。ただ両親との折り合いはリヒターより悪くて一人で別居してるとか言ってたわ」
「別居までいってたのか……あのヤブ医者め」
「彼の親御さんってやっぱり……」
「ああ、とんだクソ親だ。長男の事を聞いたら自分たちにもわからないとかほざきやがる。まずアレをどうにかしない事にはいくら本人をケアしても早晩逆戻りだ」
「大変そうね……私も気をつけてみるわ」
「いや、君は気にするな。私たちでなんとかする。祝いの席でこんな話をさせて悪かった」
俺はつきかけたため息を飲み込んでテーブルへと戻った。