ソードアート・オンライン フェイタルバレット 聖騎士の懐刀 作:立冬
SAO事件終結後、病院のベッドで目覚めた俺にまず渡されたのは、社会復帰プログラムと題された冊子と、会社からの解雇通知だった。
渡した看護師さんはとても気まずそうにしていたが、元々干されていて転職も考えていたので、特に思うことはなかった。
独身貴族で、友人もリアルには大していない俺をまず見舞いに来たのは五歳歳下の弟だった。
そしてその弟から、事件の間に母が認知症を患った事を聞かされた。
母に忘れられているかもしてないという考えが頭をよぎったが、そこまで重篤なものではないと言われ一安心した。
そして退院後に両親のもとを訪ねた際に、俺を見た母が放った言葉は「迎えに来て来れたのね」だった。
誰と勘違いしてるんだと思ったが、私が死んだものと思っていたらしい。
二時間くらいかけて父と弟と三人がかりで説明したら、お墓参りに連れて行って貰えなかった理由と共に納得してくれた。
次に会いに行ったらもう一度お迎え扱いされるのではとも思ったが、そんなことはなかったので、きちんと認識と記憶の定着ができたようだ。
そんなわけで、戻ってきたら一家離散してたりなんて事がままあった生還者の中ではかなりいいスタートを切れた俺だが、心にえも言えぬ寂しさがあった。
その理由は明白だったが、かと言ってまたデスゲームをやりたくはない。
新生活を始めるにあたって変な寂しさを抱えたままなのもよくないと考えた俺は、その寂しさを文字にしてみることにした。
我ながら慎ましやかな生活をしていたので貯蓄は十分だったし、生還者向けの支援金もあって少しの間文筆生活をするくらいの余裕はあった。
最初は気持ちの整理を付けるために書いていて、人様に見せる気などなかったのだが、少し読ませろと言われて弟に見せたのが全ての始まりだった。
ひとしきり読んだ後、せっかくだからネットに投稿してみたらどうかと言ってきたのだ。
いわく、SAOで何があったか知りたがってる人はいっぱいいる、特に亡くなったプレイヤーの遺族は家族がどんな場所でどんな最期を遂げたかもろくにわからない。兄貴だけじゃなくて、その人達の心の整理にもなるんじゃないかと。
そんなわけである程度まとまったところで小説サイトに投稿してみたが、そこからはあっという間だった。
あれよあれよという間にPVがつき、フォロワーが増え、ネットニュースからの取材が殺到した。書籍化してからは瞬く間にベストセラーとなり、果てはテレビにも呼ばれるようになり、今や文化人の仲間入りだ。
そんなわけで再就職するまでもなく印税生活が送れるようになった俺だが、SAO
総務省の菊岡氏や、キリトくん経由でレクト社の力を借りたりもしつつ、俺はSAO事件の被害者とその家族を支援するNPO法人を立ち上げ、その代表に収まった。
「さて、リアルだとはじめましてだね新川恭二くん。改めて自己紹介しよう。NPO法人、アフターアインクラッド代表、大里雄一と言います。よろしく」
「……新川恭二です」
彼を一見しての感想は、あまり気が強そうではなく、歳の割に少しあどけないが、目が据わっている。そんなところだった。
事件により精神的ケアが必要になったサバイバーやサバイバーに近しい人は少なくない。
だが、サバイバーは医療からすら敬遠されがちだ。ケースが特殊すぎる。昨今の精神医療の受診者増加も相まって、満足なケアを受けられているとは言い難かった。
「ウチではカウンセラーさんとの面談以外にも、定期的に俺との面談もして貰うことにしてるんだ。やっぱり、VRとか、特にSAOでの事に関して詳しい知識があるカウンセラーさんなんてそうそういないからさ。何かカウンセラーさんに理解して貰えなさそうな事があったら俺に相談して欲しい。SAO以外にもALO、SA:O、GGOって具合にメジャーどころは大体やってるから」
そこでうちの団体でカウンセラーと医師を雇い、集中的にケアを行おうという事になった。
帰還者学校よろしく、サバイバー隔離の一翼を担うことになったわけだが、無理解な人間にケアを委ねるよりはよかろう。
「そうですか.叱らないんですね、僕のこと」
この新川くんも、SA:Oでのシノンちゃんへのストーカー行為でカウンセリングへ繋げられる事になったわけだ。
「まあね。そういう仕事じゃないし、なにより朝田さんが水に流すと言ってることをあくまで部外者の私が蒸し返すべきじゃない。君の気持ちもわかるしね、憧れの人に入れ込んで失敗したことが私にもあるから」
当初は俺のツテでよそのクリニックに頼もうとしたのだが、寸前で兄がサバイバーであることが発覚、家庭環境を調べてみるとどうも兄が人格形成に影響を及ぼしていそうなこともわかり、事の発端がフルダイブVRゲーム内でのストーカーというのも相まってうちの預かりとなった。
「そうなんですか?」
「ああ、SAOでの事だ。詳しくは私の回顧録に書いてあるんだが……よかったら聞いてくかい?」
「あ、はい、ぜひよろしくお願いします」
SAOの話と聞くや目の色が変わった。やはり兄の影響だろうか。
「あれは20層に上がったばっかりの頃だった。攻略組の一員だった私はレベル上げがてら探索を行なっていたんだけどね、つい欲をかいて深入りしてしまった結果、大量のモンスターに追われる羽目になってしまった」
二年ほど前の話なのに、遠い昔のように思えてくる。
「フレンドに救援要請はしたけど、攻略の最前線の結構深いところに助けに来られるプレイヤーはそうはいない。しばらく戦ったり逃げたりとどうにか凌いでいたけど、集中力は限界に近かったし、回復アイテムも尽きて体力はレッドゾーンだった。私はここで死ぬのかと本気で思った」
新川くんは何も言わずに食い入るように私の話を聞いている。
「ケアレスミスで人は死ぬんだなとか、あそこの店の唐揚げもう一回食べたいなとか、そんなこと考えてたらさ、ふと遠くから聞こえるんだよ、モンスターのダメージボイスが、ひっきりなしに」
後から聞いたところによれば、俺からの要請を見たフレンドの一人が彼に繋いでくれたらしい。
「そしてモンスターの群れを蹴散らして、一人の男が現れた。実に見事な剣技だった、私は死にかけているのも忘れて見惚れた。周囲を一人で片付けてから、彼は回復結晶を投げ渡して言った。この状況で生き延びたのは流石だ、ギルドを立ち上げる予定があるが参加しないか、と。私は本能で理解した、この男こそがSAOを終わらせるのだと。この人について行こうと。これが私とヒースクリフの出会いだった」
「え、ヒースクリフって」
新川くんはここで初めて声をあげた。
「そう、我ながらとんだ節穴だ。確かに、SAOを終わらせられる男ではあったな。そもそも始めたのがアイツだったんだから。その点朝田さんに惚れ込んだ君はよっぽど人を見る目がある」
「そう思います?」
堅かった新川くんだが、少し機嫌がよくなったように見える。
「思うよ。つるむ相手は間違ってないから、後は付き合い方だ。君も中々忙しいようだが、焦って良い事はない、気長にやっていこう。お父さんから何か意見というか聞いてない?」
「今のところ特に」
よしよし。学業に支障がどうのこうのとゴネていた父親は今のところ抑えられてるようだ。その道の権威の人達に無理言って診断書を書いて貰った甲斐があった。セカンドオピニオンまで出されたら医者としては黙らざるを得まい。
「何かご家族から意見とかがあったら、私でも先生でもカウンセラーさんでもいいからとにかく教えて」
「わかりました」
初回にしては悪くない成果だ。
「さて、そろそろいい時間だな。今日はこの辺りにしようか。じゃあまた今度に」
「はい、ありがとうございました」
行きより少し和んだ空気で別れる事ができた。
物事を客観視できなくなるきらいはあるらしいが根は善良な方だろう。
……ただアインクラッドでの話は控えた方がよかったかもな。