ソードアート・オンライン フェイタルバレット 聖騎士の懐刀 作:立冬
《アインクラッド 55層 フィールド》
「ようやく見つけましたよ副団長」
「あなたですか」
一瞬こちらを振り返ったが、すぐに視線を正面に戻す。
「お話があります」
「キリトくんのことですよね」
「心当たりがあるならもう少し自重してください」
そのまま一瞥もくれないままにぶっきらぼうに返答する。
「聞きましたよ。ゴドフリーの訓練に反対したそうですね。あんまりキリトくんに肩入れするのはやめてください」
「今更キリトくんに訓練なんて必要ありません」
「それを判断するのはゴドフリーとキリトくんです。あなたが口を挟むべきではない」
「でもキリトくんは私が」
「入団経緯が経緯だけに自分が後ろ盾にならなくてはと言うんでしょう?」
やはりそうか。自分を抜けさせようとして結果キリトくんまでKoB入りする事になったのを余程気にしているらしい。
「気持ちはわからないでもないですよ。しかしですね、あなたの為だったとは言え、デュエルを受けたのも、実際に入団したのも彼の意思でしょう。違いますか? それなのに副団長のあなたが逐一介入して来るのは過保護が過ぎるのでは?」
「……」
なおもこちらには顔を見せようとしない。
「いいですか、キリトくん絡みであなたが無闇に出てくれば依怙贔屓と取られます。それで立場が悪くなるのは他ならぬキリトくんです。彼の為にも公私はきっちり分けていただかないと」
「……」
私の説教を馬耳東風と聞き流して、副団長は開いたウィンドウを眺めている。
「何を見ていらっしゃるので?」
覗き込んで見えたのはマップ画面、中央には三つほどプレイヤーカーソルが。
「ってゴドフリー達じゃないですか。何を眺めてるんです」
「だって心配なんです」
「何が」
「クラディールが一緒にでしょう。過去にアイツとキリトくんに何があったか知ってますよね」
護衛対象である副団長へのストーカー行為を入団前のキリトくんに見咎められたクラディールがデュエルを挑んだ挙句メタクソにやられたのは聞き及んでいた。
「何するって言うんですかクラディールが。キリトくんと奴とじゃ実力は雲泥の差、それにゴドフリーもついてます。悪巧みしたところで何もできやしませんよ」
「そうだといいんですけど」
その時だった、クラディールのアイコンと重なっていたゴドフリーのアイコンが不意に消えた。
馬鹿な。
「キリトくん!」
瞬間駆け出す副団長を慌てて追いかける。
おいおいおい冗談だろ。殺られたのか? ゴドフリーが?
油断した。見誤った。
斬りかかるだけがPKじゃない。やりようは幾らでもある。それはわかっていた。
ただ、クラディールの狂気と行動力を完全に読み違えた。私が杞憂と笑った副団長の心配が的中した。
走りながら呼吸を整え、覚悟を決める。ゴドフリーは残念だが多分もう無理だろう。せめてキリトくんだけは助けなければ。君は英雄なんだ、こんなことで死んでくれるなよ。
AGIの差により副団長に遅れる事しばらく、谷底に、どこか呆然とした様子のキリトくんと凄まじい気迫でクラディールにトドメを差さんとしている副団長を目にし、とりあえず一息つく。
傍らにはゴドフリーの斧が落ちていた。やはりアイツはダメだったか……覚悟はしていたが、やはり堪える。
「甘いんだよ!」
不意の金属音に目をやると、クラディールが副団長のレイピアを思いっきり跳ね上げていた。
「副団長サマァ!」
完全に体勢を崩された状態からの一閃、これは副団長と言えどもマズい。
慌てて崖を飛び降りるがこの分では間に合わない、頼む、一撃くらい耐えてくれ。
だが、私の足が地面に付くより早く、クラディールの切っ先が副団長に触れるより早く、影が一つ割って入った。
剣筋はキリトくんの左腕で受けられて逸れ、キリトくんの右腕が放った格闘スキルがクラディールを貫いた。
だいぶHPを削られていたのだろう、クラディールはうなだれるとそのまま消えていった。
なにはともあれ一件落着か。
私がため息をついたのとキリト君が膝から崩れ落ちたのはほぼ同時だった。
声をかけようとしてはたと気がついた。
そうだね。君はそういう人だったね。英雄と呼ぶに値する強さの裏にそういう脆さを孕んでいる。
強いだけでなく誰よりも優しい、そしてこの世界において優しさと脆さは表裏一体。
彼のこういう面を目にする度に、彼の死を予感せざるを得ない。ラフコフの討伐戦後はしばらくこんな調子だったし、月夜の黒猫団の壊滅直後の彼を直に目にした際は、彼には英雄的な死すら許されないのかと本気で思った。
「ごめんね。私のせいだね」
私が気がついて副団長が気づかない筈はない。
「もう、キリト君には……会わない……」
ああ、やはりあなたも、そちら側だったか。
思わずため息を零し目を閉じる。
いつかは団長や私のようになってくれると信じてやって来たが、やはり徒労になってしまったか。
「俺の命は君のものだ、アスナ。だから君のために使う。最期の一瞬まで一緒にいよう」
そうだぞ、責任取ってくれよキリトくん。
もし副団長が英雄的な最期を遂げたらそれは君のせいだ。君が副団長をそちら側へ引き戻してしまったからだ。
私は愛を囁く二人をそのままにして静かにその場を去った。
「ディリオスさん、ありがとうございました。代わりにクラディールの事を報告しておいてくれたり、団長に口添えしてくれたり」
翌日、本部を後にしようとするキリトくんは、最後に私に感謝を述べた。顔色はだいぶ良くなったが、さすがに昨日の今日では本調子とはいかないようだ。
「気にするな、これも仕事だ。しばらくゆっくりしなさい。元々二人とも働き過ぎなくらいなんだ。あなたもですよ副団長、いや今は副団長じゃないのか。まあいいか、ともかく心身共によく休めるように」
「はい。ありがとうございます」
「お気遣い感謝します」
素直に感謝しているキリトくんと違い、副団長は少し憮然としている。
まあ彼女が脱退の理由に挙げた「血盟騎士団の変容」の大きな理由が私なのだ。無理もあるまい。
「やれやれ、少し寂しくなるが、気長に待つとしようか。君も頑張ってくれ」
二人が去った後で、体重を背もたれに預けて団長が言った。
副団長以外の幹部に明確な序列はないが、副団長に事実上次ぐ立場だったのが、他組織との渉外と内部統制を担当していた私だ。
団長に代わってギルドを実質運営していた副団長が抜けた今、私がギルドを動かせる事になる。
「団長、一応質問したいのですが、近々、下層の方で団全体であたらなければならない事案が発生するかもしれませんが構いませんか?」
「ふむ、何かあったかな?」
団長は興味があるようなないような態度で尋ねてくる。
「はい、軍の内部が不穏です。コーバッツの件以降キバオウ派の切り崩しを進めているシンカーですが、残ったキバオウ派が一気に先鋭化しています。シンカーを暗殺してのクーデターを計画しているようです。シンカーの暗殺は成功しそうですが、彼がいなくなったところでキバオウに軍の掌握は不可能です。そこで我々が機を見て下層の治安回復を名目に介入する予定です」
「なるほど、私にあの二人を休ませろと言って体よくアスナくんを追い出したのはそういう訳か」
背を背もたれに預けたまま、苦笑いを私に向けてくる。
「ええ、良い機会かと思いまして。もちろん最終的には戻ってきて貰いますが、今回はギルド全体を動かす予定なので副団長から横槍が入るのは避けたかったんです。団長を錦の御旗にする予定でしたが、お手を煩わせずにすみそうです」
「君に任せる。だが手塩にかけた団員達だ。使うなら大事に使ってくれたまえ」
「承知しています。うちから人死には出しません」
私は一礼して部屋を出て行った。