storia   作:ぽわぽわもっちー

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この作品は、デジモン杯にギリギリのところで出したやつの完全版です
どうぞお楽しみくださいませ


storia(完全版)

 彼女はドレスの上からエプロンを着けると、すぐ作業に取り掛かる。ただの土塊が燃え盛る焔の中に優しく投げ込まれていった。時計は深夜の十二時を差しているが、部屋の中は黄昏時のような温かな光で満ちている。作業台らしき机の上には、人形のドレスや下着、靴、髪などが置かれていた。

「もう少しで出来上がりそうね、良かった」

女は安堵の笑みをこちらに向けた後、また人形作りに戻る。その様子を僕は夜が更けるまで見守り続けていた。

 

 

 

 目が覚めた時、城の中には誰もいなかった。眠い目を擦りながら布団から出ると、窓の向こうは白い光で満ちていた。小鳥の囀りが嫌でも耳に入ってくる。いつもならメイドのエミーリアが、

「おはようございます」と言って入ってくる筈だが、今日は姿さえ見せない。たまにはこんなこともあるか、と思い、もう一度布団に入ろうとした時、私はあることに気づいた。部屋の壁にかけられている鏡から光が溢れていたのだ。かつて見たどんな光よりも眩く、美しく感じられるソレは、私が近づくにつれてより一層大きくなっていく。余りの眩さに思わず目を瞑った次の瞬間、両手に何かが乗るような感触がした。目を開けると、私の両手には鶏の卵よりも大きな卵が乗っていた。見たこともない模様のソレは、触れると生暖かく、時折揺れ動いていた。まるで震えているかのように。

 

 

 

 ほんの少しだけ思い出したことがある。もう巣立ってしまったあの子が産まれた日のこと。私の胎から産まれ落ちた双子の男の子。片方は産まれることなく天へと還ってしまったけれど、その少し後に出てきた男の子は元気な産声をあげていた。夫も召使い達も口々に、

「おめでとうございます」「やった、跡継ぎが産まれたぞ!」

と言うが、私からしてみれば二人一緒に産んであげられなかったことへの後悔の方が優っていた。皆に祝いの言葉をかけられる中、私はただ一人、

「産んであげられなくて、ごめんね……」

涙交じりに呟いた。そのあとも、私の胎からは一人、またひとりと産み落とされていく。最後の子は生まれてくることなく、天へ旅立ってしまった。その時どんなに苦しかったか。夫は余りにも無理解過ぎたのだ。私が妻としての役割を果たしてくれれば、それで良かったのだろう。

 

 

 

 黄色い帯模様の卵を撫でると、すぐに罅が入った。少しずつ時間をかけて殻が割れていき、中から透明な生き物が現れた。どんな動物よりも単純な姿に、つるりとした躰。海月でもこんなのはきっといないのではないだろうか。彼は、少年のような甲高い声で、

「僕はポヨモン、君は?」

「ポヨモン?ソレが貴方の名前なの?でも、変ね……。そんな名前の動物知らないわ。そうだ、名前がないなら付けてあげる」

彼は首を傾げる。そんな彼をよそに私は、

「貴方の名前はソエルよ!初めまして、ソエル。私はジギタリス!よろしくね」

目の前の動物に新しい名と、私の名を告げた。一瞬きょとんとした顔を見せた後、

「うん!」

ソエルと名づけられたその生き物は、笑顔で返事をした。

 

 

 

 

 その日から僕はソエルと呼ばれるようになった。ジギタリスは外に出る準備をする為に着替えを始めている。なんでも、近所の人に僕のことを報告したいらしい。『新しい家族が出来た』と。彼女はタンスの中からフリルの着いた下着や、黒いストッキングを引っ張り出し、クローゼットの中から黒いパンプスと綿の白いブラウス、紺色のスカートを出し、ベッドの上に放り投げた。ベッドには支柱と屋根が付いていて、四方を包み込むようにしてカーテンが垂れ下がっている。カーテンは最大限に開かれ、嫌でも何が置かれているのかが分かってしまった。女はそれまで着ていた、ゆったりとした白い服を脱ぎ、一旦裸になった。白く波打った美しい髪は胸の辺りまで伸び、ソレが陽光でキラキラと輝いている。肌は白く、眼は薔薇色をしていたが、奥底には黒く蠢く何かを秘めていた。豊満な肉体は、少女のようなあどけなさを残しながらも、その実、宗教画に出てくるような聖母のような美しさだ。その姿に見惚れていると、段々ベッドの上の衣類が無くなっていることに気づいた。そして、女がストッキングとパンプスを履き終えた頃のこと。

「お待たせ、ソエル」

スカートの中からチラリと見える、ペチコートのフリルをひらひらと揺らしながら、彼女はベッドの上で待っていた僕を抱き上げた。

 

 

 

 

 つばの広い帽子を被り、財布が入った小さな革の鞄を手に、彼女は部屋の外へ出た。勿論、僕も一緒だ。広い城の中はがらんどうで、蜘蛛の巣があったり、朽ちたブランコや風化した石像、水を出さない噴水のある庭には沢山の雑草が生えていたり、と荒れ放題だった。彼女はそんな光景に目もくれず、小さな森を進んでいく。小さな動物達の鳴き声や、鳥達の囀りが耳に入り、天から降り注ぐ白い光が僕の目に入る。全てが全て、初めて目にするものばかりだった。美味しそうに見える、朽ちた大樹に生えた茶色いきのこ、踏んでしまいそうなくらい小さくて可愛らしい白い花は、思わず話しかけてしまいそうになった。やがて森を抜けると、明るく開けた場所に出た。

 

 

 

 そこには、大きな斑模様を持ち、一対の角が生えた大きな動物が柵に囲われながら暮らしていた。二頭、三頭、小さいのを合わせるともっといるだろうか。彼らは草をのんびりと食んでいる。小さいのは、肌色とも桃色ともつかぬ色の、大きな動物の下から生えている突起を吸っていた。その向こうには、藍色のズボンを穿いた恰幅のいい中年の男が見える。彼はジギタリスに手を振りながら、

「おうい、領主様‼︎」

「あら、マイヤーさん‼︎」

「知り合いなの?」

僕が尋ねると、女は、

「ふふふ」と笑いかけた。

おじさんは、

「領主様、その妙ちきりんな生き物は何ですだ?」

「新しい家族よ。この子はウチで飼うことにしたの。ね、ソエル?」

「初めまして!マイヤーさん、僕、ソエル!」

「ソエルちゃんだべか、ちょっと待ってな……」

そう言うと、おじさんはどこかへ行ってしまった。入れ替わりに小さな二人の子供が、然程大きくない家の中から出てきた。二人とも目を輝かせながら僕を見ている。一人は男の子で、もう一人は女の子。男の子は継ぎ接ぎだらけのシャツに薄汚れた茶色いズボンを穿いていて、髪は短い。女の子はレモン色のエプロンドレスを着ていて、男の子より少し髪が長い。彼女は両サイドを橙色のリボンで留めていて、活発そうな印象を受ける。二人とも亜麻色の髪に、水の底を思わせるような青い目をしていた。

「キミだれー?」

「だれー?」

「僕はソエルだよ」

二人はきょとんとした顔をしている。人間の言葉を話す動物が余程珍しいのだろうか。と、そこにさっきのおじさんが幾つかの小さな瓶と、クリーム色の丸いものを一つ持ってやってきた。

「これを持って行ってくだせえ。ソエルちゃんはまだ小せえですから、栄養のあるものを食べさせてやって欲しいんです。しかし、ウチには今あまりそうしたものが無くて……。これでどうか……」

「ありがとう、そんなに頭を下げなくてもいいのよ。お顔を上げて?」

おじさんは頭を下げたまま、

「ありがとうごぜえます!ありがとうごぜえます!」

と感謝の言葉を口にした。

 去り際、小さな二人の兄弟が手を振って見送ってくれた。

「ソエルちゃーん、今度来たら一緒に遊ぼうね!」

「遊ぼうね!」

二人の大きな声が空高くこだました。

 

 

 

 

 

 女はチーズと、牛乳が入った瓶を重そうに抱えながら歩いていた。

「手伝おうか?」

と、無理を承知で僕が言っても聞き入れない。それどころか、

「大丈夫よ」

と笑顔を作り、平気なフリをしている。そのまま暫く歩いていくと、自転車を押して歩いている若い女を見つけた。後ろには大きな台車のようなものを取り付けていて、その中には大きな木箱が二つ三つと、カラフルで小さな缶が十数個入っている。彼女は、僕達を見るなりこちらを向いて、

「ジギタリス様!」

と大きな声で女の名を呼んだ。

「あら、エミーリア!どうしたの?」

「買い出しから今戻ってきたんです。宜しければ、その牛乳とチーズ、後ろのリヤカーに載せましょうか?」

「良いの?重くなるわよ?」

ジギタリスは、エミーリアに抱えていた全てのものを、鞄と僕を除いて渡し、再び僕を抱きかかえた。やはり、彼女の手は温かくて白くて美しい。何より心地良い。そんな優しい掌に僕は包み込まれ、気づいたら眠ってしまっていた。

 

 

 

 

 目が覚めると、いつの間にか周りには美味しそうな匂いが漂っていた。僕の目の前にはベージュのスープカップと、丸くて茶色いパンが一つだけ入った白い皿がある。スープカップからは柔らかで優しく、まろやかな香りがする。その横には、水が半分くらいまで入ったグラスが見える。カップを覗くと、肌色ともベージュともつかない塊や、朱色の塊、黄色い塊がぷかぷかと浮いた白く熱い液体が入っている。

「ソエルちゃん、食べたいの?ちょっと待っててね」

若い女の声が聞こえた。ふと見上げると、黒いワンピースに白いフリルのエプロンを着けた女がこちらを見ている。ジギタリスと違い、声は明るく、肌の色が僅かに濃い。焦茶色の髪に浅葱色の目をした彼女は、スプーンをカップの中に入れて浅いところを掬った。その上には黄色と朱色の塊が乗り、底には白くとろりとした液体があり、ほんの僅かだがカップの中に滴り落ちた。彼女が僕の口の中に優しくスプーンを入れると、口の中には柔らかで優しい味が広がった。

「おいしいね!」

「そう、良かった‼︎」

エミーリアはとても嬉しそうな顔をしている。隣に座っているジギタリスも穏やかな笑みを見せた。舌はもっと心地良いと感じている。僕は、

「もっと、もっと」

と彼女にせがんだ。そうしたことを繰り返すうちに、いつの間にか皿もカップも空になっていた。

「まあまあだったわね、中の上くらいかしら」

ジギタリスが高慢な口調でそう告げた。

 

 

 

 

 私とソエルは食事を終えると、彼を抱き上げて地下室へと向かった。石造りの螺旋階段を下り切ると、錆びついた鉄の扉に差し掛かった。軋むそれを開き、明かりを点けると、入り口では少女の人形が私達を出迎えてくれた。どれも私が丹精込めて作り上げたもので、いつ見ても美しい。本物の人形のようにリアルな彼女達には一人ひとり名前が付いているし、それぞれが違うドレスを着ている。中には何も着ていない子もいた。

「君は、寒くないの?」

「ソエル、その子は喋らないのよ」

彼は不思議そうな顔をしている。

「どうして?ジギタリスはちゃんとお喋りするのに」

「その子と私達は違うのよ」

ソエルは、私から人形達の名前を訊くや否や、順番に話しかけていった。時には無邪気な笑みを見せながら。小さな手をぱくりと食べようとしたり、スカートの中に潜り込んだり。見えるもの全てが新鮮に映るからだろうか。それを見ていた私は、まだ城に小さな息子達がいた時のことを思い出していた。乳母はやんちゃな息子に手を焼いていて、娘達は逆に大人しかったこと。特に長男は勉強嫌いで、木登りばかりしていたし、三女は人形遊びよりも本を読むのが好きだったこと。他の五人は歳を重ねるにつれて、結婚なども考えられるようになったが、三女だけは本が好きで夢見がちなままだった。彼女も、結局は家を出ることになるのだが。かつて愛した者達が次々と離れていくのは耐えられないことだった。だから、私は人形作りに精を出すようになったのだ。

 

 

 

 

 数日経ってから、僕は一回り大きくなった。手足も生えたし、口の中には牙がびっしり生えている。エミーリアに噛みつこうとした時は、ジギタリスに止められたこともある。彼女の手は、こちらが心配になるくらい白かったけど、変わらず優しい手をしていた。また二、三日経つと、僕は大きくなった。丸っこかった身体はオレンジ色になり、耳は翼のようになっている。鏡で見ると、目の色は露草色であることが分かるし、前足は何かを掴めるくらいには複雑になっていた。もう、今は空を飛ぶことも出来る。遅いし、そこまでではないけれど。あれほど手に取りたかった白い花もきのこも、今はもう簡単に手に入れてしまえるのだ。僕にとってこれ程嬉しいことはなかった。ジギタリスに隠れて蔦が絡まるブランコに座ったこともある。エミーリアにすぐ連れ戻されたとはいえ、ブランコにいる時間は落ち着いていられた。あの人形達は人間とは違って喋らないし、何より外で蝶々や小鳥達と戯れていた方が楽しいのだ。埃っぽい図書室にある本は読めなかったし、城の中は広いだけでつまらないのだ。たまに、使われていない子ども部屋に行くこともあるが、埃っぽいベッドと木馬、薇を巻くと喋る人形や、大きな熊のぬいぐるみに、虫が食って読めなくなった絵本があるだけだった。試しに一度、女の子の人形の背中にある螺子を巻いたけれど、

「ママ、ママ」と言うだけで、それ以上は何も言わない。寝かせれば目を閉じはするけれど。こんなのが小さい女の子のお友達だったのだろうかと思うと、なんだか寂しくも虚しくもあった。けれど、彼女の声は友達がいない僕を優しく満たしてくれたから。そのうち、子ども部屋に行くのが面倒くさくなって、僕は人形を持って行くようになった。それを見たジギタリスは、

「あら、懐かしいモノを持ってきたわね」

と、にこやかに話しかけてきた。

「なつか、しい……?」

「そう、ちょっとだけ前に、目が見えないあの子の為に買ったのだけど……。もう、この城にあの子はいないから……」

「あの子って、誰?」

「アマリリス。この城に昔、いたのよ。まだたったの六歳だった……」

「その子は、どうなったの?」

「多分、死んでしまったんだと思う……。この城では、4年前に城主も、その家族も含めて皆殺しにされる事件があったから……。アマリリスだけ、今も行方知れずなの。遺体も見つからなかったって……」

ジギタリスは珍しく悲しそうに俯いている。僕は明るい彼女しか知らなかったから、却ってソレが新鮮だった。けれど、悲しそうなジギタリスは見たくない。にっこり笑っている彼女が見たい。

 

 

 

 

 僕がいつも一緒に遊んでいる人形の名前が「クララ」だということを知ったのは、ソイツを子ども部屋から見つけ出してから丁度一週間後のことだった。クララは亜麻色の髪をしていて、青が灰色か分からないような曖昧な色の眼を持っていた。胸にかかるくらいの髪を、くるくると巻いていて、深緑色の、白いフリルや黒いリボンで彩られた可愛らしいドレスを着ていて、白いタイツに黒い靴を履いたおしゃれさん。背は小さくて、僕が手を繋いで歩けそうなくらいの大きさだ。あの日以来、ジギタリスも彼女用の服を作るようになった。

「今日は何着る?クララ」

クララは何も答えない。背中の螺子をまた巻いてみても、だ。けれど、彼女は桜色のドレスを着たがっているように見えたので、僕は桜色のドレスを着せた。

「似合ってるよ」

僕はブラシで彼女の髪を梳かしながら、鏡越しににっこり笑ってみせた。それを見たエミーリアも、ジギタリスもにこやかに僕を見つめていた。

 

 

 

 

 平和な日々は続かないものだと、長い時間生きているのにも関わらず、私は忘れていたようだった。今朝届いた新聞によると、家畜や農作物に対する被害が相次いでいる、とのことだった。見なかったことには出来ない、というのも、モノクロの写真が写していたのは、

「こ、コレ……!ウチの近くじゃない⁈」

見知った牧場や畑も含まれていたのだ。今の私にはどうすることも出来ない。『領主様』と呼ばれてはいるが、実態はメイドを一人しか雇えない、ただの没落貴族だから。民の為に何をすれば良いのか分からず、私は寝間着のままベッドの上で泣き崩れた。外は青空だというのに、私は引き篭もることしか出来ないのだ。悔しくて遣る瀬無くて、枯れた筈の涙がもう一度出てきた。

 

 

 

 

「ジギタリス様」

その時、後ろから声が聞こえてきた。若い男の、けれど、低い声が。この城に若い男など一人もいない、筈なのに。振り返ってみると、目の前にはまるで宗教画の天使、或いは水鳥のような羽根を背中に生やし、兜を被ったオレンジ色に近い色をした長髪の青年がいた。手には杖とも棍ともつかない、黄金色の棒を持っている。

「何故、私の名前を呼ぶの?あなたは……?ソエルは何処?」

「私(ソエル)なら目の前にいますよ。何かあった時は、命に代えてもあなた様をお守りします」

彼は私に跪く。

「行かないで、ソエル!私に、これ以上何を失えって言うの⁈」

「……ジギタリス様、私は必ずあなた様の許に還ります。これだけは約束させてください」

私は、窓から飛び去っていくソエルを見送るしかなかった。まるで幼子のように泣きじゃくる私の姿を、彼は見ていない。

 

 

 

 

森を出て数十分後、僕は最初にチーズを貰った酪農家の家に降り立った。まだ手足も何もなかった頃、人形達のことさえ知らなかったあの頃。とても美味しいチーズだったことを思い出す。牛達が沢山いて、賑やかだった筈の牧場は、不気味な程に静まり返っていたのだ。本来なら生きている筈の牛達は皆、息絶えていて、中には骨だけのものもいた。空を見ると、灰色の雲が重なり、雨雲になりつつあった。僕は雨宿りも兼ねて入ろうと思ったので、ノックをしつつ、

「……ごめんください」

ドアを開けると、窶れた坊主頭の中年男性と、小さな子どもが二人。二人とも、何かに怯えているようで、木の床には大事にしているであろう人形が落ちている。

「……マイヤーさん、お久しぶりです」

「……お前さんは、誰だ?」

「ソエルです。あの時、チーズを頂いた」

「ソエルちゃんか!こんなに大きくなって、立派なモンだべ。この前牛達が誰かに殺されてからは、二人とも怖がっちまってな……。オラも……。アレは龍の仕業だべ。昔から、この地方には龍がいて、たまに眠りから覚めては人や家畜を襲っていくんだべ」

「龍、ですか……。なるほど、それなら私に任せてください」

しかし、この家族は口を揃えて、

「やめてよ!」

「ソエルちゃんと遊べなくなるのは嫌!」

「考え直してくんろ、ソエルちゃん!龍退治は危険でさあ!今まで何人もの男が龍に襲われたんだべ」

と宣うのだ。だが、龍退治が出来るのは僕一人しかいない。

「いいえ、私は行きます。必ず帰ってきますから」

泣きじゃくる二人の子どもをよそに、僕は出されたミルクにさえ手をつけることなく、ドアを閉めて出て行った。外は昼だというのに、雷が鳴り、雨が降りつつあった。

 

 

 

 

 

 龍の巣は岩山の麓の洞穴にあるようだった。大きな、それこそ追い剥ぎか盗賊の一人か二人は住んでいそうな場所だが、そんな気配は一切ないし、生活感もない。ただ、一匹の大きな紅い龍がまるで子猫のように身体を丸めて眠っているだけだった。いや、よく見ると龍の傍には一人の幼い少女がいる。短めの、焦茶色の髪をした、この辺一帯に住んでいてもおかしくはないような、有り体に言ってしまえば、村娘に相応しい格好をしているのだ。編み上げのジャンパースカートに白いブラウスという組み合わせだが、飾り気はない。やはり、フリルというのは金持ちだけの特権なのだろうか。履いている茶色の靴には穴が開きかけている。もしかしたら、この龍は彼女の友達なのかもしれない。

 

 

 

 

 僕には見覚えがない筈なのに、この龍の名前が何なのか、自然と分かってしまうようだった。

「グラウモン」

「……んあー?」

「お前が村の作物や家畜を荒らしているのは知っている!私はお前を討ちに来た‼︎」

「ぼく、おなか空いてただけなのに〜」

「『だけ』で済むか‼︎お前のせいで村のみんなが迷惑してるんだ!村の人だけじゃない、この国のみんなが、だ!死んで償え‼︎」

紅い龍は、僕に向かって口から炎を吐き出した。僕は、直線的な火炎を飛びながら避ける。何度も何度も彼は炎をぶつけて来ようとするが、手にしているロッドを盾にして、その都度防ぐ。炎が効かないと分かると、今度は大きな爪を振り下ろし、こちらへ向かってくる。今のところ、防戦一方で勝機が見えない。ロッドも、龍の強い力で遂に折れてしまった。もう、僕は死ぬのか。雨の中、誰にも看取られることなく。倒れ伏す僕の躰を喰らおうとする龍は、なんの躊躇いもないようだった。最後に、ジギタリスにもう一度だけ会いたかった。それだけを呟いて、目を瞑ろうとすると、小さな子ども達の声が聞こえてくる。

「ソエルちゃん!」

「わたし達は何も出来ないけど、龍退治頑張って!」

「……すまない、二人とも。私の死を、ジギタリス様に伝えておくれ……」

「ソエルちゃん、ソエルちゃん‼︎」

「この龍を倒せるのはソエルちゃんだけなのに!もう、どうすることも出来ないの⁈ねえ!」

そうだ、もう、どうすることも出来ない。そう思った時、僕の躰に光が降り注ぎ……。次の瞬間、僕は『蘇って』いた。正確には違うのだろう。その手に剣を携え、翼の数も増えている。僕は迷うことなく、頸にその刃を振り下ろす。すると、龍は苦しそうな呻き声を上げながら地面に倒れた。その身からは紅い血が流れ出ていて、それに気づいた少女は、龍が消えつつあることにも構わず、泣いてその死を悼んでいた。完全に龍が消えた後、僕は後ろから、

「この、人殺し!」

罵声とともに背中に小さく、尖った石を投げつけられた。

 

 

 

 

 夜になると、既にもう雨は止んでいて、空は黒く澄んでいた。星々が輝く夜空に、ソエルも逝ってしまったのだろうか。もう二度と会えないのだろうか。彼が大好きな人形を撫でながら、私はそんなことを考えていたが、

「ただいま戻りました、ジギタリス様」

後ろから若い男の声がした。振り向くと、そこには、八枚の翼と剣を、返り血で紅く染めた天使の姿があった。

「おかえりなさい、ソエル」

私は涙を流しつつも笑顔で彼を迎え、

「お腹が空いたでしょう?さあ、ご飯にしましょうね。今日はあなたが大好きなトマトのスープよ?エミーリアも待っているわ」

エミーリアが待つ食堂へ案内した。

 

 

 

 

 あれから僕は、元の、鼠のような姿に戻り、変わらずクララと遊んでいる。ジギタリスにことの次第を伝えたら、彼女は優しく、泣きじゃくる僕を抱きしめてくれた。あの時龍を退治したのが間違いだとは思わない。かといって、あの子を傷つけてしまったことの後悔は、消えることがなかった。それ以上に、僕はあの二人が心配だった。きっと、僕も龍と同じで化け物だと思われただろう。涙が溢れて止まらない。

「ねえ、ジギタリス……。僕も、あの龍と同じなのかな……?」

「ソエルとあの龍は違うわ。だって、こんなに可愛い、いい子なんですもの」

ジギタリスはそう言って僕の頭を撫でた。その白い手はいつでも温かくて、僕の心をそっと溶かしてくれる。もう、離れたくない。君を失わないためにも。僕は、彼女の腕をぎゅっと握りしめた。

 

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