良いアイデアが思い付かなかったので、すいません。
では、どうぞ
キリトとライトが、スイッチとPOTローテについて、ユウキに説明し終えると、タイミング良く風呂場の扉が開き、中からアスナが出てきた。
「ユウキ、上がったよ!」
顔をすっぽり覆ったフード付きケープを羽織り、出てきたアスナはユウキにそう伝える。心なしか、その声色はとても楽しんだ後のように感じられた。
「あっ…アスナ、どうだった?」
ユウキは、お風呂を堪能したアスナに感想を訊ねた。彼女は、首を縦に振って頷くと、お風呂の感想を話した。
「結構良かったよ。ユウキも入っておいで!」
アスナの声色を聞く限り、どうやら十分に満喫できたようだ。キリトとライトもこの宿の風呂を使った事はあるが、現実世界の風呂と少し感覚が違うだけで、十分と言って良い程の満足感を味わう事が出来る。
「うん、じゃあ行ってくるね!」
ユウキはヒラっと手を振り、風呂場のドアを開けて中に入った。そして、今度はキリトとライト、アスナの3人の状態となった。
暫くの沈黙の後、今度はキリトがユウキの時と同じように、黒パンと小さなツボ、カップに入ったホットミルクを用意し、スイッチとPOTローテについて説明しようと声を掛けた。
「さっきの彼女には、スイッチとPOTローテは教えたから、後は君だけだ。これでも食べながら聞いてくれ!」
そう言って、ライトと共に説明しようとしたその時だった。
コン!コココン!
小刻みの良い特徴的な音が、出入り口のドアから響いた。そのノック音を聞いて、キリトとライトは顔を見合わせると、同時に頷いた。どうやら、一体誰がこの宿に来たのか、検討がついている様子だ。キリトは1番ドアの近くに立つ人物に声を掛けた。
「アスナ、開けてくれ!」
「へぇ? う、うん」
外廊下に居るであろう人物を招き入れる為、ドアの1番近くに立つアスナに、ドアを開けるよう頼んだのだ。
「はっ…ご、ごめん! ちょっと待て!」
しかし、途端に声を上げて、キリトはアスナに制止を求める。ここに来たであろう人物にこんな光景を見られれば、厄介な目に会うのは目に見えている。そう思える程の人物なのだ。しかし、キリトの制止も空しく、既に遅かったようで、アスナはドアを開けていた。
「……こいつは驚いタ」
「ア、アルゴさん!?」
キリトとライトが泊まっている宿を訪ねてきたのは、今日の会議で騒動になった情報をライトに提供した、キリトと同じβテスターで、情報屋の《鼠のアルゴ》だった。
アルゴは、予想外の人物が部屋に居た事に目を丸くしたと思えば、途端に、その顔に妖しい笑みを浮かべて話しかけた。
「アーちゃんとユーちゃんも、キー坊とラー坊の部屋のフロを借りに来たのカ?」
「ア、アルゴさん、違います、そんなんじゃあ…」
「照れるナ、照れるナ、ニヒヒ」
アルゴの言葉に、アスナは動揺しながら首を横に振って否定する。しかし、そんな彼女をアルゴは更に揶揄う。その光景を、ライトは詰まらなそうに見ていた。すると、アルゴは少年達に視線を移して話しかけた。
「しかし、キー坊もラー坊も隅には置けないナ。アーちゃんとユーちゃんを自分達の寝床に連れ込むなんテ」
「な、何でそうなるんだよ!?」
その言葉にキリトは動揺してしまうが、ライトが彼女の言葉を真っ向から否定して答えた。
「勘違いするな、アルゴ。2人をここに連れてきたのはキリトだ。オレを巻き込むな」
「おい、何で俺だけなんだよ、ライト!? お前も共犯だろうが!?」
「人聞きの悪い言い方をするな」
ライトの言い分に、キリトが反論し口喧嘩を始めてしまう。そんな彼らの様子を、アスナとアルゴがおかしそうに眺めていると、暫くしてキリトの言葉で言い合いが絶たれた。
「それで、一体何の用だ、アルゴ?」
彼女がここに訪ねてくるのは珍しい。普通なら、メッセージのやり取りで会う場所を決めて、そこで情報を提供や買収をする。しかし、事前連絡も無しにここに来る事はなかった。
要件を訊かれたアルゴは、途端に表情を戻して、ここに来た理由を話し始めた。
「クライアントがどうしても、今日中に返事を聞きたいと言ってきてナ!」
キリトもライトも、さして驚く様子は見せなかった。実は前々からアルゴを通して、キリトにある交渉が持ち掛けられていた。その内容は、《キリトが持つ剣を買い取りたい》という内容だ。それに対して、キリトはその交渉をずっと断っていた。現在、彼が持つ剣は《アニール・ブレード+6》の片手直剣だった。+6というのは、その剣が強化された回数の事だ。
「それで、何て言ってきたんだ、その交渉相手は?」
ライトもその交渉相手が気になっていた為、アルゴに続きを求める。
「今日中になら、39,800コル出すと言ってきタ」
「…さ…」
その数字に、キリトは愕然とした。交渉相手はそれ程のコルを出してまで、キリトの剣を買い取りたいようだ。しかし、その提案にライトは納得できなかった。
「何でそんな大量のコルを出してまで、キリトの剣を買い取りたいんだ?」
「あぁ、全く同感!」
キリトも同じような考えだった。現在のアニール・ブレードの相場は15,000コル。多少のレベリングをすれば、十分に買える金額だ。更に、その額に20,000程のコルを足せば、キリトが使っている剣を作る事は可能だ。
時間は掛かるが、合計で35,000コルで剣を作れる。だが、その交渉相手は、相場の金額よりも高いコルを払って、キリトの剣を買い取ろうとしている。その理由が、2人には分からなかった。アルゴの方も訳が分からんといった顔をしている。
「…生憎だが、いくら積まれても売る気はないよ」
「了解ダ」
暫く考える仕草をしたが、キリトの意思が変わる事はなかった。アルゴもその返答に了承した。だが、それ程の大金を出してまで、剣を手に入れようとする人物が、一体誰なのか気になったので、キリトはアルゴにある依頼を頼んだ。
「アルゴ、あんたの依頼人の名前に1,500コル出す。教えてくれ!」
「わかっタ」
アルゴはウインドウを開くと、流石と言うべき高速タイピングで、インスタント・メッセージを送った。1、2分程待っていると、アルゴのウインドウに返信のメールが返ってきた。その内容を最初に見たアルゴ本人は、更に訳が分からないという表情をしながら口を開いた。
「教えても構わないそーダ」
「「……」」
キリトとライトも、何故アルゴがそんな表情をするのか分かった。もはや、交渉を持ちかけられている本人でさえ、交渉相手の心境が分からないと言った様子だ。しかし、取引相手のプレイヤーネイムが分かるのなら、実際に会う事も可能なので、知っておいて損はない筈だ。
「キー坊とラー坊はもう、ソイツの事を知ってるサ。今日の会議で大暴れした奴だからナ」
アルゴの言葉で、2人の脳裏に、βテスターを非難していたサボテン頭の男が蘇った。
「……キバオウ、か」
彼が約40,000コルの大金を条件に、キリトの剣を買い取ろうとした交渉相手だった。だが、理由が分からない。何故、それ程の大金を出してまで、キリトの剣を買い取ろうとするのか。
「奴が装備していたのは確か、オレ達が持っているような、ロングソードに分類される武器…だった筈だが」
今日の会議でキバオウが身に付けていた装備を思い出すライト。キリトもその記憶に間違いはないと頷いていた。
見た感じでは、あの武器の性能はソコソコ良い方だ。自分達の武器よりは少々劣るかもしれないが、それでもボス戦で使用できないレベルではない筈だ。手っ取り早く言えば、そんなに変わらない代物だ。
それを、40,000コルの大金を出して、キリトの剣を手に入れる意図が分からない。そんな事に使うよりも、もっと良い性能を持つ武器を買えば良いのにと、ライトは考えていた。
「そんじゃ、オレっちはこれで失礼するヨ。…っと、その前に隣の部屋を借りさせてもらうヨ。夜の装備に着替えないといけないんでナ!」
そう言うと、アルゴはお風呂場に向かっていく。しかし、その部屋には既に、久しぶりのお風呂を楽しんでいるユウキが入っている。それに待ったをかけたのが、アスナだった。
「ま、待ってアルゴさん、そっちにはユウキが!」
「ニャハハハハ、冗談ダ」
おかしな笑い方をしながら、アルゴは外廊下に繋がるドアを開けると、隣の空き部屋に行き、夜用の装備に着替え民家を後にした。
そんな中、キリトは何故、キバオウが自分の剣を買い取ろうとしているのかが気になり、ソファに座りながらずっと考えていた。
「(何故キバオウが俺の剣を? 俺と奴は初対面の筈だ。そんな相手に40,000コルの大金を出して買い取ろうとする理由は一体……何なんだ?)」
考え続けるキリトだが、いくら考えても答えは出ないどころか、更に混乱するだけだった。
ライトもこの交渉については、かなり違和感を覚えていた。40,000コルという大金をつぎ込んで、キリトの剣を買い取ろうとする理由もそうだが、何故キリトの剣なのだろうかと。
彼が持つ剣は、キリトのそれと性能は全く変わらない。故に、ライト自身に交渉が持ちかけられても、おかしくない筈だ。
「(何故キリトにこんな交渉を持ちかけるんだ? 奴はβテスターを非難してい…βテスター……もし奴が何かの方法で、キリトがβテスターだと知り、弱体化を狙っているとしたら…いや、そんな事をして何になる? 戦力が下がるだけだぞ。そもそも、奴がキリトの事をβテスターだと知っている訳がない)」
この交渉は、はっきり言って無駄な取引だ。そんな事に大量のコルを出して買い取ろうとする目的は、一体なんなのか。2人は暫く考え続けたが、答えが出る事はなかった。
今回は以上となります。
交渉の描写は、原作プログレッシブと同じ感じです。