小説よりに書いております。では、どうぞ
第2層での出来事
「ふざけんなよぉぉぉ!!!」
「「っ!?」」
突然の大声に、道を歩いていた2人の少年達は驚き、絶叫が聞こえた場所に視線を送る。そこは大きな広場になっており、その中央付近でプレイヤー同士が争っていた。しかし、一体何が原因でそうなったのだろうか。
ここは、第2層主街区《ウルバス》と呼ばれる圏内。4日前、とある2人のプレイヤーによって、第1層のフロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》が撃破され、この主街区の転移門が開通された。それにより、はじまりの街で待機していた数多くのプレイヤーが、第2層をこの目で拝もうと観光目的でやって来ていた。
転移門を開いたプレイヤー達は、第1層のボスを倒したにも関わらず、最前線プレイヤーから《ビーター》と罵られている、ライトとキリトだった。
2人は誰よりも早くこの層に到達し、ある用事を済ませてから、この場所まで来ていた。そして、今も続いているプレイヤー同士のイザコザを、偶然にも目撃してしまったのだ。
「…どうしたんだろうな?」
「さぁ?」
2人は現場で起こっている状況を見ながら、次々と聞こえてくる罵声に耳を傾けた。
「戻せ!戻せよ!!プラス4だったんだぞ!?ふざけんなよ!!」
声を聞く限り、その男性プレイヤーは完全に感情を抑えられず、暴言を次々と口にする。そんな中、項垂れるもう1人のプレイヤーは、その罵倒に何も言い返さず、ただ黙って俯いていた。
キリトとライトは離れた場所から、未だに喚き続けるプレイヤーの容姿を確認する。2人には、それに見覚えがあった。最前線で戦うプレイヤーだと、彼の装備を見れば、一目で分かった。
「何だよ4回連続失敗って!? プラス0になるとかあり得ねぇだろ!! どうしてくれんだよこのクソ鍛冶屋!!?」
3本ヅノが生えた金属ヘルメットと、重厚な鎧を装備するプレイヤーは、顔を真っ赤にしながら声を荒げる。それに対し、項垂れる地味な茶色の革エプロンを装備した男性プレイヤーは何も喋らない。
「…お気の毒に」
「そうだな」
キリトが小さく呟いた言葉に、ライトが同意する。その言葉は、双方に対してのものだった。
頭を下げる男性プレイヤーの近くには、灰色の絨毯が敷かれ、その上に椅子や鉄床、炉などが窮屈そうに並べられている。その光景を見たキリトとライトは、何故このような事態になっているのかを悟った。
それは喚き続ける彼が、あのクソ鍛冶屋と呼ばれたプレイヤーに《強化》を申し込み、それが失敗に終わってしまったからだ。このゲームは、NPC鍛冶屋よりもプレイヤーの方が成功確率が高いのだ。勿論、それなりの熟練度は求められるが、彼はNPCよりも武器強化の成功確率が高い筈が失敗してしまった。そうなれば、商売は成り立たない。
「…いきなり、あんなのを見る事になるとはな」
ライトがそう言うには訳があった。これはキリトからの情報だが、強化の成功確率は100%ではない。例え熟練度を上げていても、かなり余裕が無ければ2割の可能性で失敗してしまう。3回連続は3%、4回連続は0.8%。あの3本ヅノの男は、その限りなく低い確率を引き当ててしまったのだ。
「…何なの一体?」
「凄い騒ぎになってるね?」
「「っ!?」」
そんな事を考えていると、突然すぐ横から声が聞こえた。目をやると、厚手の灰色のケープを顔まですっぽり被り、それぞれ赤と紫のスカートに白のチュニック、胸には銀のブレストプレートを装備した、2人組のプレイヤーが立っていた。
一体何時の間に横にと思ったが、それを聞くのは止めようと思い、キリトが彼女達にこの状況を説明しようとする。
「どうやら、あの3本ヅノ君が「おい!」…っ!」
しかし、ライトによって中断されたキリトは、ハッとなって気付いた。
キリト達は今、服装をチェンジしている最中なのだ。ラストアタックボーナスで入手した《コート・オブ・ミッドナイト》《コート・オブ・ネイビーブルー》は、それぞれのアイテムストレージに収納し、キリトは無骨なレザーアーマーに、黄色と青のシマシマのバンダナ。ライトは地味な茶色の革ジャンに、鼻まで隠れるマスクを着用していた。
「……えっと…何処かでお会いしましたか?」
すると、フードから覗かせる榛色の瞳が、鋭い視線となってキリトを貫く。もう一方の、黒紫色の瞳からは訝しい視線を向けられた。
「お会いしたどころか、一緒にパーティー組んだ事もあるんですけど?」
「それから、お風呂も貸して貰ったしね!」
服装を変えても、2人にはお見通しだったようだ。しかし、この程度で欺けるとは思っていないと、ライトもどこか分かっていた。
「…えっと…久しぶりだな、アスナ、ユウキ?」
「そうでもないだろ。せいぜいが2日ぶりだ」
「こんにちは。キリト君、ライト君」
「ライト、キリト。元気そうで良かったよ!」
それぞれが適当に挨拶を済ませると、少女達が間髪入れずに話しかけてきた。
「それはそうと、そんな見え見えの変装で隠せてると思ってるなら、どうかしてるわ!」
「顔を丸ごと隠すとかしないと無理だと思うな? それにライトも、半分だけ顔を隠しても逆に目立つと思うよ?」
2人の言い分は正論だった。黒と紺のコートを脱ぎ、バンダナとマスクを装備していても、分かる者には分かってしまう。特に最前線のプレイヤー達には、ビーター宣言が広がっているだろうから、この程度の変装で隠し通せる筈もない。
その指摘を食らったキリトは、グゥの音も出ないと言った反応を示し、ライトはやっぱりなと、ため息を吐いていた。
「…それで、何なのこの騒ぎ?」
「あの人、すっごく怒ってるけど、何かされたの?」
話の話題を切り替えた2人は、改めて目の前で起こっている騒動の説明を求める。その問いに、少年達は鍛冶屋の露店に目を向けながら話し始めた。
「どうやら、あの3本ヅノ君が武器の強化を図ろうと、プレイヤー鍛冶屋に頼んだらしいんだ」
「だが、その強化は4回連続で失敗し、プラス0になってしまった。その結果、頭に血が上ってあんなに怒ってるんだろう?」
事の顛末を推測して、端的に説明するキリトとライトの言い分を聞くと、アスナとユウキが口を開いた。
「強化には失敗の可能性だってあるって、頼む方も分かってる筈でしょ? それを引き当ててしまう事もね」
「それに、あの鍛冶屋さん。武器強化の成功率の一覧を張り出してるよ? しかも、失敗した時は、手数料は要らないって書いてたし」
「…マジ?」
「Wow!!」
それは中々に良心的だと、キリトとライトは少し驚いた。
「…でも、ちょっと可哀想かな。だって、4回連続で失敗するなんてさ。ボクだったら、すっごくガッカリしちゃうよ!」
ユウキの言う通り、途轍もなく低いアンラッキーな確率を引き当ててしまう気持ちを考えると、荒れてしまう気持ちも分からなくなかった。
「…まぁ、私も分からなくもないわ。でも、またお金を貯めて、強化し直せばいいじゃない? 何もあんなに怒らなくても…」
「いや、それがそうもいかないんだよな」
「「え!?」」
アスナの言う通り、またフィールドへと向かい、ポップしてくるモンスターを倒せば、経験値やコルも手に入る。それを使って、また強化し直せば良いと考えたのだが、キリトは彼女の言い分を否定した。彼の言葉に、アスナとユウキは訳が分からず、頭に?マークが浮かぶ。
「彼が使っているのは、オレ達と同じ片手直剣《アニール・ブレード》だ。多分、森の秘薬クエをクリアして手に入れたんだろう。そこで強化を重ね、プラス4にまでする事は出来た。だが、プラス5にする為には、NPC鍛冶屋では心許ない。だから、プレイヤーに頼んだんだ」
「でも、それが失敗して、数値がプラス3に下がってしまった。だから、それを取り戻そうと2回目、3回目と行い、結果プラス0でエンドしたって事さ!」
要するに、1度失敗して下がってしまった数値を取り戻そうと、再び強化を行い、悉く全て失敗してしまったという事だ。
「…でも、プラス0から下がる事はもう無いじゃない」
「そうだよ。また1からやり直せば…っ!」
「っ!」
ユウキがそこまで口にした時、ある事に気付いた。そして、それはアスナも同じだったようで、2人して納得した表情を浮かべていた。
「そっか! だからあの人、あんなに怒ってるんだ!」
「えぇ……《強化試行上限数》よね?」
「「正解!」」
《強化試行上限数》
それは、武器の強化を何回まで試す事が出来るというシステムだ。これは全ての武器に設定されている。
例えば、はじまりの街に売っている《スモールソード》は、回数が僅か1回までなのだ。そして、もしそれを失敗すれば、その武器はもう2度と強化する事は出来ない。それが、この世界のルールなのだ。
「最初に失敗した時に、彼は退くべきだったんだ。そして、強化に必要なアイテム素材をもっと集めて、再チャレンジすべきだった」
ライトは3本ヅノの男性プレイヤーを見ながら、静かにそう呟いた。
武器強化の成功率は必要なアイテム素材の量で大きく変わる。少なければ確率は下がり、逆に多ければ多い程、成功の確率は格段にアップする。頭に血が上った彼は、退くべきポイントを見誤ったのだ。
すると、喚き続けていた声が聞こえなくなっていた。見てみると、3本ヅノのプレイヤーの側に、何時の間にか2人の男が立っていた。
「リュフィオール、落ち着け。またアニブレのクエ手伝うからよ!」
「1週間頑張れば、また手に入る。今度こそプラス8にしようぜ!」
どうやら、今のアニール・ブレードは1週間頑張って、やっと手に入る貴重な代物らしい。早めに手に入れておいて良かったと、ライトは内心で思った。そんな時、強化試行に失敗してしまった鍛冶屋の男性プレイヤーが、弱々しく声を掛けた。
「あの、本当にすいません! すいません!!」
「……あんたの所為じゃない。色々言って悪かったな」
「いえ、それも僕の仕事の内ですから」
落ち着きを取り戻したプレイヤー、リュフィオールは散々罵声を浴びせていた鍛冶屋に、謝罪の言葉を口にした。流石に言いすぎたと思って謝ったが、鍛冶屋の方は言い返す事もせず、逆に驚くべき提案を持ち掛けた。
「あの……こんな事では、お詫びにならないと思いますが、プラス0でエンドしちゃったアニール・ブレード、もし良かったら、8,000コルで買い取らせて貰えませんか?」
「「「っ!?」」」
その申し出に、3人は驚いた反応を示す。それは、離れた所から聞いていたキリトとライトも同じだった。
現在のアニール・ブレードの相場が16,000コルなのに対し、彼はエンド品を半額の8,000コルで買い取ろうとしている。普通、相場での値段なら、その更に半額の4,000コルだ。お詫びの割には破格の値段としか言いようがない。3人は暫くお互いの顔を見詰め合うと、しっかりと頷いた。
一連の出来事が終了し、3人組と野次馬が散っていく中、キリトとライト、アスナとユウキは武器製作を開始した鍛冶屋の、リズミカルな金槌の叩く音を聞きながら、ベンチに座っていた。
「どうする、キリト?」
「う〜〜ん」
顎に手を当て、唸るように考え出すのは、リュフィオールが持っていた同じ片手直剣《アニール・ブレード》を背中に吊るすキリトだった。
「キリト君とライト君も、あの鍛冶屋さんに強化を頼むんでしょ?」
「な、何で分かるんだ?」
アスナが考え続けているキリトにそう訊くと、キリトは考えるのをやめて、驚いた反応を示す。
「だって一昨日の夜、2人して東の岩山エリアで《レッド・スポテッド・ビートル》狩りしに行くって言ってたじゃん! なら、片手直剣用の強化素材集めだって思いつくよ!」
「…しっかり情報は入手してるんだな」
ユウキが答えたそのエリアには、キリトとライト、更にユウキの3人が持つ、片手直剣を強化する素材をドロップするモンスターが出現する。
彼女の説明を聞いたライトは、しっかりと情報を手に入れていると感心していた。すると、ユウキが右手の人差し指を、ライトの鼻先に向けて口を開いた。
「だって、ライトが言ったんだよ? 『この世界は情報が命だ!』ってね?」
「えぇ。君の言う通り、情報があるのとないのとでは、大きく違うって思い知らされたから!」
それは、第1層ボス攻略会議の時に、ライトが闘技場に集まる全てのプレイヤーに忠告した言葉だった。
事実、ライト自身も隣のキリトから、β版と正式版との情報を照らし合わせて、どのような違いが出ているのか調べている。そして、情報の大切さはキリト自身も身に染みて感じていた。第1層のボスの武器が違っていたのを目の当たりし、よりその重要性に気付かされたからだ。
「そりゃ良い事だ。こいつの言う通り、情報があるのとないのとでは、決定的に違うからな。また何か聞きたい事があったら…」
「キリト、そろそろ行こう!」
「…っ!」
ライトはキリトの言葉を遮ってそう言った。彼の声に、キリトはハッと気付いた反応を示した。自分達が彼女達と親しく話しすぎている事に。
自分達は攻略組の中では、情報を提供しなかった卑怯な《ビーター》と罵られているに違いない。これ以上深く関われば、彼女達も自分達の仲間だと思われ、危険な目に遭うかもれないのだ。それに気付いたキリトは、少女達に声を掛けた。
「あぁ、そうだな。悪いな、2人とも。そろそろ行く!」
2人はその場から立ち去ろうと歩き始めたが、背後から伸びてきた手で肩を掴まれ、歩くのを止めさせられた。振り返れば、アスナとユウキがそれぞれ、キリトとライトの肩に手を置き、フードの奥から真っ直ぐな視線を送っていた。
「「??」」
「他のβテスター達を助ける為に、自分達が犠牲になる選択を選んだ事を私達は否定しない。だけど、どう行動するかは私達の自由!」
「他の攻略組のみんなが、2人の事をどう思ってても、ボク達には関係ないよ!」
流石にあからさま過ぎたかと、ライトは思った。その横では、キリトも同じようで苦笑いを浮かべていた。2人は、彼らの事を理解してくれている。そうでなければ、最初から声を掛けたりしない。
「…はぁぁぁ……叶わないか」(小声)
ため息と共に、小さく呟かれたライトの言葉に、キリトは心の底から同意した。彼女達は、人の心を読む力を持ってるのかもしれない。そんな推測を立てていると、アスナの声が聞こえてきた。
「だから、そろそろ教えなさいよ、あなた達が武器強化を躊躇ってる理由を……私達も、ここの鍛冶屋さんに強化をお願いしようと思って来たの!」
それを聞いた2人は、アスナとユウキの腰に吊るされている剣を見やる。アスナの方は細剣《ウインドフルーレ》で、ユウキの方がキリト達の物と同じ、片手直剣《アニール・ブレード》だった筈だ。キリトは彼女達の剣を一瞥すると、ある事を訊ねる。
「それ、数値はいくつだ?」
「私のはプラス4よ!」
「ボクのも同じだよ!」
第1層で素材を集め、彼女達は己の武器を強化してきたようだ。それから、彼女達が集めた素材の名前や個数を伝えると、キリトが難しい表情を浮かべた。
「…それでも、成功の確率は8割ぐらいか」
「8割もあれば、十分だと思うけど?」
強化を試行するかどうか、迷っている反応を示すキリトに、ユウキがそれだけあれば十分ではないかと口にする。確かに成功確率が8割もあるなら、失敗する可能性を引き当てる事は殆どない。
「…まぁ、目の前であれを見せられれば、慎重にもなってくる」
だが、ライトが言うように、失敗した例を目の前で目撃してしまうと、自分の武器も同じく失敗してしまう予感が働いてしまう。命を賭けたデスゲームに変貌した今、自分の身を守る為にも、慎重になる必要がある。キリトもそれは同じようで、アスナとユウキに視線を向ける。
「確かに確率は高いが、それでも妥協は良くない。もう一頑張りして、最大限成功する確率を高めた方がいいと思うんだ」
「…確かに、キリトの言う事も一理ある。デスゲームと化したこの世界で大切なのは情報、そして、己を強化する事だからな」
キリトの言い分に、ライトも同意見だった。こんな状況だからこそ、成功する確率を高めたいと思うのは、当たり前だろう。
「確かに私、妥協は嫌いだわ!」
「ボクも、そう言うのはあんまり好きじゃないね」
キリトの言葉を受けた2人は暫し沈黙の後、静かに口を開いた。
「……でも私達、口だけ動かして体を動かさない人も、同じぐらい嫌い!」
「うん!」
「………え?」
思わず呆気に取られた顔をしてまうキリト。ライトも何か、嫌な予感を覚えた。そんな2人を目尻に、アスナとユウキはまたも話し出す。
「そこまで言うからには、私達が完璧を追求するまで手伝ってくれるって事よね、キリト君、ライト君?」
「……オレもか?」
「ライトもキリトと同じような事言ってたじゃん! だったら、手伝ってくれても良いよね?」
「………」
ライトは数分前の過去に戻って、自分が発言した言葉を撤回したくなった。だが、そんな事を言っても遅い。それに断ろうと思うと、ユウキの有無を言わさない表情に何も言えなくなる。
「そうと決まれば、早速狩場に行きましょう! 4人なら1時間で200は狩れるわ!」
「後、ボクの片手直剣の強化素材集めも忘れないでね?」
「………え?」
「…………」
2人の言葉に、キリトとライトは絶句するしかなかった。
個人的に、儚き剣のロンドはミステリー風な感じがあって好きです。
また、ゆっくりと投稿していこうと思います。