剣の世界
少年は、コンピューターに映る画面を見詰めていた。そこには、机の上にある雑誌の表紙に書かれている文字と、同じものが映っていた。
《ソードアート・オンライン》通称SAO。
世界初のVRMMORPGにして、仮想世界の《浮遊城アインクラッド》という1人の男によって作られた世界に、《ナーヴギア》というヘッドギア型のマシンを利用して、人間の意識を仮想世界にダイブさせるという物だ。
浮遊城アインクラッドは全100層となっており、各階層に出現するモンスターを倒して、全層をクリアするゲームだ。今日はそのゲーム、ソードアート・オンライン正式サービス開始の日だった。
「やっと、この日が来た!」
少年は興奮冷めやらぬと言った様子で画面を見ている。彼はベッドの上に置いてあるマシン、ナーヴギアを手に入れてから、ずっとこの日を待っていたのだ。
初めて知ったのは、テレビのコマーシャルを見た時だ。少年はそのゲームに、かなり興味を惹かれた。それに気付いた母親が、少年に喜んでもらおうと思い、応募してみたのだ。
ナーヴギアは僅か10,000個しか製造されていない。その中から1つを手に入れるには、相当な強運が必要だ。だが、彼の母親はその運を味方に付け、見事手に入れる事が出来た。
「母さんにはホントに感謝だな」
たった10,000個のソフトとナーヴギアを手に入れられたのは、運が良すぎるとしか思えない。少年は改めて母親に感謝し、視線をパソコンから時計に移した。
「そろそろ始まるな」
正式サービス開始の時間は午後1時、現在の時刻は午後12時56分で残り4分。開始ちょうどの時刻に始めたいと思っている少年は、準備を進める。すると、部屋のドアからノックの音が響いた。
コン!コン!
その後に扉が開かれた。入ってきたのは、少年にソードアート・オンラインのソフトと、ナーヴギアを渡した母親だった。
「どうしたの、母さん?」
ベッドに横になっていた少年は、ナーヴギアをベッドの傍らに置き、上半身だけ起こして母親に用件を問う。部屋に入った母親は、ベッドに置かれているナーヴギアをチラッと確認して少年に向き直る。
「始めるのね?」
「うん、もうすぐ開始の時刻だから!」
開始時刻まで残り2分。目一杯楽しむ為に、開始と同時刻に始めたいのだ。少年は急いでナーヴギアを被って横になり、ゲームをスタートしようとして母親に声を掛けた。
「それじゃ、行ってきます。夕飯までには戻るよ!」
「待ちなさい!」
待ちに待った仮想世界へ旅立つ為、少年は魔法の言葉を口にしようとした途端、母親に呼び止められた。再び母親に目を向けると、彼女の目は先程とは打って変わり、少年を心配するような瞳だった。暫くの沈黙の後、母親は口を開いた。
「楽しんできなさい。出来れば、友達と一緒に」
「……行ってくる」
少年は先程とは全く違う声色で呟くと、目を閉じて魔法の言葉を発した。
「リンク・スタート!」
その言葉と同時に、視界が暗闇から白一色に染まり、更にそこから何色もの数え切れない数の棒が通り過ぎていく。その後に、少年は目の前にある画面の各種チェックを済ませ、最後にアカウントとパスワード。そして、自分のプレイヤーネイムを入力した。一瞬、目の前が少し暗くなったのと同時に、英語の文章が浮かび上がった。
Welcome to Sword Art Online!!
そして、その文字が消えると、視界が光に包まれたかと思えば、一瞬にして暗闇に変貌した。だが、それも少しの間だけで、青年はゆっくりと目を開いた。
そこはもう、先程まで彼が居た部屋ではなかった。見渡す限り広がるのは、西洋をモチーフにしたような街並みに、上を見れば雲1つない青空がどこまでも広がり、その青空に届くほど高く伸びた塔が目に入った。
「…ここが、仮想世界」
青年は感動で一杯だった。どう見ても、人の手で作ったとは思えない程の完成度を誇っている。現実世界と何も変わらない、そう思えてもおかしくないと青年は感じていた。辺りには、彼の他にもこの世界にログインしている沢山のプレイヤーが立っていた。
「さて、フィールドに出て見るか!」
青年はそう言うと、何回か拳を握り締め、設定したアバターの感触を確かめると走り出した。
彼以外の殆どのプレイヤーは、大抵がこの世界の完成度に驚いて観賞したり、男性プレイヤーは女性プレイヤーに声を掛けて、パーティーに誘おうとしているだろう。このゲームでは、自分のアバターを女性に設定する事も出来る。つまり、ゲーム上では自由に性別を変えられるのだ。しかし、今の彼にとってそんな事はどうでもいい。曲がり角を曲がって走っていると武器屋に辿り着いた。
「…武器はこれで良いな。すいません、これを1つください!」
「ハイよ。毎度あり!」
青年は豊富な種類の武器の中から、ブロンズ製の片手剣を購入した。理由は単純で、片手で扱える物が良いのと、剣が良いというのだった。彼はその剣を受け取ると、それを背中に背負い、再び走り出した。
第1層はじまりの街・西フィールド
青年は、はじまりの街の西フィールドに来ていた。彼は目の前に広がる広大な草原に見入っており、改めてここが仮想世界である事に驚いていた。
「……凄い」
青年が無限に広がる草原を見詰めていると、視界の端に何かが映り込んだ。それは、ゆっくりな動きで辺りを歩行している。
「あれは…」
青年の目に映ったのは、はじまりの街のフィールドに登場する、最初のモンスター《フレンジーボア》だった。見た目は、現実世界に生息しているイノシシ型のモンスターで、非常に弱く簡単に倒せるそうだ。
「…やってみるか」
青年は背中に背負う片手剣を鞘から引き抜くと、感触を確かめるように何回か試し振りを行うと、切っ先をボアに向けた。その行動に気付いたのか、ボアがこちらに振り向き、勢い良く突進してきた。
「(この世界に実装されている《ソードスキル》……確か、初動のモーションが重要だと書いていたな)」
ソードアート・オンラインは、ファンタジー系のゲームだが、その醍醐味と言って良い魔法が無いのだ。だが、その代わりに《ソードスキル》と呼ばれる、プレイヤーが初動の準備動作を行う事で発動できる、所謂必殺技のようなものが存在する。
大概のファンタジーゲームは魔法攻撃があるのだが、このゲームにはそれが実装されていない。それが、他のゲームとの違いだ。青年は左足を少し前に出して半身を取り、重心を落として構えた。すると、何かが立ち上がる感覚が伝わってきた。
「これはっ…」
青年が驚いている間にも、ボアはすぐそこまで迫っていた。青年はその感覚を放とうと動き出した。すると、体が勝手に動き、そのまますれ違いざまに斬りつけていた。青年は動きを止めると、振り返ってボアに目を向けた。奴は動きを止めたかと思うと、その体を小さな欠片に変えて四散させた。
「…今のは一体?」
青年は先ほど感じた、何かが立ち上がってくる感覚を思い出していた。軽く構えを取ると、体が何かに操られるような感覚に陥り、気が付けばボアを斬りつけていた。
恐らく、今のがソードスキルなのだろう。出来るまでに時間が掛かるかもしれないと思っていたが、簡単に出来た事に拍子抜けしてしまった。
「時間が掛かると思っていたが、案外そうでもないのかもな」
静かに呟いた彼は、片手剣を背中の鞘に戻した。そして、他のボアを探そうと歩き出した
ーーーその時
「…凄いな」
「っ!」
後ろから呟かれた声に振り向くと、そこには2人の男性プレイヤーが立っていた。一方は、青年と同い年ぐらいの黒髪の男で、もう一方は赤い長髪にバンダナを巻いた男だった。
今日はこんな感じでした。