アスナの細剣《ウインドフルーレ+4》を取り戻したのは良かったが、冷静に考えれば、プレイヤーの私物に勝手に触るのは失礼な上に、ましてや女性の下着類等を断ったとは言え、見た上に触ってしまうのは言語道断と言うもの。
そんな失礼な行為をしてしまったキリトは、部屋に置かれた椅子に背筋を伸ばして座っていた。対して、ライトは普通に腰掛けている。
一方、アスナとユウキは戦闘服に着替え、ベッドの端に腰掛けている。アスナは奇跡の復活を遂げたウインドフルーレを大事そうに握りしめていたが、彼女は勿論ユウキも、とても複雑な表情を浮かべ、椅子に座るキリトを睨んでいた。
「色々検討してみたんだけど!」
「は、はい!」
アスナが発した言葉に、キリトは緩みかけていた背筋をピン!と伸ばす。アスナの声色を伺うに、とても不機嫌なのは間違いない。
「私が感じている怒りが99Gだとすれば、喜びが100Gだから、差し引き1G分だけあなた達に感謝するわ!」
それを聞いたライトが、真っ先に疑問に思った質問を投げかけてみた。
「……何で単位がGなんだ?」
「決まってるでしょ! 怒りが上回ってれば、その分だけあなたの隣に座ってるその人をブン殴ってたからよ!」
「あっ…衝撃加速度のGでしたか」
ライト同様に気になっていたキリトも、アスナの応答に納得したように口を開く。
「分かって貰えたようで何よりだわ……なら、ちゃんと説明してよね!」
「うん。どうして壊れた筈のアスナの剣が、ストレージに入ってて、何で2人があんな風に突入してきたの?」
鬼気迫る程に、真剣な様子の2人からそう言われた少年達は、元々説明するつもりだった口調で話し出す。
「も、勿論…でも、結構長くなると思うよ?」
「オレ達も、事件の全貌を全て把握できている訳じゃないからな」
「構わないわ!」
「聞かせてよ!」
1階のチェックカウンターで、少年達はハーブ入りのワインと、謎のナッツの盛り合わせを買い込み2階に上がり、ノックの返事を聞いてから中に入った。
4つのグラスにワインを注ぎ、乾杯の後に全員が口に含む。ライトが一口飲むと、グラスをテーブルに置き、早速本題に入った。
「ユウキはさっき、『何で壊れた筈のアスナの剣が、ストレージに入っていたか』と訊いたが、言ってしまえば、最初からアスナの剣は壊れてなんていなかったのさ!」
「「…ええぇ!?」」
その一言は、アスナとユウキを驚愕させるに十分な言葉だった。当然だろう。目の前で剣が砕けた瞬間を、この場に居る全員が見たのだから。
「そう……目の前で武器が破砕した。そこがこの仕掛け…っていうか、トリックっていうか…ぶっちゃければ、《強化詐欺》のキモなんだ!」
キリトが口にした《詐欺》という言葉に、2人は目を細めて、真剣な表情を浮かべた。
「口で説明するよりも、見てもらった方が早いな」
キリトはそう言うと、ウインドウを開いて右端のボタンを押した。すると、3人の前に、キリトのウインドウが可視化された。キリトはアスナとユウキに見えやすくする為、ウインドウを反転させると、指である1点を示した。
「ここ。俺の装備フィギュアに、《アニール・ブレード+6》のアイコンがあるだろ?」
キリトが指差す部分を見ながら、少女達は小さく頷く。それを確認した彼は背中に手を回すと、吊るされている剣を鞘ごと外し、部屋の床にゴトンと置いた。
その状態のまま、何十秒か経った時、キリトのウインドウに示されている《アニール・ブレード》のアイコンが、薄くグレーアウトした。
「これが、《装備武器の
「えぇ。慣れてないと、かなり焦るわね」
「落ち着いて、次の攻撃を避けてから拾えばいいんだけど、最初は難しいからな。第1層だと《スワンコボルド・トラッパー》が初のディスアーム使いで、そこでかなりの犠牲者が出たらしい」
攻略しようとするプレイヤー達の行く手を阻んだモンスターの中でも、多くの犠牲者がその場で出てしまったようだ。恐らく、その中にはキリトと同じ、元βテスターも存在しただろう。
「ボク達も最初は結構焦ったよ。だから、予備の武器を近くに置いて戦ってたよね?」
「そんな事もあったわ!」
「おおぉ! 成る程、その手もあったか!」
ユウキの言葉に、キリトが感心したように呟く。確かに、あらかじめ同種の武器を離れた場所に落として置けば、モンスターの近くに落ちた武器を拾いに行かなくとも、攻撃を避けながら離れて、武器を取りに行く事が出来る。
「おい、話を逸らすな。キリトが落としたこの武器をそのままにしておけば、耐久度が減少し始める《
「…だが…何なの?」
話の本題を戻したライトが、再び説明を話し始め、その続きが気になった2人が彼に注目する。すると、ライトはキリトが部屋の床に置いたアニール・ブレードを、片手で拾い上げた。
「ここを見てみろ!」
「「??」」
ライトに促され、2人は可視化されているウインドウを覗き見る。アニール・ブレードの名前が、薄く表示されていた箇所が、完全な空欄となっていた。その事について、キリトが説明する。
「これは、戦闘中なら《
「キリト、また話が脱線してるぞ……兎に角、落とした武器を拾われたり、誰かに直接手渡したりすると、その武器セルは空欄になる……アスナがあの鍛冶屋に、その剣を手渡した時のようにな!」
「「っ!?」」
その言葉を受け、漸く話の方向性が見えてきた2人は、自然と目付きが鋭くなった。要するにあの時点で、ウインドフルーレの所有権は、誰の物でもなかった。
「でも、良いか? 重要なのは、例え武器セルが空っぽになったとしても、その武器の《装備者情報》はクリアされてないって事なんだ。これは単なるアイテム所有権よりも、固く保護されている。例えば、俺が装備してない武器を出して、ライトに手渡したとする。すると、その武器の所有権は300秒、5分でクリアされて、ライトのアイテムストレージに入った時点で、こいつの物になる!」
「だが、装備中のアイテムの所有時間は別だ。こっちはもっと長い3600秒、1時間だ。クリアされるには、その時間が経過するか、予備の武器が装備された時だけだ」
このシステムを覚えておけば、ややこしいかもしれないが、モンスターに武器を奪われたとしても、取り返す事が出来る。一通り説明を聞いたユウキが、顎に手を当てて考える仕草をしながら答えた。
「…って事は、モンスターに自分の武器をスナッチされた時は、予備の武器を左手に設定しておけばいいって事だよね?」
「そうね。それなら、装備者情報はクリアされないもの!」
「…へ?」「…は?」
彼女達の言葉に、ライトとキリトから思わずそんな声が漏れてしまった。
確かに、主装備を持っていた手に予備の装備を出した時点で、装備者情報がクリアされてしまうなら、もう一方の手で武器を持てば良いだけの話だ。
中々に鋭い考えを出したユウキに、キリトがまたも感心したように呟く。
「…な、成る程、確かにそうだな。いやでも、利き手じゃないソードスキルの発動は滅茶苦茶難しいぞ!」
この世界での戦闘が豊富なキリトが言うのだから、まず間違いないだろう。しかし、その言葉に気にする事なく、今度はアスナが話しかけた。
「それからもう1つ。さっきあなたが部屋に突入してきた時、真っ先に私の装備フィギュアを盗み見…じゃなくて、奪い見たのも、私が他の武器を装備してないか確認したのね? それが第1の条件だったから」
「あぁ、そうだ。そして、ライトがさっき説明した内容こそが、第2の条件。武器を預けてからまだ1時間以内だったから、手段があったんだ……それが、剣を回収する最終手段《所有アイテム完全オブジェクト化》なんだ!」
キリトがその言葉を口にした瞬間、アスナの目付きが、更に鋭さを増した。そして、それは向けられているキリトだけでなく、ライトも肌で感じた。
「つまり、いきなり部屋に入ってきたのも、強引にウインドウを操作させたのも、一刻を争う事態だったからやむお得ない…そう言いたい訳ね?」
「…う、うん」
余りの迫力に、静かに頷く事しか出来なかったキリトだが、アスナとユウキもそれ以上は責任追及せず、状況を把握する方が優先だと分かっていたようで、口調を切り替えて訊ねた。
「それにしても、さっきの完全オブジェクト化ボタン、何であんなややこしい所にあるのかしら?」
「だよね? まるで、ワザと使い辛くしてるみたいな感じだよ!」
「その通りさ!」
「「へぇ?」」
ユウキが口にした言葉を、キリトが即座に肯定した。しかし、2人はどういう事なのかと理解が追いつかず、次なる説明を求める。
「さっきのは言わば《最終救済手段》なんだ。モンスターに武器をスナッチされ、そのまま置いて帰ってしまったのは、本来そのプレイヤー自身の責任なんだから諦めなくちゃならない!」
「が、それだと難易度が高くなりすぎる。だから、運営側がその措置を導入したんだろう……と言っても、落としたのは自己責任だから、容易にアクセス出来ないように階層深く、そして、制限時間も設定したんだろう」
モンスターに武器を奪われ、撤退となる可能性だってある。しかし、そのまま武器を失ったなら、ゲームクリアが難しくなる。それらの理由で、このシステムが設定されたのだと、ライトとキリトは結論付け、2人にそう話した。
「とりあえず、剣が戻ってきたロジックについては了解したわ!」
説明を終えた2人に、アスナは小さく頷いてからそう呟いた。それはユウキも同じで、納得したような顔でテーブルに置かれた、キリトとライトが買ってきたナッツとワインを口に運んだ。
だが、すぐにワイングラスを置くと、椅子に座る2人に向き直り、真剣な表情で話しかけた。
「でも、これでやっと半分だよね? じゃあ、あの鍛冶屋さんがハンマーでカンカン叩いてたあの剣は何だったの? ボクだけじゃなく、ここに居るみんなが、剣が砕けたのを見たんだよ?」
当然の疑問だった。ユウキが言ったように、この場に居る全員が、剣が破砕した瞬間を目撃している。では、どうやってすり替えたのか。そして、あの砕けたウインドフルーレは何だったのか。
「俺達も、そっちのロジックについては、まだ真相を掴めていないんだ。でも、これだけ言える!」
「ウインドフルーレは、あの鍛冶屋に渡したところから、炉に火が灯され、鉄床の上で強化が行われる過程のどこかですり替えられた。オレ達は最初、彼が特定のプレイヤーの戦力を削いでいると考えていた」
「でも、そうじゃなかった。彼は、このアインクラッド初のプレイヤー鍛冶屋にして、初の《強化詐欺師》だったんだ!」
《強化詐欺》…ゲーム用語では他にも、エンチャント詐欺、鍛造詐欺とも呼ばれている。
手口は至ってシンプルだ。まず、武器の強化を図ろうとするプレイヤーが訪れるのを待って、そのプレイヤーが強化を依頼してきたら、それを行う振りをして、武器を騙し取るというものだ。その際、アスナやリュフィオール氏の時のように、強化に失敗したか、破壊してしまったかを装うのも1つの手段だ。
従来のモニター型のMMORPGでは、全てのやりとりが画面越しに行われるので、奪われたと認識するのはかなり厳しい。
「…でも、このSAOは世界初のVRだ。画面越しと違って、預けた武器は、俺達の視界に映ったままなんだ!」
「そんな状況で、武器をすり替えたりするのは、ほぼ100%不可能と言っていい。」
2人の意見に、アスナとユウキも同感と言った様子で口を開く。
「えぇ。私もずっと見てたけど、剣を預けてからハンマーで叩くまで、おかしな様子はなかったわよ?」
「アスナの剣を元々用意してても、ウインドウを開いてストレージに入れたりなんかしたら、気付くと思う!」
2人の意見も、不可能だと一致していた。あの状況で武器をすり替えるには、4人の視界を何かで遮る必要がある。だが、SAOにはそんなスキルは存在しない上に、仮に武器強化を行う際、『完了するまでこっちを向かないで下さい!』などと言えば、怪しまれるに決まっている。
「あぁ、それは俺達も同じ意見だ。露店の商品棚には、良いとこ《アイアンレイピア》があっただけで、《ウインドフルーレ》は無かったから、それとすり替えるのも無理……ただ…」
「オレ達が全てを見ていなかったとしたら、話は別だ!」
「…全てを見ていなかった?」
「どういう意味?」
その言葉は、ライトとキリトがアスナ達の部屋に、問答無用で突入してきた時、最初にユウキに伝えた内容だった。2人はそれを聞いても、ライトの真意が読み取れない。
「…あの時、ほんの一瞬だけ、オレ達の目がウインドフルーレから離れた時があった。彼が、アスナから受け取った素材を炉にくべた時にな!」
「「っ!?」」
それを伝えた瞬間、2人の少女の瞳が見開かれた。
「確かに私達も、あの時だけは目を離してたかもしれないわ!」
アスナの言葉に、隣に座るユウキも頷く。全員が誰も、ウインドフルーレを見ていない場面を考えると、その時しか思いつかなかった。しかし、ここで新たな問題が発生する。
「でもさ、ボク達の目が離れたって言っても、あの一瞬でウインドウも開かずに、剣をすり替えるなんて出来るかな?」
ユウキの言う通り、鍛冶屋ネズハがウインドフルーレをすり替えるチャンスが、その時にあったとしても、それは僅か3秒程度だ。その間にウインドウを開き、アスナの剣をストレージに入れ、代わりに用意していた剣を出すとしても、時間が足りないだろう。
「…確かにそうだけど、可能性を考えるなら、そこしかチャンスは無いんだ!」
それでも、キリトが言うように、その他の場面を思い出しても、アスナの剣を詐取できるタイミングがあるとすれば、そこしか思い浮かばないのだ。
「あの一瞬に、何かトリックが隠されてるって事ね? だったら、もう1度あの鍛冶屋さんの所に行って、見破ってやるわ!」
「それは無理だろうな」
「え!?」
「な、何で?」
鍛冶屋ネズハが使ったトリックを見破ろうと、もう1度あの場所に行こうと言い出したアスナの言葉を、ライトは即座に無理だと言った。アスナとユウキはそれを聞き、訝しそうな反応を示す。
「彼は今頃、騙し取った筈の剣が消えてる事に気付いてる筈だ。装備しているアイテムの所有時間があるのは、分かっているだろうしな!」
「それはつまり、君が強化詐欺に気が付いたとも言える。だから、暫くは控えるだろう」
2人の言い分に納得がいった。確かに、武器を騙し取っている事がバレれば、タダでは済まない。まだ、確固たる証拠も無いので、闇雲に問い詰めても、知らん顔をされるだけが落ちだ。
「……兎に角、情報を集めるべきだな…トリックについてと、ネズハ本人について。どっちにしても、明日は前線に出ないといけない」
「そうね。聞いた話じゃ、明日の午前中に最後のフィールドボス戦があって、迷宮区には午後から入れるみたいよ?」
キリトとライトはアルゴから紹介された《エクストラスキル》の《体術》を受けていた為、攻略組の行動に関してよく知っていない。
「そうか……指揮官は一体誰だ?」
ライトが、フィールドボス戦を指揮するプレイヤーの事を訊くと、ユウキが答えてくれた。
「キバオウさんと、後もう1人…リンドさんって人の2人が指揮するみたいだよ」
「…リンド?」
キリトとライトは、聞き馴れない名前に首を傾げる。すると、2人の少女達が気まずそうな表情を浮かべた。そんな中、アスナがそのリンドというプレイヤーについて手短に話した。
「…第1層の時に、ディアベルさんのパーティーに居たシミター使いよ!」
「「っ!」」
彼女の言葉を聞いた2人の脳裏に、あの叫び声が蘇った。
ーーー何で、何でディアベルさんを見殺しにしたんだ!?ーーー
この2人をビーター扱いする要因にもなった言葉が、彼らの頭の中で繰り返し流れ、その時の光景が映し出される。
「…そうか」
「………」
キリトは小さく呟き、ライトは無言のままだった。彼らの顔は、どこか複雑そうだったが、すぐに元に戻した。
「…その2人が指揮するなら、オレ達の出る幕はないか」
「多分な。2人は参加するのか?」
情報を提供しなかった、卑劣なビーターと称される自分達が参加するのは、彼らにとっても不愉快だろう。それが分かっているからこそ、2人はフィールドボス戦には参加しない。しかし、ベットに座る彼女達は違う。だが、キリトからの問いに、少女達は首を横に振った。
「フィールドボスの偵察には加わったんだけど、タダのデッカい牛みたいな感じだったし、統率さえ取れてたら、あんまり人数は必要ないと思ったの!」
「後、ラストアタック・ボーナスの話し合いで、頭ごなしな言い方されたから、アスナが怒って『ならボス戦には参加しない!』って言っちゃったんだ」
「ちょっ、ユウキ!!」
フロアボスに最後の攻撃を与えたプレイヤーに付与される、破格のレアアイテム名の事だ。
《LA》…ラストアタックボーナス
第1層のボス戦で、キリトとライトが手にした《コート・オブ・ミッドナイト》と《コート・オブ・ネイビーブルー》の2つは、他の防具とは比べ物にならない程の性能を兼ね備えている為、誰しもがLAを取りたいと思うのは当然だ。
勝手な物言いをされた事に、腹を立てるアスナを想像したキリトは、苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「そ、そうか……まぁ、フィールドボスは、そんなに手こずる相手じゃないから大丈夫だな。けど…」
「問題は、フロアボスだろ?」
「…あぁ!」
ライトの言葉に、キリトは間を置いてゆっくり頷く。彼は殆どのプレイヤーから、キリトと同じくβテスターだと認識されている。それ故に、β時代のボスの能力は、事前に得ておかなければならない。
「…問題なの?」
「そりゃ、単純に言ったら、1層のコボルド王よりも強いからな。攻撃力はそこまで高くないけど、ちょっと特殊なスキルを使うんだ。でも、迷宮区に湧くMobで練習できるから、そんなに心配する必要はないと思う!」
因みに、キリトが話した内容は、既にアルゴの攻略本に記されている。だが、第1層の時のように、変更されている可能性が高いだろう。
「…なら、鍛冶屋さんの件は置いておいて、明日はその練習に当てましょっか? ユウキもそれで良い?」
「うん、大丈夫だよ!」
アスナが隣に座るユウキに訊くと、当然と言った様子で頷いた。
「明日は、朝7時にウルバスの南門で良いわね?」
「あぁ!」
「分かった!」
集合時間を確認したキリトとライトは、椅子から立ち上がると、部屋を後にした。
今回は以上です。
何故ここまで、ライトがシステムに関して詳しいかというと、キリトから聞いていたという裏話があるからです。