風邪など引かないように気を付けて下さい!
それから4人は迷宮区に湧き出るトーラスを倒し、気が付けばストレージに沢山のアイテムが集まっていた。そして、迷宮区の出口を見つけて、次の村に足を向かわせる。
迷宮区で回った箇所をマッピングしていたライトは、歩きながら確認していた。
「(殆どは調べ終えたな。後で、アルゴに渡しておくか)」
タワー1階と2階の空白部分だった場所がほぼ全て埋まっている為、これはかなり有力な情報になる筈だ。
このゲームをクリアする上で、ルートの重要性は誰もが分かっている。これ以上の犠牲者を出さない為、ライトはこの情報を次の村に着いた時、アルゴに渡そうと共に、ある事を調べて貰おうと思っていた。
「…向こうはもう、寒くなってるのかな?」
「そうね。今が12月9日だから、もう少しでクリスマスね!」
すると、ユウキとアスナの会話が耳に入った。正式サービス開始が11月6日なので、そこから1ヶ月と3日は経っていた。その間にクリア出来た層は1つだが、その1つは全プレイヤー達にとって、大きな影響力を誇る。クリア出来るかもしれない希望的観測を見出せたから。
「そう言えば、アインクラッドの層によって、現実世界の季節と同じ場所があるって、何かの記事で読んだ事があったな!」
「じゃあ、雪が降る層もあるのかな?」
この世界自体を作り上げた製作者、茅場 晶彦にとって季節を設定する事など造作もないだろう。ユウキのふとした疑問にキリトではなく、ライトが答えた。
「多分、上の層まで登れば、雪が降る所が見れるんじゃないか? ただ、アインクラッドの天気は各層によって変わるとも言ってたな」
「ライト、お前もその記事を読んだ事あるのか?」
「まぁな。」
それを聞いたキリトは、ライトも自分と同じかそれ以上に、このゲームを楽しみにしていたと感じた。入念に下調べをした方が、何も知らないよりも楽しく出来ると考えたのだろう。
「見てみたいわね…その為にも、早くこの層をクリアしたいわ。もう牛はウンザリ!!」
アスナの言葉に、苦笑いを浮かべるユウキと、そんなにあの格好が嫌いなのかと思うキリトとライトだった。
4人は極力戦闘を回避し、密林を抜けて20分ほど歩いた。そして、次の目的地の村《タラン》に入った。辺りには、他のプレイヤーも見える。午前のフィールドボス戦を機に、多くのプレイヤーが拠点を移そうとやって来たのだろう。
すると、少年達がウインドウを開いてコートを除装し、キリトは無骨なレザーアーマーに、青と黄色のバンダナで顔の上半分を隠し、ライトも地味な茶色の革ジャンに、鼻まで隠れるマスクで顔下半分を隠す。
前を歩く2人の少女達も、フードを被って顔を隠した。どこからどう見ても、誰が見ても美少女と呼べる2人が、プレイヤー達の前で素顔を晒せば、話題になるのは目に見える。
「2人とも、俺達はこれから、アルゴに会う約束をしてるんだけど、どうする?」
キリトが2人に問いかけると、少し意外な返答を聞く事が出来た。
「丁度いいわ。彼女に依頼があったから、私達も付いていく!」
「へ、へぇ…」
アスナの返答に、何故かキリトは微妙な反応を示した。彼女達が自分達と共にアルゴと同伴する事は、別に何の問題もない筈だと、ライトが思った
ーーーその時
カアアァァァン!!!
「「「「っ!!?」」」」
聞こえてきた音を捕まえた4人は顔を見合わせると、足早に発生源へ向かう。タランの東広場に辿り着いた4人が物陰からソっと様子を窺うと、予想した通りの人物が見られた。
畳2枚ほどの広さの灰色カーペット、そこに並べられた鉄製武器、近くに立つ木製の看板、携帯式の炉。そして、鉄床に向かって必死にハンマーを振り下ろす、SAO初のプレイヤー鍛冶屋ネズハが椅子に座って作業をしていた。
「堂々としてるわね。昨日、あなた達に詐欺を見抜かれたのに、自粛どころか、最前線にまで来てるなんて!」
憤怒の声色で囁くのは、武器を騙し取られたアスナだった。確かに、騙し取った筈の武器が消えたという事は、持ち主が真相に気付いた事を意味する。それを理解できない馬鹿ではない筈だ。
しかし、彼は営業を休もうとはせず、この最前線の村で行っている。だが、キリトとライトは、アスナの言葉に頷かなかった。
「…いや、寧ろここに来たのは、警戒した結果かもしれない。詐欺がバレた以上、同じ場所でやるのはマズイって判断したんだろうな」
「でも、街を移動してお店を出してるって事は、まだ続けるつもりって事だよね?」
詐欺に気付かれた可能性を考えた結果、他の街で店を出したが、その目的は今まで通り変わらず、強化された武器をすり替える事の筈だ。ライトはユウキの言葉に頷くと、口を開いた。
「十中八九そうだろうが、相手は選ぶだろうな。彼が《レジェンド・ブレイブス》の仲間だと考えるなら、目的は仲間を前線組に躍り出させる事の筈だ。その前線組のプレイヤーの武器を騙し取った事がバレれば、本末転倒だからな」
フィールドボス戦で成果を上げた彼らの目的が、前線組に追い付くのは間違いないだろう。
基本的には狩場に篭ってモンスターを倒し、レベルを上げるのがセオリーだ。だが、武器を騙し取ってお金に変えても、己の強化を図る事は可能だ。
しかし、その場合はゲームを攻略しようとするプレイヤーから奪うのはリスクが大きい。
「…なら私は、最前線で戦ってるプレイヤーじゃないって事ね?」
「………」
怒りを隠さない迫力満ちたアスナの声に、ライトは何も言えなくなった。その事に、キリトとユウキは思わず苦笑してしまう。そんな彼女の鋭い視線を受けるライトだが、不意にある事に思い至った。
「(オルランドが強化詐欺を命じているにしても、それがバレたら彼はどうするつもりなんだ? オレ達以外にもトリックに気付くプレイヤーは居るかもしれない…もし、そうなった時は)」
彼の脳裏に、最悪の可能性が浮かんだ。それは、実行犯のネズハを裏切り、自分達は何の関係もないと主張する事だ。そうなれば、あの鍛冶屋はどんな処分を受けるか分からない。
勿論、そんな事はないと信じたいが、裏切る可能性を否定する事が出来なかった。
「(いや、今はそれより、一刻も早く武器すり替えのトリックを見抜かないとな。このまま野放しにすれば、何が起こるか分からない!)」
武器を騙し取られたプレイヤーの人数が増大する事は勿論、これ以上、罪を重ねて明るみになった場合、彼が考えるように、その時は最悪な事態になる事間違いなしだ。
それを防ぐ為にも、早くトリックを見抜かなくては。だが、幾ら思考を巡らせても、その方法が皆目見当も付かない。
「…イト…ライト!」
「っ…な、何だ?」
名前を呼ばれている事に気付いたライトが顔を向けると、キリトが心配そうな表情をしていた。
「大丈夫か? なんか深刻そうな顔してたけど」
「…いや、強化詐欺のトリックについて、ずっと考えていたんだが、どうにも思い浮かばなくてな……どんな武器を出すにしても、ウインドウは開く必要がある。これは絶対だ。だが、オレ達の視線が炉に集中していて、その隙を突いたとしても、コンマ1秒ですり替えないとすぐにバレる!」
「それは俺も同じ意見だ。でも、そのコンマ1秒のトリックが最大の謎だ…一体どうやって?」
キリトも同意見だった。少年達は改めてトリックのタネを考えようとするが、それは出来なかった。
「2人とも、今はアルゴさんとの約束の場所に行く方が先決でしょ?」
「それは、終わってから考えよ?」
約束の時間まで後少しな為、2人は考えるのを止めて歩き出した。すると、不意にユウキがある事を口にした。
「そうだ…ねぇ、2人はキバオウさんが付けたギルドの名前って、もう知ってる?」
「…オルランド率いる《レジェンド・ブレイブス》みたいに、名前があるのか?」
どんな名前なのかと気になり、ライトは訊ねた。すると、彼女は少し微笑みながら、キバオウが名付けたギルド名を伝えた。
「うん! 《アインクラッド解放隊》って言うんだって。何だか、軍隊みたいな名前だよね?」
随分と大層な名前のギルドだと思った。文字通り、この世界をクリアする為に作られたギルドだ。すると、今度はキリトがある事に気付き、少女達に訊ねていた。
「じゃあ、リンドが作ったギルドにも名前があるのか?」
「リンドさんが付けたギルド名はまだ分からないわ。私達が聞いたのはとキバオウさんの所だけだったし……何だか、色々壮大な計画があるみたいよ?」
「「???」」
アスナが口にした、壮大という言葉に首を傾げ、少年の達の頭に?マークが浮かぶ。
「《はじまりの街》に拠点を置いて、攻略に参加するプレイヤーを募集するんですって。集団戦闘の訓練もさせて、積極的に人数を増やしていくみたいよ?」
「成る程…『ワイはワイのやり方で、クリアを目指す』…か」
アスナの説明を耳に、キリトが囁いた。ライトを追う為、2層に続く螺旋階段を登ろうとした時の、彼から聞かされた言葉の真意を理解できた。対して、ライトも同じような感想を抱いた。
「(βテスターには頼らず、自分のやり方を貫く、か)」
1層の攻略会議で、彼自身が主張していたβテスターへの非難。恐らく、それを抱いているからこそ、自分達で攻略しようと決断したのだ。そんな話をしながら、4人はアルゴとの約束の場所に向かった。
「ふぅ〜ン」
「…違うぞ!」
一体何の会話なのか、全く分からないやり取りをするのは、椅子に座っているキリトとアルゴだった。
その不思議なやり取りを、キリトの右横に座って見ているのはライト。そして、2人の向かいの席にはアスナとユウキが座っていた。
彼らは今、約束の場所に指定したお店に入っていた。そして、今に至るのだが、手早くNPCに注文を済ませると、10分程でそれぞれ注文した飲み物が運ばれてきた。
「えーっと、それじゃ第2層迷宮区到達を祝って、乾杯!」
「…乾杯」
「かんぱーイ!」
「「乾杯!」」
それぞれテンションの差はあるが、祝杯を終えると、頼んだ飲み物を口へと流し込む。キリトとライト、アルゴはビール、アスナとユウキがカクテルを頼んだ。黄金色に煌めくビールを一気飲みすると、アルゴは勢い良くテーブルへ戻して、2杯目を注文した。
「いヤ〜、ゲート開通から5日でクリアとは、随分速いナ!」
「1層に比べればな。レベルも10を越えてるプレイヤーが多かったし、この層の突破も時間の問題だな」
茅場 晶彦のチュートリアルは唐突すぎたのだ。突然デスゲームに変貌したと言われても、正常な判断が出来る人間は居ない。だからこそ、多くのプレイヤーが立ち上がるまで時間が掛かった。
しかし、1度経験すれば慣れるもので、次もその次も行こうという気持ちになり、今の状態が出来上がったのだ。
「確かにそうだが、それは数値でクリアが可能って事だゾ?」
「あぁ、分かってる!」
レベルが上がるにつれて強さも増すレベル制MMOは、同時にHPの量も増えていく。これなら、モンスターのソードスキルの攻撃を喰らっても、すぐに死ぬ事はない。
しかし、β時代のゲームに変更点が追加されていれば、一撃で死んでしまう可能性も一概に否定できない。
「βテストの時、何回目でボスを倒せたの?」
「えっと、俺が参加した戦闘だけでも、10回は壊滅したな……まぁ、レベル5でクリアしようとしたから、無謀にも程があるけど」
カクテルを一口飲んだアスナの問いに対し、キリトは端的に答えた。
「レベル的には問題ないが、厄介なのはトーラス族の《ナミング》だよな?」
「あぁ。攻撃範囲がバカ広いし、喰らったら《スタン》で一時的に動けなくなる」
苦々しい声色で話すのは、2人の少年達だった。迷宮区で戦ったトーラス族と同じソードスキルを、フロアボスも使ってくると知っている。
ここに居る4人は問題ないとしても、キバオウやリンド率いるプレイヤー達は分からない。対処法として、防具を強化する事で阻害耐性を上げる方法があるが、それに伴ってNPC店だけでなく、あの鍛冶屋ショップもかなり儲かるだろう。という事は、武器詐取の機会が格段に多くなるという事だ。
「…アルゴ」
右手に持つビールを飲み終えると、ライトはテーブルに置いてウインドウを開いた。
「迷宮区の1、2階のマップデータだ」
「悪いナ、ラー坊。前にも言ったけど、規定の情報代なら…」
「いや、このデータで商売をする気はない。だが、2つだけ頼まれてくれないか?」
ライトの言葉を聞いた、アルゴの眉が釣り上がる。
「…2ツ?」
「あぁ。条件付きの依頼を引き受けてくれないか? オレとキリトからの」
「ニャルほど、分かっタ。それで、何の依頼なんダ? オネーサンに言ってみナ!」
すると、今度は隣に座るキリトが口を開いた。その声には、真剣な色が含まれていた。
「アルゴはもう知ってると思うけど、今朝の《ブルバス・バウ》の討伐戦に参加した《レジェンド・ブレイブス》についての情報が欲しい。メンバー全員の名前と結成経緯」
「ふム。それで、条件っていうのは何ダ?」
条件の内容を訊ねるアルゴに、キリトは低い口調で言った。
「俺からは、彼らの情報を欲しがってる事を誰にも知られたくない。特に、彼ら自身には」
情報屋アルゴは、あるプレイヤーが特定のプレイヤーの情報を買った内容でさえ、売り物にしてしまうのだ。これは今の状況を考えれば、キリト達にとって非常に不味い。
ブレイブスは自分達の事を嗅ぎ回っているプレイヤーが居ると知れば、その者の名前をアルゴに訊ねる筈だ。そして、彼女は頼まれれば当然応える。それを防ぐ為に、この条件を提示したのだ。
「ん〜〜、ンン〜〜」
彼女は自身の髪の毛をいじりながら、悩むような仕草を見せるが、やがて軽く口を開いた。
「ま、いっカ。でも、オイラがキー坊の心情を優先したのは、忘れないでくれヨ? それで、ラー坊は何の条件で依頼を頼むんダ?」
「…いや悪い、オレからは特にない」
「そうなのカ?」
アルゴは意外そうな反応で確認を取る。てっきり、キリトと同じで、彼も条件を要求すると思ったからだ。ライトは小さく頷くと、緋色の瞳でアルゴを見据えた。
「あぁ。オレが調べて欲しい内容は…」
ライトはアルゴに、ある依頼を頼んだ。それがまさか、ブレイブスの《命を救う情報》になるとは、誰も予想すらしていなかった。
「なかなか良いアングルね?」
椅子に腰掛け、2階の窓から広場の光景を眺めながら、アスナが呟いた。隣では、同じく椅子に座っているユウキが窓から距離を取りつつ、ある人物に注意深く視線を注いでいる。
「思うに、ここがベストポジションだろうな。真後ろだと気付かれるかもしれないし、見えにくいからな!」
彼女達の後方では、NPCの屋台で購入した食べ物を手に持つ、キリトとライトが立っていた。
アルゴとの話し合いを終えた彼らは、強化詐欺を働いているネズハが使ったトリックを暴く為、タランの村の東広場に戻り、彼の店の左側に建つ建物に身を置いていた。
この建物は、NPCもプレイヤーも使っていない《空き家》だ。誰でも利用できるに加え、コルを払う必要がない。だが、システム的な保護が適用されず、部屋を施錠する事は出来ない。
「…晩飯だ。ここに置く」
「ありがとう、2人とも」
円形のテーブルに、8つも購入した食料を積んだ少年達に、ユウキがお礼を言う。皮は乳白色で、そこから上がる湯気に怪しげな匂いはしない。外で作業を続ける鍛冶屋から視線を外すと、2人はテーブルに置かれたそれを不思議そうに眺めた。
「これ…中身、何?」
「さぁ? でも牛ステージだから肉まんならぬ、牛肉まんじゃないかな? それとも何か他のなのか?」
「どっちでもいい。冷めないうちに食べよう」
「だね。いただきまーす!」
テーブルに置かれた食べ物、《タラン饅頭》の中身が気になったアスナにキリトが答えるが、折角の食事が冷めては台無しだと、ライトが言った。それに同意したユウキが、1番上に積まれた饅頭を手に取った。続いて、アスナ、キリト、ライトと順番に手に取る。
迷宮区に入ってから、殆ど何も口にしていなかったと、今更だが思い出したライトが一口齧ろうとした
ーーーその時
「ひにゃああぁ!!?」
「「「っ!?」」」
横から変な声が聞こえた事に驚いたアスナ、キリト、ライトは声の主であるユウキに顔を向けると、思わず目を剥いてしまった。
椅子に座る彼女は、タラン饅頭を両手で持っていたが、饅頭の中に入っていたクリームの流動体が、顔だけでなく艶やかな黒紫色の髪、首にまでベットリと付いていた。
「ゆ、ユウキ、大丈夫? 今、拭く物出すから!」
アスナが急いでストレージから何か拭く物を取り出そうとする中、ユウキは一口食べた分を飲み込み、律儀に味の感想を口にした。
「…中身、あったかいカスタードクリームと、甘酸っぱい果物の何か」
すると、アスナが鋭利な視線を少年達に向けて、烈火の如き口調で言い放った。
「もし、あなた達がこれの中身を知ってて、私とユウキにワザと食べさせようとしてたのなら、その顔面に風穴開けてあげるわ!!」
「誓って知りませんでした! 本当に! 絶対! アブソリュートリィー!!」
「…買ってきておいて何だが、オレも知らなかった!」
フルフルと首を振って必死に否定するキリトと、頭を下げて申し訳ないと謝るライトを尻目に、アスナはユウキの顔や髪に付いたクリームを優しく拭き取る。
「はい、取れたよ、ユウキ?」
「ありがと! でもビックリした、いきなりクリームが飛び出してきたもん!……ねぇ、2人はホントに何も知らなかったんだよね?」
「「はい、知りませんでした!」」
顔は笑っているが、明らかに怒っていると分かった2人は、息ぴったりに告げて同時に頭を下げた。
何とか許してもらった2人は、すっかり冷めてしまったタラン饅頭を頬張る。今度は、クリームが中から吹き出してくる事はなかった。味はイチゴ入りクリームパンと似たような味で、気付けば買ってきた8個全てが無くなっていた。
だが、タラン饅頭を食べている最中も、ネズハから目を離す事はなかった。店はそこそこ繁盛しているが、武器の強化を依頼するプレイヤーは少なかった。殆どが、メンテを頼むプレイヤーが多く、強化を依頼したのも2人だけだった。更に、2人ともが強化に成功している。
「…やっぱり、相手は選んでるな。あの装備は、前線組を目指しているプレイヤーの物だろうからな」
「そうだな。でも、これだと詐欺自体の存在が怪しくなってくる……いや、それは無いな!」
言いかけた言葉を中断し、首を振って否定すると、キリトは作業を続けるネズハを2階から見下ろす。彼がそう思うには、ある訳があった。それは、ライトがアルゴにある依頼をし終えた後の事だった。
『ところで、アーちゃんとユーちゃんもオイラに依頼があるんだロ?』
『えぇ。武器強化の失敗ペナルティに、《破壊》があるのか調べて欲しいんです!』
ライトの依頼を引き受けた彼女は、今度はアスナ達に問いかけた。アスナはキリト達がずっと引っかかっていた、強化失敗のペナルティに《武器消滅》があるかの依頼を頼んだが、予想外の答えが返ってきた。
『調べるに及ばないナ。オイラがとっくに検証済みだからネ!』
『『『『っ!?』』』』
彼女の発言に一同は目を見開き、流石は情報屋と言うべきだと、4人は心の底から思った。
『代金はここの酒代で良いゾ。結論から言うと、そんなペナルティは存在しなイ。それはβと同じだからナ…けど、必ず失敗する場合があル。それは、《既に試行回数を終えた武器》を強化する場合ダ!』
『『『『っ!!?』』』』
要するにあの夜、ネズハが受け取ったウインドフルーレは、既に試行回数を終えたエンド品だったのだ。
2人の推測は外れていなかった。そして、エンド品と聞いた途端、ライトの脳裏にリュフィオール氏が持っていた《アニール・ブレード》が思い出された。もしかしたら、あの失敗も強化詐欺に必要なエンド品の調達目的だったのだろう。
「(そう考えれば、相場の倍以上の値で買い取った事にも納得がいく!)」
「…ライト!」
「っ!」
ユウキの声で、思考に陥っていた意識が戻ってくる。そして、3人と同じように2階から見下ろすと、1人のプレイヤーの姿が目に入った。
煌びやかな金属防具に、ダークブルーの胴衣を装備するプレイヤーには見覚えがあった。フィールドボス戦で指揮を務めていたリンド隊に所属する男だ。彼は《ネズハスミスショップ》に立ち寄り、腰に収める剣を外した。
「(あれは確か、片手直剣《スタウトブランド》か……もしかすれば)」
「すり替えの標的としては十分ね?」
彼が持つ剣は《アニール・ブレード》よりも刀身が短いが、幅広いのが特徴だった。その剣の名前を思い出したライトは、詐欺の標的としては打って付けだと思ったが、それはアスナも同じだったようで、彼の意見を代弁した。
「あぁ。後は武器のメンテか強化か」
4人とネズハの距離は、長く見積もって20m離れている。索敵スキルの効果で辺りが暗くなっても、彼らの姿を捉えているが、何の話なのかは全く聞こえない。
「なぁ、あのリンド隊のメンバーの名前、知ってるか?」
「…え〜っと、シヴァタさんって言ってたかな」
片手直剣《スタウトブランド》を、ネズハに渡したプレイヤーの名前を聞いたキリトに、ユウキが答える。
プレイヤー、シヴァタはネズハと何やら話し合っていたが、それが終わると彼は鞘ごと剣を取り、ネズハに手渡した。それを確認した4人は、見つからないようにギリギリまで接近する。ネズハはシヴァタに背を向けると、幾つもの皮袋から1つを取り出した。
「強化だな!」
声を押し殺しながら叫ぶライトに、3人が頷く。
「みんな、左手よ! 左手に集中して!」
当然と言った様子で頷く3人は、左手で《スタウトブランド》を受け取ったネズハに注視したが、特に不自然さは感じられなかった。
微動だにしない左手とは対照的に、右手は忙しなく動いている。目的の皮袋を選び出すと、内容物を炉の中へと流し込む。幾つもの素材が熱で溶け、1つの塊に変化する。ここからが重要な局面だ。小さな炉から灯る深紅の光が迸るが、すぐに待機状態に移行した。
「「「「っ!」」」」
その瞬間、2階の窓から監視する4人に、微かな衝撃が走った。紅き光が迸ったと同時に、ネズハの左手に持っていた剣に、何かが起こったのだ。
「(剣が…光った?)」
ネズハが左手に持っていた剣が、ほんの僅かに光ったのを、ライトは見逃さなかった。しかし、一瞬剣が光っても、それが何を意味を成するのかは分からない。
紅い光が炉を満たしたタイミングで、ネズハは鞘からスタウトブランドを引き抜き、炉に横たえた。幅広い刀身が光に包まれると、それを鉄床の上に移動させた。
右手でハンマーを握り締め、アスナの時と同じように叩き始めた。5回、8回、そして10回。片手直剣《スタウトブランド》は儚く砕け散った。
「…どうする?」
静かな空気の中、アスナが囁く。その言葉が意味するのは、強化が行われる過程の中で武器が騙し取られた事をシヴァタに伝え、《所有アイテム完全オブジェクト化》で取り戻させるかどうかだ。
アスナの隣では、ユウキがやるせない表情を浮かべ、キリトもライトも返事が出来なかった。それには理由があったのだ。
騙し取られた武器が救済措置で返ってきても、シヴァタがそれを黙って見過ごす事は出来ないと思ったのだ。そして、もしそれを他のプレイヤー達に報告すれば、騙し取られたプレイヤー達はどんな行動に出るか。
恐らく、彼らはネズハに罰を与えようとするだろう。そして、その罰が《死》だという事も考えられる。何故なら、騙し取った武器をNPCショップに売りつければ、その武器は永遠に戻ってこないからだ。
「…ねぇ、何であの人は、強化詐欺なんてやろうと思ったんだろう?」
最もな疑問を口にしたのは、先程まで悔しそうな表情を浮かべていたユウキだった。彼女の言葉に、3人の視線が集まる。
「…ボク、どうしても思うんだ。あの人は、好きでこんな事をやってるんじゃない。だって、ボク達が彼を訪ねた時、あの人『お買い物ですか? それとも、メンテですか?』って言ってたよね。それで、ボク達が強化を頼んだら、困ったような顔してた。まるで、それはやりたくないっていう風にさ……もし、ブレイブスの人達から強化詐欺をやれって言われても、断れば良いだけの話なのに!」
彼女の言葉は正論だった。強化を依頼された時の彼の表情は、ここに居る全員が覚えている。更に、彼はアスナが依頼の内容を伝える前に、買い物かメンテかと聞いたが、強化は言わなかった。普通、詐欺を目的としているなら、真っ先に強化を口にする筈だ。
「その場合、何らかの弱みを握られ、無理やりさせられていると考えるべきだが…」
ライトが自身の考えを述べるも、途中で言葉が止まった。同時に、彼の脳裏に楽しそうに会話をするブレイブスの姿が蘇った。
確信しているとは言わないが、彼らがネズハを脅迫しているようには見えなかった。そして、それは彼の隣に座るキリトも同様の筈だ。何故なら、彼も和気藹々と話をするブレイブスを見ているのだから。
「ちょっと思ったんだけど…私ね、もしシヴァタさんのラインから詐欺が露見したとしても、ブレイブスの人達が彼を庇ったら、それで良いと思うの。だけど、もしそうせずに、彼を見捨てるような事になったら…」
その先は言いたくない様子だった。その可能性を否定する事は、この場の4人には出来ない。もしブレイブスが後者を取るなら、最悪ネズハは大勢のプレイヤーの前で《処刑》されるだろう。
「戦闘職の5人は伝説の英雄や勇者を名乗って、生産職のネズハにはそれを許さない奴らだからな」
「あっ、その事なんだけど…私、彼が《レジェンド・ブレイブス》のメンバーだって、あなた達に聞いた時から気になってたの! ネズハ…Nezhaって名前。だから…」
「っ…悪い」
その時、キリトの視界の右端が紫色に点滅した事から、アスナに断りを入れて手紙マークをタップした。すると、長めの《フレンド・メッセージ》が開封された。差出人を確認すると、アルゴからだった。
「…流石は情報屋、仕事が早いな」
まさか、たった1日で依頼の内容を送ってくるとは。恐ろしやと言った様子で、キリトはウインドウを可視化すると、3人に手招きして文面を見る様に促した。
キリトの元に集まると、4人は文章を読み上げる。書いてあるのはブレイブス達の名前の由来と、レベルの数値だった。オルランドはライトが言ったように、シャルルマーニュに仕えていた騎士からだった。ベオウルフはデンマークの英雄、クフーリンはケルト神話。そして、最後にネズハの名前を見つけた。
「…生産職の彼が、レベルが10?」
「生産職でも、アイテム製造行為で経験値が稼げるんだ。でもそれは、戦闘スキルの熟練度を上げられる訳じゃない。あくまで、そのアイテム製造熟練度を上げられるだけなんだ!」
「…成る程」
キリトの説明に納得すると、ライトは文章の続きを読み始める。そして、名前の由来の文面を読み始めた一同から、驚きの声が上がった。
「何!?」
「これは!?」
「え!?」
「うそ!?」
情報屋アルゴが送ってきたネズハに関する情報に、一同が驚愕した理由とは何だったのか。
以上です。
次回は、ネズハとの話し合いです!