「もう店仕舞いか?」
「い、いえ…大丈夫です」
目の前に現れ、突然そう言ってきたプレイヤーに、鍛冶屋ネズハは少々怪訝な視線を向けた。
そこには、全身を鎧で武装しているプレイヤーが立っていた。ここが圏外なら、戦闘用の装備だと考えられるが、圏内はモンスターはおろか、プレイヤーに攻撃される事もない。
ネズハはそんな格好をする者が少し気になったが、自分は仕事をしているのだと切り替え、そのプレイヤーに話しかけた。
「お買い物ですか? それとも、メンテですか?」
「強化を頼む!」
すると、ネズハはとても困ったような表情を浮かべた。しかし、差し出された片手剣をしぶしぶ受け取る。
「プロパティを拝見します」
片手直剣を受け取った彼は、その剣の柄の部分をタップし、表示された窓を一瞥して眉を上げた。
「アニールの+7…試行残り1回ですか。それも内訳が、S2、D3、W2……使い手は選ぶでしょうけど、すごい剣ですね!」
僅かに笑みを浮かべたネズハだったが、それが一瞬にして先程の困った…いや、まるで悲痛な表情を隠すような顔になった。そして、彼が再び口を開く。
「……強化の種類はどうしますか?」
「《丈夫さ》で頼む。素材は料金込み、90%分まで使ってくれ!」
全身アーマープレイヤーは、静かに答えた。
「解りました。確率ブースト90%だと、料金は手数料も合わせて2,700コルになります」
それを聞いたアーマープレイヤーは、軽く頷いてウインドウを開き、トレードタブに移動して指定された金額を支払った。
「2,700コル、確かに頂きました」
小さな声量でポツリと呟いた鍛冶屋は、体を奥の炉へ向けた。左手に預けられた剣は、カーペットに窮屈そうに並ぶ商品の数センチ上にある。
ネズハが商品棚から取り出した強化素材を炉にくべた直後、眩い光が放たれる。くべられた素材が溶け1つの塊になると、彼は片手剣を右手で引き抜いた。そして、刀身を炉に横たえる。
アーマープレイヤーは黙って、その作業を見続けていた。光が刀身を包むと、ネズハはそれを鉄床の上に移動させ、右手で持ったハンマーで叩き始めた。
カァン!カァン!
7回、8回、9回、そして10回。その10回目は一際高く響いたと、アーマープレイヤーは感じた。そして、鉄床の上に横たわる剣は儚く砕け散り、鞘も同時に消滅してしまった。
鍛冶屋はアスナの時と同じように、右手に持つハンマーを落とすと、両手と頭を床に付けて、謝罪の言葉を叫んだ。
「すいません! 本当にすいません!!」
「……謝る必要はない」
「…えっ?」
聞こえてきた言葉に、鍛冶屋は伏せていた頭を上げて、不思議がる顔でアーマープレイヤーを見上げる。すると、兜の中で軽くため息を吐いた彼は、開いたままだったウインドウを操作する。
「成る程。確かにこれは…」
操作を進め、装備していた鎧が足から上へと次々に消えた。そして、兜が消えた瞬間、跪いていた鍛冶屋は目を丸くした。
「誰も…気付けないな」
「…あ、あなたは……あの時の」
兜が消えると、彼はストレージを操作して《コート・オブ・ネイビーブルー》を代わりに装備した。姿を見せたのは、茶髪に緋色の瞳を宿した少年、ライトだった。彼は開き続けたままのウインドウを目尻に、鍛冶屋に話しかける。
「騙すような形になったが、こうでもしないと、依頼を引き受けてくれないと思ってな」
ライトはメニューの下をスクロールすると、あるスキル発動Modを人差し指で押した。それにより、目の前で儚く砕け散った《アニール・ブレード+7》が、彼の右手に再出現した。
鍛冶屋ネズハがそれを確認した途端、彼の表情が大きく歪んだ。ライトは右手に持つ剣の切っ先を、ゆっくりとネズハに向ける。
「…まさか、生産職の鍛冶屋が《クイックチェンジ》を習得しているとは予想外だった……その手口も、商品とカーペットの間に発動に必要なウインドウを隠すとは……本当に見事だ」
「っ!!?」
鍛冶屋ネズハの顔が、更に歪んだ。そう、ライトが先ほど使ったスキルがトリックのネタだったのだ。
《クイックチェンジ》
それは片手直剣の熟練度が、ある一定の数値に達した時に入手できるスキルだ。その利点としては、《武器変更が速い》という事だ。本来、武器を変更するにはウインドウを開いて、ややこしい手順を何度も繰り返す必要がある。もし戦闘時にそんな事を行えば、ダメージを受けるのは当然だ。
だが、《クイックチェンジ》は別だ。これは、あらかじめ設定した予備の武器をワンタッチで再装備できる。更に、再装備時に右手か左手、どちらにするかを選べる。そして、《主武装と同種の武器を予備に設定する》事も可能だ。
つまり、彼は1度左手で武器を預かり、装備者の武器セルを空欄にさせ、ウインドウを商品棚で隠し、《クイックチェンジ》でエンド品とすり替えたのだ。
これは、知ってなければ見破る事は出来ない。強化素材を炉に流し込む作業に誰もが目を奪われ、武器が盗まれたのだ。このトリックを見破る方法は、クイックチェンジで奪われた剣を《所有アイテム完全オブジェクト化》か、同じ手法で取り戻し、目の前で突きつける事だ。
ライトは後者でネズハのアイテムストレージから、自身の剣を取り戻したのだ。
「…謝って、許される事じゃない…ですよね」
項垂れる鍛冶屋は、ボソリと呟いた。その声には、自責の念が含まれているように思える。
「せめて、騙し取った剣をお返ししたいのですが、それも無理です。殆ど全て、お金に変えてしまいました…僕に出来る事は…もう、これくらいしか!」
すると、彼はいきなりダッシュし始めた。しかし、それは上空から降りてきた3つの人影によって阻まれた。ネズハの瞳に映ったのは、灰色のウールケープを被った2人組と、漆黒のロングコートを纏った少年だった。
ネズハを監視していた建物の2階から飛び降りた細剣使い、アスナが毅然とした態度で言葉を発した。
「あなた1人が死んでも、何も解決しないわ!」
その声を聞いたネズハは、彼らがあの時の強化を依頼してきた人達だと確信した。一時的に武器を騙し取られた持ち主が前に立っている事に、ネズハは逃げるように視線を逸らす。
「…もし、誰かが僕の詐欺に気付いたら……その時は、死んで罪を償おうと思っていたんです!」
「そんな事したって、誰も喜ばない。せっかくある命なんだよ! どうしてそんな風に粗末にしようとするのさ!?」
すると、体を縮こませたネズハが、勢い良く弾かれたかのように叫び上げた。
「どうせ! どうせ僕みたいな役立たずは、何時か必ず死ぬんだ!」
「……死ぬ、か」
「「「「っ!??」」」」
ネズハが叫んだ『死ぬ』という言葉を、ライトは独り言のように呟いた。それにより、4人の視線がライトに集中する。全員の視線を感じたライトだが、顔を伏せながら囁く。
「…確かに、オレ達はこの世界に囚われ、フィールドに出てモンスターにHPを0にされれば本当に死ぬ。それは明日かもしれないし、1年後かもしれない……だが、そんな中でも他人を思いやる者が居たり、死ぬのが怖いのに、大切な人を死なせたくないから、自分も死地に足を踏み入れたりする者だっている……そこに立っている女片手剣使いみたいにな」
ネズハは振り向き、腰に片手直剣《アニール・ブレード》が装備されているユウキを見る。
「あの、あなた方はユウキさんとアスナさんですよね?」
「「…えっ」」
ネズハから名前を言い当てられた2人は目を丸くさせ、アスナは少々身を引き、ユウキはとても不思議そうにしていた。
「…な、何で知ってるの?」
「そりゃ、フードケープの細剣使いと片手剣使いは有名ですから。最前線でたった2人の女性プレイヤーですし!」
「……そう」
ネズハの言い分に、アスナとユウキは揃って複雑そうな表情を浮かべた。そんな2人を眺めていた彼だったが、ライトが口にした言葉が気になった為、恐る恐る訊いてみる事にした。
「……あ、あの…ゆ、ユウキさんが死の恐怖に怯えてたって言うのは…」
「…うん、本当だよ!」
その質問に、ユウキが肯定した事に対して、ネズハは少々驚いた。
「…でも、そんな事を考えるのはもうやめたんだ。確かに戦うのは、まだちょっと怖いけど、ボク達には帰りを待ってくれてる人がいる……それに、ボクにとって大切な人が戦おうとしてるんだもん。黙って見てるなんて、出来ないからね!」
ユウキはそう言うと、右隣に立つアスナに顔を向ける。アスナもまた、彼女に顔を向けて小さく頷くと、ネズハに声を掛けた。
「…私はあなたと同じように、何時か死ぬって、内心では考えていたのかもしれないわ。でも、私もユウキと同じで、そんな事を考えるのはやめたの! 私達は今、目の前にある、目指す《目標》の為に頑張ってるの!」
《目指す目標》
それは、第1層のボス戦が終わった時に、彼女達が抱いたものだった。自分達と一時的にパーティーを組んでいる2人の少年の強さに追いつけるようにと。勿論そんな事を当の2人は知る由もない。
「…へぇ〜、それって何?」
「内緒!」
気になったキリトが聞いて見るものの、アスナとユウキは答えようとはせず、代わりにネズハに視線を移した。
「あなたにも、きっと何か…いいえ、もうあなたの中にも、何かある筈よ? 戦う為の何かが!」
ネズハは再び顔を俯かせると、自身が佇む足元を見詰めた。すると、両手を握り締めたかと思えば、それらがワナワナと震え始めた。
「…確かにありました……目指したものが」
彼の声色はまるで、悔しさで滲み溢れていると、ライトは感じた。
「…でも、消えてしまったんです。この世界に来る前から、ナーヴギアを買ったあの日から……僕は、最初の接続テストで《FNC》判定だったんです!」
強化詐欺を見破ったライト達は、ネズハに詳しい事情を聴く為、近くに建っていた空き家に移動した。
《FNC》:正式名は、フルダイブノンコンフォーミングと呼ばれる。
ナーヴギアは脳との信号を直接やり取りする物だが、装着者によって調整が必要なデリケートマシンだ。だが、民生用にそんな手間を掛ける訳にいかない為、マシンに自動調整機能が搭載されている。しかし、稀にその調整が上手くいかない時があり、ネズハは当事者だった。
「…僕の場合は、聴、嗅、味、触の4つは問題ないんですが、肝心の視覚に異常が見つかったんです!」
そう言うと、彼はユウキが用意したカップに手を近付けるが、持ち手の部分からではなく、まずゆっくり手を伸ばし、指がカップに触れてから持ち上げた。
「見えない訳ではないですが、ナーヴギアを介してしまうと遠近感、アバターの手やオブジェクトがどれくらい離れているのか分からないんです」
それは攻略を目指す上で致命的な欠点だった。《ソードアート・オンライン》が唯のゲームなら問題ないが、死の世界に変貌したのなら別だ。
モンスターとの戦闘では、敵との距離感を測る遠近感は重要なのだ。自分が持つ武器の攻撃範囲を把握していなければ、攻撃を与える事は出来ない。
更に、モンスターの攻撃がどこまで迫っているのか分からない。つまり避けられず、ダメージを受けてしまうという事だ。それでは、戦闘に参加するなど不可能だ。
「僕には鉄床に置かれた武器を、短いスミスハンマーで叩くのも難しいんですよ」
「だから君は、あんなに丁寧に強化の作業をしていたのか」
キリトの問いに、ネズハは苦い表情を浮かべながら頷いた。
「えぇ。砕いてしまう剣に、申し訳ないって気持ちもありましたが……でも…」
ネズハはそこで言葉を区切ると、顔を上げてキリトとライト、アスナとユウキを交互に見て口を開く。
「僕が言うのもなんですが、よくすり替えのトリックを見破りましたね。2日前、アスナさんの《ウインドフルーレ+4》を遠隔回収した時には、気付いていたんですね?」
「いや、その時はまだ、トリックのタネを掴めていなかった」
そう答えたのは、壁に背中を預けて腕を組んているライトだった。
「ただ、少し妙だと思ったんだ。オレとキリトは最初、マロメの街で腕の良い鍛冶屋が現れたという情報を耳にしてやって来た。だが、そこでリュフィオール氏の4回連続失敗と、ウインドフルーレ破砕を見て、余りにも出来なさすぎると思ったんだ。だから2日前、君を尾行させて貰った!」
「っ!?」
ライトから伝えられた言葉に、ネズハは小さく息を呑む。まさか自分があの時、この少年達に後を付けられていたとは、夢にも思わなかっただろう。
「そして君が、オルランド率いる《レジェンド・ブレイブス》のメンバーなのも分かってる、ネズハ…いや、ナタク」
「っ!!? まさか、そこまで分かっていたなんて…流石ですね」
「いや、これに関しては、ある情報屋に調べて貰ったのさ!」
《ナタク》
正しくは哪吒太子、中国仏教で崇められている少年の神で、オルランドやクフーリンに引けを取らない《伝説の勇者》である。
《レジェンド・ブレイブス》を各神話に登場する英雄の集まりだと考えるなら、目の前の彼もメンバーであり、他の5人と同じように戦闘職になろうとしたと考えた。しかし、何らかの理由でそれが出来なくなり、生産職に転職した。ならば鍛冶屋であっても、クイックチェンジを取得しているかもしれない。
「ブレイブスは君のキャラネームの由来を知らない筈だ。酒場で、彼らは君をネズオって呼んでたからな」
「……えぇ、その通りです。《レジェンド・ブレイブス》はSAO正式サービスが始まる3ヶ月前から、ナーヴギア用のアクションゲームで組んだチームなんです」
ネズハは頷き、カップに残っていたお茶を飲み干した。
「モンスター群を剣や斧で倒して、得点を競うゲームでしたが……それでも、僕には荷が重かった。奥行きが分からない所為で、剣を空打ってはモンスターに接近されて、ダメージを受けるばかりで……僕が居る所為でチームのスコアは上位に行けない……オルランド達とはリアルの知り合いでもなし、チームを抜けるか、いっそゲームを止めるべきだった。でも…」
自分がチームの迷惑になっていると、嫌でも分かっていたネズハは拳を握り締めると、絞り出すかのように語り出す。
「みんなが抜けてくれと言わないの良い事に、僕はそのチームに留まり続けた。3ヶ月後にチーム全員で初のVRMMO、ソードアート・オンラインに移住する事が決まってたからです。僕は、僕はどうしてもSAOを体験したかった! FNC判定だとしても、オルランドのギルドに入れて貰えば、強くなれるかもって…甘えですよね」
彼の、SAOを体験してみたいという気持ちは、ライトには嫌というほど分かる。彼も初めてこのゲームの存在を知った時、どうしてもその世界に行ってみたいと思ったからだ。
理由はハッキリしないが、もしかしたら最初の日にキリトが言った『この世界で生きたい!』という気持ちを、ライトも感じていたからかもしれない。
「僕は、前のゲームでは、オルランドやクフーリンみたいな誰でも知ってる英雄の名前を使ってたんです。それをNezhaに変えたのは、オルランド達への追従、おべっかです。みんなには本名のもじりだって誤魔化してましたが、内心では僕の名前だって英雄なんだぞって……どうしよもないですね」
自身を卑下するように語る姿に、4人は何も言えなかった。だが、まだ聞かなければならない事があると、ライトが口を開こうとしたが、それを先に訊ねたのは、ユウキとアスナだった。
「でも、何で強化詐欺なんてやろうと思ったの? 人の物を騙し取るなんて、やっちゃいけないって分かってる筈だよ?」
「そもそも、一体誰がそんなアイデアを出したの? あなた? それともオルランド?」
それこそが最大の疑問だった。少なくとも、目の前に座るネズハは善悪の区別は付いている方だと、4人は認識している。ならばやはり、リーダーのオルランドではないかと思われるが、ネズハは首を横に振った。
「…僕でも、オルランドでもありません」
「何だと!?」
これにはライトだけでなく、他の3人も驚いていた。てっきり、ライトの推測通りだと思っていたからだ。
「じゃあ、一体誰なの?」
「僕は、最初の2週間は戦闘職を目指していたんです。この世界には1つだけ、投擲武器がありますから、それを使えば遠近感が無くとも戦えるかもなって!」
ユウキの質問の答えになっていないが、代わりにキリトが納得したように頷く。
「成る程、《投剣》スキルか…でもあれは…」
「えぇ。はじまりの街で買えるだけの投ナイフを買って、練習したんですけど……ストックを投げ切っちゃうと何も出来ないし、フィールドに転がる石では、ダメージ量が少なすぎる。熟練度50を超えたところで諦めたんです。しかも、ブレイブスのみんなを僕のレベル上げに付き合わせちゃって、最前線集団に乗り遅れて…」
FNC判定の仲間を抱えたまま、攻略に乗り出すのはかなり危険だ。仲間をカバーしながら戦うのは、とても難しい事だと良く分かる。
「僕が投剣スキルを諦めるってなった時の雰囲気は、正直最悪でした。誰も口には出しませんが、こいつを抱えている所為で出遅れたって、みんな思ってた筈です……そんな時です、《あいつら》が声を掛けてきたのは」
「…あいつら?」
彼が口にした《あいつら》という言葉に4人は注目した。その言葉で、恐らく1人ではないと予想できる。
「はい。それまではずっとNPCだと思っていたんですが、その人達が近付いてこう言ってきたんです。『そいつが戦闘スキル持ちの鍛冶屋になるなら、スゲークールな稼ぎ方あるぜ!』って」
「「「「っ!?」」」」
4人は顔を見合わせた。まさか、ブレイブスではない、他のプレイヤーが考え出したアイデアだとは、思いもしなかった。ライトはその男について、ネズハに再び問いかける。
「そいつらの名前と人数は?」
「2人組の男でしたが、名前は分かりませんでした。武器すり替えのやり方を説明しただけで、そのまま出て行っちゃいました。以来、1度も会ってなくて。でも、何だか喋り方が妙な人達で、格好も黒エナメルのフードケープをすっぽり被ってて!」
「つまり、そいつらの顔も分からないんだな?」
「…はい」
ネズハは首を縦に振った。プレイヤーネイムが表示されていないとなれば、見つける方法は顔か格好で判断するしかないが、フードケープを着たプレイヤーは探せば山ほど居る上に、判別する為の顔も分からなければ、手の打ちようがない。
「そのポンチョ男達だけど…」
「はい!」
「そいつら、マージン……強化詐欺で得た利益の分け前を、どう指定してきたんだ?」
詐欺の手口を教えた報酬として、コルやアイテムを要求しても不思議はないと思ったキリトは、その事について触れる。だが、ネズハの回答はライト達をまたも困惑させた。
「い、いえ…そういった事は何も」
「何も?……どういう意味だ?」
理解が及ばず、ライトがすかさずネズハに聞き返す。
「…ですから、そう言った分け前の話は何も。ただ、すり替えの手口を教えただけで、出て行きました」
『一体どういう事だ?』
詐欺の手口を教えただけで、何の利益も望まないのはおかしすぎる。この手口は今まで、誰も見破る事が出来なかった。アスナ達がアルゴに、ネズハの名前の由来を調べてくれなければ、見破る事は出来なかったのだから。
「つまり、その人達はブレイブスの話にいきなり入り込んで、詐欺の手口だけを教えて、出て行っちゃったって事?」
ユウキがそう確認するとは、ネズハは頭を振って否定した。
「…せ、正確にはもう少し話しました。やっぱり詐欺なので、オルランド達は否定的でした。『そんなの犯罪じゃないかって!』って。そしたら、そいつらが急に明るく笑い出したんです。1人は映画みたいな綺麗な笑い方で…もう1人は、楽しくなるみたいな感じで」
「綺麗で…楽しくなる?」
そいつらの笑い方が一体どうしたのかと訝しんだキリトは、続きをネズハに求める。
「はい。なんていうか、それを聞いてるだけで、色んな事が深刻じゃない気がしてきて。気が付いたら、オーさんもベオさんも僕も、他のみんなも笑ってて……そしたら、あいつらの1人がこう言ってきたんです。ええと…『ここはネトゲの中だぜ。やっちゃいけない事は、システム的に出来ないように決まってるだろ? って事はさ、やれる事は何でもやっていい。そう思わないか?』って」
「そ、そんなの詭弁だわ!!」
ポンチョ男が言ったであろう言葉を強く否定して、アスナは椅子から勢い良く立ち上がり、鋭い声を上げる。
「それなら、他人が戦ってるモンスターを横から攻撃したり、トレインしちゃったモンスターを押しつけたり、そういうマナー違反をやりたい放題。いえ、もっと言えば、圏外じゃ犯罪防止コードは働かないんだから、極論他の「アスナ!」…っ!!」
立ち上がったアスナの言葉をユウキが遮った。彼女も自分が言おうとした言葉に気付き、白い肌が青白くなっていた。
「それ以上、言っちゃ駄目だよ!」
「……ごめん、ユウキ」
ユウキを見れば、アスナと同じように青白くなっており、少しだけ震えているようにも見える。アスナはユウキに謝ると、ソッと彼女の肩に手を置いた。
「……それだけか?」
「…はい?」
「ポンチョ男達が言ったのはそれだけか?」
そんな中、ライトが小さく訊ねた。恐らく、その男達の事がかなり気になっているのだろう。キリトも同様に、目線でネズハに続きを促す。
「あっ…は、はい。僕らが頷くと、グットラックって言って立ち去りました。それから、2度と会っていません!」
記憶を探るように語るネズハは、更に続ける。
「今思い出しても不思議なんですが、そいつらが居なくなった後、ギルドの雰囲気が変わってて。みんな、やれるんならやっちゃおうか、っていう感じになってて……お恥ずかしいですが、僕も役立たずよりはそっちの方がマシだと思えて……でも…」
そこで、彼の表情が後悔を隠しきれない悲痛なものへ変わり、血が滲み出そうな程に拳を握り締めた。
「初めて詐欺を実行した日、エンド品とすり替えられたお客さんの顔を見て気付きました。こんな事、システム的に出来ても絶対やっちゃいけないって! すぐにでも本物をお返しすれば良かったのに、僕にはその勇気がなかった。せめてこの1回で終わりにしようと思って、ギルドの溜まり場に戻ったんですけど……みんなが、僕が騙し取った剣を見て…凄く…凄く喜んで…凄く褒めてくれて……だから…だから、僕は…」
そこで耐えられなくなったネズハは、額をテーブルにガン!と打ち付けた。それを2、3度繰り返すが、圏内では《コード》に保護されている為、ネズハのHPは決して減らない。
項垂れる鍛冶屋に、誰も声を掛けられなかった。彼自身どうして良いか分からず、何の解決方法も見出せないまま、暗いトンネルを彷徨い続けていたのかもしれない。
無論、償いの方法が無い訳ではない。この事件を大々的に広め、騙し取ったプレイヤー達に謝罪する事だが、それで許すとは思えない。他に思いつくのは、再び戦闘職になって賠償金を支払う事だが、FNCでは論外だ。
「(っ…そういえば)」
すると、ライトが何か思い出したようにウインドウを開くと、アイテムストレージ欄をタップし、数ある中から1つを探し当てると、ネズハに近付いて声を掛ける。
「ネズハ、君のレベルは今10だな?」
「えっ…は、はい」
質問の意図が分からず、ネズハは困惑する。同じような反応を示す少女達の隣で、キリトが見当が付いた表情で、ライトに話しかける。
「ライト、それを渡すのか?」
「オレが思うに、現状でこれを使いこなせるのは彼だけだ。ネズハ、確か熟練度が50を超えた所で《投剣》スキルを諦めたって言ったな?」
「は、はい…で、でも!」
そこまで話すと、ネズハはライトに向かって声を荒げた。
「あんなもの、ストックを投げ切ってしまえば、何の意味もなくなる! それこそ、無制限でもない限り」
「無制限。確かにそんなチート武器はない。だが…」
ライトはそこで言葉を区切ると、ストレージからあるもの取り出した。それは、少々肉厚の円形の刃だった。
「《戻ってくる物》ならある……迷宮区で手に入れたレアアイテム《チャクラム》だ!」
出現させたレアアイテムの《チャクラム》が、テーブルにドシっと置かれる。ライトから視線を外したネズハが手を伸ばすが、直前でライトがそれを取り上げた。
「ただし、これを扱うにはある《エクストラスキル》が必要になる。ネズハ…いや、ナタク…スキルスロットに空きはあるか?」
「…あ、ありません」
「そうか…では伝説の勇者よ、質問を変える……鍛冶スキルを捨てる、覚悟はあるか?」
次回は第2層ボス戦でございます。
では、また次回!