SAO another story   作:シニアリー

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お待たせしました、第2層ボス戦が開始されます!

先に言っておくと、めちゃくちゃ長くなってしまいました。

書くのが大変です。笑


第2層フロアボス

 

広間に集まる40人以上のプレイヤー全員が、気を引き締めた表情をしていた。そんな中、壁に背中を預ける長い茶髪の少年、ライトが俯きながら立っていた。彼の近くには、パーティーメンバーのキリト、ユウキ、アスナの姿も見える。

 

第1層フロアボスが攻略されてから僅か10日で、4人を含めた《前線攻略集団》は、迷宮区タワーを突破し、第2層ボス部屋に辿り着いた。参加する中には、ネズハの仲間の《レジェンド・ブレイブス》も見える。

 

レイドの内訳は、ディアベルの副官だったシミター使い、リンドが率いる青グループの《ドラゴンナイツ》が18人。そして、反βテスター主義を掲げる、キバオウ率いる緑グループの《アインクラッド解放隊》も18人。

 

巨漢の両手斧使いのエギルと、彼の友人らしきプレイヤーが1人に《レジェンド・ブレイブス》5人。最後に、攻略集団でたった2人だけの女性プレイヤー、アスナとユウキに加えて、《ビーター》の異名を持つキリト、ライトの計47人だった。

 

それぞれのパーティーが、装備の点検やポーションの分配に忙しくする中、ライトは腕を組み俯いていた。すると、ユウキが彼に声を掛けた。

 

「ライト…ライト!」

「っ…何だ?」

「…もしかして、ネズハが言ってた、2人組のポンチョ男達の事が気になるの?」

「っ…まぁな」

 

ブレイブス達に詐欺の手口を教えただけで、何の見返りも要求せずに立ち去った、雨合羽を着たプレイヤー達の目的を、ライトはずっと考えていた。その答えは全く分からないが、不審に思えて仕方ないのだ。一体何の目的で、彼らにそれを教えたのかと。

 

「確かに気にはなるが、今はボス戦に集中しよう!」

「…あぁ、分かってる!」

 

キリト自身も、その男達を怪しんでいた。誰も思いつかなかったすり替えトリックもそうだが、何の見返りも要求しなかった事が、1番の違和感だった。

 

しかし、今はそれを考えても仕方ない為、これから始まるボス戦に意識を向けようと、ライトに伝えた。彼もそれは分かっており、小さく頷いた。

 

「…それにしても彼、間に合わなかったみたいね?」

 

アスナが言う彼とは、ネズハの事だ。3日前、ライトは投剣スキルを取得しているネズハにしか使えない武器《チャクラム》を渡した。その後、彼は新たに付け加えた、その武器を扱う条件をクリアしてもらう為に、ある地図を渡した。

 

それには、2層の外周部の岩山に隠れ住むNPCの居所と、隠し通路が記されていた。それは、キリトとライトがアルゴに教えて貰った《エクストラスキル》の《体術》を習得できるクエストの場所だ。ライトがネズハに渡したチャクラムは、投剣スキルだけでなく、体術スキルも必要だったのだ。

 

その為、彼はネズハに『鍛冶スキルを捨てる覚悟はあるか?』と問うたのだ。苦労して上げたスキルを棒に振るのは、躊躇われる筈だが、ネズハは小さく俯いただけでOKした。

 

「3層のボス戦には参加してくれるさ。あれは使いこなせれば、結構強いから、どこかのギルドには入れると思う。勿論、ブレイブス以外の、って事になるだろうけど」

「…そうね」

 

キリトの言葉にアスナは同意し、ユウキも頷く。そんな中、ライトは少し離れたブレイブスのメンバーを観察していた。全身に装備する鎧からは、輝かしい光沢を放っている。

 

リーダーのオルランドは、腰に《アニール・ブレード》を装備していた。メンバーを見れば、フィールドボス戦に参加していた小柄な両手剣使いのベオウルフ、痩せた長槍使いのクフーリン。更に、その時には居合わせなかった、盾持ちハンマー使いのギルガメッシュ、革装備のダガー使いのエンキドゥの2人が加わっていた。

 

目をやると、彼らの表情は不安と不機嫌の2つが混ざっているようだった。その理由が、突然姿を消したネズハだという事を、ライトはすぐに察する。すると、4人に声を掛ける人物が現れた。

 

「よう。久しぶりだな、4人とも?」

 

そちらを向くと、つやつやスキンヘッドの巨漢の斧戦士、エギルが立っていた。厳つい顔をニヤリと綻ばせると、彼は続け様に話し始めた。

 

「聞けば、パーティーを組んだらしいな。まずは、おめでとうと言っておく」

「パーティーと言っても、暫定ですけどね。こんにちは、エギルさん!」

「…アハハハ……お久しぶり、エギルさん!」

 

アスナの言い分に苦笑いするユウキだが、2人とも笑顔でエギルに挨拶をする。すると、彼はキリトとライトを見て、片眉を軽く持ち上げた。しかし、ライトは彼の反応に何も言わず、第1層での感謝を伝えていなかった事を思い出した。

 

「まだちゃんと言ってなかったな。第1層の時はありがとう、お陰で助かった」

「そりゃこっちのセリフだぜ。あんた達が支えてくれたから、ボスを倒せたんだ。もっと誇ってくれ!」

 

エギルはニヤッと笑って伝えた。その言葉に、2人は自然と笑みが溢れる。すると、今度はエギルから驚きの提案をしてきた。

 

「それで、どうだ? こっちは2人なんだが、お前さん達も入ってくれねぇか?」

「「っ!?」」

 

あっさりと提案した彼に、少年達は思わず驚いた。そして、彼らが本来なら4人組のパーティーなのに、今回は2人だけで来た理由も推測できた。

 

「まさか、オレ達をパーティーに入れる為に、残りの2人を参加させなかったのか?」

「まあ、そんなところさ!」

 

エギルのその言葉に、ライトは目付きを鋭くさせて答える。

 

「第1層でオレがビーター宣言をした事をもう忘れたのか?」

「正確には、俺達が…だけどな?」

 

付け加える形で、キリトもそう返す。嫌われ者の役目を買って出た以上、自分は他人と関わるべきではない。なのに何故、目の前に立つこのスキンヘッド戦士や、美しい少女達2人は関わるのかと、そんな疑問がライトの胸中で渦巻いていた。

 

彼の言葉を耳にしたエギルは、困ったように肩をすくめて両腕を広げた。そして、それはアスナとユウキも同じだった。

 

「あんたらの事をそんな風に呼んで非難してる奴らは極一部さ。事実、俺達の間じゃあ、あんたらを違うニックネームで呼んでるからな」

「へぇ〜…ねぇ、どんな風に呼んでるの?」

 

違う呼び名が気になったのか、ユウキが興味深々と言った様子でそう訊ねた。すると、巨漢の斧戦士はニッと笑いながら言った。

 

「《ブラッキー》《ネイビー》」

「「…ぷっ!!」」

 

その呼び名を聞いた瞬間、アスナとユウキが小さく噴き出し、必死に笑いを堪えるようとする。一方、そう呼ばれている2人は、それぞれ違った反応を示した。

 

「何がNavyだ、オレは海軍じゃないぞ?」

 

流暢に英語でNavyと発音するライトは、エギルに向けて文句を言い始める。キリトも自身のニックネームに、不機嫌とまでは言わないが、どう捉えれば良いのか分からず、微妙な反応をしていた。

 

「良いじゃん、ライト! 海軍って紺色の制服を着てるから、ネイビーになったんだよ? 今のライトにピッタリだと思うけど?」

「この格好のどこが制服だ?」

「ほぼ全身紺色だし、何となく制服っぽいじゃん?」

「…バカにしてるみたいにしか聞こえないぞ?」

「えぇ〜〜、そんな事ないのにな〜〜」

 

口では否定しているが、その顔はまるで小悪魔のように笑っている。この美少女はどうやら、人を揶揄うのが好きなのかもしれないと、ライトは内心で思ったが、不思議と不快に感じる事はなかった。

 

「じゃあ、遠慮なく入れてもらおっか?」

「えぇ。私とユウキ、ブラッキーさんとネイビーさんも!」

「…って、おい! まさかずっとその呼び名じゃないだろうな?」

 

エギル達が勝手に付けたニックネームは、勘弁してほしいと思ったキリトは、アスナに慌てて問いただす。

 

「あら、ブラッキーって、お芝居の黒子の意味でしょ? 表に出たがらない君にピッタリじゃない?」

「…え……そうなのか? でも、それとこれとは…」

「まぁ、どうしても《キリト君》って呼んで欲しいならそうするけど?」

「いや、だからそれとこれとは…」

 

そんなやり取りを見ていたエギルが高々に笑い出し、キリトとアスナ、ライトとユウキを順に見た。

 

「ハッハッハッハッ!! それだけ息が合ってるなら、スイッチのタイミングは任せて良いな? お前さん達4人は、アタッカーを頼むぜ?」

 

そう言うと、彼はパーティー申請を送ってきた為、代表してキリトがYesのボタンを押した。すると、視界左端に2人分のHPゲージが追加され、エギルが両方の手で握手を求めてきた。まず、アスナとユウキが交わし、その後に少年達が手を握った。エギルの仲間を確認すると、サムズアップしてくるので軽く会釈する。

 

ボス戦開始まで15分前となった時、安置の前方が静かになった為、何事かと目を向けると、大扉に歩み寄る2人の姿が見えた。銀の金属鎧に青いマントを翻すシミター使いのリンド、緑色のジャケットに黒ずんだアーマーを装備するキバオウだった。すると、大扉に近付いたリンドが右手を上げ、大きな声を出した。

 

「それじゃ、時間になったからレイド編成を始めたいと思う。一応、自己紹介をしておくと、俺は今回のリーダーに選ばれたリンドだ。よろしく!」

 

今回の指揮官は、青隊のリンドのようだ。てっきり、誰がリーダーになるか揉めると思っていたが、案外すんなり決まったようだ。すると、隣に立つ緑隊のリーダー、キバオウが口を挟んだ。

 

「選ばれたゆうてもコイントスやけどな」

 

その言葉でライトは納得した。彼は譲ったのではなく、コイントスで選ばれなかったのだと。すると、プレイヤー達の半数が笑い、半数は目付きを鋭くさせた。後者は、《ドラゴンナイツ》のメンバーだと分かる。リンドはじろっと横目でキバオウを睨むが、安い挑発には乗らず、咳払いして続ける。

 

「こうして2層開通から、たった10日でボス部屋に辿り着けたのも、トッププレイヤーである君達のお陰だ。その力を俺に預けてくれれば、絶対にボスを倒せる! 今日中に3層へ行こう!!」

「「「「「おおおぉぉぉぉぉ!!!」」」」」

 

リンドが右拳を突き上げて宣言した瞬間、青隊のメンバーが同時に拳を上げ、一斉に叫んだ。全員の士気はかなり高く、相当な気合いが入っている。

 

「よし。じゃあ、レイドを組もう。8パーティーのうち、A・B・C隊が俺達の《ドラゴンナイツ》で、D・E・F隊がキバオウさんの《解放隊》、G隊が、今回から参加してくれるオルランドさんの《ブレイブス》。そして、H隊が…」

 

そこで、言葉が止まった。彼の視線には、黒と緋色の瞳を持つ少年達が映っていた。両者の視線が交差するも、すぐに逸らして続ける。

 

「…残りの人達だ。役割分担は、AからFの6パーティーがボス攻撃、GとHには取り巻きを…」

 

ボスはどうせ、彼らに独占されると予想していたキリトは、静かに息を吐いたが、少し離れた場所から声が上がった。

 

「ちょっと待ってくれないか?」

 

視線を巡らせると、キリト達とは反対側の壁に立つブレイブスのリーダー、オルランドが1人、パーティーから突き出て立っていた。

 

「我々はボスと戦う為にここに居る。ローテーションなら兎も角、最後まで取り巻き相手をしてろというのは納得できない!」

 

その言葉を仕切りに、周囲のプレイヤー達がざわめき、囁き声が漏れる。

 

「……このボス戦で一気に躍り出るつもり、か」(小声)

「…みたいだな」(小声)

 

誰にも聞かれない声量で呟いたライトの言葉に、唯一聞こえたキリトが同意した。恐らく、彼らはこのボス戦で手に入る膨大な経験値で、自分達のレベルを上げようと考えているのだろう。

 

ボスが与えるスキル熟練度や経験値は、他のモンスターと比べても莫大だ。攻撃を与えたダメージ量、または攻撃を防いだダメージ量によって比例していく。鍛冶屋ネズハの収入源が途絶えた今、この気を狙わない手はないと判断したのだ。

 

「…分かった。なら、オルランドさん達のG隊もボス戦に加わってもらおう」

 

リンドが了承するも、納得していないプレイヤー達がちらほら見られる。初めてボス戦に参加する新人達が、偉そうな態度を取った事に不満があるようだが、真正面から反論するプレイヤーは誰も居なかった。それは、彼らが装備するレア防具が要因だった。

 

不満げな様子のプレイヤー達だが、その気持ちを無理やり押し込んでいる。すると、ブレイブスから視線を外したリンドが、今度はライト達に顔を向けた。

 

「事前情報では、ボスの取り巻きは1匹だけで、最湧出はしない。H隊だけに任せても問題ないか?」

「「「っ!!?」」」

 

途端、キリトだけでなく、アスナとユウキも目を見開き、ライトは僅かに顔を顰めて、鋭い緋色の眼光をリンドに向けた。彼の一言は第1層で得た教訓を、まるで理解していないと思わせるに十分な言葉だった。

 

それは飽くまで、βの情報で正式版ではない。変更されている可能性も勿論ある。事実、1層のボス《イルファング・ザ・コボルドロード》は、β時代のタルワールではなく、刀を使用してきた。その僅かな違いだけで、騎士ディアベルは命を落としてしまった。

 

4人が何かを言おうとした時、H隊リーダーのエギルが左手で制すと、落ち着いた口調で話し出す。

 

「1匹というが、雑魚ではなく中ボスクラスとも事前情報には書いてあった。その上、今回も1匹だけとは限らない。ワンパーティーだけでは荷が重いな。」

 

それを聞いても、リンドは特に表情を変えずに頷くと、エギルに向けて答える。

 

「勿論、第1層の過ちを繰り返すつもりはない。初回の挑戦で、事前情報と違うパターンが出た場合は一時退却、作戦を練り直す。取り巻きの対処が厳しいなら、もう1パーティー送る。それでどうだ?」

「…了解した」

 

それだけ言うと、エギルは引き下がった。それを確認すると、ボスの攻撃パターンの説明と、各隊ごとの動きの最終確認が行われた。予定時刻まで残り2分となった。少し早かろうが遅かろうが問題ない為、リンドはサッと右腕を上げて宣言した。

 

「それじゃ、少し早いけど「ちょお待ってんか!」…何かな、キバオウさん?」

 

ボスが待つ扉を開こうとした時、リンドの後方で待機していた緑グループ《アインクラッド解放隊》のリーダー、キバオウが口を挟んだ。リンドは少々不機嫌な様子でキバオウに向き直り、どうしたかと問う。

 

「さっきからリンドはんは、例の《攻略本》に頼りっきりや。言うたら悪いけど、あれはボス部屋に入った事のない情報屋が書いたもんやろ? それで十分なんか?」

「…十分とまではいかないが、無い物ねだりしても仕方ない。それとも、キバオウさんが1人で偵察して来てくれると?」

 

その一言に解放隊のメンバーが唸るが、当人は気にした様子もなく、平然と口を開いた。

 

「つまりや、ワイが言いたいんは、少なくともこの場に2人、ボスをその目で見た奴らがおるっちゅうんや。そいつらに話聞かん手はないで!」

「「っ!?」」

 

彼の放った一言に、ライトとキリトが少なからず動揺する。そして、キバオウに指を差され、周囲のプレイヤー達が一斉に振り向く。

 

「どうや、ビーターはんら? ボス攻略にあたって、一言喋ってくれへんか?」

「(何を企んでる?)」

「(どういうつもりだ?)」

 

後方に立つアスナとユウキも、軽く首を傾げていた。キバオウは反βテスター主義を掲げる《アインクラッド解放隊》のリーダーだ。そんな彼が、βテスターのキリトと、そのフリをしている自分を頼る事に、ライトは不審に思った。

 

すると、隣から視線を感じて目を動かすと、キリトが目配せしていた。お互いの目線が交差すると、2人は極小さく頷いて話し始めた。

 

「…最初に言っとくけど、俺達だってβ版の情報しか持ってない訳で、それが通用するかは分からない。でも少なくとも、迷宮区に湧く雑魚トーラスの攻撃パターンはβと同じだった。この層のボスも、それと同じスキルを使ってくると思う。基本は《モーションを見たら回避》だけど、大事なのは1発目を喰らった時の対処だ。もし1発目を喰らった後、もう1発食らうとスタンが《麻痺》に変わる……βでそれを喰らった奴らは…」

 

その先は言えなかった。キリトが言おうとしなくとも、そのプレイヤー達がどうなったのか、想像するのは容易い事だった。

 

「そういう事だ。兎に角全員、敵の攻撃の軌道をよく見て、絶対に視線を逸らすな! ナミングの範囲外に出てしまえば、スタンを喰らう事は絶対にない。例え武器をファンブルしたとしても、2発目が来ると判断したら、すぐに退避するんだ!……タンク隊も壁の役割とは言え、麻痺だけは…必ず避けてくれ」

 

キリトの説明を纏め上げる形で、ライトが全員にそう語りかけた。彼の最後の言葉は、心から懇願するような声色だった。

 

それが伝わったのか、他のプレイヤー達は真剣な様子で、ライトの言葉に小さく頷いた。それを聞いたリンドは、意外そうに2人を一瞥したが、気を取り直して全員に呼びかける。

 

「いいな、みんな。2発目は絶対に回避だ!……それじゃ、行こう!」

 

振り返ったリンドは巨大な扉に相対すると、腰に装備しているシミターを右手で抜き放ち、高々と掲げる。

 

「第2層ボスを、倒すぞ!」

「「「「「「おおおおおおぉぉぉぉ!!!!」」」」」」

 

大勢の雄叫びが迷宮区を震わせる中、リンドは左手を部屋の扉に押し当て、ゆっくりと開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第2層の迷宮区に湧き出るトーラス族は、広範囲攻撃《ナミング》を使用する。効果は喰らったプレイヤーを、一時行動不能《スタン》状態にさせる。そして、2度も喰らえば、キリトが言ったように《麻痺》に変わり、スタンよりも長く動けなくなる。ボスの取り巻きも、その効果は同じだった。

 

「来るぞ、回避!」

 

キリトの合図で、メンバー全員がバックステップで後方に下がったと同時に、取り巻きの牛男《ナト・ザ・カーネルトーラス》が、巨大なハンマーを地面に叩きつけた。直後、ハンマーから発生されたスパークが放射状に広がった。地面を伝って迫り来る雷は、ライトが立つ場所で消滅した。周りを見れば、アスナ達は更に距離を取っているので心配ない。

 

「全員総攻撃!!」

 

キリトの指示により、ナト大佐を取り囲む6人が、それぞれ最大威力を誇るソードスキルでダメージを与える。エギルと仲間の両手斧、アスナの細剣、ユウキ、キリト、ライトの片手剣のソードスキルが直撃する。それにより、3段あるHPバーの1つが空になった。

 

「行けそうだね?」

「…いや、まだ分からない。1層のボスみたいに、攻撃パターンが変更されてるかもしれない!」

 

ユウキの問いかけに、ライトは警戒しながら答えた。勿論、何らかの変更が施されている可能性が高いだろう。彼女もそれは分かっており、しっかりと頷く。

 

「1層での戦闘を考慮すると、未知のソードスキルを仕掛けてくる可能性が高い、その場合は一旦引く!」

「あぁ!」

「「うん!」」

「「おう!!」」

 

基本的にこのパーティーで指示を下すのは、キリトとライトだ。圧倒的な戦闘スキルに、ずば抜けた判断力を持ち合わせているからこそ、この2人が適任なのだ。ナト大佐が行動延長から回復したと同時に、6人もスキル硬直から解放された。

 

次は範囲攻撃だと見て取ったエギル達が、その軌道上でガードの姿勢を取る。少年少女達は少し後方に下がり、カウンター攻撃の準備をする。そして、エギル達が防いだタイミングで動き出し、入れ替わりにソードスキルを叩き込む。

 

ボス戦が始まってから4〜5分が経ったが、取り巻き担当のH隊は問題なかった。POTのタイミングも1人は抜けるが、頻繁ではないので順調にナト大佐のHPゲージを削っていく。しかし、別の問題があった。

 

「か、回避!回避ーー!!」

 

ボス戦の指揮を務める《ドラゴンナイツ》リーダー、リンドが叫んだ方に目をやると、数十人の影を遥かに上回る、巨大なボスの姿が目に入った。フロアボスの《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》が、両手に持ったハンマーを大きく振り上げた。

 

「ヴオオオルヴァアァァルァアアアアア!!!!」

 

黄金のハンマーは黄色いスパークを帯び、それがボス部屋の地面に叩きつけられた。その衝撃は取り巻きのナト大佐とは、比べ物にならない威力を誇っている。更に、そこから広がるスパークの効果範囲も段違いだ。

 

バラン将軍が使うユニークスキル《ナミング・デトネーション》が、後方に避難しようとする攻略集団のうち、2人を捕らえた。効果範囲外に逃げ遅れた2人は、稲妻に包まれて体が動かなくなる。

 

一時行動不能《スタン》に陥ったが、それは3秒が経てば解ける。だが、ボス相手にその時間はとても長い。スタンが起こったうちの1人が、片手ショートスピアを落としてしまった。硬直が解けた彼は、しゃがんで拾おうとした。

 

「っ! だっ…」

 

取り巻き相手をしていたキリトの視界に、その光景が映り込んだ。『駄目だ!』と叫ぼうとして、戦況を混乱させる訳にいかないと口を噤んだが、それでも叫ぶべきだった。

 

バラン将軍が、またも高々とハンマーを持ち上げ、2度目の《ナミング・デトネーション》を放った。片手ショートスピアを拾おうとしたプレイヤーは逃げられず、再び喰らってしまった。直後、彼は地面に倒れた。その体を包むエフェクトは緑色、スタン以上に深刻な《麻痺》だった。

 

「(ライトの言葉を聞いてなかったのか!?)」

 

キリトは内心で、そう叫びたかった。ボス戦が始まる前に、ライトは確かに忠告した筈だ。武器を落としても、2度目は必ず避けろと。将軍が麻痺したプレイヤーを踏みつけようとするが、彼の仲間が何とか助け出し、壁際まで運んだ。

 

「…不味いな」

「「「っ!」」」

 

ライトの囁き声が3人の耳に届いた。彼の目線を辿れば、既に7〜8人のプレイヤー達が、壁に背中を預け座り込んでいた。更に、その誰もが麻痺したプレイヤー達だった。全員、ポーションを片手に回復するのを待っている。

 

「本体はジリ貧くさいな!」

 

エギルが近付いてそう言うと、少年達は沈痛な面持ちで頷いた。

 

「…でもみんな、大体はタイミングを掴めてきてる。今の所、βとの変更点もないしな!」

「でも、キリト君。あれ以上麻痺した人が出れば、撤退が難しくなるんじゃない?」

「っ!」

 

アスナの指摘に、キリトは顔を顰める。現時点では、ボス部屋の扉を開いて中に入っても、閉じ込められる心配はない。だが、撤退するにしても背を向けて逃げれば、野生動物に出会した時と同様に追ってくる筈だ。そして、対処できずに全滅する恐れもある。しかし、他にも撤退が難しくなる要因がある。

 

「…それに、麻痺したプレイヤーを運んで撤退するにしても、《ドラゴンナイツ》《解放隊》共にバランス型やスピード型の方が多いな」

「1人で2人のプレイヤーを運ぶなんて、誰も出来ないよね?」

 

ライトとユウキの言葉通り、2つのパーティーの中に筋力値が高いプレイヤーは少なかった。筋力値が足りなければ、人を運ぶ事は愚か、持ち上げる事すら出来ない。バランス型なら1人は運べるかもしれないが、スピード型はそれすら難しい。

 

「ここは撤退した方が良いかもな、ナミングの対処の仕方を徹底させる必要がある!」

「同感だ!」

 

ここまま戦闘を続けるのは危険だと判断したキリトに、ライトが即座に肯定した。見れば、アスナとユウキも納得した顔をしていた。だが、指揮権のない者が指示を出しても、バラン将軍を引き受けている攻略集団を混乱させるだけだ。

 

「キリト、お前はリンドに撤退の提案をしてこい。ここはオレ達が引き受ける!」

 

キリトの隣に立つライトが、ナト大佐に警戒しながら言った。

 

「だ、大丈夫か!?」

「おう、任せろ! あんたが抜けたとしても、No problemさ!」

 

更に、横で話を聞いていたエギルも『行け!』と言った。他の3人を見ると、大丈夫だと頷いた。

 

「…分かった、頼む!」

 

キリトはそう答えて、本体の方に走り出した。

 

それを確認して、ライトは視線をナト大佐に戻した。両手に持つハンマーを再び振りかぶり、地面に叩きつける。全方位に伝わる雷をバックステップで回避し、硬直が解ける前にソードスキルを仕掛ける。通常攻撃はSTRの高いエギル達が弾き、その隙に3人が迎撃に出る。

 

POTローテのタイミングも、エギルか彼の仲間が抜けた場合は、ライトがその補助として攻撃を往なし、ソードスキルで体勢を崩してから、ユウキとアスナが仕掛ける。それにより、危なげなくナト大佐のHPがどんどん減少していく。

 

そんな中、ライトはこのボス戦が始まってから、ずっと疑問に思う事があった。それは、リンドとキバオウが担当するフロアボスの名前だった。

 

 

《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》

 

 

第1層のボス《イルファング・ザ・コボルドロード》のロードは、王という意味がある。しかし、この第2層のボスはランクが下の将軍だ。名前に大して意味は無いと言われたらそれまでだが、ライトの頭から嫌な予感が離れない。第1層のボス戦で感じた《違和感》と同等か、それ以上のものを。

 

「(考えすぎ…だな)」

 

しかし、ライトはその嫌な予感を頭の片隅に追いやり、ナト大佐に注意を戻す。すると、遠くから近付く足音が耳に届いた。目をやると、本体へと向かったキリトが帰ってきた。

 

「どうなったの?」

 

いち早く気付いたユウキが、そう訊いてきた。

 

「後1人麻痺したら引く、それがリーダーの判断だ!」

「そう…」

 

キリトの手短な説明にユウキは頷いたが、アスナが浮かない顔をして、主戦場を見詰めた。

 

「麻痺者も多いが、今のペースなら押し切れると思ったからだろう!」

 

それに気付いたキリトが、リンドとキバオウが下した決断の理由を伝えた事で、アスナは彼に顔を向けて頷いた。

 

「了解。なら、早くこの青いのを片付けて、本体と合流しましょう!」

「OK!」

「当たり前だ!」

「そうだね!」

 

彼女の言葉に頷いた一同は、エギル達によって大技を防がれたナト大佐に突進し、まずキリトとライトが脇腹、続いてアスナとユウキが胸部にソードスキルを叩き込んだ。

 

その攻撃を受けた大佐のHPバーの2段目が空になり、3段目のバーも削られた。大佐は荒々しく吼えると、角が生えた頭を屈め、グウッとタメを作る、見た事もない攻撃モーションに入った。

 

「突進来るぞ!頭じゃなく、尻尾を見ろ!その対角線に来る!!」

 

しかし、その攻撃を知っているキリトの指示により、エギルは自身へ迫る突進攻撃を躱すと、その尻に目掛けて両手斧ソードスキル《ワールウインド》をヒットさせる。

 

エギルがスイッチし、追い討ちを掛けるようにライトとユウキがソードスキルで攻撃すると、ナト大佐が黄色い光を点灯させて、フラフラし始めた。スタン状態に入ったと気付き、キリトが全員に呼びかける。

 

「チャンス、全員フルアタック!!」

「おっしゃあぁ!!」

 

6人が一気にボスを囲み、色取り取りのソードスキルを発動させて、HPを減らしていく。遂にイエローにまで達した牛男は、全身の色を紫色に変えると暴走状態に突入した。しかし、この展開もβと同じなので、落ち着いて対処すれば問題はない。

 

その時、ボス部屋の反対側から大きな叫び声が聞こえた。目線を向ければ、ボスであるバラン将軍のHPが黄色に達したようだ。

 

「良かった、今度はβから変更点はなかったみたいね?」

「あぁ。1層の時みたいに、武装が変更されてる可能性があると思ったが、あれはβの時と同じだ!」

「……っ!?」

 

キリトがそう言い終えた途端、ライトは大きな身震いを起こした。何かが変わった感覚を覚えた直後、頭の片隅に追いやった違和感が怖気となり、一気に全身を駆け巡った。

 

そして、それに気付いたユウキが、心配するように声を掛けた。

 

「ライト、どうしたの?」

「……なぁ、1層のボス、コボルドロードの《Lord》って、王って意味もあるよな?」

 

唐突に、口を開いたライトに、全員の注目が集まる。見れば、彼の表情は明らかに焦燥しているようだった。だが、ライトが口にした疑問が、一体何を意味するのか掴めない。その時、またしても大きな音が、ボス部屋に轟いた。

 

「それが、この層のボスは《General》…将軍だ。何故位が下がってるのか…その謎がやっと解けたよ」

 

彼がそう言い終えた時、漸く全員が彼の言葉の意味を、理解する事が出来た。

 

 

彼はボス部屋の中央を見ていた。そこから、円形の柱が三重に地面から突き出し、階段のような段差を作り出していた。そして、真ん中のステージの背景が大きく歪み始めた。

 

その空間の揺らぎは拡大していき、1つの大きな影を生み出した。大樹の幹のような長い2本の足、腰周りに黒光りするチェーンメイル、頭部に生える6本の角と王冠。黒一色のトーラスは、この層で聞いた中でも、最大の雄叫びを上げた。

 

 

 

「ブウゥルモォォオオオオオオ!!!!」

 

 

 

その雄叫びがボス部屋を震わせた直後、新たなボスに6段のHPバーと、その下に固有名が表示された。

 

 

《アステリオス・ザ・トーラスキング》

 

 

新たに出現したボスを前に、攻略集団は完全に混乱状態に陥った。βでのボスはバラン将軍だったが、それもナト大佐と同じ取り巻きだったのだ。

 

トーラスキングは長い足を動かすと、ステージから降りて歩き始めた。行き先は将軍を相手取る本体だと、進行方向で分かる。もし奴を放っておけば、間違いなく本体は壊滅する。そうなれば、このデスゲームをクリアする望みも絶望的だ。そうならない為に、自分達が今すべき事は1つ。

 

「キリト!」

「分かってる! 全員総攻撃だあぁ!!」

 

いち早くこの状況を理解したライトが、大声でキリトに呼びかける。その合図で、少年2人を先頭にアスナ、ユウキ、エギル達が一気に大佐に突っ込む。

 

振りかぶったハンマーが迫る瞬間、前に出たライトが足を踏み込み、威力を上げた片手直剣単発ソードスキル《ホリゾンタル》を発動させた。

 

「うおおおぉぉぉぉ!!」

 

ズガアァァアアン!!

 

本来なら筋力値を上げていて、盾やエギルが持つ斧を装備したプレイヤーが受け止めるが、今は一刻も早く取り巻きを倒す必要がある。

 

ライトは基本的にバランス型だが、どちらかと言えば、筋力値を上げている方だった。更に、彼のアニール・ブレードは《丈夫さ》に加えて《重さ》も兼ね備えている。そして、踏み出した勢いを利用すれば、大佐の攻撃も相殺できると踏んだ。そして、見事にそれは的中したが、相手が体勢を崩したと同時に、ライト自身もなり掛けたが、踏ん張る事で耐えた。

 

「ライト、肩を借りるぞ!」

「っ!?」

 

不意にその言葉が聞こえたと同時に、ライトの左肩に大きな衝撃が走った。後ろを走っていたキリトが、ライトの肩に飛び乗ったのだ。そのタイミングで彼は、自身の剣を肩に担いた。その時、鮮やかな黄緑色の光が発し、肩に乗る左足を全力で踏み出した。

 

「おおぉぉぉ!!」

 

1層のコボルド王戦で見せた、片手直剣上段突進ソードスキル《ソニック・リープ》が急所の額に命中し、大きく仰け反った。キリトが着地したと同時にユウキ、アスナ、エギル達が追撃のソードスキルを与える。HPがレッドゾーンに突入すると、少年達は再び床を蹴る。

 

大佐はナミングのモーションに入ったが、それより速く2人は突進系ソードスキル《レイジスパイク》を発動。一気に距離を詰めて叩き込み、残り数ドットまで追い詰めた。だが、2人はまだ下がらない。

 

キリトは左腕を後方に引き、ライトは右足にタメを作った。すると、2人の左腕、右足が光り出した。エクストラスキルの《体術》スキル《閃打》と《水月》が同時に腹部に命中した。

 

「はぁっ!」

「しっ!」

 

ナト大佐は動きを停止させると、その体を無数のポリゴンへ変えた。ラストアタックボーナスが2人の前に表示されるが、確認している時間はない。すぐに真のボスの姿を捉えるが、様子がおかしい。背中を仰け反らせ、胸に空気を溜め込んでいるように見える。それを見た瞬間、ライトの体に途轍もない悪寒が走った。

 

 

 

ビシャアアァァァン!!!

 

 

 

刹那、雷鳴が轟き、ボスの口から何かが放たれた。瞬く間にそれは、将軍の相手をしていたプレイヤー達を吹き飛ばした。その光景に、キリトは唖然と呟いた。

 

「…遠隔攻撃《ブレス》」

 

この世界には、投剣スキルを除いた遠隔攻撃は殆ど存在しない。しかし、全くという訳ではない。それが、先程トーラスキングが放った《ブレス》だ。

 

「キリト、ユウキ、アスナ、お前達は将軍を倒せ!エギル達は麻痺者を安全圏に運ぶんだ!パワータイプなら、1人で2人ぐらい担ぎ上げろ!奴はオレが引きつける!!」

「っ…む、無茶だ!!あいつには雷属性のブレスがあるんだぞ。喰らった即麻痺になって終わりだ!!」

「今…そんな事を言ってる場合じゃないだろ……このままじゃ、攻略部隊は全滅だ。奴はまたブレスを仕掛けてくる可能性が高い。なら、将軍を倒すまで時間を稼ぐしかないだろう!」

「…ぐっ」

 

その言い分に、キリトは悔しそうに歯軋りした。先程のブレスで、キバオウやリンドも含む攻略部隊はまともに動けない。そして、彼らを包むエフェクトは緑、即ち《麻痺》だった。

 

あのブレスの属性は雷。それは1度喰らっただけで、麻痺を引き起こすのだろう。つまり、1発でも喰らえば、待っているのは死だ。

 

キリトはこの状況に葛藤していた。βテスターの自分が行くべきだが、1人でボスを相手に出来るのかと。それ以前に、1ヶ月以上相棒として背中を任せてきたライト、自分達とパーティーを組んでいるアスナ、ユウキ。そして、エギル達を死地に送りたくないと思っていた。

 

「(どうする?……どうすれば…)」

 

そんな葛藤の中、新たな声がこの場に生まれた。

 

「ボクとライトがあいつを引きつける。アスナとキリトは将軍をお願い!」

「「なっ!?」」

 

黒紫色の髪に、赤いバンダナを巻いた少女、ユウキの言葉を受け、ライトとキリトは驚愕し、アスナも目を見開いた。

 

「ゆ、ユウキ!? そんな…」

「駄目だ、まずは将軍を」

「足止めをするにしても、1人じゃ何時まで持つか分からない! 2人なら、もっと時間を稼げる筈だよ!?」

 

バラン将軍の相手をしていたレイドが動けない以上、自分達が相手をするしかない。しかし、攻撃パターンが未知のボスが現れた以上、1人では対応できないかもしれない。だからこそ、2手に分かれた方が得策だと、ユウキは考えた。黒紫色の瞳には、着いていくという強い意思が感じられた。

 

「……分かった。頼む!」

「うん!」

「キリト、アスナ…将軍を倒してくれ!」

 

キリトは俯き、右手に持つ剣は震えていた。それは、彼がまだ決断できていない事を意味していた。だが、やがて顔を上げると、真剣な目付きで言った。

 

「絶対に死ぬな、2人とも。すぐに合流する!」

「ライト君、ユウキをお願い!」

「…あぁ」

 

短いやり取りを終え、キリトとアスナはバラン将軍に、エギル達は麻痺者を安全圏へ運ぶ為に動き出した。ライトとユウキも、トーラスキングへ走る。

 

「ブレスのモーションに入ったと思えば、急いで左右に回避するんだ!」

「オッケー!」

 

攻撃反応範囲内に入った2人に、奴が右の掌で攻撃を仕掛けた。2人はそれを左右に避けると、先手必勝とばかりに、ユウキが単発ソードスキルを叩き込んだ。

 

「やあぁぁ!!」

 

それにより、ボスのHPが多少削れたが、大したダメージにはならない。そして、硬直で動けない彼女に、ボスが左手で叩き潰そうとした。

 

「おおおぉぉぉ!!!」

 

しかし、すぐにライトが割って入り、単発ソードスキル《スラント》で相殺した。それによりボスの左腕が弾かれるが、ノックバックの衝撃でライトのHPも減少してしまった。

 

「くっ…ユウキ、大丈夫か?」

「うん!」

 

奴は再び、ライトとユウキを叩き潰す為に両手で攻撃してきた。2人はそれを避けながら、足を斬りつけたりする。

 

ソードスキルを使えば、大きくダメージを与えられるが、硬直の隙に叩き潰される危険がある為、2人は通常攻撃で、キリトとアスナが将軍を倒すまで時間を稼いでいた。

 

しかし、真のフロアボス故に、HPゲージのまだ1段目の数十ドットしか削れていない。手のリーチが長い分、攻撃範囲が広いので、無闇に攻め込めない。すると、ライトがある事に気付いた。

 

「ユウキ、恐らくこいつは、直接的な攻撃が届く範囲内では、ブレスは使ってこない。もう少し耐えるぞ!」

「任して!」

 

自分達が戦い始めてから、トーラスキングは1度もブレスをせず、直接攻撃だけだった。つまり、ある程度の距離を保てば、ブレスを放つ事はない。

 

冷静に相手を分析していたライトが、ユウキにそう伝える。将軍に目を向ければ、イエローゾーンだったHPがレッドゾーンに達し、暴走状態に入っていた。このまま耐え続ければ、回復したプレイヤー達が戦闘に戻ってくる筈だ。

 

ライトはそう考え、ボスの攻撃を回避していた。すると、ユウキが目にも止まらない速さでボスの攻撃を躱し、股を通り抜けて背後に回り込み、足を登ってソードスキルを喰らわせようとした。

 

 

ペチィィィン!!

 

 

「あはぁっ!!」

「っ!? ユウキ!!?」

 

しかし、何と奴は尻尾を使って、背後から襲おうとしたユウキの不意を突き、上に跳ね上げさせたのだ。そして、無防備な彼女を長い手で弾き飛ばした。

 

「ああぁっ!!?」

 

叩きつけられたユウキは地面にバウンドし、ボス部屋の中央辺りまで転がった。そして、彼女のHPが減少し、一時行動不能《スタン》状態になった。それでも、どうにか立ち上がろうとする彼女だが、現実は無情だった。

 

トーラスキングは直接攻撃の範囲内から出たと判断したのか、体を仰け反らせて目一杯空気を吸い込み、ユウキに向かってブレスを放ったのだ。

 

「(…ああぁ……ごめん。アスナ、姉ちゃん……ボク、帰れないや)」

 

迫り来るブレスを見詰めながら、ユウキは死を覚悟したように心の中で呟いた。一瞬で終わる筈なのに、時間が止まってしまったようにゆっくりに感じる。そして、視界が光に包まれようとした

 

 

 

ーーーその時

 

 

「へっ?」

 

端から何者かが高速で近付き、彼女を抱えて脱出しようとした。しかし、間に合わなかった。

 

 

ビシャアアァァン!!!

 

 

「がはあぁっ!!」

 

ユウキを抱えて助けようとしたプレイヤーだが、彼も同様にその攻撃を受けてしまった。そして、両者ともにHPがレッドゾーンに達し、緑色のエフェクトを纏う《麻痺》となってしまった。

 

ユウキは、自分と共に横たわるプレイヤーを、愕然と見詰めていた。

 

「……ライ…ト」

 

彼女の側に横たわる黒気味の茶髪に、緋色の瞳をした少年、ライトもユウキの瞳を見詰めていた。ユウキは信じられないような目で口を開いた。

 

「…何で……何で来たの?」

 

この戦いは、自分の命が懸かっている。しかし、目の前に映る少年はユウキの命を優先させた。そんな事をすれば、死ぬと分かる筈なのに。ライトは息を切らしながらも、彼女を見詰め返して答えた。

 

「…『暫定的とはいえ、パーティーメンバーは、オレの目の前では絶対に死なせない!』…自分からそう言っておいて、破る訳にいかないだろう?」

「っ!!?……バカだよ…ホント」

 

第1層のボス戦前に交わした約束。目の前の少年は、その約束の為だけに自分を助けに来てくれた。それが分かったユウキは、自然とライトに身を寄せていた。そんな中、すぐ近くから伝わる温かいぬくもりを感じながら、彼は背後を見やる。

 

「…ここまで、か」

 

接近するボスがもう1度ブレスを放とうと、胸に空気を溜め込む。

 

『デスゲームとなったこの世界をクリアしてやる』と思っていたが、まさかこんなに早くゲームオーバーになってしまうとは。しかも、死ぬ時は1人だと思っていたのに、すぐ隣に寄り添う強く美しい少女と共に逝くとは、思いもしなかった。

 

そんな事を考えるライトの目に、何かが映り込んだ。その光る何かは緩やかなカーブを描き、吸い込まれるようにボスの王冠へ向かい、見事に直撃した。

 

「ブモモォォオオオオ!!!」

 

それを防げなかったボスは、たった一撃でその巨体を仰け反らせ、悲鳴を上げた。そして、王冠に直撃した《それ》の正体に、ライトが気付く。

 

「…あれは……《チャクラム》!?」

 

ボスの王冠に直撃した投擲武器《チャクラム》は、緩やかなカーブを描いてボス部屋の入り口へ戻っていく。その場に立つ人物を見た瞬間、ライトの緋色の瞳が限界まで見開かれた。

 

現状で、あの武器を使いこなせるプレイヤーは1人しか思い浮かばない。そして、正しくその彼がボス部屋の入り口付近に立っていた。

 

「…ネ…ズハ!?」

 

強化詐欺を実行していたSAO初のプレイヤー鍛冶屋にして、《レジェンド・ブレイブス》のメンバーであるネズハが、戦闘用の金属防具を装備し、両手にガントレット、頭に鉢巻のような布を巻き、鍛冶屋の時とは見違えるように堂々と立っていた。

 

ネズハの登場に攻略集団は驚いているが、最も驚いているのは彼の仲間のブレイブスだろう。消息不明となっていた一員が今、目の前に居るのだから。呆然とその光景を見ていたライトとユウキだが、その体に突然の浮遊感を感じた。

 

「すまねぇ!俺とした事が竦んじまった!」

 

目線だけ動かせば、H隊のメンバーである両手斧使い、エギルがライトとユウキを抱えていた。そして、そこにはキリトとアスナも来ていた。

 

「ユウキ! ユウキ! 良かったあぁ!!」

「ライト、大丈夫か!?」

 

アスナは抱えられているユウキに抱きつき、キリトは落としてしまった2人の剣を抱えていた。エギルは急ぎ足で、ライトとユウキを壁際まで運ぶと、並んで座らせる。

 

「キリト、ブレスのタイミングを…」

 

麻痺の効果が残るが、ライトは必死に口を動かして、キリトに伝える。彼はすぐに頷くと、ネズハにブレスのタイミングを伝えようとするが、少し遅かった。既にトーラスキングが空気を目一杯吸い込んで、上体を仰け反らせていた。あの攻撃を初見で避けるには、余りに速すぎて難しい。

 

「避けろ!!」

 

ネズハに向けて、キリトが大声で伝えた瞬間、彼は右にステップした。直後、ネズハが立っていた場所に、ブレスが放たれた。

 

「「…………」」

 

目の前で起こった現象に、キリトとライトは理解が追いつかなかった。恐らく彼は、ボスがブレスを放つ情報を知らない筈だ。なのに、ボスが何をするのかを分かっていたように動いた。

 

相手の予備動作で、次に何をしてくるかを予測するのは、出来なくはないが修行が必要だ。一瞬のうちに、相手の予備動作、場の状況から全ての攻撃パターンを判断して対処する。生産職だった彼が、そんな芸当を行える筈がない。その時、近くから聞き馴染みのある声が届いた。

 

「ブレスを吐く直前、ボスの目が光るんダ」

「「「「っ!?」」」」

 

だが、その声はここで聞こえる筈がなかった。顔を動かすと、すぐ近くに頬にヒゲのペイントが施された、アインクラッドただ1人の《情報屋》アルゴが立っていた。

 

「あ、アルゴ!? 何でここに?」

「この層のボスの新しい情報を入手してナ。キー坊かラー坊に伝えようと思ったんだが、もう始まってたんダ。そんで、慌てて迷宮区を抜けようとしたら、彼に遭遇したって訳サ!」

 

彼女が言う新しい情報とは間違いなく、真のボス《アステリオス・ザ・トーラスキング》の事だろう。その情報に気付けていれば、ここまで事態が悪化する事もなかっただろうが、今更言っても仕方ない。

 

キリト達が戦線に戻っていく中、ライトは素早く状況を確認しようとして、漸く気付いた。右隣に座る少女が、自分の右肩に体を預けている事に。

 

「…ユウキ?」

「……もうちょっと、このままでいさせて」

 

双方のHPは、既にレッドからイエローに達していた。後もう少しすれば、グリーンに回復する。戦場に目を向ければ、麻痺から回復したプレイヤー達が続々と戦線に加わっていた。自分達もグリーンにまで回復したら、参加しないといけないが、今は休んでも文句は言われない筈だ。

 

ライトは自身の肩に頭を預ける彼女を見ながら、先程の行動を思い返していた。彼女がボスの攻撃を受けた時、ブレスを放つ事はすぐ分かった。ならば、攻撃を与えて中断させれば良い。なのに、自身を盾にする事で、ユウキの命を守ろうとした。

 

1層のボス戦が始まる前に、自分は彼女に『死なせない!』と約束したが、それだけが自分を突き動かしたのではないと、ライトは思っていた。

 

「(他人と関わるのは好きじゃない筈なのに…何でだ?)」

 

パーティーを組んで1週間が経ってるか、経っていないかぐらいの相手に、約束の為だけに命を懸けて守ろうとした自分が分からなかった。その時、彼の頭に懐かしい言葉が聞こえてきた。

 

『良いか、己が決めた事は必ず守り抜け。誰かを守ると約束したのなら、それを貫き通せ!』

「(何でこんな時に思い出すんだ?《師匠》)」

 

幼い頃から共に修行してきた、今は亡き《祖父》が言っていた言葉を、何故このタイミングで思い出すのかと、ライトは自分に呆れていた。その言葉を思い出しても、何が自分を突き動かし、彼女を助けたかは分からなかった。だが、隣に寄り添うこの少女を助けた事に、後悔の念は微塵もない事だけはハッキリしていた。

 

視界に映るHPが、グリーンになった事を確認したライトは、同じくグリーンとなったユウキに声を掛けた。

 

「…そろそろ行こう?」

「そうだね!」

 

ライトの言葉に頷いたユウキは体を離すと、彼と共に立ち上がった。そして、片手直剣を握ると戦線に向かって走った。すると、近付いてくる2人に気付いたH隊のメンバー達が、口々に声を掛けた。

 

「ボス戦でイチャつくとは、流石ネイビーさんだな。おアツいねー!!」

「ハッハッハッハ!! まさかそこまで進んでるとわな!?」

「お前ら、何時からそんな関係になってたんだ?」

「ライトく〜ん、何時の間にユウキを口説いてたのかな〜?」

「イヤー、ユーちゃんとラー坊がそんな関係ニ。ニヒヒ!」

 

両手斧使いがライトに揶揄うような言葉を掛け、エギルは高笑いし、キリトはニヤニヤしていた。だが、アスナは何故か迫力ある笑顔で、ライトに迫ってきた。更に、後ろのアルゴは妖しい笑みを浮かべて消えた。

 

ライトはアスナの笑顔に後退り、ユウキは赤面した顔を下に向けて俯いていた。

 

「待ってくれアスナ、オレは何もしてない……それから、無駄話をしてる場合じゃないだろ?」

 

ライトはアスナにそう答え、余計な事を言ってきた3人に、鋭い睨みを効かせる。そうしてやり取りを終わらせると、トーラスキングと対峙している攻略集団に目を向けた。

 

ブレスで麻痺になっていたリンドやキバオウも回復し、ボス戦を続行していた。その理由としては、投擲武器の《チャクラム》を操るネズハだ。FNCで遠近感が分からなくても、投擲武器にはシステムアシストが働く。更に、弾数の縛りがない武器で、ブレスのモーションに入るボスの王冠を攻撃してくれる為、ブレス攻撃は無視できる。

 

「ネズハ!」

 

6人は、チャクラムを構えるネズハに近寄る。呼びかけられた彼は、まだ少し弱々しいが、1本芯が通ったように笑みを浮かべた。

 

「夢みたいです! 僕が、僕がボス戦でこんな…」

 

今まで自分の事を足手まといにしか思えなかったが、ライトが与えた武器1つでこれほど活躍できるのかと、感慨深く呟いていた。一方で、チャクラムを渡したライトは、まさかこんなに早く使いこなすとは思っていなかった。すると、ネズハは気を引き締めた顔で言った。

 

「僕は大丈夫です。皆さんも前線に加わって下さい!」

「…分かった。雷ブレスを中心に、ディレイで潰してくれ!」

 

キリトがそう答えると、背後を振り向いた。アスナやユウキ、エギル達も後ろに立っている。そして、右隣にはライトも。

 

「俺達も行くぞ!」

「あぁ!」

「「うん!!」」

「「おう!!」」

 

全員が気合いが入った声で応じると、キリトとライトを筆頭に最前線へと身を投じる。

 

真のフロアボス《アステリオス・ザ・トーラスキング》は、体格がバラン将軍の3倍近い巨体で、リーチが長い腕で攻撃してくる。ブレス攻撃は投擲武器《チャクラム》を扱うネズハが居る為、その心配は殆どない。だが、ボスの攻撃が激しさを増していき、POTの交代が間に合わなくなってきた。

 

そんな状況で、まだ台頭を続けているパーティーが見えた。オルランド率いる《レジェンド・ブレイブス》だ。他のプレイヤーがHPを回復させる為に下がるのに対し、限界まで強化された金属鎧を全身に纏っているお陰で、ダメージを抑えている。

 

「…なんだか複雑ね」

 

HP回復の為、後方で待機しているアスナが呟いた。彼らが台頭できる要因は、鍛冶屋ネズハによる強化詐欺で得た大量のコルだ。そのお陰で、攻略ペースが今よりスムーズになる事が複雑だと言っているのだ。

 

「あぁ。でも今後はもう、2度と出来ないだろうからな!」

 

彼女の言葉に頷いたキリトだったが、その視線が元鍛冶屋のネズハに向けられる。彼が戦闘職となった今、もう強化詐欺による被害者が増える事は決してない。

 

「武器を騙し取られたプレイヤーには申し訳ないが、彼らが今後攻略を手伝ってくれるなら、そこは割り切るしかない」

「…そうなる…よね」

 

彼らの目的は、このデスゲームを攻略する事に間違いない。そうなれば、攻略部隊全体に掛かる負担は軽減する。しかし、騙し取られた人達の気持ちを考えると思う所があった。事実、ユウキはライトの言葉に頷いたとは言え、どこか納得していない表情をしていた。

 

「まぁでも、このまま彼らにMVPを取られるのも癪だし、最後に抵抗してみないか?」

 

キリトの言葉を聞いた3人の頭上に、クエスチョンマークが付く。彼は3人の近くまで寄ると、ヒソヒソ声で何かを伝えた。キリトが顔を離すと、全員が納得した顔をしていた。すると、主戦場で大きな歓声が沸き起こった。見れば、ボスのHPバーの最後が赤くなっていた。

 

「E隊交代準備! H隊全身準備!」

 

どうやら、最後まで自分達の出番をくれないリーダーではなかったらしい。

 

「よし、ゴー!!」

 

キリトの合図でH隊が動き出し、E隊と即座に入れ替わると、ボスの左側に取り付いた。最初にキリトとライト、次いでアスナとユウキの単発ソードスキルがボスの足を斬りつける。そして、スイッチのタイミングで前に出たエギル達が攻撃をガードする。

 

正面には青カラーのB隊が、右側にはG隊のブレイブスが張り付いていた。ボスはレッドゾーンに入った為、暴走状態と化していたが、この状況なら今の3パーティーで削り切れる。

 

後方では、ネズハがチャクラムを駆使し、ブレスを妨害している。ボスが荒れ狂うように攻撃の嵐を繰り出す中、交代を余儀なくされるB隊と違い、ブレイブスはここぞばかりに耐え凌ぎ、ソードスキルを構える。

 

「今だ!!」

 

それを待っていたように、キリトが合図を出した途端、4人が同時に跳び上がった。その反動でアスナとユウキが被っていたフードが脱げ、艶やかな栗色と黒紫色の髪がたなびく。

 

「せあぁぁぁぁ!!!」

「やあぁぁぁぁ!!!」

「「おおおおぉぉぉぉ!!!」

 

キリト、ライト、ユウキの片手直剣上段突進ソードスキル《ソニック・リープ》と、アスナの細剣突進ソードスキル《シューティングスター》が、弱点である王冠を守る額を貫いた。

 

「ブモオオオォォォォォォ!!!!」

 

一際大きい悲鳴を上げた《アステリオス・ザ・トーラスキング》は、その体を大量のポリゴンに変えた。そして、攻略集団の頭上には第1層の時と同様《Congratulations!!!》の文字が表示されていた。

 

 




今回は以上です。

ここで、ライトとユウキの距離が、少し縮まったかも…

儚き剣のロンドも、次回が最終回です。

では、また次回!
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