今回から第3層、黒白のコンチェルトに入ります。
基本は原作に沿って展開していきます。
森での出会い
牛モンスターが支配していた、第2層フロアボスを1人の犠牲者も出す事なく、攻略組は突破する事が出来た。そして、キリト達が螺旋階段を登り終えた途端、彼らの前に、剣を交差させた2人の剣士が描かれた扉が見えた。すると、キリトが独り言のように呟いた。
「SAOの本番は、ここからだからな!」
その一言が気になったアスナが、彼に問いかけた。
「そうなの? 何で?」
彼女の隣に立つユウキも、同じような表情をしていた。そんな2人に、キリトは頭を掻きながら説明する。
「この第3層から、本格的な人型Mobが出るからだ…1層や2層のモンスターは一応亜人族で、簡単なソードスキルを使ってきたけど、見た目はモンスターだったろ? でも、この層に出てくるのは、プレイヤーと見分けがつかない程なんだ。カーソルを確認しないと、識別できないくらい。普通に喋るし、高度なソードスキルも使ってくる!」
「つまり、今までと比較にならない強さのモンスターが出るって事か。なら尚更、気を引き締めないとな!」
キリトの説明に納得したライトが、自分に強く言い聞かせるような口調で呟いた。ただのゲームではなく、命が懸かったデスゲームなのだから、そう考えるのは当然だ。
「その通り。創造者である茅場 晶彦は言ってたよ…《ソードアート》とは、ソードスキルが織りなす光と音、生と死の《協奏曲》だってな?」
この層のモンスターが人型で、1層や2層の時より、高度なソードスキルを使ってくるなら、攻略に時間が掛かるのは明白だ。決して油断せず、慎重に進めていくのが賢明だ。
「…アスナ、協奏曲って何だっけ?」
「協奏曲っていうのは、菅弦楽器をバックにして単独、または少数の独奏楽器を主役として、演奏する形式の事よ!」
ユウキの質問に、アスナは簡潔に説明した。すると、彼女の説明を聞いたユウキが、何か考えるような仕草をして口を開いた。
「ねぇ、それってもしかして、プレイヤーとモンスターを楽器で例えてるのかな?」
「えっ?」
ユウキが口にした言葉に、アスナが疑問の声を上げ、ライトとキリトも不思議そうな顔をする。
「アスナが言ってくれた、菅弦楽器と独奏楽器。その2つがプレイヤーとモンスター、1対多数の戦いの比喩なのかなって思って!」
その言葉を聞いたライトが、茅場 晶彦が言っていた《生と死の協奏曲》の意味を考える。
もし、彼女の言う通りなら、一体どちらが少数で多数なのか。今のSAOでは、プレイヤー1人に対して、複数のモンスターが戦闘をするとは考えにくい。理由は、魔法という遠距離攻撃が存在しないからだ。剣で戦う以上、最低でも2〜3体が限度だ。それを越えれば、待っているのは死だ。
「そんな状況があるとすれば、ボス戦以外に考えられないな。1人のプレイヤーに対して、複数のモンスターとの戦闘になれば、まず間違いなく死が待ってる!」
「確かにな。でもそれだと、ボスが主役で攻略レイドが伴奏みたいだな」
肩をすくめて、苦笑いを浮かべながら、キリトは呟いた。
「多分、何かの意味があると思うが、それは各層を突破していけば分かるだろう」
ライトは3層に続く扉の前に近付くと、緋色の瞳で睨んだ。第2層のように、あらゆる可能性を考慮しながら、決して油断しないと心に刻むと、その扉に手を押し当てて開いた。そこから差し込む眩い光が、4人を出迎えた。
視界に広がるのは、緑豊かな《森》だった。1層や2層にも木々が生い茂る森は存在したが、目前に広がる森は、その比ではない巨大さと広大さを誇り、圧巻の一言に尽きる。
そんな中、4人は樹海の中を横断していた。3層の主街区に行って、転移門をアクティベートしようかと思ったが、それは後から来るリンドやキバオウに任せる事にした。
ポーションの補給をする道もあったが、先に進めておきたい事があるからと、キリトが言ったのだ。だが、4人が歩いている場所は《圏外》なので、当然モンスターが湧き出る。
「モロロロロ!!」
4人の前に立つのは、細い2本の枯れ木だった。枝の直径は15cm、高さは2mで、他の樹に比べれば小さいが、その樹には2つの虚ろな青白い燐光の目があった。枯れ木改め、植物型Mob《トレント・サプリング》2体が、4人に立ちはだかった。すぐに、背中と腰にあるそれぞれの愛剣を引き抜く。
「みんな、聞いてくれ! こいつは戦ってる間に、プレイヤーを森の奥へ引きずり込もうとするから、位置関係に気を付けてくれ!」
「了解!」
「オッケー!」
「分かったわ!」
左はキリトとアスナ、右はライトとユウキに分かれて、トレントに立ち向かった。
3層で最初に遭遇したモンスターだったが、ソードスキルは使わず、攻撃も単調だった為、何の苦労も無く終わった。キリトとライトが攻撃してくる枝を切り裂き、アスナとユウキが光速のソードスキルを放つ。目にも止まらない斬撃を避けられる筈もなく、《トレント・サプリング》は、その体を四散させた。
「…ちょっと罪悪感あるわ」
「へ?」
「どういう意味だ?」
ウインドフルーレ+4を、腰の鞘に収めたアスナが呟いた一言に、キリトとライトが意味不明な表情をする。
「さっきの木のオバケ、苗木って事はこれから育つって事でしょ? 二酸化炭素を吸収してくれる筈なのに、エコじゃないわ!」
「う〜ん、でもさアスナ、周りにも沢山の木が生えてるから、温暖化問題にはならないと思うよ?」
そんな温暖化問題などある筈ないのだが、謎の議論を語り合い出したアスナとユウキを、少年達は呆れた様子で見ていた。
「…まぁ、エコじゃないのは確かだけど、あいつが育って《エルダー・トレント》になったら、絶対倒さへんとアカン!…って思うよ!」
「何で急に関西弁なんだよ?」
急に口調が関西弁になったキリトに、ライトがツッコミを入れる。そんなやり取りをしながら、一行は元の場所へ戻る為、移動を開始する。数分も歩き続けると、漸く元居た場所に戻って来る事が出来た。
「さてっと、この辺なんだけどなぁ〜」
「それは、お前が先に済ませておきたい用事の事か?」
「イエス! と言っても、単にクエストを受けるだけなんだけど、スタート場所がランダムなんだよな。みんな、耳に自信ある?」
ライトの質問に頷いたキリトは、3人にそんな疑問に思う事を訊いてきた。すると、アスナが両手を耳に押し当て、一歩後退した。
「…キリト君って、耳フェチ?」
「何でそうなるの?」
「冗談よ。そもそも私達、脳で音を聞いてるんだから、耳の善し悪しなんて関係ないでしょ?」
ナーヴギアは、脳から発生される信号を現実の体ではなく、仮想世界のアバターへ送る機械だ。しかし、それだけでなく、アバターから送られた信号をフィードバックする役割も担っている。アスナの言う通り、この世界に囚われたプレイヤーは全て脳で匂い、味、音、視界を感知している。
「そりゃそうだ。なら、全員で探そう!」
「ねぇ、それってどんな音なの?」
「剣と剣がぶつかる金属音だ!」
キリトの言葉に、少なからぬ動揺が3人に走った。それだけで、平和的な内容ではない事が明らかだ。4人は再び移動し、周囲に耳を澄ませる。しかし、聞こえるのは、風で木が揺れる音、小鳥のさえずりや、生物の足音だけで、金属音など聞こえてこない
ーーーその時
キイィィィン!!
「「「「っ!」」」」
4人は頷き合うと、金属音の発生源へ足を進めた。南西から聞こえてくる音は、近付くにつれて大きくなる。その間、モンスターに出くわす事もあったが、この4人には問題なかった。
遭遇するそれらを倒して進んでいくと、剣戟の音と共に、叫び声が耳に届いた。すると、4人の視界中央にNPC色のカーソルが2つ浮かび、木々に反射するライトエフェクトが届いた。
キリトを先頭に近付くと、巨木の所で立ち止まり、右手でジェスチャーしてきた。3人が頷き、太い幹からソッと顔を出すと、開けた空き地で剣を交える2つのシルエットが、彼らの瞳に映り込んだ。
一方は、煌びやかな金髪、緑色の軽装鎧を装備した長身の男だった。右手にはロングソード、左手には円形の盾を持ち、どちらもレベルが高い武器だと分かる。もう片方は黒と紫の鎧、湾曲した形のサーベル、目を見開く程の美貌を併せ持った、ショートヘアーの女性騎士だった。
「ハァァ!!」
金髪の男が右手に持つ剣で、上から斬りかかる。
「シャア!!」
対して、黒髮の女性はサーベルを下から振り上げる。2つの剣が衝突し、またも金属音が響く。その光景を、アスナとユウキは唖然としながら見ていた。
「…あれ、ほんとにNPCなの?」
アスナがそう呟くのも、無理なかった。今までのモンスターは単調な攻撃しか放たなかったが、目の前で戦う2人の騎士は、プレイヤーのような複雑な動きで斬り結んでいた。ライトも緋色の瞳を見開き、彼らの戦いに見入っていた。
「NPCどころか、厳密にはmob扱いだぜ。ほら、耳を見てみろよ!」
「あっ…耳が尖ってるって事は、もしかしてあれ、エルフ?」
ユウキがキリトに顔を向けて訊ねると、彼は小さく頷いた。
「そう。男の方が《森エルフ》で、女の方が《黒エルフ》さ。それと、頭の上を見てみろ!」
キリトに促され、そちらに目線を向けた2人の頭上には、金色の【!】マークが表示されていた。それは、NPCが持つクエスト開始のマークだった。
本来なら、プレイヤーが声を掛ける事で、クエストログが展開されるが、この場合は展開されたまま戦闘が行われている。
「どういうクエストなんだ?」
「簡単だ。これは、片方しか受けられないクエストなんだ! ここで3人に、重大な選択をして貰わなきゃいけない!」
「「…選択?」」
息ぴったりに問いかける少女達の隣で、続きの説明を求めるように、ライトが視線で促す。
「あぁ。彼らがくれるクエストは単発モノでも、今までに幾つかあったシリーズモノでもない。初の大型キャンペーンクエストだ。完結するのは何と9層!」
「「きゅ…」」
「っ!?」
同時に叫びそうになったアスナとユウキだが、手で口を押させる事で我慢する。2人程ではないが、ライトも目を見開いて驚いた。
現時点で第3層なのだから、もし受けた場合、これが残り6層にも渡って続くのだ。更に、キリトは新たな驚くべき情報を投下する。
「しかも、途中でミスっても受け直し不可。対立ルートだから受け直しも不可。選んだ道を、9層まで走り続けるしかないんだ!」
1度のミスで、全てが台無しになってしまう。今までのクエストは、失敗してもやり直しは可能だが、この層のクエストはそれが適応されない。つまり、このデスゲームと同じようにワンチャンスという事だ。
「ちょっとっ、そういう事は先に言っときなさい…って、対立ルート? それって、あの黒と白の?」
アスナが、現在も戦っている2人のエルフを指差す。
「そう、どっちかを助けるんだ。俺はβでやってるから、3人が決めていいよ!」
「…2人に任せる」
ライトはどちらにするか、さして気にした様子もないらしい。すると、何故かアスナが、冷ややかな視線をキリトに向けた。その視線に気付いたキリトが、訝しい反応を見せる。
「選択肢なんてないでしょ! 今のSAOは普通のゲームとは違うんだから、キリト君がβで選んだルートしかないじゃない。っていうか、あなたがどっちを選んだか、完璧分かるんですけど!」
「うっ!」
彼女が言い終えた瞬間、キリトが呻き声を上げる。そんな彼に、確信を得たアスナがトドメの言葉を口にする。
「ダークエルフのお姉さんでしょ…Didn’t you?」
「い、イエス、アイディッド!」
流暢な発音に対し、日本語のような発音で答えるキリト。女性側に付く男性の心理に、何か思う所があるのだろうが、そんな2人のやり取りを見ても何も分からないライトが、一応の確認を取る。
「とりあえず、黒エルフ側に味方するで良いんだな?」
「そうだね…っていうか、男の人に味方して、女の人を斬るなんてしたくないし!」
その通りと言った様子で、アスナは深く頷いた。キリト自身も、女性を斬るのは気が引けると思ったから、β時代に黒エルフ側を選んだのだろう。
兎に角、どちらを選ぶかの方針については決まったので、早速立ち上がろうとしたアスナとユウキを、キリトが慌てて止めた。
「あっ、待った!」
「何よ?」
キリトの制止の声に、アスナとユウキは立ち上がるのを止めると、どうしたかと問いかける。
「えっとな、黒に加勢するのは良いんだけど、残念ながら俺達は、あの森エルフには勝てない」
「え…ええぇっ!?」
「な、何でっ!?」
キリトの言葉に、2人の少女は目を見開いて、その理由を問う。ライトも、真剣な目付きでキリトの説明を待つ。
「あの装備を見てもらえば分かるだろうけど、あの白い方《フォレストエルブン・ハロウドナイト》と、黒い方の《ダークエルブン・ロイヤルガード》は、本来7層まで行かないと現れない。しかも2人とも、エリートクラスなんだ。安全マージンがあっても、今の俺達じゃ勝てない!」
「そうか…このSAOは、レベルの数値で強さが決まるシステムだったな」
戦闘を重ねていく毎に、プレイヤーのレベルも高くなり、攻撃力や防御力が高くなり、単純に強くなる。しかし、もっと上の層で出てくるモンスターが、この層に現れるイレギュラーも起こるのだ。もしそれが相手なら、レベルが下のプレイヤーはまず勝てない。
「じゃ、じゃあ…どうするの? ボク達、死んだら…」
「大丈夫。こっちのHPが半分減った所で、加勢した方が奥の手を使ってくれる筈だから、それで倒せる」
ユウキの戸惑いの色が混じった問いに、落ち着いて答えたキリトだったが、アスナは彼が口にした言葉に、引っ掛かりを覚えた。
「…奥の手……って事は、使いたくない理由があるのね?」
「っ!?」
彼女の言葉に、キリトは確かな反応を示した。勝てるか分からない相手を取るなら、わざわざHPが半分まで減ってから、使う必要はない筈なのだから。
「う、うん……自爆攻撃で相討ちになる」
「「っ!?」」
それを聞いた2人の少女は、表情を歪めた。助けようとした相手が敵と共に、爆発に巻き込まれて死ぬ。そんな光景など、見たくないだろう。
「そんなの嫌だわ!」
「気持ちは分かる。でもこの先、同じような事は何度も目にする。割り切った方が良い……所詮これはVRMMO、人が作ったゲームなんだから」
目の前で戦う2人のエルフは、プレイヤーではない。NPCであり、モンスターだ。彼らは茅場 晶彦によって、この世界と共に作られた単なるキャラクターだ。死んだ所で大した問題ではない。
薄情かもしれないが、このゲームは自分達の命が懸かっている。最も優先なのはそれだと、キリトは割り切っていた。すると、ユウキが真剣な目で、アスナを見ていた。アスナもまた、ユウキを見詰め返していたが、同時に頷くと、剣の柄に手を乗せたユウキが口を開いた。
「じゃあ、ボク達が強かったら、片方は助けられるって事だよ?」
「え…ええぇっ!? そ、そんな…」
「諦めろキリト…こうなった2人は多分、誰にも止められない」
ユウキの言葉に驚愕するキリトだが、先程まで戦闘に見入っていたライトが声を掛けた。見ると、彼は既に背中のアニール・ブレードを引き抜いていた。
「オレが森エルフの攻撃を防ぐ。3人は合間を見て打ち込め!」
「オッケー!」
「分かったわ!」
「…ああぁ…分かった、倒せば良いんだろ、倒せば! けど、お前1人じゃ無茶だ、俺もタゲに回る!」
方針が纏まった所で、4人はキリトの合図で一斉に飛び出し、戦いの場に乱入した。それに気付いた2人のエルフが、戦闘を中断して口を開いた。
「人族がこの森で何をしている?」
森エルフの男の騎士が言った。
「邪魔立て無用! 今すぐ立ち去れ!」
今度は、黒エルフの女性騎士が言った。しかし、ここで言われるがまま立ち去ったら、何も始まらない。4人はアイコンタクトすると、それぞれの得物を森エルフに向けた。すると、彼の顔立ちが見る見る険しくなった。
「…愚かな…ダークエルフ如きに加勢して、我が剣の露と消えるか」
「そうよ、でも消えるのはそっちよこのDV男!」
この状況が果たしてDVなのかと、アスナの言葉を聞いたキリトは呑気に考えていた。すると、森エルフの頭上に浮かぶカーソルが、薄い黄色からダーククリムゾンへ変化した。同時に、森エルフの顔に優美で酷薄な笑みが浮かんだ。
「良かろう。ならば貴様らから始末してやろう、人間よ」
「御託は良い、掛かって来い」
森エルフの言葉に全く動じない声が、ライトから出される。先頭に立つ彼は、剣を中段に半身で構えた。緋色の瞳が敵の姿全体を捉え、両者ともに微動だにせず、周囲が静寂に包まれる。森エルフはゆっくりな動作で、ロングソードを上段に振り上げる。
ガキィィィン!!
剣を振り上げた瞬間、恐ろしい速さでライトに斬りかかった森エルフだが、ライトが両手で剣の柄を握り、奴のロングソードを受け止めていた。
「(踏み込みが速い)…ふんっ!」
足で地面を蹴って押し返し、森エルフを後方へ下がらせる。そして、前方へ飛び出すと、肩に向けて袈裟斬りを仕掛ける。しかし、左手に持つ盾でガードされ、踏み込みによる突きが迫る。その切っ先がライトの顔に刺さろうとした時、森エルフの視界から、ライトの姿が消えた。
「グオッ!」
同時に、森エルフの腹部を強烈な衝撃が襲った。ライトが森エルフの突きを、上体を後ろに倒して躱した反動を利用し、右足の蹴りを放った。その蹴りを受けた森エルフが体勢を崩すと、ライトの背後から2つの影が飛び出した。アスナとユウキが、体勢を崩した森エルフの体に、光速のソードスキルを叩き込んだ。
「クウゥ!!」
その斬撃を受け、森エルフのHPが減少した。しかし、第7層から登場するモンスターな為、植物型モンスター《トレント・サンプリング》と比べると、減少の割合が少ない。硬直で動けない2人に、騎士が斬撃を与えようと剣を振りかぶる。
「へあぁ!!」
しかし、ライトと同じく敵のタゲ取り役のキリトが、森エルフの反撃を許さず、上段からの斬撃を下から迎え撃つ。
ガキィィィン!!
甲高い金属音が響き、両者が衝撃で後退した。後退る森エルフだったが、強引に立ち止まると、再び襲い掛かった。迎え撃とうと動き出したライトが、左横から迫る剣を躱し、下から斬り上げる。だが、盾で防がれると、右からの斬撃が襲い来る。
しかし、後方へ下がって躱すと、その後の斜め下、上、突き技、盾を交えた剣戟も、彼はその攻撃の嵐を体術も交えて確実に捌き続ける。
本来、レベルの数値が高くなければ勝つどころか、抗う事さえも出来ない。それが、この世界のシステムだ。そういう意味では、この世界を生き抜く上で、レベルの数値は重要になる。しかし、戦闘ではそれ以上に、プレイヤー自身の戦闘スキルが重要だ。
いかにレベルが高くとも、そのプレイヤーの戦闘能力が高くなければ、強敵相手には中々勝てない。逆に言えば、レベルが低くても、戦闘能力が高ければ、勝てる可能性が出てくるという事だ。
「ヌオオォォ!!」
「しっ! ふんっ!!」
ライトは、森エルフが繰り出す剣戟を回避、あるいは受け流していた。今までのモンスターとは、何もかもが違った。攻撃の速さ、正確さ、洗練された動きは、並のプレイヤーでは相手に出来ない。
更に言えば、スピードは敵の方が僅かに上だ。ライトのステータスは、筋力値よりのバランス型だ。その上で、単純な速さでは勝てない。しかし、ステータスが格上の相手に、互角に戦える要因があった。
相手の姿を注意深く観察し、瞬時に判断し対処する。攻撃の軌道だけに意識を集中すれば、敵の動きの対処が間に合わない。しかし、相手が攻撃する直前の動き、つまりは攻撃の予備動作を捉え、敵の間合いを把握すれば、対処は可能だ。森エルフが攻撃を仕掛ける直前の僅かな《起こり》を、ライトは決して見逃さなかった。
現実世界で、幼き頃から行っていた修行のお陰で、その至難の技が成せる彼は、斜め上からの振り下ろしを、接近しながらギリギリで躱し、森エルフの体に横一文字の斬撃を浴びせた。
「はあぁ!!」
「ゴホオォ!!」
完全に動きを見切られた森エルフは、対処できずに斬撃を受けてしまった。
「スイッチ!」
決定的な隙が生まれた事で、ライトの後ろから姿を現わす、アタッカーのアスナとユウキのソードスキルが、奴の体を捉える。
「やああぁぁ!!」
「せああぁぁ!!」
「グオォ!!」
渾身のソードスキルが、森エルフの体を斬り裂く。その攻防で、彼のHPがイエローゾーンに達した。
「人族めぇぇ!!」
怒り狂った森エルフが叫ぶと、先程以上の速さで、ソードスキルを発動させて迫ってきた。前に出たキリトが、自慢の反応速度で防ごうと、頭の上で剣を真横に構え、防御の姿勢を取った。
「くうぅ!!」
だが、想像以上の威力を誇っていたソードスキルは、キリトを後退させただけでなく、HPも少量だけ減少させた。キリトが動きを止めている間に攻撃を加えようと、動きだすライト、ユウキ、アスナだったが、それより速く、動き出した者が居た。
「ハアァ!!」
「ドオオォッ!!」
味方に付いた、黒エルフの女性だった。背後から接近し、武器であるサーベルで背中を深く斬りつけた。体勢を崩した隙を見逃す程、キリトは甘くない。左足で1歩前に踏み込むと、横一文字の斬撃を叩き込む。
「ガアアァッ!!」
「ここまで来たら、一気に攻め立てるぞぉ!!」
「「「おう!!」」」
森エルフのHPは、既にイエローゾーンに達している。ここまで敵の体力を奪ったのなら、後戻りなどする筈がない。彼の掛け声に、3人が威勢良く返事をした。
数十分後
「…ば、馬鹿な……」
腹部を抑え、HPゲージが空になった森エルフが、地面に『ドタッ!』っと、虚しく倒れた。少し離れた場所で、その光景を見ていた5人の人影があった。ライト、キリト、ユウキ、アスナの4人。そして、ダークエルフの女性騎士。
「何だ…やれば出来るじゃない!」
「ちょっと疲れたけど、大丈夫だったね?」
2人の少女は軽く会話をすると、それぞれの剣を鞘に収めた。一方で、キリトは目の前の光景に、驚愕の表情を浮かべていた。
「…本当に倒しちまった」
そう呟いた彼の脳裏に浮かんだのは、β時代の記憶だった。その時、彼は今と同じ4人のパーティーで、このクエストを受けた。しかし、2分と経たずに全員、あの森エルフに打ち負かされてしまった。それが、まさか本当に勝つ事が出来ると思いもしなかった。だが、今回の戦闘で勝てた要因は《彼》にあったと考えられる。
紺色のロングコートを羽織り、右手に持つ《アニール・ブレード》を鞘に戻す緋色の瞳の少年、ライトだ。彼の戦闘能力は破格としか言えない。7層から湧出するエリートクラスの森エルフと、互角以上に剣技をぶつけ合うだけでなく、攻撃を完全に捌き切る動きは、まるで相手の次の動きが分かっているようだ。
更に言うと、彼は全く同じタイミングで、森エルフが動き出したと同時に、攻撃を仕掛けている。つまり、相手の攻撃を先に封じて、自分の攻撃を仕掛けているのだ。それは、目で見てから反応するのでは遅い。攻撃の前兆《起こり》を、完璧に把握する必要がある。
そして、少女達の光速のソードスキルは1層と比べ、更に速くなっていると思える。
「(負けてられないな!)」
元βテスターとして、ゲーマーとして、彼らに負けてはいられない。特に、自分より年下に思えるあの少年には。剣を鞘に戻すキリトは、そんな事を心の中で思っていた。
これで以上です。
次回は、4人がエリート騎士様に案内のもと、黒エルフの野営地に訪れます。