SAO another story   作:シニアリー

27 / 69
黒白のコンチェルト、第2話です。

リュースラの美しき騎士、キズメルとの対面を経て、エルフ戦争キャンペーン・クエストが開始されます。

それでは、どうぞ!


黒エルフの野営地

 

β時代は本来、森エルフだろうと黒エルフに味方しようと、どちらも必ず死んでしまう。その筈だが、4人は森エルフを倒してしまった。喜ぶべきだろうが、これはβ版には無かった展開だ。

 

βでは、相討ちとなった両エルフだが、加勢した方が最後の力を振り絞り、遺言を残すらしい。そして、そのエルフが消滅した場所に、小さな1つの袋が残される。プレイヤーは遺言に従い、加勢した方のエルフの拠点に向かう。森エルフなら北の野営地、黒エルフなら南の野営地で、そこから物語が始動する。

 

「っ…(あれは)」

 

剣を鞘に戻し、大量のコルと経験値が加算されたのを確認したライトは、森エルフの死骸が消滅した場所に、小さな葉の包み袋が落ちている事に気付いた。それを拾う為、歩み寄ろうとしたライトの袖をキリトが掴んだ。

 

「…何だ?」

「もしあれを拾っても、彼女が攻撃して来ないとは限らないだろう? もしかしら、それが敵対フラグになるかもしれない」

「…確かにあり得るか」

 

キリトの説明に納得したライトは、踏み出そうとした足を引いた。すると、漸く黒エルフの女性騎士が動き出した。腰を屈め、地面に落ちている巾着袋を大切そうに拾うと、安堵の息を吐いた。

 

「…これでひとまず、聖堂は守られる」

 

腰のポーチにそれを仕舞って姿勢を正すと、4人に向き直る。

 

「礼を言わねばなるまいな。そなたらのお陰で、第1の秘剣は守られた。助力に感謝する。我らが司令からも褒賞があろう、野営地まで私に同行するがいい」

 

そう言った彼女の頭上に、クエスト展開を知らせる【?】マークが灯った。それが出現した事に、キリトが安心したように肩の荷を降ろした。どうやら、問題なくクエストは進行するのだと、彼は安堵したのだ。しかし、その一方で迷っていた。

 

第2層のボス戦が終わって、自分達はすぐにこの場所を訪れた。先程の森エルフとの戦闘で、疲労を感じていないかと思っていた。特に、攻撃を捌き続けたライトを気にしていた。

 

だが、ライトは特に疲弊している様子は見られず、アスナとユウキも同じようだが、ポーションの補給もある為、主街区に戻る方が適任かと思い、キリトは3人に目配せしようとした。だが、アスナとユウキがお互いに顔を見合わせ、同時に頷いたと思えば1歩前に出た。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて…」

「お邪魔させてもらいます!」

 

すると、女性騎士は軽く頷き、身を翻しながら言った。

 

「野営地は、森を南に抜けた先だ」

 

女性騎士が歩き始めると、アスナとユウキがそれに続く。その背中が遠くなる前に、追いかけようとしたキリトに、ライトが声を掛けた。

 

「キリト。βの時も、あのNPCはあんなに自然な反応だったのか?」

「っ…お前も不思議に思うか、ライト?」

「あぁ…あの森エルフと戦って思ったが、動きが他のモンスターとは桁違いだ。まるで、人間に近い何かと戦ってるみたいだった。それに、あの黒エルフの自然な自動応答もそうだ!」

「…βの時は、あそこまで自然な反応じゃなかった。自動応答プログラム用のデータベースを拡充すれば、あんな感じになるかもしれないけど、流石に中に人が入ってる訳ないよな」

 

クエストマークが浮かぶNPCに対する受け答えは基本、Yes / Noの2つに1つだ。しかし、あの黒エルフは少女達の言葉を理解し、返事をしたとしか思えない。プログラム化されたNPCが、そこまで自然な反応が出来るかと思いながら、2人は3人の背中を追った。

 

 

 

 

 

 

目的地に辿り着くには、森を南の方向に進むしかない。そうなる以上、モンスターにエンカウントするのは当然だ。だが、先導している黒エルフの女性騎士が、簡単に屠ってくれる為、問題なく通り抜けていく。15分後、深い霧の中で翻る黒い何本もの旗が見えた。

 

「結構あっさり着いちゃったわね」

 

前を歩くアスナが呟いた。深い霧が森を覆っていたので、辿り着くのに少し時間が掛かると思ったのだ。すると、黒エルフの女性騎士が振り返る。

 

「野営地全体には《森沈みのまじない》が掛けてある故、そなたらだけでは辿り着けなかったと思うぞ?」

「まじないって魔法? でも、この世界に魔法はないんじゃ…」

 

彼女の言葉に、疑問を抱いたユウキが訊ねた。プログラム化されたNPCが、彼女の疑問に答えられるのかと思ったライトだが、心配なかった。

 

「魔法などと、到底呼べる物ではない。言わば、古の偉大なる魔法の微かな残り香だ……大地から切り離された時より、我ら《リュースラ》の民は、あらゆる魔法を失ってしまったのだ」

 

アスナとユウキが感心したような声を出す中、ライトとキリトは彼女の言葉に衝撃を受けた。

 

「(大地から切り離された、魔法を失った……SAOにそんな設定があったのか?)」

「(β時代から、SAOの物語は設定が希薄すぎると思ってたけど)」

 

2人がそれぞれ、心の中で呟いた。ライトは、この正式版が開始される時まで、SAOについて調べていた。雑誌の記事やレビュー、開発者のインタビューを読んだりしたが、そんな《世界設定》は何も無かった。

 

そして、β版を経験しているキリトは、このクエストをクリアしている。その時から、彼はSAOの物語の希薄さに、違和感を抱いていた。だが、デスゲームと化したこの状況で、漸く分かった気がした。

 

茅場 晶彦はこう言いたいのだ。『舞台は用意した。物語はお前達が作れ!』と。設定した内容が希薄なら、それを受けるプレイヤーが、それぞれ濃い内容にすれば良い。そう推測したキリトは、視界を覆っていた霧が晴れた事に気付いた。

 

切り立った岩肌が左右に続き、その1箇所に幅5m程の谷間が、ポッカリ空いていた。そして、目印のように立つ左右の柱の天辺には、黒地に角笛と片刃刀が染め抜かれた旗が見える。2本の柱の前には、先導する女性騎士と比べて、重装備の鎧を纏う黒エルフの傭兵が立っていた。女性騎士はスタスタと彼らに近付くので、4人も習って歩く。

 

「…まさかと思うけど、この野営地で戦闘になったりしないよね?」

 

先頭の女性騎士から距離を置き、アスナが振り向いてキリトに囁く。彼らはNPCだが、厳密に言えばモンスター扱いだ。侵入した途端、斬りかかる事もあり得る。

 

「大丈夫だ…よ。こっちから彼らに斬りかかったりしなければ……いや、その場合はクエスト中断と追放ぐらいで済むんだったかな」

 

アスナの問いに、キリトも囁いて答えた。2本の柱に近付くと、傭兵2人が胡散臭そうな視線を向けるが、何か仕掛ける事はなかった。狭い谷を抜けていくと、拓けた空間に沢山の黒紫色の天幕が、大小合わせて20個もあった。

 

「へぇ〜、βの時よりも結構広いな?」(小声)

「…そうなのか?」(小声)

 

隣を歩くライトが不思議に思い、キリトに訊ねる。βとの変更が施されているのは、モンスターだけとは限らないと思っていたが、地形も変わっているとは思わなかった。

 

「あぁ、前の時と場所が変わってるんだ。でも、それは異常な事じゃなくて、こういうキャンペーン・クエスト関連のスポットは《インスタンスマップ》なんだ!」(小声)

「…成る程、1つのパーティーしか入れない《インスタンスダンジョン》と似たような物か」(小声)

「よく知ってるな。あぁ、それと似たような物さ!」(小声)

 

ライトの言葉に、キリトは感心したように言う。ゲーム用語を知っているという事は、ライトは現実世界で、それなりにネットゲームをしていたのだろうと、キリトは思った。すると、前方から声を掛けられた。

 

「ねぇ、さっきから2人で何話してるの?」(小声)

 

気がつくと、前を歩くユウキが顔だけを後ろに向けていた。隣のアスナも、2人が何を話しているかが気になり、ユウキ同様に視線を向けていた。

 

「えっと、一応2人にも説明しておくけど、この場所は《インスタンス》って言って、俺達だけに用意された場所なんだ。だから、他に黒エルフを選んだプレイヤーが居たとしても、ここで出会す事は無い」(小声)

「…つまり私達は、3層のマップからは一時的に消滅して、この野営地に転移してるって訳ね?」(小声)

 

理解が早いなと、アスナの言葉を聞いたキリトは、心の中でそう思った。すると、何故かユウキが、心配そうな目で呟いた。

 

「…ボク達、戻って来られるよね?」(小声)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性騎士の案内で、先遣部隊司令官との面談は無事に終了した。司令官は女性の生還を喜び、ライト達に結構なクエスト報酬と高性能な装備を与えた。それを終えると、キャンペーン第2のクエストを引き受けて、天幕を後にした。

 

空は既に、茜色に染まっていた。それに気付くと、第2層ボス戦から1度も休息を取っていなかったと、今更ながらライトは思い出した。前を歩くエルフが、自然な動作で大きく背伸びをすると、4人に向き直って微笑を浮かべた。

 

「人族の剣士達よ、そなたらの助力に私から改めて礼を言おう。次の作戦も宜しく頼むぞ!」

「いや、こ、こちらこそ」

 

代表してキリトが返事をする。すると、何かを思い出したような反応で、女性騎士は再び口を開く。

 

「考えてみれば、まだ名前も聞いていなかったな……何と言うのだ?」

 

NPCがプレイヤーの名前を聞いてくると思わなかったキリトは、内心で驚きつつ平静を装って伝える。

 

「…え、ええと……俺はキリトだ」

「ライト」

「私はアスナです。それから、この子はユウキって言います!」

「よろしくね!」

 

全員が、それぞれのプレイヤーネイムを名乗る。

 

「ふむ…《キリト》、《ライト》、《アスナ》、《ユウキ》だな、発音はこれで良いか?」

「うん、完璧!」

 

NPCが何かの名前を呼ぶ時に使われる、発音シークエンスが発動したのだと勘付いたキリトは、目の前に立つこの女性騎士が、本当に作られたプログラムなのだと、改めて感じた。

 

「人族の名は複雑だな。よろしい…」

 

女性騎士は佇まいを正すと、4人に向かって名乗り上げた。

 

「我が名はキズメル。リュースラ王国近衛騎士団が1つ、エンジュ騎士団の末席に名を連ねる者だ。以後よろしく頼む!」

「「「っ…よろしくお願いします!」」」

「あぁ、よろしく頼む」

 

キリト、アスナ、ユウキは慌てて、お辞儀して答える。対してライトは、頭を下げて普通に挨拶を交わした。騎士キズメルは3人の行動を不思議そうに見ていたが、切り替えると話し始めた。

 

「それでは、出発する時刻はそなたらに任せよう。人族の街に戻りたければ、まじないで近くまで送り届けるが、この野営地での天幕で休んでも構わん!」

 

街に戻って、ポーションの類いを調達するのもありだが、ここで休んでも構わないと言ってくれる。どちらにしようか、迷っていたライトだが、またもアスナとユウキが、勝手に決めてしまった。

 

「じゃあ、そうさせてもらおっか?」

「うん。お言葉に甘えて天幕をお借りします。お気遣いありがとう!」

 

アスナのお礼を受けたキズメルは、微笑みながら応えた。

 

「礼には及ばぬ。何故なら…」

 

そこから先の言葉を聞いた瞬間、少女達が目をパチクリさせた。

 

「予備がない故、私の天幕で寝て貰わねばならぬからな。5人では少々手狭だが、我慢してくれ」

「そんな、ありがたく使わせて……5人?」

 

ユウキの言葉がピタリと停止し、謎の硬直状態になる。隣では、同じ様子のアスナが立っていた。そんな2人の様子を、またも不思議そうに眺めるキズメルに、今度はキリトが声を掛ける。

 

「ありがとう。では、遠慮なく使わせてもらいます」

「うむ。私はこの野営地にいるので、用があれば声を掛けてくれ。では失礼」

 

キズメルはそう伝えると、一礼して食堂の方へ去った。彼女の姿が遠ざかると、フリーズ状態から解放された少女達が、キリトに顔を向ける。

 

「さっきの取り消して、主街区までおまじないで転送させてもらうのは可能?」

 

その問いに暫し黙り込んだキリトは、2人に向かって答えた。

 

「…えっと、もうムリ」

 

 

 

 

 

 

 

 

キズメルは、『5人では少々手狭』と言っていたが、その言葉など嘘のように感じられた。天幕の中は、6〜7人が横になれるほど広かった。地面には、柔らかい毛皮が敷き詰められ、ゆっくり休めそうだった。更に、中央の柱の前には、不思議な形のストーブが置かれ、オレンジ色の光と暖気が感じられる。

 

中に入ると、メインメニューを開いたキリトが、背中に吊るす《アニール・ブレード》と《コート・オブ・ミッドナイト》を除装して座り、ゴロンと横になった。すると、そんな彼にアスナが近付き、ブーツで脇腹を軽くプッシュする。彼の体が、コロコロと天幕の左端まで転がった。

 

「あなた達の場所はそこね。で、この辺に境界線があると思って下さい」

 

ブーツを左右に動かしながら、キリトとライトに向かって、そう言ってきた。

 

「……もし、国境侵犯したらどうなるんです?」

「ここって圏外よね?」

「…はい、理解しました」

 

腰に装備する、ウインドフルーレの柄に手を置いて言う彼女に、キリトは早口で答えた。すると、天幕の入り口に立つライトが、静かな様子で口を開いた。

 

「オレは外で寝る。何もしなければ、襲われる事はないんだろ? 寝袋も持っているしな」

 

彼がそう言うと、今度はユウキが腰に手を当て、何故か不機嫌な様子で口を開いた。

 

「襲われないって言っても、アスナがさっき、ここは圏外だって言ってたよね? 何かあったらどうするのさ?」

「えぇ。国境線さえ守ってもらえば、問題ないわ!」

 

年頃の男子達と1つ屋根の下で寝るのは、2人にとって少し抵抗があるだろう。しかし、自分達が暖かくフカフカな毛皮で寝るのに対し、2人が外で寒く硬い地面で寝るのは、申し訳ないと思うのと同時に、危険かもしれないと思ったのだ。

 

「ここは甘えとこうぜ、ライト……2層のボス戦から、碌に休んでないだろ?」

 

キリトの言う通り、取れる休息は取っておいた方が賢明と言うものだ。フィールドに出て集中力が切れでもしたら、それこそ命取りになる。

 

「……分かった」

 

正直、ライト自身はまだ集中力も持続するし、外で寝たとしても襲ってくる敵が居れば、倒せば良いだけの話だが、ユウキやアスナ、更にキリトからも言われた為、何も言わずに天幕に入って、武器や防具を除装し、毛皮に腰を下ろした。

 

反対側では、2人の少女達も武器や防具を除装している。すると、毛皮を撫でながら、アスナとユウキがある事を訊ねた。

 

「この連続クエスト…私達まだ、状況が掴めてないんだけど、どういうものなの?」

「黒エルフと森エルフが戦ってるっていうのは、何となく分かるけど、どっちかが正義で悪って訳じゃないよね?」

 

森エルフとの戦闘で、あの葉っぱの巾着を取り戻したキズメルの反応は、安心しきったような表情だった。少なくとも、この黒エルフが悪だとは考えにくい。

 

「…う、うん。その筈だよ。基本設定がβと同じなら、ちょっと上の層に《聖堂》って場所の中に強力なアイテムが封印されてて、それを巡って、黒エルフと森エルフが争ってる感じだと思う!」

 

如何にも、ファンタジー系のゲームでありそうな設定で、MMORPGの醍醐味とも言えるかもしれない。

 

「ふぅん……じゃあ、あの葉っぱの袋に入ってた鍵が、聖堂の鍵なの?」

「そう。え〜っと、全部で6個あるんだけど、層を跨いで、色んな所に隠されてるから、それを集めるのが大筋かな」

 

自分達が引き受けたクエストの全貌を、簡潔に分かりやすく説明していくキリト。すると、彼の隣に座るライトがある質問をした。

 

「…キリト、お前はβ時代にこのクエストをクリアしてるんだよな?」

「あぁ、そうだけど。」

「…なら、オレ達と同じように、このクエストを受けたプレイヤー達が現れて、そいつらが森エルフを選んだ場合は、オレ達はそのプレイヤー達と戦う事になるのか?」

 

このクエストを受けているのが、自分達だけとは限らない。他のプレイヤーも情報を集める中で、このクエストの存在を知る筈だ。その時、もし森エルフを選んだ場合は、一体どうなるのか。デスゲームとなったこの状況で、プレイヤー同士で剣を向けるのは避けたい。

 

「いや、そうはならない。特定のmobを倒せとか、アイテムを集めろとかは競争になるかもだけど、この野営地と同じで、俺達のクエストと他のプレイヤー達のクエストは共有されない《インスタンス》なんだ!」

「…そうか」

 

一先ず、命を奪い合う状況にならないと確認できたライトは、安心した様子だと、キリトには感じられた。すると、それを聞いていたアスナが、腑に落ちない表情をしている。

 

「…アスナ、どうかした?」

「あっ、ちょっとね……ねぇ!」

「どうした?」

 

アスナの表情が優れないと感じたユウキが、心配そうに訊ねると、彼女はキリトに声を掛けた。

 

「…あなたの言う通りなら、《インスタンス》だっけ? 私達と同じように、このクエストを受けてるパーティーの数だけ、この野営地だけじゃなく、キズメルさんや司令官さんが複数存在するって事よね?」

 

その言葉で、ユウキも気付いた。現実的に考えれば、そんな事はあり得ない。

 

《同一人物が複数存在する》

 

例え、ゲームの設定だとしても、やり慣れてるならまだしも、MMORPG自体初めてのプレイヤーならば、混乱するのは間違いない。更に、このクエストを受けるプレイヤーが現れる毎に、あの2人のNPCは何十、何百回と死ぬ事になる。

 

だが、それは従来のゲームも同じだ。もし、1人しかクリア出来ないクエストが発生したら、ゲームの平等性が疑われる。ゲーム攻略を目指す上で、そこは割り切る必要がある。

 

だが、2人の少女もそんな事は分かっていた。そうでありながら、割り切れない部分があるのだろう。すると、天幕の垂れ布が持ち上げられた。顔を見せたのは、天幕の主のキズメルだった。

 

「陣中ゆえ、大したもてなしは出来ぬが、この天幕は好きに使ってくれ。食堂では何時でも食事が取れるし、簡単だが、湯浴み用の天幕もある!」

「「お風呂あるんですか!?」」

 

すぐに反応を示すアスナとユウキに、2人組の少年達は『そんなにお風呂が好きなのか?』と思った。

 

「食堂天幕の隣だ。こちらも何時でも使えるぞ!」

「ありがとう、遠慮なく使わせていただくわね。行こ、ユウキ!」

「うん!!」

 

アスナはユウキを連れて、天幕を出て行った。そんな姉妹のようなやり取りを見ていたライトだが、彼女達を見詰めるキズメルの瞳に、どこか悲しげな眼差しが含まれていると感じた。だが、彼女はすぐに目線を逸らすと、奥の方へ進み、少年達に話しかけた。

 

「私は少し休ませてもらう。用があれば、何時でも声を掛けてくれ!」

 

キズメルはそう言うと、左の肩当の留め具に嵌め込まれた大きな宝石に触れた。シャララン、と不思議な音が鳴ると、彼女が装備する鎧やマント、サーベルが光の粒子となって消滅した。シルクのような光沢を放つインナー1枚だけの姿となり、男子であれば、見入ってしまうのも無理ない。

 

「「っ!?」」

 

キリトは彼女の姿に目が離せず、ライトは思わず視線を逸らしていると

 

 

「君達もお風呂入った方が良いと思うよ?」

「2人とも、すっごく汗かいたと思うからさ?」

 

アスナはキリトの襟首を引っ張り、ユウキもまたライトの袖を掴んで天幕から引っ張り出した。

 

外に出ると、夕日が沈んで既に夜になっていた。大きな天幕では、黒エルフ達の兵士が笑いざわめき、草むらからは虫の鳴き声が届く。それだけで、穏やかな雰囲気が伝わってきた。

 

4人は食堂の天幕に辿り着くと、その横にある湯浴み用の天幕を見つけた。しかし、ここで問題が起きた。

 

「「「「…………」」」」

 

彼らの目の前には、天幕が1つしか無かった。アスナが中を覗いて首を引っ込めると、少年達に顔を向けて、真剣な口調で言った。

 

「…お風呂、1つしかないわ」

「………」

「……ふぅん」

「…そうか」

 

アスナの言葉に、それぞれ返答する男子2人組。ここで『じゃあ、混浴ですか』などと言えば、細剣と片手直剣で貫かれるのは当然なので、絶対に口にしてはいけない。

 

「だったら、俺達は隣で飯を食ってるよ。上がったらそっちに…」

「ねぇ、ここって本当に犯罪防止コード圏外なんだよね?」

 

ユウキが口にした言葉が、一体何の関係があるのかと思ったが、真剣な様子の彼女達に、ライトが答える。

 

「ここに来るまで、圏内に入った表示は出なかったから、間違いないだろう」

「なら、武装を全解除するのは危険よね?」

「…まぁ、そう言えなくはないけど」

「こうしましょ、お互いに入浴時は入り口でガードする。順番はじゃんけんかコイントスで決めるのはどう?」

 

彼女達は、何か襲われる事を警戒していた訳ではなく、黒エルフの男が入ってこないかを警戒していたのだ。すると、彼女達の説明を聞いたライトが口を開いた。

 

「2人で見張りをすれば良いじゃないか?」

「それだと時間が掛かるよ、ボク達は使わせてもらってる立場なんだから!」

 

確かに、ユウキの言う事も一理ある。黒エルフに味方したと言っても、1人ずつ使わせてもらうのは、流石に気が引けると感じたのだろう。それを聞いたライトは、暫く間を置いてから頷いた。

 

「……分かった」

「了解、俺達は後でで良いよ。ライトも大丈夫か?」

「問題ない!」

 

レディーファーストという事で、最初に入浴を2人に譲ったキリトとライト。

 

「ありがと!」

「じゃあ、見張りよろしくね!」

 

そう言うと、2人は颯爽と天幕の中に消えた。残された少年達は、入口の傍に座り込んだ。これで、黒エルフの誰かが近付いても大丈夫だ。すると、『しゅわん』という音が2度も聞こえ、《衣服全解除》と《下着全解除》の音だとすぐに分かった。更には、『はぁ〜』という息遣いが、2種類も聞こえてくる。

 

『…アスナの肌って、白くてスベスベで、本当に綺麗だよね? 羨ましいなぁ』

『ユウキだって凄い綺麗だと思うよ?』

『アスナに比べた全然だよ…おっぱいも大きいしさ!』

『ちょっとユウキ、何言い出すのよ!?』

 

天幕の中から聞こえるその会話に、キリトは心の中で叫んだ。

 

「(休めるか!!)」

 

そんな叫び声を上げると、隣に座るライトに目をやった。彼は目を瞑り、手を組んで坐禅のポーズを取っていた。中からの会話をシャットダウンしているのかと、キリトは同じような姿勢を取って試みた。数分後、またも彼が心の中で叫んだ。

 

「(集中できねぇ!!)」

 

結果は無意味だった。隣のライトを見れば、彼は姿勢を崩すどころか、微動だにせず、そのままのポーズを取り続けていた。少女2人が天幕から出たのは、それから30分後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライトは唐突に目を覚ました。彼が普段から熟睡できるタイプかと言えば、そんなタイプではない。

 

少女達がお風呂から上がり、自分達も手早く済ませると、食堂の天幕に移動した。そこで食事を取り、キズメルの天幕へ戻ってきた。ライトは再び眠ろうとしたが、不思議と睡魔はやって来なかった。

 

彼は上体を起こし、周囲を窺った。アスナとユウキは互いに寄り添い合って寝ており、キリトも疲れが出たのか眠っている。しかし、この天幕の持ち主、キズメルの姿が見当たらない。すぐに、視界の左端にある自分以外のHPバーを確かめる。それら全ては満タンで、何かあった訳ではない。

 

ライトは起き上がると、天幕の外へ出た。夜も遅いのか、誰も歩いておらず、鍛冶屋の槌音も消えていた。ライトは歩き出すと、司令部の天幕の裏手に足を向けた。ここは、キリトも訪れた事がない場所だと聞き、彼自身、一体どんな場所なのだろうと気になっていた。

 

「…………」

 

ライトは、木に囲まれた道を警戒しながら歩く。夜空に浮かぶ満月の光が、進む道を照らしてくれる。そして、拓けた場所に着いた彼の視界に、1本の大木を中心に広がる沢山の墓標が立つ光景が飛び込んだ。

 

「(これは、墓地?)」

 

それらの墓標に蔦が絡みついている事から、古い物であると分かる。すると、中央に立つ木の根元に、キズメルが何かを持って座っていた。

 

ライトは彼女に歩み寄ろうとして、残り2〜3m辺りで立ち止まると、彼に気付いたキズメルが声を掛けた。

 

「…ライトか。しっかり休んでおかいないと、明日が辛いぞ?」

「元々、そんなに良く寝られる方じゃないんだ…天幕ありがとう、お陰で助かった」

 

硬い地べたで休んでも、疲れは取れない。彼女が貸してくれた天幕があったから、自分達はゆっくり休む事が出来た。ならば、お礼を言う必要がある。

 

「構わんさ。私1人には広すぎる」

 

5人が一気に入っても、十分に寝られる程のスペースだ。1人では少々心細いと思うだろうが、NPCが果たしてそんな事を感じるかと疑問に思う中、彼女の近くにある墓標が目に入った。

 

「…ティルネル…さん?」

「……双子の妹だ。先月、この層に降りてきて最初の戦で命を落とした」

 

痛々しい内容だった。血を分けた妹が敵…(恐らくは、森エルフだろうが)…に殺されれば当然の事だ。だが、それはゲームの設定上に過ぎず、作られた物語でプログラムなのだ。

 

しかし、目の前に座るエルフは、本当にNPCかと疑ってしまう。悲しみの感情が篭った声を聞けば、誰もがそう思う筈だ。

 

「何時までも立ってないで、座ったらどうだ?」

「あ、あぁ」

 

キズメルに促され、少しだけ距離を取ってから、木に凭れかかる。すると、彼女が手に持っていた何かを差し出した。

 

「それは?」

「月涙草のワインだ。妹の好物でな!」

「…そうか」

 

仮想空間では、どれだけアルコールを摂取しても、現実の体に害はない。ナーヴギアが脳に、その信号を送っているだけだ。

 

ライトは受け取ると、中身を口に注ぐ。甘酸っぱい味が広がると同時に、強い酒精が喉を灼く。一口飲むと、彼はそれをキズメルに返した。受け取った彼女は、蓋をすると両膝を抱えて呟いた。

 

「昨日、秘剣奪還の任務に志願した時、私は死を覚悟していた。いや、それを望んでいたかもしれん。事実、あの森エルフとは良くて相討ち、最悪負けていたかもしれない。だが、運命はそなたらを我が死地に送り込んだ…この世界には、如何なる神も存在しないと言うのに」

 

β版の展開なら、こうして彼女と話す事は出来なかった。目の前に座るのは、プレイヤーではなくこの世界と共に作られたNPCだ。しかし、ライトには目の前に座る女性が、本物のエルフにしか思えなかった。

 

「神、か…そんなものは存在しないとオレも思ってる。オレ達があの場所に居たのは、オレ達自身が選んだ結果だ。それ以外の何者でもない!」

「…そうか……ところでライトは、キリト達と組んで長いのか?」

 

予想外の質問に驚いてしまったが、ライトは短く伝える。

 

「キリトとはもう、1ヶ月以上になる…ユウキやアスナとは数週間だな」

「道理で息が合っていたと思った…だが、どちらかと言えば、お前やキリトの方が、ユウキやアスナに合わせているように思えたが?」

 

その言葉を受け、ライトは答えに悩んだ。別に連携を合わせている自覚があった訳ではない。

 

「……別に、オレはそう思った事はない。元々、1人でやるつもりだったしな」

「…1人で?」

 

『しまった!』とライトは思った。何故こんな事を言ってしまったのか、数分前の過去に戻りたいと後悔したが、今更言っても遅い。『聞いてくるな!』と思ったが、それは無駄な足掻きだった。

 

「ライトは、1人で戦おうとしていたのか?」

「……そうだ。オレは、人との付き合いが、好きじゃないからな」

 

彼が他人と深く関わる事は少ない。この世界に降り立った時から、1人でやろうと思っていた。例え、デスゲームになったとしても。顔を伏せたまま、キズメルにそう伝えると、彼女は意外な事を口にした。

 

「…私はそうは思わないな」

「何?」

「私の見立てではあるが、お前とキリトは、お互いに頼り合っていると思うのだ。勿論、ユウキやアスナとも。何故なら、そなたら4人は、あんなにも息が合っていて、楽しそうに話をしているからな!」

 

その言葉に、ライトは混乱した。キリトにはこれまで、何度も世話になってきた。ビーター宣言の時も自分を1人にしようとせず、共に来てくれた。それは、ユウキとアスナも同じだ。しかし、楽しそうにしているとは思わなかった。

 

「1人でやろうとする必要も、ないのではないか? お前には、背中を任せられる者達が居るのだろう? お互いに守り合う相手は、大切に思った方が良い!」

「っ!?」

 

ライトはその言葉に何も言えず、ただ顔を伏せる事しか出来なかった。

 

「私もそなたらを守ろう、進む道が分かれるその時まで」

 




原作では、墓場でのキズメルとの対話はキリトでしたが、今回はオリ主にさせて頂きました。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。