中々、書く気が起きず、先延ばしにしていました。
今回は、墓場でキズメルと話した主人公が、キリトに対してどう思っているのかが書かれている場面があります。
それでは、どうぞ!
4人が受けたクエスト《翡翠の秘鍵》の次の任務は、司令官から命じられた《毒蜘蛛討伐》だ。
ライト達は、騎士キズメルと共に《迷いの森》を歩いていた。時刻は午前3時で、出発するには少し早い。何故こんなに早いかと言うと、ライトとキズメルが天幕に戻って来た時、完全装備状態でユウキとアスナ、キリトが待っていた。
戻ってきた2人を見た途端、少女達が冷ややかな視線をライトに送った。キリトはそんな彼に苦笑いを零すが、当人は、何なのか見当が付かない。そして、3人から次の任務に行こうと言われた。
結果、ライトとキズメルも装備を整え、蜘蛛の討伐に向けて野営地を後にしたのだ。
「綺麗……夜の森って、こんなに光って見えるんだ」
「そうね…この景色を見られただけで満足だわ」
呆然と呟くのは黒紫髪の少女、ユウキだった。月明かりの森を背景にした彼女の姿に、ライトは思わず目を奪われた。キリトもまた、その森をバックにしたアスナに見惚れていた。更に、黒エルフのキズメルも、2人に負けず劣らずの美しさを持つ。まるで、芸術的な1枚の絵画だと、ライトは思った。
しかし、ここはモンスターが湧出する圏外だ。今のように気を抜く訳にいかない。アスナとユウキが、青白い光に照らされた森に見入っていると、黒エルフの騎士キズメルが口を開いた。
「…あの子も…ティルネルも夜の森が好きだった」
「「「「…………」」」」
キズメルが顔を伏せて、小さく呟いた。3人は既に、ライトからある程度、彼女の事情について聞かされている為、特に表情を変える事はなかった。
「みんな、解毒ポーション、何個持ってる?」
キリトが、唐突にそう訊ねた。今から戦うモンスターには毒がある。レベル的に手こずる相手ではないが、毒を喰らうと厄介だ。
「ポーチに3個と、ストレージに16個」
「ボクもそのぐらいだよ!」
「同じく…」
確認したキリトは、小さく頷いた。その時、彼はふと思った。前を歩くキズメルは、それらのアイテムを持っているのかと。
「なぁ、キズメル。解毒ポーションの持ち合わせは?」
「一応、持ってきたが、基本的には必要ない。私にはこれがあるからな!」
そう言って彼女は、右手の人差し指に嵌められた指輪を見せた。その指輪には、解毒ポーションと同じ、緑色の宝石が埋め込まれていた。
「…指輪?」
彼女が嵌めている指輪が、一体何の効果を発揮するのか、ライトが訊ねる。すると、キズメルは誇らしげに、その指輪の効力を語った。
「この指輪は、女王陛下から剣と共に賜ったものだ。10分間に1度、解毒のまじないが使えるのだぞ!」
「すっ…」
「っ!?」
その効力を聞いたキリトは『スゲー!!』と叫びそうになり、ライトは緋色の双眸を見開いた。クールタイムがあるにせよ、無限に使えるようなアイテムが、目の前にあるとは驚きだ。そんな2人に、キズメルが咳払いして口を開く。
「そんな顔をされても、これを譲る訳にはいかん。そもそもこの指輪は、我らリュースラの民の血に僅かに残る魔力を源泉している故、人族では使えぬよ」
「い、いや。別に欲しいなんて思ってないよ。キズメルに解毒の準備が出来ているなら、それで良いんだ!」
「右に同じ……後、それが欲しいなんてオレは一言も言ってない!」
キリトの否定に、ライトが付け加える形で答えた。すると、アスナの隣を歩くユウキが、2層のボス戦前に見せた、小悪魔的な笑みで口を開いた。
「でも、さっきのライト、キズメルのそれが欲しくてたまらないぃ〜!!…って感じの目してたと思うよ?」
「キリト君も同じ目してたねぇ〜。でも、男の子が女の子の指輪をねだるなんてしないよね?」
更に、アスナまで参加してきた。2人の言い分を聞いた少年達は、反論しようと口を開いた。
「そんな目をした覚えはない。ただ、その指輪の性能が破格だと思って驚いただけだ!」
「全くもって同意!…って言うかそれだと、俺達はダメでそっちは許されるみたいな」
「確かに。それだとfairじゃないな?」
それを聞いたアスナとユウキが、反論しようと声を出した。
「別にそこまで言ってないじゃない!?でも、君達がキズメルの指輪を見てたのは事実でしょ?」
「そうだよ!それに、ボク達が何時2人に指輪をねだったのさ?」
そんな言い合いをしていると、キズメルが会話に割って入った。
「キリト、アスナ、ライト、ユウキ。歓談中に申し訳ないが、何かが近付いている。足音からして、人でもエルフでもない…更に前と右、左から3匹だ」
「「「「……っ!?」」」」
彼女の言葉に、4人は少し遅れて反応した。キリトとアスナは右、ライトとユウキは左に目を向けた。すると、木立の下を高速で移動する何かが映った。
細長い足をカサカサと鳴らして近付く、腰ぐらいの高さの何かを注視する。カーソルは赤とピンクの中間で、HPバーの下には《Thicket Spider》と表示されていた。5人は同時に抜剣して構える。
「直接的な攻撃は牙の噛み付きだけだけど、ケツから発射される糸に触れると、動きを阻害されるぞ!」
「「「了解!」」」
すると、アスナがキリトを睨みつけた。ユウキもどこか複雑な視線を向ける。何かしたかと思考を巡らせると、自身がマズイ言葉を口にしてしまった事に気付く。
「スマン、ケツじゃなくて…ええと……」
「どっちでもいいわよ!!」
それを合図に、5人は一斉に蜘蛛に向かった。正面はキズメル、右はキリトとアスナ、左はライトとユウキに別れた。3層にポップする毒蜘蛛は、比較的弱い分類に入る。キリトが言った通り、噛み付きとケツからの粘着糸の筈だ。
「はあぁぁ!!」
蜘蛛の噛み付きをヒラリと躱したユウキは、通常攻撃とソードスキルを織り交ぜてダメージを与える。この程度の相手なら、2人掛かりでなくても、容易に倒せる。
キリト達に目を向けると、彼らも全く手こずっていなかった。しかし、この森には《トレント・サンプリング》も出現する為、戦いながら周囲の警戒も必要だ。蜘蛛のHPを3〜4割も減らしたユウキは、ライトに目配せる。それを確認した彼は、スイッチのタイミングを待つ。
「やああぁぁ!!」
片手直剣突進ソードスキル《レイジスパイク》が蜘蛛の牙と激突すると、両者はそれでノックバックにより後退する。
「スイッチ!」
合図が出る前に飛び出したライトが、ユウキと入れ替わると、その胴体に通常攻撃の斬撃を2、3回与える。硬い甲羅がある訳でもなく、ダメージは与えやすい。加えて、彼の剣はキリトのそれと違って《重さ》も兼ね備えていた。それにより、キリトのより数値が低い《鋭さ》をカバーする形となっている。
斬撃を喰らった蜘蛛は、ライトへ怒りが篭った視線を向け、毒に濡れた大顎を動かす。だが、彼は冷静に眼前の敵を観察していた。
今までのモンスターは、βとの攻撃パターンに違いが見えた。この蜘蛛も、それが施されている筈だ。だからこそ、今ある攻撃パターンの情報を考慮しつつ、新たな攻撃を仕掛けて来ないかと、注意深く観察する。
「シャアアァァァ!!!」
すると、ライトに向けて叫び声を上げた蜘蛛が、8本の足を縮めてジャンプで襲いかかった。普通なら、左右か後方に避けるが、彼はある事を試してみようと思い、蜘蛛が自身の間合いに入るまで待った。
「ライト!」
ユウキの叫び声が後方から聞こえたが、彼は気にも止めずに、ギリギリまで待ち続ける。
「(ここだ!)…はぁ!!」
ズガッ!!
毒の牙が彼を襲おうとした瞬間、ライトは右足を上に蹴り上げた。その蹴りは蜘蛛の顎に命中し、反動で宙返りする。
彼が使ったのは、《体術》スキル蹴り技《弦月》だ。後方宙返りで蹴りを放つが、タイミングを外すと転倒状態となり、スキル硬直が発生する。その為、敵が自分の間合いに入るのを、ギリギリまで待つ必要があった。
攻撃を受けた蜘蛛は仰向けに倒れた。そして、その隙を逃す筈もなく、ライトは剣を左脇に構えた。
「おおぉっ!!」
片手直剣2連撃ソードスキル《スネーク・バイト》が腹部に叩き込まれた。情報ではそこが弱点な為、それを受けた蜘蛛のHPが、みるみる減少して空となり、ポリゴンとなって四散した。
ライトが周囲を窺うと、キズメルは既に倒しており、キリトとアスナも終わっていた。それを確認したライトは、敵がもう居ないと判断し、背中の鞘に剣を収めた。
「ライト、さっきの技って何なの?」
すると、同じく腰の鞘に剣を収めたユウキが、そう訊いてきた。
「《体術》スキル、後方宙返り蹴り技《弦月》だ。足を上に蹴り上げて放つが、タイミングを外すと転倒状態になって、スキル硬直が発生するsevereな技だけどな」
「ふ〜ん、ボクも体術スキル取ろっかなぁ」
体術スキルを主力武器として使うプレイヤーは、この世界には少ない。威力が剣よりも劣るからだ。だが極めれば、使い勝手が良くなる便利なスキルだと、ライトは思っている。
「それはそうと、ライト!そう言う技があるなら、先に言っといてよね?連携が取れないかもしれないじゃん!」
「……何で怒ってるんだ?」
「別に!怒ってなんかないよ!」
ライトの疑問にそう答えると、ユウキはソッポを向いてしまった。そんな彼女を、ライトはよく分からない目で見ていた。すると、そんな彼に、声を掛ける人物が現れる。
「お疲れ…って言いたいけど、さっきのはちょっと危なかったと思うぞ、ライト?」
顔を向ければ、蜘蛛を片付けたキリトとアスナ、キズメルが近くまで来ていた。3人のHPを確認すると、殆ど減っていない。
「タイミングが合ってたから良かったけど、ミスってたら今頃、毒で麻痺になって倒れてただろ?」
《体術》スキルは、剣で戦う時と同じく《間合い》が重要だ。剣での戦闘は刀身の長さに加え、持ち主の腕の長さも足される。
しかし、体術は己のアバターの手足だけだ。リーチが短い分、タイミングを合わせなければ、確実に攻撃を喰らう。しかし、ライトがそれを分かっていない筈がない。だからこそ、彼は蜘蛛が自身の間合いに入るのを待ったのだ。
「キリト君も人の事言えないと思うわよ?」
「…へ?」
「さっき戦闘中に上の空だったでしょ? 何考えてたのよ?」
「うっ…」
それを聞いたライトは、口には出さなかったが、内心でアスナと同じ事を思っていた。目の前に敵が立っているのに、違う事を考えていたとは、呆れてしまっても仕方ない。
「いかに弱敵であっても、侮れば危地を招くぞ、キリト……ライトも、無茶な事はするな!」
弟を叱りつける姉のように、そう言ってくるキズメル。
「あ、侮ってた訳じゃないよ。ちょっとだけ考え事を…」
「だから、その中身を聞いてるんじゃない!」
誤差に思いついた言い訳を言ってみるものの、アスナには通用しなかった。言いあぐねていたキリトが、とうとう口を開いた。
「…ええと……アスナやユウキが、クモとかハチとか平気なのが意外だなーって」
「はぁ? そんなどうでもいい事考えてたの?」
「は、はい…」
キリトが頷くと、アスナは呆れたようにため息を吐いた。
「ここまで大きかったら、虫も獣も一緒でしょ? いちいち怖がってられないもの!」
「だよね?そうなってたら、ボス戦にも参加できないもん!」
『頼りになるな〜』と、キリトはしみじみ思った。美しく強い上に、男勝りな言葉まで言ってくれると、こちらも心強いと感じる。その言葉を聞いたキズメルが「フフ!」と微笑んだ。
「頼もしいな。あの子も……ティルネルも実態ある怪物なら、虫だろうとウーズだろうと苦にしなかった」
最後の言葉は独り言のようだと、ライトは感じた。作られた設定だと分かっていても、彼女の口調、表情のそれは、自分達と同じだ。
「すまん、余計な事を言ったな」
4人の様子にキズメルは、気まずそうに軽く謝った。
「さぁ、先を急ごう。先刻クモどもが現れた方向に、奴らの巣がある筈だ」
「よし!…って、あ…あれ…」
蜘蛛どもと戦闘を繰り広げていた所為か、それともここが《迷いの森》だからか、方向を見失ってしまったキリトが顔を左右に動かす。
「はぁぁ…こっちよ!」
そんな彼に、呆れた顔をするアスナが、北西方向を指差したので、5人は再び移動を開始した。歩き始めてから少し経った時、前を歩くアスナが振り返った。
「ねぇ、さっきキズメルが、『実態ある怪物なら』って言ったでしょ?」
「う、うん」
彼女の質問に首を縦に振るキリトだが、アスナは更に続ける。
「…なら、この層には実態じゃないモンスターも出るの?」
「あ、アスナ…それってもしかして…オバケの事言ってる?」
隣を歩くユウキが、気味が悪そうに訊ねた。その問いにアスナが頷くと、ユウキは少し体を身震いさせた。どうやら、彼女達は幽霊の類は得意ではないようだ。そんな2人に、キリトが口を開く。
「…少なくとも、β時代にはこの層で、そんなモンスターは見なかったけどな」
彼の回答にアスナとユウキは、安堵の息を吐いた。しかし、その雰囲気を壊すかのように、ライトが話しかけた。
「だが、β時代がそうであって、この正式版ではその類も変更されてるかもしれない以上、油断は出来ないな」
「「…………」」
2人はライトに『余計な事を言うな!』と訴える視線を向けた。今までも、βとの変更はあった以上、あらゆる可能性を考慮する必要があるのは分かるが、安心させてから言うなと、2人の少女は思っていた。
そんな彼女達の視線に気付かず、ライトは周囲の状況を警戒していた。そんな空気の中、5人は先へと進む。途中、再び《シケット・スパイダー》と交戦したものの、5人は全く問題なく倒せた。そうしているうちに、5人は洞窟に辿り着き、中に入った。
「……私、こういう天然系ダンジョン好きじゃないわ!」
「ボクも嫌だな。明かりが無かったら、何にも見えないもん!」
暗闇を進みながら、アスナとユウキが愚痴を零す。彼らが奥へ進む洞窟は、人工的に作られたダンジョンではなく、自然に生み出された物だ。故に、壁際には一切の明かりが灯っておらず、自分達が用意した松明を使う必要がある。
「せめてもう少し明るけりゃな〜」
「言っても仕方ないだろ…それより、周囲を警戒しろ。キズメルが居るとはいえ、何が起こるか分からないんだ!」
2人に続いて、愚痴を零すキリトにライトが注意を促す。松明はあるが、それでも数十mを照らすだけで、周囲の状況を探るのは困難だ。しかし、同行しているキズメルには、エルフ族特性の暗視能力がある。
その為、近付いて来た敵をすぐ教えてくれる。慎重に、確実に探索した4人は強化素材を集めたり、宝箱を見つけたりとした。すると、不意にアスナが話しかけてきた。
「そういえば、このダンジョンは、ええと…例のインスタンスなの?」
「いや、こっちはインスタンスの反対の《パブリックダンジョン》って言うんだ。特にここは、《毒蜘蛛討伐》以外にも、主街区で受けられる重要なクエストのキースポットなんだ!」
「…っ!」
キリトが説明し終えた時、隣を歩くライトが、何かに反応して後方に視線を向けた。その事が気になったキリトが、立ち止まって声を掛けた。
「ライト、どうかしたか?」
「…何か聞こえなかったか?」
「えっ?…っ!」
ライトの言葉に、キリトは自分の聴覚を研ぎ澄ました。すると、金属同士が衝突したような、甲高い音が微かに聞こえた。それと同時に、ある可能性に思い至った彼は、早口に話し出す。
「不味いな。野営地で過ごした時間を考えると、もしかしたら…」
「キリト、ライト、アスナ、ユウキ。どうやら我々の他にも、訪問者が来ているようだ」
どうやら2人の少年達だけでなく、黒エルフの騎士キズメルも、僅かな金属音に気付いたようだ。
「キズメル、それは多分プレ…じゃなくて、俺達と同じ人族の剣士だと思う。だけど、事情があって彼らとは顔を合わせたくない!」
「ほう、実は私もだ」
騎士キズメルは、キリトの言葉にニヤッと笑うと、近くにある壁のくぼみを指差した。
「ならば、暫しあそこに隠れてやり過ごそう!」
「でも、松明で照らされたら、すぐにバレると思うけど」
音の発生源からは幾つも聞こえる。それだけで、大勢のプレイヤー達が近付いるのが分かる。例え、そのくぼみに隠れて、《隠蔽》スキルを発動させても、松明を向けられれば、明かりで姿が見える。すると、ユウキの疑問にキズメルが、全員に微笑んで言った。
「我ら森の民には、いろいろ手妻があるのさ!」
そう言うと、彼女は4人をくぼみに向かわせ、先にキリトとアスナを壁にくっつけ、2人の前にライトとユウキを押し当てた。そして、彼女本人もピッタリと覆いかぶさった。お互いが密着している為、かなり窮屈と思ったライトは、後ろのキリトに声を掛けた。
「おい、キリト。もっと奥に行けないのか!?」
「無茶言うな、ピッタリ壁にくっついてるっての!」
キリトとキズメルに挟まれる形になったライトは、後ろのキリトに訊ねたが、無理だと即答されてしまった。
「松明を消せ!」
4人は指示通り、松明を床の水溜りへと落とす。当然、炎が消えた事により、周囲は暗黒へと包まれた。それを確認したキズメルは、背中のマントで自身も含めた5人を隠した。
辺りは暗闇の筈だが、目の前の光景は光苔が放つ緑色の光で、マントから透けて僅かに見える。しかし、こんな事をしても、明かりを向けられたら終わりだと、ライトは思ったが、視界の端に表示された《隠れ率》に目を剥いた。
「《
「…嘘だろ」
つまり、キズメルのマントには、キリトやライトが取得している《隠蔽》スキル擬のまじないが、施されているという事だ。しかも、2人のよりも格段に高い《隠れ率》を取得している。
「ねぇ、誰が来るの?」
ライトと同じように、キズメルとアスナに体を密着させられているユウキが、この場所に誰が来るのかを訊く。
「多分、前線組の連中が心待ちしてた《ギルド結成クエスト》だよ!」
キリトの言葉で納得した様子のライト、アスナ、ユウキの3人だが、マントで覆うキズメルが口を開いた。
「来るぞ、静かに」
4人が同時に頷くと、口を強く引き結ぶ。10秒程で、ガチャガチャと金属同士の音が響いてきた。推定人数はザッと、数十人と思われる。そして、ダンジョンの中に、聴き馴染んだ男の声が響き渡った。
「何でや!? 何で宝箱が片っ端から開けられとんねん!?」
4人は内心で『またお前かよ!?』と叫んだ。2層のボス戦時に、レイドメンバーとして共に戦った《アインクラッド解放隊》の反βテスター主義を掲げる男だと、すぐに分かった。数秒後、すぐ近くを1人のプレイヤーが通過した。盾を持つ片手剣使いの次に、見覚えのある男が映った。
βテスターを敵視する解放隊リーダー、キバオウ。この場で見つかれば、斬り合いにはならないが、嫌味の1つか2つは言われそうだと、ライトが思っていると、彼の目に1人のプレイヤーが止まった。
ラウンドシールドを携え、片手斧を装備した鎖頭巾を被ったプレイヤーだ。特段、変わっている訳ではないが、片手斧を装備したプレイヤーを殆ど見なかった事と、暗闇の中で視界が狭まる頭巾は不釣り合いだ。
全員が姿を消すと、キズメルは4人から離れた。誰も居ない事を確かめると、疲れた口調でアスナが言った。
「…なんだが、モンスター相手よりも緊張したわ!」
「うん。見つかってたら、ちょっとヤバかったよね?」
「嫌味の1つや2つは言われたかもな」
「それでも、戦闘にならないだけマシだろ?」
彼らが身を隠す理由は、ビーター宣言が最大の要因だ。そして、反βテスター主義を掲げるギルドに遭遇すれば、かなり面倒だ。すると、彼らの会話にキズメルが加わった。
「先程の小隊に知っている相手でも居たのか?」
「居るには居るが、友好的な関係じゃないんだ!」
キズメルに問いに、ライトは短く答えた。
「しかし、この城に暮らす人族は、長く平和を保っていると聞いたが?」
彼女の質問に答えたのは、今度はキリトだった。
「も、勿論、剣を向け合う程じゃないよ。大きなモンスターと戦う時は協力する…でも、ライトが言ったように仲良しって訳じゃない」
それを聞いた騎士キズメルは頷くと、苦笑いの笑みを浮かべた。
「成る程。私の所属するエンジュ騎士団と、王都を警護するビャクダン騎士団のようなものか」
聞き慣れない言葉が飛び出した事に、キリトやライトは首を傾ける。すると、隣のアスナが華やか声を出した。
「騎士団に樹の名前がついてるのね、素敵だわ!」
「ねぇ、キズメル。他には何があるの?」
続いてユウキも、キズメルに訊ねた。まさか黒エルフにも、騎士団の種類があるとは思わなかったライトは、キズメルの言葉に耳を傾ける。
「後は、重装部隊のカラタチ騎士団がある。そちらとも、あまり仲が良くない!」
「…じゃあ、入れて貰うなら私もエンジュ騎士団が良いな!」
「アスナ、ズルイよ! ボクだって入りたい!!」
その光景を見ていると、姉に甘える妹のように見える。そんなやり取りを、キズメルは少し悲しみを含んだ目で見ていたが、苦笑いを浮かべて言った。
「残念ながら、人族がリュースラの女王から、騎士の証たる剣を授けられた事例はないと聞いている。しかし、勲功大なる事を考えれば、女王への謁見くらいなら、あるいは…」
「ほんと? じゃあ、もっとがんばろ、ユウキ!」
「うん!」
非常にテンションが高い2人の後を追う為、3人は歩き出した。1度水溜りに落とした松明だが、耐久値が切れない限り、何度でも使用可能だ。
キバオウ達の目的は《ギルド結成クエスト》がある、地下2階に辿り着く事だ。1階のモンスターは5人が殆ど倒したので、今頃は階段を降りている筈だ。キリトは右手を振って、メインウインドウを出現させる。マッピングデータを確認すると、1階は8割方巡り終え、残るは2箇所だけだ。そして、彼と同じ作業をしているライトが独り呟いた。
「さて、どちらを先に潰すべきか…」
「地下2階に続く部屋を調べて、キバオウ達に鉢合わせても面倒だ。こっちから調べよう、3人もそれで良い…」
そこで、キリトの言葉が止まった。女性3人方に確認を取ろうとしたキリトを、黒エルフの騎士キズメルが見詰めていたのだ。一体どうしたのかと思っていると、キズメルが口を開いた。
「…人族の使うそのまじない、久しぶりに見たな」
「ま、まじない?」
頭に疑問符が浮かぶキリトに、キズメルは頷くと続きを説明し出す。
「うむ。ほぼ全ての魔法を失った人族が、今に伝える数少ないまじないの1つ、《幻書の術》であろう? 知識のみならず、品物までも幻の書物に収めるという」
すると、キリトは暫し唖然としていたが、気を取り直してキズメルに答える。
「…そ、そう、それ! ゲンショに描いてある地図によれば、こっちの方がまだ調べ終えてないんだ!」
人族の自分達が持っているまじないをエルフ族が知っている以上、知らないと言える訳がない。咄嗟に頷いたが、幸い不審に思われる事はなかった。その代わり、後ろのアスナとユウキが、笑いを堪えるような顔をしていた。
「…なら、先ずはそっちの方から調べましょうか?」
「だね!」
「うむ!」
アスナがそう言うと、女性陣3人は歩き始めた。そして、男子2人も後を追いかけた。
5人は2つの部屋のうち、最初の1つに巣を作っていた蜘蛛を難なく倒した。そこで、ライトが壁際で小さく光る何かを発見した。気になった彼は、その光るオブジェクトを手に取った。それは、木の葉を象った銀細工だった。ライトはそれが、キズメルの左肩のマントの留め具だと気付く。
「エンジュ騎士団の徽章だ。この洞窟を調べていた偵察兵のものだろう。持ち主はもう、生きているまい」
彼女の沈んだ声と表情に、全員が沈痛な空気に包まれた。これは作られた設定の筈だが、彼らには目の前のエルフが、ただのNPCとは思えなかった。ライトは手に持つ徽章を、キズメルに渡そうとした。しかし、彼女は首を横に振った。
「それは、ライトが渡してくれないか? 一先ず、報告に戻ろう」
「…分かった」
頷いた彼が腰のポーチにしまうと、クエストログ進行を告げるメッセージが流れた。5人は黒エルフの野営地に戻る為、部屋を後にした。
部屋を出た一行は、再湧出するmobに備えて左手に松明、右手に各々の武器を持ち、何時でも迎撃できるよう準備する。すると、彼らの耳に男達の叫び声が届いた。
「やべぇ!! あいつ、階段登って来るぞ!?」
「入口まで走れ、逃げろ!!」
金属同士がぶつかるガシャガシャとした音が聞こえてくる最中、大型モンスターの咆哮が響いた。
「あ、あんなデカいクモがおるなんて聞いとらんぞ! どうなってんねん!?」
地下2階を目指していた、キバオウ率いる《アインクラッド解放隊》が、巨大な蜘蛛のモンスターに追われているようだ。彼らの状況を理解したキリトは、4人に向き直る。
「…どうする?」
キリトは、4人にというよりも、最も長くコンビを組んでいるライトに訊ねていた。見れば、女性陣3人も少年達に顔を向けていた。ライトは全員を見渡すと、少し考えてから口を開いた。
「オレは行く、彼らの戦力は貴重だ。それに……このまま見捨てて死なれたら、目覚めが悪るすぎる」
小さな呟きは、全員の耳に届いた。助ける相手は、自分達の事を嫌っているパーティーだ。しかし、このデスゲームをクリアするという目的は一致している。そして、ボス戦でも彼らの力が必要になると、ライトは理解していた。
「…分かった。パーティーが通り過ぎたら、後から来る蜘蛛をこっちに引きつけよう。そこにある大きな部屋でなら、十分戦える筈だ!」
キリトは反対しなかった。恐らく彼も、彼らの存在が重要だと分かっていた。互いの意見が合致した2人は、女性陣に目を向けた。各々思う事はある筈だが、2人が何かを言う前に囁いた。
「そうと決まったら、気を引き締めないとね!」
「分かった。指揮は任せたわよ」
「そなたらが戦うと決めたのならば」
特に反論の意見を言うでもなく、3人は了承した。意見が纏まった一行は、足音が聞こえる場所に向かう。移動を開始してすぐ、5人は十字路の広場に着いた。壁のくぼみに身を隠し、アスナが持つ松明以外を消した。
「俺がタゲを取ったら、奥の部屋に誘い込むぞ!」
先頭に立つキリトの言葉に、全員が頷いた。それを確認すると、彼は段々と近付く音に意識を集中させる。この状況でモンスターのタゲ取りには《投剣》スキルを使うが、そのスキルは所有していないので、直接攻撃するしかない。
「十字路だ! 出口どっちだ?」
「さっき通ったやろが!? 真っ直ぐや!!」
男の叫び声に、キバオウが冷静に来た道を伝える。その数秒後、キリトの視界に複数人の団体が横切った。彼らが右へと走り去った後、小さな振動が彼のブーツに伝わる。
「(ここだ!)」
刹那、キリトは地面を踏みしめて壁から背中を離し、コンパクトに剣を振りかぶった。直後、彼の視界に強大な黒い塊が入り込んだ。通常攻撃の斬撃はクモの腹部に命中し、緑色の体液を体から噴出させた。
「キシャアアァァァァ!!!」
タゲ取りに成功したキリトは、一目散に飛び退き、後方で待機していたライト達に合流した。女王グモの固有名が、全員の視界に映される。そこには【Nephila Regina】という名だった。
「(Regina…確か、女王だったか?)」
キリトの斬撃を受けて、こちらに向き直ったクモの固有名の意味を推測するライトは、《ネフィラ女王》を正確に観察する。光沢を宿す紫色の体に、銀色の模様が入った体は、女王に呼ぶに相応しいだろう。
「タゲ取りは成功したみたいね?」
後方で待機していたアスナが、戻ってきたキリトに囁く。すると、ネフィラ女王がアスナが持つ松明を見た瞬間、単眼を剣呑に光らせ、巨躯を低くした。
「キシャアァァ!!」
女王グモの咆哮が轟くと、猛然と駆け寄ってきた。5人は狭い通路を駆け抜け、右側の壁にある広間の入口へ走った。中に入ると、5人は周囲に散会した。ネフィラ女王も広間に入ると、タゲを取ったキリトに突き進む。2本の足が高々と振り上げられるその時、冷静に攻撃パターンを観察していたキリトが声を上げた。
「脚の突き下ろし2連撃は、先っぽが震えた方の脚からだ!必ず外側に避けないと、2発目を喰らうぞ!」
そう言い切ると、キリトは右脚の攻撃を左に避ける事で躱す。
ズガン!
先程まで彼が立っていた場所に、巨大な鉤爪が突き刺さっていた。ネフィラ女王はもう片方の鉤爪で攻撃しようとするが、最初に突き刺した脚が邪魔になって出来ない。
「ソードスキル1本!!」
キリトの声に全員がネフィラ女王に接近し、単発技のソードスキルを放つ。その攻撃で、2段あるHPバーの1段目が5割も削れた。人数が多いのも理由だが、エンジュ騎士団に所属するキズメルの一撃が要因だろう。
安全性を重視し、このまま単発のソードスキルを放ち続け、HPを削り切るのが得策の筈だ。すると、ネフィラ女王がその場で小刻みに足踏みしたと思えば、またもキリトの指示が飛んできた。
「跳ぶぞ、着地の寸前にこっちもジャンプ。タイミングはカウントする!」
『グワ!』と、垂直にジャンプすると、天井付近まで跳び上がったと思えば、すぐに落下に転じた。
「…2、1、今だ!」
彼らの足元を、波紋状の振動波が襲いかかった。それを躱した5人は、再び女王に向かっていく。女王を囲いながら単発ソードスキルを放ち、着々とHPを削る。粘着糸で動きを阻害しようとしたネフィラ女王だが、その攻撃も彼らには殆ど通用しなかった。
「はあぁっ!!」
数分後、ライトが発動させた片手直剣2連撃ソードスキル《バーチカル・アーク》によって、ネフィラ女王はポリゴンになって爆散した。そして、4人の前に獲得した経験値やコルが表示された。トドメを刺したライトは、獲得したLAボーナズの内容を確認して画面を閉じた。
「…LAは持ってかれたか」
すると、歩いて近付くキリトの姿が映った。右手を挙げた彼に合わせて、ライトも同じように挙げる。
パアアァァン!!
「けど、次は俺が頂くぜ!」
「別に競争してる訳じゃないだろ?……っ…」
そんな会話を交わす中で、ライトの頭にあの墓地でキズメルに言われた言葉が思い出された。
コンビとして、1ヶ月以上も行動を共にしているが、人付き合いが苦手な筈なのに、彼とは普通に話せている。デスゲームと化したこの世界で、βの知識を持つ彼には助けられている上に、背中を任せられる程に強い。
だが、ライトはキリトと共に《はじまりの街》から出た時、《こいつは自分を利用する為に声を掛けたんじゃないか》と疑っていた。しかし、《森の秘薬》クエストで注意点を教えてくれたり、自分の分を探してくれると聞いた時、その考えを改めた。何より、ビーター宣言でβテスターである事を明かし、自分に掛かる負担を半減してくれた。
「…ライト、どうしたんだ?」
「っ…何でもない。気にするな!」
ついつい考え込んでしまったようで、キリトの声で我に返ったライトは軽く返事をする。すると、パーティーメンバーのアスナ、ユウキ、そして、リュースラの騎士キズメルが歩み寄ってきた。
「ねぇ、2人だけでそうやってるけど、ボク達とはしてくれないの?」
「そうよね。一応、私達もパーティーメンバーだし」
どうやら少しご機嫌斜めらしい。確かに、自分達だけでやるのはおかしいかもしれない。そう言われた少年達は肩をすくめて歩き出すと、2人とハイタッチを交わす。そのやり取りを不思議そうに、キズメルは眺めていた。
「そなたらが行っているその仕草は、どういう意味なのだ?」
この世界と共に作られたキズメルが、ハイタッチの意味を知らないのは無理もない。そんな彼女に、アスナとユウキが簡潔に伝えた。
「お互いの検討を讃えるって意味の仕草よ!」
「後、ボク達人族の間じゃ、挨拶の意味でも使われるんだ!」
それぞれが伝えると、2人は片方ずつの腕を持ち上げて、キズメルに近寄る。恐る恐る、彼女も両方の手を挙げると、その手にアスナとユウキが軽く手を打ち付けた。
パアン!
という音が小さく響くと、キズメルは両方の手を見詰めていたが、やがて『フッ!』と顔を綻ばせて話しかける。
「成る程。我らエルフは余り他者と触れ合わぬが、悪くない挨拶だ!」
そう言うと、彼女はキリトとライトに体を向けて、再び両手を挙げた。少年達も片方ずつ、手を挙げてハイタッチを交わした。すると、何かを思い出したように、アスナが言葉を発する。
「何だか、キバオウさん達の知らない所で手助けしちゃったみたいで、ちょっと癪よね」
「まぁまぁ、アスナ。そう言わずに…」
「ハハハ…『善き行いは森が、悪しき行いは虫が見ている』と言うではないか。そなたらにはきっと、聖大樹の恵みがあろう」
恐らくは、エルフ族の間で使われていることわざを言っているのだろう。その言葉を聞くと、今度はユウキが口を開いた。
「だと良いなぁ……因みに、人族はそう言うのを、『情けは人の為ならず』って言うんだよ?」
「ほう…憶えておこう」
そんなやり取りの最中、キリトは近くに落ちいていた黒光りする何かに気付いて拾い上げた。近くに立つライトも気付き、お互いに頷くと、キリトがそれを指先でタップした。表示された画面には【女王蜘蛛の毒牙】と書かれていた。
「これがあったら、もし次に指令官から女王毒蜘蛛の討伐を依頼されても、素通り出来そうだな」
「…お前ズル賢いな」
「言い方に悪意を感じるぞ!?」
彼の言い分に、ライトが率直な感想を述べた。それに反論するキリトは、拾った毒牙をストレージに収納すると、全員に向き直った。
「じゃあ、とりあえず野営地に戻ろうぜ!」
その言葉にアスナ、ユウキ、キズメルは頷くと、3人揃って出口に足を向けた。そして、少年達もその背中を追いかけた。
主人公はその時、完全にキリトを信用していた訳ではありませんでした。