今回は、アルゴとの密会です。
12月18日、日曜日。第3層の主街区《ズフムト》で行われた攻略会議から3日が経過した。ライト達は街に1度も戻らず、黒エルフの野営地を拠点としてクエストに精を注ぎ、レベルを上げて装備も鍛え上げた。ライトのレベルは17、キリトは16、ユウキとアスナは15に上がった。だが、経験値効率は大きく下がり、フィールドやダンジョンでmobを狩っても、あまり意味が無くなってきた。
第1章の《翡翠の秘鍵》と第2章の《毒蜘蛛討伐》の次の任務は、第3章《手向けの花》だった。その内容は、2章で戦死が明らかになった偵察兵に手向ける供物を調達するクエストだ。次の第4章《緊急指令》は、任務から戻ってこない偵察兵の捜索だった。そこでは、負傷した黒エルフの偵察兵が森エルフに囲まれていたが、5人は特に問題なく撃退し、救出に成功した。
しかし、第5章《消えた兵士》で判明したのが、ライト達が助けた負傷した黒エルフは、実はまじないの能力で変装した森エルフだったのだ。4人は臨時として《黒エルフの狼使い》とパーティーを組み、秘鍵を奪った森エルフの捜索に躍り出た。森エルフの痕跡を辿って行くと、何と彼らが拠点にしている野営地を発見したのだ。その時点でクエストを中断し、4人はフィールドボス戦に参戦した。初回の挑戦にも関わらず、特に問題なくボス戦は終了した。
「ちゃっかりLAを貰っていくとは、奴らにまた嫌味を言われそうだな」
「お前だって取ってるだろ?」
とある1つの天幕の入り口付近に腰を下ろすライトとキリトは、他愛もない会話をしていた。現在、アスナとユウキは後ろの天幕でお風呂に入っている最中なので、少年達は見張りを任されている。そんな時、後ろから少女達の声が聞こえた。
「本当、キリト君とライト君はLAを取るのが上手ね?」
「今日のボス戦や2章の《毒蜘蛛討伐》でも、しっかり手に入れてるもんね!」
2人の言葉を聞いたキリトが、すぐに反応する。
「べ、別に狙って取りに行こうとしてる訳じゃないぞ。なぁ、ライト?」
そして、確認を取るようにライトに同意を求めた。すると、彼は片眉を持ち上げて、可笑しな物を見るような目で応えた。
「キリトお前、2章の《毒蜘蛛討伐》の時に『次は俺が貰うぞ!』って言ってたじゃないか?」
「うっ!」
それを聞いた彼は、バツが悪そうな表情になった。確かにあの時、毒蜘蛛のボスである《ネフィラ女王》にトドメを刺し、LAを手に入れたライトにキリトはそう言った。それだけで、彼がLAを狙っているのが丸分かりだ。思わぬ反論を受けたキリトは、勝ち目なしと判断したのか、途端に話題を転換した。
「そ、そう言えば、俺達以外でこのクエストを進めてるのって、DKBのリンド達だけだったな。勿体ないな、アルゴが折角《攻略本・エルフ戦争編Ⅰ》を作ってくれたのに」
「キバオウ率いるALSは攻略を最も重視してるから、そんな暇があるなら、迷宮区の突破に勤しんでるんだろうな」
攻略組の本来の目的は、このデスゲームをクリアする事だ。その為には、ボス部屋に続く迷宮区を突破し、フロアボスを倒す必要がある。クエストに時間を割いている暇は無いのかもしれない。
「私達も色々と情報提供したのにね……でも、もしかしたら、みんなあの攻略本の《9層まで続く》って書いてある場所を見て、尻込みしちゃったのかも?」
「エギルさん達も、『今は長ぇクエストにかかりっきりんなってる余裕はねぇかなぁ』って言ってたもんね?」
第1層の状況と比べると、攻略スピードは格段に速まったと言える。しかし、それは一刻も早くこのゲームをクリアしたいと願う意思の表れかもしれない。故に、遊んでいる暇は無いと、彼らは思っていると考えられる。
「まぁ、9層に到達した後で3層に戻って、一気にクリアするって手もあるしな。それなら、レベルも相当上がってるから、エルフ騎士を助けられる可能性が高くなる…と思うけど」
「それを考えてる余裕は無いんだろうな。あいつらにとっては、ゲームクリアが本目的だろうから」
ライトがそこまで言ってから、キリトは気付いた。己を強化する事は重要だが、本来の目的はゲームクリアなのだ。今の時点でそれを考えると、9層は遠すぎると他のプレイヤー達は感じているのかもしれない。すると、まるでキリトの思考を読んだかのように、アスナが口を開いた。
「…私も、ライト君と同じ事を思い浮かべたわ。でもね、最近私、残りの層を考えるのがあんまり怖くなくなったの。今日を必死に生きようって思いはあるけど、ユウキが居て、キリト君とライト君が居て。4人なら大丈夫だって思えるようになったの! それに、9層にある女王様のお城とか、新しい街とかを見てみたいしね!」
「アスナ……うん、そうだね。ボクも同じだよ! みんなで見に行こう!!」
アスナの言葉を聞いたユウキは、とても嬉しそうな声で応じた。そんな時、ライトは何とも言えない気持ちになった。このまま4人で攻略を続けるのかと。彼自身はこんな状況になっても、あの時の《ビーター宣言》でソロになると考えていた。しかし、今も尚、暫定的なパーティーを組み続けている。それが続くのは何時までなのかと考えていると、隣に座るキリトが言った。
「上の層に行けば、色んなお風呂があるだろうしな」
バシャアァァン!!
余計な事を口走ってしまったようで、キリトはライト諸共、盛大にお湯を浴びせられた。
「…お前なあぁ!!」
「悪い!」
装備が濡れてしまったライトは、緋色の瞳を細めてキリトを睨んだ。そんな彼にキリトは、申し訳なく謝るだけだった。だが、ゲームの世界なので濡れたとしても、すぐに乾いてしまう為、大した問題はない。すると、天幕の入り口の垂れ幕が開かれ、中から2人が出てきた。
「はぁぁ…気持ち良かったぁぁ!」
「生き返るわぁぁ!」
大層満足した様子の2人を見たライトは内心で呟いた。
「(大袈裟だろ……それにしても長い!)」
この場所に腰掛けてから、既に30分以上は経過していた。見張りをするのは構わないが、せめてもう少し時間を短くして欲しいと、ライトは密かに思っていた。
「2人はどうするの? 入るなら、見張りするけど」
「…いや、いいよ。俺達はそんなに時間は掛からないだろうし。先に食堂に行っててくれ!」
2人よりは時間が短い自分達には、見張りは必要ないと判断したキリトはそう言って、彼女達に食堂へ行くよう促した。アスナとユウキは2つ返事でOKすると、食堂に歩いて行った。
「キリト、オレはまた今度で良い。入るなら入ってこい」
「えっ…そうなのか?」
てっきりライトも入ると思っていたキリトは、意外そうな顔を浮かべた。対して、ライトは特段問題ないと言った様子で頷いた。
「あぁ、少しやる事があるからな。すぐに合流するさ」
「……分かった」
渋々と言った様子ではあったが、キリトはライトの言葉に頷いて、風呂の天幕に入った。それを確認した彼は天幕から離れて歩き出した。すると、前方から見知った人物が現れた。
「おや、ライトじゃないか。どこかに行くのか?」
「っ…キズメル」
それは、黒エルフであるリュースラの女性騎士にして、ライト達の頼れるパーティーメンバー、キズメルだった。
「まあ、少しな。防具を強化しに行くだけさ」
「成る程。彼はまだ、あそこで作業を続けている筈だから、頼めば引き受けてくれるだろう。ところで、キリト達はどうしたのだ?」
「キリトは今、風呂に入ってる。ユウキとアスナは食堂の方だ」
「そうか……何か困った事があれば、何時でも言ってくれ。では、また後でな」
キズメルはそう言うと、ライトを通り過ぎて歩き出した。まるで、母親が言うような台詞を口にするなと、ライトは感じた。キズメルはそのまま、キリトが入ってる筈の天幕へと向かった。
ピピピピピピ!!!
「っ!」
耳元で鳴り響く、騒がしい無機質な音にライトは覚醒した。そして、自分にしか聞こえない《起床アラーム》の音を消すと、ゆっくりと上体を起こした。時刻を確認すると、深夜の23時42分と表示されていた。
辺りに目配せすると、ユウキとアスナ、キズメルは寄り添いあって寝ており、キリトも横になっていた。もしアラーム音が彼らにも聞こえていたら、何故こんな深夜に設定していたかと疑問に思われるだろう。
実は、ライトにはまだやる事が残っていた。これから彼は、その用事を済ませようとしているのだ。音を立てないように慎重に立ち上がると、一旦天幕の外へ出る。
「……綺麗だ」
夜空に煌めく星々を見ながら、ライトは静かに呟いた。何時までも眺めていたいと思える程に、美しい夜空が広がっている。しかし、ずっと見詰め続ける訳にもいかない。これからある場所で《落ち合う約束をしている人物》を待たせるのは気が引ける。
ライトはウインドウを開くと、第1層のLAで手入した《コート・オブ・ネイビーブルー》と、クエスト報酬で手にした片手直剣《アニール・ブレード+8》を装備した。そして、黒エルフの野営地を抜け出て、深い森へ歩き出そうとした
ーーーその時
「どこ行くんだよ、ライト?」
「っ!?」
いきなり後ろから声を掛けられた。ライトが振り向くと、そこには天幕で寝ている筈のキリトが立っていた。
「キリト、起きていたのか?」
「まぁな。それより、こんな夜中にこっそり抜け出して、一体どこに行くつもりだ? しかも、フル装備までしてさ……まぁ、大体見当は付くけどな」
「…何?」
彼の口振りに、ライトは胸中で疑念を抱いた。これから自分が一体何をするつもりなのか、見当が付いてるように聞こえたからだ。そして、キリトの次の言葉で、ライトは酷く驚く事になる。
「アルゴに会いに行くんだろ? DKBに新しいメンバーが入ったかどうか」
「っ!? まさか、お前もその情報提供を依頼したのか?」
「そうだ。あいつに頼んだ時、『その情報はラー坊も依頼してるゾ!』って言ってきてな」
情報屋《鼠のアルゴ》は例え、どんな情報でもネタにしてしまうのだ。もし、ライトがアルゴに依頼した情報を他の誰かが依頼してきたら、『あんたの他にもこれを依頼した奴が居るヨ』とか言って、情報のネタにする。その事は知っているが、まさかキリトまで依頼しているとは予想していなかった。
「…話してくれても良かったんじゃないか?」
キリトは少し表情を厳しくさせて、ライトに問いかける。しかし、これは自分がほんの少し疑問に思った程度の事だった故、話す必要がないと判断した結果なのだ。更に、話さなかったのにはもう1つ理由があった。
あの時、森エルフ側に付いたDKBのメンバーの中で、他とは全く異なる違和感を感じた。それが一体何なのかは、ライト自身も分かっていない。そして、キリトが同じ依頼をアルゴに頼んだという事は、彼も自分と同じような何かを感じたと推測した。
「オレの勝手な行動に付き合わせる訳にはいかないと思ってな……悪かった」
勿論、3人に相談しようと思わなかった訳ではない。ただ、ほんの少しだけ違和感を覚えただけだった為、話す必要がないと考えたのだ。
「…まぁでも、俺も人の事は言えないか」
キリトはそう呟くと、3人が寝ている天幕に目をやった。彼自身もアスナやユウキ、キズメルの3人には黙っている筈だ。でなければ今頃、全員でライトを呼び止めている。そして、それ自体はライトもすぐに察した。
「3人には言ってないんだな?」
「あぁ。じゃあ、一緒に行こうぜ。アルゴを待たせると大変だからな」
そう言うと、キリトはウインドウを開き、コボルド王のLAで入手した《コート・オブ・ミッドナイト》と片手直剣《アニール・ブレード+8》を装備し、ライトと並んで歩き出した。
野営地で警備をしているエルフに軽く会釈すると、フィールドへ出る。モンスターの気配を躱しながら森を駆け抜ける事数十分、キリトとライトは2層との往還階段に到着する。
無人に思えるその場所だが、2人が近付いて行くと、柱の陰から滲み出るように1つの人影が現れた。《隠蔽》スキルを発動させて隠れていたのだ。しかも、キズメルが持つ《朧夜の外套》に並ぶ程の高い《隠れ率》を誇っている。待ち合わせの相手は、3本の髭がペイントされた顔をニヤリと綻ばせて口を開いた。
「遅かったな。キー坊、ラー坊。30秒遅刻だゾ!」
「悪い。電車が遅れて」
それを聞いたアルゴは、溜め息を吐きながら言う。
「もう少し気の利いたジョークを売ってやってもいいゾ?」
「いえ、間に合ってます」
そんなやり取りの中、ライトがアルゴに口を開いた。
「アルゴ、お前…」
「待てヨ、ラー坊。知ってるだロ? オイラのモットーは、どんな情報でもネタにする事だってナ!」
彼女の言う通り、今回ばかりはライトのミスだ。キリトも自分と同じ違和感を覚えていたと、把握できなかった所為なのだから。
「それじゃ、早速で悪いが、俺達がメッセージで依頼した事、何か分かったか?」
「せっかちだナ。慌てる鼠は穴へも入れぬって言うゾ!」
ことわざか何かを言うと、彼女は近くの半ば倒れた石柱にひょいっと飛び乗り、胡座をかいて座った。反対側の柱に近付いた2人は、コートのポケットから1枚の500コル金貨を取り出し、同時にピーン!と弾き飛ばした。アルゴはそれを、左右の人差し指と中指でキャッチして口を開いた。
「毎度。ほんじゃ、今夜だけで分かった内容を教えるゾ!」
途端に、彼女の表情が真剣なものに変わった。
「結論から言うと、DKBに1人のプレイヤーが加入していル。名前は《モルテ》。男で片手剣使い、街中でも鎖頭巾を取らなイ…今の所、情報はそのぐらいだナ」
《翡翠の秘鍵》クエストを受けていたDKBに居たプレイヤーの容姿にピタリと一致する。そして、もう1つ。その彼と似た装備を着た、もう1人のALSに居たプレイヤーがライトの脳裏に浮かんだ。更なる情報を得る為、ライトはアルゴに情報を求める。
「そのモルテ氏がギルドに入った経緯は?」
「志願…らしいナ。3層が開通した翌日の日に、リンドが当時の主立ったメンバーに《志願してきた新人》として紹介したんだト」
良くある話かもしれないと思った。だが、紹介した当人がリーダーのリンドだとは思っておらず、少し意外そうな反応を示した。そして、それはキリトも同じだった。
「ふぅん……けど、あのリンドがよく加入をOKしたな。それだけ、モルテ氏が強いって事か? アルゴの目から見てどうだった?」
新入りのモルテ氏が、腕が立つプレイヤーだと考えたキリトが、何気なくアルゴに訊ねると、彼女は渋面を作りながら答えた。
「…それが、オイラも噂のモルテくんを直接は見てないんだよナ……主街区のズムフトで、DKBが拠点にしてる酒場に張り込んでも、それっぽい奴は姿を見せなかったシ!」
彼らの拠点で待ち伏せていれば、基本的には見つかる筈だ。しかし、それが出来ないとなると、どういう事か。
「へぇ。アルゴにも見つけられないって事は、意図的に姿を隠してるのか?」
「多分ナ。もしかしたら、ALSを出し抜く為の切り札なんだろうサ。ま、ボス戦には顔を出すだろうカラ、その時にチェックしとくヨ!」
彼女の言う通り、今回は無理だったとしても、確認する機会は幾らでも訪れる筈だ。その時を待てば良い。
「頼む。まぁ、ここまででも代金ぶんの情報は聞かせて貰ったよ」
「同じく…」
「そりゃよかっタ」
キリトとライトがそう言うと、アルゴはニヤッと笑って、座っていた1mはある柱から足音を立てずに降りた。そして、少年2人が払った金貨を親指と人差し指、中指で挟み淡い月光を反射させた。すると、そんな彼女にライトが再び声を掛けた。
「アルゴ!」
「ン…何ダ、ラー坊?」
情報屋はコインから視線を外し、ライトに向き直る。
「もう1つ聞くが、お前の情報網に、ALSに新しく入ったプレイヤーが居るって話はあるか?」
その質問に、キリトとアルゴは奇妙な表情を浮かべた。DKBに加わった新しいメンバーの情報を得た途端、何故そんな事を訊くのかと。
「イヤ、そんな情報は入ってないナ」
「……そうか、なら良い」
洞窟で見かけたALSの鎖頭巾と何か関係があるかもと考えたが、簡単に事は運ばないようだ。しかし、どうにも釈然としない。自分の直感がそう告げているのだ。まだ調査が必要だと考えたライトは、キリトと共に野営地に戻る為、歩き出そうとしたところで、アルゴに呼び止められた。
「ちなみにキー坊、ラー坊。情報を売る気はないかイ?」
「へ? 何の?」
キリトは素っ頓狂な声を出して、そう訊ねた。方や、ライトは訝しそうな顔をしている。
「3層に来てから、アーちゃん、ユーちゃんとどこで寝泊まりしてるのカ」
「売りません」
キリトが数秒で即答する。すると、それを聞いたアルゴはまたも、顔を綻ばせて言った。
「なるホド。《アーちゃん、ユーちゃんと寝泊まり》の部分は否定しないんだナ。おっと、安心シロ。この情報は売らないでおいてやル」
そう言うと、彼女はひらっと手を振って、2人の元から消えた。
今回は短めにしました。
漸く、ここまで書く事が出来ました。次回は、モルテとの戦いです。
ここで、オリジナルキャラクターを登場させようと考えてます。ライトの前に立ちはだかり、脅威と化します。
では、また次回!