第6章の《潜入》クエストを、幾つもの邪魔が入りながらも、何とかクリアしたライトとキリトは、後から合流したユウキ、アスナ、キズメルと共に野営地に戻り、司令官に命令書を渡してクエストを完了させた。21日までに間に合わせる為、5人は夜が明けると、すぐにクエストを再開させた。次の任務は、野営地周辺に森エルフが偵察の為に放ったチョウチョを探して倒す、第7章《蝶採集》だったが、難なくクリアした5人は次の任務に移った。
第8章《西の霊樹》にて、持ち帰った極秘指令書を読み、森エルフが野営地の強襲も辞さない覚悟があると知った司令官が、《秘鍵》を秘密裏に4層に送る事を決意した。5人は黒エルフの兵士達と共に、彼らが層の行き来に利用する《霊樹》へ向かった。しかし、道中で謎の黒装束集団に奇襲を受け、返り討ちにしようとするも、煙玉を使って視界を封じた隙に、《秘鍵》を奪った。
第9章での《追跡》は、奪われた《秘鍵》を取り戻す調査が開始された。しかし、キリトからの話で、この章は秘鍵を見つけ出すのに相当な時間を費やしたそうだ。その話を聞いたライトは、今回もそうなると考え、肩を落としたくなる気分になったが、それは杞憂に終わった。
彼らの仲間であり、リュースラの誇り高き騎士様のキズメルが、盗賊達の居所をすぐに突き止めたのだ。そこで一旦、司令官に報告を求められ、野営地に戻って調査結果を報告してから、食事と休憩を取った。そして、ライト達は夕方に出発し、3層での最後の任務の第10章《秘鍵奪還》に挑んだ。
この章は、そう簡単に終わる物ではなく、少し広いダンジョンになっており、そこで超大型巨大ウジムシ型モンスターを倒したタイミングで、切り上げて野営地へ戻った。
深夜に帰還すると、少女達が早速お風呂に入りたいと言ったので、少年達は見張り役として天幕の入り口で座っていた。すると、キズメルが突入して大騒ぎになったと思いきや、軽い笑い声や水温の音、楽しそうに話し合う談笑が聞こえてきた。キリトへの精神的ダメージがあったのは言うまでもない。
翌朝、武器のメンテやポーションの補充を済ませると、ダンジョンに向けて出発した。5人の息の合った連携にモンスターは倒され、とうとう最深部で盗賊のアジトを発見した。そして、その正体は森エルフでも黒エルフでもなく、壊死したかのような肌を持った異種族。カーソルには《フォールン・エルフ・ウォリアー》と表示されていた。
キズメルの顔が少し強張ったように思えたが、彼らの事を詳しく説明して貰うのは、また次の機会として、不可避な戦闘だけを進めていき、遂にクエストの最終ボス《フォールン・エルフ・コマンダー》が姿を見せた。護衛という取り巻きも多かった為、そう簡単にはいかなかったが、レベルが高いライト達が危機的状況に陥ちる程ではなかった。無事に奪われた《秘鍵》を取り戻し、ダンジョンから脱出した。
《西の霊樹》まで秘鍵を運び、この層のキャンペーン・クエストは完了と思っていると、キズメルが顔を向けて声を掛けた。
「ユウキ、アスナ、ライト、キリト…」
騎士は、真剣味と悲しさが混ざったような瞳を向けながら、4人の名前を呼んで、噛み締めるように言った。
「《フォールン》どもが森エルフと手を組んでいると分かった以上、この秘鍵は一刻も早く、上層の砦に移さねばならぬ。確実を期す為には、私が直接運ぶ必要があるだろう」
「「えっ…」」
ユウキとアスナは目を見開いて、強張ったような顔を向けた。
「じゃ、じゃあ、私達も一緒に行くよ!」
「そうだよ。また襲撃に遭って、キズメルに何かあったら大変だもん!」
「…ありがとう、2人とも。その気持ちはとても嬉しい」
直径5mはある樹の根元に大きな空洞が空いた、黒エルフ達が層の行き来に用いる《霊樹》が見える。そして、空洞の入り口には2人の兵士が立っていた。ライトは《霊樹》の姿を目尻に、キズメルの言葉に耳を傾ける。
「…しかし、残念だが、この霊樹の門を通る事が許されるのは、我らリュースラの民だけなのだ」
彼女の言葉を予想していたのか、ユウキとアスナは悲しそうな目になった。
「…そうなんだ」
「……じゃあ、仕方ないね」
「あぁ…」
リュースラの騎士も悲痛な面持ちで呟いたが、霊樹から視線を外すと、両手を広げてアスナとユウキを抱きしめた。一瞬驚いたものの、2人もキズメルの背中に手を回して抱きしめる。すると、後ろに立つキリトとライトにも聞こえる程度の声量で囁いた。
「…ひと月前に妹を喪ってから、私はずっと死に場所を求めていた。カレオス・オーの白騎士と刃を交えている時、漸く妹が待つ場所に行けると思った……だが、そなたらが現れ、私を救ってくれた。…きっと、妹がそなたらを導いたのだろう」
彼女はそう言うが、実際は分からない。全てがデータの世界である、この《ソードアート・オンライン》と共に生まれた彼女の記憶は、あらかじめ実装されたバックアップファイルに過ぎないと、ライトは思っていた。
だが、彼女と共に過ごし、戦う日々を送るうち、そんな事を考えるのは止めようと思った。答えなんて、知る必要もなければ、その方法も分からない。すると、彼の目に抱き合うキズメルとアスナ、ユウキの隣に蜃気楼のように揺れる光が見えた。
「(…見間違いだな)」
ライトはそれを、己の目が見間違えた何かだと思う事にした。
「…ボク達、また会えるよね?」
「あぁ、必ず。聖大樹が我々を導いてくれる」
そこで抱擁を解くと、3人は見詰め合って、しっかりと頷いた。そして、今度は後ろに立つ男子2人組に大股で両手を広げながら歩み寄る。まず、キリトの方へ近付いて抱きしめる。
「キリト、次に会ったら、夢の話の続きをしよう…」
「あぁ。必ず」
「うむ…約束だ」
何やら意味深なやり取りがライトの耳に届いたが、気にする程でもないと吐息と共に消し去った。キズメルはキリトへの抱擁を解くと、最後にライトに体を向け、腕を広げて抱きしめる。
「ライト、お前は強い。ここに居る誰よりも……しかし、だからこそ、1人でやろうなどとするな。お前には、背中を任せられる仲間が居るのだから」
「…そう…だな」
ライトは小さく呟いた。彼女の妹の墓の前では、何も答えられなかった。しかし、キズメルの言う通り、ライトが強くとも、1人で出来る事など限られている。だからこそ、共に行動しているキリト、ユウキ、アスナに頼る必要がある。
キズメルは背中に回した腕を離し、数歩下がると、左胸に右拳を当てて一礼する。4人も同じ構えを取り、敬礼した。
「では……暫しの別れだ。《天柱の塔》に同行できなくてすまんが…なに、お前達の剣技があれば、守護獣など恐れる必要はないさ……登ってこい。4層の砦で待っているからな」
「うん。キズメルも気をつけて!」
「ボク達も、すぐに行くから!」
彼女達の言葉を聞いたキズメルは微笑むと、マントを翻して踵を返すと、霊樹へ向かった。兵達が塞いでいた門を通ると、リュースラの騎士は振り返る事なく、霊樹の奥へ消えた。それと同時に、ライトの視界の左端に見えていたキズメルのHPバーが消滅した。
3層で受けられる全てのエルフ戦争クエストをクリアした4人だが、結論から言えば、ボス戦に必須だと思われる情報は得られなかった。
司令官から労いの言葉と共に表示された報酬選択リストに目を通しても、有効だと思うものは無かった。ユウキとアスナは、それぞれの新しい青紫色と深い赤色のフーデット・ケープを貰い、キリトは転倒耐性と跳躍力ブースト効果付きのレザーブーツ、ライトは打撃効果プラス付きのミリタリーブーツを手にした。報酬を選び終えると、黒エルフの司令官が椅子から立ち上がって、4人に憂慮な表情で言った。
「我らエルフは長寿だが、刃を受ければ傷付き、命を落とす事もある。肉体の頑丈さでは、人族やドワーフ族には及ばない。そなたらが地下迷宮で戦ったフォールン・エルフは、聖大樹の力によって刃でも傷付かぬ体を得ようとして、追放された者の末路だ。奴らが森エルフと手を組み、秘鍵を狙っていると判明した以上、我らは暫しこの地に留まり、フォールの痕跡を調査したのち、4層の砦へ移る。そなたらにも、引き続き協力を願いたい」
4人は顔を見合わせて頷いた。
「そ、そりゃあ、はい」
「了解した」
「私達に出来る事なら」
「頑張ります!」
それを聞いた司令官は僅かに顔を綻ばせた。
「うむ。期待しているぞ……そなたらであれば、砦の将軍殿も厚く遇するだろう。この紹介状を携えておくと良い」
そう言って司令官は、細く丸めた羊皮紙を卓上から取り上げ、4人に差し出した。代表してキリトが受け取る。
「そなたらは、天柱の塔の守護獣を倒し、4層に行くのだろう?」
4人が同時に頷くと、司令官はフロアボスの事を説明し出した。
「ならば、守護獣の、毒を用いた攻撃に気を付けるのだな。この野営地で、解毒薬を十分に用意しておくが良い」
「あ、ありがとうございます」
ペコリと一礼すると、4人は司令官の天幕から外に出た。正午を告げる笛の音が鳴り響いたが、4人は先程の司令官のアドバイスについて考えていた。
「何とも言えないな、さっきの言葉」
「あぁ。ありがたいっちゃあ、ありがたいけど…」
「う〜〜ん、ボス戦に必須だったのかな?」
「そうね。クエスト報酬の話が本当か嘘か、ちょっと微妙だわ」
キリトとライトは既に、第6章《潜入》時に妨害してきた、あの2人組を少女達に伝えていた。モルテがDKBとALSに同時潜入していた事は確定だと考えて良いだろう。しかし、彼がキリトと同じβテスターなのを隠して、キバオウにエルフクエストの報酬がボス戦に必須だと、嘘を吹き込んだかはハッキリしない。
「あの時、キバオウは『エルフクエストの報酬はボス戦に必須で、それがないと危険な目に遭う』…そう言ってたが……」
「クリア報酬のアイテムの中に、フロアボス用の特殊効果を持ってる物は何も無かったし、その情報は嘘だった…と言えなくもないけど」
「だけど、司令官は『ボスは、毒を用いた攻撃をするから、解毒薬を持っておけ』って言ってしね?」
「それこそが重要な情報だって言われたら、否定も出来ない感じだと思うな……兎に角、夕方の会議で分かった事を伝えるしかないわね。それで、モルテって人の反応を見れば、何か分かるかもしれないし!」
アスナの言葉を聞いたライトは、果たしてモルテは現れるのかと考えた。アルゴの情報収集能力を持ってしても、彼がDKBとALSに同時潜入しているのを見破れなかった。そもそも、彼は2つのギルドに正体を隠して潜り込んでいるのだから、何かしらのアクシデントが起こり、それがバレたら怪しまれる。現れる可能性は低いだろう。
「…ボク、お腹減っちゃった。何か食べて、休憩しようよ?」
「私もおんなじ事考えてたわ……会議までは時間あるしね。2人もそれで良い?」
「は、はい!」
「…あぁ」
その後、4人は食堂天幕へと足を向けた。そして、少し休憩を取る為、キズメルの天幕にアスナとユウキが最初に入り、続いてキリトとライトが入ろうとすると、柔らかいクッションを投げられた。
夕方の5時となり、4人は攻略会議が開かれる主街区《ズムフト》に辿り着いた。迷宮区攻略は、しっかりボス部屋までマッピング出来たらしく、僅差でDKBが到着した為、2層に続いてリンドがレイドリーダーらしい。
ライトは辺りを見渡したが、自分と刃を交えたローテムは勿論、キリトと斬り合ったモルテの姿も見えなかった。やはり、この場所に顔を出すのは不味いと判断したと思われる。会議の内容は、ボス戦のスケジュールから戦術の内容へと変わった。そして、エルフクエストでのボス戦の重要な情報を報告する為、キリトが立ち上がって、説明を開始した。
「…結論から言えば、アイテムそのものに、ボスに対する特別な効果は無かった。ただ…報酬を受け取った後、エルフの司令官が1つだけ、ボス戦でのアドバイスを教えてくれた」
その一言で、場の雰囲気が静まり返る。
「えーっと……『ボスは毒攻撃をしてくるから、解毒ポットを沢山用意しておくように』……以上!」
余りにも簡潔で、それでいて基本的な内容に、場の雰囲気が先程とは違った意味で静まり返る。
「一応言っておくけど、β時代のボスはそこまで派手な毒攻撃は使ってこなかった。もしかしたら、その類が変更されてる可能性もある……この情報が有力かどうかは、リンドさんとキバオウさんが判断してくれ」
喋り終えると、プレイヤー達が様々な意見を言い出し、騒がしくなった。しかし、それも静まると、レイドリーダーのリンドが、見事なリーダーシップを見せて締め括った。
「解毒ポーションは、今夜中に十分以上の量を集めておく。行動開始は予定通り、明日の9時からだ。集合はズフムト北門。迷宮区最寄りの町まで移動し、休憩後に塔に入る。ボス撃破の目標時間は、午後2時とする」
そこで言葉を区切ったシミター使いは、この場に集まる40人以上のプレイヤー達を見渡し、気合いの籠った声を上げた。
「明日の夜には4層主街区で祝杯を上げよう……みんな、勝つぞ!」
その瞬間、主街区《ズフムト》にプレイヤー達の勇ましい雄叫びが轟いた。
ライトはその轟きとは別に、モルテ達の目的は一体何だったのかと、思案していた。そして、奴らがこのまま何も仕掛けてこないとは、どうしても思えなかった。彼らが醸し出す凍てつくような雰囲気、人に対して全く躊躇なく剣を振るう様。剣を交えたローテムと名乗る得体の知れないプレイヤー。ライトは、奴らと再び剣を向け合うだろうと、何となく予想していたのだった。
2022年12月21日水曜日、午後1時12分。
アインクラッド第3層ボスモンスター《ネリウス・ジ・イビルトレント》は42人の攻略部隊によって撃破された。アスナとユウキの新たな主武器である《シバルリック・レイピア》と《リュナイト・ソード》がとんでもない威力を発揮したのは、言うまでもない。犠牲者は2層に引き続き0で済んだ。レイドの中に、ローテムの姿は勿論、モルテの姿も存在しなかった。
「…くっそ、取られたか!」
「フィールドボスのLAはお前が持っていったからな、キリト…今回はオレが頂いた」
4層に続く螺旋階段を登りながら、そんなやり取りをするのは、《ビーター》と呼ばれるキリトとライトだった。犠牲者を出す事なく無事に倒せたが、超レアアイテムを落とす《ラストアタック・ボーナス》は、相変わらず彼らが貰ったようだ。
「ボク達も狙ったんだけどね、LA」
「どうしてキリト君とライト君にだけしか落ちない訳?…私達の方が、君達の武器より攻撃力が高い筈なのに」
彼らの前方で、文句を口にするアスナとユウキ。
「オレの攻撃の方が、3人よりも速かった…それだけだろ?」
「同時だったと思うよ?」
『プイッ!』と顔を反らすユウキに、ライトは小さく溜め息を零す。このまま話の続けても意味がないと思ったのか、キリトが違う話題を持ちかける。
「そ、それはそうとホラ、2層から3層に登ってる間、SAOの戦闘はコンチェルトって話をしただろ? 日本語だとえーっと、二重奏…じゃなくて…」
「協奏曲!」
ビシッとアスナに前から訂正されたキリトは、言い続ける。
「それ! その協奏曲ってのは、1つのメイン楽器と複数の管弦楽器を組み合わせた形式、だったよな? ユウキはそれを、1対複数の戦いって言ってたけど、もしかしたら違うのかもなって思ってな?」
「……じゃあ、どういう意味?」
後方を歩くユウキがキリトの背中に向かって問いかける。
「えーっと、例えパーティーやレイドを組んでても、自分は何時も1人な訳で……でも、ピンチの時は、周りに仲間が居るぞ…みたいな?」
「…物凄く君らしくない発言ね」
アスナの言葉に、張本人のキリト、ライトやユウキまでも揃って頷く。β時代も殆どソロだったと言っている彼から、そんな言葉が出た事に、ライトは意外だと思っていると、前方からユウキの声が届く。
「キリトのその解釈なら、3層の独奏楽器はボク達じゃなく、キズメルだったって事だね?」
彼女に言われて、その通りだと思った。キズメルの強さは、これまで行動を共にしてきて良く分かった。彼女の存在が、この4人にどれ程の心強さになっていただろうか。思い出すと、しみじみと感じる。
「行きましょう、みんな。キズメルが待ってる!」
「うん!」
「そうだな」
「…あぁ」
アスナの言葉に、ユウキ、キリト、ライトは頷いて、4層へと続く階段を登っていった。
漸く、第3層の物語が終了しました。
次回から、第4層《泡影のバルカローレ》に移っていきます。