そして、途中にかなりシリアスな描写がありますが、それが今後の物語でキーになる……かもしれいない!
移動手段を確保する為、4人は船大工の老人から『熊の脂を取ってこい』と言われたので、噂のヌシ熊を見つけてドロップアイテムの《幻の熊脂》を入手した。その後、彼らは再び老人の元へ戻り、改めて船を造ってくれと頼んだ。
必要な材料を渡された老人は揺れ椅子から立ち上がると、散らかっている部屋を横切り、懐から取り出した鍵を使って、頑丈そうな錠前を外して扉を開けた。
「また、こいつらを握る日が来るとはな」
感慨深そうに呟く老人が見詰める先には、船の製造に必要な道具が所狭しに並んでいた。漸く《浮き輪の実》以外の移動手段を発見した為、アルゴを通じて攻略組に《昔日の船匠》クエストを知らせる必要がある。すると、老人が4人に近付く。
「2人乗りのゴンドラを2艘造れば良いんじゃな?」
「はい、それでお願いします!」
代表して、ユウキがキッパリと答えた。まさか今になって『材料が足りない』とか言わないでくれよと、ライトは密かに願ったが、その心配は杞憂だった。
「では、造りたい船の仕様を決めてくれ!」
彼がそう言った途端、ユウキが目をキラキラさせて興奮気味に口を開いた。
「ボク達が決めて良いんですか!?」
「当然じゃろう、お前さん達の船なんじゃからなぁ!」
すると、4人の前に紫色のウインドウが開かれた。そこには、テキスト入力欄やプルダウン・メニューがぎっしり並んでいた。そして1番上には、彼らの名前が記されている。パーティー間でも、どの船に誰が乗るか決められるようだ。すると、アスナの喜びの声を上げた。
「嘘…こんなのって……船の形も色も装飾まで決められるなんて最高じゃない!?」
彼女もユウキ同様に、どのような船にするか決められる事に、大いに喜んでいた。どんな船にするかを決めるのは、時間が掛かると思っていたが、2人が全く逆の反応を示した事に、ライトは苦笑を零した。
「仕様はアスナに任せるよ」
「オレもユウキに任せる。この手の事はサッパリ分からん」
「なら、遠慮なく決めちゃうわね!」
「どんな風にしよっかなぁ〜?」
早速、少女達は船の仕様に取り掛かった。あれやこれやと話している2人の様子を見ていた少年達の肩に、ポンと誰かの手が置かれた。振り向くと、船大工の老人が立っていた。
「昔から若い女子の船造りは3倍時間が掛かると相場が決まっておる!」
「…あ、あははは……」
「本当か?」
老人の言葉に苦笑いを零すキリトと、それに疑念を抱くライトだった。
アスナとユウキが、船の形状や細部のカラーリング、座席の形や配置を決め終えた頃には、時刻は既に午前1時を回っていた。だが、全く疲れた様子も見せず、2人は男子達に振り向く。
「それじゃ、最後に名前を決めましょう? キリト君、何か案はない?」
「ライトもさ、名前ぐらいは一緒に考えてよ?」
「…名前かぁ」
最後の最後に1番の難題が待ち受けていた。これなら、少しくらい船の仕様を考えるのを手伝う方がマシだと思ったが、今更もう遅い。それも決めて貰いたいが、流石に全部を任せるのも申し訳ないので、何か良い名前はないかと考える隣で、キリトがバツが悪そうに答えた。
「え〜っと、そこもお任せして良いでしょうか?」
「もう、私ばっかりが決めてるじゃない!? 少しは考えなさいよ!!」
手厳しい言葉がアスナから送られる。だが、ネーミングセンスに自信がない彼に、この難題をクリアするのはハードルが高い。一方、ライトも名前をどうするか考えていたが、残念な事に思い浮かばないのだ。あれでない、これでもないと考えていると、何かを思い付いたように、アスナが話し出した。
「ねぇ、さっき思い出したんだけど、外国では船に女の人の名前を付ける事が結構あるって、何かの本で読んだ事があるの…だから、私達の船にキズメルと妹さんの名前を付けたらどうかなって?」
予想外の言葉に、キリトとライトは目を見開き、ユウキは名案と言った様子で頷いた。自分達のパーティーメンバーであり、誇り高いリュースラの騎士と、その妹の名を船に付けるのは、確かに名案だ。
「…確か名前は、ティルネルさん…だったな……ティルネル号…良いんじゃないか?」
キリトの言葉に、アスナは穏やかな笑顔を浮かべて、ゆっくり頷いた。
「そっちの船がティルネル号なら、オレ達の船は、キズメル号だな?」
「…うん。キズメル号にしよ!」
ライトの言葉に迷いなく頷いたユウキは、早速ウインドウに名前を打ち込もうとする。彼女に習って、アスナもすぐに記入する。
「綴り、これで合ってるわよね?」
確認を求められ、少年達それぞれのウインドウを覗き込む。2つの画面入力欄には、確かにリュースラの騎士の名前【Kizmel】と妹の名前である【Tilnel】が書き込まれていた。ライトは間違いがない事を確認し、首を縦に振ろうとして止めた。
「ユウキ、ここの欄は未記入のままだが、どうするんだ?」
彼は表示されているウインドウのある場所を指差して、ユウキに訊ねた。すると、彼女は困った様子で答えた。
「ああぁ…ここ、何の選択肢も出てこなかったんだ!」
「…なぁ、2人とも。そっちのウインドウに、未記入のままの欄が無いか?」
不審に思ったライトが、キリトとアスナにも同じ未記入の欄があるのではと思い、2人に呼びかけてみると、案の定、その推測は当った。
「あるわよ!」
「え…ど、どこだ!?」
アスナの余りにあっさりとした返答に、キリトはその場所を探す。彼女はウインドウの無記入の欄に指を差して伝える。
「ほら、ここよ!」
キリトが目を通すと、確かに空欄の場所があった。彼はその欄を凝視して、アスナに話しかけた。
「…念の為、俺もチェックして良いか?」
「どうぞ!」
アスナからお許しを貰ったキリトは、ウインドウの操作権を自分に戻して、改めてオプションをタップした。
「…おっ、何か出た!」
「えっ、ホント!?」
「ボクにも見せて!」
「キリト、何が書かれてる?」
指先でオプションをタップした途端、選択肢が表示された事に、アスナとユウキはウインドウを覗き込み、ライトは何が表示されたのかと問う。
「ええと……《炎獣の衝角》?」
キリトの返答に、アスナが眉をひそめる。
「衝角…って、昔のガレー船に付いてたツノみたいな物よね? 何でゴンドラにそれが必要なの?」
「それはまだ分からないけど、アイテムを持ってないと、出てこないみたいだし…」
そこまで答えて、キリトはテーブルの向こう側に立つ船大工の老人に目を向けた。頭上のNPCカラー。カーソルには【Romolo】と表示されている。キリトはこの《炎獣の衝角》について、ロモロ老人に詳しく知る為、声を掛けた。
「あの、ロモロさん。オプションの衝角は、必要なものなんですか?」
それを聞いたロモロ老人は、暫く口を閉ざしていたが、やがてフンと鼻を鳴らして答えた。
「ロービアの街中で乗るだけなら、そんなもん必要ないわい。じゃが…街の外に漕ぎ出すつもりなら、いずれ使う時が来るかもしれん」
「それは、船でモンスターと戦う可能性があるという事か?」
確実な情報を得る為、ライトは更に深く老人に問う。しかし、返ってきたのは煙に巻いた答えだった。
「…かもしれんし、そうでないかもしれん……兎に角じゃ、それらはお前さんらの船じゃ。どうするかは、お前さん達次第じゃ!」
4人は顔を見合わせた。彼らが船を造るのは、攻略に必要な移動手段を確保する為だ。圏外に出れば、まず間違いなく戦闘が起きる。船にツノを取り付ける事で攻撃手段が増えるなら、それに越した事はない。ライトがそう思っていると、少女達が声を掛けた。
「必要な素材を持ってるのは、キリト君とライト君なんだから、2人が決めて良いよ?」
「ボクもアスナに賛成。船の設計図の殆どは、ボク達が作ったんだしね?」
彼女達からのお許しが出ると、最初にキリトが口を開いた。
「うーん……折角のゴンドラに、無粋な武器を付けるのはどうかと思うけど、それで付けなかった時に後悔するのは嫌だからなぁ」
「オレも同感だ。どうせ圏外に出れば、モンスターと戦闘になるんだ。何かが起こった時に役立つかもしれないしな」
男子達の意見は一致していた。戦闘が勃発した時、ゴンドラにツノを装備しておけば、モンスターに攻撃できるだろう。それを考慮した為、ライトは首を縦に振った。
「それに、衝角は喫水線の下に取り付けるだろうから、普段は見えないと思うよ?」
「分かった」
「決まりだね?」
「よし…なら、衝角アリに設定しますか?」
「そうだな!」
3人はそれぞれのウインドウを操作し、衝角アリに設定した。そして、最後に設計図の決定ボタンを押すと、荘厳な効果音を響かせてウインドウが消え、羊皮紙に数秒で設計図が書き込まれた。完了した仕様書の1番上に、黒い文字で【Tilnel】【Kizmel】と書かれていた。
「それでは、ワシはこれから下の工房に籠るでな。完成したら知らせてやるから、ここで待っとれ!」
2枚の羊皮紙を持ち上げ、それらを丸めて抱えた老人は、再び道具置き場へ消えた。クエストを見つけて中ボスクラスのモンスターを倒したりと、中々に内容が濃いイベントだったと、ライトは思っていた。すると、キリトが両手を挙げて大きく伸びをした。
「うぅーーん……長い1日だったな?」
「あぁ。全くだ」
3層ボスを攻略したその足で、次層へ続く階段を登り、モンスターに襲撃されながらも無事に転移門を開き、一休みしたとは言え、また戦ったのだ。疲労が見えてもおかしくない。
「船って、どれくらいで完成するのかしら?」
アスナも疲労を感じている筈だが、それよりも船が出来上がる時間の方が大切らしい。隣に目をやれば、ユウキも知りたがっている様子な為、キリトがせっかちな2人に説明する。
「これ系のクエストは、長くても3時間かな? いや、2人乗り用を2艘も造るから、5〜6時間ぐらいかな?」
「じゃあ、1回宿に戻ろ? ボクちょっと眠くなっちゃった」
ユウキが小さな欠伸を手で隠し、目をこすりながら言った。殆ど寝ていないので、宿に戻って休息を取りたいのだ。しかし、何故かキリトが歯切れが悪い口調で呟いた。
「それがさ、さっき話してて気付いたんだけど、このクエストは多分、他のプレイヤーと共有の《パブリック》だと思うんだ、この建物が街中にあるし。だから、誰かがこのクエストを受けてたら、あの扉は開かないと思う。こっちからなら、家を出られるとは思うけど…」
「…待て。このクエストがパブリックだって言うなら、船が完成してない状態でオレ達がこの部屋から出て、次のプレイヤーが入ってきたら、オレ逹の船は後回しになるのか?」
「可能性としては高い。だって、船が完成しても誰かが取りに来なかったら、このクエストはもう誰も受けられない!」
このクエストの存在が知られれば、恐らく他の大勢のプレイヤーが受けたいと考えるだろう。だが、他のパーティと共有のパブリックな以上、誰かが受けている間はクリアされるまで待つしかない。
「…成る程ね」
「じゃあ、ここで待つしかないって事だよね?」
ユウキの残念そうな言葉に、キリトは静かに頷いた。主街区の宿に戻って、フカフカのベッドで休みたかっただろうが、生憎この家にそんな物は見当たらない。
どこか休憩できそうな場所がないか見回すと、4人の視線が1箇所に集まった。先程までロモロ老人が座っていた大きな揺れ椅子なら、休息が取れるだろうが、全員が座れる余裕は無さそうだ。目測でも最低2人までだろう。すると、唐突にライトが口を開いた。
「オレは床で休憩する。3人はあの椅子を使えば良い」
「3人も座れるかよ…俺もそこら辺で休むから、2人が使えよ」
ライトは背中に吊るす剣を鞘ごと外すと、扉に近い壁に座り込んで、剣は肩に立てかけた。キリトはウインドウを開いてストレージに収納すると、ライトが座る反対側の壁に腰掛けた。
「…でも、私達だけが使うのは」
「そうだよ。2人に悪いしさ?」
「問題ない。これでも十分休める」
「迷宮区の安全地帯で休むのと比べれば、屁でもないよ!」
2人はそれだけ言うと、静かに目を閉じた。
暫くして極小さくだが、2人の安らかな寝息が聞こえてきた。船が出来上がるまでここから出られないと分かった時、少女達は正直に言って落胆した。本当ならすぐにでも寝たいのだが、横になれる場所はない。
唯一、ロモロ老人が座っていた揺れ椅子があったが、見立てでは最大で2人しか座れない。どうするかと考えていると、男子2人が碌に休める筈がない床で休息を取ると言ってきた。流石に悪いと思ったが、何か言う前に座ってしまった。
「カッコつけすぎだよ」
「ホントね!」
ヌシ熊の攻撃を捌き続けた彼らが、1番疲れている筈だが、平気な顔をして床に座って休憩する彼らに、2人は小さく呟いた。アスナとユウキは踵を返すと、揺れ椅子に近付いて座り、すぐに眠ってしまった。後で何か奢って上げても良いかなと、アスナとユウキは密かに思ったのだった。
『うわっ、こっち見やがった!』
『やだ、こわーい!』
『あの子の父親、《人殺し》ってホント!?』
『最低だな!』
聞こえてくるのは、非情な言葉ばかりだった。それが、教室の隅っこでただ静かに座る少年に向けての言葉なのは、周りの子供達の目が示している。クラス全員が彼に向けて、陰口を叩き、蔑んだり嘲笑ったりするが、当人は何も言わず、ただ静かに座っているだけだった。
『おい!』
突然、隣から声を掛けられた。少年が目をやれば、他の子供達よりも体格が大きな子が見下すような目を向けていた。彼は何か用かと、軽く顔を向けた。
『お前の父ちゃん、人殺しなんだって? ヒデー野郎だなぁ!!』
『…………』
そんな暴言を吐こうとも、少年は何も言い返さず無視したが、そんな態度を言い事に、彼は少年に言い続ける。
『気持ち悪りぃいな、人殺しの血が混ざってるなんてよ。お前もそのうち、誰か殺しちまうんじゃねか!?』
『やだっ、最悪!!』
『うわー、ヤっベー!!』
その言葉に、周りの子供達も口々に呟くが、少年は顔色を全く変えない。何を言う訳でもなく、ただ座って外を眺めているが、暴言は収まらない。
『お前の母ちゃんも、もしかしたら人殺しかもっ…』
突然、その言葉が止まった。次いで、ドンッと床に何かが落ちた音が響いた。少年に対して、暴言を吐いていた子供が床に倒れていた。そして、椅子に座っていた少年が立ち上がって、右拳を振り上げていた。少年は、緋色の瞳を鋭くさせ、倒れている子供にドスの利いた声で言う。
『黙れ、殺すぞ!!』
その瞬間、クラス中がざわめいた。倒れている子供は、涙を流して大泣きした。途端、少年は自分が彼を殴った事に気付いたのか、ハッと右拳を見る。そこには、確かに殴った跡があり、子供の頬にも傷が見える。すると、教室に先生が入って来て、少年に走り寄る。その間、少年は苦しそうに顔を歪め、ただ歯を食い縛っていた。
「っ!」
瞼を開けると、仄かなおれんじ色に照らされた部屋が映った。ライトは目を醒ますと、ゆっくり立ち上がって辺りを見渡した。彼の正面ではキリトが床に座って目を閉じている。一方、アスナとユウキは仲良く揺れ椅子に座ってスヤスヤと寝息を立てていた。
「ここでも見るのかよ……クソがっ!」(小声)
ライトは悪態をつくと、拳を握りしめた。だが、それもほんの数秒で力なく解き、小さなため息を吐いて、視線を左上に移す。
時刻は、午前4時45分と表示されていた。床に座って休息を取ろうとしたが、やはり十分に休めたとは言えなかった。それでもヌシ熊との戦闘が終わった直後に比べればマシだと、軽く首を回して、この後どうするかと考えようとした時だった。
「起きるのが早いな。ライト」
「キリト…お前も随分早いじゃないか?」
「ついさっき目が覚めてな!」
キリトは立ち上がり、まだ暗い街を窓から眺める。彼が立てた予想では、船が出来上がる時間まで、まだ3時間弱もある。
「まぁ、休息は取れたから良いが、お前の予想だとまだ時間があるな?」
「4人乗りの1艘だけなら、もうちっと短縮できるかもな」
キリトはうんざりと呟いた。モニター越しのゲームならすぐに出来上がるが、これはVRゲームだ。船が作られる時間も長く設定されているのだろう。全くもって、極めて現実世界に近いなと、外の景色を眺めながら思っていると、彼らの耳に軽やかな効果音が響いた。
「っ…出来上がったのか?」
「思ったより早かったな……なら、2人を起こすとしますか?」
ライトは頷き、揺れ椅子に座る少女達へ歩み寄る。どうやら、クエスト進行の効果音では起きず、2人は未だスヤスヤと眠っている。まだ疲れが抜けていないと思ったが、船の完成を楽しみにしていた為、起こさない訳にいかない。
「あのー…船、出来たみたいですよー」
「おい、2人とも。起きろ!」
だが、彼女達は何やら小声でムニャムニャと言うだけで、起きる気配は皆無だ。やむなく2人はアスナとユウキの肩に手を当て、小さく揺すった。しかし、やはり起きない為、少しだけ強く揺すったり、声掛けをしてみた。
「「…ふわあぁぁ〜」」
2人揃って盛大な欠伸をしながら瞼を持ち上げた。目の焦点がまだ合っていない様子で、アスナとユウキは男子達を見ていたが、次に彼らの胸あたりに目をやった。
「……さっきの変な音…このウインドウかしら?」
「…なんだろう…これ?」
女子2人には見えているようだが、ライト達には何も見えていなかった。クエストログが進行して現れたウインドウなら、見える筈だと思ったライトは妙だと思い、その窓について説明を求めようとした
ーーーその時だった。
「ままま待った、2人とも!」
突然、キリトが絶叫を上げて2人に静止の声を掛けた。いきなりの大声に驚き、アスナとユウキはびく!っと反応する。
「な、何よ?」
「いきなりどうしたの?」
「ダメ、それ押さないで!」
必死の形相で訴えるキリトに訝しむアスナとユウキは、内容を読み上げた。
「「ハラスメント防止コードによる強制転移の発動……っ!?」」
そこまで読み上げると、アスナとユウキは一気に顔を赤くして、自分達の体を両手で抱きしめながら、キリトとライトを上目遣いで睨んだ。
「ぼ、ぼ、ボク達が寝てる間に一体何したのさ!?」
「おい、変な言いがかりはやめろ。オレ達はただ2人を起こそうとしただけだ!」
「それくらいで防止コードが発動する訳ないでしょ!?」
「2人が全然起きないのが悪いんだろ!?」
無益な言い合いを続けていると、キリトが右手を出して待ったをかけた。
「ま、待った。でも、おかしいな……防止コード発動の順序が違う気がするんだ」
「……どういう事?」
警戒心剥き出しで、アスナは続きの説明をキリトに求める。
「…ハラスメント防止コードって、《不適切な接触》をすると、まず警告と同時に手が弾かれて、それでもしつこく続けると強制転移が発動する流れなんだけど」
「オレ達は確かに2人を起こそうと肩を触ったが、その時に警告は出なかったし、弾かれたりもしなかったぞ」
「あぁ。俺も同じだ」
2人がそう言うと、アスナとユウキは少しだけ警戒を解き、表示されている窓を検分するように覗き込んだ。流石に隙を付いて、Yesボタンを押すとは考えずらい。
「コードを発動させますか、以外に何も書いてないわね。兎に角、ノーボタンを押せば良いのね?」
アスナの言葉に少年達は即座に頷く。そして、アスナとユウキは画面にあるNoボタンを押した。これで第1層の黒鉄宮送りは免れ、安堵の溜め息を吐いた。そんな2人に、ユウキが原因が発生した理由を訊ねる。
「…で、何でコードが発動しちゃうぐらい頑張って、ボク達を起こそうとしたの?」
「船が完成したからだ」
ライトがそう言った途端、2人の少女は瞳をキラキラと輝かせて言った。
「「それを早く言ってよ(ね)!!」
途端、少女達が全力ダッシュで部屋の玄関に向かいかけたが、扉に手をかける寸前で立ち止まり、揃って振り返る。
「って、ログ窓には工房に向かえって書いてるけど、ここが工房じゃないの?」
「そうだな。ロモロ老人が戻って来る様子もないし…」
「…俺達が直接その場所に行けって事か?」
「でも、一体どこに?」
すると、ライトは玄関とは別の反対側に立つドアの事を思い出し、キリトと共に近寄る。2人は頷き合うと、代表してキリトが鈍く光るドアノブを握って静かに回すと、少しだけ扉が開いた。
「2人とも、こっちみたいだ」
言い終えると、アスナとユウキが2人の背中を押し、中へ入る。沢山の道具を置いておく掛け場所が目に入るが、最も目を引いたのが壁に貼り付くレバーだった。
ライトはそれに近付いて、レバーを凝視する。流石にこの場所は圏内な為、トラップの可能性は限りなく低いだろう。ライトは振り返って3人に目をやり、『動かすぞ!』という意思を伝える。3人が頷くと、レバーを握って下ろした。
室内が振動したかと思えば、部屋が下に降り始めた。この室内自体がエレベーターなのかと納得すると、動きが止まった。待ちきれない様子のユウキが扉を開くと、飛び込んできた光景に感嘆した。
「うわあぁぁ!!!」
「凄いわね!?」
壁や床、天井は頑丈な石造りで、巨大な作業台や木製の巻き上げ機、大型の船材を何種類も収められる程の大規模なスペースがあった。そして、1番目を引くのが、中央に見える水路に繋がっている筈の船渠に浮かぶ新しい2艘の船だった。
1つは白をベースに所々に緑色の線が入ったカラーリングで、もう1つは薄い紫色をベースに、灰色の線が入った船だった。そして、2つの船には流麗な書体で【Tilnel】【Kizmel】と書かれていた。
それらの船を見たキリトが、ドックの水際に立つロモロ老人に声を掛ける。
「良い船を造ってくれてありがとうございます。ロモロ老人」
「フン。ワシも久々に満足がいく船が造れたわい!」
彼は左右に広がったあご髭をしごき、満足そうに呟いたが、途端に語尾を強めて忠告してきた。
「じゃが、この老いぼれの尻を叩いて働かせたんじゃ。沈めたら承知せんぞ!」
「沈めませんよ、絶対に! 私達も、この船に乗るのを楽しみにしてたんですから!」
即座に答えたのはアスナだった。すると、彼女の言葉を引き継ぐように、今度はユウキが口を開いた。
「こんな凄い船をボク達の為に造ってくれて、本当にありがとうございます。お爺ちゃん!」
輝く笑顔と共に、ユウキはロモロ老人に感謝の言葉を述べ、頭を下げた。フンと鼻を鳴らすロモロ老人だが、そんな彼にライトが気になった質問をした。
「ロモロご老人。1つ聞きたいんだが、この2つの船を漕ぐ船頭はどこに行けば雇えるんだ?」
ティルネル号とキズメル号には、座席が2つ設置されているが、船を漕ぐ船頭の場所のスペースが空いてしまう。その為、ライトは船を漕いでくれるNPCはどうするかと訊いたが、予想外な返答がきた。
「船頭? そんなもんおりゃせんわい!」
「…は?」「…へ?」
一瞬、思考停止状態になってしまった2人だが、考える暇も与えずに、老人が2人に長い櫂を渡して言った。
「お前さんらが漕ぐんじゃ!」
「は、はいぃぃぃ!?」
「じょ、冗談だろ?」
「冗談ではないわい、他に誰が漕ぐんじゃ? まさか、女子に漕がせようとでも考えておるのか?」
「そういう事を言ってるんじゃ…」
そういう事ではなく、船を漕いだ経験も無い素人が操縦して大丈夫かと思うのだ。最悪、造ったばかりの船を壊してしまう可能性もある。しかし、そんなライトの考えを無視して、ユウキが彼の肩に『ポン!』と手を置いた。
「よろしくね、ゴンドリエーレさん?」
隣のアスナとキリトも、全く同じ構造が出来上がっていた。これはもう、早々に諦めるしかなさそうだ。少年達はお互いの顔を見合わせると、小さく鼻から息を吐いた。
「ロモロさん、ゴンドラを漕ぐ時の注意ってありますか?」
「水路は右側通行じゃ。それさえ気を付けておけば問題はないわい。ただ…」
ロモロ老人はそこで言葉を濁した。しかし、彼の事情をある程度は知っている彼らは、何となく察する事が出来た。そして、その推測が的中しているか確かめる為、ライトが答える。
「水運ギルド…か」
船を造る為の素材を独占しているギルド名を口にすると、ロモロ老人は厳しい表情で頷いた。船の素材を独り占めする行為に何の意味があるのか、ライトは少し気になっていた。
「最近は大量の木箱をどこかに運んどるらしい。見かけても、近寄らん方が良かろう」
忠告めいた言葉を掛けるロモロ老人は、町の水路に繋がるドックの入り口へ向かったが、急に立ち止まるとクルッと振り返った。
「まぁ、どうしても気になるなら、奴らの後を追いかける事じゃ。ヌシ熊を倒したお前さん達なら、心配はいらんじゃろう!」
それだけ言うと、彼は水門を開ける為のレバーが設置されている場所に足を向けた。船を出発させる為、ティルネル号にはアスナとキリトが、キズメル号にはユウキとライトが乗り込んだ。
「開けるぞ!」
その掛け声と共に、ロモロ老人はレバーを握り下ろした。直後、ドックを閉ざしていた大扉が開かれ、外から一筋の光と真っ白な靄が入り込んだ。
「よし!」
「行くか!」
少年達は第4層の攻略を開始する為、櫂を使ってティルネル号とキズメル号を動かし始めた。
オリ主の苦悩が、今後の展開で明らかとなっていきます。と言っても、それはまだ先の話ですが……
次回は、フォールンの暗躍を探る回でございます!