第3層の森でライト達が出会い、《秘鍵》を次層に運ぶ為に別れたリュースラの誇り高く、美しい騎士キズメルは、5秒以上もアスナとユウキを抱きしめていた。そして、2人も力一杯キズメルを抱擁していた。
「キズメル、会えて良かった!」
「また会えるって信じてたけど、こうしてまた会えて凄く嬉しい!」
抱擁を解いたユウキとアスナが、キズメルを見ながら言う。すると、彼女も2人を真っ直ぐ見詰めて、声を掛けた。
「私もだ。《霊樹》を通ってから、ずっとお前達の事を考えていた気がするよ!」
リュースラの騎士は噛みしめるように、ライト達との再会を味わっていた。しかし、3層の森で出会った時と、今の彼女の雰囲気が明らかに違っていた。その理由は、野営地の時に装備していた鎧ではなく、濃い紫色のドレスを着ているからだろう。ライトが違和感を覚えていると、キズメルが少年達に視線を向けた。
「キリト、ライト、お前達も元気そうで何よりだ!」
「久しぶり、キズメル」
「あぁ…まぁな」
軽い会話を交わすと、途端にキズメルは不思議そうな面持ちで言った。
「しかし、私がここに居ると良く分かったな。お前達、この城は初めてだろう?」
「あ、あぁ……なんとなく、かな?」
βテストに関する事を言う訳にはいかず、キリトはそう答えるしかなかった。キズメルは笑みを浮かべると、頭上に枝葉を広げる針葉樹に目を向けた。
「…ここには、妹が好きだったジュニパーの気があってな。だからか、ついここに来てしまう」
森エルフからの襲撃を受け、その際に命を落としてしまった彼女の妹、ティルネル。その存在が確かにあったのかは、今でも判明していない。だが、今更その事をとやかく考えても意味はない。ジュニパーの気の香りを嗅いでいたキズメルだが、顔を戻して再び声を掛けた。
「…ともあれ、4人とも、よく来てくれた。《天柱の塔》の守護獣を、首尾良く突破できたのだな」
「あぁ。野営地の司令官が、毒を用いた攻撃に気を付けろって言ってくれたからな!」
「うむ。彼は信頼に足る男だ。私も早く、3層に留まっている先遣部隊と合流したいが…」
そこで言葉を切ると、キズメルは自分が着ているドレスを見下ろして眉間に皺を寄せた。しかし、すぐに笑顔を取り戻すと、アスナとユウキの背中に手を添えた。
「さぁ、城の中に戻ろう。ここまで船で漕いで来たのなら、腹が空いただろう?」
「えぇ。とっても!」
「ボクもうペコペコだよ!」
キズメルを挟んで、彼女達は城の中へ向かった。そんな3人の背中を眺めながら、ボソッとキリトが呟いた。
「漕いだのは俺達なんだけどな?」
「…確かに」
それとなくライトが同意して、2人は3人の後を追いかけた。
キリトからの話では、β時代のこの城の食堂は西翼2階にあったらしく、それは変わっていない。扉を開けた途端、賑やかな話し声と食欲をそそる香りが5人の嗅覚を刺激する。
広い部屋を見渡せば、規則正しく並べられたテーブルに、レザーアーマーを装備した黒エルフや魔法職を彷彿させるエルフ達に、はしゃぎ回る子供達も見られる。ライトがその光景を見ていると、ローブを被ったエルフに注目しているキリトに気付いた。
「奴らがどうかしたか、キリト?」(小声)
「如何にも魔法職って思わせる服装をしてるけど、このSAOに魔法は存在しないから、ちょっとな」(小声)
彼の言う通り、茅場 晶彦の手によって作られたこの世界に、魔法スキルは存在しない。ライトも同じようにローブの者達に視線を向けると、それに気付いたのか、前を歩くキズメルが声を掛けた。
「彼らが気になるのか?」
「あ、あぁ」
キリトが小さく答え、ライトも軽く頷いた。すると、キズメルが2人に近付くように手招きした。少年達が近付くと、彼女も顔を寄せて囁いた。
「彼らは聖大樹に仕える神官達だ。秘鍵回収任務を監督する為に、9層の王城から派遣されてきたのだ」(小声)
「…神官」(小声)
ポツリと呟くと、キリトは再びローブを着た神官達に視線を送った。そんな彼に、ライトがまたも小声で話しかける。
「聞いた事は?」(小声)
「ない!」(小声)
つまり、キリトが経験したβテスト版には無い設定が、この正式版で追加されたという事だ。
考えてみれば、水路ダンジョンで見かけた、フォールンエルフの将軍ノルツァーが現れた時点で…いや、目の前に立つリュースラの騎士キズメルが生存した時点で、キリトが知っている《エルフ戦争キャンペーン・クエスト》とは違う展開になっているのだ。
今更、βテスト版と違っていたとしても、何ら不思議はない。ライトがそう思っていると、今度はユウキが小声で訊ねた。
「キズメル、あの子達は?」
「ああ、城主の子供達さ。皆いい子だよ」
微笑ましそうな表情で言うと、キズメルは子供達に視線を送った。それに釣られて4人も目を向ける。楽しそうに遊び子供達に笑みを浮かべた一同は、キズメルの案内で奥のテーブルに座った。
黒エルフのメイドが運んできたのは、スープと前菜から始まるフルコースメニューだった。メインディッシュは鶏のローストチキンで、キズメルを挟んで食べるアスナとユウキは、彼女も交えて楽しそうに会話をしていた。
話題は、4層のテーマの水路で、特にお気に召したのが、主街区まで浮き輪で泳いだ話で、その時に判明したライトが泳げないと聞いた時は、彼女も口元に手を当てて笑っていた。そして、火炎熊との戦闘の話になり、キズメルは興味深そうに話を聞いていた。
そんな他愛もない会話をしながら、最後に運ばれてきたデザートを食べ終えた4人は、キズメルの案内で城の東翼4階にある士官用の部屋に通された。流石に2部屋を用意する事は出来なかったが、4人が入っても十分な広さだった。所謂スイートルームらしく、共同の居間に寝室が2つもあった。
「城に逗留している間は、この部屋を使ってくれ!」
「わあ、素敵なお部屋!?」
「こんなに広いなんてビックリだよ!?」
興奮気味に窓へ走り寄るアスナとユウキだが、左右に備え付けられた扉を見た途端、とても微妙な表情を浮かべた。その事に気付いたキズメルが、申し訳なさそうな顔で言った。
「すまないな、今はこの部屋しか空いてないのだ。4人では少々手狭かもしれんが」
「ち、違うよ、キズメル。こんな豪華な部屋を用意してくれたんだもん!」
「そうよ、謝る必要なんかないわ!」
キズメルが軽く謝ると、アスナとユウキは謝る必要はないと伝える。他に空き部屋が無ければ、仕方ない。2人の言葉にキズメルは、安心したような顔で口を開いた。
「では、私は左隣の部屋に居るから、何か用事があったら遠慮なくノックしてくれ!」
キズメルはそう言うと、部屋に入った。残された4人は、微妙な空気に包まれた。3層でのキズメルの天幕や主街区の《ズムフト》でも何回かあったが、やはりまだ慣れない部分がある。すると、そんな空気を断ち切るように、アスナとユウキが話しかけた。
「まぁ、こういうの、初めてって訳じゃないから」
「攻略を優先するならこうなるし、キズメルも他の部屋がないって言ってたから」
キリトがコクコクと首を縦に振っていると、再び少女達が声を掛けた。
「でも、ありがとう、キリト君。キズメルとまた会わせてくれて、とっても楽しかったわ!」
「ボクからも言わせて。ありがとね、キリト!」
「オレからもだ。ありがとう、相棒!」
2人に続いて、ライトも感謝を述べた。《ウスコの村》で微妙な空気になってしまった、彼なりの謝礼なのかもしれない。《ビーター宣言》をさせてしまったライト、現実世界の事を思い出した時に、哀しそうな表情を浮かべたアスナとユウキの為の。
「まぁ…うん。いや、どういたしまして。でも、本当にまた会えて良かったな。何時もと雰囲気が違ってたのが気になるけど」
「あのドレス、とても似合ってたけど、好きで着てるような感じじゃなかったしね?」
「何で、何時もの鎧を着てなかったのかな?」
第3層で彼女が身に付けていた鎧を思い浮かべながら、ユウキが不思議そうに言うと、ライトが隣室を見ながら口を開いた。
「本人に直接聞いてみるしかないな。答えてくれるかは分からないが…」
少なくとも、キズメル自身は今の服装に不満を感じていると思われる。でなければ、ジュニパーの木の場所で自分が着ているドレスに、眉をしかめたりしない。
「機会があったら、また明日にでも聞いてみましょう?」
今からキズメルに、ドレスの事を聞く気にはなれない。急ぐ必要もない為、この話はアスナの言葉で締め括られた。3人は特に異論する事もなく、小さく頷いた。
「とりあえず、今日はお風呂に入ってゆっくりしたいわ!」
「賛成!」
フィールドボス戦を終えた今、攻略主力ギルドの面々も主街区に戻ってクリスマス壮行会をしている。攻略に乗り出す必要もないと思ったアスナがそう言うと、すかさずユウキが同意した。すると、キリトが何かを思い出したように口を開いた。
「そう言えば、確か城の3階に、超でっかい大浴場があった筈だけど」
「「っ!?」」
その言葉に、少女達は明らかな反応を示した。
「……超?」
「うん、超!」
「…そこってさ、男湯と女湯で別れてる?」
「えーっと、どうだったかな…」
ユウキからそう聞かれたキリトは、悩み始めた。3層での黒エルフの野営地にあった男女共有の風呂の天幕と同じなら、ゆっくり寛げないだろう。
「…すいません、ちょっとそこまでは」
β時代は攻略にしか精を出していなかった為、そこまでは覚えていないようだ。アスナは小さく溜め息を吐いて続けた。
「何だか嫌な予感がするけど、とりあえず行ってみましょ? 案内よろしくね!」
「…は、はい」
その後、何故かライトも一緒に行く事になり、4人は部屋を出て大浴場に向かった。城館中央の大階段で3階に下りると、幾つもの扉が並ぶ豪勢な廊下を進んで、西翼の奥へ向かう。暫くして行く手にアーチが見え、そこを境に赤い絨毯が白い大理石に変わっている。
4人がそこを潜り、道を右に曲がると、今度は左の壁に再びアーチ型の入り口が見えた。水音が響く奥を覗き見ると、そこは立派な脱衣所だった。
「…お風呂、別れてないみたいね」
アスナの声色からは、少し残念そうな感情が読み取れる。見れば、ユウキも混浴である事に小さく溜め息を零していた。そんな中、ライトはゲームを制作する上でデータ量が多すぎた為、この結果になったと推測して、部屋に戻る為に声を掛けた。
「オレ達は部屋の風呂を使うから、2人はゆっくりここを使えば良い」
「そう言う事だから、また後で…」
少年達が踵を返して大浴場を出ようとした時、アスナがキリトの、ユウキがライトの手首を掴んだ。
「ま、待ってよ。ボク達だけだと誰か来たら…」
「…ここはオレ達だけに用意されたインスタンスだ。NPC以外には誰も居ないぞ?」
「NPCだって、男の人は居るでしょ?」
「だとしても、ここに来る男のNPCを通せんぼするのは無理だよ」
混浴なら、誰かが入って来る可能性は十分ある。当然、黒エルフの男性NPCが来る可能性がある為、この大浴場を独り占め出来るとは思えない。
「……あっ、そうだ!」
すると、アスナが何か良い案を思い付いたようだ。そして、ウインドウを開いて操作を始めた。複数のアイテムをオブジェクト化し、次に箱からハサミを取り出した。それを使って布を切ると発光し、形状を変えた。それをもう1回繰り返し、4枚の布が完成してハサミを箱に戻し、針でチクチクと縫い始める。
「よし、出来た!」
完成したそれは、純白と薄紫色の2つのワンピースタイプの水着だった。
「はい、ユウキのだよ?」
「うわっ!! アスナ、これすっごいよ!?」
出来上がった2つの水着のうち、アスナは薄紫色の水着をユウキに手渡した。受け取った彼女は、その完成度に感嘆した反応を示す。すると、満足そうな顔をするアスナに、キリトが恐る恐る訊ねた。
「あの…もしかして、その水着でお風呂に…」
「別に違反行為をしてる訳じゃないでしょ? それとも、私達が水着を着て入ると、何か都合が悪くなるの?」
「一切ありません!」
機嫌を損ねるアスナに、キリトは首を振りながら否定する。すると、またも何かを思い出したアスナが不穏な笑みを浮かべると、再び話しかけた。
「そう言えば、主街区の《ロービア》の宿に泊まった時、2人に水着を作ってあげるって言ったわね?」
「あぁ〜……言ったような、言ってないような」
「移動手段は見つかったんだ。今更だろ?」
当初は、《浮き輪の実》で移動するしかなく、その際に装備が濡れないように作ろうと、アスナが言ったが、今はもう移動する為の手段がある。ライトの言う通り、最早それは意味を成さない。
「そう言わずに、ね?」
どこか有無を言わせない迫力を含んだ声に、キリトとライトは首を縦に振るしかなかった。すると、アスナだけでなくユウキも、クスクスと笑っていた。
アスナは早速、作業を始める為にウインドウを操作した。布アイテムをオブジェクト化し、箱からハサミを出して切る。そして、同じように針で縫い合わせていく。そうして完成したのが、黒と紺のサーフパンツだった。しかし、アスナは手を止める事なく、再び作業を再開させる。
暫くすると、サーフパンツが発光し、完成した事を知らせた。途端、何故かユウキが両肩を震わせて、深く俯いた。
「「………」」
その反応に、2人は訝しさを覚える。アスナは2人に近付こうと歩き出すが、少年達は少し身構えてしまう。だが、彼女は構わず進み続け、2人に水着を手渡した。
「はい、どーぞ!」
「……な、なんじゃあそりゃああぁぁぁ!!!?」
手渡されたサーフパンツを見たキリトは絶叫し、ライトは愕然となった。キリト用の黒い水着には、フレイムオレンジのクマ模様、ライトの紺色には灰色のネコ模様が描かれていた。そんな2人の反応を面白がるように、アスナとユウキは笑いを堪えていた。
アスナが作成した水着を着たユウキ、キリト、ライトは《ヨフェル城》の大浴場の豪華さに歓声した。床に敷き詰められたタイルは、透明感が際立つアイボリーホワイト。その奥にある浴槽は、湖を囲む玄武岩を磨き上げた物のようで、細かい横縞の入ったエボニーブラック。
更に、浴槽の面積はプール並みにある。そして、最も目を引くのが、浴槽の西と南に面しているガラス張りから湖の景色を一望できる事だ。
「凄いね。お風呂のお湯と湖の水面が溶け合って、まるで空に浮かんでるみたい」
ガラス張りから見える、外の湖と雪が降る幻想的な光景は、正に圧巻としか表現できない。すると、彼女の隣で浴槽に浸かるユウキが頷いた。
「ホントだね。こんな綺麗な景色、今まで見た事ないよ!」
これまでにも他の層で綺麗な景色を見てきたが、目の前に映る光景は何よりも綺麗だと思える。そんな時、アスナが湖の景色を眺めながら言った。
「こういう、海とか湖に繋がって見えるプールの事を、《インフィニティ・エッジ》って言うのよ。海外のリゾートホテルとかによくある」
「Infinity edge……直訳すると《無限の端》か。ソードスキルの名前にでも使われそうだ」
「そうなると、片手剣とか短剣とかかな?」
「いや、細剣だと思うけどな」
そんな会話を続けるが、少年達の様子が少しおかしい。キリトだけでなくライトも、今の状況に若干の戸惑いがあった。すぐ傍で、アスナとユウキが腰掛け、楽しそうに話をしている。
美少女である水着姿の彼女達と一緒にお風呂に入っている展開など、誰が想像できるか。ライトが窓に映る雪景色を見ていた
ーーーその時
カチャッ!
「「「「っ!?」」」」
後方から、ドアが開く音が届いた。
「だ、誰か入ってきた!?」
「…ちょっと、隠れさせて!」
アスナとユウキは移動すると、それぞれ少年達の背中に隠れる。その事に、キリトとライトは少なからず動揺する。後ろに隠れようと体を密着させている為、柔らかな感触がそのまま伝わってくる。更に、微かに良い香りがするのだ。
だが、ライトは軽く頭を振って動揺を掻き消すと、入ってきた人物を確認しようとする。視界が揺らぐ程に立ち込める湯気の所為で、シルエットしか見えない。ライトが視線をフォーカスし続けていると、聞き覚えのある声が届いた。
「キリト、ライト、アスナ、ユウキ、やはりここに居たのか」
入ってきたのが、良く知る人物だったと分かったその時、後方に隠れていたユウキが、稲妻の如き速さでライトの頭を掴んでお風呂に沈めさせた。
「「ぶぅぅ!!?」」
そして、アスナもキリトの頭を掴んで沈没させると、ユウキと共に浴槽から上がってキズメルに走り寄る。いきなり頭を沈められた2人は顔を上げたが、立ち込める湯気の所為でシルエットしか見えない。何やら3人で話していると、キズメルと共に脱衣所へ戻った。
「何なんだ?」
「…知るか」
暫くすると、再びドアが開いて3人が戻ってきた。アスナとユウキは変わらず白と薄紫の水着、そしてキズメルは濃い紫のビキニを着用していた。
「…成る程」(小声)
「………」
2人は漸く、アスナとユウキが浴槽を飛び出した理由を察した。しかし、いきなり頭を掴むのはどうかと、ライトが思っていると、キズメルがユウキとライトの間に入り、浴槽の縁に腰掛けて言った。
「ライトとキリトも下着……いや、《ミズギ》を着用しているのか。人族には不思議な慣習があるのだな」
「…ま、まぁね」
それとなくキリトが答え、ライトは沈黙を保つ。すると、キズメルが口元に淡い笑みを浮かべて言った。
「しかし、野営地の風呂天幕では、キリトも「い、いやぁ、それにしてもデッカい風呂だな!?」…」
キズメルの言葉を慌てて遮ったキリトは、アスナやユウキの怪しむ視線を受けながらも、雪景色を見ながら言葉を繋げる。
「4層の城がこんなに大きいなら、女王様が居る9層の城の風呂もさぞかし凄いんだろうなあ!」
「勿論だとも。ここより遥かに高い所にあって、9層全体が一望できる、それは豪勢な浴場だよ」
キズメルがそこまで言うと、少女達の目付きが怪しさから輝きに変わった。想像しただけで見てみたいと思ったのだろう。しかし、2人に視線を向けたキズメルが、すまなそうな表情を作った。
「しかし、その浴場を使えるのは、貴族の文官達と、女王によって叙任された騎士だけなのだ。残念だが、人族のお前達が立ち入る事は難しいだろうな」
「そっかー。でも、このお城やお風呂もすっごい綺麗だよね?」
「うん。ずーっとこのお城で暮らしても良いって思えるくらいに!」
すると、騎士の微笑ましい顔が唐突に消えた。そして、左手でお湯をすくいながら、微かにかぶりを振る。
「…この城には、あまり長居しない方が良い!」
「えっ…どうして?」
理由が分からず、アスナがキズメルに訊ねた。すると、彼女は伏せていた睫毛を一瞬だけ動かして答える。
「ここまで来たお前達なら分かると思うが、このヨフェル城は見ての通り、四方を湖と断崖に囲まれた難攻不落の砦だ。古より、ゴブリンやオークにとどまらず、森エルフの大軍勢にさえ、攻められた事はない」
そこで言葉を切ったキズメルに、キリトが顔を見ながら訊ねた。
「それは、結構な事じゃないか。3層で取り戻した《翡翠の秘鍵》は、今もこの城に保管されてるんだろ?」
「うむ…だが、それ故にこの城の駐留部隊は弛み切っている。森エルフを撃退したと言っても、彼らは船を持っていない為、一方的な勝利を重ねても、技と心を磨く事は出来ない」
彼女がそこまで言った途端、ライトは何か違和感を覚えた。その正体が一体何なのか、それはまだ分からない。しかし、その感覚は決して無視できない《危険信号》を知らせるものだった。そんな彼に気付かず、キズメルは続きを説明する。
「特に神官共が酷くてな。鎧の音が耳障りだから身に纏うなという始末だ。あのような連中がのさばっていれば、城の空気が緩むのも当然だ」
「だから、ドレスを着てたんだね?」
城で会った時の、彼女の姿を思い出したユウキが納得する。すると、キズメルはユウキに対して、苦笑を浮かべた。
「似合ってなかっただろう?」
「そんな事ないよ、ボクは綺麗だと思ったし……でも、自分が似合ってると思う格好が1番だよね?」
「えぇ、ユウキの言う通りだわ!」
最後はアスナに聞くと、彼女は迷う素振りも見せず頷いた。2人の言葉を受け、キズメルが穏やかな笑みを浮かべると、アスナとユウキも釣られて笑う。そんな仲の良いやり取りを広げる中で、ライトはずっと何かが引っかかっていた。
「(何だ、この違和感は? この砦は難攻不落の要塞だ。四方を湖で囲まれているから、泳いで渡るとは考えられない。森エルフも船は殆ど持っていないと、キズメルは言っていた…その状況が続く限り…)」
そこで、彼の思考が停止した。確かに、船の数が少ないのなら、攻め込もうとは考えない。だが、数多くの船を作ろうと思えば。そして、それに必要な大量の《木材》を入手できれば、攻め込むのは容易だ。
「「そうか!」」
そして、そのタイミングでライトだけなく、キリトも気付いた。そんな彼らに驚いたアスナとユウキ、キズメルがどうしたのかと訊く。
「ど、どうしたの、ライト?」
「何がそうかなの、キリト君?」
「キリト、ライト、何だと言うのだ?」
3人が訊ねるも、2人はそれには答えずにお互いの顔を見合わせた。
「お前も気付いたんだな、ライト?」
「あぁ、答え合わせといくか?」
ライトのその問いに、キリトはしっかりと頷いた。そして、全く同じタイミングで同じ言葉が放たれた。
「「3日後に必ず森エルフの大軍が攻め込んで来る!」」
「「えぇぇ!?」」
「何だと!?」
彼らの一語一句違わず放たれた言葉に、女性陣3人は驚愕する。しかし、すぐに冷静さを取り戻したキズメルが言葉を掛ける。
「キリト、ライト、私はさっき言った筈だ。森エルフには、大軍で攻め込む為の船が…」
「あっ!」
キズメルが言葉を言い切る前に、ユウキも何かに気付いた様子で声を上げた。そして、アスナに向き直ると、真剣な瞳で話しかける。
「アスナ、水路ダンジョンでフォールンエルフが取引してた理由って…」
「っ…ま、まさかフォールン達、《ロービア》を襲撃するんじゃなくて…ここを!?」
「何だと…フォールン共をこの層で見たのか!?」
浴槽の縁から腰を浮かせたキズメルに、4人は同時に頷くと説明を始めた。
この層の攻略を始めて、洞窟の水路ダンジョンでフォールエルフを見かけ、水運ギルドと木材の取引をしていた事を話し終えると、クエスト進行の効果音が鳴り響き、唐突に開いたログ窓に《昔日の船匠》クエストの最後が終了したと表示された。
ログで表示されていた《しかるべき相手》とは、黒エルフの誰かという事だった。クエストをクリアした為、ライトのレベルは18、キリトは17、アスナとユウキは16に上がった。しかし、喜んでいる暇はない。立ち上がったキズメルが、鋭い声で叫んだ。
「こうしてはいられん。4人とも、一緒に来てくれ!」
美少女2人と一緒にお風呂に入れるのは、主人公特権という事で。
さて。早いもので、第4層も残り僅かとなってきました。森エルフの強襲が、ヨフェル城へ迫る時が近付いています!