SAO another story   作:シニアリー

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かなり長くなってしまいました。

もう少し短くするつもりだったのに、おかしい。

今回は、後半にユウキがメインのオリジナル展開を書いてみました。前々話で、ユウキが現実世界の話になると、思い詰めた顔をする要因は……


決戦開始前

 

お風呂場から出た一同は、キズメルの案内で城の5階へ向かった。キリトによると、β時代に立ち入った事が無かった為、何が起きるか分からないと言われた。だが、既に予想外な事態が次々と起きているので、もう驚きはしない。武装した2人の兵が大扉の前で立っているが、キズメルの威光で、やすやすと通り抜けた。

 

扉を開けた先は執務室だが、窓が全て閉ざされ、かなり暗い。奥に鎮座する巨大なデスクは、丁寧に磨き上げられている。最後に室内に入ったライトだが、不意に正面から視線を感じた。

 

彼は緋色の瞳を細め、奥の椅子に座る人影を注視した。暗がりにぼんやりと浮かぶ、人型のシルエットを見詰めていると、不意にカラー・カーソルが表示された。

 

【Yofilis:Dark Elven Viscount】

 

ライトがその文字に注視していると、キズメルが左胸に右拳を当て会釈する敬礼を取り、堂々とした口調で話しかけた。

 

「城主ヨフィリス閣下、執務中に失礼致します。急ぎ報告すべき事柄があり、かしこまりました」

 

キズメルが言い終えると、少しして暗がりから微かな声が聞こえた。

 

「…報告とやらの前に、なにゆえ人族を4人も伴っているのですか、騎士キズメル?」

「っ!!?」

 

男か女かも分からない声が聞こえた瞬間、ライトは無意識に左足を後ろに引き、半身を取って構えた。暗がりから聞こえた声と共に、鋭い何かが迫る感覚に、彼の防衛本能が反応したのだ。つまり、それだけ黒檀を挟んで対峙する城主ヨフィリスと名乗る黒エルフが、只者でないという事だ。

 

「ライト、落ち着け」(小声)

 

すると、隣からキズメルの小声が聞こえた。味方に付いた黒エルフに、しかも立場が上の者に戦闘態勢を取るのは無礼だと、ライトは後ろに引いた左足を元に戻した。そして、代表してキリトが懐から取り出した《紹介状》を机の上に置いた。

 

城主と呼ばれたヨフィリスは、キリトからそれを受け取ると、筒状に折り畳んでいた紐を軽く触った。すると、それが解かれて紙がパサリと広がる。

 

「…成る程、第1の秘鍵に功のあった者達ですか。それでは、湖の魚の餌にする訳にはいきませんね」

 

さらりと恐ろしい事を言ってくる手前、本当にするのではないかと、ライトは一瞬だけ思った。だが、考えてみれば、野営地でも攻撃こそしなかったが、素っ気ない反応をする者ばかりだった。如何に城主と言えど、人族に対する反応は同じなのかもしれない。

 

すると、ヨフィリスがキリトから受け取った《紹介状》をデスクの引き出しにしまった。代わりに、4つの指輪を取り出し、キリトに向けて差し出した。

 

「それを付けていれば、今後、リュースラの衛兵から咎められる事はないでしょう。無論、お前達が我らを裏切らない限りはですが…」

 

その言葉に、キリトは何度も首を縦に振って戻り、受け取った指輪を3人に手渡す。ライトはそれを受け取って見ると、印章部分にはお馴染みの角笛と曲刀が刻まれていた。4人がそれぞれの指に装着すると、キズメルとヨフィリスの話が再開された。

 

「それで、キズメルよ。報告とは一体何ですか?」

「はっ。人族の剣士キリト、ライト、アスナ、ユウキより伝えられた情報ですが……この層に、我らが仇敵、フォールンエルフの将軍ノルツァーが降りて来ています」

 

刹那、ヨフィリスが右手の人差し指で、黒檀のデスクを鋭く叩いた。

 

「…ほう。それは確かに、聞き捨てならない話ですね」

 

声色からでも険悪な雰囲気が伝わる中、ライトはノルツァーと呼ばれるフォールンエルフの将軍の情報を入手できると思い、2人の会話の続きに耳をすませる。

 

「あの悪党が、今度はどんな悪巧みを?」

「それが…どうやらフォールンは、本格的に森エルフと手を組んだようです」

 

そこから彼女は、風呂場でライト達から聞いた話を掻い摘んで説明していく。そして、その狙いがこの城に保管されている《翡翠の秘鍵》である事は間違いない。

 

「…そうですか……フォールン共が建造している船の数は分かりますか?」

「は、はい!」

 

答えたのはキリトだった。それと並行してライトも、水路ダンジョンでの事を思い出す。あの時、ライトはユウキと一緒に同じ箱に隠れる事が出来た。それを考えると、1箱の木材で2人乗りの船を作れると仮定して、あの場にあった木箱の数量は、目算でも50以上はあった筈だ。

 

「10人乗りの船を、最低でも10隻は造るつもりだと思います」

 

すると、ヨフィリスは再び右手の指で机を叩き始めた。

 

「ふむ。この城に配備されている船は10人乗りが8隻。それを超える数の敵が攻めてくる、という訳ですか」

「閣下。城の兵士達の精強ぶりを疑う訳ではありませんが……念の為に第1の秘鍵と、この4層に封印されている第2の秘鍵を、共に上層に移してはどうでしょう?」

 

彼らにとって、《秘鍵》という大切な物を宿敵である森エルフに奪われる事は、何としても防ぎたい筈だ。安全性を考えるなら、キズメルの提案に賛成すべきだが、ヨフィリスは暫く黙ったままだ。

 

「…騎士キズメルの提案には一理あります。万が一にも、秘鍵を再度奪われる訳にはいきません……しかし本来、我らリュースラの民の役目は、6本の秘鍵が全て同じ場所に集まらないように守り続ける事。第1と第2の秘鍵を上に送れば、5層に3つもの秘鍵が集まってしまう。その状況は気に入りませんね」

 

ヨフィリスの言葉に、キズメルは無言で首を縦に振る。すると、これまでずっと黙っていたアスナが口を開いた。

 

「あの、城主様。6本の秘鍵が集まると、何が起こるんですか?」

 

それは、このクエストの最大の謎と言っても良い問いかけだ。だが、未だにそれは判明していない為、知りたいと思うのは当然だ。アスナの言葉に、キズメルは慌てた口調で話しかける。

 

「アスナ、それは…」

「よい、キズメル。私から説明しましょう……と言っても、今の質問には答えられないのです、人族の剣士。何故なら、《大地切断》以前より続くヨフィリス子爵家の当主たる私も、ほんの一部しか知らないのです。全てを知っておられるのは、我らが女王陛下ただお1人…いや…」

 

そこで言葉を切ったヨフィリスは、深い沈黙を貫いて沈痛な吐息を漏らした。

 

「事によれば、陛下でさえも、本当の真実はご存じないのかもしれません」

「ヨフィリス閣下、それは…」

 

キズメルの硬さを増した声に、ヨフィリスは右の掌を見せて謝罪を示す仕草を取った。

 

「失言でしたね。兎に角、私が教えられるのはここまでです、人族の剣士。我らリュースラの民は、6つの秘鍵が全て集まり、聖堂の扉が開いたその時、この浮遊城アインクラッドに壊滅的な破局が訪れると信じています。一方、古来より戦い続けている森エルフ…カレオス・オーの民達は、聖堂を開けば、アインクラッドが再び大地に帰還し、エルフは大いなる魔法の力を取り戻せると思っているようです」

「「「「っ!?」」」」

 

ヨフィリスが放った言葉に、キズメルを除いた4人は驚いた。第100層という果てしなく上まである、この浮遊城が大地に降りる事は考えられない。既に膨大な量のデータによって、アインクラッドは製作された。更に言えば、デスゲームと化したあの日、SAOを運営する筈だった《アーガス》は機能していない筈だ。何故なら、現在GM権限を持っているのは、茅場 晶彦ただ1人だからだ。

 

そう考えると、カレオス・オーの民達が信じている《浮遊城が大地に帰還する》という言葉は、単なるクエストを盛り上げる為のキーワードなのかと、ライトは思考を巡らせたが、唐突にユウキが声を掛けた。

 

「ねぇ、ライト。水路ダンジョンで見た、フォールンエルフのノルツァー将軍も、聖堂が開いたらどうこうって言ってなかった?」

「…あぁ、オレも覚えてる!」

 

木箱に隠れている最中、カイサラと呼ばれた女性と話していたノルツァー将軍が口にした言葉が、彼の脳裏に蘇った。伝えるべき内容か迷ったが、一応は話しておこうと思い、声を掛けた。

 

「城主ヨフィリス閣下、ノルツァー将軍はあの時、こうも言っていました。『我らが聖堂を開いた暁には、人族に残された最大の魔法さえもが消え去る』…と」

「…人族に残された、最大の魔法?」

 

ヨフィリスは訝しむように呟くと、キズメルに声を掛けた。

 

「キズメル、人族の魔法とは何なのか、心当たりはありますか?」

「は…エルフ族には遠く及ばないでも、人族にも幾つか古のまじないが残されています。私が知っているのは、武器や道具を薄い書物に収める《幻書の術》、遠く離れた場所に即座に書信を届ける《遠書の術》くらいのものです」

 

ゲーム用語で言えば、前者が《メニューウインドウ》で、後者が《インスタント・メッセージ》と思われる。設定上はエルフ族から見れば、そう認識されているのだろう。

 

「ふむ。便利そうではありますが…」

 

城主は再び机に指先をコンコンと叩いて考え込む。暫くすると、またも話し始めた。

 

「あのノルツァーが、人族からその程度のまじないを取り上げる為に、森エルフと組むとは考えにくいですね」

 

様々なまじないを多用するエルフ族から見れば、その程度かと思われるが、プレイヤーにとっては最重要と言っても過言ではない。ウインドウが機能停止になれば、武器変更も回復アイテムも取り出せない事態になる。それは攻略を進める上で、致命的な欠陥だ。

 

だが、現実的に考えて、それはあり得ない。この世界を創造した《あの男》は、プレイヤーがこの世界でどのように動くかを観察するのが目的で、ゲーム攻略を妨害する事とは思えない。ライトがそんな事を考えていると、話の本筋を戻すように、ヨフィリスが口を開いた。

 

「…ともあれ、この層に封印されている《瑠璃の秘鍵》は、回収しておいた方が良いでしょう。人族の剣士達よ、騎士キズメルに協力して、第2の秘鍵回収の任に当たってくれませんか?」

 

その問いかけに、暗闇から金色の【!】マークが出現した。それを確認すると、4人は顔を見合わせて頷いた。代表して、キリトが城主に答える。

 

「はい、手伝わせて頂きます!」

 

彼がそう言うと、マークが【?】に変わった。これで、3層で中断していた《エルフ戦争キャンペーン・クエスト》が再開された。城主ヨフィリスに深く一礼したキズメルは、ライト達に向き直って笑みを浮かべた。

 

「重要で危険な任務だが、再びお前達と戦えるのはとても嬉しい。よろしく頼むぞ、ユウキ、アスナ、ライト、キリト」

「任して、キズメル!」

「よろしくね、キズメル!」

「…あぁ」

「こちらこそ!」

 

4人がそう答えると、彼らの視界左上に、5人目のパーティーメンバーのHPバーが出現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室から全員が出た途端、キリトが大きく腕を伸ばして話し出した。

 

「うう〜〜〜ん、緊張したなあ」

「無理もない。閣下は、黒エルフの中で最も長く生きておられる方々のお1人だ。私も実は緊張してしまうよ」

 

側から見れば、毅然と話しかけている様子に、それ程でもないだろうと、ライトは思った。

 

「そうなんだ…そう言えば、キズメルって何歳だっけ?」

 

キリトがそう口にした瞬間、アスナとユウキが彼の脇腹を肘でどつき、キズメルは咳払いして答える。

 

「キリト、人族の慣習は知らないが、エルフ族の間では、他者に面と向かって年齢を訊ねるのは無作法という事になっている」

「そうでしたか、スミマセン」

「(アホだな、こいつ)」

 

フィールドに出て戦闘となれば、頼りになる程の強さを見せるのに、妙なところが抜けている。《はじまりの街》から出た時から、ずっと行動を共にしているが、ライトは改めてそう思った。

 

「ま、ヨフィリス閣下に比べれば、まだまだ若輩だ、とだけ言っておこう」

「了解しました…それにしても、あんなに立派な城主様が居るのに、城の兵士達がたるんでたり、神官とやらが偉そうな顔をしてるのは何でだ?」

 

独り言のように小声でそう訊くと、キズメルは難しい顔をして答えた。

 

「…それには理由があるのだ。閣下は難しい病を患っていると聞く。その為、明るい光の下にお出でになる事が出来ないんだよ」

「エルフが、病気に?」

 

少し気になったライトがキズメルに訊ねる。

 

「エルフは長寿だが、病と無縁な訳ではないさ…さて、明日は重要な任務な為、私は部屋に戻るよ。4人とも、貴重な情報をありがとう。夜更かししないで、今日はしっかり眠るんだぞ?」

「分かってる」

「そうするよ」

「また明日ね、キズメル」

「お休みなさい、キズメル」

 

それを聞いた彼女は笑みを浮かべて、部屋の中に消えた。同時に、出現したばかりのキズメルのHPバーが消えた。だが、また明日を迎えれば、パーティーに加わってくれる。4人も自分達の部屋に入る為、扉を開けた。

 

「今日はもう寝るとして、明日はどうする?」

「ちょっと待ってくれ、最初にこいつを確認しときたい!」

 

アスナが明日の予定をどうするかと話しかけるが、キリトはヨフィリスから受け取った指輪の性能を確認する為、指先でタップしてウインドウを開いた。彼はその性能を読み上げる為、ウインドウを覗き込む。

 

「AGI+1か、悪くないな。それに、スキル熟練度の上昇率にちょぴっとボーナスが付く、良い効果だな」

「ふうん…」

 

アスナがそう呟いて、キリトの左手の指に視線を移した時、急に眉を寄せた。そして、彼女は自分の左手を見下ろすと、何故かボワっと顔を赤くした。急いで別の指に指輪を変更した彼女に、キリトが話しかけた。

 

「…どうかしたか?」

「何でもない!」

「え…で、でも…」

「何でもないから!!」

 

キッパリと宣言されれば、キリトは何も言えなかった。そんな慌てた様子のアスナを、ユウキは何やら妖しい笑みを浮かべて見ていた。一方、ライトは良く分からない目をしていたが、明日の予定も確認しておく必要があるので声を掛けた。

 

「兎に角だ、明日は何時に出発する?」

「…そうだな、ちょっと早いけど、朝の6時ぐらいでどうだ?」

「6時だな…分かった。2人もそれで良いか?」

「オッケー!」

「大丈夫よ。それじゃ、明日も早いから、もう寝た方が良いわね」

 

この層に封印されている筈の《瑠璃の秘鍵》を取りに行く以上、フィールドに出て戦闘になるのは避けられない為、早めに休んだ方が賢明だろう。すると、アスナは唐突にキリトに話しかけた。

 

「キリト君、さっきも言ったけど、ありがとうね。とっても楽しい時間をみんなと過ごせて、凄く素敵だった。クリスマスパーティーって言ったら良いかな?」

 

キズメルを含めた5人で過ごした時間が、彼女にとってはとても楽しかったのだろう。すると、どこか躊躇う仕草を見せたキリトが、意を決して口を開いた。

 

「…あのさ、《ウスコの村》で、大きいパーティーとかしなかったって言ってたけど、向こうじゃ、どんなクリスマスを過ごしてたんだ?」

 

キリトがそう訊くと、アスナはブーツの爪先で絨毯をグリグリしながら答えた。

 

「家族にクリスマスパーティーするから待ってなさいって言われるけど、2人とも遅くまで帰って来なくて、ユウキとそのお姉さんの3人でケーキを食べるって感じかな」

「…そうか」

 

キリトはそう相槌を返す事しか出来ず、ユウキやライトも何か言う事は出来なかった。その後、4人は西と東にある寝室に別れて部屋に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の曇り空から静かに降り注ぐ、幾つもの真っ白な雪が静かに地面に落ちていく。ヨフェル城を照らす灯りと合間見合って、美しい幻想的な光景を生み出している。

 

「…綺麗だなあ」

 

ユウキはそんな景色を眺めながら、ヨフェル城の中庭に赴いていた。時刻は既に午前0時を超えている。明日は、城主から依頼された《瑠璃の秘鍵》を回収する任務がある。勿論、ユウキはそんな大事な任務を忘れてなどいない。だが、今の彼女はベッドで眠る気にはなれなかった。

 

「…ボクの所為…だよね」

 

誰も居ない中庭のベンチに1人腰掛け、小さくポツリと呟いた。彼女は顔を伏せると、両手を強く握り締めた。その仕草は、まるで自責の念に囚われているかのようだ。一体何が、彼女をそんなに苦しめているのか。

 

「ユウキ…」

「っ!?」

 

すぐ側から声が聞こえた。名前を呼ばれたユウキは、思わず伏せていた顔を持ち上げて、正面に目を向けた。そこには、寝室でキリトと一緒に寝ている筈の少年、ライトが立っていた。いきなりの彼の登場に、ユウキは目を見開いて驚いた。

 

「ラ、ライト! どうしてここに?」

「ユウキの方こそ。こんな所で何をしてるんだ?」

「ボクは……ちょっと眠れなくてさ。だから、綺麗だなって思ってた中庭を見に来たんだ」

「…そうか……隣に座って良いか?」

「う、うん!」

 

ユウキから許可を貰うと、ライトは少し間隔を空けてベンチに腰掛けた。だが、2人は何か言葉を交わそうとはせず、黙ったままだ。4人で行動する時が殆どだった為、こうしてライトと2人だけになる事は初めてだった。ユウキがそんな事を考えていると、ライトが唐突に話しかけた。

 

「良かったな、キズメルと会えて?」

「えっ? う、うん。久しぶりに話せたから、ボクもアスナもすっごく楽しかったよ!」

 

ユウキはキズメルとの再会を思い出し、笑みを浮かべて楽しそうに言った。西翼2階で食事を取りながら、彼女を含めて会話をした時間やお風呂での出来事は、ユウキにとっても楽しかった時間だ。

 

だが、心のどこかでは全く違う事を考えてしまう自分も存在する。現実世界の事についての話題となると、それが顕著に沸き起こるのだ。すると突然、ライトが予想外の事を訊いてきた。

 

「…何かあったのか?」

「へっ…な、何かって?」

「…《ウスコの村》やヨフェル城の部屋で、アスナが現実世界の事を話した時、どこか思い詰めたような顔をしてると思ってな」

「っ!?」

 

彼の言葉に、ユウキは目を見開いた。そして、すぐに暗い表情となり、顔を伏せてしまった。そんな彼女の反応に、ライトは訊いてしまったのを後悔した。普段は元気に笑い、戦闘となると弱気な姿など見せず、果敢にモンスターに挑む彼女からは、想像も出来ない姿だったからだ。

 

「すまない、変な事を訊いたな。無理に話さなくて良い!」

 

ライトはそう言うと、ユウキから視線を外して前方に向けた。上空から雪が中庭に降り注ぐ光景を眺めていると、すぐ隣からポツリと囁き声が聞こえた。

 

「…アスナが、この世界に囚われたのは、ボクの所為なんだ」

「……どういう意味だ?」

 

彼女が言っている内容が分からず、ライトは思わず訊き返してしまう。ユウキは顔を伏せたまま話を続ける。

 

「ボクには、両親が居ないんだ。2年前に重い病に罹っちゃって、ボクと姉ちゃんを残して死んじゃった。それで、仲の良かったアスナの両親が、ボク達を引き取ってくれたんだ」

 

突然始まった彼女の生い立ちを聞いたライトは、目を見開いて驚いた。両親を早くに亡くした経験を持っているなど、思いも寄らなかった。

 

「そんなある日、アスナのお兄さんと友達の人がさ、このゲームのソフトとナーヴギアの抽選に当たったんだ。だけど、『親に見つかると、色々とうるさいから預かってくれ!』って言って、お兄さんが預かる事になったんだ」

 

そこまで話して、漸くライトは想像が付いた。

 

「成る程。それで、ユウキがナーヴギアでSAOをやってみないかと言ったんだな?」

「そう。姉ちゃんがボクとアスナに譲ってくれたから、最初にボク達がやる事になったんだ」

 

単なる興味本位で試してみようと思った結果、このデスゲームに巻き込まれたとは、正しく災難という言葉が当て嵌まる。

 

「その所為で、アスナは控えてた高校受験を受けられなくて、《はじまりの街》の宿に留まってた頃は、時々夢で魘されてた……ボクがあんな事を言ったから、アスナを巻き込んじゃった。ボクがあんな事を言わなかったら、アスナが攻略集団に入る事もなかった……ボクの所為で…」

 

俯く彼女の目には、大粒の涙が溜まっていた。ユウキは、アスナに負い目を感じていたのだ。自分があんな事を言ったばかりに、この世界に閉じ込められてしまった。命を懸けて戦う攻略組にアスナが身を投じたのは、ある意味では自分が原因なのだと、ユウキは心の中で、自分自身を責めていた。

 

「……アスナがそう言ったのか?」

「っ…へぇっ?」

 

自責の念に苛まれ、俯いていたユウキは、ライトの突然の言葉に戸惑い、顔を上げて彼に目を向ける。

 

「アスナが、ユウキの所為でこんな目に遭ったと、そう言ったのか?」

「……言ってないよ」

「なら、こうなったのはユウキの所為じゃない。確かに、興味本位でこのゲームを試してようと言ったのは事実なんだろうが、HPが0になれば本当に死ぬ…こんな状況を誰が予想できたって言うんだ?」

 

ライトはどこか遠い目をしながら、静かに語り始めた。そんな彼にユウキは視線を送ったまま続きを待つ。

 

「世界初の《VRMMORPG》…その言葉に魅了されて、まんまと鳥籠の中に入って行ったプレイヤーは、この世界にごまんと存在する……キリトやオレも含めてな?」

 

彼は皮肉げに語った。キリト同様に、ライトはゲームに関して広い知識を持ち合わせていると、ユウキはずっと思っていた。ダンジョンでのトラップを見抜いたり、クエストのキーアイテムを短時間で見つけたり、モンスターとの戦闘に関しても、戦い慣れている印象を与えている。

 

「それに、もしアスナがそんな事を思っているなら、第3層の《ズフムト》で、オレ達に君を託そうなんて言葉を、言ったりしない筈だ!」

「っ!?」

 

ユウキはその言葉に、ハッとなって気付いた。彼の言う通り、もしアスナがそう思っているなら、ユウキの身を案じて、少年達に助けを求めるような真似はしない筈だ。つまり、アスナはただ、ユウキの事が心配だったから、そう言ったのだ。

 

「君がアスナを心配しているように、彼女も君を心配している筈だ。だから……自分を責める必要はない!」

「っ…」

 

その言葉を受け、ユウキはどこか救われた気持ちになった。思い詰めていた気持ちがフッと軽くなり、笑顔を浮かべる事が出来た。

 

「…ありがとう、ライト!」

「っ!////」

 

彼女の弾けるような笑顔を前に、ライトは若干頬を染めてソッポを向いてしまった。4人で行動を共にするようになってから、こうなる事が増えたのは気の所為ではないと考えていると、自分の右肩に何かが乗る感覚を覚えた。ライトが隣に目を向けると、ユウキが彼の肩に頭を預けていた。

 

「ゆ、ユウキ!?」

「ありがとね、ライト」

 

ユウキは耳元で囁き、改めて感謝した。そうして、彼女は瞼を閉じてしまった。そんな彼女を横目で見ながら、これまでの経緯を振り返っていた。

 

茅場 晶彦によって開始されたデスゲームが、既に1ヶ月以上も続いている。第1層の攻略会議で彼女達と出会い、ビーター宣言でソロになる筈が、4人で行動する事になり、美少女2人に振り回される事が多くなったと思っていると、穏やかな小さな寝息が聞こえてきた。

 

「…すぅ……すぅ…」

「………」

 

隣を見ると、ライトの肩に頭を預けるユウキが、心地いい寝息を立てて眠っていた。まさかこの状態で眠るとは思わず、彼は頭を悩ませた。すると、眠っているユウキが身じろぎし、ライトに体を密着させた。外は雪が降っている為、体が冷えてしまうのも無理はない。

 

「かと言って、このまま寝かせておくのも…」

 

仮想世界なので、アバターがどれだけ濡れようが冷えようが、風邪は絶対に引かない。しかし、このままにしておくのも悩まされる。ましてや、起こしてしまうのは以ての外だ。

 

「…仕方ない」

 

ライトはユウキを起こさないように慎重に動き、眠っている彼女をお姫様抱っこで抱えて、自分達の部屋に戻ろうと歩き出した。

 

中庭から廊下に入ると、階段を上がって誰も居ない廊下をテクテクと歩く。そして、自分達が泊まっている部屋の扉をゆっくり開けると、驚きの光景が飛び込んできた。

 

「…キリト?」

「ら、ライト!? ち、違うんだ! これは、えっと…」

「説明しなくて良い。2人が起きるからな」

 

キリトは今、ソファに座っていた。しかも、隣では安らかな寝息を立てて、キリトに体を預けるアスナも居た。2人が被っているのは、水路ダンジョンで入手した《アルギロの薄布》と思われる。ライトは寝ている2人を起こさないように、静かに扉を閉めた。すると、ソファに座るキリトが話しかけた。

 

「外に出てたんだな?」

「まぁな。廊下に出たタイミングで、中庭にユウキが居たんだ……そっちも、色々あったのか?」

「…そんなとこだ!」

 

中庭での自分達と同じだと、ライトは思った。やはり、それぞれが思う事を胸の中に抱えているのだ。そして、それを軽々しく他人に言う事は出来ないのかもしれない。

 

「もう寝よう。明日も早いしな?」

「そうだな!」

 

頷いたキリトは、アスナを抱えて2人が寝ていた寝室の扉を開けて、ベッドに寝かせた。そして、キリトとライトも自分達の寝室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城主ヨフィリスから依頼された《瑠璃の秘鍵》の回収任務は、25日と26日の2日間で無事に完了した。クエストを進める過程で、それぞれがレベル1ずつ上がり、エリート騎士キズメルが反則級の強さを発揮し、更にはアスナとユウキが何時も以上の連携と実力を発揮した為、苦戦する事はなかった。

 

1日目は、前提クエストに少し時間が掛かったが、2日目で《秘鍵》が封印されている水路ダンジョンに突入し、ボス撃破に成功した。

 

一行は夕食前に帰還し、城主にクエスト達成を報告し終えた。そして、たっぷりと報酬を貰って部屋を退出すると、廊下の西の突き当たりの大窓が、夕焼け色に染まっていた。

 

「うぅ〜〜ん……どうにか第2の秘鍵は回収できたな。城主様が椅子の後ろの小棚にしまってたけど、第1の秘鍵もあそこにあるのか?」

 

背伸びをしながら思い出すように呟いたキリトに、騎士キズメルがサッと頷いて答えた。

 

「その通りだ。つまり、森エルフ達に城の5階まで攻め込まれれば、秘鍵を奪われる可能性が高いという事だ。ヨフィリス閣下はレイピアの名手なれど、ご病気の閣下自ら戦って頂く訳にはいかない」

「心配ないよキズメル、5階どころか城にさえ近付かせないから!」

 

力強くも安心させる声で答えたのはユウキだった。更に、アスナも続けて口を開く。

 

「ユウキの言う通り、敵の船が10隻だろうと20隻だろうと、片っ端から潰してやるわ!」

「はは、頼もしい限りだ!」

 

キズメルとの共闘がとても楽しかったと思われるアスナとユウキの言葉に、騎士は笑ってそう言うと、両隣に立つアスナとユウキの背中に手を添えた。

 

「…キリト、ライト、アスナ、ユウキ。たった2日で封印の迷宮から瑠璃の秘鍵を回収できたのは、お前達の実力は勿論、お前達の船の性能に依るところが大きい。そして、私が何より嬉しいのは、あの美しい2隻の船に、私と妹の名前を付けてくれた事だ」

 

彼女はそこで言葉を区切ると、近くの窓に歩み寄った。そこから、真っ直ぐに延びる桟橋が見下ろせる。その左右には黒い塗装が施された8隻の大型ゴンドラと、2隻の小型ゴンドラ、ティルネル号とキズメル号がさざ波に揺られている。

 

「…妹は、幼い頃から水遊びが大好きだった。9層にある都では、何度も観覧用の小舟に乗ったものさ。あの2隻の船を見ていると、それが鮮明に蘇ってくるよ」

 

NPCとは思えない感情が篭った声で呟くキズメルの姿に、ライトは思考を巡らせた。前もって彼女に付与されたデータという名の《記憶》は、一体どうなっているのか。3層で森エルフに殺されたという妹、ティルネルがこのアインクラドに存在したという確証はどこにもない。ライトが見たのは、【Tilnel】と書かれた石製の墓だけだ。

 

彼女の存在自体が……いや、これ以上は考えても無駄だ。答えの出ない問題を考えても意味はない。すると、ライトは不意に横から視線を感じた。見ると、隣に立つキリトが彼に目を向けていた。彼の意図を察したライトは軽く頷き、2人して騎士に近付くと、キリトが咳払いして話しかける。

 

「あのさ、キズメル。1つだけ頼みがあるんだ」

「…私に出来る事ならば」

 

振り返った騎士がそう言うと、今度はライトが説明を始めた。

 

「オレ達が使う《幻書の術》は、あのゴンドラみたいな大きい物は収める事が出来ない。かと言って、担いで次の層に運ぶ訳にもいかない!」

「だからさ、あの2つの船をキズメルに預けていきたいんだ!」

「このヨフェル城の桟橋に停めておくだけで良いから!」

 

少女達が説明を引き継ぎ、キズメルに伝える。NPCである彼女が、プレイヤーからの頼み事を引き受けてくれるかは分からない。それでも、4人は昨日のうちに話し合って決めた。キズメルが頷いてくれる事を信じて。騎士は身に纏う鎧をかちゃりと鳴らし、再び窓の外に視線を向けた。暫くして、静かで情感を含んだ声が発せられた。

 

「勿論、勿論だとも。お前達の大切な船達は、私が責任を持って預かろう!」

 

その返答だけで、4人は笑みを浮かべる事が出来た。

 




さて、オリ主とユウキが、かなり近い距離になってきました。目の前で泣いてる少女が居れば、男として放っておく事は出来ませんよ!

いよいよ次回、決戦の火蓋が切られます。

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