さて、いよいよスタートしました。アインクラッド第5層《冥き夕闇のスケルツォ》に突入します。今回の話の冒頭は、ユウキ視点で始まります。
彼女がPvP《対人戦》に対してどう思っているのか?
では、どうぞ!
剣を向ける意味
剣を持つという事は、具体的に何を意味するのかと、ユウキはこの世界に囚われ、攻略を始めた時からも、考えた事は無いに等しかった。
デスゲームと化した世界で重要なのは、自分のレベルを上げて強くなる事だと、パーティーメンバーの少年達は口を揃えて言っていた。モンスターを倒す為に剣を向けて攻撃する。
《はじまりの街》を出たあの日から、それが当たり前のようにアスナと進み続け、第1層のボス戦で少年達の剣技を見て、ユウキは彼らと同じ場所に立ちたいと思った。だから、剣を向ける事に対して、大した抵抗感は無いと思っていた。
そう、3〜4mは離れた場所に立つ、緋色の瞳を宿した少年と対峙するまでは。
時刻は第4層のフロアボスが撃破され、第5層の転移門が開通した次の日だった。
ユウキの右手には《アニール・ブレード》を介して、黒エルフの鍛冶師が造った愛剣《リュナイト・ソード》が握られている。そして、その切っ先は彼女の前方に対峙するライトに向けられている。しかし、それはユウキにも同じ事が言える。
ライトが右手に持つ片手直剣《エルブン・エンピレオ・ブレード》は、ヨフェル城の桟橋で激闘を繰り広げた、森エルフの副官が落とした武器だ。その性能は、フル強化に成功した《アニール・ブレード+8》に値する。
「…来ないのか?」
左足を引いて、半身に構えるライトが、静かな声を発する。彼の瞳はしっかりとユウキを捉え、その目が宿す鋭い緋色の眼光が向けられる。
第1層の攻略会議で出会い、ボス戦に於ける重要な戦い方を教えてくれたり、2層のボス攻撃から守ってくれたり、自身が胸の内に秘める苦悩を取り除いてくれたりと、今まで数多く助けられてきた。そして、第5層に続く階段を登る途中、何時まで一緒に居るのかと問いかけた。
ーーー何時か分からない別れが来る時まで…かもなーーー
ライトはどこか、遠い目をしながら告げた。その《別れ》が本当に来るのかは分からない。でも、この層でも共に攻略できる事に、ユウキはどこか安心した気持ちになった。そして、先を行く彼らに追い付き、肩を並べて戦いたいと思ったのだ。しかし、目の前に対峙する今のライトは、まるで別人のように見えた。
「なら、こっちから仕掛けるぞ?」
その要因は、彼と初めて剣を向け合い、鋭い眼光を向けられているからだと思う。ライトは物静かだが優しく、戦闘となると常に前に立って戦っている。その動きには無駄がなく、相手が攻撃を仕掛けた瞬間には、既に攻撃されている《攻防一体》の剣技と言うのか。
それを多用していると、ユウキは思っていた。その彼が今は自分と対峙し、本物の剣を構えている。それを考えただけで、心の奥底から震えが湧き起こる。呼吸は浅くなり、剣を持つ手が震える。
「はぁっ…はぁっ…」
呼吸はどんどんと早くなり、地面を踏み締めている筈の足の感覚が遠ざかる。
ーーー収まって欲しいのに、一向に消えてくれない!ーーー
ーーー怖い。何で? 相手がライトだから?ーーー
ユウキは左手で右手を抑えるが、震えは激しさを増す。そんな彼女は俯き、一言だが消え入りそうな声で無意識に呟いた。
「…嫌だ……こんな…」(小声)
これが実戦なら、そんな甘い言葉は絶対に通用しないだろう。すると、カチン!…という金属音が小さく木霊した。顔を上げれば、ライトが右手に持った剣を鞘に戻し、離れた場所を見ていた。
「向こうも同じ、か」
そう言われたユウキは、彼の視線を辿る。そこには、ユウキと同じように剣を持つ手が震え、俯くアスナの姿があった。その彼女と対峙しているのは、背中の鞘に剣を収めるキリトだった。
「とりあえず、キリト達の所に行こう!」
ライトはユウキに近付いて、何時もの声色で話しかけた。その言葉に、ユウキはただ頷く事しか出来なかった。
それから数分、既に辺りは日が沈み、暗闇に包まれていた。キリトとライトは広場の片隅で焚き火を熾すと、金属製のケトルを取り出してお湯を沸かし始めた。ユウキはその2人を見て、ある事が気になった。
「ねぇ、そんな木の枝、どこで拾ったの?」
「3層と4層を攻略してる時、キリトが便利だからって言って、オレも一応拾ってたんだ」
その答えが不思議に思い、今度はアスナが話しかけた。
「便利って、他の木の枝だって、ちゃんと火を点けられるんじゃないの?」
「それはそうだけど、こいつは《フォッシウルウッドの枝》っていう採取アイテムなんだ。普通の枯れ枝よりもずっと長く燃えるから、便利で拾ってたんだよ。なにせ…」
キリトはそこまで言うと、広場の周りに建つ石造りの遺構を枝で指し示した。
「この第5層は《遺跡の層》…森が極端に少ないから、薪を拾うのも一苦労だ」
「確かに。ここまで人工物に埋め尽くされたフィールドは初めてだ!」
ライトもそう言って、辺りを見渡す。彼らの言う通り、転移門に向かう間、自然地形は殆ど見えなかった。暗く冷たい雰囲気を醸し出す周囲に目配せしていると、ケトルから沸騰する音が響いた。ライトは茶葉をセットしたティーポットに、熱湯を注いで少し待つ。15分程が経つと、彼は中身を4つのカップに注ぎ入れる。
「ユウキ!」
「アスナも、ほら!」
「「ありがと!」」
キリトがアスナに、ライトがユウキにお茶が入ったティーカップを渡す。ユウキが一口含むと、果実のように甘いルイボス茶の味が広がった。完全に日が沈んだ周囲は、殆ど何も見えない暗闇に覆われている。4人で囲む焚き火が無ければ、紺と黒のコートを着る少年達の姿を判別する事さえ難しい。
今にも何者かが闇討ちを仕掛けると考えるだけで、ユウキは自然とライトに身を寄せていた。そして、それはアスナも同じで、キリトと距離を詰める。そんな静寂の中、ユウキがポツリと呟いた。
「ライト、さっきはごめん」
「…別に気にしてない」
罪悪感を感じているのか、申し訳なさそうに謝る彼女に、ライトは焚き火を見ながら呟いた。
「ごめんなさい、キリト君。私達から頼んだデュエルなのに…」
「いや、俺も気にしてないよ!」
アスナもまた、キリトに謝っていた。
第5層が開通したその日、4人はボス戦直後だった為、宿で休息を取った。次の日、昼頃はフィールドの探索やクエストの受注に費やしたが、何故この層でPvPをしているかと言うと、第5層のレリーフを見たキリトが、溜め息混じりに呟いた言葉が要因だった。
『…はあぁぁ……βの時と基本の地形は変わってないみたいだな』
『地形ってどんなの?』
気になったアスナが問いかけると、キリトは肩を竦めて答えた。
『遺跡。地形の3割くらいが自然地帯で、後はみんな迷路みたいな遺跡で、夜になるとやたら暗くなる……だから、βの時はPKが出没してたよ』
『…PK、か』
その時、ユウキとアスナは思わず息を呑んだ。何故なら、PKという単語が出た途端、少年達の顔が今までに見た事が無いほど真剣で、纏う雰囲気が全く別物に変わったからだ。
PKという単語は、2人から聞いた事がある為、少女達は疑問に思う事はなかった。しかし、彼らが今までに見せた事のない表情と雰囲気に、アスナとユウキは示し合わせるように頷き、口を開いて提案していた。
『ねぇ、私達にも対人戦のコツを教えてよ?』
『一応は、経験しておいて損は無いだろうしさ?』
そう申し出た為、キリトがアスナの相手を、ライトがユウキの相手をする事になった。しかし、結果は剣を交える事さえ出来なかった。すると、お茶を一口飲んだキリトが、静かに声を掛けた。
「…でも、ちょっと珍しいよな。2人が、やり掛けた事を中断するなんて」
「何だか、想像してたのと違ったの。デュエルって言っても、初撃決着モードだっけ?…最初に一撃を入れたら勝ちって言う安全なルールがあるのに……凄く、怖かった」
アスナは両手を胸の前で握り締め、唇を噛み締めた。まるで、心の底から湧き上がる体の震えを抑えているように感じられる。
「…ボクも、ライトと剣を向け合って、体が急に震え出したと思ったら、全然治ってくれなくて……最初は、このデュエルも試合…スポーツと同じようなものだと思ってた。だけど…」
「あぁ。それとは、決定的に違うものがある」
両腕で膝を抱えながら話すユウキに、ライトが真剣な目付きで焚き火を睨みながら答えた。
「それは、オレ達が持っているのは、相手の命を奪う事が可能な本物の剣だという点だ。スポーツなら、竹刀なりバッドなりラケットなりを使って、試合に勝つという《勝利》を求める……そういう意味では、このデュエルもスポーツと同じなのかもしれない。少なくとも、従来のMMORPGは画面越しに自分のアバターを操って戦うから、自分自身が斬られるとは思わないだろう」
「でも、このゲームは違う。画面越しのMMORPGなら、それはスポーツになるかもしれないけど、俺達はこの浮遊城に降り立ち、自分の命を懸けて戦ってる。デュエルに真剣になればなる程、求めるのはただの勝利じゃなくなる。相手を傷付ける事に躊躇を示さない奴が勝ちに近付く……SAOでのデュエルは試合じゃない、ただの《殺し合い》なんだ」
キリトの最後の言葉に、アスナとユウキは体を震わせた。《相手の命を奪う》という行為を、恐れない者が居る筈がない。しかし、そのような人間がこの浮遊城に存在している可能性があると言うのだ。だが、ユウキはそれを信じたくなかった。だから、ポツリと呟いていた。
「…嫌だよ……殺し合うなんて」
「それは私も同じよ、ユウキ」
アスナもまた、静かだが確かにそう呟いた。本物の剣で誰かを傷付ける行為を、何の躊躇いもなく実行できる人間の存在すら認めたくない。ユウキが胸中でそう思っていると、隣から厳しさを纏った声が聞こえた。
「…確かにそうだ。だが、その考えが通用しないプレイヤーも、確実に居るんだ」
ユウキは両拳を握り締めて話すライトに視線を向ける。焚き火に照らされた彼の緋色の瞳は、これまで感じた事がない鋭さを纏っていた。そして、焚き火をずっと睨み続けるキリトも頷いて話し始める。
「あぁ……だから、2人にはこの層の攻略に入る前にデュエルに、PvPに慣れておいて欲しいんだ」
「「………」」
その言葉に、少女達は黙り込む。どう返事をしたら良いのか分からないのだ。無音の静寂が辺りを支配する中、先に話を切り出したのはアスナだった。
「キリト君とライト君は、この第5層にPKが現れる可能性があると考えてるの?」
数秒の沈黙の後、2人の少年達は小さくだが、ゆっくりと頷いた。その反応に、アスナとユウキは表情を厳しくさせる。
「憶えてるか? 第3層の森エルフのキャンプ近くで、俺達がデュエルをしたプレイヤー達の事を」
「うん。モルテって人と、ローテムって人でしょ? モルテって人は、リンドさんの《ドラゴンナイツ・ブリゲード》とキバオウさんの《アインクラッド解放隊》に同時に入り込んで、何かを企んでたっていう……ローテムっていう人は、まだ分かってないのよね?」
その2人の事は、ユウキも聞かされていた。2大ギルドの両方に入り込んでいると聞いた時は、怪しすぎると思った。実は、少女達もそのモルテを毒蜘蛛ダンジョンで見かけている。だが、あの時はALSを避けるのに必死で、あまり印象に残らなかった。
「ライト、そのローテムっていう人は、やっぱりモルテの仲間なんだよね?」
「間違いないな。クエストをクリアしようとしていたオレ達を、ずっと2人で待ち伏せていたからな」
ユウキは、聞かされた情報の細部を思い出す。2人だけでクエストをクリアしようとした時、《隠蔽》スキルを発動させて隠れるモルテとローテムが現れた。そして、彼らが提示した要求にキリトとライトは納得できなかった為、デュエルに発展した。そこまで思い出すと、焚き火を見続けるキリトが口を開いた。
「モルテは俺に、半減決着モードのデュエルを要求してきた。そして、俺のHPをギリギリ半分まで減らして、斧の特大の一撃を与えようとしてたんだ…もし、ライトが奴の隠し球に気付いてくれてなかったら、俺のHPは全損してたかもしれない…よくあんな手口を思い付いたもんだ」
「ちょっと、感心してるみたいな言い方やめてよね!」
どこか感心するような言い方に、アスナが思わず声を上げる。すると、キリトに同調する形で、ライトが口を開いた。
「ローテムも、超実戦的な戦法で仕掛けてきた。奇襲もそうだが、正確な投擲攻撃を使ってオレの隙を突き、至近距離からのソードスキルでオレのHPを奪おうとしたってところだろ」
「ライト、さも当然みたいに言わないでよ!」
末恐ろしい言葉を平然と言うライトに、ユウキが思わず声を上げて言う。すると、少年達は「そうだな」と言って、焚き火に視線を戻した。
「問題は、何故あいつらがそんな事をしたのか、だ。現れた状況からして、ただ殺したいからって言う快楽殺人者的なPKerじゃないと思う。奴らがデュエルを吹っかけてきたのは、俺達がクリアしようとしていたクエストを妨害したかったからだ」
「奴らはオレ達を足止め、あわよくば殺そうと考えてたのかもしれない。そして、森エルフのキャンプ地で別々のクエストを進めていた2大ギルドを対立…いや、同士討ちさせようとしたんだ!」
両者が重苦しい口調で話を続ける。その時の状況は、アスナとユウキもその場に駆け付けた為、鮮明に記憶に残っている。
「えぇ。私達とキズメルがキャンプ地に駆け付けた時には、もう一触即発でって感じたったもんね。」
「うん。キズメルがあの場を抑えてくれなかったら、もっと危険な事になってたと思う!……だけど…」
ユウキはそこで口を閉ざした。キャンプ近くでキリトとライトにデュエルを仕掛けた、モルテとローテムの行動を考えながら口を開いた。
「もしそうなったとして、それが一体何の利益になるの? 2大ギルドが崩壊すれば、攻略そのものが成り立たなくなるんだよ?」
「それだけじゃない。ゲームクリアする日が何年も遅れて、この世界から抜け出せなくなるのよ? そうまでして手に入れたい利益って、何なの?」
その答えは、キリトとライトも分かっておらず、いくら考えても動機が分からない。
ユウキ自身も、この世界をクリアすれば現実に帰れると分かっているから、3人と共に次の層の攻略に動こうとする。ゲーム開始直後は何の進展も無かったが、今は最前線で戦う攻略組が結成され、ここまで到達した。
一筋の光とは言えないが、それでも小さく進んでいる。しかし、モルテ達はそれを妨害しようと企んでいる。すると、焚き火を一点見詰めしているキリトが静かに話し出した。
「もしかしたら、モルテとローテムは本当の意味では、プレイヤーじゃないのかもしれない」
「どういう事?」
キリトの横顔を見ながら、アスナが問いかける。
「奴らの目的は、攻略組の妨害そのもの。つまり、運営側が差し向けた工作員と考えれば、行動にも納得がいく」
「それって…茅場 晶彦の協力者って事なの?」
「っ!?」
ユウキは鋭く息を呑んだ。この世界に自分達を閉じ込めた張本人が、クリアさせない為に妨害行動を起こしている意見が出れば、そうなるのも無理はない。だが、それを否定する声が上がった。
「それは無いだろう」
3人の視線が一斉にライトに向けられる。静かな口調だったが、はっきりと言い切った彼に、ユウキが訊ねた。
「どうして分かるの、ライト?」
「現状を考えてみろ。今の最前線はオレ達が居る第5層。100層ある内の、まだ20分の1にしか到達してない。そもそもあの男は、オレ達がこの世界でどう動くのかを鑑賞するのが目的の筈だ。妨害活動をして、オレ達をこの世界から出さないつもりなら、一体何の為に作り上げたって言うんだ?」
ゲームクリアが果たされたその瞬間、全プレイヤーがこの電子の牢獄から解放される。そこに至るまでの過程を鑑賞するのが目的だと、茅場 晶彦はあの時に言った。自分が作り上げた世界に閉じ込めて、クリアさせないとなれば、何もかもが滅茶苦茶だ。
「あぁ、ライトの言う通りだ。今にもクリアされそうな状況なら兎も角、モルテ達が妨害活動を始めたのは、たったの3層からだ。幾ら何でも早すぎる……いや、待てよ…」
その瞬間、キリトの目に鋭い眼光が帯びた。
「何か分かった「ここだ!」きゃあっ!!?」
「な、何っ!?」
「っ!」
アスナがどうしたかと訊いた瞬間、キリトは背中に背負う片手直剣《エルブン・スタウト・ソード》を抜き放ち、目の前の焚き火を銀色の閃光が貫いた。何が起こったのか分からない少女達は硬直し、ライトは剣の柄に手を置き、何時でも抜刀できるよう焚き火を見据えている。
そして、キリトが剣を引き戻した途端、その切っ先に何かが刺さっていたのが見えた。こんがりと焼き上がり、白い湯気を上げるそれは、どう見ても焼き芋だった。その事に、ライトは唖然とした顔を浮かべ、ユウキは放心状態の中、アスナが顔を俯けながら訊ねる。
「あの、キリト君」
「おう」
「さっきから凄く真剣な顔で焚き火を睨んでたのって…」
「おう」
「お芋の焼け具合を、見てただけなの?」
「おうともさ!」
当然の如く、そう言ってのけるキリトは、剣の切っ先から引き抜いた2つのうち、1つをライトに渡す。
「ライト!」
彼は差し出された焼き芋を、微妙な表情で受け取った。まだ少し熱を帯びていたが、キリトと同じように真ん中で2つに割る。そして、それぞれをアスナとユウキに渡した。昼食を取ってから、何も食べていなかった為、2人はそれを受け取って一口齧る。
途端、ホカホカの中身がクリームのように蕩け、濃厚な甘みが口一杯に広がる。ユウキもアスナも夢中になって食べていると、何時の間にか焼き芋は無くなっていた。
「焼き芋、ありがとね……それで、モルテとローテムって人の話だけど」
中々に美味な焼き芋を食べ終えたユウキは、話の本筋を戻して続きを話そうとする。そして、他の3人も丁度、焼き芋を食べ終えたようで話に参加する。
「あ、あぁ。奴らが攻略組の妨害を企んでいる可能性は高いとして、1つだけ気になる事があるんだ」
キリトがそう言うと、アスナとユウキが彼に注目する。
「俺達は以前にも、同じような話を聞いてるんだ」
「成る程。鍛冶屋ネズハに強化詐欺を教えた、黒ポンチョの男達か」
ライトの言葉に、キリトはゆっくりと頷いた。そして、アスナとユウキは鋭く息を呑む。第2層でアスナが被害に遭った《強化詐欺事件》の手口を教えたという謎のプレイヤー達の事だ。
「そいつらは、攻略集団にネズハとブレイブス達を断罪させる事が目的だったと俺は思ってる。ライトが動いてくれなかったら、彼らは間違いなく殺されていた。考えようによっては、あれもPKだ。何人ものプレイヤーの心理を巧みに操って誘導し、最終的に殺す…《煽動PK》」
ゲームではプレイヤーを殺す行為、PKは珍しいものではない。モンスターを引き寄せてプレイヤーに襲わせるMPK、自分自身が他のプレイヤーを殺すPK。しかし、それらには大小リスクがある。しかし、《煽動PK》はそれらとは異なり、仕掛ける人物に直接的なリスクが無いのだ。
「胸糞悪い響きだ。わざわざ他人に実行させて、自分は高みの見物とは……下衆野郎」
今までに見せた事のない鋭すぎる目付きと、ドスの利いた声がライトから放たれた。明らかに彼の雰囲気が変わった事に、ユウキやアスナだけでなく、キリトまでもが思わず息を呑んだ。
彼がここまで怒気の感情を表した事は、今まで1度も無かった。ライトは固く拳を握り締めていたが、それを解いて一言だけ呟いた。
「…すまない」
その言葉と共に、彼の纏う雰囲気が何時ものと同じになり、目付きも元に戻っていた。ユウキはそんな彼の横顔を見ていた。事態を重く受け止め、真剣に考えるその姿に向かって、彼女は声を掛けた。
「ねぇ、その黒ポンチョの男達が、モルテとローテムって可能性はないの?」
第2層で話を聞いた時、ネズハは『2人組の黒ポンチョ男達』と言っていた。そして、キリトとライトを襲ったモルテとローテムも2人組だ。同一人物と予想した彼女だったが、ライトはそれを否定した。
「それは無いと思う。ネズハはあの時、『楽しそうな笑い方をする男達』と言っていた。モルテはどうか分からないが、オレと戦ったローテムは、そんな風には笑っていなかった…薄気味悪い笑みは浮かべてたけどな」
「俺もはっきりとは分からないけど、別人の場合だったら、事態はもっと深刻になる」
ライトは記憶を探るように説明する。そして、それに続いてキリトも重い口調で話を進める。焚き火がパチッと弾けたと同時に、4人の目の前で火の粉が辺りに散る中、アスナが恐る恐る訊ねた。
「…深刻…って、どんな?」
すると、キリトは焚き火を注視しながら、一層低い声で口を開いた。
「別人なら、モルテとローテム、そして黒ポンチョの男達は連携して動いていると考えるべきだ」
「「っ!?」」
「つまり、このアインクラッドには、少なくとも4人のプレイヤーがPK行動を行っている。しかも、4人だけとは限らない。5人、6人……それ以上のPK集団が存在するかもしれないって事だ」
キリトが立てた予測は、考えたくない最悪の可能性だった。攻略を妨害するプレイヤーが存在する事そのものが厄介だと言うのに、それが4人以上の集団だと言うのだ。フォッシウルウッドの枝の耐久値が切れたのか、真ん中の部分が砕けて火花を散らし消滅した。
「…何で……今のSAOでプレイヤーを殺せば、その人は本当に死んじゃうんだよ? どうしてそんな事を…」
「モルテ達は、このゲームをクリアしたくないの? この世界から、出たいとは思わないの?」
ゲームクリアは、この世界に囚われているプレイヤーの悲願だ。しかし、モルテ達は全く逆の行為を実行している。乾き切った声で呟くユウキとアスナが膝を抱えていると、ライトの掠れ声が生まれた。
「どんなゲーマーにも、異常者は必ず存在する。行き過ぎた行為を画面越しで平然と行える野郎は、例えVRだとしても関係ないのかもしれない」
「…ただ人を殺したいから殺す、そんなゲーマーは希少じゃない。HPが0になれば本当に死ぬ。だからこそ奴らは、この世界でPKを…いや、人を殺したいと考えてるのかも…」
カサッという音が、静かな場に鳴り響いた。アスナとユウキは背後に顔を向けたが、そこには暗闇に鎮座する複数の遺跡が見えるだけだった。
ここまでとなります。
小説のキス・アンド・フライでもありましたが、ユウキは最初から《対人戦》が出来る訳ではなく、しかもデスゲームの状況を考えると、こうするのがベストかなと思って書きました。
それでは、また次回!