SAO another story   作:シニアリー

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《冥き夕闇のスケルツォ》編、第2話です。

今回は、前半はユウキに、後半はアスナに焦点を当ててます。この小説のアスナは、原作とは違って、ユウキの存在があるので、そこまで悲観的に考えていません。




遺跡の都市

 

4人はその後、主街区に戻ろうと移動し、午後19時頃に到着した。第5層の主街区は《カルルイン》と呼ばれ、フロア南部に広がる巨大な遺跡の中央に築かれている。

 

青みがかった大岩のブロックが、幾つも積み上がって出来た建物だが、その殆どが崩れかけている。だが、人気が無い訳でなく、通り道は清掃されたように綺麗で、革や布の天幕が道の両側に張られている。

 

「この街、どこからが圏内か分かりずらいわね」

 

アスナが唐突に振り返って言った。その理由は、ユウキの視界に突如【Inner Area】が表示されたからだ。辺りに目配せすると、今までの層は圏内の入り口がすぐに分かったが、この層は他と比べて判別が難しく、目印となるものは見当たらない。

 

「だよなー。βの時は、プレイヤーが木箱とかを積み上げて目印にしてたけど、それって放置アイテム扱いだから、腐って消えちゃうし…」

「成る程。自分で場所を覚えておくしかないか」

「でもさ、他にも違うやつを使って目印にする方法もあるんじゃないかな?」

 

ため息と共に答えるライトだが、ユウキが放置アイテムにならないオブジェクトを使って、目印にする方法が無いかと訊く。

 

「無くはないよ。その辺に落ちてるブロックを積み上げるとか」

 

キリトが差した方向に、ユウキとアスナが顔を向けた。そこには、崩れた石塀と同じ材質の小さなブロックが落ちていた。しかし、特に目立たない為、積み上げても意味は無いだろう。

 

その事に、2人は軽く溜め息を吐いた。ライトの言う通り、この辺りの地形を記憶しておくしかなさそうだ。転移門が開通してから1日が経過したが、少なからぬプレイヤーが街を歩いている。

 

「DKBもALSも見当たらないな?」

「…そうだな」

 

キリトはキョロキョロと周囲を見渡して呟いた。そんな彼に、ライトが同じく辺りを見て同意する。すると、アスナが意外そうな反応で開いた。

 

「普段はどっちも避けてるのに珍しいわね、2人して?」

「もしかして、一緒にご飯でも食べようって誘うの?」

「……まあ、な」

「…そんなところだ」

 

ユウキが冗談交じりに言うと、何時もは面倒くさそうな表情を浮かべるライトまでが、キリトと一緒に首を縦に振った。途端、少女達が本格的に驚く。

 

「ど、どういう風の吹き回し?」

「いやぁ…シヴァタとかハフナーとか、話の出来そうな連中を捕まえて、モルテの事を聞こう思ったんだ。多分、ギルドからは脱退してるかもだけど、ギルドに入った経緯とか、どんな奴だったとか」

「それを知れれば、ローテム以外にも奴と接触しているプレイヤーを突き止める事が出来るかもと思ってな」

 

PK集団が何人いるのか判明していない以上、嘗て所属していたギルドから情報を聞き出し、モルテが頻繁に誰と会っていたかを聞き出そうと、ライトとキリトは考えたのだ。

 

「そうだ、アルゴに聞いてみるのはどう?」

 

この世界で飛び抜けた情報収集能力を持つ《鼠》の異名を持つ彼女なら、すぐに彼らのアジトを判明できると思ったユウキだが、ライトは難しい顔をしながら首を横に振った。

 

「いや、奴らの情報を依頼しようとは思わない!」

「えっ…どうし…っ!」

 

ユウキはそこで言葉を切った。この世界で人に刃を向け、攻撃する事に躊躇しない奴らの調査を依頼しようなどと、簡単に言える筈がない。事態を重く受け止め、真剣に考えているからこそ、ライトはアルゴの身に危険が迫る事を恐れたのだろう。

 

「ごめんね、相手はPKに躊躇しないんだから、簡単に調べて貰おうなんて言ったら駄目だよね」

 

ユウキ自身も、《はじまりの街》にアスナと留まっていた頃、アルゴに世話になった。比較的、安全な狩場の情報を提供してくれたり、アスナと共に街を出る時も、攻略本を無料で渡してくれた。攻略そのものは、アルゴの情報で成り立っている。そんな彼女に、危険なPK集団の事を調べてくれとは言えない。

 

「その言葉、自分にも言い聞かせておいてくれよ!」

「へぇっ?」

「ローテムの特徴は一応教えたが、もし見つけても絶対に1人で行動するなよ?」

 

彼に続いて、キリトもユウキの隣を歩くアスナにチラッと目を向けて言った。

 

「ライトの言う通りだ。アスナも、モルテかローテムらしきプレイヤーを見かけても、単独で追おうとしないでくれよ。必ず、ライトか俺にメッセージを送るんだ!」

「「っ…」」

 

彼らは少女達の身も案じていた。常日頃から行動を共にする為、そんな事は起こらないだろうが、それでも心配だったからそう口にしたのだ。

 

「も、勿論、私だけで調査はしないわよ!」

「ボクも同じだよ!」

 

すると、少年達は同時に頷いた。暫定的なパーティーだが、真剣な様子で自分達を心配してくれる言葉だった。自分達と同じか年下の少年達が大人ぶっている様子を見たユウキは、アスナと顔を見合わせると小さく笑い声を零した。

 

「あはは!」

「ふふふ!」

「っ…どうかしたか?」

「何で笑ってるの?」

 

それに気付いた少年2人が、背後に振り返って問いかけた。すると、2人は澄まし顔で答えた。

 

「何でもないよ。ねぇ、アスナ?」

「えぇ。それより、私お腹減っちゃった! どこか美味しいけど穴場で落ち着けて、お店が綺麗なレストランに案内してよ?」

「…やたら注文が多いな」

 

アスナが求める条件が多いレストランの要望に、ライトは軽く苦笑いを零した。彼女が希望したレストランに、キリトは考える素振りを見せる。

 

「んじゃあ、あそこに行くか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

キリトが進む道は、怪しげな裏通りだった。右へ左へ曲がりながら歩き続けると、自分達がどこに居るのか分からなくなると、アスナは思った。

 

道案内をする彼の背中を見ながら、彼女はキリトとのデュエルを思い出していた。ユウキと同じように、自分も剣を交える事も出来なかったが、あの体が震える感覚は今も憶えている。

 

キリトの漆黒の瞳に宿っていたのは、何時もの優しさや剽軽さではなく、冷たい鋭利な刃物のような光だった。そして、どちらかのHPが減少すると考えただけで呟いていた。

 

『こんなの…嫌…』

 

自分から頼んだ事なのに、それを止めてしまったのは悪いと思った。その後、少年達から聞かされたモルテとローテムの事を考える2人の目付きは、初めて見る厳しさがあった。そこまで深刻に考えているからこそ、アルゴに頼らず自分達だけで解決しようとしている。

 

だから、別行動を取る事は殆ど無いが、自分とユウキの事も心配していると思っている。自分達を気遣ってくれる2人の優しさは、ユウキだけでなくアスナの心にも影響を与えていた。

 

あくまで暫定的パーティーだが、アスナは基本キリトとペアを組む事が多い。彼の相棒はライトだが、一緒に戦っている自分も肩を並べて戦いたい。何時も後ろからキリトの背中を見て、ライトが彼と肩を並べている姿を見ているからこそ。そんな事を思いながら、グングンと先を歩くキリトに声を掛けた。

 

「もしかして、10層までの街の地形全部を覚えてるの?」

「全部って訳じゃないけど、この層は10日ぐらい拠点にしてたからさ!」

 

彼が拠点にする理由が何だと思っていると、露天は姿を消して街灯代わりのかがり火も少ない。周りを見渡しても、プレイヤーはおろかNPCの姿も見当たらない。

 

現実世界では見ない光景に少し不安を感じる筈だが、《圏内》ではプレイヤーのHPの安全が保障されている上に、腰に備える愛剣《シバルリック・レイピア》のお陰か、特に何か思う事はなかった。更に5分ほど歩くと、行く手にランタンの灯りが見えた。

 

細い道の突き当たりを、暖かいランタンの光が照らしている。木製のドアの近くには、小さな立て看板が置かれており、お店なのは間違いない。落ち着いた雰囲気が気になり、近付いて看板を覗き見る。そこには【Tavern Inn BRINK & BLINK】と店の名前が浮き彫りになり、下にはチョークで本日のオススメメニューが英語で書かれている。

 

「アスナ、Rのブリンクってどういう意味だっけ?」

「何だったかしら? Lのブリンクは瞬きだけど、Rの方は…」

 

ユウキからの質問に、アスナは頭を悩ませる。顎に手を当て、俯きながら考えていると、最終行に日本語で【注意!お店に駆け込まないで下さい。】と記されている。2人して首を捻っていると、キリトが扉に手を掛けて答えた。

 

「ブリンクの意味は、入ってみれば分かるよ!」

 

扉にある取っ手を握り、グイッと引っ張る。途端、扉の奥から冷気が押し寄せ、アスナとユウキは思わず顔を背けた。吹き付けた風はすぐに止んだ為、アスナとユウキは視線を前にやった。

 

扉の奥は四角形のテラスになっており、正面と右側に鉄製の手すりが設置されている。2人は中へ入ると、石敷きの床を通って手すりに近付き、両手で握って目に映る景色を眺める。

 

「……何、これ…」

「…綺麗」

 

掠れ声で呟くと、2人の両側にキリトとライトが立ち並んだ。

 

「まぁ、空だな」

 

視界に広がるのは、夕焼けを思わせる茜色の空だった。更に、幾つもの星々がキラキラと輝いている。ただ美しいの一言しか出ないが、アスナが表の看板に彫られた文字を思い返す。

 

「そっか。Rのブリンクは《崖っぷち》って意味だったわね」

「みたいだな。俺も、βテストの時に気になって、ちょっと調べてみたけど」

 

左右には高い塀が湾曲し、次層へと続く支柱が見える。

 

「ここは、アインクラッドの外周部なんだな?」

「ボク、初めてだよ。こんな端っこまで来たの!」

 

つまり、このブリンク・アンド・ブリンクは、浮遊城の最端に構える店なのだ。綺麗な景色を眺めながら食事が出来るとは、中々にロマンチックなお店だ。

 

「俺もβテスト以来に来たよ。1層の《はじまりの街》にも外周部に突き出した展望台があるけど、あそこには戻ってないからな」

「…一応聞いておくけど、ここから飛び降りたらどうなるの?」

 

アスナがそんな問いかけを口にすると、キリトは暫く考える素振りを見せると、鉄製の手すりに手を掛けて下を覗き込んだ。

 

「ちょ、ちょっと!」

「ぐえっ!?」

 

アスナは飛び降りると思ったのか、反射的にキリトのコートの襟首を掴んで引っ張った。突然の事に、キリトは呻き声を上げて戻り、大きく苦笑を浮かべて言った。

 

「た、試したりしないよ」

「当たり前でしょ!? 危ない事しないでよ!!」

「ごめんごめん。βの時は外周部から落ちると、落下中に《You are dead》の表示が出て、はじまりの街の黒鉄宮で蘇生だったけど、蘇生しないだけが同じだと思うよ?」

 

この正式版も、願わくばβと同じであって欲しかったと、アスナは心の片隅で思った。だが、今ではそんな風に考えても、そこまで深刻に思う事はなかった。すると、キリトが指を1本立てて付け加える。

 

「あ、そうだ。表の看板に【注意!お店に駆け込まないで下さい。】って書いてただろ。実はβ時代に、この店のバフ付きメニューを頼もうとして、開店と同時に全力ダッシュで頼もうとした奴らが居たらしいけど、曲がりきれずに柵から落ちちゃったから、それも注意な!」

「アホだな、そいつら」

 

ライトが心底呆れた表情で呟いた。そして、お店の看板にその文章が書かれていた理由はそれかと、アスナとユウキは納得した。そして、そのバフ付き限定メニューが一体どんな物かも気になっていた。

 

2層で食べた《トランブル・ショートケーキ》は、中々の絶品だった。しかも、現実世界と違いカロリーを気にする必要がない。

 

「折角だから、テラスで食べましょ?」

 

アスナの意見に盤上一致で頷いた3人は、テーブル席へと座る。注文を決めると、テラスの西側からNPCが現れた。一礼してから水が入ったグラスを置き、メニューを訊ねる。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「えーっと、この《シュブルリーフの10種チーズのサラダ》と《あつあつグラタンスープ》と《ポロポロ鳥のロースト、丸パン付き》を下さい。ユウキはどうする?」

「じゃあ、ボクもアスナと同じのをお願いします!」

 

ユウキがそう答えると、アスナはキリトにメニューを渡そうとしたが、キリトは右手を軽く上げて断った。

 

「同じ物をもう2つずつと《フィックルワイン》のボトル2つと、食後に《ブルーブルーベリータルト》を4つとコーヒーを4つ」

 

彼がそう告げると、NPCの店員は注文を確認して立ち去った。すると、アスナが軽く息を吐くと、3人に向けて呟いた。

 

「新しい層に来ると、オーダーを頼むのもギャンブル感覚よね?」

「サクサクっと決めてたアスナが言っても、説得力ないと思うよ?」

「怪しげな名前の食べ物は回避したもの!」

 

ユウキの苦笑が混じった言葉に、アスナは得意げな顔で答えた。そこで、キリトが言っていたバフ付きメニューを思い出し、彼に訊ねた。

 

「そう言えば、例のバフ付き限定メニュー頼んだの?」

「あぁ、勿論!」

「どんな効果があるの?」

「それは後のお楽しみって事で!」

 

勿体振る様子のキリトを、アスナは軽く睨む。内心で毒味をさせようと考えていると、先程の女性が料理を運んできた。見るからに美味しそうな見た目に、アスナとユウキの顔がパッと輝く。すると、キリトが《ウィックルワイン》の栓を開けて、まずアスナのグラスに中身を注ぐ。

 

少し金色がかった色を見たアスナだが、次にユウキのグラスに注いだ途端、3人は軽く目を剥いた。何故なら、彼女のグラスに注がれてたのは、ピンク色の泡だった液体なのだ。

 

「…何で、色が変わったの?」

 

ユウキの問いかけに、キリトは少し笑みを浮かべて答えた。

 

「このワインはグラスに注ぐごとに、赤・白・ロゼと甘口・辛口・スパークリングに変わるんだ。ウィックルってのは、《気まぐれ》って意味らしい」

 

キリトはそう伝えると、最後にライトのグラスに注ぐ。それは濃い赤色だった。最後に自分のグラスに中身を注ぐと、出てきたのは白色のワインだった。

 

「ユウキのはロゼのスパークリングで、キリト君とライト君が白と赤の辛口か甘口かね。私のは…」

 

アスナは他の3人のグラスに入っているワインの種類を見ると、自分のグラスを持ち上げて一口含む。すっきりした味わいと、キリッとした冷たさを感じる。

 

「…白の辛口だった。うん、美味しい!」

「へえぇ〜…」

 

口に含んだアスナの感想を聞いたキリトが、何やら探るような視線を彼女に向けた。その反応を怪訝に思ったアスナは、眉を寄せて口を開いた。

 

「な、何よ?」

「い、いや……ワインとか飲み慣れてるのかなーって」

「まぁ、ちょこっと味見くらいはね?」

 

その答えは現実世界に関するものだと、アスナはすぐに気付く。しかも、お酒を飲み慣れているという事は、年齢が20歳以上と思われている可能性がある為、即座にキリトに向かって釘を刺す。

 

「本当にちょこっとよ。あなたも、お父さんのビールとか飲んだりしたでしょ?」

「正確には母さんのビールだけどな?……ライトやユウキも飲んだりした事あるのか?」

 

遠い記憶を探りながら話すキリトは、隣に座るライトと彼の向かいに腰掛けるユウキに訊ねる。

 

「ボクは飲んだ事は1回もないよ?」

「…お前、リアルの個人情報詮索はマナー違反だって事を忘れてるだろ……母さんが酒は嫌いだったからな、オレも飲んだ事はない」

 

リアルの個人情報を平然と訊ねる彼に、ユウキは何の躊躇いもなく答えたが、ライトは少し苦々しい表情を浮かべたものの、間を置いて答えた。

 

パーティーの中で最も年下と思われるライトとユウキだが、少なくともユウキは普段からお酒を飲んでいる訳がないと、アスナは確信を持って言える。幼い頃から彼女とその姉と一緒に過ごして、お酒を飲んでいる場面は1回も見た事がない、一緒に食事をした時なら尚更だ。

 

その記憶が蘇る彼女の胸を、鋭い何かが突き刺した。右手をブレストプレートに押し当てる彼女に、正面に座るキリトが声を掛けようとしたが、それより早くアスナが口を開いた。

 

「何も言わないで……現実世界の事は考えたくない…今の私は、レベル16フェンサーのアスナ……そう信じてないと、戦えなくなっちゃいそうだから」

 

その小さな囁き声に、全員が押し黙った。すると、少しして正面からキリトの申し訳なさそうな声が聞こえた。

 

「…分かった……ごめんな」

 

彼の謝罪に対して、アスナは静かに首を横に振った。

 

 

 

 

 

少々、空気が重たくなってしまったが、運ばれてきた食事はとても美味しかった。サラダは仄かにマヨネーズの味が広がり、スープは蓋を開けると煮えたぎっており、ポロポロ鳥は少し食べずらかったが、味はしっかりと美味しかった。すると、タイミング良く最後のデザートが運ばれてきた

 

「…見た目は普通のブルーベリータルトね。これが例の?」

「そう。バフ付き限定メニュー!」

 

4人の前に、キリトが注文したデザートが置かれた。アスナが改めて確認すると、キリトは頷いて軽く説明をする。そんな中、隣に座るユウキが少し微妙な顔で話す。

 

「…ちょっと、色が鮮やかすぎると思うんだけど?」

「まぁ、そう言えなくもないな」

 

彼女の言葉に、ライトが肯定した。それはアスナも思っていたが、向かいに座るキリトが何の躊躇もなく食べるので、自分もそれに続こうとフォークを手に取り、三角形のタルトの先っぽを口に運ぶ。

 

「っ…美味しい。ブルーベリーの爽やかな酸味と甘みが、濃厚なカスタードクリームと良く合ってる!」

「ホントだ。それに、このパイ生地もサクサクしてて、美味しさを引き立ててる!」

 

我ながらグルメリポーターのような感想だと、アスナは内心で思った。しかし、フォークを持つ手は止まらず、また切り取って口へ運ぶ。2層で食べた《トランブル・ショートケーキ》の量には及ばないが、それでも十分な満足感が得られた。アスナがコーヒーを一口含んで落ち着こうとした

 

 

 

ーーーその時

 

 

「…ん?」

 

視界左端の上に、見慣れないバフアイコンが点灯した。四角形の枠の中には、パッチリとした目のマークが表示されていた。それが気になり、アスナはキリトにバフの事について訊ねる。

 

「…このバフ、何なの?」

 

ユウキやライトも、キリトの返答を待っている。すると、彼は右手の親指でテラスの床を指差した。

 

「テラスの床を見てみな?」

 

言われるがまま、アスナとユウキ、ライトはキリトが差す場所へ目を向ける。石畳が敷き詰められた床を見渡していると、隅っこにぼんやりと光る何かが見えた。

 

「何かしら、あれ?」

「あっ、こっちにもある!」

 

ユウキが指差した場所にも、ぼんやりと光る物体が落ちていた。2人の少女は席から立ち上がって、光る物体が見える場所に近付く。

 

アスナは近付くと、それを拾い上げた。彼女の手にあるのは、1枚のコインだった。そして、戻ってきたユウキの手にも、同じコインがあった。2人は席に戻って、2枚のコインをテーブルに置いた。

 

「何だ、これは?」

 

それらを見たライトが、斜め向かいに座るキリトに問いかける。すると、彼はテーブルに置かれた1枚のコインを手に取って、クルクルと回し始めた。

 

「ここカルルインは、《遺構》っていう建物や道と、後もう1つ重要な要素から成り立ってる。何だか分かるか?」

「…遺物か?」

「正解!」

 

ライトの回答に、キリトはニヤついた笑みで肯定した。確かに古い建物や街には、昔の人が使っていた物が僅かに残っている。

 

「つまり、遺構と遺物が合わさったのが《遺跡》の街カルルインな訳で、ここには大昔の道や塀だけじゃなく、そういうのがあちこちに落ちてる。この話が広まれば、下層からプレイヤーが何人も来て、街じゅう遺物拾い祭りになると思うよ!」

 

キリトの説明に関心するアスナは、今度はユウキが拾ってきたコインを目にする。数字はないが、2本の木が描かれた奇妙な紋章が見える。街中に数え切れない程の量が落ちていると聞けば、探してみたい衝動に駆られる。横に座るユウキも、どこかワクワクしているように見える。

 

「画面越しのゲームなら、落ちてる位置を表示してくれたり、光ったりするけど、このSAOは単に落っこちてるだけだからな。あの《フォッシウルウッドの枝》でさえ見つけるのに苦労するのに、遺物となれば大変だろ?」

「だけど、ボク達は簡単に見つけられた……あっ!」

 

単に落ちている遺物を拾うのは難しいが、アスナとユウキは簡単に見つけられた。疑問に思ったユウキだが、視界左端上にあるバフアイコンの意味に気付いた。

 

「そっか。この目のマークのアイコン…」

「イエス。それは《遺物発見ボーナス》で、カルルインの街中と地下でしか効果はないけど、落ちてるコインとか宝石とかが光って見えるお得な…」

「宝石?」

 

キリトの説明を遮って、アスナが呟いた。

 

「う、うん。まぁ、金貨とか宝石とかはレアだから、発見バフがあっても見つけるのはちょっとムズイな…更にレアなとこだと、マジック効果付きの指輪とかネックレスとか…」

「指輪、ネックレス?」

 

今度は、ユウキが呟いた。キリトは少し微妙な表情を浮かべるが、それを気に留めない少女達は、テーブルに置かれてた2枚のコインを一瞥すると、アスナは少し躊躇いがちに、ユウキははっきりと言った。

 

「「私も/ボクも遺物拾い祭りやりたい!」」

 

キリトだけでなく、ライトも何やら少し微妙な表情を浮かべる。そんな2人の反応に、アスナは不機嫌さを覚え、ジロリと凝視して言った。

 

「何か、問題が?」

「い、いや……何もないけど」

「ライトとキリトだったら、街が混む前に根こそぎ集めてやるぞって思ってたんだけどなぁ〜?」

「オレを何だと思ってるんだ?」

 

遺物拾いに乗り気でない少年達の様子に、ユウキが少し妖しい笑みを浮かべて言うと、夢中で集めると思われたライトが心外そうな顔を作る。同様にキリトも、彼女の言い分に異議を唱える。

 

「し、失敬な……まぁ、その通りだけどさ!」

 

しかし、結局は認めてしまった。すると、彼は歯切れの悪い口調で独白する。

 

「俺もこういうのは好きだけど、βでちょっと悲しい記憶が……まぁ、街中だったら大丈夫か…よし!」

 

どこか吹っ切れた様子で立ち上がったキリトは、テーブルに置かれたコインを指差した。

 

「因みにそのコインは、街のNPC両替商でコルと交換可能だからな!」

 

それを聞いた2人は、しっかりとテーブルにあるコインを回収する。食器を片付けるNPCの女性に軽く会釈し、扉を開けて店を後にする。そんな中、アスナはバフの有効時間が気になり、後ろのキリトに訊ねる。

 

「このバフって、有効時間どのくらい?」

 

すると、キリトは落ち着いた様子で伝える。

 

「焦んなくても大丈夫だよ、1時間はあるからさ」

「たったの1時間でしょ、行きましょ!?」

「何だかワクワクしてきた!!」

 

1時間はあると聞いたアスナは、すぐに移動しようと言い、ユウキはこれから探すお宝に、テンションがかなり高い。そんな2人を追いかけるキリトに、1番後ろを歩くライトが声を掛けた。

 

「キリト、1度拾われた遺物は、βの時にどうなってた?」

「えーっと、サーバーメンテが入る度に復活してたんだけど、今はどうなかな」

「この正式サービスでは、メンテは1回も行われてない……つまり、拾われたらそのまま復活しない可能性が大きいって事か?」

 

ライトの確認に、キリトは顎に手を当てて口を開いた。

 

「可能性は高い。従来のMMOはソフトウェアやハードウェアの破損チェックとか、修正や交換、プログラムのアップデートとか、サーバーの再起動も行ってるけど…このSAOでは未だに、メンテらしいものは何も行われてない!」

「あぁ……クラスタリング化されたサーバーなら、サービスを止めずにメンテは出来るだろう。このSAOも、そのシステムと似通った方法で、サービスを実行しつつメンテを行ってるのか」

「うぅ〜ん、ネトゲの場合は新旧ロジックが問題になりそうだけどな。でも、茅場はこのデスゲームを始める前提で設計してるから、その辺も最初から対策してたんだろう」

 

後ろの男子達が何やら専門的な会話を話し始め、どこか苦笑した面持ちで2人は聞いていたが、そろそろ付いていけないので、彼女達は顔を見合わせ未だに話し続ける2人に話しかける。

 

「兎に角、1回遺物が拾われちゃうと、復活しない可能性が高いって事だよね?」

「えっ…ああぁ、まぁそうかもな」

「なら、のんびりしてる場合じゃないわ。神殿か広場だっけ?速く行こう!」

 

急いで遺物拾いをしようとする少女達に、少年達はやれやれといった様子で頷いた。

 

「へいへい、確かそこの角を曲がって暫く真っ直ぐ行った所に……って、あっ、こら、危ないので走らないで下さい!!」

「全く…」

 

最後までキリトの説明を聞かずに、アスナとユウキは遺物拾い祭りに向けてダッシュし、キリトとライトは2人を追いかけようと走り出した。

 




次回は、遺物拾い祭りの後、ヨフェル城で少年達の新しい武器が登場します。

そして、新たな《キャラクター》が登場します。(名前だけですが)笑

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