まぁ、それは凄く可愛らしいですが。
ではどうぞ!
階段を降りた先は更に不気味な地下墓地と、アスナは予想していたが、そこには何十人のプレイヤーが歩いていたので、内心でホッと息を吐いた。
「…ここ、安地部屋なの?」
辺りを見渡しながらキリトにボソッと訊ねると、彼は不思議そうな面持ちで囁く。
「それどころか、まだ圏内だよ。表示も出てないだろ?」
「あ、そっか!」
辺りに目配せしていたライトが、小さな声で囁く。
「遺物拾いのプレイヤー、か」
「ボク達が探してた神殿や広場よりも一杯落ちてるんだ」
ユウキの言う通り、神殿や広場では殆どプレイヤーを見かけなかったが、地下墓地でこれだけの数のプレイヤーが居る事を考えると、落ちている遺物は地下の方が多いのだろう。
「だろうな。でも、この広間は拾い尽くしただろうから、そろそろ違う場所を探すだろう……さぁ、俺達も先を行こうぜ!」
そう言って、キリトは先に歩いて行こうとするが、すぐに立ち止まって少女達を先行させようと促す。覚悟を決めたアスナは、隣に立つユウキに視線を向ける。ユウキもアスナの方に目を向け、2人の視線が交差すると、ゆっくりと頷いた。
四方の黒々とした洞窟を見ながら、子猫のクエストが当たるようにと念じたアスナは、通路を進んでいく。広間は少し明るかったが、洞窟に入った途端に暗くなった為、隣を歩くユウキが少し近付く気配を感じた。アスナは少しでも安心させようと思い、自分からも近付く。
ウインドウに表示される、無地のマップ画面のクエスト目的地を目指して、長い通路を脇道に入る。狭い通路は横歩きで、高さが低い所は四つん這いで進んだ。そして、訪れたのは礼拝堂のような所だった。
横長の椅子が数多くあり、半壊した怪しい像が奥に建っている。更に不気味な雰囲気が増した事に、ユウキはアスナに身を寄せると、キリトに小声で訊ねる。
「…ここって、何のクエスト?」
「えっ…ネタバレして良いの?」
「それぐらい教えなさいよ!」
「……ここは、《30年の嘆き》だ」
ビクリと少女達の体が震えた。だが、表情には出さず、アスナはクエストログを開いて、シナリオ設定を確認する。内容は実にシンプルで、依頼主のNPCは新居に引っ越してきたのだが、毎晩ガタガタと謎の音がしたり、食器が勝手に落ちたりすると言うのだ。どうにかして欲しいと言われ、地下の墓地を調査してみようと、ログには書かれている。
「ガタガタ音がするって事は、ここはあのオジさんの家の真下なのかな?」
「みたいだな!」
そう答えたライトは、何時の間にかマップ・ウインドウを開いていた。現在の位置を上下に移動できるボタンをタップすると、この礼拝堂は依頼主の新居の真下と表示されている。それを聞いたアスナが少し考えると、3人に向き直って声を掛ける。
「依頼主は午前2時に揺れが起こるって言ってたけど、それなら私達もその時間に来ないといけないんじゃない?」
「お、良い読みだな。でも、この手の単発クエストは抜け道が用意されてて……お、ヒントが来た!」
3人が不思議そうな顔を浮かべた時、後方からずるぺたん、ずるぺたん、という奇怪な足音が響いた。途端、アスナはキリトの、ユウキはライトの背後に回る。すると、出入り口から出て来たのは、フード付きコートを着た小柄な男のNPCだった。左手には汚れた袋をぶら下げ、右手には火が付いた蝋燭を持っている。
入って来た子男は、今にも消えそうな蝋燭から火を移して床に立てると、その作業を繰り返す。キリトが言ったヒントが彼の事だと分かったアスナは、ユウキに目配せして話しかけてみようと近付く。一方のユウキも、ライトの背中から離れてその子男に歩み寄る。
「こんにちは!」
ユウキが明るい声で呼びかけると、蝋燭を移す子男が小さく反応し、フードから覗く双眸を向ける。
「幾つか聞きたいんだけど、ここの蝋燭は君が補充してるの?」
優しい口調でユウキが訊ねると、小男は無言で頷いた。その間も作業を止めずに進めていると、今度はアスナは本題を切り出す。
「…えっと、真夜中に、ここで何かおかしいものを見ませんでしたか?」
アスナが訊ねても、小男は暫く黙ったままだったが、フードの奥からしわがれた声が聞こえた。
「俺、夜中はここに来ない。朝、起きて蝋燭付ける。昼間、減った蝋燭足す。夜、蝋燭消して寝る」
それだけ言うと再び歩き始めて、まだ火が灯っていない蝋燭に移し、全ての作業を終えると礼拝堂から姿を消した。先程よりも明るくなった礼拝堂を見渡したアスナは、ユウキに声を掛ける。
「ユウキ、情報を整理しましょう?」
「うん。あの人が言うなら、この礼拝堂に蝋燭が灯ってるのは、朝から夜までの間って事だよね」
「そして、ガタガタ音がする時間帯は、決まって蝋燭が消えてる深夜……あっ!」
「そっか!」
そこで言葉を区切ると、2人は見当が付いた様子で頷き合い、最寄りの蝋燭に灯っている火を消す。礼拝堂の半分が暗くなるが、気にする事なくアスナは後方の少年達に声を掛ける。
「キリト君とライト君はそっちの蝋燭を消して!」
彼女がそう言うと、2人はそれぞれ蝋燭を消そうとする。そして、全ての蝋燭が消えると、礼拝堂の中は暗闇に包まれた。これでは移動もままならない為、アスナはストレージから自前のランタンを取り出そうとしたが、唐突に灯りが付いた。キリトとライトが気を利かせたと思い、2人に視線を向けた。しかし、男子達は何も持っていなかった。アスナだけでなく、ユウキも不思議に思ってから気付いた。
床の中央がぼんやりと光っているのだ。だが、その光は一切の温もりも感じさせない、冷たい氷を連想させる青白い光だった。
オオォォォォォォ
「「っ!!?」」
2人は不気味な木枯らしのような声に体を硬直させた。直後、床から何かが滲み出るように姿を現わす。枯れ枝のような細い腕、顔を覆い隠す程に長く伸びた髪が見える。ガリガリに痩せた体から女だとは分かる。しかし、今のアスナとユウキにそんな事を考える余裕はなかった。そして、時間を掛けて姿を見せた幽霊は、甲高い声を上げた。
「ヒオオォォォォォ!!!」
「「いやあぁぁぁぁぁ!!!」」
あらん限りの悲鳴を上げたアスナとユウキは、思わずキリトとライトの胸に抱きついた。そんな2人の取り乱した様子に、男子達は少し混乱する。
「ゆ、ユウキ…さん」
「あれ…あんまり面白くなかった? 《ホーンテッド・アパート》っぽくて」
「何だそれ?」
「えっ…ライト、知らないのか?」
2人が他愛もない会話をするが、アスナもユウキも聞く余裕はなかった。オバケ的なものが苦手になってしまった理由は良く覚えていないが、恐らくテレビの怖い番組を見た時だろう。その時は、ユウキの姉も一緒だったのだが、ユウキが怖がっていたのに対し、彼女の姉は全くだった。
それから、たまにオバケの話題で怖がる記憶が蘇った。今まさにそのオバケが、自分達の後ろに居ると考えるだけで堪らない。
「お、オバケ……もう居ない?」
ライトの胸に顔を押し付けるユウキが、震える声で訊ねる。そんな彼女に動揺しつつ、ライトは答えた。
「…いや、後ろに立ってるぞ?」
「「いやあああぁぁぁぁ!!?」」
ユウキと共にまたも絶叫してしまったが、そうしなければ堪えられない。そんな気持ちに襲われながら、アスナが子供のような声で喚く。
「どっかやって!今すぐ追い払って!!」
「それは、クエストを進めないと…」
「なら早く進めて!」
キリトはクエストを進める為に離れようとしたが、アスナは彼のコートを掴んで離さない。
「だめ、離れないで!」
「りょ…了解」
キリトはそう返すと、幽霊に話しかけた。
「えーっと、幽霊さん……あなたはどうして、ここで暴れてるんですか?」
「……ここから…出られないから…」
「どうして出られないんですか?」
キリトが更に問いかけると、幽霊は事の詳細を話し出した。幽霊が閉じ込められたのは30年も前で、将来を誓い合った男が居たが、その男の恨みに縛り付けられている。それらを話し終えると、幽霊は靄のように消えた。気配が遠ざかったと思ったユウキは、目尻に涙を溜めた顔でライトを見上げる。
「オバケ……もう出て来ない?」
「…今のところは見当たらない、な」
ライトは辺りに目配せしながら答える。それを聞いたユウキは、心底安堵したように肩を下ろした。そして、キリトに身を寄せるアスナも、胸に溜まった息を吐いて両肩の力を抜く。だが、同時に恥ずかしさも押し寄せてくる。幼い子供のように悲鳴を上げて、キリトの胸に抱きついてしまったのだから。すると、彼女の耳に気まずそうなキリトの声が届いた。
「…その、悪かったな。アストラル系苦手なの、気付けなくて」
「……アストラル?」
「モンスターの種類の名前さ。さっき出てきたレイスやスペクターとかの、実態が薄いアンデッドがアストラル」
キリトの説明に成る程と頷くアスナは、ユウキの方に目を向けた。彼女も幽霊の気配が消えた事で落ち着いたようだ。ライトに顔を押し付けていたが、今は離れて隣に立っている。となれば、自分が立たない訳にいかない。足に力を入れた彼女は、サッとキリトから離れて辺りを窺う。そして、既に何もない事を確認すると、クルッと向き直った。
「…今のは、いきなり出てきてビックリしただけだから」
「は、はい」
「そりゃオバケ……じゃなくて、アストラル系はあんまり得意じゃないけど、女の子なら普通そうでしょ?」
キリトがコクコクと頷く中、アスナは尚も続ける。
「だから速やかに忘れて、今後ことさら話題に出さないように!」
「……は、はい…」
そう答えたキリトの鼻先がピクピクしているのを、アスナは見逃さなかった。ユウキと一緒に居るライトは、彼女のオバケ苦手を揶揄う真似はしないと、彼の性格から考えられるが、キリトの反応はイタズラをしたいと思っているサインだ。
「それと、くだらないイタズラも禁止!」
「…はぁーい」
拗ねた子供がするような返事に、アスナは漸く笑みを浮かべる事が出来た。
その後、4人は礼拝堂を中を探索し続けると、クエストアイテムの金色のペンダントを発見した。街に戻って鑑定屋に調べて貰うと、カルルインの街の豪商一族の紋章だと判明し、その場所まで行ってみる事に。一族の領袖だという中年の男と面会し、地下墓地の礼拝堂でペンダントを見つけた事を報告すると、男は涙ながらに罪を話した。
30年前に交際していた女が邪魔になり、遺物拾いに誘う振りをして閉じ込めた。それを聞いたアスナとユウキがその男を殴り飛ばそうとしたが、キリトとライトが落ち着かせ、男を連れて礼拝堂へ案内した。再び姿を現した女の霊に涙を流して謝罪すると、女の霊はすうっと消えた。
豪商の男を家まで送り、報酬を受け取って部屋を出た途端、強烈なガタガタ音と男の悲鳴が響き渡り、再び中に入ると男の姿はなかった。こうして、《30年の嘆き》は終わった。
残る地下墓地の2つのクエストをクリアした4人は、その他の街で受けたクエストも終了させて、ライトのレベルは19、キリトは18、アスナとユウキは17へ上がった。
先日も訪れた外周沿いの宿屋兼レストランへ向かう途中、アスナはどうしても不満に思っている事があった。そして、前を歩く漆黒と濃紺のコートを纏った少年達に声を掛けた。
「ねぇ、どうしてレベルが追いつかないの?」
「へ?」
「いきなり何だ?」
突然の彼女の言葉に、2人の少年達は振り返って逆に訊き返す。
「だって、次のレベルへの必要経験値は私達より2人の方が多い筈なのに、キリト君は1レベル、ライト君に至っては2つもレベルが上なのはどうして?」
「そうだよね。普通に考えたら、そろそろ追いついても良いのに!」
更には、ユウキも加勢する。3層から一向にレベルの差が縮まらない理由を問われると、キリトは頭に手を置きながら説明を始めた。
「んーと、SAOには獲得経験値のパーティーボーナスってのは存在しなくて、モンスターを複数人で倒せば、そいつが持ってる経験値が分割加算されるけど、均等な訳じゃないんだよな。与えたダメージとデバフ、ターゲットされた時間で案分されるらしくて。現状だと、俺とライトが大抵タゲを取りっぱなしだから…」
それを言われれば、アスナとユウキは口ごもるしかなかった。このパーティーの戦闘パターンとして、敵が複数の場合、まずキリトとアスナ、ライトとユウキに別れ、最初に少年達が攻撃を与える。タゲを取った2人はモンスターの攻撃を避けて反撃か、カウンターを打ち込み、スイッチして少女達が仕留める。
改めて思い直すと、自分達はターゲットされている時間が殆どないのではないかと思ってしまう。タゲを任せている以上、経験値はどうしてもキリトとライトに多く入る。すると、前から再びキリトの声が耳に届いた。
「っていうか、それなら俺だって、ライトより1レベル下なんだからさ。そんなに気にする必要もないよ……まだ追いつけないのは悔しいけどな?」
彼はそう言うと、隣に立つライトに目をやる。すると、ライトはどこか呆れた口調で話しかけた。
「キリト、お前は何の為に《体術》スキルを取ったんだ? 使わないのは宝の持ち腐れだろ?」
「いや、お前のあのカウンターは誰もが出来る訳じゃないからな?」
ライトの戦い方は、モンスターの攻撃を紙一重で躱したと同時に、斬撃や打撃を叩き込むカウンター型だ。しかも、予備動作が殆どないので、キリトにすら一瞬消えたと思わせる。そして、予想外の形で攻撃を繰り出すのだ。
モンスターが怯んだ隙に大技を与え、最後にユウキがトドメを刺す。キリトの言う通り、ライトの戦い方は誰もが出来る訳ではない。しかし、それを平然と行える時点で、他とは一線を画す。
「そう言う訳だからさ、レベルの差が1つや2つあっても、そんなに気にしなくて良いよ!」
「キリトの言う通りだ。それに、この層の適正レベルはもう全員が超えてるんだ。レベルの差に拘る必要はないだろう?」
どこか釈然としないまま、アスナは首を縦に振った。そして、隣に立つもユウキも納得しかねるも、それ以上は何も言わなかった。そんな空気の中、一行はレストランへ向かった。
《ブリンク&ブリンク》の店内は、予想に反してプレイヤーの人数は1人も居なかった。アスナは不思議に思いながらも、4人掛けのテーブル席に腰を下ろす。向かいに座るキリトが卓上のメニューに目を通すと、眉を寄せて訝しい表情を作る。
「どうした?」
「いや、ブルーブルーベリータルトが売り切れてないんだ。てっきり、開店辺りから行列が出来ると思ったんだけどな…」
この層の至る所に落ちている遺物を見つけるには、デザートに付与されているバフが必要だ。
「へぇぇ……遺物拾いをしてる人達はいっぱい見たのにね。みんな、視覚ボーナス無しで拾ってたのかしら?」
「でも、バフが無かったら、見つけるのがすっごく難しいと思うけど」
視覚ボーナスが付与されるバフのお陰で、プレイヤーの目には遺物が光って見える。だが、それが無ければ遺物かどうかも判断できない。
4人が頭を悩ませていると、NPCウェイトレスが《ウィックルワイン》を持ってきた。キリトが栓を抜き、それぞれのグラスに注ぎ入れて乾杯する。そして、一口含んだキリトがメニューを見ながら言った。
「それにしても、まだ残ってるなら食べたいな、ブルブルタルト。バフは兎も角、あの味も好きだし」
「ブルブルって……まぁ、味に関しては否定しないな」
彼のネーミングセンスに苦笑を零すライトだが、味に関しては同じように気に入っているようだ。そして、アスナとユウキも同じく首を縦に振った。
「それは私も同意するわ!」
「ボクも。まだ余ってるかなって期待してたもん!」
初めて食べた時の甘酸っぱいブルーベリー味に濃厚なカスタード、サクサク食感のタルトが最高にベストマッチしているのだ。だが、それと同時に違和感も覚える。遺物拾いをしているプレイヤーは何人も見たのに、バフ付きデザートが売り切れていないのは、何か原因があるのではと思っていると、それより先にライトが呟いた。
「…だが、売り切れていないのが妙だな。安全にコル稼ぎをするなら、あのバフ付きタルトは必須だ。あいつが攻略本に書かなかった?……いや、待てよ。そもそも…」
「あぁ、さっき道具屋を見たけど、ネズミ印の攻略本は見掛けなかった。」
キリトが転移門広場の方を見やりながら、ライトの言葉を引き継いだ。少年達の会話に更なる疑問が沸き起こり、アスナとユウキも口を開く。
「言われてみれば……今までは、次の層が開通した翌日には発行されてたのに」
「もう1日は経ってる……大丈夫かな、アルゴ?」
「…まぁ、あいつにも都合はあるかもだけど……一応、メッセージ飛ばしてみるか」
キリトはそう言うと、ウインドウを開いて手早くホローキーボードを叩き、送信ボタンを押した。しかし、数秒が経ってから軽く眉をひそめた。
「…届かないな」
「何!?」
不審に思ったライトが同じくウインドウを出現させて、ホローキーボードを叩き送信する。
「…オレもか」
「だったら、他の層に居るんじゃない?」
ライトの向かいに座るユウキがそう問いかけると、彼は僅かに視線を下に向けて呟いた。
「オレ達が使ったのは、フレンド・メッセージだ」
「へぇぇぇ〜〜〜え」
「ふぅぅぅ〜〜〜ん」
プレイヤーが他のプレイヤーにメッセージを送る為には、一般的にインスタント・メッセージを使う。しかし、相手の名前が分からないと送れない上、文字数には制限がある。更に、同じ層に居ないと送る事は出来ない。だが、フレンド・メッセージは文字数に制限がない上に、他のフロアでも届く。後者の方が便利だが、アスナとユウキは2人とフレンド登録していない。
「い、いや、あいつからは情報を買ったり提供したりするから、登録しとくと便利なだけで……なぁ、ライト?」
「あっ、まあ…」
「別に何も言ってないわよ?」
アスナとユウキは笑っているが、心の中は決して穏やかではない。暫定的だがパーティーメンバーなのに、自分達とはフレンド登録はせずにアルゴとはしている。心にそんな引っ掛かりを覚えながらも、アスナはアルゴにメッセージが伝わらない理由を考える。
「って事はアルゴさん、どこかのダンジョンに潜ってるのかしら?」
「…だろうな。でも、初回の攻略本を後回しにする程の情報が、ここのダンジョンにあったかな?」
「ここの、ってどういう意味?」
キリトの言葉が引っ掛かったのか、ユウキが訊ねてみた。
「俺達がクエストで歩き回った地下墓地は、地下3階まであるんだ。1階までは圏内だけど、2階より下は圏外になってる。しかも、最深部にエリアボスが居て、そいつを倒すと次の街への近道を通れる」
「…となると、アルゴはエリアボスの情報を得る為に、ダンジョンに潜ってる可能性が高い、か」
「そうだと思う。街と直結してるダンジョンだから、攻略本1号に載せようと思ったのかもな」
《鼠》の異名を持つ彼女の情報は、しっかりと裏が取れた信用に値するものだ。だからこそ、自分の仕事には手を抜かずやり切る。
「きっと、すぐにその辺からぴょろっと現れるわよ!」
「あはっ、確かにそんな感じで出てくるよね?」
アスナの表現が面白かったのか、ユウキが顔を綻ばせる。
「…だと、良いがな」
「そうだな……さっ、食べようぜ?」
キリトはそう言うと、テーブルに置いたフォークを手に取って食べ始めた。
ディナーとバフ付きデザートを食べ終え、今日はもう遅いので宿でもある《ブリンク・アンド・ブリンク》に泊まる事となった。
4部屋も取るのは少し勿体ない気がした為、2組に別れて泊まる事になった。翌日の集合時間を確認し合い、キリトとライトは隣の部屋に姿を消した。そして、アスナとユウキも同じ部屋に入った。だが、2人の表情は穏やかではない。2つあるベッドにそれぞれ座り込むと、装備を解除して部屋着に着替える。
「一言訊いてくれても良いのに…」
「…そうよね?」
食事の際に、アルゴにメッセージを送る為に使っていた《フレンド・メッセージ》の事だ。離れた相手と連絡を取るには、これ以上ないほど便利なシステムだ。常に行動を共にしている自分達には、特に必要という訳でもない。しかし、頭では理解できても、どこか納得できないのだ。すると、隣で横たわるアスナが静かに口を開いた。
「…もしかして、あの2人なりの線引きなのかしら?」
「えっ?」
「私達はあくまでも暫定的なパーティーメンバー。何時か別れる時が来るかもしれないから、敢えてフレンド登録しない…っていう…」
それを聞いたユウキの頭に、第5層に続く階段を登るライトの言葉が蘇った。彼が口にした《別れの時》が訪れる可能性はあるが、アスナの言う通りなら、彼はその時の為にフレンド登録はしないと考えているのか。
だがユウキには、夕食の時のライトの様子は、フレンド登録を少し躊躇っているようにも見えた。暫く考えていると、再び横からアスナの声が聞こえた。
「いえ、単に気が回らないだけだわ!」
「…へぇ?」
「ユウキ、こうなったら直接言ってやるわよ!『私達とフレンド登録しなさい!』って…」
アスナは強い眼差しでそう言ってきた。その言葉だけで、ユウキは彼女が何を考えているかを察した。第1層のボスを撃破した直後、少女達は目指す目標を見つけた。《彼らに追いつきたい》という目標を。
まだ本当の意味で肩を並べたとは言えない。だが、彼らが持つ《強さ》に必ず追いついて、その時にフレンド申請をしようと言っているのだ。
「…うん、くよくよ悩んでる場合じゃないよね。その為に、ボク達も強くならないと!!」
「えぇ!!……追いつきましょう!?」
「勿論!」
アスナの言葉に、ユウキはしっかりと答えた。すると、彼女はユウキに向かって拳を突き出した。拳を合わせるのはライトとキリトが良くやっていた事だと思い出し、ユウキも同じように拳を前に出して合わせた。そして少女達は、少年達に追いつくと誓ったのだった。
その後、2人は一先ずお風呂に入ろうと決め、辺りを見渡したがどこにも無い。壁をタップして宿のリファレンスを出現させると、マップを確認する。どうやら2階の端に大浴場があるが、混浴ではないかと不安だったが、内部は2つ分かれているようだ。念の為、アスナが作った水着を持って2人は大浴場へ足を運ぶ。廊下に出て階段とは反対側を歩き、最初の角を曲がった
ーーーその時
ガチャッ!
「「っ…」」
後方から、扉が開く音が届いた。アスナとユウキは反射的に壁に張り付き、角からソッと顔を出して廊下を窺った。すると、そこに見覚えのある少年達が立っている事に気付いた。
「行くぞ?」
「あぁ!」
すぐにやり取りを終えると、2人は踵を返して1階に続く階段へ向かった。2人組の少年、キリトとライトの背中には、各々の剣が装備されている。
時刻は既に夜の21時を回っていると言うのに、完全武装状態で一体どこに行くのか。アスナは思考を巡らせ、少年達の何時にも増して硬さのある雰囲気から、大体の推測がついた。そして、彼女の推測を代弁するように、ユウキが言葉を発した。
「アルゴを探しに行くつもりだ!」
「多分そうね!」
お互いに頷き合うと、2人はウインドウを開いて装備フィギュアをタップ。圏外へ行く為の完全武装状態の姿となる。そして、彼女達の愛剣《シバルリック・レイピア》と《リュナイト・ソード》が実体化する。
「…全く、水臭いんだから!」
「ボク達も頼ってよね!」
装備を整え、2人は階段を駆け下りた。
アルゴはアスナとユウキにとって、大切な友達だ。自分達の事を愛称で「アーちゃん」「ユーちゃん」と呼ぶのは彼女だけだ。もし友達が危険な目に遭っているなら、助けに行くのは当然だ。アスナとユウキはそんな決意を宿した瞳で、キリトとライトを追いかけた。
はい、以上です。
次回は、アルゴを探しに地下墓地へ突入しますが、奴らとの邂逅が待ち受けます。