そして、その魔の手は少女達にも襲いかかります。
宿を出てから1分も遅れてない筈だが、少年達の姿はどこにもなかった。宿を出た途端に全力ダッシュしたのだと考え、アスナとユウキも走ってカーブを曲がるが、一向に姿が見えない。
「どんだけ全力ダッシュしたのよ!?」
数秒後、2人は裏通りから表通りに出た。
まだ複数のプレイヤーが行き交う中で前方に目を凝らすと、漸くキリトとライトの姿が見えた。一先ず安心した2人だが、声を上げて呼び止めるのも嫌なので、見失わないように追いかける。少年達は人混みを避けて進み、転移門広場を横切って街の北部へ着くと、地下墓地がある広間の中央の遺跡に姿を消した。
「あっ…ま、待ってよ!!」
「待ちなさい!」
ユウキとアスナは急いで呼びかけたが、声が届いた様子はない。少し遅れて2人も遺跡に到着すると、黒い穴がポッカリと口を開けていた。一瞬、不気味な雰囲気が2人を襲うも、ここで引き返そうとは考えなかった。
「兎に角、キリト君達と合流しよう?」
「うん、そうだね!」
ユウキが頷くと、アスナはウインドウを開いてメッセージタブに移動する。キリトの名前を打ち込み、【一緒に行くからB1の広間で待ってて】と送信した。しかし、直後にアスナが掠れた声を出した。
「えっ…」
「アスナ、どうしたの?……えっ」
そして、ウインドウを覗き込んだユウキも同じ声を出してしまった。ウインドウの上に、【相手が連絡可能な場所に居ないか、またはログインしていません】と表示されていた。
そんな筈はないと思ったユウキが、すぐにウインドウを開いてライトの名前を入力、メッセージを飛ばす。だが、結果はアスナと同じだった。地下墓地の1階は軒並み圏内なので、メッセージは届く筈だ。つまり、キリトとライトは1分と掛からず、圏外の地下2階に着いたという事だ。
ーーーならば合流は諦めて、宿へと引き返すか?ーーー
「アスナ!」
「っ!」
否、ついさっきユウキと誓った筈だ。彼らと同じぐらいに強くなり、フレンド申請をすると。ここで引き返せば、自分達の意思は嘘だった事になる。更に言えば、大切な友達を見捨てる事にも繋がる。
覚悟を決めた2人はゆっくりと階段を降り始めた。地下1階には未だに沢山のプレイヤーの姿が目に入るが、それらの中に少年達の姿はない。
「地下2階に続く階段ってどこだっけ?」
「ちょっと待って!」
日中にクエストで、8割はマッピングが済んでいる。アスナはウインドウを開いて、グレーアウトした部分を拡大する。
そこは広間の南にある扉の先からだった。2階へと降りる階段は他に見つからない為、1箇所しか無いと思われる。アスナはウインドウを閉じると、ユウキと共に歩き出して苔むした石扉を押し開ける。その先は真っ直ぐに伸びた1本の通路であり、小部屋へ繋がっている。しかも、その小部屋から地下に降りる階段が見える。
「…あれが、地下2階に続く階段」
「成る程、メッセージが届かなかったのも頷けるわね!」
ここまで全速力ダッシュすれば、1分も掛からず降りる事が出来ると、アスナは納得した。2人は階段へ近付くと、その脇に小さな立て札が立っている事に気付く。
【この先圏外、注意!】という文字が書かれているのを考慮するに、遺物拾いのプレイヤーが間違って入らない為のものだ。しかし、今はこの先に行く必要がある。2人は意を決して、慎重に階段を1段ずつ降り始める。
「…そんなに深くなかったね?」
「えぇ…でも、警戒は怠らないようにしよ?」
地下に続く階段が浅かった事に、ユウキは意外な声色で呟く。アスナも同意するが、辺りに目配せしながら警戒するよう促す。少女達が降り終えたと同時に、目の前に【Outer Field】の警告文が浮かんだ。ここから先は、HPの安全が保障されない圏外だ。勿論モンスターもポップするので、決して油断できない場所だ。
2人が降りた先は地下1階と同様の小部屋だが、どこか違った雰囲気が感じられた。辺りを見渡しても、出口は1つしか見られない。
「行こう、ユウキ!」
「うん!」
アルゴを探しに行った少年達を追いかける為、アスナとユウキは小部屋の出口に足を踏み出した。第5層の適正レベルを超えている2人にとって、このダンジョンは恐れる必要はない。小部屋の出口を抜けた先には長い通路が続き、左右の壁には松明と幾つもの扉があった。
「…これ全部、調べないといけないの?」
「正直、勘弁したいわね」
目算だけでも、軽く10は超える扉全てを調べるのは骨が折れる。しかも圏外な為、扉を開けた先にモンスターがポップする可能性もある。しかし、今は全ての部屋を調べる時だと、アスナは思っていた。
「…でも、アルゴさんを探しに来たのなら、キリト君とライト君も全部の部屋を見て回る筈だわ。もしかしたら、どこかの部屋で合流できるかも!」
「そうだよね。2人が地下2階に潜ってから、まだ数分しか経ってないもん…そうと決まれば、急がないと!」
アルゴはこの地下墓地のどこかに居る。見つけるには、全ての場所にある部屋を調べるしかない。アスナとユウキが2人を見失ってから、たった数分しか経っていないのなら、自分達も急いで捜索を開始した方が、合流できるかもと考えた。となれば、まずは目の前に見える扉から調べるしかない。アスナは左の、ユウキは右の扉に分かれて捜索を開始する。
アスナは扉をそっと押し開けて目を凝らし、中の様子を窺う。部屋を照らす数本の蝋燭と、奥に長方形型の棺桶があった。それを見た途端、絶対に近付かないと決め、アスナは扉を閉めた。そして、反対側の部屋を調べるユウキに視線を送る。
「ユウキ、そっちはどう?」
「うんうん……蝋燭と棺があるだけ」
ユウキは首を横に振って答えた。それから2つ目、3つ目、4つ目と部屋を捜索したが、どの部屋にもキリトとライトは居なかった。そして、アスナは5つ目の扉を開けたが、結果は同じだった。次の部屋を調べようと扉を閉め掛けた時、彼女の目がぼんやりとした光を捉えた。
「っ…」
そして、それがバフ付き効果で見える《遺物》だと、視界の端に灯るアイコンで分かった。
「アスナ、こっちの部屋にも居なかったよ」
「ユウキ、あれを見て!」
「えっ……あっ、あれって遺物? まだバフの時間、残ってたんだ」
ユウキのHPバーにもバフアイコンがまだ灯っていた。しかし、60分しか持続しない為、そろそろ効力が切れてしまうだろう。
「ユウキ、ここで待ってて。ちょっと見てくる」
「うん、気を付けて!」
アスナは頷くと、光る遺物を拾おうと部屋に入る。部屋の右奥には、これまでと同じ長方形の棺が置かれているが、すぐに横切って奥の壁際に落ちている遺物を手に取った。古ぼけた銀のペンダントをポーチに仕舞い、急いでユウキの元に戻ろうとした
ーーーその時
ごりっ
「「っ!?」」
硬い何かが擦れる音が空気を震わせた。それは断続的に右側から響き、少女達は不吉な予感を覚える。音がする方へ視線を向けると、棺の本体と蓋が擦れ合いながら開こうとしていた。アスナが歯を噛みしめて悲鳴を押し殺すと、右手で腰の《シバルリック・レイピア》を抜いた。だが、それが合図となり棺から仄青い人影が姿を見せた。
ユウキも遅れて、腰にある《リュナイト・ソード》を引き抜いたが、剣を持つ腕は僅かに震えている。それもそうだ、棺から姿を現したのは《30年の嘆き》に出てきた亡霊と良く似たモンスターだったからだ。薄赤いカーソルの他に、HPゲージには【Mournful Wraith】と記されていた。
「ヒュオオォォォォォ!!」
その叫び声が、体を支える足を震わせる。何時もの2人なら、真っ先に攻撃を仕掛ける場面だが、相手が苦手な幽霊なら話は違う。心のどこかに幽霊に対する《恐怖》が2人の判断を鈍らせるのだ。両手を振りかぶり迫るレイスに、アスナは反射的に後方に飛び退いた。
「アスナ!」
ユウキが思わず呼びかける。その時、アスナが着地した瞬間、かちっ、という感覚が伝わってきた。何時もならすぐに対処できたが、眼前のモンスターに対する恐怖を抑えるのに必死で、反応が遅れた。
ガコッ!
「「っ!!?」」
アスナが着地した床が突如、トラップと化して左右に分かれて真下にスイングしたのだ。
「アスナぁぁぁぁぁ!!!」
「ユウキぃぃぃぃぃ!!!」
アスナは必死にユウキに手を伸ばし、ユウキもまた部屋に入って、彼女の手を握ろうとしたが、無情にも間に合わず、石畳の床は閉じてしまった。
ーーーアスナが居なくなってしまった!?ーーー
突如として石畳が落とし穴と化し、アスナは吸い込まれるように奈落の底へ落ちてしまった。ユウキは急速に視野が狭まる感覚に襲われた。落とし穴が高ければ、かなりのダメージがアスナを襲う。最悪、HPが全損してしまう可能性もあるが、今はそんな事を考えている場合ではなかった。
「っ…うわあぁぁっ!!?」
咄嗟に横からの攻撃に気付き、急いで剣で防御した。直撃は免れたが、威力は殺し切れず部屋の奥に吹き飛ばされた。壁にぶつかり、HPが少し減少したユウキは、何とか立ち上がって愛剣を構えたが、依然として腕と足は震えたままだ。
「ヒュオオォォォ…」
「っ!」
レイスが低い唸り声を上げて両手を振りかぶり、またも攻撃を仕掛けてきた。ユウキは脱出する為、出口の方へステップ回避して部屋から出たが、全く油断できない。すぐに剣を構えて追ってくるレイスに注視する。だが、何故か奴は部屋から出た彼女を憎々しく睨み、棺に戻った。
レイスが姿を消した事を理解するのに、ユウキは暫く時間が掛かった。危険が去ったと分かった時、足の力が抜けそうになったが、剣を突き立てて何とか堪える。今はまず、落とし穴に落ちたアスナが心配だ。ユウキは、左端に見える彼女のHPに恐る恐る目を向けると、1割程度の減少で抑えられていた。
「…良かった」
それが分かると、ユウキは幾分か安心できた。恐らく、落下した高さがそこまで無かったのか、或いは上手く受け身を取れたのだろう。だが、それでも完全には安心できない。ユウキは剣を支えにする足に力を込めると、鞘に戻して混乱した頭を落ち着かせる。
「(落ち着け、ここは地下墓地のB2F。落とし穴に落ちたって事は、アスナは多分B3Fのどこかにいる!)」
第5層の地下墓地は、地下3階まである。落とし穴は恐らく、地下3階のどこかに通じている筈だ。ならば、自分もすぐに地下3階に続く階段を使って合流するべきだと、移動を始めた。自分が苦手なアストラル系のモンスターが出るのは分かっているが、それでもアスナを見捨てる事は出来ない。何故なら、アスナは彼女にとって、《もう1人の姉》のような存在だから。
ユウキはその後、ウインドウのマップを表示してグレーアウトの場所を隈なく回った。どこかに3階に続く階段がある上に、道中でライトとキリトを見つけられるかもしれない。周囲を警戒しながら探索を進めたが、未踏破のダンジョンの為、右も左も分からない。左右に扉がある通路を歩いていると、3つの別れ道がユウキを待ち構えていた。
「…どっちだろう?」
視界左端に見えるアスナのHPは、トラップに引っかかった時から全く減っていない。この層の適正レベルを超えている彼女が殺られる訳がないと思うが、それでも心配になる。アスナもキリトも、そしてライトもこの場には居ない。ユウキの心に不安と恐怖が再び押し寄せ、思わず胸の前で両手を握り締める。
「…大丈夫……きっと大丈夫!」
それでも、諦めてはいけない。自分に言い聞かせるように呟いたユウキは、まず左の道から調べようと歩き出した。すると、真っ直ぐに続く通路が緩く湾曲していた。
そこから先は、更に狭く薄暗くなっており、壁には他の場所に続く少し狭い通路が幾つもあった。だが、迷っている場合ではないと自分に言い聞かせ、ユウキは先を進む。暫く歩き続けると、分かれ道に繋がる通路の先から、淡い光が見えた。
「…なんだろう?」
気になった彼女は、その光を目指して通路の先に足を向けた。長さは思ったより短く、光の正体はすぐに分かった。そこは、正方形型の小部屋となっていた。しかも、正面の壁にはぽっかりと空いた通路が続き、4つの角には蝋燭の火が小部屋を照らしている。
ユウキがその小部屋を通り抜ける為、歩き出そうとした
ーーーその時
コツ、コツ、コツ
誰かが近付いて来る足音が聞こえた。ユウキは踏み出そうとした足を引っ込め、音がどこから聞こえるかを探る為、聴覚に意識を集中させる。小部屋から響いていると思い、彼女は足音の正体を考えた。
ーーーDKBかALSのプレイヤー、あるいは最前線を目指すプレイヤーか?ーーー
いや、それなら複数人のパーティーで行動している筈だ。ここは最前線のダンジョンの為、ソロで潜るのは少しリスクがある。ユウキは小さな違和感を抱き、フードを深く被って僅かに凹む壁に身を隠した。足音は段々と大きくなり、遂に1人のプレイヤーが姿を見せたが、正面の通路からではなく左側からだった。
つまり、通路は正面だけでなく、左側にもある訳だ。現れたプレイヤーはフードを目深に被っているので顔は見えず、シルエットしか分からないが、体格から推測するに男だ。右腰には鞘に収まった片手剣が見える。
「(ソロプレイヤー、かな?……っ…)」
他のプレイヤーは見当たらない為、彼は最前線のダンジョンに1人で来ているのか思い、壁から背中を離して声を掛けてみようとした直後、またも足音が聞こえた。音が響く方向からして、正面の通路からだ。ユウキは少し顔を出して、近付くプレイヤーを確認する。
正面の通路から現れた、もう1人のプレイヤーの姿が見えた。同じくフードを被って顔が見えず、左腰には刀身が緩やか弧を描く曲刀が見て取れた。
「……早いな?」
正面から姿を見せた男が、野太い迫力が篭った声を出した。すると、右腰に片手剣を吊るしたプレイヤーが少し低い声で応じた。
「兄貴の方は、少し遅かったみたいだな?」
「《奴ら》との話が長引いてな……それで、首尾は?」
「順調。もうちょっとで、DKBに《潜入》できるぜ!」
「っ!?」
片手剣使いが放った言葉に、曲刀使いはフードの奥で嫌な笑みを浮かべ、ユウキは驚きの余り耳を疑ってしまった。《潜入》するとは、一体どういう事なのかと、彼女は続きに耳をすませる。
「しっかし、DKBの入団審査ってのは、ちと面倒くせえなぁ……1次審査でスキル構成とか見られるから、怪しまれるかもと思ったぜ」
「その場合も、奴らからやり過ごせる技術は鍛えられているだろう?」
「まぁな。つかっ、兄貴はスゲェな。ヘッドの2人を《奴ら》なんて呼ぶかよ?」
ユウキは息を殺して、彼らの会話を盗み聞く。《ヘッドの2人》というのは、恐らく彼らを率いるボスの事だ。そして、《兄貴》と呼ばれる曲刀を装備したプレイヤーも、上の立場だと想像できる。
「奴らも俺の事をプレイヤーネイムで呼ばない、お互い様だ」
「それもそうか。けど、ヘッドの徹底ぶりは相変わらずスゲェな。本当に抜け目を潰していきやがる」
「ふっ……《種まき》…正にその言葉が当てはまるな」
すると、曲刀使いはフードの奥で、悍ましい笑みを浮かべた。ユウキは少し顔を出して、2人のプレイヤーを良く見ようとして漸く気付いた。曲刀使いの口元に、刃物で切られた切り傷がある事に。その刹那、ユウキの脳裏にライトの言葉が蘇った。
『一応は特徴を教えておく。武装は曲刀でフードを目深に被っているが、1番の特徴は、口元に刃物で切られた《切り傷》がある事だ』
たった数m先に立つ曲刀使いが、ライトを殺そうとした《ローテム》なるプレイヤーなのか。そして、彼と一緒に居る片手剣使いも、《黒ポンチョの男達》が率いる、アインクラッドで暗躍するPK集団の一味なのか。つまり、ライトとキリトが話したように、PK集団は4人だけではなかった。
しかし、彼女の心に大きな疑問が沸き起こる。
《何故こんな事をしているのか?》
第5層に上がった翌日に話し合った疑問が再び、彼女の胸の奥で渦巻く。彼らは一体何を企んでいるのか、何故こんな事が出来るのか、彼らのトップに立つ黒ポンチョの男達とは何者なのか。
突き止める必要があると思ったユウキは、剣の柄に手が触れそうになる。だが、ライトとの対人戦で剣を交える事が出来なかった自分が、彼らから情報を聞き出せるのか。そんな不安が彼女の胸を掠め、柄を握る事を躊躇させる。しかし、それが仇となった。柄を持とうとした右手が当たってしまった。
カツンッ!
「っ!!」
本当に僅かな音だったが、彼らの会話以外は全く音がしない空間の中で、その音は余りにも大きすぎた。
「…どうやら招かれざる客が居たようだ」
「っ!?」
唐突にその声が、ユウキの耳に届いた。瞬間、ソードスキル特有のサウンドエフェクトが響き渡り、彼女は無意識に壁から背中を外し、剣を鞘から引き抜いた。そして、体の正面で剣を構えた直後
ガアアァァァン!!!
「うわあぁぁっ!!?」
途轍もない衝撃がユウキを襲い、後方へ弾き飛ばした。その勢いで壁に体をぶつけ、体勢を崩してしまった。しかし、追撃が来る事を察知して起き上がり、素早く横にステップした。その直後、曲刀使いが剣を振りかぶって迫ってきた。
「くっ!」
振り下ろされた剣は空を斬り、ユウキはある程度の距離を取って《リュナイト・ソード》を構える。攻撃を仕掛けた男はダラリと曲刀をぶら下げ、その後からもう1人の片手剣使いも現れると、左手で右腰の得物を抜く。
「あ〜らら、さっきの話を聞かれちまったみたいだな。兄貴」
「のようだ。しかし、まさか奴の仲間だとは」
ユウキは剣を構えながらも顔を歪ませた。自分のミスで気付かれてしまった状況に、2対1ではまず部が悪い。闇雲に斬りかかっても、対人戦闘スキルは向こうが上だ。ライトと剣を交える事が出来なかった自分が果たして勝てるか。そう考えている間にも、2人がジワジワと距離を詰める。
「あんたにゃ悪いが、生きて返す訳にはいかねぇな」
「っ!?」
片手剣使いが自身の得物をユウキに向ける。
瞬間、彼女の体がビクリと震えた。アスナと逸れてしまい、探しに行くと決意したのも束の間、裏で暗躍するPK集団に追い詰められた。彼らは完全に自分を殺そうとしているが、ユウキは諦めていなかった。
「(嫌だ…死にたくない!)」
アスナと一緒に、目指すべき目標がある。こんな所で死にたくない一心で、ユウキは震える全身に力を込めて剣を握り直す。だが、そんな決意を嘲笑うかのように、2人は同時に迫ってきた。何時もの彼女なら素早く反応していたが、剣を向けられるという事実に、対応が遅れてしまった。
「ひっ!?」
誰もが《殺される》と分かれば、恐怖を抱くのは当たり前だ。ユウキは後方にステップする事で、何とか回避できたが、その後も追撃で追いやられる。何とか剣で防御するも2人がかりな為、防戦一方となってしまう。
「ふんっ!」
「かはあっ!!?」
上からの振り下ろしを防ごうと剣を横に倒したユウキだが、それは完全なブラフだった。曲刀使いがユウキの腹部に前蹴りを放ったのだ。視野が狭くなっていた彼女は、決定的な隙を作ってしまった。
「ひやっはぁぁっ!!!」
「あぐっ!?」
そして、決定的な隙を見逃さず、片手剣使いがソードスキル《スラント》を放った。反射的に愛剣で防御しようと試みたが、それは意味を成さず斬撃を受けてしまった。ユウキのHPは3割も削られ、武器を手放し床に倒れてしまった。
「…終わりだ」
倒れる彼女に剣先を突き付ける男が、低い声を発する。愛剣を手放し地面に横たわるユウキの心に、死の恐怖が押し寄せる。手足は震え、立とうという気力が湧いて来ない。死にたくないと強く望んでいる筈なのに、体が震えて動かない。その間にも、男は曲刀を振りかぶる。
「(…助けて…ライト!)」
ユウキの目尻に涙が浮かび、心の中でライトの名を呼ぶ。だが、そんなものは関係ないと言わんばかりに、男は曲刀を躊躇なく振り下ろす。もう駄目だと、ユウキがそう思い目を瞑った
ーーーその刹那
ズガアアァァァン!!!
「っ!?」
「んんっ!?」
「何だっ!? ぐはぁっ!!?」
《爆発》が起きたと言ってもおかしくない程の衝撃が、ユウキと曲刀使いの間に起こった。余りの衝撃に曲刀使いだけでなく、片手剣使いまでも弾き飛ばされた。突然の事に、一体何が起きたのか分からないユウキだが、目の前に立つ1人のプレイヤーを見た途端、心の底から安堵の気持ちが沸き起こってきた。
「おい…何をしている?……ローテム!!」
紺色のロングコートに長い茶髪、そして、最大の特徴たる緋色の瞳を宿した少年、ライトがユウキを庇うように立っていた。決して大きくない、むしろ小さい背中の筈なのに、彼女にはこれ以上ないほど頼もしかった。
ライトは片手直剣《エルブン・エンピレオ・ブレード》を構え、その剣尖を躊躇いもなく向ける。
「…邪魔が入ったか」
「兄貴、もしかしてこいつが例の…」
「そうだ…」
ライトの斬撃によって吹き飛ばされたローテムに、隣の片手剣使いが確認するように問う。すると、ローテムは軽く頷いてライトに話しかけた。
「…3層でデュエルを行って以来、か……貴様までここに来ているとは」
「そんな事はどうでも良い。何故ユウキを殺そうとした?」
「それを知ってどうする? どのみち、貴様らをおいそれと逃すつもりはない。俺達の計画に邪魔だからな」
「そうか。ならば、オレも容赦はしないぞ!」
今までに聞いた事もないドス黒い声で話すライトは、纏う雰囲気も何時もと全く異なっていた。そして、ローテムの雰囲気も一変し、両者の間に見えない《殺気》が渦巻いていた。それこそ、ローテムの隣に立つ片手剣使いが冷や汗を掻く程にだ。
対峙する2人は、今にも斬りかかりそうだ。お互いが相手の姿を視界に捉え、何時でも迎撃できるように構えていた時だった。
『おい、まだ追って来やがる!』
『ヤバいですねぇぇぇ!!』
「「「「っ!?」」」」
通路の奥から2種類の声が聞こえた。1人は甲高い声で、もう1人は剣呑な雰囲気にミスマッチな、子供っぽい明るい声だった。この場の全員が反射的に声の主に視線を向けた。すると、そこから2人のプレイヤーが走って来ていた。どちらもフードを被っているが、何かから逃げているようだ。
「モルテ、何をしている?」
「あっ、兄貴。ヤバいですよ、逃げて下さーい!」
モルテと呼ばれたプレイヤーが、緊張感のない声でそう言ってきた。すると、前に立つライトが急に身を翻したと思えば、ユウキを両手で抱き上げた。
「ちょっ!?」
「しっ!」
思わず声が出そうになったが、ライトが静かにという合図を送った。ユウキが頷くのを確認すると、彼は一気に走り出し、リュナイト・ソードを拾い上げ、狭い通路へ逃げ込んだ。
『っ…兄貴、逃げられちまう!』
『ちっ……行くぞ、これでは追うどころじゃない!』
『ほらほら、速く行きますよー!』
『クソッ!』
通路に逃げ込んだライトは、大きく窪む壁を見つけると、ユウキを壁に密着させて彼自身も装備しているコートで覆い、すぐに《隠蔽》スキルを発動させる。僅かに見える隙間から覗くと、4人のプレイヤーが走って逃げ去り、直後に大量のモンスターが彼らを追いかけていった。恐らく、後から来た2人が引き連れて来たのだろう。
暫く隠れ続けていると、モンスターの足音は消え去り、無音の静寂が広がった。すると、《隠蔽》スキルを発動させていたライトが、周囲に警戒しながらハイティングを解き、ユウキから離れようとした。
「大丈夫みたいっ…ユウキ!?」
しかし、ユウキは無意識にライトのコートを掴み、思わず彼の胸に飛び込んだ。同時に、再び彼女の体が震え始め、嗚咽と共に涙が溢れ出てくる。
「…ぐすっ……怖かったよ…ぐすっ」
大粒の涙を流しながら、ユウキは静かに囁く。
「オバケが出て、アスナと逸れて…あの人達に見つかって……もう駄目だって、こんな所で死んじゃうじゃないかって思って……怖くて…凄く怖くて…ボク、ボク…」
震えが、涙が止まらない。ユウキがライトの胸の中で震え、嗚咽を漏らし、涙を流し続けていると、不意に何か包まれる感覚を覚えた。ライトが両手で彼女の背中に腕を回し、優しく抱き締めていた。
「ごめん、遅れて……でも、もう大丈夫だ! もしまた危険な目に遭っても、必ず探し出してみせる。絶対にだ!!」
その優しい声と言葉だけで、ユウキの震えはピタリと止まった。心に巣食っていた恐怖も不安も消え去り、ただただ安らぎだけが残った。ライトのコートから手を離し、ユウキもまた彼の背中に手を回して小さく頷いた。
「……うん」
どうにか助け出せたライトでした。
そして、3層で登場した剣を交えた宿敵、ローテムが再び現れました。キリトがアスナを探しに行った裏側で、こんな展開が起きていた感じです。
次回は、SAOには欠かせない《お風呂》での一幕です。