明らかになったALSの抜け駆け作戦を未然に防ぐ為、ライト達が動き出します。そして、ヨフィリス子爵から受け取った伝説の剣《ソード・オブ・カイザー》に隠された秘密が明らかになります。
「毎度あり!」
頭に白く細長い帽子を被った料理人改め、NPCの男性が微笑みと共に謝意を口にする。「ありがとう」と礼を言ったライトは、お皿に乗った渦巻き状のスポンジに、バナナ味のクリームがたっぷり塗られたケーキを持って席に戻った。
ライトがキリトの隣に座って、フォークで一切れ食べようとした直後
「…気になるわね?」
「うん!」
その声に反応して、少年達が向かいに座る少女達を見ると、2人は何かを考えている様子だった。すると、アスナの口から突拍子もない言葉が出た。
「あの2人、付き合ってるのかしら?」
「「…はっ?」」
キリトとライトが揃って間抜けな声を出したが、アスナは真剣な様子で続ける。
「だって、馴れ初めとかその後の経緯とか、サラッと流されちゃったし」
「ボクも気になるな。あの2人、すっごいお似合いだもん!」
ユウキがまるで、自分の事のように嬉しそうに語ると、アスナも微笑ましい顔をする。だが、それは気にする話題ではないので、ライトは聞く側に徹しようと思った。
「まぁ、付き合ってるんじゃないのか? あの真面目な陸上部員が《リッちゃん》って呼ぶんだから」
《陸上部員》というのは、キリトがシヴァタに対して勝手に呼んでいるニックネームだ。勿論、本人の目の前で言った事は1回もない。因みに、シヴァタとリーテンは既に自分達のギルドへ戻っている。
一体どこに《陸上部員》の要素があるのかと思っていると、ユウキが驚いた様子で声を掛けた。
「キリト、何でシヴァタさんが陸上部員だって知ってるの?」
「いや、俺の勝手な想像だよ」
「2秒くらい信じちゃったじゃない!?」
アスナが眉を吊り上げて口調を強めながら言うが、それもバナナロールを食べるまでで、フォークで一口サイズに切り分けて口に運ぶと、途端に顔を綻ばせる。すると、キリトが独りごちた。
「でも、この世界で付き合ってるって、具体的にどういう状態だろう?」
「…どんなって、向こう側と同じでしょ?」
アスナは何の疑問も持たず、当然と言った様子で答えたが、キリトはどこか気まずそうな顔で続きを話す。
「でもさ……あっち側と同じような事は出来ないと思うんだよな」
「それって……《ハラスメント防止コード》の事、だよね?」
ユウキは声量を小さくして呟いた。
キリト曰く、その話題はSAOスキルの中でも1番気まずいと言われている。聞き側に徹していたライトが、防止コードの存在を思い出していると、何故かアスナが顔を赤くして、キリトを睨みながら話を再開した。
「…確かに、その、相手と触れ合ったりとかは出来ないけど……それがなくても、お付き合いは出来るでしょ?」
「そうだけどさ……何だか条件が曖昧なんだよな。前までは事前にこっちに警告が飛んできたのに、今回はいきなり強制転移ウインドウが出たから、ちゃんと検証した方が良いんじゃないかな」
ボタン1つで黒鉄宮に強制転移される事を考えると、キリトがそう言うのも無理ないかと、ライトが考えていると、再びアスナが口を開く。
「なら、あの時イエスを押してれば、検証できたのに」
「いえ、遠慮します!」
キリトがフルフルと首を振って答えると、アスはがもう一睨みしてからケーキを頬張る。すると、今度は隣に座るユウキが話し出した。
「う〜〜ん、ボクもロモロおじいちゃんの家で休んでた時、転移ウインドウは出てたけど、ライトもやっぱり警告は出なかったんだよね?」
聞き側に徹しようと思っていた矢先にそう訊かれ、ライトはため息を飲み込んで短く答えた。
「そうだ。キリトと同じく、オレにも警告やショックは無かった」
「…じゃあやっぱり、正式サービスでこの部分も変更されたのかな?」
「考えられなくはないけど、そこまで変える必要あるか?」
「そうね。キリト君の話じゃ、転移ウインドウが出る前に警告やショックが起こるって言うんだから、わざわざ変更する必要はないわね?」
男性プレイヤーが女性プレイヤーに接触し続けると、警告とショックが起こる事を殆どのプレイヤーが知っている筈だ。結局、不埒な行為はこの世界で試みるだけ無駄だが、茅場 晶彦が更なる変更を施すとは考えにくい。そんな事を考えていると、唐突にユウキが思い出したように言った。
「そうだ! ライト、あの時は転移ウインドウは出なかったね?」
「…あの時?」
ユウキが口にした《あの時》とは何だと思っていると、彼女自身がその答えを教えてくれた。
「あれだよ、地下墓地でボクがPK集団に襲われた時、ライトが助けてくれて、その後……ライトが…」
そこで彼女の声が途切れたので目をやると、ユウキが頬を赤く染めて縮こまっていた。その反応に、ライトは地下墓地での出来事を思い出した。ローテムと対峙した事が1番強く記憶に残っていたが、その後の……涙を流して震えるユウキを抱き締めた時の事だと分かった。
「あ、ああぁ……そう、だったな」
自分と同い年ぐらいの少女を抱き締めた事など、現実世界では1度もない。あの時は本当に、ただユウキが無事だった事に安堵し、彼女が震えていた為、思わず抱き締めてしまった。脳裏にその光景が蘇り、恥ずかしくなる一方で、良くそんな事が出来たなと内心で苦笑していると、頬を赤く染めるユウキに、アスナが声を掛けた。
「ユウキ、どうしたの?」
「な、何でもないよ!」
ユウキは思わず、答えを濁した。ライトの隣では、キリトも不思議そうな顔をしている。PK集団の一味であるローテムにユウキが襲われた事は話したが、彼女を抱き締めた事は話していない。説明する事も恥ずかしい上に、アスナからどんな目で見られるか分からない。
「まぁ、システム的な変更が施されていても、今のオレ達には確認する術が無いだろう?」
気分を切り替えようとしたライトの言葉は最もだった。
「まぁそうだけど、謎だよな。4層の時は2人が寝てたからか?」
「それはないでしょ。寝てる間にウインドウを出されても、押せないんじゃ意味ないし!」
「それこそ、男の人の方に警告やショックが出るのが必要だよ!」
いきなり強制転移ウインドウが出現すれば、後はボタンを押せば良い話だが、ロモロ老人の時のように寝ている状態なら、そのボタンも意味を成さない。
「ご最も……そうだ、今度シヴァタに訊いてみるか」
「…何を訊くつもりだ?」
キリトがあの《陸上部員》に何を訊くのか、訝しい顔をしながらライトが問いかける。すると、彼はさもナイスアイデアを披露するかの如く語った。
「もしあの陸上部員がリーテンに物理的な接触を試みてるなら、必然的に防止コードの条件は割れてる筈だろ?」
刹那、2方向から銀色の光がシュバッと音を立てて、キリトの鼻先に迫った。目をやれば、アスナとユウキが立ち上がって、彼にフォークを向けていた。
「そんなデリカシーのない質問、絶対に駄目だから!」
「そうだよ、あの2人に失礼だよ!」
「わ、分かりました」
2人が落ち着いてフォークをテーブルに戻すと、キリトは椅子に背中を預けて話を続ける。
「う〜〜ん…後はもう、プレイヤーによって発動条件が変動するくらいって事しか思い浮かばないなぁ」
「発動条件が変動……そんな事があり得るのか?」
「例えば、初対面のプレイヤー同士だと防止コードが発動しやすいけど、関係が深まるにつれて条件が引き下げられる…って事だけど、そんな精神的距離感をパラメーター化してる方法は見当も付かないな」
キリトはそう言うと、フォークでロールケーキを切り取って口へ運ぶ。SAOの世界を制御しているシステムの構造は想像も付かない程に複雑な筈だが、その全てを茅場 晶彦が操っているとは思えない。《ハラスメント防止コード》も、その1つだと思考していた時だった。
カラン、カラーン!
店のドアベルが鳴り響き、4人の視線が音の発生源に向けられる。入ってきたのは、頬に3本ヒゲが描かれた情報屋のアルゴだった。
「おいーっす」
どこか疲れた様子で現れ、そのままユウキの隣に座る。手早く店主のNPCに、3倍厚切りロールケーキを注文して一息つく。
「オレっちを無理やり呼び出したからには、ボスクエより重要な情報なんだろーナ、キー坊?」
「あぁ、ALSが抜け駆けを計画した理由が分かったんだ!」
キリトの口から聞かされたアルゴは目を丸くすると、疲れた顔に一気に正気が戻った。
「おい、ホントか? オイラの情報網にもまだ引っかかってないのにやるじゃないカ?」
「それが、ちょっと意外なんだよなー」
途端、アルゴが不思議そうな表情を作って、キリトに聞き返した。
「…何がダ?」
「アルゴなら、β時代に5層のボスからドロップした、ヤバめなアイテムを知ってるかと思ってな?」
「……ヤバめ?」
そこまで言うと、情報屋は腕を組んで自身の脳内記憶を探り始めた。しかし、暫くすると両手を挙げて降参した。
「悔しいけど思い出せないヨ。でも、ちょこっと言い訳すると、オイラはβ時代は情報屋じゃなかったシ、第5層ボス戦にも参加してなかったからナ!」
「ありゃ、そうなのか。なら、勿体ぶらずに言うけど……ALSが狙ってるのは《ギルドフラッグ》だ!」
「フラッグ? 何でそんなモノを?」
旗というものは武器ではなく、単なる棒と言って良い。現実世界でなら、《棒術》を会得している者も居る筈だが、ゲームの世界は武器によってダメージ力が決まっている。そう、単純に《攻撃力》だけを見るなら。
「武器として見れば、攻撃力は最低クラスのロングスピアさ。でも、こうやって旗を地面に突き立てる」
右手に持つフォークを旗に例えたキリトは、テーブルに対して垂直に突き立て、その真価を話し始める。
「そうすると、確か半径15m以内に立つギルドメンバー全員に、ATK、DEF、対阻害上昇の効果支援が掛かるんだ」
「…なん…ダト」
3本ヒゲの情報屋は目を丸くして掠れ声で呟くと、途端に興奮気味にキリトに顔を寄せて早口に質問を連発する。
「そ、その旗を持ってるプレイヤーは移動できるのカ?バフの効果時間は?人数に上限はないのカ?」
「えっと、1つ目の答えは半分イエスだ。移動する時に旗を地面から離すと、バフはそこで消えるけど、突き立てるとまた発動する!」
「…フム」
アルゴは腕組みをしながら、キリトの説明に耳を傾ける。
「2つ目の答えは、旗を立ててる限りずっと。最後の答えは、ギルドメンバーなら上限なし!」
「…フムムム」
腕を組んで唸る情報屋の元に、3倍厚切りロールケーキが運ばれてきた。アルゴはフォークで切り取ると、それを口へ運ぶ。
「それは激ヤバだナ、キー坊。システム的なスペックもだけど、両ギルドの指揮の影響が高そうダ」
「…キバオウが抜け駆けに踏み切るのも、頷けるな」
2人の言う通り、システム的なスペックが破格なら、それを手にしたギルドの指揮は上がり、一方は劇的に下がる。現状で不仲と思われるギルドが、たった1つのアイテムで更に深刻な関係になるのは避けたい。PK集団の思惑を防ぐ為にも、どうにか解決策を練る必要がある。
「随分と静かだナ、ユーちゃん、アーちゃん、ラー坊」
「えっ……そう…かな?」
「いえ、何でも!」
ライトが思考を巡らせていると、アルゴが声を掛けた。ユウキとアスナも何かを考えていたのか、情報屋の呼びかけで、ケーキを食べ始める。
「しっかし、あのトゲトゲ頭、どこからそんな情報を掴んできたのかネ。オイラも知らない情報を先に掴まれたのは、正直ショックだヨ」
「そりゃ、元βテスターは、俺達だけじゃないからな」
ギルドフラッグの情報源は、PK集団からの可能性が高い。奴らの中には、βテスターも存在している為、キリト達が知らない情報があっても不思議はない。
「それもそうだナ。しっかし、そんな激ヤバアイテムがドロップするなら、ALSを説得するのは無理かもナ」
「あの、考えたんだけど…」
そこで、ケーキを食べ終えたアスナが口を開き、全員の視線が集中する。
「いっそ、フラッグの情報をDKBにも共有させたらどう? リンドさんから、公平な分配方法を提案して貰ったら…」
「…悪くないアイデア…だと思うけど」
しかし、キリトは頷く事はなかった。
「リンドも話せば分かる奴だし、ALSと話し合う事が出来るかもしれない……ただ、ギルドフラッグを共同管理するのは不可能だ。一旦ギルド名を登録すれば、もう変更は出来ない」
強力なアイテムは、必ずしも万能という訳ではない。RPGなら、その手の話はお決まりだ。多くのユーザーが集まるゲームで、1人だけが万能すぎるアイテムを使用すれば、揉め事が起きるのは目に見える。
「だろうな。そもそも、ギルドフラッグが万能なアイテムなら、こんな問題は起きない……結局、話し合いを行っても無駄だろう」
「そんなっ!? 何か、方法は無いの?」
ユウキの問いに、誰も口を開く事が出来なかった。
2つのギルドは、抱える思想が根本から違うからこそ、互いに相容れない。嘗て無い程の試練が、5人の前に立ちはだかった。ALSを説得するのも不可能、話し合いでの解決策も見つからないと、ライトが顔を伏せていた時、唐突に《ある男》の言葉が脳裏に蘇った。
ーーー後は…頼む。ボスを…倒して…くれーーー
第1層のボス戦で、初の攻略組の指揮を務めた《騎士ディアベル》が残した言葉だ。説得も話し合いも出来ないのなら、どこよりも先にボスを倒すしかない。しかし、この場に集まる5人だけでは無理だ。すると、隣に座るキリトが声を掛けた。
「ライト、第1層のボス戦で、ディアベルが遺した言葉を覚えてるか?」
彼の問いかけに、何を考えているのか、何となく想像が付いた。そして、決して冗談を言っている訳ではないと、キリトの瞳が訴えている。
「…本気か?」
「あぁ……ボスを倒そう」
キリトの宣言に女性陣が唖然としていると、アルゴが残っていたケーキにフォークを突き刺して、モグモグと食べ終え、小さく問いかけた。
「それは、この5人でって事カ?」
「まさか!」
4層のボスでさえ、キズメルとヨフィリス子爵が加勢して、漸く倒せたのだ。たった5人だけで勝てるとは思えない。それを理解しているアスナが、怪訝な表情を浮かべる。
「なら、誰に協力を頼むの?」
「えーっと……まず、エギル組の4人だろ、それとネズハも協力してくれるかも…」
「…もしかして、それで終わり?」
キリトの言葉が途切れた途端、ユウキがそれだけと聞き返す。すると、彼は助けを求めるように、アルゴへ視線を移した。
「アルゴさん、誰か心当たりは?」
「無茶言うなヨ、キー坊。フロントランナーを目指して頑張ってるプレイヤーはチェックしてるけど、有望株だからこそ、危険な任務には誘えなイ」
ゲームオーバーが死に直結する状況で、レベルも経験も未熟なプレイヤーを参加させれば、どうなるかは想像に容易い。不測の事態に対応できず、死んでしまう。
「そうだよな……ネズハが協力してくれたら、合計で10人。後2人、最低12人集まれば…」
「いやいやいや、2パーティーでも厳しいでしょ!? 4層のボスも、キズメルとヨフィリス子爵が協力してくれたから倒せた、そう言ったのはキリト君よ!」
「アスナの言う通りだよ!それに、5層のボスは4層のサカナウマよりも強いんじゃないの!?」
階層が進めば、モンスターの強さも上がる。それは、フロアボスも例外ではない。更に、今までのボスと同様、βとの変更がある筈だ。たった2パーティーだけでは、勝てる筈がないと思われる。しかし、キリトは特に慌てる素振りは見せなかった。
「確かに、数値的な強さで見れば、区切りの第5層ボスは強敵だ。でも、ATKとDEF、HPだけがボスの強さじゃない。βとの変更が無ければ、12人でも攻略法はある……それに…」
すると、そこで言葉を区切ったキリトが、隣に座るライトに視線を移した。すぐ横からの視線に気付き、ライトもキリトを見返す。そんな2人の様子に訝しさを覚えた3人は、懐疑的な目を向ける。
「何か勝算があるのカ、キー坊、ラー坊?」
アルゴが低い声音で問いかけると、キリトが間を置いて小さく頷いた。途端、ユウキ達が目を剥いた。たった12人でボスを倒すからには、何か作戦が無ければ出来ない。3人は目線で、キリトが考える《勝算》を訊ねる。
「この作戦成功の鍵を握ってるのは、ライトだ!」
「「「っ!?」」」
キリトの言葉に、少女達の視線が一気にライトに向けられる。何故、彼がこの作戦の鍵になるのか、3人は詳しい説明を求める。
「キリト君、詳しく説明して!」
「ライトが作戦成功の鍵って、どういう意味?」
「オレっちも分からないゾ、キー坊」
3人からの追求に、キリトは再び隣に腰掛けるライトに目をやった。すると、ライトは唐突にウインドウを出現させ、《クイックチェンジ》の欄をタップした。途端、背中にあった剣が消えて、彼の右手に大剣が現れる。
「ライト、その剣って…」
「あぁ、城主ヨフィリスから頂いた物だ」
重厚感のある輝きを宿し、刀身の長さと幅が大きく、鍔と柄頭に緋色の宝石が埋め込まれた剣《ソード・オブ・カイザー》が姿を見せた。初めて見るアルゴは、その剣に目を見張った。
「随分と大きい剣だナ、ラー坊?」
ライトの嘗ての愛剣《アニール・ブレード》と比べても、その大きさは一目瞭然だった。しかし、その剣が出現したからと言って何なのかと、3人が思っていた直後、視界の端に映るライトのHPバーに、3つのアイコンが灯った。そして、ウインドウを開いてステータスタブに移ると、3つのアイコンをタップし、女性陣に見せた。
「な、何これ!?」
「嘘でしょ!?」
「オイオイ、マジかヨ!?」
点灯したアイコンを確認した瞬間、ユウキ、アスナ、アルゴが驚きの声を上げた。ライトは小さく頷き、ゆっくりと語った。
「あぁ。見てもらえば、これはかなり強力な武器だ」
彼のHPバーに灯るアイコンは、《ATK上昇》《スタン耐性上昇》《スキル硬直時間半減》の3種類だった。これらは、かなり強力なバフだ。3種類が揃っただけで、戦闘を行う上で全く隙がない。
「もしかして、ライトがフィールドボス戦で、その剣を使わなかったのは…」
「あぁ。攻略集団の前で、こんなアイテムを持ってるなんて知られたくなかった」
第5層の攻略やフィールドボス戦時、ライトは《ソード・オブ・カイザー》を使用せず、森エルフの副官が使っていた《エルブン・エンピレオ・ブレード》を装備していた。1人だけ3種類もバフが付与されるプレイヤーが居れば、目立つのは当然な上に、2大ギルドの連中が黙っていない。すると、途端にアルゴがライトに顔を近付ける。
「ラー坊、その剣は具体的にどんな性能を持ってるんダ!?」
情報屋としては、強力なレア武器が目の前にあるとなれば、詳細な情報を求めるのが必然だ。一方、ライトは彼女の反応に苦い表情をしていたが、これから一部のプレイヤーには知られてしまう為、それが少し早まっただけの事だと考え、全員に話した。
「見ての通り、装備したプレイヤーに3種類のバフが付与される。そして、それらは装備を解除しない限り、消える事はない。更に言うと、STRとAGIに+10のマジック効果が付与される」
その言葉に、キリト以外の3人が目を見開く。3種類のバフだけでなく、筋力値と俊敏性も上昇する効果があるなら、ギルドフラッグと同等の性能を持つと言える。そして、たった2パーティーだけでも、この剣を使えば攻略も不可能ではない。すると、ユウキが真っ直ぐな瞳でライトを見据え、低く問いかけた。
「…何で話してくれなかったの?」
ライト以外で知っていたのは、恐らくキリトだけだ。しかし、パーティーを組んでいる少女達はいま聞かされた。アスナもユウキ同様、目を細めて黙っていたキリトを見据える。
「情報はどこから漏れるか分からない。この剣の性能を見てから、本当に危険な状況しか使わないと決めたのさ」
「俺がライトから聞かされたのは、地下墓地でアルゴを探してた時だったからな。それに、この2日間も色々と大変だっただろ?」
2日前の夜は第5層の地下墓地で、アスナとユウキがPK集団に襲われ、その後はフィールドボス戦が行われた。それを考えると、話すタイミングは無かったかもしれない。少女達は表情を厳しくしながらも、納得した様子だった。
「兎に角、ライトの剣があれば、作戦次第でボス攻略も不可能じゃない」
「待ってよ、キリト君!」
すると、キリトの言葉をアスナが遮った。
「確かにボスを攻略できるかもだけど、まだ2人足りないんだよ?それに、エギルさん達やネズハも、手伝ってくれるか分からない」
「アニキ軍団に断られたらお手上げだよ。その時はリンドに事情を説明して、話し合いで解決して貰うしかない。足りない2人は…」
キリトはそこで、深く思案する仕草を見せると、ゆっくり口を開いた。
「シヴァタとリーテンに頼もう」
「「…ええぇっ!?」」
その言葉に、アスナとユウキが同時に目を見張った。
「無理だよ、あの2人はDKBとALSのメンバーなんだよ!?」
「いや、良い案かもしれない」
ギルドに所属している為、ユウキは作戦に参加できないと思った。アスナもまた同じ意見の様子だが、ライトは彼の案を否定しなかった。
「あの2人は、ギルド間の融和を考えたからこそ、パーティーを企画した。だったら、予定通り開催する為に、オレ達が立てた作戦に参加してくれる可能性は高い…そうだろ、キリト?」
シヴァタとリーテンの目的は両ギルドの融和な為、それを交渉材料にすれば、参加する可能性は高い筈だ。すると、その話を聞いたアルゴが興味深そうに口を開く。
「ほほー? リーテンってのは、最近ALSに入ったフルプレッコだろ? あの子とDKBのシヴァタが……そいつはオレッチも知らなかったナァー」
「駄目よ、アルゴさん。その情報を売ったりしたら」
情報屋アルゴは、基本的に価値ある情報なら何でも売る。それがモットーであり、彼女に対しては慎重に話を進める必要がある。
「ニャハハハ、分かってるサ。でも、ラー坊の言う通り、2人がそう考えてるなら協力してくれるかもナ。愛の力は、ギルドの規律よりも強し、だからナ」
思わず言葉を失う4人だった、キリトが本筋を戻して締め括ろうとする。
「まぁ、シヴァタとリーテンが参加してくれたら、合計で12人の2パーティーが出来る。勿論、最初の偵察もしっかりするつもりだ」
「ちょっと待って!」
しかし、ユウキが作戦の内容に待ったを掛けた。
「もし仮に、2人が作戦に参加してくれても、それがギルドにバレたらどうするの? 最悪、除名処分とかになったら、どうフォローするのさ?」
別々のギルドに所属していると言っても、両者が自分達のギルドを裏切るこの作戦は、かなりリスクが高い。リーダーの耳に入れば、シヴァタとリーテンはどうなるか分からない。
いや、リーテンはもっと酷い事になるかもしれない。抜け駆け作戦を阻止するのは、間違いなくギルドを裏切る行為だ。追放されれば、攻略を進める上で安全性は絶望的になる。そして、それを見て見ぬ振りするのは許されない。すると、キリトが軽く息を吐いて答えた。
「エギルの所はまだ4人だから、俺達から入れて貰えるよう頼む。それが駄目だったら、俺達のパーティーに誘う」
彼がそう答えると、少女達は一瞬キョトンとした顔になったが、すぐに笑みを浮かべた。ライトも同様に、それ以外の解決策が思い付かなかった為、反対しなかった。
「ライト、ネズハにメッセを送ってくれ」
「それは良いが、この層に居ない可能性が高いぞ?」
「それなら、転移門で下の層に降りて連絡するしかないさ?」
この場の全員は、ネズハとフレンド登録をしていない。インスタント・メッセージしか連絡を取る方法がない為、5層に居ないと送っても意味がない。ライトは駄目元で、ネズハにメッセージを送ってみた。
すると、5分と経たずにネズハから返信が来た。その内容を確認したライトは、途端に軽い笑みを浮かべた。
「運が良かったな。ネズハは今、この層の主街区で遺物を拾ってるだと」
「よし、なら早速、会いに行こう!アスナとユウキは、エギルとシヴァタとリーテンに連絡を取ってくれ、俺達より説得スキル高いだろ?」
「そ、そうだっけ?……って、そんなスキルないじゃない!」
キリトの言い分に、アスナは膨れっ面で叫ぶ。だが、そんな彼女をユウキが宥め、一緒にキーボードに文章を打ち込んでいく。すると、今度はアルゴが話しかけた。
「キー坊、ラー坊、オイラは何をすれば良いんダ?」
「アルゴはポーションの買い出しを頼む。コスト度外視でいくから、高いのを買っといてくれ!」
そう言うと、キリトとライトはウインドウを開き、アルゴにありったけの金額を送信して、喫茶店から飛び出した。
「そのまま向かっても良いけど、地下トンネルを使えばもっと速く着けるから、そっちを行こう?」
「あぁ。時間短縮できるなら、それに越した事はない」
キリトとライトは走り出し、マナナレナとカルルインを結ぶトンネルを駆け抜ける。モンスターを倒して進み続け、待ち合わせ場所の広場を目指す途中、ライトはボス攻略戦に思案していた。
本来なら、たった12人だけでボス戦に挑むなど、完全な自殺行為だろうが、ALSにフラッグを渡す訳にはいかない。今後の攻略を考えると、キリトが立案した作戦が最善と思える。そして、犠牲者を出さずに成功させる為、切札の大剣も使う。
だが、《ATK上昇》《スタン耐性上昇》《スキル硬直時間半減》に加えて、STRとAGIに+10のマジック効果。これだけの性能を持っていながら、何の《リスク》も無く使える筈がない。ファンタジー世界にありがちな、《強力な力には代償が付き物》だ。
そのリスクは、キリトにも話していない。そして、持ち主であるライトですら、扱うのを躊躇ってしまう。何故なら、ヨフィリス子爵から受け取った剣《ソード・オブ・カイザー》は正に、諸刃の剣だからだ。
持ち主が剣を装備している最中は、攻撃力ともに機動力が上昇する。しかし、それと引き換えに、使用者の《防御力》を低下させる。つまり、攻撃を受けた際のダメージ量が、何時もより多くなるのだ。
このリスクを話せば、ユウキやアスナだけでなく、立案者のキリトまで反対して別の作戦を立てる可能性がある。だが、もう時間はあまり残されていない為、別の作戦を立てるのは不可能だ。そして、人数も12人以上は集める事が出来ない。
そんな事を考えていると、約束の場所に到着していた。辺りを見回すが、ネズハの姿は見えない。暫く待つ事になるかと思っていると、少し遠くから足音がして、次に声が届いた。
「ライトさん、キリトさん」
「「っ!」」
2人が振り向いた先には、見知った顔が近付いていた。第2層で出会った元鍛治屋の彼は、2人の前で立ち止まると、いきなり頭を下げながら言った。
「ご無沙汰してます、お会い出来て嬉しいです!」
「久しぶりだな、《ナタク》」
頭を小さく下げる彼に、ライトが声を掛けた。すると、ナタクと呼ばれた彼は、頭を起こして笑顔で口を開いた。
「ネズハで良いですよ、仲間達にもネズオって呼ばれてますし」
それを聞いた2人は、さりげなく周囲を見渡したが、メンバーの《レジェンド・ブレイブス》の姿は見当たらない。それに気付いたネズハが、事情を説明した。
「ギルドのみんなには、先に街に戻って貰ったんです」
「成る程……急に連絡して悪かったな」
「いえいえ。それでどうしたんですか、お2人して?」
すると、要件を問いかけるネズハの腕を、キリトが引っ張って広場の片隅に移動させる。そして、周囲のプレイヤー達から十分に距離を取ると、声を潜めて話す。
「実は、ちょっと頼みたい事があるんだ」
「…僕に出来る事なら、何でも」
「なら、遠慮なく……これから一緒に、第5層のフロアボスを倒しに行こう」
その瞬間、ネズハの両目がまん丸となり、口から絶叫が溢れそうになったが、それより早く、ライトとキリトがネズハの口を塞ぐ。
「んぐ〜〜〜!!?」
ネズハが叫び終えるのを待って、2人は手を離した。ネズハは息を荒げていたが、落ち着きを取り戻して口を開く。
「ど、どういう事ですか!? フロアボス攻略は、2大ギルドの人達が主導してるんでしょう、彼らの了解は得てるんですか?」
「ううん、全く」
「ま……」
キリトの返答に、ネズハは思わず絶句してしまった。そうなるのも当然だが、今はどうしてもこの作戦を遂行する必要がある。だからこそ、ライトは真剣な表情で、口調で語り出した。
「今回は、2大ギルドよりも先に、フロアボスを倒す必要があるんだ……このデスゲームが、何時の日か必ずクリアされる為に!」
「君に危険な事はさせない。タイミングを見て、後ろから攻撃するだけで良い」
それを聞いたネズハは、右足にセットされている円形の武器に手を添えた。第2層の宿で、ライトが渡した投擲武器のチャクラムを握ると、見定めるかのような視線を送った。
「…ライトさん」
「何だ?」
「本当に第5層ボス戦が、そんなに重要なんですか?」
ライトに向けられたネズハの瞳は、今まで見た事がない程に真剣な色を宿していた。ライトは間を置いて、はっきりと頷いた。
「そうだ。SAOの未来が、この戦いに懸かっているんだ」
緋色の瞳が、ネズハを真っ直ぐに見詰める。お互いの視線が交差する中、ネズハは覚悟を決めた表情を浮かべた。
「分かりました、宜しくお願いします!」
「「っ…」」
ネズハは引き受けてくれた。危険な作戦にも関わらず、自分達の言葉を信じ、協力してくれると言った。
「お急ぎのようですから、事情は移動しながらにしましょう。道案内をお願いします!」
「…任せろ!」
「よし、行こう!」
キリトの掛け声に頷き、3人は移動を開始したのだった。
正に諸刃の剣《ソード・オブ・カイザー》のデメリットが明かされました。デメリットの案は幾つかありましたが、それだと何だかライトが無双状態になるかもと思ったので、《防御力低下》を選びました。
そして次回、いよいよフロアボス戦に入ろうと考えております。