SAO another story   作:シニアリー

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長い期間、空いてしまいした。

ですが、今回で第5層《冥き夕闇のスケルツォ》が終了します。この章は今までよりも長く、ライトとユウキの進展も書きたかったので、どのように締め括ろうとかと悩みました。

そして、タイトル通りですが、不穏な影が4人に迫り始めました。


動き出した黒幕

 

石造りの螺旋階段は意外にも先が長く、天井を抜けてもまだ続いていた。複数の足音を聞きながら、ライトは第6層に続く階段を登っていた。天井を突き抜けた先は、かがり火が行く手を照らしてくれる。先を進むプレイヤー達の談笑を耳に、ライトは振り返って下層に目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボス戦が終わり、予想通りフロアボスは強力なアイテム《ギルドフラッグ》を落とした。詳細な能力を調べようと、オブジェクト化してみる。《プロパティ・ウインドウ》を開くと、キリトが話していた通りの強力すぎる性能を誇っていた。

 

残り数十分で、ALSが到着する筈なので、ライトは彼らと交渉しようと残るつもりだった。しかし、そんな彼にキリトが声を掛けた。

 

『ライト、お前はみんなと一緒に6層に登れ!』

『っ…キリト?』

『交渉は俺がやる。この作戦を決行したのは俺だから、そのけじめをつけないとな!』

 

その瞳には、確固たる決意が見えた。レイドを纏めたリーダーとして、責任を果たす義務が自分にあると言った。だがそれを言うなら、賛成した自分にもあると、ライトは思っていた。

 

『なら、それはオレも同じだろ?』

『ここは俺に任せてくれ。またお前に、辛い役目をさせたくないんだ』

 

その言葉に、ライトは押し黙った。交渉は恐らく、それなりの危険が伴うと、キリトは予想したのだろう。だからこそ、自分が引き受けると言ったのだ。そして、彼が口にした《また》という言葉に、ライトは何も言えない。《ビーター宣言》をさせてしまった事を、まだ引きずっていると思われる。

 

『……分かった、頼む』

『…おう!』

 

彼を信用して、ライトは任せる事にした。そして、階段を上ろうとするエギル達を追いかけたが、アスナは残ったままだ。それに気付き、声を掛けてみる。

 

『アスナ、行かないのか?』

『…私も残るわ。キリト君1人だけだと心配だもの。ライト君、ユウキ達と先に行ってて』

『……任せた』

 

ライトは小さく頷き、階段へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段を登り終えた一行を出迎えたのは、緑豊かな草原とその奥に見える森だった。一瞬、あの森を抜ける必要があるのかと思ったが、それは取り越し苦労で、すぐ右手に高さ30m程もある白い壁が見えた。恐らく、あれが6層の主街区だと判断できる。

 

「みんな、あれが主街区の街《スタキオン》だヨ!」

 

アルゴは白い壁を指差し、その場所に向かった。そして、一行は彼女の後を追う。

 

歩き続けて15分程、主街区《スタキオン》は清潔感があり、建物は艶のある灰色の石で、角張った形をしていた。そのまま奥へ進むと、数十m先に転移門が見えた。代表でシヴァタが選ばれると、手を翳して開通され、各々が5層の《カルルイン》に戻ろうとする。

 

ライトも少なからずの疲労を感じながら、転移門を潜ろうとしたが、背中越しに声を掛けられた。

 

「ねぇ、ライト。観光がてら、ちょっとこの層を見て回らない?」

「へぇっ?」

 

振り向くと、黒紫髪の少女がそう提案してきた。唐突すぎる提案に、ライトは思わず首を傾げた。ボス戦直後で、ユウキと云えどかなり疲れている筈だが、彼女からそんな様子は見られない。

 

「おい、どうしたんだ? カルルインに戻らないのか?」

「ボク達、ちょっとこの層を見て回るから、先に帰ってて。行こう、ライト?」

「お、おいっ!?」

 

ユウキは転移門に乗るメンバーに短く伝えると、ライトの手を取って、強引に歩き出した。そんな彼女に連れて行かれるライトは、何となく後ろを振り返った。すると、アニキ軍団4人とアルゴはニヤニヤした顔を浮かべ、リーテンは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。一方、シヴァタとネズハは驚いた顔で見ていた。

 

そんな彼らを余所に、ユウキはライトの腕を引いて歩き続けるが、何も話さない。それどころか、何故か彼女から剣呑な雰囲気を感じる。階段を登っている間も、表面上は何時も通りだったが、どこか違うのだ。

 

そのまま歩き続けて、建物の角を右に曲がり、少し開けた場所に出た。辺りには防具屋に武器屋、レストランなどが目に入る。勿論、人の気配は感じられず、静かな空気が流れている。突然、ユウキが静かに立ち止まった。

 

「……ユウキ、観光するんじゃないのか?」

「………」

 

ライトは恐る恐る訊ねるが、ユウキは何も答えない。ずっとこのままかと思った矢先に、その沈黙が破られた。

 

「ねぇ、ライト…」

「…どうした?」

 

先程とは明らかに違う口調に、ライトは内心で訝しむ。それに構わず、ユウキは後ろを向いたまま問いかける。

 

「…ボク達に隠してる事があるよね?」

「っ…」

 

《隠し事》と言われ、ライトは極小さくだが息を飲んだ。そして、それを見逃さず、追い打ちを掛けるように、ユウキが言葉を紡ぐ。

 

「ほら、やっぱりね……隠し事ってさ、隠そうと思っても、中々隠しきれないんだよ?」

 

その言葉と共に、彼女はゆっくりと振り返った。ライトに向けられる瞳は、3層の攻略会議を彷彿させるように鋭く、怒りの感情を含んでいた。

 

「話してよ、その剣の能力の全部をさ!」

 

やはり、誤魔化せなかった。熾烈を極めたフロアボスとの戦いは完全に、各々が自分の事で精一杯だった。しかし、その中でもライトはポーションの補給頻度が明らかに高かった。そして、決定的だったのは、デバフボイスを受けただけでHPが減少した事だ。

 

あの時、他のプレイヤーもHPが減少したのなら、まだ疑いはしない。しかし、12人の中で1人だけ削られるのは、どう考えてもおかしい。彼のレベルを知っているユウキなら、不審に思うのは当然だ。ライトは、はぐらかすのは無理だと悟り、ゆっくりと話し始めた。

 

「あの店で言った通り、装備したプレイヤーに3種類のバフが付与され、STRとAGIに+10のマジック効果の恩恵を受ける………だが、その代償として、使用者の《防御力》を低下させる」

「っ!!?」

 

その時、ユウキの顔が大きく歪んだ。まるで、何かを堪えるように歯を噛み締め、目元を潤ませる。その表情を前に、ライトは思わず息を詰めた。彼女の涙を見るのはこれで3度目だが、それまでには感じなかった胸が締め付けられる感覚を覚える。

 

「…何で……何で?」

 

彼女の頬を溢れ出た涙が伝う。それは雫となって、地面へポタポタと落ち続ける。涙に濡れた瞳から、ライトは目を逸らす事が出来ない。胸が締め付けられる筈なのに、動けないのだ。

 

「何で自分だけで背負い込むの? 何でボク達には何も話してくれないの? エルフクエストの時だって、アルゴを探しに行った時だって、今回のボス戦だってそう。ライトにとって、そんなにボク達は頼りないの!?」

「違う!!」

 

そんな事は断じてない。彼女が頼りないなど、これまで行動してきた中で、ただの1度も思った事はない。むしろ、彼女が傍に居てくれるお陰で、助かっている自覚がある。

 

「違う。頼りないなんて思った事もない! 今までの戦い全てが、オレ1人じゃ勝てなかった! ユウキ達が居てくれたから、オレはここまで生き残れたと言っても過言じゃないんだ!」

「だったら、何で話してくれなかったの!!?」

 

彼女の叫びが周囲に木霊し、ライトは再び押し黙る。パーティーメンバーにさえ、デメリットの事をずっと黙っていたと分かれば、ユウキが憤るのも無理はない。

 

「……余計な心配を、させたくなかった」

「余計な心配ってなに!? ボク達が心配したらダメなの!? それをずっと黙ってたら、ボク達がどう思うかも考えなかったの!!?」

 

ライトはどうにか、言葉を絞り出す。しかし、その返答は彼女を更に激情させるだけだった。目の前で涙を流すユウキの姿に、ライトはまたも言葉が詰まり、言い訳の1つも思い浮かばない。

 

「心配したんだよ……何時もと様子が全然違うし、攻撃されてないのにいきなりHPが減るし。それで、ボスの攻撃に巻き込まれて……ライトが…死んじゃうんじゃないかって…」

「っ!!」

「…もう、嫌だよ……誰かを失うって考えるのは」

 

彼女の言葉に、ライトは4層のヨフェル城の事を思い出した。彼女は既に、両親を失っている。その《痛み》など、想像を絶するものの筈だ。それこそ、自分が受けてきた以上の痛みを感じたのかもしれない。その恐怖を与えてしまった原因が自分にある事に、ライトは項垂れるしかなかった。

 

「……ごめん」

 

ただ、謝る事しか出来なかった。彼女を心配させてしまった事に、彼女の心に恐怖を与えてしまった事に、その償いを考えるも、それしか浮かばなかった。そんな時、コツコツと近付く足音が聞こえ、ライトの両頬に暖かな何かが触れた。

 

「っ…」

 

ユウキが両手を伸ばして、項垂れるライトの顔を上げさせたのだ。その顔には涙の跡が残るも、真っ直ぐにライトを見据えていた。

 

「1人で抱え込まないで、ボク達にちゃんと話して。じゃないと、許さないよ!」

 

そう言って、彼女はライトを抱きしめた。その抱擁は、どこまでも暖かかった。そして、ライトを抱きしめる力が、彼女に与えた恐怖を表していた。今のライトに出来る事は、少しでも彼女を安心させる事だと、その背中に腕を回して、力の限り抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゅーう、きゅーう、はーち、なーな」

 

聞こえるのは、カウントダウンを刻むプレイヤー達の大声で、そのボリュームは更に上がっていく。

 

「ろーく、ごー、よーん、さーん、にーい、いーち…」

 

瞬間、主街区の転移門広場から、複数の炎の筋が夜空へと登っていく。そして、プレイヤー達の「ゼロ!!」の掛け声と同時に、輝かしい大輪が街を照らし出す。

 

「ハッピーニューイヤー!!」

「おめでとう!」

 

街のそこかしこから、祝福の言葉が生まれる。そんな彼らの歓声と夜空に上がる花火を、ライトは古代遺跡のテラスから眺めていた。その場には、ユウキとアスナ、キリトの姿も見える。

 

「みんな、新年明けましておめでとう!」

「明けましておめでとう!」

「おめでとう!」

「あぁ!」

 

アスナの華やかな声に、3人はそう返すと、それぞれが持つワイングラスを『カチン!』と合わせる。

 

 

 

 

 

あの後、ライトとユウキは転移門で《カルルイン》に戻り、メッセージを受けて2人と合流した。そして、ライトはキリトとアスナに、隠していた《ソード・オブ・カイザー》のデメリットを明かした。当然、2人は烈火の如く怒り、黙っていた彼に長めの説教をした。

 

そして、3人の前であの剣は、必要な時だけしか使わないと固く誓った。それだけ、プレイヤーにとって《防御力低下》は大きなリスクを伴うのだ。その後、ボス部屋での交渉の結果を伝えられた。

 

ライト達がボス部屋を後にした数十分後、やはりALSは抜け駆けでフロアボスを倒す為にやって来た。キリトは《ギルドフラッグ》を渡す2つの条件を、彼らに提示した。

 

 

 

1つ目:第5層からドロップした物と同じ、もう1本の旗が手に入った場合、片方ずつALSとDKBに譲渡する。

2つ目:2大ギルドのALSとBKBが合併し、新ギルドが誕生した場合、無償譲渡する。

 

 

 

この条件を聞き、ALSのメンバーの殆どが口々に暴言を吐いた。遂には、1人のプレイヤーが力尽くで奪おうという意見を出したが、リーダーのキバオウがそれを許さず、その条件を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

ライトはその話を聞き、2つ目の条件は実現不可能だと考えた。根本的に違う思想を掲げるギルドが、簡単に合併するとは思えない。つまり、条件その1しか望めないが、この後に控えるフロアボスが《ギルドフラッグ》を落とす保証はない。

 

幾ら考えても、解決策は思い浮かばない。フラッグの性能上、1度ギルド名を登録すると、2度と変更は出来ない。だからこそ、今は渡す訳にはいかないが、必ず必要な場面が来る筈だ。そんな事を考えていると、すぐ近くから声を掛けられた。

 

「ライト、何考えてるの?」

「っ…いや、別に「何でもないはなしだよ!」…」

 

ユウキはライトの返答を遮った。『1人で抱え込まない』と、数時間前に約束した筈だが、その癖はまだ抜けていないようだ。彼は観念して、何を考えていたかを話す。

 

「…ギルドフラッグの事について、ちょっと考えててな」

 

カウントダウン・パーティーの最中にこんな事を考えるのは無粋かもしれないが、どうしても考えてしまう。キリトが持つ《ギルドフラッグ》の力があれば、今まで以上に攻略ペースは上がる。しかし、どちらかのギルドに譲渡すれば、片方は壊滅する。

 

その危険がある以上、おいそれと渡す訳にはいかない。すると、キリトがそんな彼に声を掛けた。

 

「ライト、今それを考えるのは止めようぜ? 何はともあれ、俺達は無事に生きて、新年を迎える事が出来た。それで良しとしよう」

「キリト君の言う通りよ。今ここでそれを考えても、解決策は出ないわ。それに、シヴァタさんとリーテンさんがみんなの為に企画してくれたのよ? こんな暗い雰囲気だと、あの2人に申し訳ないわ!」

「大丈夫だよ、ライト……きっと何とかなる。そう信じよう!」

「……そうだな」

 

根拠も何もない言葉だったが、それでもユウキの言う通り、どうにかなると思えてくるのだ。少し前までは、そんな楽観的に考える事は出来なかったが、3人と行動を共にするごとに、前向きに考えられるようになった。

 

夜空に咲き続ける花火を見やり、ライトはグラスに入ったワインを口に含む。ユウキからの話だが、あの花火は《はじまりの街》の隅っこに建つ怪しいお店に売っていたそうだ。圏内でしか使えず、モンスター戦に使おうとしたキリトが、残念そうにしていた。

 

そろそろ花火が打ち終わる頃だと思い、グラスにワインを注ごうとしたが、既に無くなっていた。それに気付き、ライトは席を外す為、3人に声を掛けた。

 

「下で新しい飲み物と、何か食べ物を仕入れてくる」

「じゃあ、ボクも一緒に行くよ!」

「いや、そんなに大した量じゃない。ここで待っててくれ!」

「悪いな、ライト」

「ありがとう!」

 

ユウキの提案を断り、ライトは城内へと歩を進めた。テラスがある4階から3階へ続く階段を降りて、隠し扉から廊下へ出る。そして、何本もの柱が両脇に建つ廊下をゆっくりと歩く。暗い通路をコツコツと反響する自分の足音を耳に、柱を通り過ぎて残り5本まで来た。後は、メイン階段へ続く大扉を抜けるだけだ。

 

その直後、ライトが唐突に立ち止まった。目の前には、大扉に続く廊下が伸びるだけだ。正面に障害物がある訳でも、壁に何かがある訳でもない。だが、その先に進めないのだ。その理由は、これまでの戦いで何度も味わった、己の身に危険が迫った時に訪れる《違和感》を覚えたからだ。

 

何も見えず、何も聞こえず、何も感じない。だが、これ以上は先に進んではいけないと、彼の《本能》が告げていた。そして、ライトが歩行を止めた途端、ほんの僅かに空気が揺らいだのを感じた。彼が感じ取る《違和感》は、彼が意識しているに関わらず、主に危険が迫った時に訪れる。

 

今まさに、己の身にその《危険》が迫る感覚を察知したのだ。そして、僅かに空気が揺らいだ場所に向かって、ライトが警戒心を剥き出しに口を開いた。

 

「おい、そこに隠れてるんだろ? 出て来いよ!」

 

数秒後、大扉の近くの柱から、2つの影が音もなく滲み出た。両サイドの柱に隠れていたのは、黒いフードを被った不気味な雰囲気を感じさせるプレイヤー達だった。そして、各々の手にはギラリと光る、刃渡り約25cmはある短剣が目に止まる。

 

残念ながら、目深に被ったフードの所為で、そのプレイヤー達の顔は分からない。だが、体格からして恐らく2人とも男と推測できる。すると、右側に立つプレイヤーが抑揚豊かなのに、冷たすぎる声を発した。

 

「Wow!! 俺達のハイティングを見破るとは、随分と《索敵(サーチング)》スキルが高けじゃねぇの!」

 

男は、ライトが《索敵》スキルで自分達を発見したと思っているが、彼の《索敵》は反応していない。つまり、目の前の男達がそれだけ、高い《隠蔽》スキルを習得しているという事だ。恐らく、キリトでも気付く事は出来ないだろう。

 

「誰だ、お前ら? 何でこんな場所に身を潜めてた? しかも、ご丁寧に《隠蔽(ハイティング)》まで発動させて…」

 

目の前の男達は、一言で言えば完全な《暗殺者》だ。極限まで気配を消し、相手が気付かないうちに確実に背後を取ろうとした。標的が一般プレイヤーなら、間違いなく首が飛んでいただろう。ライトは男達との距離を、推定5mに保ったまま見据える。

 

「決まってるだろ、兄弟(ブロ)…面白いからだよ。折角のbig stageなんだぜ? 色々仕込んで、盛り上げたいんだよ!」

 

常人なら、常軌を逸している発言だと思う筈だ。無論、ライトもそう思ったが、どこか納得した顔をしていた。奴が浮かべる不気味な笑みが、とある《男》のそれと良く似ているのだ。

 

「成る程な、お前らがローテム達のボスって訳か。レジェンド・ブレイブスに強化詐欺を教え、2大ギルドを争わせようと企む黒幕……《黒ポンチョの男達》」

 

とうとう、奴らのボス直々に仕掛けてきたという訳だ。いずれは相見えると想定していたが、こんなにも早く対峙するとは予想外だった。しかし、ライトの心に動揺の色は無く、無表情のまま男達を見据える。だが、引っかかる点が1つだけあった。

 

「どうやら、オレ達の後をつけて待ち伏せしていたみたいだが、ここは《圏内》だ。例え背後を取れたとしても、HPの1ドットだって減らないぞ?」

 

それが、ライトの引っかかる点だった。キリト達と古城へ来た時、彼の視界に【Outer Field】はただの1度も表示されなかった。それを、常日頃から周囲に警戒を怠らないライトが見逃す筈がない。すると、今度はまた別の、相手の意識を高揚させるような声が響いた。

 

「ハッハッハッハッハッ、攻略組主戦力のネイビー様が、何を言い出すかと思えば……圏内は前庭までで、城内は《圏外》扱いだって知らないのか?」

「…………」

 

第5層のエリアは今までの層と比べて、圏内の見分けが難しい。街を歩いていて突然、目の前に圏外だと表示される事が多々ある。しかし、ライトは男の言葉に無表情のまま再び口を開いた。

 

「お前らの言う事が真実だとしても、このオレをナイフ1本で制圧できると思っているのか?」

 

現実世界でなら、少しでも体にナイフが掠るだけで、相手の機動力を奪う事が出来る。しかし、仮想世界では《痛覚》が遮断される為、掠った程度では機動力を奪う事は出来ない上に、HPも大して減る事はない。だが、男達は余裕の笑みを崩そうともせず、逆に薄ら笑いを浮かべた。

 

「オー、強気な発言だな。確かに大してHPは減らないが、俺達のナイフに、レベル5の麻痺毒とレベル5のダメージ毒が塗ってあったらどうだい?」

 

それは、あり得ない言葉だった。現状で、麻痺を使ってくるモンスターは数少ない上に、居たとしても最高でレベル2が限界だ。だが、何が起こるか分からない世界で、絶対にないとは言い切れない。つまり、今この場で攻撃を受ければ、ライトは抵抗も出来ずに、無力化されてしまうという事だ。

 

「……ふっ」

 

ここが圏外の可能性がある上に、敵のナイフに強力な毒が塗ってある以上、迂闊に攻め込むのは得策ではない。加えて、2対1という不利な状況だ。

 

だと言うのに、ライトが唐突に不自然な笑みを零した。同時に、フードから覗かせる男達の口元が、真一文字に変わった。危機的状況の筈なのに、彼はむしろ余裕な雰囲気を醸し出している。そして、笑みを崩さずに、ライトが口を開いた。

 

「なら、攻撃してみろよ?」

 

明らかに挑発めいた言葉だが、そんな事をすれば相手の思う壺の筈だ。2対1で制圧され、毒によって動けなるのは目に見える。しかし、男達は何時まで経っても仕掛けて来なかった。形勢は有利な筈なのに、身じろぎさえもしない。

 

「…シッ!」

 

突然、片方の男が毒づいた。そして、それを待っていたように、ライトがまたも声を発する。

 

「やっぱりな。確かにこの城は複数のクエストだったり、隠し扉が数多くある。そして、地下に行けば、モンスターが湧出する《圏外》に出る……お前らはそれを狙ってたんだ。《隠蔽(ハイティング)》スキルを使ってオレの背後を取り、言葉巧みにここが《圏外》だと信じ込ませ、地下へと引きずり込もうとした」

 

レジェンド・ブレイブスに強化詐欺を教えた時も、奴らは今のような《巧みな言葉遣い》を使ったのだろう。言葉だけで相手を思うがままに操る力が、目の前の男達はずば抜けているのだ。そして、レベル5の麻痺毒とダメージ毒も、奴らが作ったブラフだと読める。

 

これが他のプレイヤーなら、確実に騙されていただろう。しかし、奴らがこの場所に潜んでいた理由を凡ゆる角度から推察し、その意図を完全に把握する《本質を見抜く目》を持っていれば、決して見破れない訳ではない。

 

「さて、お喋りはこの辺にして……殺ろうか?」

 

刹那、ライトの雰囲気が一変した。常人なら体が震え上がる程の無表情で、冷徹な緋色の眼光を向け、ドス黒い声を発した。表情や瞳、口調からも一切の感情が感じられない不気味な《何か》が、背中の剣に手を掛けた。

 

そして、それを抜刀すると同時に、男達との距離を音もなく瞬時に詰める。上体を低く倒して接近し、横薙ぎの斬撃を見せる。だが、奴らは後方にバックステップしてギリギリで躱した。今の攻撃は、喰らっていても不思議はなかった。予備動作を極限まで消し、相手に気付かせない攻撃は、極めれば大きな《武器》となる。

 

躱されたライトだが、素早く左手を腰に伸ばし、男達に何かを投げつけた。僅かに光る物体が見えた途端、男達は反射的にそれらを各々の得物で弾いた。しかし、それが悪手だった。

 

「「っ!!?」」

 

男達の意識が投擲武器に移った隙に、ライトは奴らとの距離を詰めていた。そして、ソードスキルでノックバックを与えようとした

 

 

 

ーーーその時

 

 

「っ!?」

 

男達が丸い形の何かを、地面に投げつけた。そして、瞬く間に周囲が煙に包まれ、視界を封じられた。煙玉による不意打ちを予想し、周囲の警戒度を全開にするが、攻撃が来る事は無かった。徐々に煙が晴れると、もう男達の姿は無かった。

 

 

ーーーまた会おうぜ、ネイビーさんーーー

 

ーーーお前とは、長い付き合いになりそうだーーー

 

 

その言葉が、通路内に響いた気がした。辺りに姿は見えず、逃がしてしまったようだ。すると、彼の視界に2本の短剣が見えた。奴らが持っていたその武器を、ライトは拾い上げる。2本ともが、ズシリと重い手応えを感じさせる。改めて調べる必要があると思い、ストレージにそれを仕舞う。

 

「っ…みんな!」

 

直後、ライトはある事に気付き、踵を返して走り出した。もしかしたら、この機を狙って奴らの仲間が、テラスに居る3人に襲撃している可能性だってある。奴らの話術は絶対に侮れない。キリトでも、簡単に見破れる保証はない。

 

突き当たりの壁のギミックを解き、4階に続く階段を駆け上がる。そして、廊下を走り抜け、テラスに突入した。

 

「ユウキ、アスナ、キリト!」

「「「っ!?」」」

 

突如、背後から響いた声に驚き、3人は振り返った。ライトは3人の無事を確認し、即座に周囲に目を走らせるが、何者の姿も見えない。そんな彼を不思議そうに眺めるユウキが声を掛けた。

 

「ど、どうしたの、ライト? そんなに慌てて…」

 

彼に近付いて、顔を覗き込んで訊ねる。そんな彼女の顔を見た途端、ライトは全身の力が抜けるのを感じた。ガクッと膝が抜け、その場に座り込んでしまった。

 

「ら、ライト!?」

「おい、大丈夫か!?」

「何かあったの!?」

 

いきなり地面に座り込んだライトが心配になり、3人はすぐに駆け寄る。彼は疲れた顔をしており、額にも汗をかいている。普段は冷静な彼がここまで取り乱す姿を前に、キリト達は少し驚いていた。すると、彼の口元が微かに動き、小さな囁き声が聞こえた。

 

「……良かった」

 

不意識に、彼はそう呟いていた。しかし、3人はその言葉の意味が分からず、ただただ困惑していた。そんな彼らの頭上で、次々と咲き誇る花火が輝いていた。

 




はい、漸く終わりました。《冥き夕闇のスケルツォ》

ギルドフラッグの交渉が行われている中、裏でこんな事が起きていました。当初は、ライトが残って交渉をする設定でしたが、キリトの役目を潰すのも違うと考え、こうなりました。

そして、無視できない存在、アインクラッドに潜む悪意《PK集団》の存在です。今後も彼らがオリ主達の命を狙って動く形となります。
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