ライトが持つ大剣について、鍛冶師は何を語るのか。
《スタキオン》のクエストを受注する選択もあった筈だが、アスナとユウキの意見で対人戦の訓練をする事となった。朝飯代の勘定を済ませ、キリトの後を追いかけて転移門に着く。道中で、βでパズルに囚われた《ナンプラー》達の姿は見えないが、時間が経てば現れるかもしれない。
そして、彼らは3つ下の第3層に降り立った。街を行き交うプレイヤー達の明るい表情に、ライトはデスゲーム宣告時とは大きく変わった印象を受ける。あの宣告は、余りにも唐突すぎたのだ。理解不能な現象が目の前で起きた時、殆どの人間は混乱状態に陥る。
しかし、人間には大なり小なり《適応力》がある。それが働き、冷静に状況を分析する事が可能になる。その結果がプレイヤー達の様子と、攻略の進み具合から窺える。頭の隅でそれを考えながら、ライトは圏外に出る。そこからは、何千もの大木が生える大森林だ。勿論フィールドの為、モンスターがポップするが、時間が惜しいとキリトが言うので、ダッシュで突っ切る。
やがて、視界に白い霧が立ち込める谷が見えてきた。4人が足を踏み入れて数分、立ち込める霧が急に消え去った。見れば、漆黒の生地に曲刀と角笛が描かれた旗、複数の天幕が見える。黒エルフの野営地に辿り着き、見張りの衛兵を通り過ぎると、アスナが口を開いた。
「ここに来られたのは嬉しいけど、どうして今なの? スタキオンやカルルインだって、人目につかない場所はあるでしょ?」
「まあな。でも、ちょっと用事を済ませたくて」
「何かあったっけ? エルフクエストの続きなら、6層の砦だよ?」
すると、キリトは首を横に振って、理由を話した。
「ここの用事はクエストと関係ないよ。そろそろ、こいつを強化したくてさ!」
彼はそう言って、背中に装備する剣を指差した。納得した様子のアスナとユウキを他所に、ライトはキリトの剣のスペックを思い返していた。
話によれば、その剣《ソード・オブ・イヴェンタイド》は基本スペックが高い上に、ライトの剣と同じマジック効果のAGI+7の恩恵を受けるらしい。伝説の大剣《ソード・オブ・カイザー》には劣るものの、中々の業物だ。
大きな食堂の天幕を通り過ぎ、商業エリアを何店舗か進んでいくと、それは居た。
小型の天幕前に、長髪を後ろで束ね、黒革の前掛けと革手袋を嵌めたリュースラの鍛治師が、金床に向かって何度も金槌を振り下ろしている。そんな彼に、キリトが意を決して声を掛ける。
「こ、こんにちはー」
すると、鍛治師は作業の手を止めて、4人をジロリと見上げる。それぞれを順に視界に捉えたかと思うと、鍛治師はサッとライトに視線を移し、まるで何かを見定めるような眼差しを向けた。
「…?」
ライトは鍛治師から送られる眼差しを不審に思い、声を掛けようとしたが、その前に彼は「フンッ」と言って、再び作業を始めてしまった。漠然とした違和感を抱くライトだが、それを他所にキリトが話しかけた。
「あの、剣の強化を頼みたいんですが…」
「フンッ」
途端、目の前にメニュー・ウインドウが出現した。相変わらずの無愛想さだが、彼以上に優秀な鍛治師を4人は知らない。キリトは出現したウインドウに強化内容を打ち込み、鋭さを上げる為の添加剤を選択した。背中の剣を鞘ごと外すと、右手に持った素材と一緒に差し出した。
「お願いします」
だが、鍛治師は剣だけを受け取り、柄を握って鞘から引き抜いた。磨き抜かれた刀身を日の光にかざして数秒、唐突に彼は話し始めた。
「リュースラの刀匠の作か?」
「は…はい、4層にあるヨフェル城の城主様から貰いました」
「ほう、レーシュレンの家に伝わる品か」
その一言に、ライトは僅かに目を剥いた。彼が口にした《レーシュレン》とは、ヨフェル城の城主の名前だ。貴族である人に、一鍛治師が名前を呼び捨てにするのは妙だ。そんな彼の懐疑的な視線に気付かず、鍛治師は話を続ける。
「注文は鋭さの強化だったな?」
「はい、最初はそれで「断る!」……はっ?」
鍛冶師の承諾拒否に、キリトは思わず腑抜けた声を出した。そして、他の3人も面喰らった表情を浮かべた。これまで数回しか注文していないが、彼が注文を拒否した事など1度もない。まさかの言葉に、キリトはこわごわと訊ねた。
「…え、えっと……何故です?」
「この剣は既に十分鋭い。これ以上鍛えても、さしたる向上は望めまい」
実にシンプルで分かりやすい回答だった。鋭さを好む彼だが、それはもう完了しているので、別の強化を頼むしかない。
「…なら、何の強化がオススメですか?」
「鋭さ以外なら好きに選べ……と言いたいところだが、レーシュレンが世話になったなら無下に出来んな」
面倒くさそうに言う鍛治師を、ライトは懐疑的な目で見ていた。騎士キズメルでさえ、ヨフィリス子爵を《閣下》と敬称するのに、彼はまるで対等な立場のように名を口にする。ヨフィリス子爵と何か関係があるのは間違いない。
「この剣ならば、《正確さ》が良いだろう」
「ええぇ〜」
明らかに不満そうな声が、キリトの口から零れた。武器の種類によっては、強化種類に向き不向きがあるだろうが、片手剣に《正確さ》がミスマッチとは思えない。実際、ユウキは片手剣だが正確さも強化している。
「何でそんな嫌そうなの?」
「システムアシストで弱点めがけて剣先が曲がる感覚が苦手っていうか…」
「…鍛冶屋さん、どうして《正確さ》が良いんですか?」
キリトが《正確さ》の強化を躊躇っている理由をアスナに話すと、彼女は鍛治師に端的な質問を投げかけた。
「これは鋭いが故に華奢な一振りだ。剣をいたわるには、出来る限り少ない手数で敵を倒するのが最善。まずは正確さ、次に丈夫さを鍛えるのが良かろう」
鋭さと丈夫さを両立させるのは、鍛治師にとって至難の技だろう。単に《丈夫さ》を鍛えたければ、刀身を分厚く造れば良いが、それでは切れ味は悪い。逆に《鋭さ》を鍛えすぎても脆くなるだけだ。
更に、刃は硬いものと衝突すれば、刃毀れしやすくなる。再び研ぎ直せば済むかもしれないが、何度も繰り返すと修復が不可能となる。その為、正確さを鍛えて手数を少なくするという事だ。
「分かりました。正確さの強化をお願いします」
「承知した」
キリトは改めてそう頼み直すと、再びメニューウインドウが開いた。内容を変更して、添加剤も選び直して剣と一緒に手渡した。鍛冶屋は素材を炉に放り込み、青色の光が満ちたタイミングで、剣を差し入れた。刀身が青色の光を発すると、取り出して金槌で叩き始め、10回程で刀身が鮮やかな光を放った。
「…出来たぞ」
苦もなく成功させ、鍛治師はキリトに剣を返そうとする。だが、彼は受け取る代わりに、またも依頼を頼んだ。
「えっと…正確さの強化をもう1回と、丈夫さの強化もお願いします」
キリトはまたも素材を取り出し、鍛冶師に手渡す。そして、追加の依頼も呆気なく達成して見せた。やはり、かなり腕の良い鍛治師だと、ライトが思っていると、今度はアスナとユウキが自分達の愛剣を強化してくれと頼んだ。同じく素材の種類を設定し、順番に強化をしていく。
レア武器は強化難易度が高い筈だが、いとも容易く成功させてしまった。3人の強化が終わると、鍛治師は再び作業に戻ろうとする。
「なぁ、あんた…」
「っ…」
唐突な呼び声に、振り上げたハンマーを停止させ、鍛治師は顔を向けた。そこには、紺色のロングコートを纏ったライトが立っていた。作業を中断された鍛治師は、緋色の瞳に向かってジロリと睨んだ。
「…何だ?」
「どうしてさっき、ヨフィリス子爵を名前で呼んだんだ?」
率直な問いかけに、キリト達は再び面食らった。3人もその事は気になっていた筈だが、追求する必要はないと思っていた。その為、真正面から問いかけた彼の言葉に目を見開いた。
「ヨフェル城に構える兵士は勿論、騎士でさえも子爵の事を《閣下》と呼んでいた。それを、一鍛治師であるあんたが名前で呼ぶのは不自然だ。恐らく、何かしらの関係があると分かる。その上で聞きたい……この剣について、何か知らないか?」
ライトはそう言って、人差し指でウインドウを開いて操作し、《クイックチェンジ》をタップした。同時に、背中の剣が消えて、右手に伝説の大剣《ソード・オブ・カイザー》が姿を見せた。
その剣を一目見た途端、鍛治師が目を剥いて唖然とした表情を浮かべた。その反応で、彼がこの剣について何か知っていると分かる。鍛治師は今も驚きを隠せない様子で、唇を震わせながら話し出した。
「…小僧、その剣をどこで手に入れた?」
「レーシュレン・ゼド・ヨフィリス子爵から頂いた。どうやら、オレはこの剣の持ち主に選ばれたらしい」
そう話し終えると、鍛治師は大剣からライトに視線を移した。その目には、驚きと懐かしみを感じさせる色が宿っていた。ライトから視線を外すと、彼は握っていたハンマーを金床の近くに置き、体ごとライトに向き直る。
「何百年もの間、持ち主を選ばず、ただ眠っていただけの剣が、まさか我らリュースラの民ではなく、人族の少年を選ぶとはな」
言葉からも懐かしみと僅かな悲しさを覚えるその口調に、本当にさっきの無愛想な鍛治師と同一人物かと錯覚してしまう。それほど目の前の鍛治師にとって、この剣に思いやりがあるのか。
「小僧、お前はその剣についての細部を、事細かに知っているのか?」
「いや。この剣の前任者が初代ヨフィリス子爵だという事と、使用する上でのメリット、デメリットがあるって事だけで、それ以外は殆ど何も知らない」
すると、鍛治師は目を伏せて黙り込んだ。一体どうしたのかと、ライト達が不思議そうに眺めていると、鍛治師は重い口を開いた。
「私も細部までを知っている訳ではない。しかし、その剣になんらかのまじないが掛かっているのは間違いない。初代ヨフィリス様もまた、そう仰っていた」
「初代ヨフィリス…将軍ノルツァーを敗北にまで追い込んだエルフ。一体何者なんだ?」
《ソード・オブ・カイザー》を入手した時に、ヨフィリス子爵が言っていた者だ。詳細には分からないが、間違いなくかなりの強者と推測できる。その推測を立てるライトに向かって、鍛治師は再び語り始めた。
「その剣の前任者、名を《フェルドラン・ヨフィリス》様は、嘗て女王陛下直属に仕えていた騎士だったそうだ」
「……フェルドラン・ヨフィリス」
彼の口から語られた前任者の名前は、ライトも少し気になっていた。ウインドウを開いても、それらしい名前は出てこなかった為、どうにか知る術は無いかと考えていた。それが、まさかこんなにも早く訪れるとは思わなかった。
「あのお方は、物静かで素朴な方だった。自分の実力を決して棚に上げず、争いごとを好まないお人だった……しかし、剣士としての技量は、彼の右に出る者は1人として居なかったそうだ。それこそ、フォールンを束ねる将軍ノルツァーも、フェルドラン様には遠く及ばなかったと聞く」
それ程までの強さを持つと教えられ、後ろに立つ3人は目を見開き、ライトはその人物にますます興味を抱いた。鍛治師の言葉が事実なら、大剣の前任者はライト達を遥かに上回る強さを持っている事になる。更なる質問を訊ねようとしたが、それより早く鍛治師は口を開いた。
「私が知っているのはここまでだ。緋色の瞳の小僧、フェルドラン様とその剣について知りたければ、第6層にある砦に赴く事だ。そこに、フェルドラン様をよく知る人物が居られる筈だ」
「本当か…誰だ?」
「我らリュースラの最高の語り部にして、大賢者様と呼ばれるお方だ。彼ならば、フェルドラン様とその剣について、詳しい事を知っているだろう」
第6層にある砦は、ライト達が進めているエルフクエストの次の目的地でもある。偶然だとしても、すぐそこに《ソード・オブ・カイザー》と、その前任者《フェルドラン・ヨフィリス》の情報を持つエルフが居るのは幸運だと、ライトは思わず頬を緩ませた。
「教えてくれてありがとう。なるべく早く訪ねてみる!」
有力な情報を与えてくれた鍛治師に感謝し、ライトは大剣をストレージに仕舞って頭を下げた。その大賢者に話を聞けば、大剣のデメリット《防御力低下》の解決策を教えてくれる可能性も、完全には否定できない。
今後、各層を攻略していく上で、必ず大きな壁にぶち当たる筈だ。その時に備え、出来る限り自分の強さを磨く必要があると踏んだのだ。
ライトは踵を返し、鍛治師の元を去ろうしたが、背中越しから声を掛けられた。
「待て、緋色の瞳の小僧!」
「っ…」
てっきり、もう作業に戻ると思っていた為、呼び止められた事に少し驚いた。振り向いたライトは、今も体ごと自分を見据える鍛治師の姿に、疑念を抱いた。データで構成されたNPCが、何故こんなにも人間味を帯びているのかと。遠い過去に想いを馳せるような彼の表情は、作られた設定と呼ぶには余りに相応しくない。
「その剣はおいそれと使える代物でないと、もう分かっているのだろう? 代わりの剣はあるのか?」
「いや、それはこれから用意するつもりだ」
「ならば、この層の北側地帯にある洞窟に向かえ。その最奥地に行けば、武器を精製する為に必要な良質の鉱石が手に入る。それを材料にした武器なら、6層の砦にも辿り着ける筈だ」
4人は思わず、ポカーンとした表情を浮かべた。まさか、鍛治師自らが新たな武器が手に入る情報を提供してくれるとは夢にも思わなかったからだ。やはり、この世界のNPCはただのデータで作られた存在ではないようだ。もしかすれば、各々に確固たる意志があるのかもしれない。
「ならその鉱石で、オレの剣を造ってくれますか?」
「……良かろう」
「…ありがとうございます!」
自分の剣を造ってくれると、鍛治師ははっきりと頷いた。その返答を聞き、ライトは再び頭を下げて謝意を述べた。そして、それに続いてキリト、ユウキ、アスナも思わず頭を下げていた。そんな彼らの姿を前に、鍛治師は小さく答えた。
「フン…」
次回から、オリジナル回が続きます。
新しい剣を造る為、ライトが移動を開始します。
そして、大剣の前任者《フェルドラン・ヨフィリス》の正体が語られるのは、まだ先でございます。