強敵との一騎打ちをどうにか勝利で納めたライトは、ユウキと洞窟の調査を開始します。
強敵との激闘が幕を閉じ、洞窟内で反響する足音が完全に消え去ると、無音の静寂が訪れた。すると、緊張の糸が切れたかのように、ライトが吐息と共に肩を下ろし、軽くよろめいた。
「ライト、大丈夫!?」
倒れそうになったのを、ユウキが後ろから支える。激しい戦闘の反動が押し寄せた為、疲労で足の力が少し緩んでしまったのだ。
「平気だ。っと言っても、こんな姿じゃ説得力ないな」
体の至る所に切り傷が見られ、左肩から先が欠損していた。兎に角、減少してしまったHPを回復させようと、ライトは懐からポーションを取り出し、栓を開けて飲み干す。徐々に増えるHPを見ながら、彼は大剣をストレージに戻した。
「どうにか切り抜けられたな。一時はどうなるかと思ったが、この剣のお陰で助けられた」
「そうかもしれないけど、使いすぎないでね! その剣は…」
「分かってる。これが《諸刃の剣》だって事はな」
《ソード・オブ・カイザー》は形勢を逆転できる切り札であると同時に、自身に牙を向ける危険な武器だ。扱うには高い技量を兼ね備え、リスクを恐れない強靭な精神力が試される。雑魚相手には余裕だが、自分の力を上回る存在が相手なら話は別だ。
「この剣はあくまで、持ち主のステータスと攻撃力を向上させるだけで、技量までも上げられる訳じゃない」
今回は、相手とライトの技量が同レベルで、ステータスが劣っていた為、大剣の効果で補う事が出来た。だが、今後の攻略で技量をも上回る相手と対峙すれば、殆ど打つ手がないかもしれない。そんな事を頭の片隅で考えていたが、今は他にやるべき事がある。
「さて、どうする? 洞窟の奥に行って、フォールン達が出て来た場所を調べるか?」
「うん。あいつら絶対、秘鍵を奪う為に何か企んでる! 何なのか調べないと!」
ユウキは、当然と言った様子で話す。ライト自身も、フォールン達がこの洞窟で何を企てていたかは気になっていた。しかし、この展開は《キャンペーン・クエスト》の一環とは思えない。クエストを黒エルフ側で進めている以上、仲間のキズメルと会わなければ始まらない筈だ。
「分かった、まだ奴らの仲間が潜んでるかもしれない。警戒して行くぞ!」
「当然!」
HPが満タンになったとのを確認し、ライトはユウキと共に洞窟の更に奥へ進んだ。そして、奴らが姿を現した場所に辿り着くと、通路が左に湾曲しており、その更に奥に大きな扉が見えた。2人は顔を見合わせて頷き、周囲を警戒しながら扉に近付く。そして、なるべく音を立てずに、ゆっくりと掌で押し開けた。
中の様子を確認して危険がないと分かると、2人は中に入って辺りを見渡す。そこには、数え切れない程の武器が置かれていた。片手剣、両手剣、細剣、刀、槍、斧など数種類の得物が壁や物置に飾られている。
「…ここって、武器庫?」
「多分な。だが、何でこんな洞窟の奥に創ったんだ?」
何かしらの理由があると考え、ライトは武器庫内を調査し始める。彼に続き、ユウキも室内に手掛かりが残されてないか調べる。しかし、眼に映るのは数多に保管された丁寧に磨き上げられた武器だけだ。更に奥へ進んでみると、右手の壁に設置された木製の棚にある複数のピックが見えた。
「…あれは」
数十本も置かれているピックは、まるで何かの液体を纏っているかのように輝いている。不用意に触るのは危険だが、すぐにこの武器を調べる必要があると、ライトの本能が訴えている。
「ライト、どうしたの? 何か見つけたの?」
「あぁ、これだ」
「何これ?」
「多分、毒付きピックだ」
「っ!?」
その言葉に、ユウキは警戒の目を向ける。命が懸かった世界で、毒攻撃は強力な手札の1つだ。1回でも喰らえば、大きな隙が生まれる。一体どんな性能を持っているのかと思い、ライトは右手を伸ばして手に取る。そして、左手でタップしてウインドウを開く。
「アイテム名は…《スパイン・オブ・シュマルゴア》って読むのかな? スパインは《棘》だけど、シュマルゴアは聞いた事ないなぁ。ライトは?」
「オレも知らない」
窓の文面を読み上げたユウキが、隣で覗き見るライトに訊ねる。しかし、彼は首を振って答えた。恐らく、何かの固有名だと結論付け、ライトは文面の下に目を向けた。そして、目の前のピックがどんなに恐ろしい暗器なのかを知る事になった。
「レベル2の麻痺毒と同等の効果をもたらし、3回使用すれば毒は消滅する、か。奴ら、厄介な武器を手に入れやがって!」
フォールンエルフ達に向かって、ライトは思わず悪態を吐く。キリトからの話では、レベル2の麻痺毒は現時点で最高クラスの性能を誇り、店売りレベルの解毒薬では対応できない。解決方法はキリト達と相談する事に決め、更に下へスクロールさせた途端だった。
「…これは」
ウインドウに、目を引く文章を見つけた。そこには、【堕ちたエルフの将ノルツァーは、邪龍シュマルゴアに立ち向かい、恐るべき毒の滴る棘を1本残らず切り落とした。】と書かれていた。
「…堕ちたエルフの将、ノルツァー」
「それって、水路ダンジョンで見かけたあの人だよね?」
彼女の言葉で、ライトの脳裏にあの情景が思い出された。水運ギルドの船を追跡する中で、水路ダンジョンでフォールンと取引をする場面を目にし、更に調査を進める過程で目撃した《漆黒》のカーソルを宿す大男だ。
奴を目にしたあの瞬間、ライトの体に感じた事のない怖気が湧き起こった。もしあの場で見つかっていたらと思うと、生きた心地がしないと、彼は今でも思っている。その恐るべき男が、シュマルゴアと呼ばれる邪龍から生える棘を切り落として入手したという事だ。
「この武器については、また詳しく調査しよう!」
「分かった。じゃあ、鍛冶屋さんの所に戻る?」
「いや、この毒付きピックの解毒薬がどこかにある筈だ。うっかり味方に当たった場合も考えて、それくらいは用意してる筈だ!」
「オッケー!」
2人はそこから、合計で12本の毒付きピックをストレージに収納し、どこかにある筈の解毒薬を探し始めた。時間はそこまで掛からず、武器庫内の奥の方の棚に綺麗に並べられていた。プロパティーを見ても、性能は間違いなかった。麻痺を回復させる訳ではなく、耐性が付く効果があると分かり、2人はそれらを入手して引き続き、武器庫内を調査したのだった。
フォールンエルフのアジトを後にし、洞窟から抜け出た2人は再び樹海の中へと身を投じた。野営地を出てから、実に3時間近くは探索を続けていたらしく、太陽は既に西に傾いていた。時刻は15時56分と表示され、エリアを隔てる1本道を通りながら、ライトは洞窟での邂逅を考えていた。
あの展開がクエストの一環とは考えにくく、何かイレギュラーな事態が発生しているのかと思った。だが、本来生き残る筈がない《キズメル》が生還している時点で、βの知識はそこまで当てに出来ない。
今後も予測不能な事態が起きる可能性を考慮して、それを飲み込み、素早く対応する必要があると、ライトは改めて思った。その間にも、霧が発生している道を通り抜け、野営地に進路を定めた。モンスターの襲撃を受けながらも撃退し、深い森を突き進む。そして、2人は30分足らずで野営地に戻れた。
「はああぁぁぁ……どうにか戻って来れた。ライトの新しい剣の材料を取りに行く筈が、こんな事になるなんて」
「それは同感。だが結局、奴らが何を企んでるのかは分からずじまいか」
武器庫を調査しても、有益な情報は手に入らなかった。部屋の中の全武器を持ち出すにも、ストレージを圧迫するだけなので、レアなアイテムだけを選んで持ち帰った。2人はそんな話をしながら、天幕を横切って進む。その度に、甲高い金属音が大きく聞こえてくる。
道具屋や革細工屋を通り過ぎ、音の発生源の天幕で立ち止まった。長髪を後ろで束ねた黒エルフの鍛冶師は、金床の上の金属をハンマーで叩いていたが、ライトとユウキの姿を捉えると、作業を中断して向き直った。
「…戻ったか」
「それなりに時間が掛かったがな。これが、あんたが教えてくれた鉱石の筈だ!」
ライトはそう答え、ウインドウを開いてアイテム欄をタップする。数ある中から1つをオブジェクト化させ、鍛冶師の前に差し出す。淡いブルーの光を発する鉱石を受け取ったエルフは、それを舐め回すように見て言った。
「確かに、私が教えた物で間違いない。良かろう、この鉱石でお前の剣を造る!」
「感謝する! 後、1つだけ頼みが…」
「何だ?」
早速、作業を始めようとした鍛冶師に、ライトが頼み事があると声を掛けた。そして、開いたままのアイテム欄をスクロールし、あるアイテムをタップした。同時に、彼の前に1つの《折れた剣》が出現した。
「ライト、それって…」
「この折れた剣も、材料として使ってくれないか?」
ライトが右手に持つのは、第4層での激闘で破損した片手剣《アニール・ブレード》だった。鍛冶師は左手で受け取り、その剣に目を向ける。
「その剣には、今まで何度も助けられた。このままずっとストレ…《幻書の術》の中に埋もれさせておくのは気が引けるし、…オレの相棒が言うには、『剣に宿る魂は引き継がれる』みたいだからな!」
それは、第2層で起きた《強化詐欺》が原因で、一時的に愛剣を失ったアスナに、キリトが掛けた言葉だった。まやかしと言われればそれまでだが、アスナがキリトの話を信じたからこそ、新たな剣《シバルリック・レイピア》が誕生した。ならば、ライトも信じてみようと思い、鍛冶師に託したのだ。
すると、それを聞いた鍛冶師がライトに顔を向け、今まで見た事もない笑顔を浮かべて口を開いた。
「…良き友を持ったようだな?」
「かもな!」
「承知した!」
鍛冶師はしっかりと頷き、ライトから折れた《アニール・ブレード》を受け取り、それを鉱石と共に、大きめの鍛治炉に投入した。途端、それらが光を放って混ざり合い、1つのインゴットに変化した。鍛治師はそれを取り出し、金床の上に置き、ハンマーで叩き始めた。
甲高い金属音が周囲に木霊し、何度も空気を震わせた。20回、30回を優に超え、40回程度で叩き終えた。瞬間、インゴットが眩い光を上げ、形状が剣の姿に変わった。鍛冶師は日が落ちた空を連想させる、紺色の刀身に見定めるような視線を送る。
「良い剣だ」
そして、後ろのラッグに手を伸ばし、黒を基調とした所々に金の装飾が施された鞘を手にし、金床に乗る剣をゆっくりと収めた。
「フン…」
そして、何時もの調子でライトに剣を手渡した。それを受け取った彼は、右手で柄を握り、ゆっくりと刀身を引き抜いた。4層で入手した《エルブン・エンピレオ・ブレード》を上回る手応えを感じ、プロパティーを調べる。
銘は《トワイライト・セイバー》と記され、基本性能は申し分なく、強化試行回数も14回と設定されていた。ライトは少し距離を取って、試しに何回か素振りをしてみる。嘗ての愛剣《アニール・ブレード》以上の頼もしさを覚え、ライトは思わず笑みを零した。
「よろしくな!」
新しい剣に向かって呟くと、鞘に収めて背中に背負い直した。そして、鍛冶師に近付いて頭を下げた。
「素晴らしい剣を造ってくれて、ありがとうございます!」
未強化状態でも恐らく、6層の攻略で十分に通用する筈だ。素材の効力もあるだろうが、それをしっかりと活かして造り上げた彼の腕があったからこそ、この剣が生まれた。
「フン…」
しかし、当の本人は何でもないと言わんばかりに、何時もの反応を返すだけだった。その対応に、ユウキは思わず苦笑いを零したが、鍛冶師は気にも留めずに作業へ戻った。ライトは再度、そんな彼に頭を下げると踵を返して天幕を後にした。
「…本当なのか?」
驚愕の感情を含んだ男の声が響いた。その表情からも、信じられないという情状が伝わって来る。そして、それを真正面から浴びせられる、複数のフォールンエルフ兵達は全員、
「はい、3層の洞窟に存在する武器庫の管理を任されていたセシル連隊長が、リュースラに与する人族の少年と戦闘になり、命を落とされました。」
そこまで言い切ると、男は両拳をきつく握り締め、端麗な顔立ちを歪めた。その瞬間、周囲に漂う空気が一気に張り詰め、
すると、その青年は踵を返すと、腰に吊るす両手剣を鞘から抜き放ち、近くの壁に歩み寄った。
「ハアアアアァアアァァァ!!!!」
そして、激情の叫びと共に、ソードスキルを発動させて部屋の壁を斬りつけた。その斬撃により、室内に轟音が響き渡った次に衝撃波が襲いかかった。衝撃が収まり、跪くフォールンの1人が目を向けると、その壁には巨大な斬撃痕が刻まれていた。
「…許さんぞ、人族の剣士……姉上の仇は、必ず取る!」
その瞳に宿るのは、煮え滾る程の怒りと、確固たる決意だった。
「…落ち着け」
「っ!?」
その時、暗がりから低く圧を感じさせる声が聞こえた。両手剣を握り締めるフォールンの青年が目を向けると、そこには木箱の上に座る頭巾を被った男が映った。曲刀を腰に装備する者は、落ち着いた口調で続きを話し出す。
「奴らの今後の動きは大体が想像できる。最も成功するその時まで、ただ待てば良い……クハハハハッ」
そこまで言った途端、口元に《切り傷》がある男は、不吉な笑みを浮かべたのだった。
眩い光が収まってから目を開けると、清潔な街並みが広がっていた。ライトとユウキは3層の主街区に戻り、転移門で第6層に戻った。道中で、キリトに剣が出来た事をメッセージで伝えると、『6層に登ってくれ』と返信が来たのだ。
「ねぇ、どこで2人と合流するの?」
「場所は主街区の転移門広場だとさ。そろそろ約束の時間だから来るだろ?」
メッセージウインドウを確認しながら、ライトはユウキに説明する。そして、ウインドウを閉じて周囲を見渡すと、大通りの道から近付く2人組の姿が見えた。
「ユウキ! ライト君!」
「あっ、アスナ! キリト!」
アスナとキリトに気付いたユウキは、手を振りながら走り出す。その背中を追って、ライトも歩き始める。
「ユウキ、大丈夫だった?」
「うん、ちょっと危なかった事もあったけどね」
「えっ、何かあったの!? もしかして、ライト君に何かされたとか!?」
「ち、違う違う!」
ハグを交わしている2人から、何やら妙な会話が聞こえてくるが、聞かなかった事にすると、キリトが出迎えてくれた。
「…お疲れ」
「悪い、少し時間が掛かった」
キリトが労いの言葉と共に、拳を前に突き出す。同じように、ライトも拳を出して合わせる。すると、キリトは彼が背負う新しい剣に目をやった。
「…それが、お前の新しい剣か?」
「そうだ!」
そう答えてから、新しい剣を鞘から引き抜いた。夕闇の空を連想させる紺色の刀身が傾いた太陽に反射し、キリトの顔を照らす。そんな彼に、ライトはプロパティーウインドウを開いて手渡した。その剣の性能を見た彼は、思わず目を見張った。間違いなく、第6層を攻略するに十分なスペックを併せ持つと分かる。
「あの無愛想なお兄さんは、また凄い剣を造ったんだな」
「本人の前で言うなよ?」
「分かってるって!」
無愛想なのは確かだが、本人に直接言ったらどんな反応をするのか想像も出来ない。しかし、キリト本人にそれを言う度胸はない筈だ。そんな事を考えていたが、今はそれよりもするべき事がある。
「で、そっちはどうだ?」
「あぁ、この街での《聞き取り調査》は残り1つだ。現状は歩きながら説明するよ」
4人はそこから移動を始め、キリトから大まかな説明を受けた。
曰く、この《スタキオン》がパズルの街になったのは、10年前に起こった《ある事件》が原因らしい。この街の領主だった《パイサーグルス》にとある旅人が訪れ、複雑極まる数字パズルを出題したそうだ。パイサーグルスは数字とパズルを愛する男だったが、余りに難解なその問題を解けなかった。
怒り狂った彼は、手元にあった黄金のキューブを掴み、旅人を殴り殺してしまった。旅人は生き絶える寸前、呪いの言葉を残したそうだ。その日から、スタキオンの街はあらゆるパズルに取り憑かれてしまった。
と、現領主のサイロンから説明されたそうだ。そこから、アスナとキリトは手掛かりを求めて、パイサーグルスと関係があった人物の元を順に調べ回ったのだ。
「すっごく暗い話だね? ボクもうやる気なくなっちゃうよ」
「分かるわ。私もテンションだだ下がりだもの!」
「それで、ボク達はどこに向かってるの?」
「パイサーグルスさんが出入りしていた酒屋さんよ。」
それまでに寿退社した召使い、10年前の園丁、料理人、2人の弟子に聞き込みをした。だが、今の所めぼしい情報は殆ど掴めていなかった。かなり長いクエストの為、クリアまでの道のりを考えると少し憂鬱な面持ちになる。そんな時、キリトから声を掛けられた。
「なぁ、さっきユウキが『ちょっと危なかった』って言ってたけど、大丈夫だったのか?」
その言葉に、ライトは内心で地獄耳だなと思った。だが、6層の適正レベルを超えているユウキから、3層での素材集めで《少し危なかった》という言葉に疑念を抱くのは自然だろう。だが、今は酒屋での聞き込みがある為、話すのはひと段落してからと判断した。
「おいおい話す。まずは酒屋での聞き込みを終わらそう」
「…分かった!」
キリトは一先ず納得し、目的の酒屋へ向かった。
今回は以上となります。
今後の展開で、煮えたぎる憎悪を宿すフォールンエルフと、彼に話しかけていた男の凶悪さが主人公へと襲いかかります。