アルゴとの晩餐を終え、4人が向かったのはパイサーグルスの別宅だった。しかし、そこには…
晩飯を食べ終えたライト達はその後、アルゴと別れてパイサーグルスが所有していた隣町の《別宅》を目指した。スリバスは街の中央を流れる川によって分断され、それを繋ぐ無数の橋の1つの上に目的地がある。所謂、家橋というやつで、橋の上にそのまま家が乗っかった形だ。
4人は2階建ての綺麗な別宅に着き、ダイヤル式の木製扉を開けて中を覗いた。しかし、建物内は明かりが全く無く、暗闇が広がっていた。屋内の冷たい空気を前に、アスナとユウキは少年達の背中に隠れながら中に入った。
ライトは自分の背中でぶるぶる震えているユウキを尻目に、ストレージからランタンを出して明かりを灯す。仄かなオレンジ色の光が周囲を照らし、少しだけ安心感を与えてくれる。少し遅れて、横のキリトも同じランタンを出して明かりを点けた。これで、明るさは倍増した筈だが、少女達の震えは治まらない。
「(当たり前か。苦手な《アストラル系》のモンスターが出るって知ったら…)」
そう、アルゴがミートパイ屋での別れ際に、これからの予定を訪ねたのだ。そして、パイサーグルスの別宅に行くと答えた際、『あそこにはオバケのモンスターが出るゾ』と助言してきた。それを聞いた瞬間、少女達の顔が一気に凍りつき、店内から暫く出られなかった程だ。
「お…オバケ出た?」
キリトの背中に隠れるアスナが、ビクビクした声で話しかける。その様子に、ボス戦で臆せず剣を振るっている彼女と同一人物かと疑ってしまう。
「オバケだから前から来るとは限らないんじゃないかなぁー?」
「「っ!!?」」
「うわあぁっ!!?」
「いでで!? 冗談、冗談だって!!」
軽いイタズラのつもりが、余程怖かったのだろう。両手で肩を掴んでいた少年達ごと、一瞬で後ろに振り向いた。そして、何も居ない事が分かると、2人して安堵の息を吐く。
4人はそのまま進み、1つの扉の前で立ち止まると、慎重にドアノブを回した。室内は思った以上に広く、どうやらリビングのようだ。暖炉にソファ、本棚や家具がちらほら見える。
「気味悪いね。こんなとこ探すなんてイヤだよ!」
「同感。ねぇ、キーアイテムはどこにあるの?」
「残念ながら、それがどこに湧くかはランダムで、必ずこの部屋にあるって訳じゃない」
「つまり、運が悪いと全部の部屋を探す羽目になるって事だな?」
「そういう事。だから、サクサク片付けようぜ?」
ライトは頷くと、視界に入ったタンスから調べる事にした。まずは1番上の引き出しを開け、中を確かめる。目ぼしい物は何もなかった為、下の段に移ろうとした瞬間
ビュン!!
「うおぉっ!?」
肩に手を置かれたと思った瞬間、何者かに体をターンさせられた。突然の事に驚いたライトだが、彼の正面には何時の間にか湧出していた《オバケ系》のモンスターが立っていた。
「で、出たわよ。早くなんとかしなさいよ!」
離れた場所では、キリトを盾にアスナが急かすように呟く。その怯えように、キリトは困った様子で剣を抜いた。彼に続き、ライトも愛剣《トワイライト・セイバー》を構えた。すると、奴の後ろからもう1体のレイスが現れ、少女達の震えが一際強まった。
「ら、ライト…早くやっつけてよ!」
「あ、あぁ」
ライトは戸惑いながら答え、奴らが近付いて来ないよう牽制していると、キリトが少女達に声を掛けた。
「アスナ、ユウキ、滅多にない機会だから、ここらでアストラル系との戦闘に慣れといた方が良い」
「「ええぇ〜…」」
「大丈夫。屋敷は圏内だから、攻撃を喰らってもHPが減る事はない!」
「そうだな。今後、アストラル系が出ないとは限らない。って事で、後ろの1体は任せる!」
「「うし……っ!?!?」」
途端、少女達の体を怖気が一気に駆け巡り、瞬時に振り向いた。すぐ目の前には、真っ白なロングドレスを着た長い髪の女が佇み、その体を薄っすらと青白く発光させていた。
アスナとユウキの顔から血の気が引き、思わず絶叫を上げそうになったが、寸然で歯を噛み締めて腰の得物を抜刀すると、投げやりに声を荒げた。
「「もう、分かったよ/わよ!!」」
オバケと戦う覚悟を見届けると、ライトは眼前に漂うレイスを見る。カーソルには【Annoying Wraith】と表示され、カーソルはかなり薄いピンクだった。レベル差が一目瞭然で、ダメージ判定されない《圏内》戦闘に、ライトは思わず簡単そうだと考えて思い直す。
油断して足元を掬われるのは御免な為、ライトは奴と一定の間合いを取り、出方を伺っていた。すると、奴が腕を振りかぶり、刃物のような爪で攻撃しようと迫った。それに対し、ライトは足を広げて低い姿勢のまま半身に保ち、剣を右腰に隠す。
そして、レイスが右腕を振り下ろして彼の顔を引き裂こうとする刹那、ライトが腰を落として攻撃を回避したと同時に、奴の胴体を横薙ぎに斬り裂いた。腰を沈めて避ける動作と剣を振るう動作を合わせ、攻防一体の剣技を完成させたのだ。
「ただ単に突っ込んでくるとは、随分安直だな?」
真正面からフェイントも無い攻撃を躱す事など、ライトにとっては造作もない。レイスが一先ず距離を置こうとするが、彼は見逃さずに畳み掛ける。
「はああぁぁ!!!」
刀身から放たれる赤い光が瞬き、3連撃ソードスキル《シャープ・ネイル》がレイスの胴体に深く刻まれた。しかし、奴のHP減少幅はそこまで多くなく、切り裂かれた胴体も元に戻ってしまった。
「っ…そうだった。レイスに斬撃は効果が薄かったな」
RPGに登場する《実体を持たないモンスター》は総じて、物理攻撃ではなかなか倒せない。魔法攻撃があれば話は別だが、生憎この世界には無い。時間は掛かるが、只管にダメージを与えるしかなさそうだ。
「仕方ない……やるか」
面倒くさがるも、ライトは気合を入れ直して剣を構えた。瞬間、奴が再び襲いかかろうと接近するが、彼は腰に装備している投擲ナイフを掴み、レイスの頭部に投げ放った。しかし、命中しても実体を持たない奴には効果が薄い為、大してHPが減る事は無かった。
しかし、投擲攻撃が命中した事で突進スピードが弱まった。それを狙っていたように、ライトは一気に接近して2連撃ソードスキル《バーチカル・アーク》を発動させた。だが、それも大したダメージにならず、少量のHPを減らすに留まった。
「(ちっ…奴の弱点を見つけないと)」
このまま続けても倒せるが、投擲ナイフも無駄遣いはしたくない。何か効率よく倒せる方法は無いかと考える彼に、横から声が掛かった。
「ライト、大丈夫か?」
見れば、もう1体のレイスと戦っていた筈のキリトが、すぐ近くに来ていた。という事は、既に倒してしまったという事か?
「キリト、随分早いな。レイスには基本的に斬撃は効果が薄いだろ?」
「そうなんだけど、多分こいつのお陰だな」
キリトが背中にある剣の柄に手を添え、ライトはレイスに注意しながら彼の剣を見る。銘を《ソード・オブ・イヴェンタイド》は両刃の直剣で攻撃力も高く、AGI+7のマジック効果が付与される。
しかし、斬撃効果が薄いレイスにはどれも意味がない。まして、ライトの方がレベルは上だ。普通に考えて、キリトも倒すのに時間が掛かる筈だ。
「3層の鍛冶師のお兄さんに、剣の強化を頼んだだろ? その時の《正確さ》が働いて、ドンピシャでレイスの核を斬り裂けたんだ」
「…マジか」
それなら納得だと、彼は苦笑していた。思い返せば、野営地の鍛治師が『最短で敵を倒す為に《正確さ》を強化した方が良い』と口にしていた。つまり、的確に弱点を突くアシストが働いたのだろう。
「オレも機会があれば、《正確さ》を強化してみてもいいかもな」
「ハハッ…オススメするよ。じゃ、早くこいつを倒そう」
「いや、こっちは大丈夫だ。それより、ユウキ達の方を手伝ってやれ」
ライトはそう答えると、キリトと一緒に横目で少女達の戦闘を窺う。
「この! しゅわ!」
嫌悪感たっぷりに叫び上げるアスナが、ヤケクソに刺突攻撃を仕掛けている。だが、何時もの正確無比な剣技はどこえやら、欠片も見られなかった。後ろに控えるユウキも苦手な戦闘を克服しようと構えているが、やはり無理をしているように見える。
「ユウキ、スイッチ!」
「う、うん!」
何時もなら合図と同時に飛び出していたが、ワンテンポ遅れていた。横へジャンプしたアスナを通り過ぎ、レイスとの距離を詰める。3連撃ソードスキル《シャープ・ネイル》が発動され、レイスの胸に振るわれた。
だが、奴はヒラっと宙に舞い、攻撃を回避しようとする。その動きを見たユウキがビクッと震え、剣尖がずれてしまった。結果、彼女のソードスキルは腹部を斬りつけただけで、大したダメージは与えられなかった。
「…確かにそうだな」
「あぁ。だから頼む!」
「分かった。弱点の場所は、胸のちょうど中央だ。兎に角、そこを斬り裂け!」
「了解!」
キリトが向かうと、ライトは奴を倒そうと剣を構える。弱点部が判明した今、このまま睨み合う必要はない。一気にカタをつける為、彼は床を蹴って接近する。それに反応して、レイスも突進を仕掛ける。
そして、左手の爪で引き裂こうとするが、ライトがそれより早く剣を振るい、奴の左腕を斬り落とす。そして、ソードスキルを発動させようと、刀身に光を纏わせた。2連撃ソードスキル《バーチカル・アーク》が奴の胸部中央に迫り、一線が刻まれた。
「っ!」
《トワイライト・セイバー》の刀身が硬い塊を捉える感触を覚え、2撃目を再びそこへ振るう。寸分違わず刻まれた斬撃を受け、HPが大幅に減少して消滅した。目の前に表示された経験値に目を通し終えると、少女達の方はどうかと目をやった。
「アスナ、スイッチ!」
「えぇ!!」
持ち前の速度で一気に接近し、レイスの両腕をソードスキル《スネーク・バイト》で斬り落とした。同時に、後方で構えるアスナに呼びかけた。だが、ユウキが掛け声を発する前に、彼女は既に動いていた。
細剣ソードスキル《フォーリウム》は、刺突特化のレイピアの中で数少ない斬撃系の技だ。斬撃よりも相性が悪い刺突系のレイピアでも、この技が弱点部に入れば致命傷となる。それを受け、レイスはポリゴンとなって四散した。
「お見事、流石のソードスキルだな?」
「「へっくちっ!」」
キリトが労うも、少女達は体を震わせてくしゃみをする。2人のHPバーを見ると、手形マークのデバフアイコンが灯っていた。原因はあれかと、ライトが納得して声を掛けようとした
ーーーその時
「っ…キリト、ユウキ、アスナ、後ろだ!!」
「「「っ!?」」」
キリト達の後ろから、新手のレイスが出現した。カーソルはさっきより少し濃いピンク色で、【Resentful Wraith】という固有名が表示された。
「アスナ、ユウキ、一旦廊下に出て…」
「もう最悪!! 次から次へと、いい加減にしてよおぉぉぉぉ!!!?」
キリトの言葉を遮り、ユウキが振り向きざまに声を張り上げると、剣を肩に担いで地面を蹴った。瞬間、刀身に黄緑色の光が灯り、彼女の体が上前方に跳び上がった。上段突進ソードスキル《ソニック・リープ》が、弱点の胸部に迫る。
「オオオオォォォォ!!?」
目にも止まらぬ素早さと斬撃に為す術もなく、リゼントフル・レイスは斬り裂かれ、その体はポリゴンと化した。余りに瞬殺だった事に、ライトは少し顔が引き攣ってしまった。
「…怒らせるとヤバイな」(小声)
くわばら、くわばら。彼女の機嫌を損ねると、あんな目に遭ってしまうかもしれないと、ライトは内心で災害除けの呪文を唱えるのだった。
だが、感情に任せて後先考えずにソードスキルを放った為、勢いを付け過ぎだようだ。ユウキの放った斬撃が天井にまでぶつかり、空中で姿勢を崩してしまった。
「ヤバッ!?」
「ユウキ!」
体勢を整えようにも、空中での身動きは覚束ない。アスナとキリトが急いで受け止めようとしたが、それより先にライトが動き出していた。
「(ぶつかる!?)………あれ?」
上手く着地できないと思い、ユウキはどうにか受け身を取ろうとする。だが、不快な衝撃は訪れなかった為、ゆっくりと目を開いた。
「ら、ライト…」
「流石のソードスキルだな。お疲れ様!」
「…あ、ありがとう…////…」
不時着する前に真下に滑り込み、自分を受け止めてくれたと分かり、ユウキは自分の体勢に顔を赤くしながらも礼を言う。しかし、すぐ近くに立つアスナとキリトの姿が目に入った途端、ライトに慌てて呼びかけた。
「っ!////…ライト、降ろして!」
「…あ、ああぁ……悪い」
ライトも遅まきながら、キリトとアスナが見ている事に気付き、ユウキを地面に立たせる。すると、キリトがニヤニヤ顏を浮かべて、ライトに近付いた。
「ナイスキャッチだな、王子様?」
「そのニヤニヤ顏を今すぐ消せ!」
「ユウキ、顔が真っ赤よ?」
「なっ////!? へ、変な事言わないでよ、アスナ!!」
面白おかしくおちょくってきたキリトに冷たい眼差しを向けるライトの側で、ユウキもアスナから悪戯な笑みで揶揄われていた。想定外な事が起こったものの、無事にオバケを倒す事が出来た。
「とりあえず、みんなおつかれさ「「へっくち!!」」…っ!」
「大丈夫か?」
「さ、寒いんだけど?」
「ボクもだよ」
両腕で体を包み、寒そうに答えるユウキとアスナの姿に、ライトは彼女達のHPバーに灯るデバフアイコンが消えていない事に気付いた。
「《チルネス》…体温低下のデバフだな」
「そんなデバフ、解除する方法ないわよね?」
残念だが、アスナの予想は当たっていた。キリトが軽く頷くと、ユウキは両肩を震わせて寒そうに呟く。
「じゃあ、これが解けるまで震えてなきゃならないって事だよね?」
寒そうにしている少女達は、お互いに寄り添い合って温めている。その様子に、ライトは何か温めるアイテムは無いかと探し始めると、キリトに肩を叩かれた。
「ん?」
「チルネスを解除する方法を教えるから、ちょっと耳を貸してくれ」
「あ、ああ…」
どうして耳を貸す必要があるのかと思ったライトだが、大人しくキリトの言葉に従う。そして、その内容を聞き終えた直後、何故か凍りついた顔を浮かべた。
「それ、後でオレ達が殺されないか?」
「ちゃんと説明すれば大丈夫な筈だ」
それだけ答えると、キリトはストレージから取り出した大きめの毛布をライトに手渡した。そして、自分の分も取り出し、凍えている少女達に声を掛ける。
「失礼!」
「悪い」
「「へぇっ??」」
すると、キリトはアスナを、ライトはユウキを引き寄せて自分達ごと毛布で包み込んだ。直後、少女達の顔が一気に赤く染まり、掠れた声が生まれた。
「ちょ、な、何してるのよ!?」
「ら、ライト、何してっ!?」
「我慢してくれ、これがチルネスを解除するのに1番手っ取り早いんだ!」
「因みに、チルネス状態のプレイヤー同士でこうやっても、効果はあまり無いらしい」
これがキリトから聞かされた内容だった為、ライトが渋い顔をするのも当然だ。女子と一緒に毛布に包まるなんて、恥ずかしいに決まっている。
「あ、あのねぇ…こんな所、他の誰かに見られたら変な誤解をふわぁぁぁ…」
「ほにゃあぁぁ…」
途端、少女達の顔が緩みきったものに変わった。すると、さっきまで感じていた寒さが嘘のように消え、代わりに芯まで溶ける程の暖かさが感じられた。実は《チルネス》を解除した後は、湯舟に浸かるような感覚になるらしい。
「もう、寒さは消えたか?」
「……へっ?////」
暫くボーっとしていたユウキだが、ライトの一声で我に返り、自分がとても恥ずかしい状態になっていると分かると、またも赤面しながら抜け出た。
「いやっ…えっと…その……あ、ありがとう。温めてくれて////」
「…あぁ」
恥ずかしそうにしている彼女を見ていると、なんと答えて良いか分からず、ライトは適当に返した。すると、少し離れた場所に光る何かが落ちている事に気付き、ライトはキリトに呼びかける。
「キリト、何か落ちてるぞ?」
「へっ?……おっ、発見発見とっ!」
「何それ?」
「クエストのキーアイテムさ。最初の部屋で見つかってラッキーだったな。全部探さなくて済むし」
「良かったー。こんな不気味な家ともおさらばだよ!」
これでオバケと戦闘せずに済む事にユウキが喜び、アスナも顔が緩んでいた。一先ず目的は達した為、少女達の言うように長居は無用だ。早く次の目的地に行く為、3人に声を掛けようとした時だった。
「っ…」
ライトが唐突に《違和感》を感じ取った。言葉では説明できないが、どうにも無視できないあの感覚を。すると、キリトが何やら意味深な言葉を掛けた。
「悪いけどみんな、もう少しだけ付き合ってもらうぜ?」
「へっ?」
「どういう意味?」
訳が分からない様子のアスナとユウキは、思わずキリトに真意を訊ねる。しかし、答える暇もなく《それ》は起こった。
カコン、カコン
「「「っ!!?」」」
何かが転がる音が部屋に響き、反射的にキリトを除いた3人が視線を送ると、小さな壺のような物が転がっていた。その刹那、ブワッと中から緑色の煙が発生して、瞬く間に部屋に充満した。
「な、何これ!?」
「ガス!?」
「2人とも、落ち着け!」
突然の襲撃に理解が追い付かないアスナとユウキに、キリトが声を掛ける。ライトは咄嗟に息を止め、吸い込まないように鼻と口を腕で塞ぐ。恐らく、部屋の外から何者かが奇襲を目論み、ガスで動きを封じようとしたのだ。
どうにか脱出すべきだと考えたが、ライトの体が突如震え始めたかと思うと、その場に倒れてしまった。
「くっ…(そんな、確かに息は止めたのに!!)」
自分に起きた現象に困惑するライトはHPバーを見ると、そこには麻痺状態を示すアイコンが灯っていた。理解が追い付かない状況の中、彼は必死に思考を巡らせる。
恐らく、キリトはこの展開を知っていたと思われる。ガス襲撃の際、彼は特に慌てていなかった為、これはβ時代に経験した出来事だと考えると、少なくとも命の危険は無いだろう。
すると、広まった筈のガスが跡形もなく消え去り、フードを被った3人の何者かが現れた。防護マスクの所為で顔を識別できないが、体格からして男だと分かった。奴らはライト達に近付くと、床の壺を拾ってマントの中に仕舞った。すると、おもむろにフードを取って防護マスクを外した。
「いやはや、驚きましたな。まさか、こんなにも早くパイサーグルスの別宅を見つけてくれるとは。私どもも探していましたが、スリバスにあったとは思わなんだ」
痩せ気味の頬に立派な顎髭を生やした男が、4人を見下ろしながら口を開いた。すると、奴はアスナに近づいて右手に握られている鍵を手に取る。
「ここにキューブがあれば万々歳なのですが、この鍵の使い途には心当たりがあります故、きっと見つかるでしょう」
男は奪った鍵を懐のポケットに入れると、今度は打って変わって笑顔を浮かべた。
「本当に良い働きをしてくれました、剣士殿。ここでお別れです……と言いたいですが、あなた達にはもう少しやってもらう事があります。ご同行願いますよ?」
こちらの返事を待たず、顎髭男は2人の大柄な男に目をやった。すると、彼らが4人に近付き、マントの中から大きな布袋を取り出した。そして、ライトの襟首を掴んで中に投げ入れた。
背中を軽い衝撃が襲う。雑な扱いに内心で不愉快に感じていると、今度はユウキが中へ押し込まれた。すると、男は袋の開け口を閉じてしまった。視界を封じられた中、ライトは男達の正体を考察する。
恐らく、あの顎髭男がスタキオンの領主サイロンに間違いない。キリトから聞いた特徴とも一致し、彼らも自分達の事を知っていた。居場所を突き止められたのは、ライト達を監視していたのだろう。すると、唐突に浮遊感を感じて、袋ごと持ち上げられたと気付く。次に、コツコツと床を歩く音が聞こえ始めた。
ガスマスクを着けた男達が袋を担ぎ、運んでいると分かったライトだが、今の状況に内心で不安を感じでいた。死と隣り合わせのデスゲームで、指1本すら動かせない現状を考えると、そう思うのも無理はない。
「(大丈夫なんだろうな、キリト?)」
思わず内心でキリトに呟く程、ライトは少し戸惑っていた。その時、足音が収まったと思うと、強い衝撃がライトを襲い、外から馬の鳴き声が聞こえた。
どうやら、屋外に運ばれたようだ。更に、『パシン!』と鞭で何かを叩いた音が聞こえ、馬の鳴き声がしたかと思うと、ゆっくりと動き出した。一連の物音で馬車に乗せられたと分かり、ライトは現状を整理してみた。
「(この展開がクエストの一部なら、命の危険は多分ない。この状態も、切り抜ける方法が用意されてる筈だ……と信じるしかないな)」
正直、100%安心できるとは言えないが、キリトがβで経験しているクエストだ。そこまで心配する必要は無いだろうが、ユウキはどうだろうか。ライトは自分の上に横たわる彼女に目をやるが、暗くて表情が良く見えない。
その震えている手が不安からのなのか、それとも麻痺による痙攣なのか。もしかしたら、両方の意味で震えているのかもしれない。こんな状況で冷静に物事を考えられる訳がない為、不安に感じるのは当然だ。せめて、何か出来る事はないかと考えた
ーーーその時
「ヒヒィィィン!!?」
「「っ!?」」
またも、馬の鳴き声が届いた。何か起きたのかと思った瞬間、今度はサイロンの叫び声が響いた。
「何者だ!? 私はスタキオンの領主、サイロンだぞ!」
直後、激しい金属音が木霊した。ライトは直感で、サイロンが何者かに攻撃されたと理解した。ならば、一体誰がそんな事をしているのか。
すると、荷台が大きく傾き、ライト達を閉じ込めていた袋が地面に落ちた事で口が開いた。見れば、荷台の上でサイロンと2人組の盗賊が剣を打ち合わせ、離れた場所では仮面の大男達も同様に2人の盗賊と戦っていた。
「(何なんだ、これは!?)」
今日何度目か分からない混乱状態が訪れるも、ライトはすぐに現状を整理し始めた。1番に考えたのは、これはβ版の展開なのかという事だ。麻痺が解けた時、どちらかに加勢する事でルートが別れるのか?
そう思ったライトが、サイロンを襲う盗賊達に目をやった瞬間、背筋に悪寒が走った。奴らの頭上に浮かぶカーソルは《オレンジ色》ーーーつまり、犯罪者を意味する。
ザシュッ!!
フードを被った盗賊の1人が《片手斧》で、サイロンの左腕を斬り飛ばした。鮮血のように飛び散る赤いエフェクトとソードスキルの光が、片手斧使いを微かに照らす。そして、顕になったのはチェインコイフとニヤニヤした口元。
「(モルテ!?)」
片手斧使いの正体が分かった途端、ライトはもう1人の盗賊に目をやった。奴の右手には、形状がカーブを描く曲刀が見て取れた。
「貴様ら、領主殺しは大罪だぞ!! 2度とスタキオンの、あらゆる街の門を潜れなくなると知れ!!」
「…黙れ」
サイロンの台詞を容赦なく切り捨て、曲刀使いは得物を左腰に構えた。直後に、一線の煌めきが瞬き、サイロンの首と胴を斬り裂いた。
「っ!?」
すぐ近くから、ユウキの掠れた息遣いが伝わってきた。奴らは何の躊躇もなく、サイロンを殺した。明らかに狂っている。目の前の光景に、誰もがそう思う筈だ。サイロンの体は力なく荷台から落ち、ポリゴンとなって消滅した。代わりに、大量のアイテムがその場に撒き散らされる。
サイロンを殺した曲刀使い《ローテム》はアイテムに目もくれず、ライトへ向き直った。途端、切り傷がある口元をこれでもかと歪ませ、薄笑いを浮かべた。
待ち受けていたのは、アインクラッドに蔓延る最悪の連中。ライト達はこの窮地を乗り越える事が出来るのか?
余談ですが、小説プログレッシブシリーズの最新作がもうすぐ発売されるので、楽しみで仕方ありません。