では、どうぞ。
コペルが2人のパーティーに加わった後、再び狩りを開始した。ネペントを狩った数は、既に200を超えていたが、花付きは一向に現れない。気が遠くなるような作業を、2時間は続けていた。
「出ないね、花付き?」
2人と共に花付きを探すコペルが呟いた。そう思ってしまうのも、無理はない。キリトが持つ胚珠でさえ、1時間以上も掛けて、やっと手に入ったのだから。
「…オレも同じ事を思ってる」
その言葉に同意したのはライトだった。やはりどうしても、そう思ってしまうのは仕方ないかもしれない。
「まぁ、確かにな」
流石のキリトも、2人と同じ思いらしい。2時間以上も続けると精神力が持続しない。しかし、デスゲームと化したこの世界では、一瞬の油断が命取りとなる。それ故、全く油断が出来ない。
数十分後、探し続けて既に狩った数は250を超えていたが、現れる気配が無かった。普通のネペントは現れるのだが、花付きが一向に現れないのだ。
「キリト、これもう出ないんじゃないか?」
思わずライトが、キリトにそう呟く。250は狩っているのに出ないという事は、今日はもう出ないのかもしれないと、感じ始めたようだ。
「…その可能性もあるな」
キリトも同じ様子だった。ひたすら探し続けて狩るが、どうしても見つけられない。コペルも同意見のようだった為、今日の所は切り上げて明日にしようと、キリトが提案する。
「2人とも、今日はもう切り上げて、明日にするか?」
その提案を聞いたライトとコペルは少し考え始めた。その時、キリトの索敵スキルが2つの反応を捉えた。
「こっちに2体、反応がある!」
その言葉に頷くと、3人は走り出した。これだけ狩ったのだから、もしかしたら2体のうち、どちらかが当たりかもしれない。願わくば、どちらも花付きでありますように!…と思うのが本音だ。
ライトがその可能性を信じて、2人と共に走り続けると、それらは居た。口の上に巨大な花を咲かせた、花付きが。
「「「………っ!!」」」
3人は獲物に喰らいつく勢いで、一気に飛びかかろうとした。だが、それは叶わなかった。
索敵スキルに反応したのは、2体のネペントだ。うち1匹は、クエストクリアの為に必要な花付きのネペントで、残りもう1匹。それがノーマルなら何も問題なく、花付きなら大歓迎だった。だが、その2つはどちらも無くなった。
3人の目に映るもう1匹のネペントには、今にも破裂しそうな直径20cmの赤く丸いボールの《実》が付いていた。ライトはこのクエストを始める前に、キリトから聞かされた言葉を思い出していた。
「(あの実を割ってしまうと、大量のネペントがこっちに集まってくるんだったな)」
そう、あの実は言わば罠なのだ。初心者であるビギナーならば、興味を引かれ割ってしまう可能性が高い。その罠に嵌り、ゲームオーバーとなってしまえば、このゲームで待っているのは死だ。
キリトは悩んでいた。この場には、3人のプレイヤーが居る。うち2人はβテスターで、1人はビギナーだが、抜群に腕が立つ。実を割らずに倒す事は可能だろうが、絶対とは言い切れない。何かアクシデントが起きて実を割ってしまえば、強烈な臭いが発生して、全方位からネペントが集まってくる。
「(3人で実を割らずに倒すか。それとも、実付きが花付きから離れるのを待つか)」
考えられる選択は、その2つだけだった。安全性を考えるなら後者を選んだ方が良い。だが、β時代に聞いたある噂が、キリトに迷いを感じさせていた。
それは、キーアイテムを落とす花付きのネペントを放っておけば、その花が落ちて、《実付き》に変わってしまう噂だった。キリトはあり得ると感じていた。あの花が今この瞬間にも散ってしまったら、折角ライトの分を見つけたのに、全てが水の泡になってしまう。
「…どうする?」
キリトでさえ判断に迷っているのか、2人に意見を求めた。ネペントの情報を持っている者なら、誰もが実付きが花付きから離れる選択を選ぶだろう。しかし、コペルは違った。
「行こう。僕が実付きのタゲを取るから、キリトとライトが速攻で花付きを倒してくれ!」
コペルは行こうと言った。キリトが危惧した、キーアイテムが罠に変わる事を恐れたからか。それとも、何か別の理由があるのか。だが、今はそんな事をいちいち考える訳にもいかない。
「「…分かった!」」
2人は頷き、コペルの後を追った。コペルはまず、わざと花付きの標的が自分に向くよう先に出て、実付きに向かっていく。思い通り、花付きはコペルに狙いを定めた。その隙を付いて、キリトとライトが花付きの弱点部分に斬撃を与えた。
「はぁ!」
「せぁ!」
突然の奇襲に、花付きのネペントは怒り狂ったように吠えた。
「シャアアアアッ!!」
そして、先端が短剣状になっているツタで突きや薙ぎ払い、腐蝕液噴射を放ってくる。
キーアイテム故、ノーマルのネペントよりも攻撃力、防御力が少し高いが、レベル4に達しているキリトとライトには関係なかった。ツタの攻撃をキリトが弾き、ライトが攻撃を加える。その逆でも、花付きのHPをどんどん削り、10秒程でHPがレッドゾーンに達した。
すると、ライトがソードスキルを叩き込もうとタメを作った。最後の足掻きなのか、花付きは口を膨らませた。恐らく腐蝕液噴射だろうが、ライトはその攻撃すら許さず、ソードスキル単発水平斬り《ホリゾンタル》を放った。
「てぁぁ!!」
青い光を描く放物線が、花付きのHPを全て奪い取った。その瞬間、花付きの体は爆散し、ライトの足元に目的の《リトルネペントの胚珠》が転がってきた。
「やったな、ライト!」
共に花付きを倒してくれたキリトが歩み寄り、労いの言葉を掛ける。
「あぁ、そうだな」
しかし、まだ終わっていない。後もう1つ、コペルの分を探さなければならない。ライトの分を取る為に、実付きのタゲを取ってくれたのだから、協力をする必要がある。
「さぁ、コペルの援護に行こう。危険な実付きのタゲを取ってくれてるからな!」
「…そうだな」
キリトの言葉に頷くと、ライトは胚珠をポケットに入れ、彼と共にコペルの援護へと向かった。
「悪い、待たせた!」
「コペル、だいじょう…ぶ……」
実付きのタゲをしているコペルに声を掛ける2人だったが、ライトがコペルに声を掛けようとして、途中で止まってしまった。
コペルは剣と円盾を使って実付きのツタの攻撃を防ぎ、戦闘中でもライト達に顔を向けていた。だが、その瞳に映る感情をライトは感じた事があった。
まるで哀れむような、蔑むような感情を。何故そんな目をするのか。すると、コペルは円盾で攻撃を弾き、戦闘を中断させた。
「…ごめん。キリト、ライト」
コペルはそう言うと、視線を実付きに戻し、ソードスキルのモーションに入った。それは、単発垂直斬り《バーチカル》だった。だが、そのソードスキルは、リトルネペントには効果が薄い。茎の部分が弱点だが、そこは硬い捕食気に隠されている。
「…だ、駄目だろ…それ」
そして、そのソードスキルを放ってしまえば、コペルが対峙するネペントの丸い《実》を割ってしまう。無意識に呟いたキリトの声も虚しく、コペルはその実に、ソードスキルを叩き込んだ。
パアァァン!!
凄まじい破裂音が周囲に響いた。
キリトはこの音を聞くのは2回目だ。β時代、彼は臨時で組んでいたパーティー4名が脱出も出来ずに、死んでしまった光景を見ている。コペルの放った《バーチカル》は、ネペントのHPを削り切ったが、同時に周囲に強烈な異臭が広がる。
「………」
ライトは言葉が出なかった。コペルは明らかに、意図的に実を攻撃した。ビギナーならまだしも、βテスターがそんな事をする筈がない。命が掛かったデスゲームで、それは完全な自殺行為だ。コペルは2人に背中を向けて、再び小さく呟いた。
「…ごめん……」
途端、前後、左右、全ての方位からカラー・カーソルが出現した。煙に引き寄せられて、沢山のネペント達が集まってきたのだ。その数凡そ、20…いや、30は軽く超えていた。
キリトは何故コペルが実を割ったのか、その理由を考えていた。自分とライトを道ずれに死ぬつもりなのか。いや違う、コペルはまだ生きる事を諦めていない。何故なら、彼は左腰の鞘に剣を戻し、そのまま近くの藪へ走っていったからだ。
「…無駄だよ」
今にも消え入りそうな声で、キリトは呟いた。こうしている間にも、全方位からリトルネペントの大群が迫る。逃げ切るのは不可能に近い筈だが、コペルはそのまま藪に入っていった。だが、ここで予想外の事態が起こった。
「っ…カーソルが表示されてない!」
「っ!?」
キリトの言葉に、ライトは動揺した。離れている距離は20mもない。例え、視界に映らなくとも、索敵スキルを取っていれば、プレイヤーのカーソルを見つける事が出来る。しかし、それが出来ないとはどういう意味だろうと、ライトが考えた時、ある事を思い出した。
「(あの時と同様、索敵スキルが反応しない……という事は、コペルはあのスキルを取ったのか)」
それは、2人がコペルと出会った時の事だ。《索敵》スキルの性能は、モンスターとプレイヤーのカーソルを見つける事だ。それが例え、視界に入らなくてとも。だがあの時、2人の索敵スキルは反応していなかった。索敵スキルを欺く事が出来るスキルが、1つだけ存在する。コペルはそのスキル《隠蔽》を取得していた。
「キリト、どうやらコペルは…」
「あぁ、分かってる……まんまと罠に嵌ったな」
キリトもライト同様、索敵に反応が無いという事は《隠蔽》を取ったのだと気付いた。
コペルは最初から、2人を殺そうとしていた。あの実をワザと割り、この場所にモンスターを呼び寄せ、自分達を殺させ、その間に離れる。ゲーム用語ではこう言われている。
《MPK》…モンスタープレイヤーキル。
その目的は、恐らく自分達が持っているアイテム《リトルネペントの胚珠》を奪う事だと予測できる。殺そうとする側も、メリットが無ければやる意味が無い。完全に2人は嵌められたのだ。
だが、コペルのこの計画には、大きな落とし穴が1つだけあった。そして、キリトとライトは既に、その穴に気付いていた。
「…コペル……お前、知らなかったんだな」
静かに呟いた声の主はキリトだ。このクエストを始める前に、彼はライトに索敵を取るように勧めた。その時に何故、隠蔽を取る選択肢をしなかったのか。その理由は、リトルネペントの特性にあった。
「多分、隠蔽スキルを取るのは初めてなんだろ。あれは便利なスキルだけど、万能じゃ無いんだ」
聞こえているかどうか分からないが、彼はコペルが走って行った藪に向かって呟いた。それに続くように、ライトが口を開く。
「…視覚以外の感覚を持っているモンスターには、効果が薄いらしい。例えば、俺達が相手にしているリトルネペント、とか」
こちらに近付くネペントの大群の一部が、コペルが消えた藪の元に向かった。今頃コペルは、ハイドしているのに、自分がターゲットされ続けている事に気付いている筈だ。キリトがライトに索敵を勧めたのは、これが理由だったのだ。
ライトは周囲を見渡した。ネペントの大群が、すぐそこまで迫っており、この数を相手に生き残るのは不可能に近いと感じていた。そんな事を思いながら、彼はコペルが取った行動を見て、心底思った。
「…結局、誰もかれもが……自分が可愛い…って事か」
自分さえ良ければそれで良い。自分だけが生き残れればそれで良い。デスゲームへと変貌したこの世界で、そのような人間が現れてもおかしくない。
現実世界でも自分を助けてくれる者は居らず、全員が見て見ぬふりをしていた。巻き込まれるのが嫌だからだ。別にそんな生き方を否定するつもりはない。そんな事はもう既に分かっているからだ。
それに、はじまりの街に残してしまったクラインの事を思えば、自分が否定する事なんて出来ないからと、ライトは思っていた。
そして、彼の言葉にキリトも、同じ感情を抱いた。ネットゲームでは相手の本性が出やすい。仮想世界も結局は同じだと改めて気付き、俯く顔を上げた。
「ライト、突破するぞ!」
「あぁ!」
その言葉にライトは頷き、片手剣を構えた。2人は死ぬつもりなど無かった。絶望的な状況に変わりないが、黙ってやられるような事はしない。
「「おおおおぉぉぉ!!!」」
少年達の雄叫びが、暗い森の中に響き渡った。
戦闘が始まって、一体どれ程の時間が経ったのだろう。恐らく数分ぐらいしか経っていないだろうが、2人にとっては、とても長い時間に感じられた。
ライトはネペントのツタを捌くなり、避けるなりして的確に攻撃を与えていた。そのお陰で、彼はネペント達の攻撃を殆ど喰らわずに、逆に自分の攻撃を与える事が出来ていた。
「はぁ! てぁ!」
ライトは必死に剣を振り続ける。ツタの突きを躱し、薙ぎ払いを弾く。
「せあぁ! ふぅっ!」
キリトもライトの背後で戦っていた。ツタの攻撃を弾き、斬撃でダメージを与えていた時だった。
「キリト、左だ!」
「っ!?」
後ろで、共に戦っているライトの声が聞こえた。急いで左に視線を向ければ、リトルネペントが今まさに、左からツタで薙ぎ払いの攻撃をしてきた。
「てぁぁ!!」
キリトは自身の反応速度でその攻撃を弾き、弱点部分に斬撃を与えた。2人は背中合わせになり、お互いの死角をカバーする事で、最小限にダメージを抑えていた。しかし、ここで最大の問題が発生する。度重なる戦闘で、刀身の至る所が刃こぼれを起こしていた。武器を失えば、生存確率は無いに等しい。
「「はぁぁ!!」」
2人は何とかネペント達の攻撃を掻い潜り、少しずつその数を減らしていく。だが、四方八方からのツタの攻撃を紙一重で避けているものの、僅かに掠めており、腐蝕液の雫が防具に付着し、2人のHPをじわじわと削っていく。それでも2人は必死で剣を振り続けた
ーーーその時
カシャアァァン!!
2人の背後から、鋭く、儚い破砕音が響いた。
「「っ!!」」
それは、モンスターが砕ける音とは違った、プレイヤーの死亡エフェクトが発生させる音だった。10匹以上のモンスターに囲まれていたコペルが力尽きたようだ。
反射的に背後を振り向きそうになったが、今はよそ見が出来る状況ではない。兎に角、無駄な攻撃をせず、少ない手数で弱点部分を的確に斬り裂く事に集中していた。
2人は視界に映るモンスターを倒して、漸く後ろを振り向く事が出来た。そこから、6匹のネペント達が迫ってきた。コペルはどうやら、4匹までは仕留めたようだった。だが、そこで力尽き、彼は2つの世界から永遠に消えてしまった。
「……お疲れ」
不意にキリトが呟いた。それは、この世界で生きる為に選んだ手法を使い、死んだ彼に対しての、労いの言葉だったのかもしれない。背後から接近してくるネペント達を確認すると、何と花付きが中央に見えた。それを見て、今度はライトが呟いた。
「…コペル…こんな事しなくても、あと少しだけ粘ってたら、お前の分も取れてたかもしれない」
わざわざMPKまで起こして、最後には自分がモンスターに殺されてしまった。正に、自業自得という言葉が当てはまる。だが、今更言っても遅すぎる。コペルの魂はもう、四散してしまったのだから。
そう呟くと、2人は背後から迫るネペント達に近付く。逃げる事も考えたが、追ってこられても厄介だ。
「「おおぉぉぉ!!」」
腐蝕液噴射をする為、動きが止まったネペント達を速攻で片付け、残りを《ホリゾンタル》と《スラント》のソードスキルで、その体を四散させていった。
2人はコペルが四散した場所へ来ていた。そこには、彼が使っていたスモールソードと円盾が転がっていた。キリトはそれを拾い上げると、近くの木の根元に突き刺した。そこへ、ライトが仕留めた2つ目の《リトルネペントの胚珠》を置いた。そして、その行為を亡きコペルに伝える為に口を開いた。
「お前の分だ。コペル」
裏切られた憎しみは、今の2人には不思議と無かった。その理由はやはり、彼の生き様を否定できないからだろう。2人は踵を返すと、そのまま村の方まで歩いていく。
「ごめん、ライト」
「っ?」
突然、キリトがライトに謝罪の言葉を口にした。ライトは、何故キリトが謝るのか分からなかった。
「…こんな危険な事になってしまって、悪かった」
その言葉で彼は気付いた。もしかしたら自分達は、あのままコペルと共にネペント達にHPを削られ、ゲームオーバーとなり、命を落としていたかもしれなかった。今更その事に気付くとは、ライトは心の中で自分自身に呆れてしまった。
「お前の所為じゃない…だから、謝る必要なんてないさ」
2人は、その後は会話を交わさず、黙って森を抜けていった。その後、クエスト依頼を引き受けた民家まで胚珠を持ち帰り、それぞれが報酬として、片手直剣《アニール・ブレード》を手にする事が出来た。
今回は以上です。