「…はっ!!!」
勢いよくベッドから起き上がった少女は、肩で息をしており、頬や額にも大量の汗をかいてしまっていた。彼女は額に滴る汗を拭うと、視界の端に映る今日の日付を確認した。
「……2022年11月19日土曜日……統一模試、今日なのに」
そう呟く少女の声色は、酷く疲れているように見て取れる。この状況を考えれば、そうなるのも無理ないかもしれない。
茅場 晶彦によって宣告された《デスゲーム》が始まってから、今日で13日が経過したが、未だ外部からの助けが来る様子は見受けられなかった。どうやら、ナーヴギアの解体による、現実世界への帰還は不可能のようだ。GMの権限を持つ茅場は、その辺りの対策もしっかり行っていたのだ。
小さく囁いた少女は、絶望しかかっている表情を浮かべる。すると、唐突に部屋の扉が開かれた。
「あっ、アスナ……おはよう!」
「…おはよう、ユウキ!」
アスナと呼ばれた少女の視線の先には、扉の取っ手に手を掛ける、幼く可愛らしい少女が立っていた。ユウキと呼ばれた少女は、部屋の扉を閉めて入ると、アスナに歩み寄ってベッドに腰掛ける。そして、改めて彼女に向き直る。
「…アスナ、大丈夫?」
ユウキがアスナを見詰める瞳には、心の奥底から心配しているという気持ちが伝わってくる。その気持ちが伝わった様子で、ユウキの問いに、アスナは何とか笑顔を作って答える。
「うん、大丈夫よ」
「………」
しかし、彼女のその言葉を聞いても、ユウキの表情は晴れずに曇ったままだ。アスナの声色で、我慢しているのがすぐに分かるからだ。それでも、彼女は自分が抱える弱さを見せようとはしなかった。
「朝ご飯、買ってきてくれたんだよね?」
「…うん」
アスナの問いに頷いたユウキはウインドウを開き、皿に乗った黒い物体をテーブルに出現させた。すると、彼女はとても申し訳なさそうな様子で俯き、アスナに伝えた。
「…えっと、ごめんね。色々探したんだけど、こんなのしかなくて」
顔を俯かせて申し訳なく謝る彼女だが、アスナは優しい微笑みを浮かべると、ユウキの頭を優しく撫でて声を掛けた。
「ううん。…ありがとうね、ユウキ」
アスナにお礼を言われたユウキは顔を上げ、少し安堵したような表情になって微笑んだ。彼女の笑顔を見たアスナは、少し気が楽になったように感じた。夢で見た悪夢が、自分の心からフッと払われるような、そんな感覚を覚えるのだった。
それから2人は、皿の上に乗っている黒いパンを食べ始めた。しかし、これがかなり固く、とてもじゃないが美味しくなかった。アスナは内心でそう思ったが、ユウキが命を懸けて買って来てくれているので、そんな事は絶対に言おうとしなかった。
というのも、ユウキは先程までフィールドに出て、モンスターと戦っていた。自分達の宿の宿泊代と、食料代のコルを稼ぐ為だった。ゲームの世界なので、食べなくても大丈夫だが、空腹の感覚が押し寄せてくる為、仕方なくこれを食べている。
「ユウキ、私…戦うわ!」
「ええぇ!!? な、何言ってるの、アスナ!?」
朝食を食べ終えて、黒パンが置かれていた皿が消滅した瞬間、アスナがそう言ってきた。その言葉を聞いたユウキは、驚愕のあまり声を上げた。しかし、そんな彼女に構わず、アスナは真っ直ぐな瞳でユウキを見据え、はっきりと言葉を発した。
「このゲームをクリアする為に戦う! このまま、この宿に篭って腐っていくくらいなら、最後の瞬間まで自分のままで居たいから!」
「アスナ…」
彼女の決意に満ちた瞳を前にしたユウキは、止めるのは無理だと悟った。何時まで経っても助けが来ないこの状況は、ユウキにとっても精神的に負担を掛けていた。それと同時に、アスナをこれ以上、不安にさせたくないと思っていた。全てが変わってしまったあの日、ユウキは茅場の宣言は嘘だと考えていた。
例え、彼の話が本当だとしても、外部からの助けが必ず来ると思っていた。チュートリアルの終了後、広場で騒ぎ続けるプレイヤー達の声を聞きながら、アスナを支えて宿に向かった。そして、放心状態の彼女を落ち着かせ、その日は休んだ。次に起きた時は、現実世界に戻っていると考えていたが、それは呆気なく砕かれた。
その日から、ずっと宿に留まり続けたが、何の進展も無いまま時間だけが過ぎた。あの宣言は本当だったと、ユウキは認めてしまった。外部からの助けは期待できず、ゲームクリアだけが脱出する唯一の方法だと、もう認める他なかった。
「…だったら、ボクも一緒に行くよ!」
「ユウキ…でも!」
「アスナ1人を行かせる訳にいかない。ボクも一緒に戦うよ、姉ちゃん!」
「……うん!」
2人は立ち上がると、お互いに頷き合って固い握手を交わし、抱き締め合った。その後、2人は服装を整えて、手早く準備を済ませると、扉を開けて外へと出て行った。
宿を出た後、2人は圏内を歩き、武器を購入する為に武器屋を探し回ったが、行く先々で複数の男達が話しかけてくる為、2人はNPCショップで、厚手のフード付きケープを購入した。アスナとユウキはそれを羽織って顔を隠すと、再び歩き始めて武器屋に辿り着いた。
2人が店内に入ると、そこには様々な種類の武器が置かれていた。その中から、アスナはどの武器にしようかと、複数種類のある武器を眺めていた。因みに、ユウキは既に片手剣を購入している。
「アスナ、どれが良いか選んだ?」
「うん、この細い剣にしようと思う!」
アスナはそう言うと、壁に掛けられていた刀身が細い剣を手に取った。それは、ヨーロッパ発祥の刺突に特化した武器のレイピアだった。その剣を持つアスナの姿を見たユウキは、深く頷いて言った。
「…何だか、アスナにピッタリな剣だね?」
「そう…かな?」
アスナは自分の武器をチョイスすると、NPCの店員にコルを支払って装備を完了させる。そして、お店を出ると、街の通りを歩いていると
「久しぶりだナ、ユーちゃん!」
「ひゃっ!?」
「誰!?」
突然、背後から声を掛けられた2人は、慌てて振り返った。そこには、2人と同じように、フード付きコートを装備した、2人よりも小柄なプレイヤーが立っていた。
「なんだアルゴか。ビックリさせないでよ〜!」
「ニャハハハ! ユーちゃんはイジリがいがあるからネ、つイ」
「もぉ〜〜!」
声を聞く限り、自分達と同じ女性だと思ったアスナは、フードを着た少女と話をするユウキに、おずおずと声を掛けた。
「ユウキ、この人は?」
「あっ…紹介するよ、アスナ。この人が、ボクが話してた情報屋のアルゴだよ!」
「えっ!? この人が?」
その名は、ユウキから聞かされていた。彼女がコルを稼ぎ終えて部屋に戻ってくる時、頻繁にとは言わないが、色々な情報を仕入れている情報屋が居ると。情報屋アルゴは、ユウキの隣に立つアスナに視線を移すと、フードの奥から声を掛けた。
「ユーちゃんの言う通り、オレっちが情報屋のアルゴだヨ。ところで、名前は何て言うんダ?」
「名前ですか? 結城明日奈ですけど」
「ちょ、アスナ!」
「悪かっタ、ビギナーさん。プレイヤーネイムでお願いしまス!」
まさか、自身のリアルネイムを言われると思わなかったアルゴは、慌てて彼女自身が名付けたプレイヤーネイムを求めた。そんなこんなで、お互いの自己紹介を終えると、アルゴが懐から2冊の本を、アスナとユウキに見せた。
「そうダ、ユーちゃんとアーちゃんにこれを渡しておくヨ!」
「…これは?」
「第1層の攻略本サ。この本には、第1層に出現するモンスターやクエストの内容が全部載ってるんだナァ」
それを聞いた2人は、即座にその攻略本を購入しようとコルを出そうとしたが、アルゴから無料だと言われたので2人分を受け取った。そして2人は、フィールドに出て次の村へと歩き出した。このゲームを攻略する為に戦うという決意を秘めて。
今回は以上となります。
ユウキのキャラ感を出そうと口調にも気を付けて書きましたが、天真爛漫で真っ直ぐな彼女の姿が、アスナにとって大きな存在という形となっています。
そして、情報屋アルゴも登場させました。それ以前に、ユウキとは何度か会って話をする仲になっています。