結局その日、家に帰ったのが夜の十一時だった。
「はあ、今日はもう寝ましょうか」
ほぼ2日間酷使した足は、もう自分のものではなくなっていた。
私はベットに倒れ込むように寝転がり、いつの間にか意識が無くなっていた。
「ここ、どこ?」
気がつくと、まだ薄ら明るい森の中にいた。この森には見覚えがある。
「きたわね」
そう、かつて夢の中で訪れた古道具屋のある森。
「霖之助さんのとこに行かなきゃ」
とりあえず、森の奥へ奥へと進んで行く。
夢の中でも足の疲労は付き纏う。
なのに、夢の中では体をいくら酷使しても、起きた時には回復しているから不思議だ。
夢の中を探索するということ自体不思議なのだから、今更不思議がることでもない様な気もするが、なんにせよこのタイミングでこの不可解な現象に遭遇するなんて、ついていない。
「はあ、はあ、こんなに奥だったっけ?」
いくら進んでも香霖堂には辿り着かない。
そもそも、道順を覚えていないから当然だけど。
やがて、空が赤く染まってきた。
(いけない、夜になっちゃう!)
夢の中といえど、影響は現実の世界にも及ぶ。
なんとしても夜の行動は避けたい。
「カン カン カン」
金属を何かに打ち付けている様な音が聞こえた。
(人がいるのかもしれない!)
私は、音のする方に歩いた。
早く誰かに逢わなきゃと焦りつつも、危険を考えて慎重に移動する。
「カン カン カン」
序々に音が大きくなってくる。
おそらく、もう十数メートルのところまで来ている。
身を屈め、木陰から恐る恐る音のする方を覗いてみた。
その直後、私は自らの行いをひどく後悔した。
見れば、手前の木々に無数の洋風の人形が打ち付けられており、その奥、木々の影に紛れ、何かを木に打ち付けている、女性のシルエットが蠢いていた。
「きゃああああああああぁぁ」
声を出すのは危険だと判断したのは、既に叫び終わった後であった。
人影の動きがぴたりと止まる。
顔は見えなくとも、こちらを見たのは動きで分かった。
逃げる、とにかく逃げる、それでもこの疲弊し切った身体はいう事を聞かない。
夢の中で何かに追いかけられて、逃げ切れた試しがない。
転ぶ、そのまま、意識は薄れて…
はっと目が覚めた。
白いシーツのふかふかのベッドの上に、ピンク色の毛布がかけられた状態で、私は寝ていた。
夢の中で寝るって、変な感じ。
ゆっくりと、起き上がってみる。
部屋にはベッドの他に、机と椅子、その上にスタンドと、金髪で青いドレスの人形が置かれている。
壁には窓がひとつ、壁紙は貼ってなく、木本来の色がそのまま残されている。
外の景色を見てみると、既に空が赤く染まっていた。
あれからどの位の時間が経ったのだろう。
ふと、何者かの視線を感じた。
その先は机の上の人形。
こちらを見る様にして、ちんまりと座っている。
胴体に比べてやや大きめの顔には縦に伸びた楕円形の目と、小さな口しかないが、とても喋りたそうにこちらを見ている。
「あなたが私をここに? まさかね」
視線を逸らそうとした瞬間、
「シャンハーイ」
「し、喋った⁉︎」
人形が片手を上げ、立ち上がる。
恐怖よりも、なんか可愛いと思ってしまう仕草。
しかし、それもまた直ぐに恐怖へと変わる。
部屋の外から、キイ、キイと床が軋む音が聞こえる。
音の聞こえ方からして、おそらく階段を登っていると思われる。
直ぐに足音が部屋の前まで来た。
慌てて布団から飛び出ようとするが、疲労もあってか、身体が言うことを訊かない。
ドアノブに手がかけられた。
意味がないとわかっていながら、布団の中に隠れる。
キィとドアが開く音がすると同時に、少女の声が聞こえた。
「もう大丈夫よ」
少女としての幼さを残しながらも、大人のように落ち着いた声だった。
恐るおそる布団から出てみると、私より頭一つ大きいくらいの身長の少女がこちらを覗いていた。
短い金髪に赤いカチューシャをつけ、青いワンピースにケープを羽織り、赤いリボンを腰に巻いた、人形と同じような格好をした少女。
「え、ええ。ごめんなさい、少し驚いてしまって」
「ふふ、見ない顔ね。里の人間では無さそうね」
少女は優しい表情で笑いかけた。
まるで人形のように、整った顔立ち。
しかし、先程まで木に人形を打ち付けていた少女だ。
油断はできない。
「あ、あなたは何者?」
恐るおそる聞いてみた。
少女はクスッと笑う。
「怖がらなくてもいいのよ。別に、貴方が見たものは見てはいけないものではないわ。あれは実験みたいなものよ、完全な自律人形を作るためのね」
そう言うと、少女の下に一体の人形がやってきた。
今度は先程の人形と違い、赤いドレスを着ている。
「ホウラーイ」
「この子たちはまだ私の近くにいないと複雑な動きはできないわ。私はアリス・マーガトロイド、七色の人形使いよ。」
「…マエリベリー・ハーン、大学生です」
「大学?成程、外界から来たのね」
外界と聞いて、今度はピンと来た。確か、幻想郷縁起にも書いてあった、私たちの世界を指す言葉。
「ここって幻想郷ですか?」
「あら、貴方知っているの?」
少女の反応からして、ここの世界には外界から人が来るのは珍しくはないが、その中で幻想郷を知っていたものは少ない、といった感じだ。
それもそのはず、私もあの本を手にするまで幻想郷の存在は知らなかった。
「私、『香霖堂』っていう古道具屋さんに行きたいんだけれど」
少女はまたも驚いた様子を見せる。
「あの店主とも繋がりがあるのね。貴方に興味があるわ。ゆっくりお話ししたいところだけど、またの機会ね」
そう少女が言っている時、黒い影が窓の外を通り過ぎていった。
それと同時に、少女はため息をつき、部屋を出ていく。
「ようアリス!元気か…」
「マリサ!約束!」
「え?えーっと、あ!きのこ料理ならまたの機会に」
「違う!魔導書よ!私が貸したやつ、まだ返ってきてないんだけど!」
下の階で、少女が誰かと争っている声が聞こえる。
私はゆっくり、階段を降りた。
「もう少しだけ、な?」
「もう少しもう少しって、何回日が昇ったと思ってんのよ!」
「うーん、これくらい?」
「足の指まで使ってもあんた三人必要なのよ⁉︎」
「いいじゃんちょっとくらい、アリスって私より長生きなんだろ?そんくらいわけないって」
「そんなわけない‼︎すぐに返して!んで?本を返しに来た訳じゃ無いなら、今日はなんのヤボ用?」
「実は魔導書を借りに…」
「あっきれた。あんたねえ、もう自分がブラックリストに載ってるって自覚ないでしょ」
「ここはまだだと思ったんだが」
「ここはって何よ⁉︎はぁ、里があんたの顔だらけになるのも時間の問題ね」
一応下まで降りてきたが、すっかり蚊帳の外だ。
「頼むよアリス、もうここだけしかないんだよ。紅魔館には指名手配されちまったし」
「はあ、わかったわよ!その代わり…」
少女は私を指差した。
「あの子を香霖堂まで連れてってくれる?」
ひょこっと玄関のドアから相手が覗いてきた。
「へえ、客人とは珍しいな。」
「丁重に扱ってね。空飛べないんだから」
「お安い御用だぜ。んじゃ、邪魔するぜ」
そう言って、家の中に入ってきたのは、まるでお伽話に出てきそうな魔女の格好をした少女だった。
身長は私と同じくらい、頭には黒いとんがり帽子、金髪で片方だけ三つ編みのおさげを垂らしており、黒い服に白いエプロン、黒いスカートを履いている。
魔女の少女は迷わず家の中の本棚へと向かう。
「そうそう、これだぜこれ!」
「これだぜこれ、じゃないでしょう!ほら、取引成立!貴方もいらっしゃい」
魔女の少女と共に家の外に出された私は、人形の少女に袖を引かれた。
「貴方、帰り方わかる?」
「ええ、目が覚めれば戻れます」
すると人形の少女はまたクスッと笑った。
「面白いこと言うのね、また逢いましょ」
「おーい、準備できたぜ」
魔女の少女は、片手に箒を持って、こちらに手を振っている。
「ありがとうございました」
「気をつけてね」
人形の少女に一礼すると、魔女の少女の元へと駆け寄る。
「よし、じゃあ箒にこうやって跨って」
「こ、こう?」
「そう、しっかり掴まってるんだぜ」
足がだんだんと地面から離れていく。
「えっ?えっ?」
「じゃあな、アリス」
「いやああああぁぁ」
投稿始めてから早一週間。たくさんの人に見て頂いて感激です。
さて、じつは新しいシリーズも始めようかと思っているのですが、そうなるとこのシリーズの投稿頻度が落ちてしまいまして、、、もう少しこっちのシリーズを続けていこうかな。
新シリーズの方はこっちよりも読みやすい、と思う。