しかし、明晰夢の中で事が思い通りに進まない時、それは少し注意した方がいいかもしれません。なぜなら、
あなたの夢では無いかもしれないから。
夕日は丁度沈み終わったところで、西?の空が紫色に染まり、一等星が幾つか見え始めている。
足元には、視界が切れる先まで森が広がっている。
高いところが苦手な私は、必死に前の少女にしがみつく。
「あの、しっかり掴みすぎだ」
「あ、すみません」
と言われても、怖いものは怖い。
この手を緩めることは本能が許さなかった。
「ははは、しょうがないなあ」
流石に少女も苦笑いである。
「ところでお前、こーりんの知り合いか?」
「え?こーりん?」
「ああ、悪い悪い、霖之助のことだ。香霖堂へいくんだろ?」
「知り合いというか、まだ会ったことあるかわからないんだけれど」
「? なんじゃそりゃ」
あれこれ言っているうち、どうやら目的地付近まで来たらしく、高度が下がっていく。
目の前には、見覚えのある屋根が。
「目的地到着!」
飛び降りれそうな高さになった時、店の中から男が出てきた。間違いない、森近霖之助だ。
しかし、前に来たよりも玄関先の物がやや少ない気がする。
「ようこーりん、さっきぶり」
「また君か。さっき来たばかりだろう」
「良いじゃないか、お客さん連れてきたんだし」
「折角連れてこられたお客さんも、君が商品盗ってくから買う物がなくなっちゃうよ」
足が付くくらいの高さになったので、私は箒から降りる。
霖之助がこちらへ近づくと、少女は「またな」と箒で飛んで行ってしまった。
「この店に何の用かね?」
霖之助が訪ねてきた。
髪型から服まで、以前とどこも変わっていない。
「森近霖之助さんですね。私のこと…見覚えあったりします?」
こういう時、相手にどう聞けば良いかわからない。
「…とりあえず、なかに入ろう」
霖之助は考えるような素振りを見せてから、店内に入る様に促した。
店内は相変わらずのごちゃつき具合だが、明らかに以前より物が少ない。
まだ辛うじて歩けるくらいには。
「あの魔理沙という子にも困った物でね。しょっちゅうこの店に来ては、勝手に物を持ってってしまうんだ」
そう愚痴を溢しながら、霖之助はコーヒーを注いでいる。
「今コーヒーを淹れた。かけたまえ」
「ありがとうございます」とお礼を言い、一口啜ってみる。
前回も感じたけど、ここのコーヒーは嫌な苦味がなく、良い香りがしてとても飲みやすい。
「あの金髪の女の子は、昔からここへ遊びに来ているのですか?」
先程霖之助が魔理沙と呼んだ少女。
もしかしたら、以前霖之助が話していた金髪の女の子かもしれない。
その話では既に少女は亡くなっているようだったけど、その仮説が正しいのなら、私は以前よりも過去にいることになる。
「ああ、そうだ。僕はここに店を構える前、あの子の父親さんの元で修行をしていてね。あの子が生まれた時から知っているよ」
以前、「客というより我が子のようなもの」と話していたけど、今の話を聞く限り霖之助にとって魔理沙は特別な存在であることは確かだ。
ほぼ、間違いない。
「君はさっき僕に、見覚えはあるかと訊いたね。君は僕に見覚えはあるか?」
「ええ、まあ」
「僕は一応商人だから、人の顔は覚えるようにしているのさ。里で金髪の女の子というと限られてくるし、すまないが、君に見覚えはないな」
キッパリと言われた。
案外、物事をはっきりという人らしい。
「そもそもにして着ている服が里のものとは違うね。確かに、里の人間にも洋服を着ている者がいるが、そもそもにしてまだ合成繊維というものが入ってきていない。君は一体どこから来たんだ?」
「外の世界と言って、通じますか?」
霖之助は驚いたようだった。
「成程、すると君は、ここがどこかもわかるのか?」
「はい。幻想郷…ですか?」
「ああ、その通りだ。となると、君が僕とどこで出会ったのか。ますます気になるところだが」
「これから会う予定なのです」
霖之助は更に驚いたような表情を見せる。
「それは実に興味深い。…詳しく訊かせていただこうか」
眼鏡のレンズに反射して、霖之助の目が見えなくなる。
「まず前提として、私は今、私の夢の中にいます」
「ほう、今ここは君の夢の中ということか」
「ええ、先程まで私は自室のベッドで寝ていました。今もおそらく」
「それで君は、未来の僕に会ってきたと言ったね。あれも夢の中だったのかい?」
「ええ、目が覚めるとやはり自室のベッドの上でした」
「何か証明できるものはあるかい?」
「証明…ですか。そういえば、レコードを頂きました。夢の中で手に入れたものは現実世界にも引っ張り出せるんです。題名は確か、『イエスタデイ』。そこら辺の棚から出していました」
それを聞いた途端、霖之助は部屋の奥へと行ってしまった。
再び戻ってくると、左手には見覚えのあるレコードが。
「これは本日入荷した非売品でね、外には出していないんだ。…わかった、信用しよう」
どうやら信じてくれたみたいだ。
この時のため、霖之助はレコードを渡したのかもしれない。
「これまでにも幾度となく、夢の中で遠く離れた場所に行ったり、他の世界や過去に行ったりしていました。私の目は結界の境界を見ることができるので、その能力の影響なのではないかと」
「すなわち、これもその一例に過ぎないと?」
「恐らくそうだと思います」
正直、同じ場所に連続して飛ばされた事が無いので、一例として処理するのは気がひけるけど。
「ところで、未来の僕に会ってきたということは、夢の中と現実と、時間がずれているのだろう?君は一体、何時から来たんだ?」
「私が来たのは西暦で言うところの二***年、おそらく幻想郷で使われていると思われる紀年表だと、少なくとも第三百二十季より後です。これは『幻想郷縁起』に書いてありました」
「成程、今から二百年は先だ。現在は第百二十七季。因みに『幻想郷縁起』と言ったが、今は九代目御阿礼の子が編纂している」
「あの本には十代目と書かれていました」
「わかった、ありがとう」
今回の夢ではっきりしたことは、
・ここは幻想郷である事
・霖之助とは初対面であった事
・現実より少なくとも二百年前に来た事
以上だ。
突然、身体が輝き始めた。
「お、おい、どうしたんだ?」
「そろそろ目が覚めるようです」
コーヒーが途中だったけれども、仕方がない。
「そうか。他にも訊きたい事があったんだが、またの機会にするとしよう」
「それではお元気で」
「ああ、毎度あり」
視界が暗転した。
後書きって不用かな?書いてほしくないって人いる?