レトロスペクティブ京都   作:にわかの底力

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死後の事を考えると、もっと積むべき徳があるはず。現状に満足し、これ以上の発展を望まぬ人間が、不老不死への憧れを持つ。
もっとも、不老不死への憧れが好奇心からのものだったら、それも一興。


第十三章 感情の摩天楼

「ここへ来た目的とは外れちゃうんだけど、ちょっと寄り道してもいい?」

 そう蓮子に言われて大分寄り道させられた。

現在信貴山に居ります。

何でもここは昔存在した仏教の宗派、信貴山真言宗の総本山なんだとか。私たちが今いるのは、その中の朝護孫子寺というお寺。

創建時期、創建した人物は不明なんだとか。

そして、この寺院は何故か寅に似た大量の造形物が安置されている為、別名、寅の寺院と呼ばれている。

流石は総本山、山の至る所に様々な建造物があり、寺でありながら神社や鳥居まである。

それらの建物から少し離れたところに、山中から街を見下ろす様に佇まう、麓からでも存在を確認できるほど大きな本堂の中には、その建物にも負けない威厳を放つ、毘沙門天の像がこちらを睨んでいる。

京都清水寺の様に、山肌から突き出た舞台からは、奈良の街が一望できた。

確かに眺めは良いものの、蓮子がわざわざこの景色を見にここを訪れたとは考え難い。

「ねえ蓮子、そろそろ教えてよ、ここに来た理由」

「唯の直感よ。どこかに秘密が無いかって」

 ええ、マジですか蓮子さん。

元から自由奔放なのはわかってたし振り回されるのにも慣れていたけど、蓮子の行動には何か理由があった。

それが今回、唯の勘だと申す。

神社にいた時にはあんなに低かった太陽が、今は頂点を過ぎて降りてきている。

ここへ来る途中にサンドウィッチを買って軽い食事をしたものの、それだけだとこの山道は流石にきつい。

そんな辛い思いをしてまで私はこの人の勘に付き合わされていたと考えると、いけない、ここはお寺よ。

お寺…

「よし、もっと上まで登ってみましょうかああ!イダイ!な、何⁉︎メリー⁉︎痛い痛い腕もげる関節が決まっている!」

 

 私は何て寛大なのでしょう。

尚も蓮子に付き合ってあげています。

当の本人は、余程さっきの関節技が効いたのでしょう。

私の前で肩をぐるぐる回しながら歩いています。

「もうメリー、酷いよ、私たち二人で一人秘封倶楽部じゃなかったの?」

「会長の我儘に付き合う事などと契約書に記載されていた記憶はありませんが」

「私たちって契約上の関係なのか、トホホ」

 あからさまに肩を落とす蓮子だが、歩くペースは落とさない。

そろそろ着いて行くのに限界だ。

入口から直ぐのところは多くの建物がひしめき合っていたが、ここまで高いところに行くと、景色はハイキングコースと変わらない。

長いこと手入れをされていない石畳みの参道は、石が盛り上がり草木が生え、獣道と化していた。

「…? 何かしらあれ」

 道の外れの茂みの中に、何やら人工物が見られる。

「階段かな?沢山の灯篭が並んでるけど」

「よし、行ってみよう!」

「あ、ちょっと蓮子!」

 

昔は先ほどの参道と繋がっていたのだろうか。

中途半端な場所からいきなり石畳みの道が現れ、道の両端に、道に沿って灯篭がずらりと並び、それが坂道になってずっと奥まで続いている。

状態は先ほどの参道より酷く、石畳みはひっくり返り、灯篭は苔で覆われて、所々ひっくり返っている。

「メリー、離れないでね」

そういうと蓮子は、リュックの中からロープを取り出し、私に握らせた。

蓮子は月や星を見ただけで自分の位置が正確にわかる為、絶対に遭難することがない。

「わかったわ」

 私もこれを見てしまった以上、引き返すわけにはいかなかった。

この先に何があるか、この目で確かめるまで。

 少し開けた場所に出た。完全に崩れて屋根だけになっているが、何かの建物の跡がいくつかある。

「こっちにまた道があるわ」

 その石畳みの道から更に外れた茂みの奥に更に狭い間隔で並べられた灯篭の列が続いている。

そこはもう灯篭の高さにまで草木が生い茂り、道と呼べるものはない。

「よし」

 蓮子は帽子にライトを取り付け、ロープを持つ手とは反対の手にナタを握った。

そんなものどこにあった?

「しっかりロープを持っててね」

 そう言うと、蓮子はナタで草木を掻き分けながら奥へと進み、私もそれに続く。

奥へ奥へ進む内に、周囲も暗くなっていく。

ライトで足元を照らしながら慎重に進むと、何やら奥に白い建物が見えた。

「近づいてみましょう」

「ええ」

近くで見ると、何かの蔵に見える。窓はなく、建物正面の白い扉には、南京錠がかかっていてる。

「結界だわ」

「え?」

「結界よ、ここに結界があるわ」

この建物の周囲を囲むように、人払いの結界が張られている。

「じゃあ、この中に何かあるのね!」

「ええ、その可能性が高いわ」

とはいえ入り口は施錠されており、他に入り口はない。

と、蓮子が何やら端末を取り出して何か調べている。

「よし、この周辺に防犯カメラは無いわね」

そういうと蓮子は手袋をはめ、その中から針金の様なものを取り出した。

いくらなんでも手際が良すぎる。

「蓮子、まさかとは思うけど泥棒じゃないわよね」

「失礼ね!これは秘密を暴く為に身につけたスキルよ!」

そうは言ってもこれからやろうとしていることは泥棒紛いの行為。

結界を暴こうとしている時点で、イリーガルなサークルではあるのだけれど。

「メリー、ここ照らして」

「わかったわ」

言われるがまま、鍵穴を照らす。

悪いことをしている様で、変な汗がにじみ出てくる。

「開いたわ」

ガチャ、という音と共に、南京錠がガシャンと落下した。

キィ という不気味な音をたて、ゆっくり扉を開ける。

恐るおそる中を覗くと、部屋の中には更に木製の引き戸があり、札が大量に貼ってあるのが見えた。

「もうすぐ切れ目ができるわ」

 

数分後、引き戸の奥からオレンジ色の光が漏れ出た。

「この結界は日没と同時に開く様になっている時限式。中に誰かがいる証拠よ」

定期的に出入りできるように作られた結界。

それは、結界の向こう側とこちら側を行き来していた存在がいる、もしくはいたという証拠だ。

「開くわよ、蓮子!」

「ええ!」

引き戸を開くと、私たちは目に刺さるような眩い光に包まれた。

 

 気がつくと、私たちは石畳みの地面に寝転がっていた。

周りの空間は、燃えてえいるように赤い光が永遠と続いており、地面は宙に浮いている状態だった。

背後には入ってきた引き戸が、そして前方には石段が続いており、石段の両端では灯篭が怪しく揺らぐ暗い光を放つ。

私たちは無言で、石段を一歩ずつ上がっていった。

徐々に、石段の向こう側に建物の屋根が現れる。

石段を登り切ると、建物の全容が明らかとなる。

そこには東大寺南大門を思わせる門のような建築物があった。

ただし、右端には吽形、左端には阿形が、それぞれ寅に置き換わっている。

二十メートルはあろうかと思う建物の正面、人間の身長の三倍ほどの大きさの扉が、「ゴゴゴゴ」と音をたて、ひとりでに開いた。

「…誘われてるわね」

「…ええ」

作法に則り、一礼してから門を潜る。

するとそこには、己の目を疑う景色が広がっていた。

見えない先まで続く階段、それは所々に点在する浮島で枝分かれしており、最終的に一つに集約する形で伸びていた。

「うそ…、これを登るの⁉︎」

流石の蓮子も気圧されている。

そんな蓮子をよそ目に、私は無言で石段に足をかけた。

「あ、ちょっと待ってメリー!」

浮島には地蔵や祠、観音像、祭壇など、神仏に関係するものが置かれていたり、火が灯った灯篭や、矢印が書かれた看板、見たことのない形容し難い像など、様々な物が置かれている。

石段には等間隔で火が灯った灯篭が立っており、所々に石造の鳥居が立っている。

数時間は経過したであろう。

とうとう最後の石段の下まで来た。

「はあ…、はあ…、登った先がまた石段とかやめてよね」

「立ったわね…、はあ…、はあ…、フラグ」

この先には恐らく、この空間の核となる人物がいる。

本来一つの空間は、結界を張ることにより、その空間の中に別の空間を作ることができる。

その場合、結界を張った人物がその空間の核となり、結界の性質がその空間のルールとなる。

「これは受容と疎外の結界。この空間は、核となる人物にとって必要なもの最低限を取り入れ、それ以外を削ぎ落とした隠れ家。そうですよね」

 最後の石段を登り終えた先に、白装束に身を包み、一切揺らめかない青い炎を立たす蝋燭の前、生きているかもわからない、岩の様にピクリとも動かず座禅を組む、髪の長い男の後ろ姿があった。

「…何用で来たのか?」

人間とは思えないほど低い声が、空間内に響き渡った。

いや、脳内に響き渡ったのか—−テレパシーか。

「申し遅れました。世界の秘密を暴く為、日々活動を続ける秘封倶楽部会長、宇佐美蓮子です」

「その部員、マエリベリー・ハーンです」

「何用で来たと聞いておる」

更に激しい口調で、されど落ち着いた声色で脳内に直接尋ねてくる。

「単刀直入に聞きます。幻想郷をご存知ですか?」

一瞬、蝋燭の炎がゆらりと揺らめく様な気がした。

されど男は動かない。

「何故わしがその『幻想郷』とやらを知っておると?」

「確証があった訳ではありません。『聖白蓮』さんをご存じではありませんか?」

確かに、男は動揺した様子を見せた。

『聖白蓮』—幻想郷縁起で見たことのある人物。

確か、命蓮寺という寺の僧侶だった気がする。

「…何故それを?」

蓮子がリュックから、幻想郷縁起を取り出した。

「この本に、その人物について記載がありました。その人物に、弟がいた事も」

男は無言のままだ。

聞いているかも怪しいほどに、反応がない。

「彼女が経営している命蓮寺、弟さんの名前から寺の名前を取っているそうです。そう、ここ信貴山に倉を構えて一人修行に勤しんでいた伝説の僧侶と同じ名前の」

「…それと私になんの関係が?」

「わかりません。私はたまたまここに倉を見つけて、そこに入っただけですから」

暫し沈黙が続いた。

段々と、男の呼吸が荒くなってくる。

やがて、男は苦しそうに肩を上下させた。

「あ、あの、大丈ぶ…」

「ふんっ」

心配の声を遮る様に、男の唸り声が空間に響き渡った。

初めて聴いた、男の生声。

「んっ、ん、ん〜っ」

尚も奇声を発し続ける男。

蝋燭の炎が激しく揺らぎ出す。

次の瞬間、蝋燭の灯りが作り出す男の影が、ゆっくりと伸びていった。

そして、座禅を組んだまま、ゆっくりとこちらの方を向く。

僅かに、男は浮遊していたのだ。

神通力だ。

胸の辺りまで伸びた白い髭、深く刻み込まれた皺、獲物を睨む獣の様に鋭い目。

初めて見る、男の顔だった。

「スー、ハー」

男は深呼吸をすると、ゆっくりと高度を下ろした。

そして、ゆっくりと口を開く。

「白蓮は、ワシの姉上であった」

ようやく男は自分から口を開いた。

「ワシは信濃国に生まれ、二十数えるまでは其方で修行しておった。まだ幼い頃、姉上はよくワシの修行の邪魔をしては、追い返すのに法力を姉上に教えておったわい。やがてワシは受戒の為、奈良の東大寺へと参った。ワシはここでお堂を構え、一人修行の日々を送った」

表情ひとつ変えずに私たちに語りかけてくる。

「それからまた二十年ばかし経った頃、信濃国から姉上が一人、ワシの元を訪ねて来おって。ぶっきらぼうに『なぜ訪ねてきたのか』と尋ねたワシに、靹をくれおってなあ」

序々に男の表情が和らいでゆく。

「頑なに信濃へ戻るのを拒んだので、共にここで暮らすことにしたのじゃ」

しかし、再び男の表情は固くなる。

「じゃが、ワシの方が早く迎えが来てもうた。冬だったので、ワシの身体は腐る事なく、今こうして即身仏となりワシは蘇った。…姉上はその前に姿を消し、その後はワシにもわからんかった」

ぐっと何かを堪える様に、男は拳を握った。

「姉上は、今も生きておるのか?」

突然の男からの質問に、蓮子が冷静に答える。

「はっきりとはわかりません。しかし、その可能性が高いかと。ここに記載されている聖白蓮という人物、弟の死後、死に対する恐怖から、妖力を使い若返りと不老長寿の力を手に入れた様です。しかし、妖力を維持する為に妖怪を助けていたのがばれて、法界に封印されていたそうです。封印が解かれた時には幻想郷にいて、そこにお寺を開き、妖怪と人間両方に味方しているそうです」

蓮子の説明を聞き安堵したのか、男の表情が少し緩む。

しかし、再び険しい表情になった。

「其方ら、豊聡耳尊をご存じであるか?」

「い、いえ」

「聞いた事ないです」

 私たちは首を横に振った。

「この山を開いた方、そして、日本をお造りなすった方ぞよ」

「どういう事でしょうか?」

「正しくは、日本に仏教を取り入れ、海の向こうの国との関係を築き、朝廷に階級を敷き、我が国最初の憲法をお定めになったのじゃよ。又の名を、聖なる国の皇子——聖徳太子と申す」

聖徳太子……その名を聞いてようやくピンときた。

かつてお札にもなった人物だ。

聖徳太子虚構説が主流の現代において、その存在は完全に無きものとなっている。

「かの者は幻想郷に行かれたのじゃ」

彼はこの世界から存在が否定された。

つまりは、誰も彼の存在を覚えていないということ。

「幻想郷は、この世から忘れ去られたもの、失われたものが訪れる、最後の楽園だ。聞けば、尊殿は、その存在が否定されつつあったそうだ。そして、幻想郷へと行かれた今、その痕跡は、全て消え去ってしまった」

蓮子は慌てて幻想郷縁起を開く。

「いたわ!『豊聡耳神子』。十人の話を同時に聞くことが出来る程度の能力。神霊廟異変?の際、永きにわたる封印が解かれ、復活した尸解仙…」

男はひどく落ち込んだ様子を見せる。

「やれやれ、結局尊も魔性からは逃げられんかったか」

「魔性…ですか?」

「そうじゃ。尊、姉上、そして儂。如何な魔性にとり憑かれとるか、お主らはわかるか?」

私たちは首を横に振る。

「覚えておけ。寿命に憑かれた途端、己の存在は消え去る」

私たちは男の言っている意味が分からなかった。

「この世での禁忌はただ一つ、与えられた寿命を意図的に超えてしまうことだ」

「寿命を…超える?」

「死というのは生を持つ者すべてに与えられる運命じゃ。それから逃れることは、輪廻の摂理に反することを意味する」

「…具体的には?」

「輪廻の均衡が崩れるのじゃよ。現世は非常に微妙な均衡の上に成り立っておる。一つの魂が外れた動きを執るだけで、周りもそれに流される。輪廻転生を川の流れに例えれば、ひとたび新たな水の流れが出来てしまったら、川の流れそのものが変わってしまう」

男は更に続ける。

「人は失うことにかけては敏感での。何より恐れるのは自分自身を形作るものを失うことじゃ。例えば、権力に驕れる者、その行く末を非常に気に掛けるようになる。暗殺、反乱、何時如何なる時権力を失うか己ではわからぬ。そこで、未来永劫自らの権力を維持する為に、永遠の命を欲するようになる」

古く、大陸の皇帝や王、独裁者がこぞって不老不死を求めていたのは有名な話。

「また近しいものが亡くなることで、これが自分の辿る運命であると気づかされる時がある。そこに生まれるのは、死に対する漠然とした恐怖。自分自身を失うことに、恐怖を覚えるのじゃ」

その言葉からは、強い後悔の念が感じられる。

まるで自分のことを話しているようだった。

「不老不死の魔性に憑りつかれると逃れるのは困難じゃ。そこに待つのは、死よりも恐ろしく、厳しい責め苦じゃ」

一切泳ぐことなく私たちに向けられている眼は、それが決して戯言などではないことを伝えている。

「逃れる術はありますか?」

「そうじゃな、輪廻そのものから解脱することじゃ。今を見つめ生きるでない。常に自らの死後を思い、日々精進するのじゃ」

 

 結界を出ると、外は真っ暗だった。

「終電間に合うかな?」

「現在時刻午後八時五十六分四十二秒、まだ全然間に合うわ」

時計より正確な蓮子の目は余裕の眼差しを向ける。

対して私の腹時計は空気も読まず鳴り響く。

「遅めの夕食としましょうか」

「そうね」

茂みを抜けると、街の明かりが見えた。

「あんなに大勢人がいるのに、誰からも忘れられるなんて」

「そうね、でも、無くなる前に来れて良かったわね」

「だけど、もしこのお寺が幻想郷に行ってしまったら、またお姉さんと逢えるかな」

忘れられたものの訪れる楽園、どこか残酷で、慈悲深い楽園に、私たちは一方通行な思いを寄せることしかできなかった。

 

 

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