-True END-
夢の中で目が覚めるというのは、始めは違和感を感じていたけど、慣れてしまえば現実世界での感覚とさほど変わりない。
空を貫く天の川がなんとも美しい。
そして、ここは見覚えがある。
周囲には湖、深重の森、そして何より、目の前の赤い屋敷。
間違いなく、かなり前に夢の中で訪れた場所だ。
門が高く、中の様子は伺えない。
重厚な門には、門番らしき人物の姿はない。
「すみませ~ん。どなたかいらっしゃいませんか?」
門の前で叫んでみた。
我ながら近所迷惑だと思う。
近所はないけど。
「よいしょっと」
門に手をかけた。
すると、門はキ~という音をたててゆっくりと開いた。
門の中には広々とした庭園が広がっている。
バラ、ダリア、ハイビスカス、その他名前の知らない花や樹木。
庭園の中央では、サタンのような忌々しい姿をした像の口から噴水が噴出している。
いよいよ屋敷の扉の前まで来た。
扉にはガーゴイルを模したような装飾がある。
恐る恐る扉を開けてみる。
あっさりと扉は開いた。
玄関入ってすぐに、大広間に出た。
中央階段のようなところだろうか。
中央の大階段がいくつも枝分かれし、各フロアへと続いている。
「外見よりも内部が広く感じるんだけれど…」
コツっコツっ、と奥の方から足音が聞こえてきた。
(まずい、隠れないと!)
大きな柱の陰に身を隠した私は、恐る恐る足音の主を覗き見た。
小学生ほどの身長の、メイド服を着た金髪の少女が雑巾とバケツを重そうに持って歩いている。
特徴的なのはその背中で、薄い透き通った羽根のようなものが生えている。
メイドが通り過ぎたのを確認して、私は更に奥へと向かった。
中央の広間から枝分かれしている廊下の一つ、いくつもの小部屋が並んでいる廊下を進んでゆくと、更に薄暗い通路に出た。
照明器具である蠟燭の炎の揺れに合わせて影がゆらゆらと揺れている。
つきあたりには両開きの扉がある。
慎重に押してみると、扉はゆっくりと開いた。
扉の向こうには暖炉のある居間があり、天井からつるされたシャンデリアのような照明器具で明るく照らされていた。
暖炉の通気口を内部に通していると思われる出っ張った壁には、少女を描いた絵画が掛けられている。
暖炉の前にある豪華な椅子に腰を下ろし、頬杖をついて余裕に満ちた笑みを浮かべる紫髪の少女。
その背中にはこうもりの羽根のような翼を生やしている。
コツッコツッ
部屋の外からこちらに向かう足音が聞こえてくる。
咄嗟の判断で暖炉の陰に身を潜める。
キィッと扉が開く音がした。
「あれ?ここにいると思ったんだけどな」
聞こえてきたのは幼い少女の声。
ガチャっと再び扉を開ける音がした。
恐らく入ってきた扉とは反対の、ドアノブ式のドアだ。
どうやら部屋から出て行ったらしい。
「はあ~」
安堵のため息をついた。
「み~つけた」
耳元で声が聞こえた。
途端に心拍数が急上昇する。
声の方に振り替える間もなく、私の意識は一瞬にして吹き飛んだ。
目が覚めると、私はベッドの上に寝ていた。
天蓋には星図が描かれている。
起き上がってみると、自分が薄暗い子供部屋のような部屋にいることが分かった。
いたるところにぬいぐるみが散乱しており、所々破けて綿が飛び出ているものもある。
「目が覚めた?」
背後から突如聞こえてくる声。
正体は間違いなく私を襲った犯人。
振り返ると、幼い声相応の見た目の少女がこちらににじり寄ってきている。
こちらを覗き込む深紅の双眸。
肘に触れる金色の短い髪。
口からはみ出る発達した八重歯。
真っ赤な服とスカートを着た彼女は先ほど暖炉の居間で見た絵画の少女と顔が似ている。
異なる点は、金髪であり、背中の翼が色とりどりのクリスタルに置き換わっているところ。
「どうしたの?そんなに震えちゃって。怖い?私の事、怖い?大丈夫、食べたりはしないわ。それより、あのままこの館の人たちに見つかっていた方がよっぽど怖かったと思うよ?八つ裂きにされてぇ、内臓抉り出されてぇ」
恐怖で言葉が出てこない。
身体が硬直し、指先が震えている。
「大丈夫!あたしがちゃんと逃がしてあげるから♪」
少女は私の震える手を優しく包み込んだ。
「私はフランドール、フランドール・スカーレット。フランでいいよ」
「フランドール・スカーレット…」
「そう、ここの主、レミリアお姉様の妹。悪魔の妹とは私の事よ」
ベッドから出てあたりを見回す。
この部屋が薄暗いのは決して夜だからではないのだと理解する。
この部屋には窓がない。
入り口のドアは一見何の変哲も無さそうに見えるけど、内側から鍵を掛けられるようになっている。
部屋の造りは、囚人を閉じ込めるための牢屋そのものだった。
「誤解しないでね。私はいつでもここを出られる。現に貴方を襲ったのはこの部屋の外よ」
少女フランは、自分は決してここに閉じ込められているわけではないと、そう言っている。
「ならなぜこのような部屋に?」
「綺麗なお部屋でしょ?私の為にお姉様が用意してくださったの」
姉が直々に用意したとしたら、普通の家庭環境ではないことは誰が見ても分かる。
「貴方のお姉様はどのような方?」
「ん?私のお姉様?」
フランは首をかしげる。
「そうねえ。生まれながらの強大な力と知恵、高いカリスマ性でかつて地上を支配した、地上最強の吸血鬼」
「吸血鬼…?」
「知らないの?夜になると現れて、枕元にそっと近づいて…」
フランがこちらへと距離を詰めてくる。
「牙を剝きだして獲物の血を一滴残らず啜り取る」
ガッと掴まれたかと思うと、この外見からは想像できない強い力で押し倒され、馬乗り状態になった私に大きく発達した八重歯を向けてくる。
恐怖で目を開けることが出来ない。
ひたすらに抵抗を続けるが、押さえつけられた両腕は一ミリも動かすことが出来ない。
「きゃははははははははははは!やっぱり面白いね!お姉ちゃん。もっと私と遊んでよ!」
私を解放したフランは、おもちゃを与えられた子供のようにはしゃいでいる。
「金髪のお姉ちゃん、弾幕ごっこってできる?」
「はあ…、はあ…、弾幕ごっこ?」
激しい息切れに見舞われながら、聞き覚えのない言葉に首をかしげる。
「知らないの?もしかして、お姉ちゃんお外の人間でしょ」
「お外?」
「そう、外の世界」
そうか、ここは幻想郷。
「なら外へは逃がさない方がいいね。お姉ちゃん食べられちゃうよ。おなかをすかせた怖い野獣たちに」
貴方も十分恐怖の対象だよと言いたかったけど。
幻想郷が危険な場所であることは十分に承知している。
ここに籠っていた方が安全であるのは確かだった。
そのうち目も覚めるだろうし。
「じゃあフランちゃんが、私が元の世界に帰るまで守ってくれないかな?」
何とかこの少女とコミュニケーションを続けたい。
この謎の少女から、より多くの情報を聞き出して現実に持ち帰るのが、今の私の最大の任務。
「もちろん!貴方帰り方分かるの?」
「ええ。今私は夢の中だから、目が覚めれば帰れるのよ」
冗談と受け取ってもらって構わないという気持ちで告げた言葉に、意外な反応を見せるフラン。
「へえ~、じゃあ、夢の中なら何したっていい?」
「え~、それは嫌かな。痛いものは痛いし」
「ふふ、お姉ちゃんって賢いのね」
「えっ?」
私たちはベッドに腰掛けながら話を進める。
「貴方は今自分の置かれた状況を十分に理解している。その上で、敢えて道化を演じている。自分の持つ自慢の牙をひらかさず、ゆっくりと近づいて獲物を狙う獅子のような狡猾さと獰猛さ、それを併せ持つ人間って、なかなかいないのよ?」
「ハハハ、どうも…」
先ほどの子供じみた態度からは想像もできない発言。
「ねえ、お姉ちゃんはこんな話知ってる?」
「どんな話?」
フランはどこからか絵本のようなものを取り出した。
10人のインディアンの少年がいました。
一人が喉を詰まらせて9人になりました。
9人のインディアンの少年が夜遅くまで起きていました。
一人が寝過ごして8人になりました。
8人のインディアンの少年がデヴォンを旅していました。
一人がそこに残り7人になりました。
7人のインディアンの少年が薪を割っていました。
一人が自分の頭を割り6人になりました。
6人のインディアンの少年が蜂の巣に悪戯をしていました。
一人が蜂に刺され5人になりました。
5人のインディアンの少年が訴訟を起こしました。
一人が裁判所に行って4人になりました。
4人のインディアンの少年が海へ行きました。
一人が燻製のニシンに飲まれ3人になりました。
3人のインディアンの少年が動物園にいました。
一人が熊に抱きかかえられ2人になりました。
2人のインディアンの少年が日向を歩いていました。
一人が陽に焼かれ1人になりました。
1人のインディアンの少年が一人で暮らしていました。
一人は結婚し、そして誰もいなくなりました。
聞けば聞くほど不気味な話。
誰がこんな話を考えたのだろう。
「お姉ちゃんはさ、この最後のインディアンの少年が結婚して、幸せになったと思う?」
質問の意味が分からなかったが、とりあえず答えてみる。
「9人の仲間は失ってしまったけど、家族もできたし、
私の答えに一応は満足したのか、大きくうなずくフラン。
「そうね。そう考えた方が普通だもん。でも彼は9人の仲間を失っている。そんな人がやがてまた失うことになる存在を新たに手に入れたのはなんでかな?」
「なんでって…、仲間を失って、ひどい孤独感に襲われ、解放されたかったから?」
「貴方はそう考えるの。あたしはこう考える。彼は囚われていたかったってね」
床に届かない足をふらふらとさせている少女から発せられているとは思えない言葉の数々。
フランドールとは何者なのだろう。
「囚われていたかったって、何に?」
「彼の仲間にだよ。人間って、自由に何かをするより、何かに囚われて生きる方が遥かに幸せなんだよ。何かに囚われているということ、それは自分に明確な居場所があるということ。自分に与えられる何かがあるということ。だから彼は新たに自分を閉じ込めてくれる檻を探した」
「その居場所もまた失ってしまうかもしれないというのに?」
「彼にとってみれば、失うことなんてどうでもよかったんじゃないかな。今、現時点で自分を閉じ込めてくれるならば」
あらためてこの部屋を見回す。
豪華な装飾はされているにしろ、ここはやはり監獄のような空間。
唯一の扉には鍵がかけられている。
「フランちゃんは何かに囚われている方が好き?」
「好きじゃないけど心地よい。ご飯も持ってきてくれるし、おもちゃもくれる。でも窮屈」
「外に出たいとは思わないの?」
「お外は怖い。今まで自分の中にあったもの、私の中の唯一無二のものが、壊れてしまうのが怖い」
唯一無二のもの?
彼女の中の唯一無二の存在とは、お姉様のこと?
それとも、別の何か?
「私は壊すのは好き。でも、壊してしまうのは嫌。壊されてしまうのはもっと嫌!嫌い!嫌い!嫌い!」
フランはぎゅっと膝元で拳を握りしめる。
すると、私が先ほどまで頭を預けていたふかふかの枕が一瞬にして弾け飛んだ。
「…ふ、フランちゃん?」
「やっぱり私はこれからも囚われる。お外に出ても、結局、囚われたままだった…。すっきりした、ありがとう、お姉ちゃん」
彼女に溜まっていた鬱憤はきっと計り知れないものだろう。
私が少しでも吐き出し口を広げる役に立ったのだとしたら
「あっと、そろそろ時間だわ」
全身が輝きだした。
現実の世界に戻されるサインだ。
「綺麗、まるで夜空のお星様みたいだわ」
「またお会いしましょ、フランちゃん」
私の意識は遠のいていった。
「妹様、ご無事でおられましたか?」
私の部屋に慌てた様子で入ってきたのはこの屋敷のメイド長。
「ええ、私はここにいるけど。どうかしたの?」
「ええ、先ほど侵入者の報告を受けまして、屋敷総出で捜索にあたっているところです。妹様もどうかお気をつけて」
「ありがとう、めーりん。でも、めーりんがすぐに倒してくださるのでしょう?」
「ええ、この屋敷の者に危害を加える者である場合に限りますけどね」
「それじゃあ安心ね」
「それでは、失礼します」
また誰もいなくなっちゃった。