レトロスペクティブ京都   作:にわかの底力

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目に見えない物を否定するなとおっしゃる人に言いたい。まずは目に見える物を否定するのを止めなさい。


第十五章 Dr.レイテンシーの眠れなくなる瞳

蓮子は何かを興奮した様子で眺めていた。

「何見てんの?蓮子」

「見てメリー!『青森県にて海底から謎のソナーを検知。未知なる存在からの信号か?』」

蓮子が今まさに読んでいる本は「月刊『レムリア』」。

長い歴史を持つオカルト系雑誌だ。

どうせ海底火山から発せられる音波でも検知したのでしょう。

「メリー、もしこの海底に超古代文明の遺跡が眠っていて、それが目を覚ましたのだとしたら…」

「はいはい、いまから酸素ボンベでも買ってきますか?」

「よし!そうしましょう!」

冗談で言ったのだけど。

そもそも深海までダイバースーツで行くつもりですか貴方は。

「にしても最近いろいろなことがありすぎて少し疲れてしまったわね」

それには私も同意。

中性子物質も重力崩壊を起こすほど高密度なスケジュールを組んでいた私たちの体はそろそろ燃料切れ。

ここらで新たな活力を注入しておかないとこの夏が終わるころには燃え尽きている。

「折角だし、里帰りでもしてくる?」

「…今の時期にはあまり帰りたくない気もするけど」

「…そう…よね」

蓮子の故郷、東京は近年、治安の悪化が深刻化している。

ここのところ、国内ニュースの半分7割以上が東京市内で起きた事件だ。

それも、メディアを通して報道されているのはほんの一部に過ぎず、事件の処理が追い付かずにほとんどが認知されずにいるとの噂もある。

「変わり果てた故郷の姿は、見ていてあまり気持ちのいいものではないから」

「けれども、このまま帰らなかったらご先祖様が悲しむわよ?」

少し考え込む蓮子。

「…それもそうか。まあ、長居しなければ問題ないでしょ」

 

「本日も卯酉東海道新幹線をご利用頂き誠にありがとうございます。当駅を出発いたしますと、終点ー卯東京ーまではおよそ53分で到着の予定です」

急遽東京へ行くことになった私たちは、東京へと向かう新幹線の中に乗り込んだ。

「よかった、空いていて」

「まだお盆までは日があるものね。それにしても、結構空いているわね」

恐らく利用者の大半は東京へ出勤している方たちなのだろうが、例年見かける子供ずれ家族が今年はあまり見かけない。

「間もなく発車いたします。席にご着席ください」

壁がほとんど窓というまるで動く試験管のような車両は静かに動き出す。

5秒後には時速150㎞に達するのだけど、特殊な重力場で慣性力による影響が取り除かれた密室で、その速さを体験するのは難しい。

突然車内が暗闇に飲まれ、直後に明るさを取り戻したかと思うと、広大な景色を映したつもりの狭苦しい偽物の景色がカレイドスクリーンに映し出される。

「東京へ着いたら何しよっか、蓮子…蓮子?」

寝てました。

ここのところあまり寝ているようには見えなかったけど、やっぱり疲れてたのかな。

前にこの新幹線に乗った時には、東京に着くまで蓮子といろいろ話をした。

このカレイドスクリーンについての話とか。

「ほんと、今回の帰省も穏やかならいいんだけれど…」

 

「卯東京。御忘れ物無いようにご注意下さい」

「着いたわよ、蓮子」

「んん、、おや、何やら懐古的でノスタルジックなにおいがすると思ったら…」

「よくわかったわね。まだ東京に入っていないのに」

「うぐっ…」

そろそろ駅に着く。

降りる準備をして席を立つ。

「それにしてもよく寝てたわね。どんな夢を見たの?」

「夢…。夢って、見たのはわかってるけど、どんな夢を見たか時々思い出せなくなるわよね」

目を擦りながら蓮子は答える。

「夢の中での出来事って、結局夢の世界の日常を切り取ったものに過ぎいないのよ。昨日のこの時間何をやっていたのか思い出せないのと同じで、よほど印象深かったり、こっちの世界に関係のある夢じゃないと、想起するのが難しい、、でも、忘れてしまったのなら、悪い夢じゃなかったんじゃないかしら。人間、嫌いな記憶を優先して残してしまうたちの悪い生き物だから」

 

ドアが開くと、早速待ち構えていたのは武装警官。

私たちと降りてきた他の乗客を囲むようにして前と背後に付き、改札までともに歩く。

なかなか非日常的な光景だけど、私たちは一切驚くような仕草を見せず、あたかも他愛もない日常の光景であるかのように振る舞う。

改札には巨大なゲートのようなものが取り付けられている。

金属探知機だ。

それを通過した後は身分証明書を提示して身体検査をされる。

無論、私たちには何の異常もなかった。

なぜ、一昔前の空港での出入国の際の手続きのようなことを、武装集団に取り囲まれながら行わないといけないのかというと、それは蓮子が珍しく帰省を躊躇った理由に直接つながることになる。

もともとここ東京は、若者たちが独自に作り上げた文化によって成り立つ文化的開放自治区…故に法律と慣習の狭間に独自のルールが制定され、世界的に見ても独特な文化体系が形成されていた。

その独自性を目当てに昔から海外の観光客にも人気だったこの街は、ついに文化崩壊を起こし、いまや法治国家の領域としての面影もなく、ここ最近ではかなり悲惨な事件事故が相次いで発生している。

そこで治安維持と観光客の保護もかねて、駅や役所周辺には武装警官が配備されることとなった。

血の気を一切感じない色をした無機質な高層ビルは一見無秩序に建っているように見えるけど、遠近法が創り出す錯覚で、実際には高さがばらばらのビルが規則正しく並んでいる。

赤レンガ造りの駅舎を出てすぐの広場は閑散としていて、もはや都会の喧騒など忘れ去られたのだと実感できた。

あらゆる認知を阻害してきたアスファルトは蜘蛛の巣のようにひび割れていて、ようやく覇権を取り戻した植物たちが所狭しと生えていた。

排気ガスを出すような前時代的な乗り物はさすがにこの街でもあまり見かけることはないから問題はないけど。

「それじゃあ早いとこ実家に行きましょうか」

「ええ」

 

蓮子の実家は駅からそう遠くないマンションの一室。

両親はとおに他界しており、今は蓮子だけの部屋となっている。

エレベーターは機能していないので階段を昇る。

久しぶりに刺した鍵、中が錆ついているのか、はたまた埃が詰まっているのか、回しにくそうに鍵を回すと、キィーと音を立てて扉が開いた。

マンションの一角に設置された台に遺影を乗せただけの簡素な仏壇の前で手を合わせる。

「それじゃあ荷物を置いて、東京観光といきますか」

「そうしましょう」

 

私たちの歩く歩道のすぐ横を、何十台もの派手に改造した金田バイクが通り過ぎてゆく。

金田バイクっていうのは、かなり昔のサイバーパンクSF漫画の中に登場するバイクを模して改造したバイクの事で、近年の東京の暴走族はこぞってこのバイクをつくっては乗り回し、更には暴走族同士の抗争で分捕ったバイクで自分のバイクを大きくするとか、そんなことをしているらしい。

道路を走っていて衝突事故が起きたとしたら、十中八九暴走族のバイクとだ。

「どこもすっかりシャッター通り。壁にもシャッターにも落書きだらけ。東京もすっかり変わってしまったわね」

私はこっちの東京も結構好きだったりする。

無秩序なビルのジャングルに密かに存在するコミュニティ。

そこに構成される閉ざされた文化というのは、どこかアングラ感があって、神秘的。

暗いトンネルというのは、入るときには勇気がいるものの、いざ中へと入ってみたら、どんどん奥へと進んでいきたくなるような高揚感に駆られる。

それと似た感覚で、未知の領域に足を踏み入れるというのは、勇気のいることだけれども、一度踏み入れてしまったら抜け出せなくなるかもしれない。

「旧電気街。ここに行けば大抵の物は手に入るわ」

東京の中でもひと際独特な空気を放つ東京の旧電気街。

ここはもともと、終戦直後闇市として栄えた街で、高度経済成長期には電気街として、そこから発展してサブカルチャーの中心地としての発展を見せた。

その後なんやかんやでオフィス街として整備されつつも、気づけば戦争直後に逆戻り。

一見何の変哲も無さそうな店の陳列棚を奥へ奥へと進んでゆけばそこはもう、合法違法関わらず、ありとあらゆる物が行き交う立派なブラックマーケットが形成されていた。

「なんでこんなところに来たの?蓮子」

「決まってるわ!京都では手に入らない、思わぬ掘り出し物を手に入れるためよ!」

それはまたものすごく漠然とした探し物だこと。

私たちはとある書店に足を運んだ。

今や絶滅危惧種となった本は保護施設のいい金食い虫となっているわけだけど、ここの書物園(ほんや)の本たちはまだ誰かに求められているらしく、棚に置かれた本は所々欠けていたり、棚に積まれた本は高さがバラバラだ。

「この奥にもまだ何かあるみたい!」

そこは関係者以外立ち入り禁止という文言が張り付けてありそうな、なにか物置に使われていたりするようなうす暗い通路だったけど、その奥には確かに明りが灯っている。

何を示すものか書かれていない矢印も、通路の向こう側を示していた。

「何があるのかしら」

矢印の通り進んだ先、そこにはたくさんの本が眠っていた。

規則正しく棚に陳列している訳でもなく、ジャンルもばらばらで無造作に並べられている。

「こっちは歴史、こっちはラノベ、表とは大違いね。違う人が経営しているみたい」

「でも、所蔵数はこっちの方が全然多いわね」

私たち以外客どころか店の関係者もいない店内で、本を漁るだけ漁る。

10分くらいたっただろうか。

「ち、、ちょっと!蓮子!」

私はこの数多の本の中からとんでもない本を見つけてしまった。

「どうしたの?メリー」

「こ、この本!」

私が手に持った本は『燕石博物誌』。

正真正銘、私が書いた本。

「なんでこんなところに…」

本が本屋にあるのがなぜ不可解なのかというと、私たちが書いた本は同人誌だったからである。

同人誌は一般の本屋には置かれていない。

それがなぜ…

「ち、ちょっとメリー!」

今度は蓮子からだ。

「どうしたの?蓮子」

「なに?この本!」

蓮子が見せてきた本、それは…『秘封倶楽部活動記録』という名の、見慣れない本だった。

 

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