レトロスペクティブ京都   作:にわかの底力

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――或る旧友へ送る手紙――
誰も自殺する人の心理を書いた人はいない。それは自殺者自身が自分の心理を理解していないからだろう。だけど僕は君に伝えたい。新聞を見る限り様々な動機を君は目にするだろうが、それは彼らの自殺の動機の全てではない。少なくとも僕の場合は、将来に対する唯ぼんやりとした不安だ。
第一に私が考えたのは苦しまずに死ぬにはどうすればいいかということだ。色々考えた結果薬を使うことにした。僕はそのために薬の勉強をした。それから死ぬ場所を求めた。家族が出来るだけ困らないよう、家での自殺は避け、人目のつかないところで死のうと思う。だけれど僕はまだ少し生にも執着しているようだ。だから僕の背中を押してくれる人が必要だ。つまりともに来てくれる友人を探したわけだが、私にそんなものはいない。だから僕は一人で死ぬことにした。その方がいろいろ気を使わなくて済むし、生きるか死ぬかの選択も楽にできるだろうと思ったから。最後に気にかけなければならないのはいかに周りに迷惑を掛けないかだ。自殺幇助罪とかいう奇妙な法律の為にそれをここに明記するわけにはいかないが、準備が終わった今、僕はとても晴れやかな気持ちだ。
人間とて獣と変わらないため、本能的に死を恐れている。だけれど満たされた世界にも飽きを感じてしまったからには、僕はその本能を捨ててしまったようだ。僕から見た世界は空虚に包まれた、病みの世界だ。死後の世界は幸福ではないかもしれないが、平和に違いない。僕は本当に自殺するかわからないけど、自然はとてつもなく美しく見える。それは僕の末期の目に映るからに違いない。僕は他人には見えない情景を目にできた。それだけで私は満足だ。この手紙は私が死んだ後も君が持っていてくれ。
追記
君は僕が水の中でおぼれた時の事を覚えているだろうか。深い霧の中、水の音でかき消された僕の存在をただ一人見つけ出してくれたのは、君しかいない。その瞬間、僕は初めて他人を美しいと思ったのだ。


第二十一章 花は幻想のままに

「どういうことだ?」

「言葉の通りだよドクター、貴方の全財産は私が所有権を握っている」

まるで何かすべてを悟ったような、それでいて目に見えるほどの憎悪がチャックの周囲を取り巻く。

「成程、最初からそういう事だったのだな」

「勘違いしないでほしいな。ドクターは屠殺法の網をかいくぐっていただけに過ぎない。私がいなければ、今のあなたの生活は私がいなければそもそも無かったということをお忘れなく」

「恩着せがましいやつだよ」

チャックはそう言い残し、この家から出て行った。

「さて、君はどうする?人間である君は家主の私よりも強い権限を持っているから、ここに居座ることも、私を追い出すことも可能なわけだが」

突然の状況に、私の脳は理解が追い付かず、ただ茫然としていた。

「沈黙、それが君の答えだね。よろしい、ならば私と来なさい。ここでの生活は保障する。何不自由ない安全で安心な生活をさせてやるよ」

「…あなたは、だれ?いきなり他人の家に上がり込んで、どういうつもり?」

「いや、もうすでに私の家だ。法律がそれを保証している。それと、現時点でこの家の最高権力者は私だ。私の命に従ってもらう。私の名はカール。ただの政治家だよ」

カールと名乗る河童はソファに寛いだまま、一部の新聞を差し出した。

老年屠殺法ーー新聞の一面に大々的に報じられたそれは、一定の年齢を超えた河童を強制殺処分するといったこの国の法律についてだった。

そしてその法律は、史上初の急進左派の政権、『水金党政権』の時代に定められた法律。

「従来の法律では医者などの特別職は特例として免れてきた。だが今の世論では職の差別化を撤廃する方向へと動いている」

「彼は連れて行かれるのですね」

「ああ、近いうちにな」

「でも何故財産の所有権が貴方に移るのですか?」

「遺産の第一継承権は子息にある。人間の世界でもそうでなくて?」

聞き間違いではなかった。

彼は、自分の父親の死を何とも思っていないのだ。

「貴方はこの法律について何も思わないのですか?」

何の罪もない民の命を奪う法律。

私たちの感性からしたら、明らかに異常。

まるで、姥捨山。

「まるで私たちがおかしな思想を持つ生き物であるような物言いだな。私たちは君たちと同じことをやっているだけに過ぎない」

「どういう事?」

「我々は知っている。千年以上前に始まった産業革命が、単なる生産の効率化を図る為の技術革新ではなかったことを」

何も言い返せなかった。

産業革命に端を発する資本主義は経済格差の急激な拡大を招いた。

その結果、優秀な遺伝子を受け継いだ優秀な子孫のみを後世に残せる、洗練された社会が構築されたのだけど、裏を返せば貧民は子孫を残すことが許されない理不尽な宿命に晒されなければならなかったということ。

今思えば、これは綿密に計画された人口調整のよう。

「本来生まれるべき者だったか、既に生まれてきた者か、両者に隔たりがあるとすれば、そのくらいだろう」

しかし、しかし、、実の父親の死を前に、何故こんなにも冷静でいられるのか。

父親との間にどのような確執があったかはわからない。

しかし、これだけは明らかに普通ではない。

「私に従ってもらおう。今この国には貴方のような存在が必要なんだ」

どういう事?

カールは混乱する私の前にゆっくり歩み寄ってくる。

後退りするも、ドアの前まで追い詰められてしまった。

瞬間、ガチャリとドアが開く。

同時に、肩を掴まれ後ろに引っ張られた。

「この子にそれ以上手を出すな!」

「誤解だな。私は手など出していない」

そこにいたのはラーグとバックだった。

「何故チャックを追い出した!」

「勝手に出ていっただけさ」

「例の法案もまだ通っていないはずだ」

「明日には通るさ」

怒号を捲し立てる二人にカールは冷静に返していく。

これ以上の言い争いは無益と判断したのか、押し黙る二人は、私の肩を引っ張った。

「とにかく、この子を渡すわけにはいかない。引いてもらおう」

カールの返事を待つ前に玄関の扉が閉められた。

「車に乗ってくれ」

荷台付きの三輪車の助手席に乗り込むと、バックは運転席に、ラーグは荷台に乗り込んで、車を発進させた。

「こんなことになって本当に済まないと思っている。本来であれば君は歓迎されるべきお客様なんだけど、どうやら争いの火種になりかねないことが分かった。貴重な存在は、意思に関係なく、争いに巻き込まれなければならない宿命があるんだ。資源と同じ。ほんと同族嫌悪の絶えない動物で参っちゃうよ」

先の暴動の所為だろうか、街の唯一の明かりとなった街灯の光が、悲しい表情を浮かべるバックの顔を時々照らし出す。

「私はこれからどうしたらいい?」

「君をもとの世界へ送り返すよ。これ以上君を巻き込むわけにはいかないからね」

車は町の中心を抜け、入り組んだ道へと入っていき、やがて住宅の数も疎らになると山道へ入った。

「覚えていないだろうけど、君はここのあたりから入ってきた。久しぶりのお客さんで、皆で喜んだんだよ」

やがて三輪車は道を外れ木々の間を縫うように走り出す。

すると、ガラクタの山を積み上げて作ったような、小屋のようなものが建つ開けた場所に出た。

そこには見覚えのある人物が。

「ありがとう、バック君、ラーグ君」

「チャック先生…」

パイプの火に照らされたしわだらけの顔が、今にも泣きだしそうなほど歪んでいる。

「なんと言ったらいいやら、我々が不甲斐ないばかりに」

「私が争いの根源になると聞きましたが、具体的にはどういうことです?」

「決して君が争いの根源になるわけではない。むしろ我々の利己主義が引き起こした災厄だよ。君を巡る争いなんて、都合のいい解釈は認められない」

私たちが会話している間、バックはガラクタの山でできた小屋の中に入っていった。

「ちょっと待ってくれ、まだ超電磁砲の調整が済んどらん」

聞き覚えのない声が小屋の中から聞こえる。

時折小屋の中に見える橙色の光はその声の主によるものだろう。

やがて、バックとともに小屋の中から姿を現したのは、暗視ゴーグルのようなものを点けた白髪、白衣姿の河童だった。

「お待たせ、これからやることは少々危険だがこれしか方法はない。君をもといた世界へ送り返すための最後の手段だ。この超電磁砲で光速の99.99978%まで加速させた陽子と陽子を結界のわずかな裂け目で衝突させて空間の極微小な範囲に莫大なエネルギーを発生させ、物理的に結界の裂け目を広げてしまおうという魂胆だ。照射に必要なエネルギーを考えると最大約3.47秒、結界が開いている時間だ。一度広げると裂け目は消滅してしまう。君のいる世界とつながるバイパスが完全に途切れることになる」

それはこの世界と私たちの世界の交際が二度とできなくなることを意味していた。

「いいのですか?人間との交流を再び行うことが貴方たちの目標だったはず…」

私の問いかけに、チャックはパイプを蒸かしながら首を横に振った。

「我々はその道を既に閉ざした。人間社会の発達を理由にな」

「ちきしょう!映倫教が嗅ぎつけてきやがった。時間がねえ!博士!まだか!?」

バックが叫ぶ。

彼の指さす方を見ると、麓の方から無数のランタンの光がこちらに向かって登ってきているのが見えた。

「まだだ!結界の裂け目があまりに微小なためノイズを特定できない!」

「あそこです!」

すかさず私が指をさす。

「あの木々の間、あそこに結界の隙間があります!」

「…結界の裂け目が見えるのか!?」

「ええ、生まれつきの体質です」

「でかした!」

いよいよ、元の世界に帰れる時が来た。

半日ほどしか過ごさなかったけど、いい意味でも、悪い意味でも、河童は私たちとは変わらないのだと、それだけは確信できた。

何れはまた仲良くできる日も来るのだろうか。

「こちらでははなむけに百合の花を渡す風習がある。どうか、もらってってくれないか?人間と河童の友好の証としても」

バックが渡してきた花束は、見事な白百合の花だった。

「ありがとう」

「超電磁砲発射まで、3,2,1,ゼロ!」

突如光線が小屋の中から放たれ、木々の間をすり抜けるとすぐに消滅した。

「早く!結界が閉じる前に!」

「お世話になりました!皆さん!」

「お達者で」「またな」「さよなら」

結界をくぐり抜けた途端、バチバチという火花が散るような音に、大きな衝撃が体を襲った。

 

―――――――

 

どのくらいの時間眠っていたのだろうか。

気が付いたら森の中に倒れていた。

近くには谷があり、落ちたつり橋がある。

ふと何かを握りしめていた感触が残る左手を見た。

そこには、まるで黒百合のように真っ黒に焼けこげた、白百合の花が落ちていた。

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