レトロスペクティブ京都   作:にわかの底力

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科学崇拝、魔法信者、法的根拠、実存主義、普遍真理、異端審問、全知全能
異なる単語に見えたなら、貴方は何かを盲目的に信じている。


第二十二章 非統一魔法世界論

幻想郷の結界はかなり強力な結界であったに違いない。

世界の構造を大きく変えただけでなく、幻想という新たな概念を創造し、結界の効力は少なく見積もっても日本中に及んでいる。

それ程の結界が消失したともなれば、世界は重篤な状況に陥っているはずだ。

「日本全国での死者は現時点で90万人、内京都が半数を占めていると思われ――」

現に、京都の街を大地震が襲ったところだ。

人工地震によって、断層やプレートとプレートの隙間に蓄積された膨大なエネルギーを人為的に、定期的に放出する事で震災を避けてきた私たちからしてみれば、この前代未聞の揺れは人々を混乱の渦に巻き込むには余りある、ヨハネの黙示録第十六章に書かれている世界の終末の到来を思わせるような、それ程の心的外傷(トラウマ)を私たちに植え付けた。

「自衛隊と災害救助隊が生存者の捜索に当たっておりますが、行方不明者は昨日より増えて200万人、現在も捜索が続いています」

この地震が結界の消滅とどのように関係しているか、はたまた本当に関係しているのか、今のところ定かではない。

しかし、この世界で何かただならぬことが起きているということは誰の目からも一目瞭然だった。

「首相含め政府高官や国会議員の約半数の安否が未だ分かっておらず、中央議会は機能不全の状態が続いており――」

結界の消滅がこの地震を引き起こしたのか、それとも、

「山陽電力は、島根原子力発電所について現時点での異常は確認されていないとし――」

諸悪の根源はまた別の場所に?

「引き続き余震などに警戒してください」

 

道路は波打ち、家屋は軒並み倒壊。

歴史的建造物が多い京都だが、実際に被害を受けたのは中の神仏像などで、建物ごと倒壊したところは無くはないが限られているそうだ。

現代の建築技術が太古の技術に敗北した歴史的瞬間だ。

碁盤の目状に整備された土地もすっかり見晴らしがよくなり、地面から突き出た建物の瓦礫は蓮台野の千本通りにかつて点在していたとされる千本の卒塔婆を彷彿とさせる。

鳴り止まないサイレン、すすり泣く声、絶望の二文字のみが残された世界、そこに私はある一つの可能性を見出していた。

この災害の本質ともいえる、世界の裏の真実。

それを確かめるべく、私は再び内閣府を訪れた。

目当ての人物とはあっさり会うことが出来た。

「ごきげんよう。どうかしたのかしら?」

「ええ、貴方に確認したいことがありまして、少しよろしいでしょうか。八雲紫さん」

「なにかしら?いまは忙しいのだけれど、お話くらいなら聞いてあげてもいいわよ?」

「ありがとうございます。それでは単刀直入に。幻想郷の結界を消したのは、貴方ですか?」

確信はなかった。

結界を消滅させるには、その結界の核となるものの破壊が必要だ。

博麗大結界の場合、どうやらそれは結界の向こう側にあるようだ。

つまり、博麗の大結界が消滅したならば、こちらではなく向こうの世界に結界消滅の原因がある。

他の結界の消滅や大地震との関連性は薄れることになる。

それは他の結界にも言える事であった。

結界を消滅させるにはにはその結界の核となる部分を破壊する必要があり、別々の結界が立て続けに消滅するなどという事態は確率的にあり得ないのだ。

「あるいは、それらすべての結界に干渉できる強力なものが存在すれば話は別だけども」

「それが私?」

「ええ、妖怪の賢者、八雲紫」

彼女の能力は境界を操る程度の能力。

この能力は、言わば新たな概念を創造、破壊する能力。

中と外の間に境界をつくれば、両者の間に新たな空間の概念が誕生し、昼と夜の境界を失くせば、それらの区別はなくなってしまう。

この世界を根本から作り変えかねない、その程度の能力。

結界というのは本来、邪悪な存在や不必要な存在を近づけぬためにたてる敷居のようなもの。

よって、幻想郷の二つの結界のように理論的な結界というのは通常であれば成立しない。

あれは唯の結界ではなく、新たに創造された概念の、境界線だったのではないかと推察される。

縁起によると、あの結界を張ったのは八雲紫含む幻想郷の賢者たち。

そして、それを破壊できるのは――

「おもしろい推理ね。確かに私であれば幻想郷の結界の一つや二つ、消すことは容易いですわ。それで?仮にそれが私だったとして、貴方はどうするのかしら?」

「そうですね、とりあえず、私が幻想郷の結界を再構築することは可能でしょうか?」

「あら、面白いことを言ってくれるじゃない」

わかっている。

この大災害の発端は彼女にはない。

彼女がやや強引な方法で私に接触し、幻想郷がこの世界から消滅したこと、そして蓮子が幻想郷に取り残されていることを私に伝えたこと、それは私にしか解決できない難題が存在するという、八雲紫の、この災害に対する、敗北宣言。

「この地震そのものは貴方が引き起こしたもの。結界を消滅させたことによって行き場を失った概念幻想たちが溢れだし、その結果発生した情報災害。つまり、私の幻想」

「ふーん、貴方には世界がそう見えていたの」

「けれど私の中ではそれは真実の世界。今までの事も、これからの事も、全て私にとっては真実の世界。いえ、私たちにとって、真実の世界」

「つまり、新たな真実を上書きするために、結界をつくるわけね」

「ええ、それは私たちにとっては真実ですので」

 

己の真実を貫くことの大切さを、教授は幾度となく口にしていた。

「科学はこの世の理を突き止めるための最も有効な手段とされているわ。けれど、どんなに切れるはさみでも、使い方のわからない猫に渡したところで全く役に立たない」

教授はつかみどころのないという言葉がよく似合う。

それどころか、教授になる以前の来歴が一切不明。

どこの大学を卒業し、そのようにして教授になったか。

年齢は私たちとほとんど変わらないのに、教授になれるだけの実力を持っていながら、その特異な来歴を表沙汰にされることなく、また知っている人間もいない。

まるで、教授は教授としてこの世に生まれたとしか思えない。

アインシュタインが相対性理論を発表してから、物理学はそれ以上の発展は見込めないとしてやや下火になった時期があった。しかし、実際にはそれは誤りで、量子物理学という新たな分野の開拓と共に、まだ見ぬ新天地を目指す開拓者たちが現れ、それが情報化の波として、私たちの目に見える形で現れた。

しかし現代になって、物理学理論の統一が叶い、再びフロンティア消滅が宣言されると、物理学の世界は解釈で完結するようになった。

事実上、物理学の発展は上限に到達したのだ。

しかし、それを信じない人たちも同時に現れた。

宇佐美蓮子と、岡崎教授だ。

自称プランク並みの頭脳を持つ蓮子はさておき、教授の頭脳が天才と比較してもずば抜けていることは私も蓮子も認める事実。

しかしそんな彼女が大学で物理学の教授という閑職に近いような職についているのにも、そこには彼女にしか見えない真実があるからだと確信している。

 

「教授、教授が辿り着いた真実とやら、私に見せて頂きませんか?」

「本当は宇佐見君にも見せてあげたかったのだけれど、仕方ないね」

あっさりと教授は私にその正体を明かしてくれた。

大学にあるはずのない地下空間へと私を案内する。

「ここは?かなり深くまで降りてきたみたいですけど」

「これは可能性空間移動船の内部。私の全てよ」

流石に聞き覚えのない単語だった。

「私たちの宇宙は大爆発の瞬間までは一つだった。爆発の瞬間から、素粒子がとりうる挙動の可能性の数だけ無限に分岐してきたのよ」

「いわゆる並行世界というものですか?」

「並行世界にもさまざまあるけど、特徴としては同じ時間軸上にあるということ」

「この船はその並行世界を渡り歩けるのですね」

「これらの世界には非常に興味深い性質があって、科学にのみ支配された世界、魔法にのみ支配された世界、科学と魔法が混在した世界の三つしか存在しない」

「ここはそのどれに当てはまるのですか?」

「科学にのみ支配されているわ」

やがて私たちは船の中心部と思われる場所に辿り着いた。

ドーム状の空間は白いタイルで覆われ、目が痛くなるほど白い空間が広がっている。

「私がいた世界では物理的な力はすべて統一できると考えられている。強い力、弱い力、重力、電磁気力の四つの相互作用は、宇宙誕生直後はもともと一つだった力が、急激な宇宙の膨張による情報拡散によって分かれたもので、それ以外の力は存在しないというのが通説だった。だけど私は、魔力という力の存在を確信していた。学会に発表したが子供の戯言だと全く相手にされなかった。そこで私はそれらの力の存在を証明して見せるため、この船を開発した。この場所は魔力によって発生した特異な光波を検出し、共鳴によって発生源となる位置と亜空間の理論的距離を測定する空間、言わば、この船の羅針盤よ」

「ということは教授は――」

「ええ、私は並行世界から来た、別の世界の人間。羅針盤に導かれてこの世界に来た」

「え?しかしここは科学の世界…」

「幻想郷、私も行ったことがある」

私たちの世界と幻想郷は別々の世界などではなく、結界によって隔離された陸続きの世界。

こちらの世界とは、常識と非常識によって区別されている。

こちらの世界が科学の世界だとすれば、幻想郷は魔法の世界というわけか。

「私はこの世界に残る理由はなくなってしまった。この世界から、魔力が失われてしまったのだから」

「この船で旅立つのですか?」

「ええ、優秀な乗組員を迎えに行かなければならないし」

「…私も乗せていって頂きませんか?」

教授は特に驚いた素振りを見せることなく、背を向ける。

「私の世界にも、旅では左手をふさいでおけという言葉があるわ」

「どういう意味ですか?」

「何も持たないより、何か持っていた方が安心ってことよ」

空間全体が揺れだした。

船が動き出したのだ。

「この世界には戻れないかもしれない。それでもいい?」

私とてこの世界に未練がないわけではない。

まだすべての問題を解決したわけではないし、世界の全てを知ったわけでもない。

しかし、結界が無くなったこの世界で、私にできることなどたかが知れている。

今感じている後悔より、後に感じる後悔の方が大きいことは、人類の経験上明らかになっていること。

決断に迷いはなかった。

「はい、行きます。行かせてください」

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