レトロスペクティブ京都   作:にわかの底力

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人の数だけ幻想郷。全てを受け入れる合言葉。


第二十三章 夢は時空を超えて

「今から超空間移動へと移行するわ。目は瞑っていた方がいいかもね」

「教授、私たちはどこへ向かっているのでしょうか?」

「今は、別世界にいる助手の元に向かっているわ」

慣性力を排除した反重力場が形成されているのか、そもそもにして空間座標点自体移動していないのか、窓が付いていないのでわからないけど、この船が移動している感覚はない。

ただ、少なくとも私は未知の方向へと移動している訳であって、特に三半規管が妙に敏感な私は大人しく目を瞑っていた方がいいのだろう。

「そろそろ目的地だそうよ。次元震に備えてどこかにつかまってなさい」

船が激しく揺れる。

目を瞑っていても、空間を眩い光が包み込むのがわかる。

「よし、目的地到着だ」

目を開けても船の中には何の変化もない。

「ハッチはこっち。足元に注意して」

地下神殿のような、いくつもの柱が並んだうす暗い階段を下り、搭乗口へと向かう。

パレットを操作する教授によって、ハッチが独特な機械音を出して開かれた。

ゆっくり開かれるハッチの前に、私たちを待ち構えていたかのように佇む人影がある。

「夢美様、待ちくたびれちまいましたぜ」

「済まなかったなちゆり。少し身長伸びたんじゃないか?」

「おうよ!私だって成長期だからな」

ハッチが開いた先に現れたのは、赤いセーラー服を着た、金髪の少女。

身長は私よりも大分低い。

何より特徴的なのは、左目にかかる黒い眼帯。

「それで?その隣の金髪は誰なんだ?」

「私の助手候補だ」

「ほう?つまりは私の後輩になるわけですな」

セーラー服の少女は私の元ににじり寄ってくると、鼻が付きそうなほどの至近距離で私を睨みつけてきた。

「な、何かな?なんか顔についてる?」

「ふーん、ま、いいや」

ようやく離れてくれた。

「それじゃあ後輩君。私についてきたまえ」

なかなか気が強い子らしい。

言動の所々に見られる背伸びが、思春期の少女らしさを本人の自覚なしに前面に押し出す。

「あんた、ここがどこだかわかるか?」

「え?どこって」

ようやくハッチから一歩を踏み出す。

そこで初めて、私は今自分がどのような空間にいるのかが確認できた。

私が今いるのは、非常に広大な土地。

空は赤とも青とも言い難い色をしており、草木が一切生えていない大地が永遠と広がっている。

360度地平線に囲まれており、所々岩のような突起物が大地から突出している。

「うっ‥‥」

視界が歪み、意識が何処かに持っていかれそうになる。

倒れこむような形でタラップを下り、地面と顔を見合わせた瞬間、体の中の物がすべて取り出されるような感覚に陥り、身体を支えていた四肢が崩壊した。

「瘴気で目を回したか。いや、瘴気で正気を失った?ははは!あんたにはまだ早すぎたようだな」

セーラー服の少女は倒れこんだ私の胸倉をつかんで無理矢理立たせると、私の体の中に何かを流し込んだ。

「こいつでも飲んどけ。少しは楽になるはずだ」

「こらこらちゆり、あまり乱暴したらダメでしょ」

ぼうっとする意識の中、教授と少女の会話と金属で何かをたたくような音を聞いて、世界は闇に包まれた。

 

意識が戻る。

視線の先、しゃがみこんで頭を押さえる少女と、レンチを持った教授の姿がそこにあった。

「あなたも起きなさい。そろそろ薬が効いたでしょ」

「あ、はい」

先ほどの気持ちの悪さとは打って変わって、すんなり立ち上がれた。

私が意識を失ってから、そんなに時間は経っていないようだ。

「魔法化学で調合した神経安定剤。ホメオパシーの原理の元、精神的に作用する異変にも対応できるようにつくられた私の自信作よ」

ドクロマークが描かれたガラス瓶を見せつける教授。

私は一体何を飲まされたのだろう。

「ちゆり、もう一方を連れてきて頂戴。あと、ハーン君を頼むわ」

教授はそう言い残し、船の中へと入っていってしまった。

「ほら後輩、私についてこい」

「え、ええ」

不機嫌そうに立ち上がるセーラー服の少女の後を私がついていく形で、私たちは歩き出した。

「後輩、ぜってえ離れんじゃねえぞ。離れたら迎えに行けないかんな」

「え!?」

「返事はハイだ」

「は、はい」

どこまで行っても先が見えぬ広大な大地を、途中幾度も曲がりながら進んでいく少女の後ろを、無言でついていく。

両者の間に何かトラブルが生じたわけではないけど、不思議と重たい空気がたちこめる。

「あんた、名前は?」

「え?」

「名前はって訊いてんだ」

「あ、マエリベリー・ハーン」

「ふーん。私は北白河ちゆり。もっとも、今後あんたが私の事を名前で呼ぶことなんてないと思うから、覚えなくて結構」

簡単な自己紹介のような何かが済んだところで、歩を止めるちゆり。

セーラーハットの上から頭を搔いている。

「えっと、こっち、じゃなくて?」

「…お、やるな、後輩」

実は私は気づいていた。

この空間は結界に囲まれた閉鎖空間。

その結界は、決められた道順通りに進んでいけば突破できるという、古典的なセキュリティーに使われていたものだけど、何もない広大な大地では最も有効的な仕組みとなっている。

所々突出した岩のようなものは帰りの道順の目印としての役割を持つ。

ちゆりはたった今私の結界の能力を知ったわけだけれど、私に道案内させるのは彼女のプライドが許さないのか、ちゆりが前で私が後ろという位置関係に変化はない。

「そろそろ出られる。最後の最後で踏み外すなよ」

一瞬光に包まれる。

目を開けると、遠くの方に、何本もの黒い直方体が乱立しているのが見えた。

「魔界人が暮らしているエンドシティだ」

「魔界人?」

「言い忘れてたが、ここはとある人物によって創造された魔界だ。ここの奴らもみんな創造主に創られた」

魔界という言葉を知らないわけではないが、漠然としたイメージしか持っていない私は、ここが魔界と言われた所で、そのままの事実として受け入れざるを得ない。

つまり、何も反応を示すことが出来なかった。

それを面白く感じなかったか、ちゆりが若干不機嫌そうにこちらを見た後、腕を引っ張って私を無理矢理どこかへ連れて行った。

 

「私たちはどこへ向かっているの?」

「相棒を迎えに行くんだよ」

ちゆりは私の手を一切放すことなく、駆け足気味に、魔界の都市と平行に進んでいる。

「この手を放すんじゃねえぞ。姿が見えちまうから」

「姿?」

「ここの連中に見つかんとちょいと厄介だからな。今私たちの姿は他人からは一切見えない」

成程、それで駆け足だったのか。

「無論、量子力学の産物だから、魔法で暴かれることはない」

いくらか進むと、分かれ道に出る。

二本に分かれる道にはそれぞれ立て看板が立っており、片方には「ROMANTIC」、もう片方には「CHILDREN」と書かれている。

「こっちだ」

ちゆりは迷うことなく「CHILDREN」を選択した。

「なんでわかったの?」

「こっちと言われたからだ。それともあんた、ROMANTISTだったか?」

まるで意味の分からない会話をしたところで、巨大な扉が見えてきた。

「魔界の出口だ。だがあそこには門番がいる。暫く戦いになるから離れろ」

私を突き放して前に出るちゆり。

「私だ!ちゆりだ!ここの門を開けろ!」

僅かに門が開くと、すぐに閉じてしまう。

そして、その扉のわずかな隙間から入り込んできた、赤いワンピースを着た桃色の髪の、なぜか裸足の少女が、ちゆりの前に立ちふさがる。

「あら赤ちゆり、久しぶりだわ」

「いい加減その呼び方はやめろって。向こうは元気にしてるか?」

「ええ、それはもちろん、世間はここのところ物騒みたいだから、暇しているなんてことはないんじゃないかしら」

「それは良かった。そいつに用があるんだが、ここを通してくれないかな」

「あら、なんの通行手形も持たぬ者をそうやすやすと通してしまったら、門番として失格ですわね」

「かかってこい。こっちはいつでもいいぜ」

「血の気の多いですこと。これだから海賊さんは」

「ワンピース姿の奴にだけはいわれたくなかったな」

両者ともににらみ合いを続け、ワンピースの少女がスカートの裾をつまんでお辞儀をする。

すると、少女の体の周りから赤や青に光る球が放出され、ちゆりの方へと向かっていった。

ちゆりは冷静にその状況を判断し、球の間をすり抜け、どこからかとりだしたレーザー銃のようなもので一直線の光線を放つ。

目が痛くなるほど激しい戦いに、観戦者である私の手にも力が入る。

文字通り火花を散らし、光と閃光が交差する。

互いの攻撃をまるで踊るように、華麗なステップを踏んで避けてゆく。

両者の周囲に展開された弾幕は、互いの動きを制限しつつも、まるで弾幕と体が一体になったかのような、華麗で大胆な攻撃を両者に仕掛ける。

互いに互いの攻撃を読み合い、攻撃をかわしながら新たな弾幕を形成する。

どう表現すればいいのかわからないけど、いうなればそう、暴力的な頭脳戦。

 

やがて、この激しくも美しい戦いに、とうとう決着がついた。

ちゆりがセーラー服の少女の下顎に銃を突きつけたのだ。

「久々に戦えて楽しかったわ」

「ああ、それじゃあ通してもらうぜ」

門の扉が開かれる。

開かれた扉の先、そこは洞窟に繋がっていた。

上下左右ごつごつとした岩肌に囲まれ、正面は深い闇が覆い尽くしている。

「どうした?行かないのか?」

戦いに見とれるといった現象に初めて出くわした私は、その乱れた感情を中々整理できずにいた。

「ええ、今行くわ」

次のステージに、心構えをしておかなければ。

 

洞窟は綺麗に一直線。

自然に作られたとなれば不自然なくらいに自然な洞窟を、私たちはただ淡々と歩いていた。

「なあ、あんた、なんであの船に乗ってたんだ?」

「私?」

「あんた以外の誰かと話してたら怖えだろ」

「…実は友達を探していて」

蓮子が失踪してしまったこと、そして元いた世界で起こったことなどを、簡単に説明した。

「成程、それであの船に乗ればなんかわかるんじゃないかと。案外楽観主義者なんだな、あんた」

「楽観主義?」

確かに今回の船旅、蓮子を見つけ出すということ以外、具体的な目的も定まっておらず、漠然とした、現状の打開に最も有効的な手段だったという思い込みによるものだというのは否定できない。

「ま、私も人のことを言えた義理じゃねえが、そんなあんたに朗報だ。今から行こうとしているのは幻想郷」

「え!?」

思いもよらぬ発言に、私は己の耳をうたがった。

教授は幻想郷へ向かっていることを、私に黙っていたということになる。

なぜ?何のために?

しかし、そんな疑問は些細なこと。

幻想郷に行けることには変わりない。

蓮子と会えるのだ。

「ほれ、出口だぜ」

 

幻想郷__失われたものたちの楽園は、私が失ったものを大切にしまっておいてくれただろうか。

大いなる期待と僅かな不安を抱き、訪れた世界は、思わぬ形で私の期待を裏切るとは、まだ思いもしなかった。

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