洞窟を抜けた先は、半壊した神社の境内の裏側だった。
「ちゆりー、いるかー」
ちゆりが叫ぶ。
「はいはいー、ちゆり様はここにいるぜー!」
神社の社の影からちゆりがとびだしてきた。
ちゆりが二人⁉︎
新しく出てきたちゆりは青いセーラー服で、眼帯をつけていないという違いこそあるけど、それ以外の特徴は例え双子だとしても似過ぎている。
「遅えぞちゆり、待ちくたびれたぜ」
「なんだとちゆり!折角迎えに来てやったんだぞ!」
「しかもまだ眼帯なんてつけているのか。こっちまで迷惑するからやめてくんない?」
「ひどいぜちゆり!あんたにもそういう時あっただろ!」
「あ、あの、、ちゆり?」
「「なんだぜ?」」
二人同時に振り向く。
「えっと、どっちかちゆり?」
「二人ともちゆりだぜ」
「私たち、異なる可能世界上に存在する同一存在」
「自発対称性の破れによって生じた分岐点で分裂した存在」
ややこしくなってきた。
つまり、互いに異なる世界の同じ存在ということらしい。
「ところであんた誰?」
「ああ、私の後輩」
「あんたの後輩?じゃあ必然的に私の後輩ってことにもなるな」
「なんであんたの後輩になるんだ?もう私の後輩なんだから私の後輩であるはずだ」
「あんたは私と同じなんだから私の後輩でもあるはずだ。そもそも後輩は後輩であってあんたの後輩でもないはずだ」
「そうなれば後輩に直接聞いてみよう」
「「どっちがあんたの後輩か?」」
「‥‥‥‥‥‥」
知らない。
「なによ、騒がしいわね」
先ほど青ちゆりが現れた方向から、眠い目を擦りながら現れたのは、巫女服に身を包んだ、紫髪の女性。
ここの神社の巫女さんだろうか。
「靈夢さん、聞いてくれよ!あの野郎が私の事をいつまでも成長しないちんちくりんだって!」
「いや、二人とも同じようなもんだから」
「靈夢さんまでそう言う!」
レイム?聞いたことがある名前だ。
私は半壊した境内の表へと回る。
赤い鳥居に、はっきりと書かれていた。
『博麗』という、二文字が。
「ここ、博麗神社!?」
神社の巫女さんが近づいてくる。
「あんたは見ない顔ね。参拝しに来たなら、賽銭箱はあそこよ」
「…これ、大丈夫なんですか?」
「これが大丈夫に見えたなら、あんたは相当目が悪いのね」
山中に建立されたこの神社の鳥居からは、山の麓の様子が一望できる。
緑に囲まれ、鳥の群れが編隊をつくり、あちらこちらで煙が昇り、もうすぐで命尽きるであろう蝉の声と、機械音と、爆発音が響き渡る。
「ここが…幻想郷?」
「ええそうよ。どう?なかなか刺激的でしょ」
美しい楽園で繰り広げられていたのは、紛れもない戦争行為だった。
地上では謎の機械が暴れ回り、その周りを翼の生えた何か邪魔するように飛び回っているのがわかる。
「おお!こりゃまたすげえな」
青ちゆりの袖を掴んで走ってきた赤ちゆりが、興奮気味に叫ぶ。
「いきなりこんな機械が暴れ回って、いったいどうなっているのかしら」
一方の巫女さんには、危機感というものがまるで感じられない。
長い大幣を肩にかけ、首をぽきぽきと鳴らしている。
「蓮子!蓮子は大丈夫なの?」
「蓮子って、あんたの友人か?」
こんな世界に送り込まれたとなっては、命がいくつあっても足りない。
一刻も早く蓮子を連れ戻さなければ。
「麓に難民キャンプと基地があるけど、そこのどちらかにはいるんじゃないかしら」
巫女さんが恐らくキャンプや基地がある方向へ指をさす。
「ちゆり、行ってみようぜ!」
「夢美様がしんぱいしないか?」
「大丈夫だって。教授が私たちの事を心配したことが一度でもあったか?」
「それもそうか。じゃあ、後輩、私たちについてこい!」
強引に袖を引っ張られ連行された私は、麓まで続く長い境内の階段を滑るようにして降りる。
というよりも、現に滑っている。
赤ちゆりが階段の縁を如何なる原理を使って凍らせ、摩擦が無くなった階段を滑るようにして降りているのだ。
私は青ちゆりにつかまるだけで精一杯だった。
「よっと」
一気に地面に摩擦が生まれてよろけそうになるが、青ちゆりに掴まってなんとか踏みとどまる。
「この森を抜けた先に味方のキャンプがあるぜ」
青ちゆりが指さす方向は深い森が続く。
「どうせなら基地とかにしてくれよな」
「基地ならここを南南東に2マイルほど行ったところに後方支援部隊の基地があるけど」
「どうせなら前線基地のほうがいいぜ」
赤ちゆりの発言に暫く頭を抱える青ちゆりだったが、やがて大きなため息をつく。
「わかった。ここから西南西に4マイルほど行ったところに前線基地がある。臨時戦闘要員として向かおうぜ」
「ちょっとまって!」
これから戦争に参加しようというの?
今まで日本という戦争とはまるで縁がない国で平和に暮らしていた私。
当然、心の準備というものが出来ているはずもなく、ましてなんの訓練も受けていない私が前線に赴くなど自殺行為の他ならない。
「なんだ、戦う覚悟も無いのにここに来たのか?」
覚悟、この単語を聞いた瞬間、私は思い知らされた。
あの世界にいたままでは、自分は何もできない、ならば別の世界で、自分にできることを見つけよう。
そう考えて船にのりこんだ。
しかし、それは全くの間違いだった。
人は使命というものを与えられて、そのしがらみの中で生きてゆかなければならない。
真っ当な仕事に就き、働いてお金を稼ぐことだったり、人類にとって有益な生産活動にいそしんだり。
しかし、使命というのは、住む世界によって異なるものであり、使命というのがどんなに過酷なものであったとしても、一度その世界に身を置いた以上、そのしがらみの中で生きていかなければならない。
「他の世界に行くというのは、肉体的にも精神的にも容易なことじゃないぜ。それこそ、このちゆり様のように過酷な環境下でも耐えられる強靭な肉体と、如何なる状況下でも冷静沈着に物事を捉える為の図太い精神力が必要なんだぜ」
「あんたがタフなことは認めるぜ。ただ、後輩はなにもかもが初めての経験でまだ混乱しているんだ。後輩のケアも先輩の大事な任務。私は後輩と一緒に後方支援に回るぜ」
一瞬不機嫌そうな顔をする赤ちゆりだったが、やがて小さく頷く。
「わかったぜ。前線には私一人で向かうから、後輩を頼んだぞ。あと、私の後輩だからな!」
「ご武運を祈らせてもらうぜ」
赤ちゆりは一人森の中に入っていった。
「ぶっちゃけ行きたいって言いだしたのは赤い方だから、難民キャンプの方へ行ってもいいんだけれど、折角だから後方支援に回るぜ。その方があんたの友人とやらの情報が得られやすいし、あんたにもこれからの旅に備えてできるだけ多くの経験をしてほしいからな」
青ちゆりは、コンパスを片手に、私の手をつなぎ平原を歩く。
「まだここは前線から遠いけど、いつなんどき敵に見つかるかわからない。特に見晴らしのいい場所を呑気に歩いてる私たちなんて、敵からしてみれば格好の的だからな。用心するんだ」
「はい」
「返事はヨーソローだ」
「よ、ヨーソロー!」
歩いていると、赤十字をつけたジープが私たちの横を通る。
「おい!難民キャンプはここの反対方向だ!」
ジープから叫んだのは、軍服に身を包んだ茶髪の中年の男だ。
「いや、私たち、後方支援に志願する為に遠路はるばる歩いてきたんだぜ」
「そうか、今は人手が足りないからありがたい。ただ徒歩は危険だ。ひとまずジープに乗れ」
男は運転席から降りて、私たちをジープに押し込む。
中年の男の他にはもう一人、年端もいかない金髪の青年が、既に失くした右腕を抑えながら、バツの悪そうに助手席に座っている。
「私は一通りの機械いじりはできるから、即戦力になると思うぜ」
「そいつは期待だな。そっちの嬢ちゃんは?」
「私?私は…」
「私の助手だぜ」
返答に困っている私の様子を瞬時に察したちゆりが、私の代わりに答えた。
「運び込まれたけが人が4人、内重篤患者が1人。医療の方は今のところは心配なさそうだが、油断はできんな。助手の嬢ちゃんは患者の手当ても任せることになるかもしれん。いいな?」
「ヨーソロー」
「ん?」
「あ、いえ」
「それからちんまいの、あんたは車両整備班だ」
「私はちんまくない!」
中年の男によって一通りの説明が済んだ所で、いよいよ基地が見えてきた。
周囲が針金のフェンスと有刺鉄線で囲まれ、内部には複数のテントと軍事車両、一角に木造の簡易的な見張り台が確認できる。
門前の見張りの兵士たちが敬礼で迎える。
「後方支援部隊のランツだ」
「は!どうぞお通りください」
開かれた門を颯爽と通り抜ける私たちのジープ。
ジープから降りると同時に、中年の男は号令をかける。
「集合!整列!」
張りのある男の号令に一応は反応を見せるものの、実際に集まったのは確認できる兵士数十人人中僅か数人だった。
それでも男は特に気に留めるようなことはなく、構わず続ける。
「我が隊に新兵が新たに二人加わった。正確には非正規戦闘要員という形になるんだが、ここにいる俺以外全員がそうだから、まあ問題ないだろう。それから、第一拠点が占拠されたため、今後は第二拠点を経由することとする。連絡は以上だ」
「「「「は!」」」」
集合した兵士たちは各々の持ち場に戻り、作業を開始する。
「待ってくれ!第一拠点が占拠されたってホントか?」
「ああ、それがどうした?」
「いや…、何でもない」
一瞬だがちゆりは、血の気が引いたように、顔を俯かせながら身震いした。
「自己紹介がまだだったな。私はランツ。階級は少佐。ここ後方支援部隊の隊長でもある。つまりは君らの上官だ」
「イエッサー!私は北白河ちゆり。本日付で車両整備班に就きます」
「マエリベリー・ハーンです」
「他の隊員との自己紹介は各々済ませといてくれ。といってもあと半月もすりゃ、大分メンバーも変わっているだろうが」
そう言い残し、少佐はテントの中へと入っていった。
「医療班で手が空いている人!こっち来てくれない?」
赤十字が描かれたテントから応援を求める声が聞こえたので、急いで向かう。
「ちょっとここおさえといてくれない?」
テントの中では、背中から透明な羽根を生やしたナース姿の女性の隣で、軍服を血で赤く染めた、黒髪の青年がベッドの上で横たわっていた。
ベッドと言っても布団などはなく、段ボールのようなものでつくった即席の台みたいな簡素なものだ。
「こうですか?」
関節のあたりで肉が裂けているのか、大量の血を噴出した跡がある右手を押さえつける。
女性が消毒液のような液体を青年の右腕に垂らすと、青年はたちまち暴れだし、女性と二人がかりで必死に押さえつける。
しかし、青年は暴れていたのが嘘であるかのように、すぐに静寂を取り戻す。
気を失ったのだ。
「ふぅ、後は…」
ピンセットで傷口をいじる女性。
あまりに痛々しい光景を、流石に直視できないでいた。
「包帯とって、そこの引き出しにある」
「は、はい」
引き出しの一番上から包帯を取り出し、女性に渡すと、青年の傷口はどういうわけか、既にふさがっていた。
「このわからずやには、これくらいが丁度いい」
木の板で関節を固定され、その上から包帯をぐるぐるに巻き付けられた青年の右腕は、女性が手を放した途端に力なくベッドの上に横たわった。
「貴方が先ほどの新人ね。お名前聞いてもいいかしら」
ようやく一息つけたと、女性は水筒の水を飲みながら、先ほどの真剣な表情とは打って変わって和やかな表情で話しかけてきた。
「マエリベリー・ハーン、外の世界から来ました」
「外の世界?初めて聞く言葉ね」
外の世界を知らない?
私が今まで夢の中で出会ってきた幻想郷の人々は、皆外の世界という言葉を認知していた。
しかし、だからといって幻想郷の住民全てが外の世界を認知しているということではないということなのか。
はたまた、この戦乱の中で、外の世界の存在が忘れ去られてしまったのか。
いや、その両者も可能性としては低い。
なぜなら、幻想郷と外の世界は、切っても切れない関係で結ばれているからだ。
外の世界で忘れ去られたもの、存在が否定されたものを、保管しておく事が、この世界の存在意義。
それを知らない、忘れたというのは、あり得ないという結論に普通は至る。
しかし、現に今、そのあり得ない状況が生まれているわけで、それは否定できない事実である。
そもそも、私はこの幻想郷に来てから、少しだけ違和感を感じていた。
博麗神社に来た時も、鳥居の額束を見るまではここが博麗神社とは気がつかなかった。
いくら半壊していたとは言え、一度訪れた神社、しかも、探し求めていた神社に訪れたというのに、こうも気がつかないものなのだろうか。
何か足りない。
なにか、決定的に。
「暫く、この患者の様子を見ててもらえないかしら」
「はい、わかりました」
「それと、この青年はどこへも行かしてはダメだからね」
彼女は返事を返す前に椅子から立ち上がり、そのまま足早にどこかへ行ってしまった。
「うぁぁぁぁ!右腕がっ!」
「落ち着いてください!しっかりついていますから!」
自分の右腕がついていることを確認するや否や、落ち着きを取り戻す青年。
「…すまない。先程の軍医さんはどこかな?」
軍医?先程の女性だろうか。
「今ちょっと手が離せなくて」
「…そうか。ありがとう」
青年は再びベッドに横になる。
が、直ぐに起き上がると、軍靴を履き始める。
「すみません!まだここにいてください!」
「…あの軍医に言われたのか?」
「ええ」
「いいんだよ、あの頭でっかちのいう事なんか。兵士は戦いに行ってなんぼだろ?」
青年はそう言って、近くの机に置いてあった武器や荷物を持って、足を引き摺りながらテントから出ようとしたのだが。
「誰が頭でっかちですって?」
「ヒャ!?え?えーと、なんのことですか?」
青年がテントを出ようとしたところで、笑顔のまま静かに怒りを爆発させている先ほどの女性と鉢合わせした。
「二度言わないとわからない?」
「大変失礼しました少尉!」
女性を、青年は見事なまでの敬礼で迎えると、大人しく軍靴を脱ぎ、再びベッドで横になった。
「ほんっとしょうがない子ね。はい、これ。回復を早める薬」
「おお、そんなのがあるのか。ありがとうございます少尉」
女性は青年にカプセルを渡すと、青年は今さっき肩にかけた水筒を肩から外し、カプセルを流し込む。
「前線の様子はどうだろうか…」
「貴方はまず自分の体の事を心配なさい」
女性が青年に、優しく薄い掛布団をかけると、そっと頭を撫でた。
青年は既に目を閉じている。
「ふふ、薬が効いたわね。もう少しの辛抱よ」
「あの、一ついいですか?」
「なにかしら?」
「彼の足は、直さないんですか?」
先ほど青年が足を引きずっているのが見えた。
あの腕の傷をいとも簡単に直してしまえるのだから、足の傷もすぐに治せるはず。
「足の傷を治してしまうと、彼はすぐにここを出ていかなければならなくなるでしょ?」
「え?でも…彼はすぐにでも前線に戻りたいって」
「私の治癒魔法はね、体内の気質を無理矢理いじって行うものだから、当然体には大きな負担となる。でも、軍人さんは多少無理してでも、動けるようになったら戦場へ赴かなくてはならない。だから、程度の軽い傷は自然治癒に任せて、無理矢理にでも兵士に休養の期間を設けているのよ」
「…そう、だったんですか」
なぜ早く治してくれないのかと、他の兵士たちからも不満が出ているだろう。
それでも、彼女は彼女の仕事をしている。
なかなかできることではない。
「そろそろ行くわね。引き続き、お願いね」
「了解です」
女性が去っていくと、青年はいきなり目を開けた。
「え?」
驚く私の目の前で、地面に先ほどのカプセルを吐き出す。
「わかってたよ。これが眠り薬であることくらい」
しかし、青年は先ほどのように動こうとはしなかった。
「なんだかんだ言って、戦争の事を一番理解しているのは彼女だから、従うしかないよな」
無い枕の代わりに、頭の後ろで腕を組んで枕代わりにする。
「貴方は、なぜそんなに前線へ行きたいの?」
私の勝手な想像ではあるが、兵士とて戦争に行きたい人などはいないだろう。
戦争では死が当たり前。
仲間が殺され、いつ自分の番が来るかわからない。
そんな極限の状態の場所に自ら行きたいだなんて、正気の沙汰とは思えない。
「俺さ、家族がいるんだ」
「…家族?」
「ああ、世界一美人な嫁と、世界一愛する愛娘が一人」
「それじゃあなおさら…」
「次の瞬間には、侵略者によって家族が殺されるかもしれない。前線の状態がわからない以上、いつ魔の手が家族に届くかわかったもんじゃない。俺の家族の為に戦っているのは俺しかいない。家族を守れるのは俺しかいない。だから、こんなところで休んでいるわけにはいかないんだ」
戦争へ行きたがる人を正気の沙汰とは思えないと私は思った。
それは、自分の命こそが、何より大切なものであると信じていたからだ。
しかし、その考えが他者にも通用するというのは、愚かな考えだった。
少なくとも目の前の彼は、自分の命よりも大切なものを、その手から落とすまいと、自分の命をなげうって、必死に守っているのだから。