レトロスペクティブ京都   作:にわかの底力

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食事時に忘れてはならない三箇条

一、使われた命
一、作ってくれた人への感謝
一、いつしか自分も食べられる側になる覚悟


第二十五章 フォルスストロベリー

どんなに人手が足りないときでも、一応休憩は貰えるらしい。

休憩時間に、蓮子の情報をあたることにした。

「残念だが、そのような少女についての情報は未だに入ってきていないな」

「…そうですか」

蓮子はどこへ行ってしまったのであろう。

時間が進むにつれて、悪い方向に考えが移っていく。

いや、蓮子の事だ。

きっといつものようにその内ケロっと現れる。

いつもの遅刻癖が重症化しただけだ。

気分転換にと、ちゆりがいる車両整備班とやらの様子を伺いに行くことにした。

「だーかーら!操縦席に並進装置をつければ一発だろ!」

「貴方は車両にかかる負担というのを考慮していないのです!車両を安定して走行させるには油圧サスペンションが必要なのです!」

なにやらちゆりと誰かが争っている声が聞こえる。

「どうしたの?」

「あ!聞いてくださいなのです!このちんちくりん、戦車の操縦席をぐるぐる回そうとしたのですよ!」

「あ!聞いてくれよ!このちんちくりん、戦車の部品の中に油を流し込もうとしやがったんだぜ!」

同時に言われても聞き取れない。

「そもそもあなたは戦車に対する敬意というのが足りないのです!」

「大体なんで主砲一本しかついていないんだよ!正面撃ってるとき側面がら空きじゃねえか!」

「狭い操縦席に装填手を何人も置くよりずっと扱いやすいのです!」

「じゃあこの主砲すらついてねえ気持ちわりい機体はなんだ!」

「気持ち悪いとはなんなのです!このイビルアイο(オミクロン)を馬鹿にすると許さないのです!」

ちゆりが争っているのは、ちゆりと同じくらいの背丈の茶髪の少女。

Yシャツに半ズボン、両側から垂れる三つ編みのおさげがよく似合う。

両者、目から火花を散らしている。

あまり余計なことに巻き込まれたくない私は、そっと、その場から離れることにした。

駐車されている軍用車両の車列を更に奥へ進むと、そこに白衣姿の紫髪の女性が、なにやら機械の前で佇んでいる。

触手のようなものと蜘蛛のような足をつけた、非常に形容し難い形をした機械であり、車体から伸びる砲身だけが唯一、この機械が戦闘用マシンである事を主張している。

「なんですかこれ…」

「まだ実用化には厳しいかな」

女性がこちらへ振り向く。

鼻に眼鏡をかけた、年齢は二十代なるかならないかだけど、どこか大人びた雰囲気のある女性。

「虜獲した敵機の構造を解析して、実験機を作ってみたのだけれど、これほど複雑な構造の機械を動かすには瞬間あたり相当のエネルギーを要するわ。燃料の潜在的エネルギーが明らかに石油のそれとは違うのよね。なんなら核エネルギーよりもいいものを使っているわ。でも、燃料を解析してもサボテンの植物油しか検出されないのよ」

今まで気づいていながらも、不自然に思われると思って、ずっと聞けなかった疑問をぶつけてみることにした。

「それらの兵器って、どこから来たのですか?」

「貴方ね、ちゆりちゃんの言っていた、岡崎先生の新しい助手は」

何故かこの人は岡崎教授の事をご存知のようだ。

「彼女とは知り合いよ。私は朝倉理香子、よろしくね」

どういう関係にあるのか気になるところではあったけど、相手のプライバシーに関わることにあまり首を突っ込む気にはなれなかった。

「彼らはある日突然、西の方からやってきた。高分子レーザーであらゆるものに無差別に攻撃を始め、幻想郷はあっという間に機械に飲み込まれた。彼らに対抗すべく、機械とともに現れた人たちと、幻想郷の人妖有志たちで防衛軍を設立したの。それが私たち、幻想郷統一戦線。魔法と科学のぶつかり合い、人間と妖怪の共闘の始まりよ」

幻想郷では確か、人間と妖怪は互いに住み分けられていたはず。

妖怪を脅威として見ている人間と、人間を生活必需品としか見ていない妖怪との間には、少なからず確執があるのだろうけど、それらを取り払ってでも両者協力し合わなければならないというのはどういう状況かというのは、想像に難くない。

それと、この基地の中には日本人風の人々と、ランツ少佐のように欧州風の人々がいる。

おそらくランツ少佐らが、機械とともに現れた人々だろうけど。

どこからなんの目的で現れたのだろう…。

「じゃあ結局、その機械の正体はわからないんですか?」

「ええ。ただ一つ言えることは、彼らを作ったのは、とんでもない科学力を持った何者かであるということ」

 

幻想郷の夜はかなり涼しい。

山に囲まれた盆地である為、冷たい空気が地上に滞留するのだ。

ベッドというものが無いため、地面に段ボールと薄い敷布団を敷いて、その上で寝ることになる。

流石に男性兵士と寝るのはまずいと、女性軍人は専用のテントの中で寝ている。

当然、私とちゆりもだ。

ちゆりは私の隣で寝ている。

皆はぐっすりと眠っているが、慣れない環境で、精神的に疲労が溜まっている私は、中々寝付けないでいた。

目を瞑ろうとしても、見張りのライトが時々テントを照らすので、そのタイミングで目を開けてしまう。

「おい後輩、起きてるか?」

寝ていたはずのちゆりが目を開けていた。

「ええ、中々寝付けなくて」

「はは、悪いやつだな。休息は軍人の重要な任務だというのに」

「あなたもでしょ」

一応枕は支給されているのだけど、ちゆりは枕を使わず頭の後ろで手を組んでいる。

「なあ後輩、友人を探してるんだっけ?」

「ええ。幻想郷にいるはずなんだけど」

不安で仕方がない。

今どこで何をしているのか。

考えれば考えるほど、睡眠から遠ざかってしまう。

「実は私も、赤い方が心配でさ」

「自分から前線に行くって言って、行ってしまったけど」

「案内したのが、第一拠点なんだよな」

「え⁉︎そこって…」

「しっ!声が大きい!」

驚きのあまり声がもれてしまった。

第一拠点は、少佐の話では敵に占拠されてしまった。

「でも奴なら多分大丈夫だ。あいつがタフなのは、私がよく知ってる」

「……」

「それに、あいつの事は信じてるから。なんたって、あいつは私なんだからな」

「…、案外楽観的なのね」

 


 

起床ラッパが鳴り響く。

いつの間にかすっかり寝ていた私が目を覚ますと、テントの中は既に私だけだった。

「おはよう!よく寝れたか?」

テントから出て、朝一番に声を掛けてきたのは、昨日までベッドで横になっていた青年だ。

「おはようございます。もう大丈夫なんですか?」

「ああ、お陰様でもうすっかり良くなったよ」

青年は、腕をぐるぐる回しながらアピールする。

「じゃあ、前線に復帰ですね」

「…なんでちょっと残念そうなんだよ。あっそうだ!」

青年はどこからかメモの切れ端と鉛筆を取り出し、何かを認める。

「もし家族に会ったらこれを渡してほしい」

「わかりました」

内容は確認せず、ハンドバッグにしまった。

第三者が見ていいものでは決してないだろうから。

「私からも一ついいですか?」

「ん?なんだ?」

「赤髪のセーラー服の人が前線にいるか、確認してほしいのですが」

「わかった、もし見かけたら声を掛けとくよ」

青年は「じゃあ」と、手を挙げて、ジープの車列へと歩いていった。

 

「誰だよ!こんなところに砲丸なんか置いた奴!」

「砲丸じゃないのです!徹甲弾なのです!」

「うるせえな原始的なのには変わらねんだよ!ってえな尖った所にぶつけちまったじゃねえか!」

朝から騒がしい戦車小屋を通り過ぎ、持ち場に就く。

「おはよう、昨日は眠れたかしら?」

テントの中には、既に軍医少尉の姿があった。

患者のいないときは事務の仕事で忙しい彼女は、机の上で書類にろくに目を通さず流れ作業でハンコを押している。

「はい、おかげさまで」

このテントには私と彼女の他にも幾人かの女性たちがいるが、殆どの医療行為は彼女がこなしているようだ。

ここに運ばれてくる人は、人の手でどうにかなる範疇を超えた人が多いのだろう。

彼女の目には薄っすらくまが出来ている。

「急患だ!急げ!」

外から声が聞こえた。

テントを飛び出すと、担架を運ぶ人たちや、何やら機械を持った人たちがバリケードへ向かって走っている。

その人たちについて行くと、見張りの兵士に支えられてようやく立っている状態の、着物姿の少女がいた。

口からは血を吐き出し、緑色の着物は血で真っ赤に染まり、体の右側にあるはずのものがなく、あるはずのものは左手に握られている。

「早く担架を!」

「ここまで一人で歩いてきたのか⁉︎信じられねえ」

周りの軍人たちが驚きの言葉を口にする中、周囲の軍人たちの集団をかき分け、少女に近づく一人の男の姿があった。

ランツ少佐だ。

「貴様、人間じゃねえな」

少佐の突然の言葉に一同は黙り込む。

「妖が何故ここにいる?」

少佐のその一言で、周囲の人間が、担架を担ぐ人までもが少女の元から離れた。

「貴様はここには入れられん」

「怪我人は怪我人よ、運んで頂戴」

少佐に意見具申したのは、軍医少尉だ。

「しかし、皆の安全のことを考えると…」

「そう簡単に入れるわけには…」

「妖怪だぞ」

周囲の軍人もざわめき出す。

「怪我が完治するまで私がつきっきりで面倒を見ます。それなら文句もないでしょう」

「……」

少佐は少し考えた挙句、渋々承諾した。

「了解した。全て君にまかせ「直ぐに運んで頂戴!」

少佐の言葉を遮る軍医少尉の呼びかけに、担架の運搬を拒否した軍人たちが、担架の上で寝かされたままの少女を再び持ち上げる。

周りの軍人は運ばれていく少女を無言で見送ると、それぞれの持ち場に散っていった。

 

「メリーさん早く来て!」

「はい!」

簡素なベッドの上に横たわる彼女は、非常に辛そうに唸り声をあげている。

「ここ押さえて!」

「はい!」

軍医が少女の着物を脱がせると、あまりの惨状に目を背けてしまう。

「なんでこんなに幼い少女が…」

「幼く見えるだけ。300年は生きているわ」

そう言っている間にも、彼女の体には何滴もの薬品が垂らされては治癒魔法での回復が繰り返される。

「自己修復能力が高い分、治癒魔法は効きづらいわね」

軍医の額から汗が流れ落ちる。

「大分弱っていたわね。でも、どうしたらこんな傷が…」

治療の間に、少女は疲れきったのか、電池が切れたかのように眠ってしまった。

「腕…どうしたら」

「…残念だけど、戻らないわね。この娘、あまり強い妖怪じゃないみたいだから」

彼女の右腕は、鍵のついた工具箱の中に厳重に保管された。

夜な夜な動き出さないようにするためだという。

「博麗神社にお祓いしてもらいましょう」

 

「……ん?」

「気がついた?」

「…ここは?」

「後方支援部隊の医療舎よ」

「そうか…助かったんだな、わたし」

そう言うと彼女は、自分の右半身に足りないものを自覚する。

「残念ながら…、右腕は…」

「いや、いいんだ」

特に衝撃を受けた様子もなく、ベッドから起き上がる。

まだどこか痛むのか、顔を顰めながら。

「ねえ、どうしてこんな傷だらけに?」

「ん?決まっているだろ、敵にやられたんだ」

「そんな筈はないわ」

「少尉…」

軍医少尉は、彼女を睨みつけながら訪ねた。

「貴方についていた傷には引っ掻き傷が幾つか含まれていた。敵につけられたものじゃないわ。誰にやられたの?」

「……」

軍医少尉から目を逸らす少女。

手が僅かに震えている。

「敵にやられたにしても、あそこまで酷い傷にはならないはず。敵から発射される光はパターンがあって、大抵の兵士なら避けることが出来るから。でも、貴方の傷はまるで、自分から敵の攻撃に当たりにいっているみたい」

少女は無言で俯く。

「…追い出されたのね」

「そんなんじゃねえ!」

軍医少尉の言葉に、突如少女は声を荒げて反応した。

ぞの声に自分でも驚いたのか、少し動揺しながら再び俯いてしまう。

「…自分から…出てったんだ」

打って変って、今度は弱弱しい声で呟いた。

「どうでもいいわ。ここにあなたの居場所はないわ。治ったなら、とっとと出ていくことね」

全身傷だらけだった少女にいう言葉には、かなり酷な言葉だ。

しかし少女は、軍医少尉の発言に対して、反論はしなかった。

 

軍医少尉がいなくなると、私と彼女二人が取り残された。

「…なあ、あんたは私といても平気なのか?」

「私? 平気って、どういうこと?」

「いや、愚問だったな。あの軍医があんたをここに残したまま出て行った時点で、わかりきったことか」

少女はベッドから起き上がろうとしたが、あるはずの支えを片方失くしてしまっていたことを忘れていた彼女は、ベッドから起き上がると同時に再びベッドに倒れこんでしまった。

「ねえ、軍医さんの言っていたことって本当?敵の攻撃に自分から当たりに行ったって」

「………」

そう簡単に答えてくれるはずないとわかっていたけど。

「あのさ、あんたはこの世界をどう思う?」

彼女が唐突に口を開いて聞いてきた内容は、かなり抽象的な問いだった。

「世界か。私、外の世界から来たから、あまりこの世界の事を知らなくて」

「外の世界?初めて聞くな」

この少女もどうやら外の世界という言葉を知らないらしい。

幻想郷と外の世界の関係性がいよいよ気になってきたところだけど。

「でも、何となく察したわ。あんた、この世界には馴染めないよ」

「…どういうこと?」

確かに、ここ幻想郷に訪れてまだ日が浅い私が幻想郷という場所に慣れていないのは自覚している。

けれども、事情を知らない人(妖怪らしいけど)に言われたのでは、存在意義を否定されたようであまりいい気はしない。

「日常を明るく捉えすぎだ。自分は大丈夫だと思い込みすぎ。楽観的すぎるんだよ、あんた」

楽観的…、最近頭の中をよぎる言葉だ。

「今、私とあんたは二人きり。私が人食い妖怪だったらどうする?」

「人食い…妖怪ね」

幻想郷に危険な妖怪がいることは重々承知している。

人を食べる妖怪が存在することも。

「今あんたはこう考えているよな。こんな少女に人間を襲えるはずがないって」

「…ええ」

「逆だ。こんな身なりだからこそ、人間どもは油断して近づいてくる。人間相手の襲撃には最も適した格好なんだよ」

動物の中にも、無害を装って獲物に襲い掛かる種は存在する。

油断大敵という四字熟語が示す通り、獲物を仕留めるには、相手が油断している隙に付け込むのがもっとも手っ取り早い。

「世界はあんたが思っている以上に狡猾なんだ」

私には分からなかった。

彼女は何故、そんなことを言うのか。

「食べたければ、勝手に食べればよかったのに」

「!?」

少女は驚いた様子だった。

「貴方が人食い妖怪であることくらい、最初からわかっていたわ。私はそこまで世間知らずじゃないの」

彼女が話したことは、幻想郷縁起で既に知っていた。

それ故、この少女が人を襲う妖怪であることは、予測出来ていた。

そもそも今の会話は、彼女が自分は人を襲う妖怪ですと言っているようなものだ。

何故わざわざ人間である私にそんなことを言う?

 

彼女がここへ来た理由が本当は、怪我人を装って人間に奇襲を仕掛けるつもりだったからではないかということも、考えはした。

しかし、それではどうにも腑に落ちない。

彼女が治療中の時、即ち、意識が無い時、彼女の右腕は、彼女の顔にべったりと張り付いていた。

爪を立て、顔の皮膚に食い込んでいたのが痛々しい程に。

右腕の治療が出来なかったのは、それが原因だった。

妖怪に神経というものがあるのかはわからないけど、彼女の右腕は、自切後のトカゲのしっぽとは違い、明らかに彼女の意思を神経か、あるいはそれに準ずる何かを通して伝達し、反映させたうえで動かされていた。

手術中は意識がなかったので、腕を切断した際に彼女にあった意志なのか、それとも意識が無い状態でも彼女の意思が反映されていたのかわからないけど、執拗に自分を傷つける右腕からは、人間を襲おうなどという意思は感じられなかった。

最終的に、軍医少尉が私を置いてでいったところで、彼女には何の危険性も無いのだと確信した。

成程、確かに私は多少楽観的かもしれない。

軍医少尉と出会って間もないというのに、彼女のことを信頼しきっている。

少女が不自然な行動を取ったというだけで、最も危険な可能性を頭の中から除外してしまっている。

…探しもしないのに、失せものの方から現れてくれるなどと錯覚している。

「変な人間に当たっちまったな」

それはお互い様だ。

いや、自傷行為を働いた上に人喰い妖怪の分際で人間の基地に転がり込み、一丁前に治療を受けて、人間に対して自分が人を襲う妖怪であることを自白した彼女の方が明らかに変質者だ。

「もう一ついいか?」

「ん?なにかしら?」

彼女は私から目を逸らし、弱弱しい声で言った。

「…食われるパンの気持ちとか、考えるのって、変、かな…」

 


 

「元気そうだな」

「少佐」

テントに入ってきたのはランツ少佐だ。

「ランツって言ったっけかな。世話になったな。私はもう出てくよ」

少女はベッドから起き上がると、草履を履いて、そのままテントから出ていった。

「待て」

テントの中から、少佐が呼び止める。

「どこへ行くつもりだ?」

「…さあな」

少佐の問いかけを、彼女は曖昧に返す。

「人間狩りか」

「…そうだな、腹が減ってしょうがねえや」

そう言って、再び少女は歩き出した。

少佐はそれ以上、彼女を呼び止めることは無かった。

 

 

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